<老いの品格> W124と連れ添う
Werke124に連れ添ってもう15年にもなる。山あり谷ありの人生で何回も命を守ってくれた。一緒に走った距離はもう10万キロにもなる。
W124は金食い虫でこの15年でとんでもない金額を掛けさせられた。常に苦情を言ったり、栄養を要求したり、すねてみたりして何回もドックにいれてメークアップさせられた。
余りにも経済的でないので連れ添うのを止めて他を考えたが、こちらを向いてウインクされるとすぐその気が失せてしまう。
W124はとてもコケティシュに迫ってくる。一緒に走ると弾力的で足にすいついてくる感覚と一方ギチッとした自信と確信に溢れている。
W124とは一体なんだ。そう124とはコードネームで実は私の乗る旧々型のEクラスのメルセデスである。最も新しいEクラスはW211と呼ばれ、その前が丸目を採用したW210でその前即ち1984年から1995年までの10年間に生産され販売されたのがW124と呼ばれる。
コードネームW124は最後のメルセデスの思想である堅牢でシンプルを体現した車である。このことは現在では輸入車に興味ある人なら誰でも知っている事実だが、保持するとなると大変手間と費用がかかるのでも有名である。
なんの因果かW124に次第に入れ込んでしまったのは手間と金を入れ込んだ旦那のような気がしてしまっているからかもしれない。旦那になれるほどの金力も精力もないのにだ。
この一年だけみてもリアウィンドウの交換、サイドミラーの交換、ベンチレーター、ファンの交換、ブレーキパッドの交換、ブレーキオイル、エンジンオイル、などなど枚挙がない。
しかし交換したりするととんでもなく良くなる。寿命どうりに悪くなる部品を交換する。修理するにもマニュアル(人間の手仕事)に、決してどこかの国の車のようにパックになっていて入れ替えるだけの修理ではない。下にもぐりこむとこのなにが悪くどこを修理しどの部品を換えるのかよくわかる。
部品は高価だが工賃はもっと高い。我慢我慢である。
だんだんこの車と一緒にいると自分と同じような気がしてくる。ここで見放したりしたら自分を見放すようなものだ。命がもつか、金がもつか、それとも車がもつか、三つ巴の我慢比べが始まった。
フランスとフランス語の話し

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