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うしろの正面だあれ

かごめ かごめ
かごのなかのとりは
いついつでやる
よあけのばんに
つるとかめがであった
うしろのしょうめんだあれ

 妙に暗示のある歌詞ではないか。普段うしろの正面など気にしたことがないからだ。日常目の前のハエを追い払うことで費やされ、意気消沈したり、挫折したり、失敗したりすると皆にがんばれ、がんばれとシッダされて前に前にと思わされてきた。幸せのときは平静なときで一瞬で過ぎてしまって気がつくことも少ない。だから山にのぼることだけだった。人生登山と教えられてきたから下山する筋肉がない。そのうえに休息して気をやすめながらいることに長けていない。
 気をやすめながら、うしろをふりかえり、越し方を考え、いったいぜんたい自らのうしろにいてみずからを押し続けてきたものが何者だったのかに気がつかなければならない。それはみずからの根源を問うこととおなじだ。
 地球創生、人類創生のエネルギーと地震やつなみのエネルギーであることがおなじように、プロメテウスの火は原発の悲劇につながることを知らなければならなかった。だから人類は根源での救済を願うしかなかった。21世紀まで神様はいたるところ絶対だったから人類の存続が可能だった。しかるにやまとの国がこの摂に背いてしまった。
 これから100年、やまとの国に平安はないだろう。もれる死の放射はだれもとめることができないからだ。汚染されながら生きる以外にない。人類がけっしてしてはならないものを発見し、宇宙創成のエネルギーを平和利用できるとごうまんにも信じて神の領域を侵犯してしまった報酬である。
 われわれのうしろの正面にいたはずのかみさまはもういない。

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