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「私の履歴書」10月25日の懐しい話

 日経終面に「私の履歴書」がある。今は月桂冠の大倉敬一相談役が語っている。本日25日に懐かしい話が載っている。エノキアン協会のことである。この協会は1981年フランスで設立された伝統国際企業の団体である。1979年からフランスに滞在した私はこの協会の設立に関わった。協会のメンバーになるには不可欠な条件がある。一、200年以上続く経営状態が良好で同族経営であること、いはば「世界で一番閉ざされたクラブ」ということになる。フランスの当初のメンバーにはマリーアントワネットのネックレスをつくりフランス王室を支えた宝飾メーカーのメレリオ・ディ・メラー社や羅針盤や世界地図で名高いメゾン・グラディス、アルザスワインの老舗ユジェルエフィス社などがある。日本からはもう400年近い歴史を有する月桂冠、とらや、法師などが加入し、現在ドイツ、ベルギー、スイス、イタリア、オランダ、アイルランド諸国からのメンバーが軒をつらねている。
 1982年当時専務であった敬一氏の弟恒彦氏に私はこのエノキアンの話をパリから送った。すぐに反応があった。日本酒はまだまだ欧州では人気がなく存在すら知らない人が多かった時代だった。早速エノキアン協会主催でパリ ホテル「メリデイァン」で日本酒の試飲会を開催した。パリの商工会議所の会頭だったデュランテキスト氏に音頭をとってもらtっての開催だった。100名近くの経済人や文化人に絵描きの萩須氏にも参加してもらった。どうにかアペリティフとしての認識を勝ち得た。そんな時代だった。現在ではすし屋や焼き鳥などとともに日本酒の進出は目覚しいものとなっている。恒彦氏は生来の明るさと明敏な国際性でヨーロッパに日本酒を導入した功労者であった。
 1987年秋には京都で月桂冠350周年を記念してエノキアン協会の国際総会が開催された。私はパリからこの総会とエノキアン展に出席した。懐かしい思い出である。その恒彦氏はその後間もなく他界した。機才逝くであった。

10月 25, 2010   No Comments