プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 11月 2009

検察よ、もういい加減にしろ。

 鳩山の偽装献金が母の分を含めて4億円と日経にある。ようやく政権交代してまだ2ヶ月これからだ。もう民主党にがんばってもらわなくては日本の未来はない。こんなところで鳩山の自分の金が政治に使われた手続きのミスを言ってる場合じゃないだろう。へたすると検察の動きの果てに日本沈没だってありえないはなしじゃなくなった。
 
 税金を存在に勝手に無駄に使っている官僚や公益法人のほうがよっぽっど問題だ。
マスコミもいい加減に自分だけ正しいという風情で記事をかくのを止めなくてはもう日本がお仕舞いだ。

11月 25, 2009   7 Comments

(1)キャビンアテンダントとマスコミ(2)誰が一億6000万円もってるの?

 キャビンアテンダントの不機嫌さとマスコミ記者の傍若無人。いずれも現代日本の構造不況業種のプレーヤー。JALの従業員構成はとび職、地上職、整備、。これが8つの組合をつくってきた。
 
山崎豊子「沈まぬ太陽」に見るまでもなく、時の政治権力にまみれてフラッグキャリアーとしてのポジションを維持してきたのがJALである。高価額の旅客販売が成立していた間はよいが、競争激化、チケットの廉価化、キャリアーの高コスト、等で立ち行かなくなった。すでに米国のNFCのパンアメリカンが破綻、ノースウェストも合併をよぎなくされている。パンナムは法的処理されたが米国で乗客が困ったなどは聞いたことはない。債務超過企業は消滅させるのが良くも悪くも資本主義というものだ。

 構造不況にあるのは航空運輸産業だけではない。、新聞社(朝毎読)、テレビ局(NHK,ほか民放)、雑誌社、広告会社(電博)、などこれまで認可や既得権でぬくぬく商売してきた業界もそうである。いずれもが高コストコレステロール体質である。まず若者の新聞紙離れは顕著だし、読もうとすると会社か帰属する団体でしか読まない若者が増えている。NHKの体質も相当大衆から離れているし、聴取不払いはなくなりそうにない。民放に至っては、広告収入の激減で製作費の削減で面白い番組がない。広告会社は企業の経費カットでもはやネット広告しか希望がない。
どうすりゃいいのか、右も左も真っ暗闇。ここは忍の一字。貝のように閉じて海水の温まるのを待つか。温まらなければそのまんまだ。
日本の縮図JAL.は日本経済を覆う構造不況の象徴でもある。

 誰が一億6000万円もっているというのか。昨日の日経によれば:夫婦が95才まで生きたとして、60歳からかかる金額は一億6000万円だという。大体95歳まで計算するか?厚生年金の上限が25万円だから上限の人でも300万円×35年で約一億そのほかに6000万円をもっていなくては生きられない。これでは国民年金や普通の年金生活者は死ねということに等しい。これが日本の現実である。
 ましてやこれからの日本はチジミ経済が予想される。どうすりゃいいのか。右も左も真っ暗闇。座禅でもしてそのまんま死すか。

11月 24, 2009   No Comments

パトリモアンPatrimoine

IMG_1688IMG_1321「翔ぶが如く」司馬遼が書く真実
今からもう30年も前ある写真を見つけた。パリ、19区クリニャンクールの蚤の市の一角に古本の束のなかに埋もれていた一枚の写真である。厚い紙に写し取られている写真には四人の武士がちょんまげスタイルで大小の脇差を抱えて紋付はかまの正式な礼装でおさまっている。

 帰国してもそれについて詳しく調べるでもなく保存しておいた。

 そしてある日、司馬遼太郎 飛ぶが如くを読み始めてあっと驚いた。

 「パリに日本の国使が最初に訪れたのは、1862年(文久2年)三月九日である。
幕府の遣欧使節団で正使は竹内下野守、副使は松平石見守、目付は京極能登守でほかに二十人ほどの吏僚、および三使の家来集が十人ばかり従っていた。
 傲然として大小を横たえ、

 と、パリでの一行のことを書いているのは通訳官として使節団に加わっていた福沢諭吉である。福沢は豊後中津藩士ながらこの時期幕臣待遇だったから、幕臣という高等官のシルシともいうべき黒漆定紋入り裏金の陣笠をかぶり、白緒であごを締め上げていた。

 それに白い鼻緒の草履をはき絹の紋服に羽織袴 福沢の言葉を借りれば我こそは日本の武士なれ という姿でパリじゅうを歩き回った。

 三人の使節団は狩衣に烏帽子をいただき腰には鞘巻きの大刀を佩いていた。随行員の長である外国奉行支配組頭柴田貞太郎は烏帽子でふとった腰を鞍の上にすえ、他は熨斗目上下姿で騎行した。」

 と司馬僚は「飛ぶが如く」を書き進めているではないか。

 なんと蚤の市で古本の束に隠れていた写真はその当時使節団がパリにあるナダールという高級写真館で撮影されていた写真である。

 文久元年の記述と四人の使節団の写真の上には名前が漢字で記されている。写真の上に重ねて現像したものであろう。

 今年の秋には司馬僚の「坂の上の雲」がNHKでドラマ化されるそうだ。長編小説だが、四国松山出身の近代和歌と俳諧の師、正岡子規と日本騎兵の祖、秋山好古、太平洋艦隊参謀、真之兄弟を中心に書き連ねた壮大な叙事詩である。

 幕末から外国列強国にアジア諸国はその植民地化されるなかで、島国日本は大人と幼稚園ほども違う民度を乗り越えて、日清、日露の大戦で勝利をおさめるにいたった。薩長土肥という藩閥政治ではあったが、薩摩からは西郷隆盛、大久保利通、東郷平八郎、大山巌、長州からは高杉晋作、吉田松陰、山形有朋、児玉源太郎、乃木希介、土佐からは坂本竜馬、備前からは大隈重信などの傑出した人間像を産出していった。

 「降る雪や明治は遠くなりにけり」とは昭和の時代を目の前にして中村草田夫が歌った言葉だが、明治ほど日本人が一つの国民として意識されたことはなかったとは司馬遼太郎の言葉である。日露戦争の旅順の戦では10万人という兵隊が銃剣をぬいて白刃の死の突撃を敢行した。国のために死ぬことは誉れであると幾ら教育されてもいざと言うときには人間死ぬ恐怖はいかほどであったろう。

 それでも203高地にむけて声をかんざきながら突進していった当時の兵隊には始めて国家というものが意識され、戦に負ければ北海道、対馬がロシアのものとなり、長崎、博多港は外国租界となり、結果、日本国家が崩壊するというデスパレットまでの魂があったからだろう。

 その時代以来大正、昭和と第一次、二次の大戦に日本は突っ込んでゆく。
 司馬僚はその原因を陸軍軍人の官僚化と国家意識の劣化にあると喝破した。そして日本は1945年8月敗戦を迎えた。「国破れて山河あり」とは劣化し官僚化した国家意識が破れて山河ありと解するべきだろう。

 1945年の敗戦、そして1947年からの戦後のベビーブームの世代が団塊の世代であるが、とくにこの世代は戦後のどさくさの残りを経験し、安保闘争を経験し、その後の経済成長をみずからの肉体で味わい、バブルがはじけて還暦となっていった世代である。

 この世代が舞台から去ろうとしている今、日本は老朽化した官僚主義がはびこり、経済は低迷して危機のまっただなかにいる。

 巷では政治家が維新、維新という言葉を弄しているが、徳川末期から明治の時代を駆け抜けた維新の志士が時代という坂を後ろなどを見ずに駆け上がり坂の上にある青い空にかかる雲を見据えたような裂ぱくの意気がなければ維新など程遠い。

 30年前、パリ、クリニャンクールの蚤の市で見つけた遣欧使節団の古びた写真はそのことを問いかけているように思われる。
知己の仏文学者の近著「幕末維新パリ見聞記」岩波文庫 を読んでみてください。

11月 21, 2009   No Comments

ここはどこだ!闇夜カルカッタか?

 朝まだ闇。5時。寒空にマスクをした人が黙々と行列をつくる。どうだろう四五百名はいるだろうか。ぶるぶると体をふるわせながら列をつくっている。パンと牛乳が配られている。若い人たちから老人までが列をつくる。ここはどこだ!こんなに寒いんだからインドカルカッタのストリートではない筈。じゃーどこだ?
 東京郊外仙川。砧。 路上に停められた車に向かって調布、成城警察のパトカーが駐車違反の警鐘をマイクで流している。朝6時。ここはあのファストリ・ユニクロの店の前である。創業60周年大感謝祭で安売り。ヒートテック下着1500円が600円、女性用セーター2990円が590円、ソックスが10円の大安売りである。11月21日から23日までとある。
 本日日経トップが「穏やかなデフレ認定」だとさ!日銀などは景気は持ち直しつつあるなどと全くトンチンカン。一部の金持ち家計の話じゃない。管副総理でさえようやくデフレ認定の有様。政治の現実認識の甘さにはただただ口あんぐりだ。
 物価がさがるのはただし我々年金生活者には好都合。デフレの一番の元凶は税収が激減することだ。国の借金がかさむ。税金をあげざるを得ない。ますます消費が減る。そして窒息。
 まあ周りを眺めると能力、英知、勇気のある人物がどの領域にもいなくなった。せこせこした政治家、経営者ばかり。この辺で窒息してもういちど再生させないと日本は駄目かもしれない。あのインドカルカッタにも負ける日は近いかもしれない。

11月 21, 2009   No Comments

深大寺 湧水屋にて蕎麦を食う

IMG_1682IMG_1685 久しぶりの秋晴れ。連れとハンドルをちっと握って深大寺に至る。湧水屋にてかけそばに野菜天を食う。これが旨い。むかしは一杯やったものだが。隣に曼珠苑ギャラリーがあってここで陶芸展でも久しぶりにやりたいと思って素通りしていたが、近くにオーナーがいると聞いて声をかけさせてもらう。芸術肌のオーナーから許しを頂いたので、来年7月から一週間10年ぶりの個展開催を予定した。
 深大寺の一水亭を右に折れて山を登ると神代植物園に至る。何十年か前に行ったきりだが、整備されてバラ園と菊展が開催されていた。
広大な敷地は季節ごとに植栽されていて見事な造園となっている。いつ訪れても花が絶えない。
 落ち葉を踏むと秋の実感が体にひろがる。
松を配した池の端にカワセミが生息している。パシャパシャと立派な道具で写真をとる熟年層が池を陣取る。カワセミは逃げもせずハイ・ポーズ。
 植物園のなかの園芸店でシャルルドゴールなる香りの良いバラに魅せられて買う。
IMG_1672IMG_1676

11月 20, 2009   No Comments

蝋燭ノ消エル前ノ輝キト風船ノシボム前ノフクラミニ就イテ

ceramics 004 言ウマデモナク蝋燭ノエネルギーハ油デ風船ノエネルギーハ空気デアル。エネルギーガ消ユル寸前ニソノ真髄ヲ豊カニ見セル。前者最後ノ輝キハ炭素ガキラキラト燃エ、後者ハ出ズル空気ガ気圧ヲ生ム。

 人生ニ喩エレバ老イテ益々盛トカ、老イノ一念トカイウモノカ。孔子曰ク「吾十有五而志于学、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十从心所欲,不逾矩」トノタマッタ。

 わたしだけと 考えると逆さから読むと とけだしたわ とは名言である。

 自分ダケハ別ト考エルト飛ンデモナイコトニナル。

飛ンデイイノハgolfノ飛距離ノミ。

ソノ証拠ニ六十数四歳ニナッテ270yards飛ンダ。

11月 18, 2009   3 Comments