プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 12月 2009

2010ネン カブカ

 大胆 ニ 2010年 東証カブカ ヲ 予想スル。米国カブカハ、リーマン以前ニ既ニ到達。米国カブカハ、行場ノナイ資金ガ(CALPERS,他ノネンキンファンド、自己資本率ノ緩和措置カラ逃ゲタ資金ナドノ剰余)ガ、株ニ流レタダケ。 中国ハ5月カラ上海万博ダカラ8月マデハ暴落セズ。インド、ブラジル等ハマダマダ世界カブカヲ引張ルダケノ力ナシ。

 世界ハ、シカシ、環境トイウ美名ノモト(実ハエネルギー争奪戦争)、動イテイク。

 日本ニモ2010年秋ヨウヤク米国、欧州カラ余剰外資ガナダレコム。ナゼナラ主要市場デ動カズムシロ低迷ニアッタノガ日本ダケダッタカラダ。余リニ余ッタ資金ノ行クサキデ、カセゲル、市場デ残ッタノハ、日本ダケダッタ。

 マヅギンコウ株ガアガル。次ニ、環境カブ、蓄電池カブ、車両カブ、原子力関連カブガアガル。コレラハモウ日本カブデナク、グロー^バルカブデアル。

 2010ネン、秋、東証カブハ18000トナル。

 信用スルシナイハ、貴方シダイトイウ訳。

12月 25, 2009   No Comments

Armage島 日本 (5)大機小機

CIMG2208ab 日経を読んで毎月4千数百円を払っている。他紙に比べてまだマシだと思っているからだ。しかし最近どうもおかしい。この新聞のなかに大機小機というコラムがある。論陣は多様なのだろうが、ペンネームだから一体だれが書いたのか読者は知る由もない。だからいい加減なのか、それとも読者をばかにしているのか<マトを得た>論評など見たこともない。個人攻撃じゃない。だって特定個人の名前がない。本日17日は(陰陽)なる人が書いている。陰に日向にいわくJAL年金問題の波紋>。

 書き出しがいい。いわく<日本航空の経営再建問題に関心が集まっている>。陰陽さま、あなたも税金払っている国民でしょ。もうちょっと書き出しがあるんじゃない。たとえば<どうも気になる。タックスペイヤーとして気になるのがJALの年金問題だ。聞くと毎月25万円の企業年金が支給されているという。人の幸福をうらやむのは下品だが自分の場合と比べるとどうしようもない>。こういう書き出しがジャーナリズムってもんじゃない? あんたさまは隠居した元仙人ですかいな? 
 次にいわく<JALの退職給付債務は8000億円で足らない未積み立て債務は3300億円、この債務をJALはどう対応しようとしていたのか?>と問題を提起したかにみえるまではよかった。だが次が決定的にIQを露呈してしまう。いわく<受給者の2/3の賛成で受給金額を削減できる。まったく出来ない米国とは対照的だ>ときた。

 給料の後払いの性格をもつ退職金というのが日本にはある。だから天下りの役人が複数の団体を渡り歩いて一億に近い退職金を手にする。米国には役員報酬以外にこんな風習はない。だから企業年金は生きる必須の金である。米国でもエリサ法の制定前はひどかったらしい。日本でも中小では退職金もなし、企業年金制度もなしが多い。守るべきはこの人たちである。JALのOBや社員じゃない。

 どっかでにわかに資料をあさって書くようなことじゃないですよ、陰陽さま。

 陰陽か引用か知れませんが、もしあなたが60歳を超え売文程度で日々をしのぐならご同輩と寂寥感で一杯ですし、50代ならこの問題は自分の問題だから真剣になったらとご忠告もうしあげ、40代だとしたら声もありません。

 ひろやさんこの文章どうやったら日経上層部に届くのでしょうか。ヒントください。

12月 17, 2009   No Comments

Armage島 日本 (4)

Nature2-010在ることと在りつづけること

 「存在と時間」というハイデカーの名著がある。読んだのはもう40年前になる。当時は何が何だかさっぱり判らなかった。だが最近少しづつだが輪郭がわかるようになってきた。

 存在を理解するには時間がかかるし、時間を知るとは存在の有限性を把握することにほかならない。有限とは無限が存在しないことでなく、無限とは有限でないことではない。

 宇宙を考えてみればよい。

 太陽系があり、銀河系があるそうだが、驚くべきはその宇宙が今でも膨張しているという事実である。膨張するとは際限ない空間があるからである。空間はどれほどの無限性なのか。

 眼をミクロに転じればもっと理解しやすい。ミクロンやそのもっと極小な世界にいたっても際限はない。いわば極小な世界も無限である。即ちリミットがない。

 人間の世界は有限と無限という言葉をつくった。この言葉と概念は人間の世界だけである。ほかのいかなる地球上の生物は有限、無限などというこじんまりした概念からは遠い永遠性のなかで存在してきた。

 存在とは時間の永遠性のなかの一点での形象で、形象(phenomene)はそう見えるだけに過ぎない。

 すべてのことが単におぼろげに見えているだけで確実(certain)ではない。不確実なのだ。
不確実な構成の上に我々人類の歴史がある。不確実であるがゆえに確実なものを争った。それが戦争である。

 すなわち不確実性が高まれば高まるほど争う危険性が高まることになる。20世紀だけで2度の世界戦争を惹起した。19世紀には無限の戦いの歴史を経験した。そして21世紀の初頭の2009年が終わろうとしている。

 100年に一度などという危機にある。北半球の開発国にさえ失業者が巷にあふれ、覇権国家の米国が炎のなかにある。南半球のアフリカの民や未開發国の民はその存在すら忘却されている。

 第二次世界大戦以来これほど不確実で不安が蓄積されている時代はない。

 今アイルランド、グルジア、スーダン、エチオピア、イスラエル、パレスチナ、イラン、イラク、パキスタン、アフガニスタン、ロシア、北朝鮮、ミャンマー、バングラデッシュ、インド、中国、キューバ、エクアドール、ブラジル、チリー、ペルー のどこに火の手が上がろうが不思議ではない。宗教的、民族的、歴史的、経済的な諸問題がよこたわるが、契機は常に憎悪である。憎悪とは不安と不確実なものの構成物である。

 人類が21世紀にあけようとしているパンドラの箱、戦争しか現代の不安を鎮める方法はないのだろうか。人類が存在することは存在しつづけてきたからでは決してない。

 

 

12月 15, 2009   1 Comment

Armage島 日本 (3)

IMG_1698Armage島 日本 政治と金

 政治とはまつりごとのことだ。祭りには金がかかる。巷のお祭りでさえ町内から村から総出で金をあつめなければなりたたない。祭りの金をどこから集めるのかが政治の箍を決めてきた。ローマの時代から政治は元老院などのもともと金のある輩がやってきた。名誉と金は両立せず政治家は自らの金を政治に投じた。同士を集めるのは金がかかるし、野心のある有能な若き政治家を登場させるのには誰かがその育成資金をまかなわなければならない。だから藤山愛一郎も稼いだ自らの金を全額投じて朗々としていた。

 翻っていつの日から政治は金を使う場所から金を稼ぐ、政治屋ばかりになってきたのか。他人の金を使って悪事を働く、金をくすねる、、税金の無駄をなんとも思わない、政治屋ばかりである。地バン、看バン、カバンの三バンを持ってその上2世だ3世だと政治を職業とする政治屋ばかりである。だからだれも政治屋を信用などする筈もない。顔に絆創膏をはってふがふが言っていたのが大臣だったり、ぼくちゃんもう出来ないとばかりに首相の座を放り投げたり、挙句のはてに常識程度の漢字もよめない首相が誕生してしまった。

 そして国民は愛想が尽きて政権交代。(愛想が尽きて程度が悲しいが)今度は鳩山首相の金の問題だという。しかし一寸まて。鳩山は母と自分の遺産相続分の金を使っているだけなのが判明した。ばかな法律で自分の金を政治に使うのには上限があるらしい。ソクラテスは馬鹿な法律でも法だと喝破して死んだ。じゃー、鳩山は首相をやめるのか。辞めたいのならやめればいい。じゃー国民はどうすりゃーいいのか。愛想をつかした自民党にするんですか?絆創膏にもどるんですか?

 ぼんくら政治屋ばかり。国民の程度がその程度の政治家を産むんだという。国民がぼんくらだから結果この程度と言われれば自分に翻って「そうですか。ぎゃふん」といわざるを得ない。

 古今東西「金だけで一国の宰相についたものはいない」田中角栄だって金だけじゃない。無類の人間感覚を備えていた。だから自分の金を政治に使う金額に箍をはめるべきじゃない。そんな法律は廃棄すべきだ。

 民主党が政権をとった。もっと政権の「権」を堂々と使うべきだ。検察のばかどもも人事異動。日銀の事なかれ主義役人も首、宮内庁の事大主義役人も首、もっと極端な行動が平成維新であることを民主党は自覚すべきである。

そうじゃないですか?hiroyaさん

12月 14, 2009   6 Comments

Armage島 日本 2020(2)

IMG_1693Armage島 日本 2020(2)

2020年代の世界―Yellow Peril―

 人種、民族、宗教問題こそが21世紀の最大のテーマである。従って、経済、資源、環境等の課題は人類根本に横たわる人種、民族、宗教の背景に存することとなる。また、21世紀、国家は多民族、多言語、多宗教をいかにして共存させてゆくかに最大の努力を傾注せざるを得なくなる。でなければ国家が存在しえないのである。

2020年代、世界人口は70億人、中国が15億人、インド12億人、米国は3億人、EUが6億人と予想される。また、世界GDP中に占める中国とインドの役割は45%から50%をこえることが予想されている。

 世界は信用クレジットアメリカ消費市場からインド、中国、新興国と呼ばれる実需中心のブラジル、そしてロシアなどの市場をあてにして形成されてゆく。実需とは油脂だけの石鹸から香料石鹸へ、化粧品の質の向上や自転車から三輪軽自動車へ、氷から電機冷蔵庫へ、扇風機やカラーテレビ生活へのシフトである。先進国が既に当たり前にしている生活の質を何億の民が追いかけている。2020年代その傾向はますます顕著なものとなる。地球上のいかなる人にもその権利がある。問題はそのために地球が犠牲にするものだ。

 19世紀ドイツのウィルヘルム2世が欧州や勃興する米国を脅かす対象として黄禍論(Yellow Peril)を言い出した。黄色人種が地球を滅ぼすという論理である。そこには白人至上主義があるのだが、人種がもつ保守性がひねり出した論理であった。

米国に黒人大統領が選出されて、「ここには、白人も黒人も褐色も黄色もない。あるのはアメリカ人である」と演説した。理想国家アメリカを標榜するこの演説は、人種の共存がいかに難しいかをあらわす演説でもあった。

 今インドというカースト制度を有するアーリア民族と中国という多民族国家が世界の中枢にその位置を占めんとしている。いずれも人類数千年の歴史を刻む国家である。中国は漢字文化で日本、韓国、沖縄、インドシナ、台湾の文化を包摂する。過去数千年朝貢と言う形で諸国は中国皇帝に恭順の意を表してきた。

 インドはインダス、ガンジス文明の時代から仏教を生み世界の精神世界を率いてきた。他の民族で唯一対抗できるとすれば、ユダヤの民とマホメッドをうみだしたアラビアの民しかない。世界は次第にその実力に応じた扱いをし始めているともいえる。長い間の苦慮曲折はこれらの民族に大団円への序章を奏でただけなのかもしれない。

12月 12, 2009   1 Comment

Armage島 日本 erlingyaoling (1)

IMG_1692Armage島 日本 二零幺零(1)

中国古来の成語に曰く「寅吃卯粮 yin chi mao liang」がある。寅の年に卯の年の米を食べる。収入が支出に追いつかず前借して暮らしを繋ぐの譬えである。日本の国債残高は766兆を超え、2009年度国債発行額は53兆にも膨らむことが確実な情勢である。資源国、新興国がリーマンショック以降注目をあつめるなか、内憂外患の日本はいまや新しく衰退国のレッテルを貼られている。今後日本の道筋はどうなるのか。

 2015年までのマクロの日本については2008年秋「ラプソディア・ジャポニカ」で予言した。2009年の政権交代、鳩山首相の誕生、まではよいが、2010年2月の二番底、2011年深刻な保護主義の台頭と米中の覇権争いが環太平洋地域へのひろがり。まさに世界は当たらぬよう卦した方向に進んでいる。

 ここは再度日本を取り囲む諸要素を再検証して一筋でもの光明を見出すしかない。

300兆を超える世界の緊急経済対策による資金流動はどこにあるのか。友人の日銀マンと話した。
リーマン以降オバマによる80兆円、中国の60兆円、欧州の70兆円、などの緊急流動資金は各国の中央銀行のバランスシートの大幅赤字をつくりだしながら、市場に放出された筈。だが、影もみえない。中小企業は淘汰され、市中銀行による貸し剥がしと渋りは顕著になっている。一方資源バブルと中国での不動産バブルが、進行している。
2009年12月ついに日本銀行が経済デフレを認めた。政府のゆるやかなデフレ宣言につづくものだ。
しかもこのままでは向こう数年間は消費者物価の下落が継続すると見込まれている。政策金利は米国、日本ともゼロに近い。日銀が採る策は非伝統的金融緩和と信用緩和である。市中銀行の準備預金を裏づけとする量的緩和は銀行からの貸し出しが増加しなければ策として成り立たない。いわゆる豚積みである。また市中銀行のCD(預金証書)や短期国債を購入し長期国債を売却する信用緩和は中長期の安定した経済目標が設定されて始めて意味がある。
 しかし日銀はこの12月から金融緩和措置を導入した。2001年から2006年にも導入した金融緩和は結果、円借キャリートレードによる円安と米国を中心とする金融デリバティブを発生させ、リーマンショックにつながったことを忘れてはならない。今回の日銀の政策決定はなんらかの副作用を発生させる劇薬でもある。決定により中国、ブラジルの投機資金が激増しその崩壊の時期を早めることになるかもしれない。

 新たなソブリンリスクというもの
ソブリンとは主権と言う意味である。国家を意味する。ソブリンリスクとは国家リスクのことである。昨今国家金融としてのギリシャの格下げやドバイワールドリスクが取沙汰されている。欧州の信用不安の元凶がそれである。日本も例外ではない。GDPの2倍近い国債残高を有する国家は日本以外にない。深刻な危機である。まだ1400兆円の個人金融資産が国債を支えているということで間接的だが財政赤字を支えて入る内はいいが、いずれ外資導入に依存する時代が到来する。ボロボロ国家列島となる。1400兆円が銀行の窓口でたまって動かない。銀行が役割を放棄して国債を買っているから経済活力にまわらない。個人は医療、介護、年金の未来が不安だらけでリスクはとれない。活気など程遠い。

列島パソコン図書館時代
どの組織でも、訪れて見るといい。働くものはパソコンだけである。人間がパソコンと向き合って言葉もない。シーンと静まり返っている。咳払いがそこに人間がいることを証明している。新聞社も雑誌社も人間だけが商売の広告代理店でさえシーンとしたパソコンライブラリーのようである。そこに活気など生まれる筈もない。コンプライアンスというのも問題である。日本の企業や組織にも確かに企業秘密や外に漏れることによる危機があることは確かである。だが巷の豆腐やから、八百屋までは行き過ぎというものだ。巷の広告屋のどこに秘密などあるものか。かえって知って欲しい秘密のほうが多い。だから活気など程遠い。

円高列島日本の長期化
塊太が世界を放浪していた1960年代、一ドルは360円。外国持ち出し外貨は500ドルだった。パスポートには持ち出し外貨量が書かれた時代だった。円高の歴史は戦後日本から現在までの列島日本の歴史でもある。戦後、IMFとIBRDによるブレトンウッズ体制は金一オンスを35ドルに定め、為替相場の安定化を図った。この体制下、列島は東洋の奇跡ともいわれる経済成長を達成した。1971年ニクソンショック、1973年田中内閣時変動相場制に移行する。1983年から87年円高不況に苦しむ。1985年G5によるプラザ合意、一ドル200円となり、現在に至るまで一貫して円高である。1960年代から考えると一ドルは四分の一となった。米国との関係で言えば列島の価値は4倍の大きさになった筈である。確かに列島の存在感は増した。経済はナンバー2の位置にある。(中国にすぐ追い越されるが)一方中国元はドルとリンクして安定している。背景に米国債を多量に持ち、ドルを反対に支えている。中国の力は益々増幅され、日本列島はパッシング(passing)、そのうちムッシング(無視)かナッシングに変わるだろう。

 列島を守るのはだれか
 現在、マスコミから国民までが、日米安保条約を日米同盟と言い換えて守るべき最大の価値であるかの如く言い募っている。果たしてそうなのか。1960年の闘争なかんずく6月15日暁の樺美知子の死をどう捉えているか、全マスコミに問いたいのである。君たちの言論とはカメレオンの眼なのか!あの日、日本に初めて国民による民主主義が芽を出したというのにだ。1970年10月21日全国600ヶ所で展開された70万人もの安保改定反対の声を、時代の“だみ声”とかたづけるのか。安保条約の意味さえ知らぬひとのためにひもとく。
1951年サンフランシスコで平和条約が締結された。同時に米軍の日本駐留のために日米安全保障条約が締結された。米軍の駐留は米ソの冷戦下、米国の軍事的優位を確保するためのもので結果的に日本が戦場となった場合、共同して行動するためのいいわけ条約である。最低条約期間を10年とした。従って1970年が改定の年となった。また1960年には在日米軍の配備の条件を規定した日米行政協定について米軍の権利と義務と地位について地位協定が締結された。不平等条約であることは敗戦国が辿る歴史を見るまでもない。
一体今外国の軍隊が空を飛び制空権を自由にしている国が世界のどこにあるというのだろうか。保守も革新もない、右も左もない。国民ひとりひとりに背骨があるのかないのかの問題だからだ。米軍が日本から去ってなんの問題があろう。それが主権国家というものだ。(つづく)

12月 10, 2009   No Comments