プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 5月 2008

老いの品格  <そうです いつかはきっちり晴れます>

IMG_1091.JPG しっかり回りを見渡すと不思議なことで一杯です。
 同質人種だけで日本社会は組成されているからか、互いの根本の違いを認識することが下手です。何人かの見ず知らずが集まると、どうコミュニケートするのか迷う人が多数となります。結局回りをみてあわせることとなります。自己主張は禁じ手となります。

 書籍欄をみていたら、<おひとりさまの老後>著者 上野千鶴子 がありました。目次をみて驚きました。ようこそシングルライフへで始まり、どこでくらすか、どうくらすか、お金は介護はそしてどう終わるか が書いてあるそうです。東京大学大学院の教授が書いています。

 欧米のことはどうでもいいのですが、長い間暮らした経験でいえば、異人種で構成された社会では人に合わせるより自己の主張が先に必要です。また人との違いの認識が暮らす上の必要条件となります。眼があったらにっこりして自分が危険ではないと相手に認識させなくてはなりません。相互の情報の伝達が生きる上での基礎となります。

 日本にはその土台がありません。自己の人生でさえ、他己により規制されます。ついには自己の老後までのマニュアル本がベストセラーとなってしまいます。それを東京大学の人類学の先生がかいているのですから。

 学問は全く資本主義化してしまいました。残念 まあたいした学者はいなくなった証左ですがネ。

 5月の天気は腐っていました。Temp Pouriとフランス語では言います。
ですが晴れ渡った日は必ず来ます。待つのです。そうですいつかきっとはれますヨKawanishiさん。

 

5月 31, 2008   No Comments

老いの品格 <絶望するほどの格差>

IMG_0078.JPG 91歳の母が重篤で入院している。多臓器不全ながら生来の気丈夫で明日はの命を生きている。昨日その母に会いに埼玉の病院に出かけた。東京のはずれから環八を経由するのだが、月曜日の環八は渋滞。戸田の新大宮バイパスまでゆうに一時間、それからバイパスを行く。午前中の11時に家を出たのだが、大宮あたりまでたどり着くのにもう一時になろうとする。病院にたどり着く前に昼食をとらないと参ってしまうと思って街道沿いの今流行りのチェーン・ラーメン屋にはいった。広い駐車場のついたラーメン屋である。

 入ってみるとまず食券を買うシステムで味噌ラーメンと三個いり餃子の食券を850円で買った。べっとりと油ですべりやすくなっている床を案内されてテーブルにつく。昼なのに客は三分いり。食券を二十四・五の店員に渡すと五・六分して運ばれてきた。運んできたのは先ほどの店員。表情の暗く、動きが鈍い。その青年店員に<何某総合病院はこの近くの筈だがどの方角ですか?>と質問してみた。

 すると<私はこの辺のことがわからないので>と答えた。それではと<前の街道を左にゆくとどこに通じていますか?>と言ってみると、青年の顔がゆがんで黙ってしまった。こちらが怖い顔で聞いたものでもないし、青年が知恵が遅れているようにも見えなかった。

 ラーメンを啜りながら世代の違いを考えた。我々が若い頃このような青年はラーメン屋の店員にはいなかった。大概は貧しいながらも店員をやりながら明日への時間を過ごしていたように思う。

 しかし眼前にいる青年店員には全く明日を感じない。黙々とラーメンを運んでいる。比してたまにゆく多摩センターのラーメン屋ではほとんど中国人が店員で怪しげな日本語を駆使していたが、表情は眼前の日本人の青年店員ほど暗くはない。明日への希望が違う。中国人の店員は多分稼いで中国に帰ってと考えているのだろう。一方の日本人青年にはなんの希望も明日にない。

 これほどの格差が日本社会に生じてしまっている。絶望の格差である。経済的格差が心の格差になりもう格差にも無関心なまでの状況。どうしようもない絶望的格差が弱者を襲っている。

5月 27, 2008   No Comments

老いの品格 <今そこにある危機>

IMG_0857a.JPGimage of NOA legende Ararat Mountain in Armania 恐れているが必ず日本を襲う三つの危機。怖いから忘れようとしているだけの危機。これらの危機がおとずれるのはもう時間の問題なのだが、皆必死に忘れようとしている。しかし必然の危機は決して我々の脳裏から離れることはない。その恐ろしさを考えるともう私は危機が来る前にこの世から消えたいくらいである。

 その第一の危機は<東京直下型大地震>である。1923年の関東大地震から今年でもう84年が過ぎた。安政の大地震1854年から関東大地震までが69年、84年はもう地震圏内年である。関東大地震級が現在の東京を襲うとすると、死者が10万人、倒壊家屋は200万世帯、都心に滞留する遭難避難民が満員電車並みに幹線道路を覆うという。もう時間の問題で起こると言われているのだが、みんな天災だとあきらめているように見えるのだが?

 その第二は<鳥インフルエンザ>悪性ウィルスの人間への感染である。スイスではプレパンデミックワクチンを全国民に供与するという。この一ヶ月の日本の新聞を見て頂きたい。一面からこの話題が消えたことはない。(いわく韓国では感染した鶏を何万羽も償却したとか、北海道や東北で白鳥から悪性ウィルスが発見されたとか、インドネシアでは感染した人間が死亡したとかである。)実際世界で約300人が鳥インフルで死亡した。この種の伝染病の恐怖を描いた<ベニスに死す>と言う映画があった。次第に襲い掛かる伝染病の前の人間の不安感を背景に人間の営みを描いた名作であった。
 危機はもうそこまで来ている。

 第三の危機は<中国から発生する>危機である。米国サブプライムを契機とし、北京オリンピック後の中国バブルの崩壊がいわれている、環境破壊から生ずる汚染が世界を破壊する恐怖、食品汚染から生ずる新型の感染病の出現、米国欧州と中国とのエネルギー資源の争奪戦、貧富の格差からの中国の騒乱危機である。

 
 以上三つの危機は今そこにあってもうその姿を見せ始めている。だれもその危機を回避できない。まだしもその危機が一つずつやってくるのであればまだ良い。もし重複して発生するとなると、もう地獄である。神は人類に対してその種を維持させるために、多くの試練を与えそしてその試練に耐えて生き残る優秀な種だけを残そうとしているのだろうか。<ノアの箱舟>伝説はそのたとえ話なのであろうかと思う。

5月 12, 2008   No Comments

老いの品格  <ボールの先のターフを取る>

IMG_1087a.JPG ゴルフを始めて37年。なんと薄く長くやってきたものかと唖然とする。漫然と仲間内のコミュニケーションの手段くらいにしか考えてこなかった。素人のゴルフはそれで十分なのかもしれない。

 還暦を過ぎ、現場を離れ交友関係も狭くなってくると此れまでのゴルフとの向き合い方も自ずと変わってくる。運動不足や健康維持のため、こころおきない友人との楽しみ、家族とのゴルフ、そして過ぎてゆく日々を一人踏みしめるためなど、ゴルフとの向き合いかたが変わってくる。

 奥が深く難しくメンタルなスポーツで歳をとっても出来るスポーツだから面白い。雑誌や番組などの指南を参考にああしようこうしようと工夫しながらやってみるがシングルは程遠い。

 私的ないろいろな都合で最近、陶芸家なのに、御殿場の松風釜のアトリエにいくことができない、その近くに便利だと思って購入したメンバーコースの裾野CCにもいけないでいる。

 せめてと思い近くのコースにビジターで独り出かけたりしている。二、三日前にプレーできるか聞くと、どうぞどうぞと最近ではビジターでも問題なくできるコースが増えた。むしろ一度ゆくとその後何回も葉書で案内が郵送されてくる。勿論本格的コースでの話ではない。しかしゴルフを囲む環境も変わってきているようだ。会員権などいらないのかもしれない。最近ゆく小田急沿線のこのコースでは、ウィークデイは60歳以上の方々で一杯である。電車で来ている方が多い。家にいて奥方からゴルフでも行ってらっしゃいといわれるのか、あるいは邪魔なのか、健康で体をもてあましているような70歳代や80歳代までの方々も多い。中には年間120ラウンドしている方がいた。三日に一度ゴルフをやっている勘定になる。よっぽど事情があるのだろうかと逆に勘ぐってしまう。

 この私も昨年ホールインワン、今年はイーグルと70台が初めてでた。年取ってからのほうがスコアがいいのはどうしてなのか?またドライバーもよく曲がるが飛距離もでるようだ。歳とっても力任せに振る。枯れたゴルフは真っ平である。

 石川遼君のスウィングを見ているとほれぼれする。若さがほとばしり出ている。アイアンショットをみているとボールをクリーンにとらえてボールの先のターフを草履のようにきれいにとっている。これがプロなんだろうが、それより若さというべきなのだろう。

 そうだ!若さとは<ボールの先のターフを取る>ことなりと断じて指南書に沿って、
1.ボールの手前にヘッドをソール
2.ボールの真上を空振りする軌道で
3.ボールの位置を軸より左において
4.手が上下する動きを出来る限り抑えて
5.正しい体重移動で

 振ってみたがターフは取れないのである。

 37年間の習い性はガチンガチンにかたまっていてそう簡単にはなおらない。のである! 
 ことゴルフに関しては、メンタルの若さでは身体の老いをカバーしきれない。
 
 出来るのは歳と生活の知恵である。

 <ボールの先のターフ>は取れないが、<人生の先が読める>ようにはなったのであるから。
 

 

 

5月 7, 2008   No Comments