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ラプソディア・ジャポニカ 終章 2015
2012年からの世界がPA世代にどういう時代となっていたか、2007年に還暦を迎えた団塊初代が65歳、その前のPA世代には60代の後半を迎えていた。2012年はその後の世界が暗澹たる危険な時代を辿るか、それとも少しは未来への光明を見出せる時代となるかの極めて重要な岐路となる年となった。
65歳となって年金を正規にもらえる筈だったがもらえるにはもらえたが金額は減少していた。それでも65歳で年金を授受できる世代はまだよい。2011年政府は年金授受の年を70歳に引き上げていたからだ。
時代は常に団塊の世代には冷たい。誕生とともに激烈な生存競争を闘ってきたが、定年後のセカンドライフでさえその中にいた。年金の減少、授受年齢の引き上げ、病気になっても病床の不足、健康保険の自己負担の割り増し、せっかく蓄えた貯金の目減り、2008年からの円高、株安、年金安、外貨貯金の目減り、団塊ジュニアへの援護 そして世界恐慌と団塊に休息はない。そういう世代なのだ。
巷では急病に倒れ救急車で運ばれる団塊の世代戦士達が病院に受け入れられずに車のなかで息絶えていった。まだ家族に見守られているものは幸いだった。多くの老人たちが孤独死していった。一世代前 ダスティン・ホフマンが演じた「真夜中のカウボーイ」という映画があった。あったかいフロリダの地を夢見ながら寒いNYの路上で死んでゆく映画だった。
一体全体、団塊とPA世代に豊かなで安心できる時代があるのだろうか。つねに将来の不安を抱いて焦燥の今を見つめなくてはならないのだろうか。
いいんだよ いいんだよ。戦後のどさくさや、芋やどんどん焼きをたべて育ってきたじゃないか。そうかと思えば一転して、高度成長のなかで血のしたたるようなステーキをたべ、一本100万円もするようなロマネコンティでさえ一晩で飲んだったじゃないの。すきなように生きて会社では自己実現だってやったじゃないか。給料もらったうえ会社を自己実現の道具にもしたじゃないの。そのうえ何か不満なの。わはは、、、わはは、、と笑って人生をまっとうしようじゃないか。という同僚の声が聞こえてくる。
2012年保護主義の波はやはり強烈なものとなっていった。欧州、アジア、米国、中南米、豪州が自国の経済保護のために自由貿易を崩していった。地域関税が阻害していた。次第にブロック経済圏が形成されてブロックごとの利益が衝突してきた。世界は至極悪い方向に動き始めていた。歴史をみてみると1929年の大恐慌から5年後の1933年は最悪の年だった。巷には失業者があふれ不安が不安をよんでいた。その年国家社会主義を標榜したナチが生まれ、日本は中国に侵略の足を伸ばしていった。
2012年は2008年のサブプライムからの世界恐慌から5年後である。極めて相似する時代背景と保護主義の動きは追い詰められた民衆の不満をどのように未来へのエネルギーに転嫁してゆくか世界の指導者に課せられた重要な課題だった。
塊太のラプソディ(狂詩曲)ジャポニカは当たるも八卦当たらぬも八卦と冒頭で断わった。当たったら大変当たらなかったらもっと大変、目を下向きにして書いてきて少しシニカルになったかも知れない。空をみて楽観的な八卦もあるかも知れない。がどうしてもそう書けない。悪いことは当たらないで良いことがそうなって欲しい。
ここまで、恰も団塊太が2015年まで無事に永らえてその目線で回顧録をまとめたような体裁となったが、自分の生き死にだけは寿命である。ただ、団塊太は2009年初頭に、ある優秀なアイデアをもつ保険会社が画期的に開発し時代のブームとなった死後の散骨を確実に実施してくれるという「散骨保険」ブランド商品名「ベルセーゆりかこ」に加入した。加入条件には死後は自分が愛した南仏地中海に流して欲しいと遺言した。
ラプソディとは狂詩曲という意味である。「山アリ谷アリ、波頭ニモマレ 岩礁にウチツケラレ、トキニ凪。」時代は平安な夜想曲(セレナーデ)を約束してはくれない。ラプソディ(狂詩曲)でいいじゃないか。団塊とPA世代にはそれがぴったりだ。
11 月 24, 2008 No Comments
ラプソディア・ジャポニカ 金融黙示録2011
だら下がりの価値、株、債権、土地、外債、自然資源、紙幣すべての価値がさがった。2011年の正月はそれでも明けていた。年々歳々花相似たり、年々歳々人同じからず。節は確実にすぎてゆく。人々は明日にかけて働く手をゆるめてはいない。ゆるめる余裕などからっきしないのだ。
日本列島だけが暗雲にいたのではない。2010年上海万博で景気の抑揚を狙った中国でさえ成長の波は衰え、中国各地で農民の中央政府への不満がくすぶっていた。GM、クライスラー、フォードが合併されてアメリカの自動車業界は中国がその株式の30%を買収して中国の会社となった。環境を旗頭に莫大な公共事業を開始した民主党オバマ政権は米国が常に世界を引っ張ってきた自動車会社を中国に身売りしてでも米国の負担を軽くしたかったのだ。
米国が銀行、保険、自動車、鉄鋼などの基幹産業の救済に投資した金額はもう200兆円を超えていた。FRBの準備金はもう底がみえている。米国債は金利がほとんどない状態まで増刷されたが、日本、中国、中東オイルマネーで買い支えていた。それにももう限界が見えていた。
2008年以降の米国金融各社の再編を再度見ておかなくてはならない。2009年ついに世界にその活動拠点を有していたシテイバンクはずたずたに分解されてさまざまな同業各社に身売りされていた。AIGは中国がその株式の大半を所有し、日本の三菱東京がモルガンスタンレーを掌握し、リーマンを野村がアジアと欧州の営業体制を引き継いだ。欧州の金融はもっと複雑に組成されていた。米国金融かつむぎだした金融工学は規制されてその姿も残っていない。金融工学自体が否定されていた。
レバレッジが幻想をばらまき幻想が失墜して、実体が信用失墜に見舞われていた。担保住宅の価額が成立できず、金融各社が倒産し、その波で自動車がうれず、鉄鋼がなりゆかず、自動車部品からITにまで不況が押し寄せた。人々は今日一日の安心を得るために切り詰めた生活を強いられた。忘れてはいけない。1929年の大恐慌から6,7年で世界は戦争への道が待っていたことを。戦争は景気を取り戻す最大の公共事業だからだ。
2011年欧州、アジア、米国の各地域が次第に保護主義の色を濃くしていった。とりわけ、米国と中国とがさまざまな局面でぶつかりはじめていた。米国は日本に仲裁役割をもとめたが、政権をとってまもない日本の民主党にその役割は重かった。田中真紀子がその任に当たったがもう無理だった。中国と米国はアジアの覇権をめぐって衝突していた。米中戦争が危惧された。一昔前のケネディ時代の米国、ソ連時代を思い起こされた。1960年代のベトナム戦争の実体は米国と中国の代理戦争であったことを想起すべきである。軍事費調達のため農村は荒れてその補充のために下放政策がとられたことを忘れてはならない。
韓国と日本が中国の前線として米国軍備が拡張され、原子力空母と原潜が配備されて有事に備えられた。日本はマジノ線あやかりジャパノ線となって中国からの攻撃の前線となったのだ。そのための米国軍事予算の大方が日本に投与された。同時に防衛費予算は前年10%増額され社会保障費は減額された。空港の多くが拡充されて、米国が小型飛行機を売るために建設された不必要と批判された地方空港が軍事目的に整備された。すなわち日本のどこからでも中国に出撃できることになったのだ。
いまや日本と韓国は米中戦争の身代わり戦場の危険地域となった。世論は日本を敵視しはじめた中国憎しのプロパガンダが増えていた。もともと日本人は中国や中国人に対して不信感情があったのだが、それに報道導火線に火がついていた。危機が迫っていた。一方米国は常に本国を戦場にはしない国家であることを忘れてはけない。例外の歴史上の事実は真珠湾と世界貿易センターだけである。
11 月 22, 2008 No Comments
ラプソディア・ジャポニカ 地獄の黙示録2011
だら下がりの価値、株、債権、土地、外債、自然資源、紙幣すべての価値がさがった。2011年の正月はそれでも明けていた。年々歳々花相似たり、年々歳々人同じからず。節は確実にすぎてゆく。人々は明日にかけて働く手をゆるめてはいない。ゆるめる余裕などからっきしないのだ。
日本列島だけが暗雲にいたのではない。2010年上海万博で景気の抑揚を狙った中国でさえ成長の波は衰え、中国各地で農民の中央政府への不満がくすぶっていた。GM、クライスラー、フォードが合併されてアメリカの自動車業界は中国がその株式の30%を買収して中国の会社となった。環境を旗頭に莫大な公共事業を開始した民主党オバマ政権は米国が常に世界を引っ張ってきた自動車会社を中国に身売りしてでも米国の負担を軽くしたかったのだ。
米国が銀行、保険、自動車、鉄鋼などの基幹産業の救済に投資した金額はもう200兆円を超えていた。FRBの準備金はもう底がみえている。米国債は金利がほとんどない状態まで増刷されたが、日本、中国、中東オイルマネーで買い支えていた。それにももう限界が見えていた。
2008年以降の米国金融各社の動向を再度見ておかなくては成らない。2009年ついに世界にその活動拠点を有していたシテイバンクはずたずたに分解されてさまざまな同業各社に身売りされていた。AIGは中国がその株式の大半を所有し、日本の三菱東京がモルガンスタンレーを掌握し、リーマンを野村がアジアと欧州の営業体制を引き継いだ。欧州の金融はもっと複雑に組成されていた。米国金融かつむぎだした金融工学自
11 月 22, 2008 No Comments
ラプソディ・ジャポニカ そして恐れていたものが
2010年中国の万博が終了した11月の末、激震が世界を襲った。オバマ大統領が襲われた。狙撃銃での暗殺の銃撃がオバマ大統領の左胸部を貫通した。シカゴでの演説
の最中、黒人の狙撃にあったのだ。
大統領はそれでも急所の狙撃だけは避けることができた。その場で倒れた大統領は病院に運ばれたが重症だった。黒人の大統領を黒人が狙撃したという事実は重かった。連日マスコミが跡を追ったが、狙撃した黒人は何も語らずに居た。
公民権運動を推進したものはみな凶刃に倒れた。ケネディがキングが暗殺された。オバマ大統領は就任時に「イエス ウイ キャン」と問うた。キング牧師は「ウイ ハブ ア ドリーム」 ケネディは法案で黒人の権利を示した。
しかし米国には未だ黒人に対する蔑視が残って消えていない。皮膚の色で人間の質が判断できるものではないことはどんな人でもわかる筈だ。判らないのは、わかろうとしないからだ。
それでもオバマ大統領は一命を取り留めた。バイデン副大統領を大統領にすべきかどうか米国議会のテーマとなったが、車椅子にのってオバマ大統領がホワイトハウスに現れたときの米国民の熱狂は素晴らしかった。米国が初めてまとまった。2010年の暮れが迫っていた。
オバマが主張した国民皆保険制度の導入と50兆円を超える財政投資が次第に目に見える形となっていった。
2011年が明けた。2008年のサブプライムから4年目となる。月日が過ぎ行くのは節に早い。暗澹たるこの4年で痛いほど皆が金融工学の恐ろしさに懲りていた。価値という価値が暴落した。株が、債権が、為替が、不動産が軒並み地獄におちたように下がっていた。
しかし人間は素晴らしいものだ。掃き溜めの栄養を得てインゲン豆がめをだすように、底の底には明日の芽が約束されていた。
11 月 20, 2008 No Comments
ラプソディ・ジャポニカ <甘い楽観>
経済は残酷なまでのリアリズムである。米国金融信用収縮は実体経済に波及し、自動車産業を呑み込み過酷な経済状況を呈してきた。日本に住む団塊の世代は未だにそのうちどうにかなるとの甘い認識がどこかにある。それがこの世代の特徴的甘さなのである。
しかし今回はだめである。米国の信用収縮はぬきさしならないところまできてしまった。2009年は経済成長マイナスの年となった。失業が街を襲い、消費は地に落ちてしまった。ここまで落ちてまだ底が見えない。底が見えないのはPA世代の経済楽観主義のせいである。一億が総悲観のなかにいたらなければ大底はない。中途半端な悲観がPA世代に残っていた。
2009年は日経平均は昭和50年代の水準まで下がってしまった。なかでも2005年から上がり始めていたゴルフ場の会員権相場も記録的に下落しあの小金井CCは2500万円までさがった。2007年には一億までに値をもどしていたのにである。それよりゴルフ場に客がいなくなった。各ゴルフ場は集客のためにプレー代を劇的に下げたが効き目がなかった。
そして2010年の正月を迎えた。正月3が日には異常なドカ雪が関東地方に降った。首都圏は雪で交通が麻痺したが人々はこれ幸いに寝正月を決め込んだ。正月のテレビ番組は依然として一発芸とやらの芸質の低いバライテーで覆われていた。
2010年初頭の1月4日、大發会の日経平均は6200円、ドルは80円、ユーロ100円暗澹たる2010年の初頭だった。
それでも中国上海での万博が5月に控えていた。上海万博のテーマは「Better City
Better Life」予算規模30億ドルもの大型万博であった。上海,黄浦江に幅600メートル 高さ200メートルの橋が完成、花橋となずけられていた。案では4億3000万人が万博見学に訪れるとしていた中国政府も2010年初頭には1億人と訂正していた。万博は11月まで開催されてそれでも無事に終了した。中国は莫大な公共投資と万博の強行でやっと8%台の経済成長を維持させてきた。8%が都市と農村の格差を暴動に発展させない最低の経済成長率だった。
11 月 18, 2008 No Comments
ラプソディ・ジャポニカ (2)
2009年の経済成長率は世銀の予測を超えて日本が前年0.2%のマイナス、米国が0.8%、欧州が1.2.%のマイナスで終わった。
米国では2008年11月オバマ大統領誕生に狂気して喜んだ黒人達の生活の困窮が日に日に増していった。1929年の大恐慌時にNYの路上で地下から上がる熱い蒸気で暖を取っっていた光景がまたよみがえっていた。5番街は炊き出しを求めるホームレスで溢れていた。
誰が2008年の8月サブプライム証券がフランス・パリバ銀行で償還を拒否されその後の動きのなかで今日のこの状態を予測できたであろう。米国の一部強欲なユダヤ資本は何百倍のレバレッジをきかせて金融パラダイムをつくりあげその故にいま滅びつつある。本当に困った金融資本である。金にしか価値を見出せない。
原爆を発明し、相対性理論を発見し、数々の音楽家を生み、企業家、銀行家を生んだユダヤの民は確かに優秀な民族である。がそれゆえに間違えると人類の道程を覆すまでにいたる。
日本では2009年12月の臨時国会で民主党が年金基金の崩壊を訴えた。基金の毀損は激しくとても現状の年金を維持できないとの発表である。現状を維持するには消費税の大幅アップが必要。消費税15%が提案された。もちろん年金の受給は70歳からとなる。
これまでしがみついてきた官僚ももう匙をなげた。民主党の財源発掘の努力はいわゆる埋蔵金を徹底的に洗いつくしていた。その意味では日本は新しい国家観が創出されつつあった。
民主党の鳩山首相が冒頭で演説していた。「日本はいま未曾有の危機のなかにいる。世界とともに滅びるかそれとも国民が一体となってこの危機を乗り切るかである。あたらしい経済の軸はなにになるのか。民主党は全国民に訴える。国家のためになにかをなせと」
日本経済を引っ張ってきた2008年代の輸出企業はみな沈み昔日の面影はない.
トヨタ、キャノン、ソニー、パナソニック、ニコン、コマツ、新日鉄、ANA,クボタ、セイコー、すべての輸出企業が利益を大幅に減らしていた。唯一任天堂、と信越化学、電力各社が息をついていた。
国民の生活はもうどうしようもないほど細っていた。国民所得は各家庭とも前年20%からの減額でそれでも下がらない物価のなかで青息吐息の状態だった。若くしてローンで住居を買ったものはローンを払えず、手放さざるを得ないものが目立ってきた。
不動産はどうしようもなく値下がりしたが、それでも誰も買おうともしない。不動産会社が次から次に倒産していった。
2010年初頭ついに日経平均は6000円台を割った。もうどうしようもない大恐慌状態だった。これが日本経済の底なのか、それとも見えぬ暗い大底がまだあるというのだろうか。
高齢者は病院にも行けず、行けたとしてもすぐに追い出された。救急車はサイレンを流すのみで行く先がないまま道路を行き来していた。人間はこのような絶望のなかでも暮らして行けるのか?暮らさざるを得ないということか。
ここで話の対象を絞ることにする。予言の対象は団塊の世代がどのようになっているのかにしぼらざるを得ない。団塊ジュニアや他の世代についても予測したいのだがその余裕もなくなった。2007年問題ともいわれた団塊の世代も2010年になるともう63歳となる。定年後退職金を投信や外貨や株式や国債に振り向けた世代は今その額の目減りに愕然としている。
平穏に時代がすぎてゆけばなにも問題なく暮らせるはずの金額が目の前で消えてゆく。日本にあった個人資産1600兆円はその額1000兆円が消えていった。2010年には株価6000円となり2008年の5月株価12000円と比べてみても2分の一と成り果てた。
ユダヤ金融資本は姿を変えて金融工学とやらを発明して一機に日本の個人資産を絡めとったことになる。もちろん彼らとて無傷ではない。日本の1600兆円で自分達の傷を癒しているのだ。その上三菱UFJが9000億円を投資し野村はユダヤの投資会社を買ってしまった。なんというお人よし国民なのだろうか。
定年後の安定した生活を夢見た団塊はまたその弱った足腰に力を入れてたちあがらなくてはならない。そうしなければ食ってゆけない。団塊はいつも平和などない。生まれてから死ぬまで慟哭のなかにいる運命なのだ。
ラプソディとは狂詩曲という意味である。叙事詩的で民族的な自由な楽曲をいう。日本という極東の島国の団塊の世代に迫る慟哭の狂詩曲であった。
この頃からである。団塊世代の自殺が目だってきた。自殺というより自己安楽死に似ていた。もう生きてこれ以上の競争と焦燥を味わいたくないとの思いからであったろうか。2010年には散骨保険なるものが流行った。自分が死んだら必ず自分の思う場所に散骨して欲しい。家族と身近な友人で十分。知っているものだけでひっそりと偲ぶ散骨である。なかには地中海や思い出のハワイでの散骨も流行った。その資金となったのが散骨保険といわれる商品だった。(つづく)
11 月 14, 2008 No Comments
塊太の近未来08~15ラプソディ・ジャポニカ
さあ!あたるも八卦当たらぬも八卦。塊太が70歳になる2015までの日本と世界を予測しますよ。もし当たったら大変、当たらなかったらもっと大変ですよ。団塊の世代のこれから7年の予言です。生きていたらのモノダね。さあ用事とお急ぎのない方、寄っててよ、見てってよ。
と威勢よくはじめます。
サブプライムが表面化したのが2007年8月フランス・パリバの不払いから。その直前6月に320兆円あった個人保有の投信と株式の価値が10月8日までの間に120兆円が消えたのです。私の周りのA氏もB子もC氏もD氏も2002年から定年を迎えてその虎の子を投信や外貨や株式に換えていました。それが軒並みに下落です。みな1000万円から2000万円の含み損を抱えています。寄るとさわるとその話でもちきりの始末。
2008年11月13日 ドルは95円、ユーロは119円です。今年5月にはドルは120円、ユーロは170円を指す勢いでした。が、原油は1リッタ170円これからどうなるのかと原油だけが大きな問題でした。
そして今、円高の急激な進行で輸出をGDPの60%とする日本経済が大きな激震の中にいます。トヨタが新日鉄が商社が精密機器が工作機械が世界を市場としてきたパナソニックがソニーが軒並み50%の減益。就職内定者の取り消しが問題となっています。
2008年11月15日、舞台はアメリカ G20の代表者が集まって今後の金融問題解決にむけての調整が行われています。消え行くブッシュ政権からは、ポールソン、オバマからはオルブライトを派遣。日本から麻生首相が中川金融財務大臣を従えて参加。
世界の発展途上国に対する産業と金融のためのドルファンドの創設を訴えての日本の参加であった。口元の顔面神経を歪ませて麻生首相が演説する。が、漢字の読み方さえ知らないIQではこの大役は無理で大向こうをうならせるものでない。
麻生首相が演説しているうちに中国の胡錦涛が突然発言した。「中国は未曾有の金融危機に対して国内で57兆円を投じて中国ニューディールを発動する。」また「中国の持つ米国債を売却してAIGに投じる。」
ポールソンとオルブライトの顔が歪んだ。米国はすでに金融危機発生以来もう120兆円のFRB準備金を切り崩してきた。そのためにグリーン券の輪転機はまわりっぱなしの状態でヘリコプタ・バーナンキはヘリコプター機上で船酔い状態。もうなにを言っているのかさえ意味不明。「アフアフなのかアホアホなのかも聞き取れない」
2008年も暮れが押し迫り、日本企業の最後のボーナスが支給されている。みんなこれが最後という顔をしていない。平和ボケでなく使われボケでいまいち経済危機の認識が甘い。その上自民党の麻生首相が国会でインスタントラーメンの金額を聞かれて、「400円くらいじゃないの」とのたまった。「アホはいつまでもアホで死んでも治らない」「草津の湯でもほれた病はなおりゃせぬよ」なんてもんじゃない。
一方対する民主党の小沢も暗い顔して「いいんじゃないの 麻生との比較で首相になってほしい比率が半分でも、そのほうが論点がぼけないよ」と阿諛。まあ麻生のバカさよりましか。
2009年3月、7000千円まで落ちた株価が一時的に電力株の上昇のお陰か1万円までバックした。電力株は配当、円高、資源安、の三重のメリットで株価を躍進させてきた。しかしその1万円は三日天下でNY株の暴落の前に日経平均6500円まで急降下。もう皆ぐうの音もでない状態となった。
折りしも3月ニッチもサッチもいかずにいた自民党も野垂れ死に覚悟で解散総選挙。民主が野党を併せて自民党を2議席超え。小沢首相の目が見えたが、持病の心臓病が悪化、首相に鳩山、自民党から中川秀直、渡辺義美と小池が合流、5議席のチルドレンを携えて民主党に流れた。
ようやくねじれが解消しての政治状況となったが、米国のオバマと同じく状況が悪すぎて政策が頓挫。なにしろ日経平均6500円で大方の銀行、証券会社に大きな含み損が発生。米国のS投資銀行に9000億円を投じたメガバンクとR投資証券のアジア欧州部門の買収を先駆けたN證券には「大丈夫か」の懸念が市場に満ちてきた。
転変地異は突然やってくる。2009年11月、それは中国北東部。 以前の満州の地で鶴の大量死が伝えられていた。中国のつるは北海道に渡って丹頂の名前となる。北海道に高熱の病人が発生した。病人は一昼夜苦しんで亡くなった。病人を診た北海道大学医学部教授が急遽記者会見。「トリインフルがただ今確認されました。空港を遮断ししかるべき手段をとるように政府に要請します」
厚生大臣が急遽声明を出す。「全国民は政府の指示に従ってください。タミフルは3000万本備蓄してあります。マスクと手洗いを厳守して自宅待機、病院には電話で連絡の上、厳格な対応を願います。政府は全力をあげて対応していますのでいたずらなパニックにはおちいらないように願います。」
しかし病魔の勢いはとまらず、3ヶ月で日本全国に蔓延して60万人が犠牲となった。A氏が死に、一人住まいのC子が孤独死した。奥入瀬の紅葉も冬の富士の冠雪もその美しさを見せていたのに道端に置かれた棺おけの鈍い木の色だけがその惨状を映していた。
なによりも問題が生じたのは死体の火葬施設の不足だった。毎日何千人が死んでいった。病院に収容されていた病人はまだいい。一番体の抵抗力のない老人と乳幼児が自宅で死んでいった。葬式も出せずに火葬されていった。
坊主達が宗派を超えて寺を掛け持ちして走っていた。
トリインフルの猛威はまた100兆円ともいえる経済損失を招いていた。そして驚くべきことに日経平均は6000円台を割った。巷にホームレスが溢れた。
2010年初頭 悪いことに安くなっていた原油が上がりはじめる。1バレルが80ドルを伺いはじめる。中国万博はそれでもどうにか終了し中国は本当の苦難の時代が待つことになった。農村と都市間のギャップが露呈しネット社会が広がった中国をもはや共産党がコントロールできる状態にはない。「我らに表現、結社、政治的表現の自由を与えよ。さもなくば共産党にさらばというだけだ」という表現がネットを揺さぶる。(つづく)
11 月 13, 2008 No Comments
塊太の近未来08~15ラプソディ・ジャポニカ
さあ!あたるも八卦当たらぬも八卦。塊太が70歳になる2015までの日本と世界を予測しますよ。もし当たったら大変、当たらなかったらもっと大変ですよ。団塊の世代のこれから7年の予言です。生きていたらのモノダね。さあ用事とお急ぎのない方、みてってよ、みてってよ。
と威勢よくはじめます。
サブプライムが表面化したのが2007年8月フランス・パリバの不払いから、その直前6月320兆円あった個人保有の投信と株式の価値が10月8日までの間に120兆円が消えたのです。私の周りのA氏もB子もC氏もD氏も2002年から定年を迎えてその虎の子を投信や外貨や株式に換えていました。それが軒並みに下落です。みな1000万円から2000万円の含み損を抱えています。
2008年11月13日 ドルは95円、ユーロは119円です。今年5月にはドルは120円、ユーロは170円を指す勢いでした。原油は1リッタ170円これからどうなるのかと原油だけが大きな問題でした。
円高の急激な進行で輸出をGDPの60%とする日本経済が大きな激震の中にいます。トヨタが新日鉄が商社が精密機器が工作機械が世界を市場としてきたパナソニックがソニーが軒並み50%の減益。就職内定者の取り消しが進んでいます。
2008年11月15日、舞台はアメリカ G20の代表者が集まって今後の金融問題解決にむけての調整が行われています。消え行くブッシュ政権からは、ポールソン、オバマからはオルブライトを派遣。日本から麻生首相が中川金融財務大臣を従えて参加。
世界の発展途上国に対する産業と金融のためのドルファンドの創設を訴えての日本の参加であった。口元の顔面神経を歪ませて麻生が述べる。が、所詮学習院出のIQしかない麻生にこの大役は無理で大向こうをうならせるものでない。
そうこう演説しているうちに中国の湖錦董が突然発言した。「中国は未曾有の金融危機に対して国内で57兆円を投じて中国ニューディールを発動する。」また「中国の持つ米国債を売却してGM,フォード、クライスラーに投じる。この3社は今後中国の資本下に入り、中国13億人のための低コスト車の生産にギアチェンジを行う。」
ポールソンとオルブライトの顔が歪んだ。米国はすでに金融危機発生以来もう120兆円のFRB準備金を切り崩してきた。そのためにグリーン券の輪転機はまわりっぱなしの状態でヘリコプタ・バーナンキはヘリコプター機上で船酔い状態。もうなにを言っているのかさえ意味不明。「アフアフなのかアホアホなのかも聞き取れない」
2008年も暮れが押し迫り、日本企業の最後のボーナスが支給されている。みんなこれが最後という顔をしていない。平和ボケでなく使われボケでいまいち経済危機の認識が甘い。その上自民党の麻生首相が国会でインスタントラーメンの金額を聞かれて、「400円くらいじゃないの」とのたまった。「アホはいつまでもアホで死んでも治らない」「草津の湯でもほれた病はなおりゃせぬよ」なんてもんじゃない。
一方対する民主党の小沢も暗い顔して「いいんじゃないの 麻生との比較で首相になってほしい比率が半分でも、そのほうが論点がぼけないよ」と阿諛。まあ麻生のバカさよりましか。
2009年3月、7000千円まで落ちた株価が一時的に電力株の上昇のお陰か1万円までバックした。電力株は配当、円高、資源安、の三重のメリットで株価を躍進させてきた。しかしその1万円は三日天下でNY株の暴落の前に日経平均5500円まで急降下。もう皆ぐうの音もでない状態となった。
折りしも3月ニッチもサッチもいかずにいた自民党も野垂れ死に覚悟で解散総選挙。民主が野党を併せて自民党を2議席超え。小沢首相の目が見えたが、持病の心臓病が悪化、首相に鳩山、自民党から小池が合流、5議席のチルドレンを携えて民主党に流れる。
ようやくねじれが解消しての政治状況となったが、米国のオバマと同じく状況が悪すぎて政策が頓挫。なにしろ日経平均5500円で大方の銀行、証券会社に大きな含み損が発生。米国のS投資銀行に9000億円を投じたメガバンクとR投資証券のアジア欧州部門の買収を先駆けたN證券には「大丈夫か」の懸念が市場に満ちてきた。
転変地異は突然やってくる。それは中国北東部 以前の満州の地で鶴の大量死が伝えられていた。中国のつるは北海道に渡って丹頂の名前となる。北海道に高熱の病人が発生した。病人は一昼夜で苦しんで亡くなった。病人をみた北海道大学医学部教授が急遽記者会見。「トリインフルがただ今確認されました。空港を遮断ししかるべき手段をとるように政府に要請します」
舛添厚生大臣が急遽声明を出す。「全国民は政府の指示に従ってください。薬は3000万本備蓄してあります。マスクと手洗いを厳守して自宅待機、病院には電話での連絡の上、厳格な対応を願います。政府は全力をあげてその対応を行いますのでいたずらなパニックにはおちいらないように願います。」
しかし病魔の勢いはとまらず、3ヶ月で日本全国に蔓延して60万人が犠牲となった。A氏が死に、一人住まいのC子が孤独死した。4月の桜も5月の若葉も6月の五月雨もその美しさを見せていたのに棺おけの鈍い木の色だけがその色を映していた。
トリインフルの猛威はまた100兆円ともいえる経済損失を招いていた。そして驚くべきことに日経平均は3000円台に突入。巷にホームレスが溢れた。が、円が一ドル200円、ユーロは250円、弱気の日本産業が日本車を筆頭に中国、アジア、欧州で爆発的に売れ出した。オバマ政権で中国に身売りしたGM,クライスラー、フォードも中南米、アフリカ、欧州で電気自動車としてセールを上げどうにかまわり始めた。まわり始めるとエネルギー不足が露呈しはじめる。2008年11月には1バレル55ドルに逆下がり始めていた原油が上がり始める。
2010年初頭 1バレルが100ドルを伺いはじめる。中国万博はそれでもどうにか終了し中国は本当の苦難の時代が待つことになった。農村と都市間のギャップが露呈しネット社会が広がった中国をもはや共産党がコントロールできる状態にはない。「我らに表現、結社、政治的表現の自由を与えよ。さもなくば共産党にさらばというだけだ」という表現がネットを揺さぶる。
11 月 13, 2008 No Comments
隠れユダヤが担ぐ黒い肌のキリスト
ユダヤ人とは<母をユダヤ人とするか、ユダヤ教を信じるもの>とされている。後者はそういっているだけで余り意味がない。即ちユダヤ人とは母系の系譜を意味する。学説によればユダヤ民族にはアシュケナージュといわれる白系ユダヤ人とセファルディと呼ばれる黄色系にわかれるという。
髭と頭にチョコンと小さな帽子を被ったユダヤの民が嘆きの壁の前で祈る姿を写真や映像でみることが多い。彼らユダヤ人の多くがセファルディと呼ばれるセム系ユダヤ人である。一方アフケナージュ系ユダヤの民は金髪や、青い目をした白人である。ロスチャイルドやロックフェラー、デュポンなどのユダヤ人の多くがこのアフケナージュ系である。
ユダヤ人が金融の業に就いたのは、東ローマ帝国皇帝から他の職業に就くことを禁じられゲットーに追いやられてからである。執拗にユダヤ教に固執し一切の妥協を排するヤーベの掟は時に権力支配者には全くの邪魔になる。信長の延暦寺、秀吉の本願寺など日本にもそのようなことがあった。
米国が建国されたのは1776年。その本旨は英国清教徒であり、新大陸でのプロテスタント精神である。アングロサクソンピュウリタン(WASP)と呼ばれる。旧大陸で境遇の悪かったもの、食い詰めたもの、法的に追われるもの、借金に追われるもの、言ってみれば、自由を求めてとは背景にこういう理由のあるもののことが多い。そしてアイルランド、英国、フランス、オランダ、スペイン、イタリア、から多くが移民した。その中で歴史に隠れていたが、今日のアメリカの覇権を握ることになるのがロシアや東欧からの白系ユダヤ人たちである。
これら白系ユダヤ人は旧大陸で身分的に卑しめられて高利貸しや金銀銅などの職業についていた。金を持つが卑しめられていた民が米国に渡ったのだ。そして米国流自由と覇権をにぎる。
歴史上の米国の大統領は<ユダヤ人だがユダヤ人にはみせない>ことが必要だったという人たちがいる。確かにエブラハム・リンカーン、トルーマン、アイゼンハウアー、クリントンもユダヤ系だという。しかし誰もユダヤ人だとは言わない。ユダヤ教でなくキリスト教を旨としている。それは何故か。
年に一回、南仏の町サントマリードラメールに世界のジプシーが集まり黒い肌の聖母マリアを祭る祝いがある。黒い聖母マリアは祭りのあと黒いアフリカの地に向かって地中海に流される。黒い肌の聖母が生んだ子は黒肌のキリストである。旧約聖書のなかにあるハム族こそが肌の黒い民族であった。
ハムは現在のエチオピア、エジプトにいた民族である。今でもエジプトにはコプトと呼ばれる独特の十字架を崇拝するキリスト教が存在する。
米国に黒人の44代大統領が誕生した。黒い肌のハム族の末裔である。この黒いハム族の末裔をアシュケナージュの白系ユダヤが担ぐ。歴史は2000年の時間を越えてその真実を露にしてきた。
40年前、ナホトカから片道切符で世界を漂流、シルクロード3万キロの記録
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南仏プロバンスの歴史と文化についてのQA集
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11 月 11, 2008 No Comments
日本も侵略国家だったのだ。 田母神論文の誤謬
63年間 道路には左側しかないと思い、車も左ハンドルしか知らない私が田母神論文を読んだ。一読するとその国家観といささかナイーブな国家センチメンタリズムに少しこの左の私でさえ動かされる。が、どうも元空爆長は自分の言いたいことを本当には語っていないことに気がつかされるのだ。
次のように田母神氏は語るべきだった。(田母神論文を私の判断で修正した)
<現在日本に駐留する米軍の実態は依然として占領であり侵略である。どこに他人の家や保有する主権在地のなかでお前の治安を守るからとどかどと軍靴と銃で庭を荒すことが許されるのか。もちろん日米安全保障条約という条約のもとの駐留であるから合法的だというかもしれない。古代エジプトのローマ・アントニウスの占領も、ナチによるポーランド侵略後の占領も、戦後のイスラエルのパレスチナ移植もすべて条約が結ばれた。条約などというものはいつでも一方的なものだ。強者がみずから譲歩することなどありえない。闘わないものは支配されることに甘んじなければならない。>
<中国や朝鮮に駐留した日本軍に蒋介石は頻繁にテロ行為を繰り返した。邦人に対する大規模な暴行や惨殺事件なども発生した。私は蒋介石政権が駐留日本に対して闘いを挑んだ姿勢を許容する。幕末日本には生麦事件や外人使節団への抗議が発生した。至極自然な国を愛護する精神の発露ともいえるものだ。>
<反対に横田や横須賀、沖縄での米軍の無理強いや少女の暴行事件や軍兵器の横流し、墜落秘密保持に対して日本人はどんな行動をとっているというのか。むしろ反論を覚悟で言えば蒋介石の姿勢に学べというべきだ。>
<盧溝橋事件やハルノートにより日本は嵌められたのような論があるが、それは結果論に過ぎない。日本が第二次世界大戦に敗北したから歴史が歪曲されているにすぎない。戦争は勝てば官軍であることくらい人類何千年前からの徹底した真理であるからだ。盧溝橋がロシアの謀略で、真珠湾がアメリカハルノートからの陰謀につながったものだろうと、戦争に突入した以上ドイツも日本もイタリアも連合国もみな侵略国家だったのだ。どうして侵略でないといえるものか>
<どこに優しい侵略などあろう。満州帝国に5000万人の日本人が移住しようと帝国大学が出来ようと軍国日本の軍策以外のものではありえない。執拗にベトナムを侵略したフランス人でさえ今でもおいしいパンとベトナム料理の甘味を遺しているのだから。日本軍が満州を結ぶ道路や鉄道をつくり後のインフラとして感謝されたなど、とても誇れたものでないことは火を見るより明らかなことだ。>
李ウン殿下と満州国皇帝溥儀については論評しない。
<日本が中国大陸や朝鮮半島を侵略し日米戦争で300万人もの犠牲をだして敗戦となった。そして日本は取り返しのつかない過ちを犯したという人達がいる。国と国の間のひずみと問題は衝突のエネルギー以外では解決できないことがある。歴史は戦争の歴史でもある。人間は人間同士で平和裏に問題を解決できないできた。世の中に「愚劣な戦争」など存在しない。それは「愚劣な人間」ということと同意義なのだ。>
<日米安全保障条約は日本の自衛隊が米国にも駐留して初めて相互の安全保障条約となる。メキシコ国境やキューバ対岸に日本自衛隊の哨戒艇が並ばなくてはならない。それが同等の力を背景とする条約というものだ。>
<しかるに日本は武器があるが使用を制限され、同胞が銃弾に倒れても報復の手段も取れない。何でこれが日本を守る自衛隊と言えるのか。自分の国を自分で守る。当然の普遍の人類の真理が日本には存在しない。過去の日本軍の軍紀が厳正だとか日本軍の士気の高さなどを言ってなにになる。日本は古い歴史と伝統を有する国家であり、ふるさとを愛し家族を愛する国民がいるかぎり、私は空幕長として日本人としての誇りと自国の守りのために邁進するものであり、わたしの使命はそこに存在する。>
田母神氏はこのように語らなければならなかった。本人の自覚のなさか、周りにたいする自己防衛か甘い環境分析からか良くわからない。どう贔屓目に見ても元空幕長のIQの低さを露呈した論文といわざるを得ない。(しかし同氏の国家センチメンタリズムは理解できる部分があることを告白する。)
11 月 8, 2008 No Comments
フランスとフランス語の話し
