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ラプソディ・ジャポニカ (2)

IMG_5428-gamla-stan.jpg 2009年の経済成長率は世銀の予測を超えて日本が前年0.2%のマイナス、米国が0.8%、欧州が1.2.%のマイナスで終わった。
 
 米国では2008年11月オバマ大統領誕生に狂気して喜んだ黒人達の生活の困窮が日に日に増していった。1929年の大恐慌時にNYの路上で地下から上がる熱い蒸気で暖を取っっていた光景がまたよみがえっていた。5番街は炊き出しを求めるホームレスで溢れていた。

 誰が2008年の8月サブプライム証券がフランス・パリバ銀行で償還を拒否されその後の動きのなかで今日のこの状態を予測できたであろう。米国の一部強欲なユダヤ資本は何百倍のレバレッジをきかせて金融パラダイムをつくりあげその故にいま滅びつつある。本当に困った金融資本である。金にしか価値を見出せない。

 原爆を発明し、相対性理論を発見し、数々の音楽家を生み、企業家、銀行家を生んだユダヤの民は確かに優秀な民族である。がそれゆえに間違えると人類の道程を覆すまでにいたる。

 日本では2009年12月の臨時国会で民主党が年金基金の崩壊を訴えた。基金の毀損は激しくとても現状の年金を維持できないとの発表である。現状を維持するには消費税の大幅アップが必要。消費税15%が提案された。もちろん年金の受給は70歳からとなる。

 これまでしがみついてきた官僚ももう匙をなげた。民主党の財源発掘の努力はいわゆる埋蔵金を徹底的に洗いつくしていた。その意味では日本は新しい国家観が創出されつつあった。

 民主党の鳩山首相が冒頭で演説していた。「日本はいま未曾有の危機のなかにいる。世界とともに滅びるかそれとも国民が一体となってこの危機を乗り切るかである。あたらしい経済の軸はなにになるのか。民主党は全国民に訴える。国家のためになにかをなせと」

 日本経済を引っ張ってきた2008年代の輸出企業はみな沈み昔日の面影はない.
トヨタ、キャノン、ソニー、パナソニック、ニコン、コマツ、新日鉄、ANA,クボタ、セイコー、すべての輸出企業が利益を大幅に減らしていた。唯一任天堂、と信越化学、電力各社が息をついていた。

 国民の生活はもうどうしようもないほど細っていた。国民所得は各家庭とも前年20%からの減額でそれでも下がらない物価のなかで青息吐息の状態だった。若くしてローンで住居を買ったものはローンを払えず、手放さざるを得ないものが目立ってきた。
不動産はどうしようもなく値下がりしたが、それでも誰も買おうともしない。不動産会社が次から次に倒産していった。

 2010年初頭ついに日経平均は6000円台を割った。もうどうしようもない大恐慌状態だった。これが日本経済の底なのか、それとも見えぬ暗い大底がまだあるというのだろうか。

 高齢者は病院にも行けず、行けたとしてもすぐに追い出された。救急車はサイレンを流すのみで行く先がないまま道路を行き来していた。人間はこのような絶望のなかでも暮らして行けるのか?暮らさざるを得ないということか。

 ここで話の対象を絞ることにする。予言の対象は団塊の世代がどのようになっているのかにしぼらざるを得ない。団塊ジュニアや他の世代についても予測したいのだがその余裕もなくなった。2007年問題ともいわれた団塊の世代も2010年になるともう63歳となる。定年後退職金を投信や外貨や株式や国債に振り向けた世代は今その額の目減りに愕然としている。

 平穏に時代がすぎてゆけばなにも問題なく暮らせるはずの金額が目の前で消えてゆく。日本にあった個人資産1600兆円はその額1000兆円が消えていった。2010年には株価6000円となり2008年の5月株価12000円と比べてみても2分の一と成り果てた。

 ユダヤ金融資本は姿を変えて金融工学とやらを発明して一機に日本の個人資産を絡めとったことになる。もちろん彼らとて無傷ではない。日本の1600兆円で自分達の傷を癒しているのだ。その上三菱UFJが9000億円を投資し野村はユダヤの投資会社を買ってしまった。なんというお人よし国民なのだろうか。

 定年後の安定した生活を夢見た団塊はまたその弱った足腰に力を入れてたちあがらなくてはならない。そうしなければ食ってゆけない。団塊はいつも平和などない。生まれてから死ぬまで慟哭のなかにいる運命なのだ。

 ラプソディとは狂詩曲という意味である。叙事詩的で民族的な自由な楽曲をいう。日本という極東の島国の団塊の世代に迫る慟哭の狂詩曲であった。

 この頃からである。団塊世代の自殺が目だってきた。自殺というより自己安楽死に似ていた。もう生きてこれ以上の競争と焦燥を味わいたくないとの思いからであったろうか。2010年には散骨保険なるものが流行った。自分が死んだら必ず自分の思う場所に散骨して欲しい。家族と身近な友人で十分。知っているものだけでひっそりと偲ぶ散骨である。なかには地中海や思い出のハワイでの散骨も流行った。その資金となったのが散骨保険といわれる商品だった。(つづく)
 

 

 

11月 14, 2008   No Comments