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Armage島 日本 (3)

IMG_1698Armage島 日本 政治と金

 政治とはまつりごとのことだ。祭りには金がかかる。巷のお祭りでさえ町内から村から総出で金をあつめなければなりたたない。祭りの金をどこから集めるのかが政治の箍を決めてきた。ローマの時代から政治は元老院などのもともと金のある輩がやってきた。名誉と金は両立せず政治家は自らの金を政治に投じた。同士を集めるのは金がかかるし、野心のある有能な若き政治家を登場させるのには誰かがその育成資金をまかなわなければならない。だから藤山愛一郎も稼いだ自らの金を全額投じて朗々としていた。

 翻っていつの日から政治は金を使う場所から金を稼ぐ、政治屋ばかりになってきたのか。他人の金を使って悪事を働く、金をくすねる、、税金の無駄をなんとも思わない、政治屋ばかりである。地バン、看バン、カバンの三バンを持ってその上2世だ3世だと政治を職業とする政治屋ばかりである。だからだれも政治屋を信用などする筈もない。顔に絆創膏をはってふがふが言っていたのが大臣だったり、ぼくちゃんもう出来ないとばかりに首相の座を放り投げたり、挙句のはてに常識程度の漢字もよめない首相が誕生してしまった。

 そして国民は愛想が尽きて政権交代。(愛想が尽きて程度が悲しいが)今度は鳩山首相の金の問題だという。しかし一寸まて。鳩山は母と自分の遺産相続分の金を使っているだけなのが判明した。ばかな法律で自分の金を政治に使うのには上限があるらしい。ソクラテスは馬鹿な法律でも法だと喝破して死んだ。じゃー、鳩山は首相をやめるのか。辞めたいのならやめればいい。じゃー国民はどうすりゃーいいのか。愛想をつかした自民党にするんですか?絆創膏にもどるんですか?

 ぼんくら政治屋ばかり。国民の程度がその程度の政治家を産むんだという。国民がぼんくらだから結果この程度と言われれば自分に翻って「そうですか。ぎゃふん」といわざるを得ない。

 古今東西「金だけで一国の宰相についたものはいない」田中角栄だって金だけじゃない。無類の人間感覚を備えていた。だから自分の金を政治に使う金額に箍をはめるべきじゃない。そんな法律は廃棄すべきだ。

 民主党が政権をとった。もっと政権の「権」を堂々と使うべきだ。検察のばかどもも人事異動。日銀の事なかれ主義役人も首、宮内庁の事大主義役人も首、もっと極端な行動が平成維新であることを民主党は自覚すべきである。

そうじゃないですか?hiroyaさん

12月 14, 2009   6 Comments