落語家やめて30年近くなる
もともと落語なんて出来ない 習ったこともない
師匠待ってる間に退屈で客席に座って落語を聴いていたら
あれは誰だい?三平さんの所のもんかいって寄席に入れてもらえなくなった
何度も破門になってその度に 当時流行った「若者たち」を
みんなに合唱されて破門になる
破門が許されるとまた「若者たち」の歌で迎えられ
最後の方は弟子全員でハモレルようになってた
寄席に行かない者はお供と行って師匠のお供をする
子供のお客が多いと 「ハイ怪獣が出てきました」って言うと
ガオーって出て行かなくちゃいけなくて
面でもありゃ良いよ ないんだから
それも受けないんだから
どこ行っても勤まらなかった
全部 首
生き甲斐なかった
人間は生き甲斐が大事なんだと思う
タクシーに乗った
俺の人生こんなもんかとあきらめかけたとき
1千万投げてくれた人がいて
それでも失敗してまた次の人に
迷惑ばかりかけて生きている
そこでの絆は本物だよ
へこたれない仲間と一緒だと
一人だと無理
何度もこれじゃいけないと真面目になろうと心を入れ替えよう
と思ったことがある
宗教に入った事もある
本もそんな本ばっかリ読んだときもある
人間は最後は性格 最後はそこにたどり着いた
店始めた ジャズ焼き鳥
客なんて来やしない
でも従業員に恵まれた
それで何とか生きながらえてる
もう駄目って云うのが口癖で そんな歌作って笑ってた
だってさ取立てしかこないんだから
ジャズたってちゃんと弾けるのいないんだから
CDだってテイク5のCD一枚しかないんだよ
弟子にその無謀さが凄いって誉められた
志保がその時応募して来た子で
その当時から生意気で いつの間にか工場長みたく
仕切ってた
俺の言う事なんか聞きゃしないよ
それ以来志保が社長で俺が従業員なんだけど



