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Armage島 日本 erlingyaoling (1)

IMG_1692Armage島 日本 二零幺零(1)

中国古来の成語に曰く「寅吃卯粮 yin chi mao liang」がある。寅の年に卯の年の米を食べる。収入が支出に追いつかず前借して暮らしを繋ぐの譬えである。日本の国債残高は766兆を超え、2009年度国債発行額は53兆にも膨らむことが確実な情勢である。資源国、新興国がリーマンショック以降注目をあつめるなか、内憂外患の日本はいまや新しく衰退国のレッテルを貼られている。今後日本の道筋はどうなるのか。

 2015年までのマクロの日本については2008年秋「ラプソディア・ジャポニカ」で予言した。2009年の政権交代、鳩山首相の誕生、まではよいが、2010年2月の二番底、2011年深刻な保護主義の台頭と米中の覇権争いが環太平洋地域へのひろがり。まさに世界は当たらぬよう卦した方向に進んでいる。

 ここは再度日本を取り囲む諸要素を再検証して一筋でもの光明を見出すしかない。

300兆を超える世界の緊急経済対策による資金流動はどこにあるのか。友人の日銀マンと話した。
リーマン以降オバマによる80兆円、中国の60兆円、欧州の70兆円、などの緊急流動資金は各国の中央銀行のバランスシートの大幅赤字をつくりだしながら、市場に放出された筈。だが、影もみえない。中小企業は淘汰され、市中銀行による貸し剥がしと渋りは顕著になっている。一方資源バブルと中国での不動産バブルが、進行している。
2009年12月ついに日本銀行が経済デフレを認めた。政府のゆるやかなデフレ宣言につづくものだ。
しかもこのままでは向こう数年間は消費者物価の下落が継続すると見込まれている。政策金利は米国、日本ともゼロに近い。日銀が採る策は非伝統的金融緩和と信用緩和である。市中銀行の準備預金を裏づけとする量的緩和は銀行からの貸し出しが増加しなければ策として成り立たない。いわゆる豚積みである。また市中銀行のCD(預金証書)や短期国債を購入し長期国債を売却する信用緩和は中長期の安定した経済目標が設定されて始めて意味がある。
 しかし日銀はこの12月から金融緩和措置を導入した。2001年から2006年にも導入した金融緩和は結果、円借キャリートレードによる円安と米国を中心とする金融デリバティブを発生させ、リーマンショックにつながったことを忘れてはならない。今回の日銀の政策決定はなんらかの副作用を発生させる劇薬でもある。決定により中国、ブラジルの投機資金が激増しその崩壊の時期を早めることになるかもしれない。

 新たなソブリンリスクというもの
ソブリンとは主権と言う意味である。国家を意味する。ソブリンリスクとは国家リスクのことである。昨今国家金融としてのギリシャの格下げやドバイワールドリスクが取沙汰されている。欧州の信用不安の元凶がそれである。日本も例外ではない。GDPの2倍近い国債残高を有する国家は日本以外にない。深刻な危機である。まだ1400兆円の個人金融資産が国債を支えているということで間接的だが財政赤字を支えて入る内はいいが、いずれ外資導入に依存する時代が到来する。ボロボロ国家列島となる。1400兆円が銀行の窓口でたまって動かない。銀行が役割を放棄して国債を買っているから経済活力にまわらない。個人は医療、介護、年金の未来が不安だらけでリスクはとれない。活気など程遠い。

列島パソコン図書館時代
どの組織でも、訪れて見るといい。働くものはパソコンだけである。人間がパソコンと向き合って言葉もない。シーンと静まり返っている。咳払いがそこに人間がいることを証明している。新聞社も雑誌社も人間だけが商売の広告代理店でさえシーンとしたパソコンライブラリーのようである。そこに活気など生まれる筈もない。コンプライアンスというのも問題である。日本の企業や組織にも確かに企業秘密や外に漏れることによる危機があることは確かである。だが巷の豆腐やから、八百屋までは行き過ぎというものだ。巷の広告屋のどこに秘密などあるものか。かえって知って欲しい秘密のほうが多い。だから活気など程遠い。

円高列島日本の長期化
塊太が世界を放浪していた1960年代、一ドルは360円。外国持ち出し外貨は500ドルだった。パスポートには持ち出し外貨量が書かれた時代だった。円高の歴史は戦後日本から現在までの列島日本の歴史でもある。戦後、IMFとIBRDによるブレトンウッズ体制は金一オンスを35ドルに定め、為替相場の安定化を図った。この体制下、列島は東洋の奇跡ともいわれる経済成長を達成した。1971年ニクソンショック、1973年田中内閣時変動相場制に移行する。1983年から87年円高不況に苦しむ。1985年G5によるプラザ合意、一ドル200円となり、現在に至るまで一貫して円高である。1960年代から考えると一ドルは四分の一となった。米国との関係で言えば列島の価値は4倍の大きさになった筈である。確かに列島の存在感は増した。経済はナンバー2の位置にある。(中国にすぐ追い越されるが)一方中国元はドルとリンクして安定している。背景に米国債を多量に持ち、ドルを反対に支えている。中国の力は益々増幅され、日本列島はパッシング(passing)、そのうちムッシング(無視)かナッシングに変わるだろう。

 列島を守るのはだれか
 現在、マスコミから国民までが、日米安保条約を日米同盟と言い換えて守るべき最大の価値であるかの如く言い募っている。果たしてそうなのか。1960年の闘争なかんずく6月15日暁の樺美知子の死をどう捉えているか、全マスコミに問いたいのである。君たちの言論とはカメレオンの眼なのか!あの日、日本に初めて国民による民主主義が芽を出したというのにだ。1970年10月21日全国600ヶ所で展開された70万人もの安保改定反対の声を、時代の“だみ声”とかたづけるのか。安保条約の意味さえ知らぬひとのためにひもとく。
1951年サンフランシスコで平和条約が締結された。同時に米軍の日本駐留のために日米安全保障条約が締結された。米軍の駐留は米ソの冷戦下、米国の軍事的優位を確保するためのもので結果的に日本が戦場となった場合、共同して行動するためのいいわけ条約である。最低条約期間を10年とした。従って1970年が改定の年となった。また1960年には在日米軍の配備の条件を規定した日米行政協定について米軍の権利と義務と地位について地位協定が締結された。不平等条約であることは敗戦国が辿る歴史を見るまでもない。
一体今外国の軍隊が空を飛び制空権を自由にしている国が世界のどこにあるというのだろうか。保守も革新もない、右も左もない。国民ひとりひとりに背骨があるのかないのかの問題だからだ。米軍が日本から去ってなんの問題があろう。それが主権国家というものだ。(つづく)

12月 10, 2009   No Comments