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「忖度」そんたく(でんでん)

「アッキード事件」は、その本質を見失い迷走を始めている。
これだけの物証があるにも関わらず、与野党共に攻めきれない理由は何なのか?
それは先ず両陣営共に何故か屁っ放り腰に引きながら状況好転を狙う他力本願であるからに過ぎない。

唯一、決死の覚悟を持つ篭池先生だけが目立つのである。
そして今や彼がその世論をとり切ろうとしているし、その為の?隠し球を温存している可能性もあり得るのだ。

自民は脇の甘さを顧みず、ぼろぼろの戦略で隙だらけ、、、
その最たるものは事態をよくわきまえないまま「夫婦共々アッキード問題への関与があれば、総理はおろか議員をも辞める」とのたまわった安倍総理、、、
しっかり落とし前をつけていただくしかない。

安倍夫人の本件関与は当初より明らかであり、その最たるものとして出てきたのが彼女のお付き官僚のFAXということになるで有ろう。
(官僚の尻尾飛ばしの島流しにならない事を切望する…)

本件の自民党の言い訳は安倍首相、官房長官、昭恵夫人共々で「記憶にない(ようだ)…」から始まる。
明確に否定と名誉毀損の怒りの声で始まるべき「ひぼう中傷の類」のはずであるが、事実が掴みきれず「相手の持ち球の様子を伺い」つつ対応するからである。
ファクトは勿論絶対的に当事者(昭恵夫人)であり、それを握っているにも関わらず、資料は恐々小出しにしていくのには必ずその理由が存在する。

一方、野党もよくわからない。
籠池氏の何に配慮するのか、自爆が怖いのか、これだけの物証があるにも関わらず、そして尻尾切りをおそれて敵陣から一人逃げ出してきたにも関わらず、取り込めも出来ないでウロウロするのみではないか?

現状知り得る範囲でのファクトによる詰めは以下の通りである。
請託の有無よりも「忖度」の有無を「一般常識」における判断で良い事は安倍首相の言質が取れているのだから…

土地の売買価格や認可に請託が有ったかどうかという第一目標より、極めて単純に安倍名誉校長の実在がどの程度の「忖度」を生むものかを考えればいいのだ。

果たしてもう一度この問題の原点に戻ろう。

① 明確に安倍昭恵夫人はインチキ小学校の認可と寄付金集めの為の名誉校長に就任した。(最大の落ち度であり、誰もが認める事実である!)
② ある日、昭恵夫人は名誉校長の了解のエビデンスとして講演を行い、その証拠金としての協力金100万円を学園へ寄付した。
(この3点は同日中に起こったセットのファクトであり、その名目や内容をどうしようが切り離しはできない、暗黙の了解事項として動いている)
・寄付であるか、講演料であるかは問わなくとも、名目としての100万円は森友学園に寄付金として入金されているのは事実である!
・おそらくここがこの点の味噌であり、隠れている真実で有ろうがファクトだけおさえればよい。
③ 総理夫人が名誉校長を受けた小学校にたいする「忖度」は如何程のものか?
決してこの100万円の比ではなく、自爆しても安い端金である事は明らかである。前後する寄付金やそのことで想定していた寄付金でこの小学校の設立の資金繰りさえ、成り立つほどの計算ができる。
(それを承知の承認であり、名誉校長受託はその確信犯と考えるのが常識的である)

・さて「忖度」の解釈であるが、忖度するのは常にその必要がある人であり、利害関係者であるから、極めて不特定であり、かつそれは主観的判断となるものである。
・一般的に言えば、日本国総理大臣夫人「ファーストレデイー」への「忖度」はほぼ全官僚に及び、または安倍シンパの財界、個人にまでおよぶで有ろう。(含む「日本会議」)

④ その上で出てきた総理夫人秘書の忖度依頼の回答ファックス…
「忖度」すべきと考える官僚は、名目否定を行いつつ、定借延長から超安値による購入という神風へと変わっていったことをやはり、しっかりとファクトとして表してしまった。
・総理夫人付きという肩書きのFAXが私人であったり、私人付き秘書であったりすることなどあり得ないし、少なくとも請託の一部は4月6日に実行されているのだから、籠池氏でなくとも神風が吹いたと感じるのは当然である。
(彼女が私人または個人であるなら、また「当方」へお知らせくださいというはずはない。当方とは「私」はなく、昭恵夫人を含む秘書陣営を指すというのが官僚言語で有ろう)

この事件は日本国総理大臣夫人が一瞬で有ろうとも、訳のわからない教育勅語を教育方針の柱に据えるという小学校の名誉校長を受任し、その広告塔となることを了解したことで起こった。そしてその事による「忖度」を期待して90%の設立寸前までこぎつけていたものを、財務省のチョンボで土地売買の開示請求を渋った事に寄って発覚した事件である。
(発覚しないで忖度される口利きで成功する例など枚挙にいとまはない)

情けないことに、安倍さんは「武士に二言無し」として議員辞職する以外に道なく、日本の政治が往々にしてこういった「忖度」で進んでいく事実を教訓にするしかないであろう。
(最後にトカゲの尻尾ぎりが自爆によるような事にならないように切望するものである)

2017 年 3 月 24 日   2 Comments

拝啓 「日本共産党」殿

自らのタブーを押して、あの大嫌いな「日共」にご提案申し上げます。
理由は護憲政党の存在が消え、いつしか憲法改定がもっともらしく(民主的に)差し迫ってきている危機感よりあえて申し上げる次第です。

今や、何故か護憲を謳う唯一の政党が日本共産党となってしまいました。
残念ながら、貴党の立党の精神と党是はそうで無い事を知りつつも、唯一の護憲政党と名乗る昨今のスタイルを見るにつけ、強く感じる所があります。

「日共」といえばある面では現状右翼より右にある裏切りの存在という過去のトラウマがいまだに残るリベラルや市民派も多いのに気付かれているでしょうか???

その理由は貴党の党是であり、党名にもあるようにおもいますが…
故に、それ(党名や党是)を変えられない以上、現行日本国憲法の存在は認め、護る事はあってもいつかはそれを都合よく変える自由を担保せざるを得ないという矛盾にぶつかるはずです。現状護憲でしかなく、いずれは一党独裁の官僚制度を狙っている可能性を残し、未だに革命をも是認する理屈を保有している事にもなるのではないでしょうか。
そして、既にそれ故に現状積み上げてきた党の既得権益を剥がす事はできないし、故に党名も党是も変更が出来ないのでしょう。

しかし、一方で貴党の昨今の選挙公約などでは、その大半が現行憲法の保持に集約されるものです。
おそらく本音では現行憲法の1条と9条は相容れないものが残るのでしょうか?
しかしそれらこそが日本国憲法の肝であり、誇るべき条項は(象徴)天皇制と戦争放棄の2項です。護憲政党という日本共産党に脱皮するならば、むしろこの2項目の完全承認と永久履行が必要ですがどうでしょうか?

その昔、唯一の護憲政党であった日本社会党において護憲学者であった土井たか子氏で、山が動きかけた事が有りましたね。
今、安倍政権は憲法改定の山を動かす事に全権力を行使しています。昨今の共謀罪などは、その先の日本共産党をターゲットにおいた準備であり、極めて民主的に憲法が変わってしまうような愚を起こしかね無い状況でもあります。

しかし、もし貴党が党名を変え、唯一の完全護憲政党として「そのまんま日本国憲法党」への脱皮を宣言すればどうでしょうか?
旧社会党や社民党に市民リベラルは自ずと結集して大きく逆に山が動く事は明らかです。

貴党の現状主張からすれば、心底現行憲法による恒久平和を日本国民と共に護り育てる事で、現行日本共産党の目指すものとしても、どこがどれほど違うのでしょうか?

今や日本国憲法を最大限死守しようとされているのはまさしく今生天皇であると思います。唯一の基本的人権を放棄させられつつ、日本という歴史と文化とステータスを保持する努力をされている象徴天皇と戦争遂行の為の軍備を持たない国…

そこで革命的変更をお勧めするものです。
「そのまんま憲法党」への党名変更で「日本共産党」という過去の栄光を歴史の中に昇華してしまう事を……………

夢にも実現不能なるご提案でした。。。

2017 年 3 月 22 日   No Comments

団塊世代の恐怖

imageかつて本ブログで「団塊世代」をして「プレミアムエイジ」としたいと皮肉ってみた。何かとうるさい世代である事は間違いない(頭数が多いのだから…)

団塊世代はまたの名として「全共闘世代」とも言われ、激しい政治的環境の中での学生生活を送る事になった。
良し悪しを別にそれから50年、、政治は再び、憲法と安保を真剣に問う時代になっている。

全共闘世代は、就職と生活と万博を目前にして一気に沈黙しさせられ、その後の日本経済をバブルの道へとエンジンを蒸す役割に取ってかわらされる。

その頃、同時的に発生した民族派による学生運動が少数ではあるが確かに存在した。。というよりも陰湿な極左と極右の暴力事件にも発展していく道筋を作ってしまった経緯がある。

潰され、消えていく学生運動の中で、生き残り、命を与えられていくもう一方の運動…それは脈々と半世紀を超えて今、日の目をみる寸前のところにあるのだろうか?

考えれば60年安保の岸首相の孫である「安倍政権」の登場はそれらの想いの象徴であり、知らぬ間に幼稚園児に教育勅語を暗唱させることを許す政治状況さえ見落とす状況にある。
明治憲法への回帰を唯一の目的とする「日本会議」勢力の恐怖…
(当時の日学同、生長の家、日本会議、安倍、麻生、稲田政権…)

最近、2週間ほどの病院暮らしを体験した。
そこには沢山の苦しみながらも現代医療のお陰で生き続ける老人達がたむろしている現実があった。
団塊世代が70歳を超えていく…

今や、ゴルフ場を占拠し、スポーツジムを占拠する団塊世代が文字通り「塊」となってまかり通る時代を迎えている。
公園も病院も占拠してなお「黙して語らず」の団塊世代時代への予感が当たらないことをひたすら祈るのみである。

2017 年 3 月 17 日   No Comments

我が半生(紀)「号外」謹賀新年…

我が半生(紀)の反省(記) 号外

昨年末の50年振りの同窓会…について少しだけ記したが、実は結構その結果としてのインパクトは大きかった。

この反省記もその一環ではあるのだが、実は我が反省記の(大人への)原点である高校生活に大きな「勘違い」があるかもしれない事を発見したのだった。

その内容を公開するわけにはいかないのだが、今更ながらその勘違いを反省してももちろん50年も経ており取り返しはつかないし、せめて後悔につながらない現実をして「幸い」としておこうとは思っているのだが、、、

その勘違いは、常に自分が主役であったり、悲喜劇の主人公として人生を解釈する処に発生してしまうように思いついた。(良くない癖だよなぁ…しかしおそらく誰にもこういう勘違いをしたままの人は多いのでは、、、自尊心が強い人!)

さて、この「勘違い」は本当のところはどうなんだろう???(勘違いではないのかもしれないし…)
今更事実などどうでも良いか?いや、もし確認出来るならば確認しておくべきなのか?

「後悔しない人生」(我れ、反省すれど後悔せず)を標榜する我が身にとっては大問題でもある。。。

果たして確認は可能か?(実は可能ではあるが、それは出来ない?)

50年前のミステリー、あり得ない「錯覚」が我が人生を大きく左右してしまった可能性があるのだけど…

ミステリーはミステリーのままで良かったのか?
それとも「解決せよ」との糸口が50年振りの同窓会であったのか??

正月早々、全く意味不明な「独り言」で申し訳ない(いつもの事です?との声も)

2017 年 1 月 6 日   1 Comment

「田中角栄と安倍晋三」を読んで

作家の略歴を知らずしての読書はあまり経験がない。
後輩のI君のFBでの紹介が気になって本屋で偶然発見…

まずもって角栄さんと安倍晋三では格が違いすぎる。。。が、、、罪の大きさで競うならこれまた後の歴史が示してくれるであろう。。。(角さんの効、阿部さんの罪?)

しかし、これを昭和の政治家と平成の政治家として比べるとするならば、如何に平成政治が劣化しつつあるかという事だけは良く分かる。
「昭和史でわかる「劣化日本」の正体)」とする副題がメインの狙いの本である事が…
(最近の角栄ブームへの悪ノリの感無きにしも非ず…)

その内容については99%の同意と賛意を確認しながらも、ある面白い観点に気付かされたのでまず記しておきたい。
それは団塊世代の「罪と罰」を考えている今の自分に当てはめて考える時代考証にもヒントとなる。
これまでは自分(達)を昭和の代表選手と考え、その(昭和への)郷愁に強く感じ、反応もするというものが圧倒的であった。平成の時代にかわって以降は息子達以下の世代であり、まさに他人事の時代のように思って考えるたところがあるのだった。

しかし実際には我々のメインとすべき世代こそが「平成」有るのでは…
平成1-2-3の卒業生が入社する頃、団塊世代はやっと幹部社員として彼らの指導をする時代となっていた。良きにつけ悪しきにつけバブル入社と言われたこの世代を嘆いたものだった。しかし今、彼等こそが社会の中軸となって活躍しているとすれば、彼らの社会人としての影響(指導責任)は団塊世代に負うところが多いと言わざるを得ない。

同様に昭和という時代への団塊世代の責任はその範疇としては政治的にも経済的にも極めて小さな物でしかない。圧倒的に戦前戦中派世代が作ったのが「昭和」なのだ。

現代(平成)を政治的に劣化していると見ればその要因も団塊世代に追うものが多いことになる。一方昭和の時代の象徴は「戦争」(敗戦)であり、その後の「平和憲法」(戦争放棄)で有るがそのどちらにも団塊世代が直接関与する所はあり得ないのだ。
(有るとすればその憲法を是とし、維持、継承させる事に邁進していたことかもしれない)

今その成否が問われようとしている。
それが政治的劣化で有るかどうかは別にしても、平成という時代に対する責任は団塊世代に委ねられ、かつ今を迎えているのだからその責任は極めて重い事になる。
戦争できる国にしてくおくのか、戦争放棄を絶対的テーゼとする憲法を守り抜くのか、が問われていることだけは間違いない。
首相「安倍晋三」は何としても憲法を変える事を一義にしている。祖父の時代の妄想としてやはり先の戦争から引き継がれたものとなっているに違いない。即ち戦争できる普通の国という概念であり、その決意たるやその為なら何でもありという方針だ。

本題に戻ろう…
「昭和と平成」を天皇の在位で考える中で、それを田中角栄と安倍晋三に置き換えようとする著者の視点は極めて面白い…
…が果たして角栄さんをして「昭和」、安倍さんをして「平成」という風には当てはまるものかどうか??
むしろ角栄さんこそがこの平成の骨格を作った政治家であり、昭和という時代への政治的影響は少なかったのではなかろうか?
(安倍さんのやろうとしていることも「平成」以降の選択肢に違いない。故に今生天皇のご意向さえ無視できるのだろう)

政治とは自分たちの子や孫の時代をどうするのか、10年後、30年後を考えて行うもので有ると思う。
故に自らがその判断の責任を負えない 事を前提として考える事が肝要である。安倍さんは戦争できる国づくりを目指すが、自らは決して戦争に参加する事はないのだ。しかし本当に自らの子や孫が武器を持って殺し、殺されるような現実がありうる事を想定しているのであろうか?それともそんな場合にも勝ち組は戦争に参画しなくとも良いとでも考えているのだろうか?

確実に先の戦争での責任者は存在する。
その結果がたとえ勝利であったとしてもそこに犠牲者としての個人が生まれる限り…

この本が指摘する通り日本は劣化しつつある。(それは民主主義の劣化である)
しかし、それが昭和史の選択であるとする主張にはすこし違和感がある。平成を司るものとしてその責任は我が世代によって選択されたものとなる事はだけは間違いないし、故に避けたいものだ。

作品の個々の内容はより平易に描かれているので理解しやすいし、着眼点もきわめて面白いし、ほぼ賛同するものである。
その他の著作を存じ上げないが探してみたく思っている。。。

2016 年 12 月 31 日   No Comments

我が半生(紀)の反省記

image(写真と本文は無関係)

(慌ただしく年末です。中途半端なブログに成ってしまいます。(文字通りの師走、事件やら事故やらで大変な1年でした。新年も元気であれば、我が半世紀?も続きますが、以下中途半端なまんまにて)

(2) 引き際の言い訳…

就職は本意ではなかったが、取り敢えず何処か取ってくれるところがあるものかどうか、、、と受験してみた。

(マジックインキの)内田洋行が募集している…多分2流の商社だろう程度で受けてみたら(マジックインキの商標を持っている一流会社とはつゆ知らず…)、結構受験者数は多くて3次試験くらいまでは残っているみたい。そうなると何とか合格してみたいと欲も出てくるものだ。

合格となったものの、結果的にはその年の暮れ(あっという間に)退職してしまっていた。

遠い昔の出来事だが、正直朝の早くから起こされて満員電車で通勤するか一生に我慢できるはずもなく…という退職理由の勝手な印象だけが残っている。
その年の年末に夜汽車に乗って、何も考えずにとんずらしてしまったのだから子供であった。特段の判断も熟考もあった訳ではなく、背広のままで信州白樺湖へ向かって一人正月を過ごし、帰って辞表を出したのであろう。其のあたりの記憶は全く無い。
(信州は学生時代の合宿地、宿の息子にスキーとやらを教えてもらって遊んでやった?ガキは確か幼稚園児…子守代とか言って超割引料金だったかも?)

もちろんその後しばらくは、そのまま「プー太郎」でも後悔などする暇も無く、親友と悪ノリしての会社設立(登記するという作業も知らぬまま…)
得体の知れない「物売り」のその日暮らしが始まった。
毎日彼(親友の営業力)におんぶに抱っこされてnカバン持ち、飛込み営業など我がプライドが許さなない??
「俺が良い仕事を考える役だから…」と嘯くも、そんな良いアイデアを持ち合わせているはずもなく、間も無く2年ほどして再就職…
(何を間違ったか結婚話しが進行し、プー太郎ではまずかろう。工場での工員(労働者をやってみたくて片田舎のタオル工場での見習い下宿で工員勤めは始まった)

流石のに給料は安い…のに結婚話だけは進行し、その流れはいつしか二人目の息子が誕生につながっていく…
(お前も働け…という時代ではなく専業主婦なら教育どころか食わしてさえ行けない現実がやっと見えてくる)

世の中の仕組みと人生の責任を初めて感じたのは30歳もまじかな27歳の終わりの頃だった。
喰えないから辞めると決めて辞表を出したが、次の仕事が決まっているわけでもない。とにかく金が目当ての再就職には、なりたくなかった「サラリーマン」の道しかなかった。

本当に今考えれば拾う神が居てくれた…という以外には無い。
給与がほぼ倍増の保険会社の募集がある。恐らくはあの何度も「いやいや」した営業職であろうが、それこそ覚悟するしか無い。
この時固く誓った事がある。「我、反省すれど後悔せず…」
好き勝手に歩んで来た人生は、30歳までを勝負と決めていたのだからあきれてしまう。ほぼ大半を終えたようにも感じ、それなりの余生という意識もすでにあった。

「君は家族をも捨てられるか?」
これは学生時代に流れ(学生運動)の中で「籠城」するか、しないかを問われた時の先輩のアドバイスであった。「捨てられないだろう!」と決めつけられ(お陰様で)籠城、逮捕(死)は免れた。「引き際であり、逃げであり、後悔でもあった」

サラリーマンに徹するという事の意味は理解してプロ(サラリーマン)としての道をひたすら歩む事に後悔しない事…これが課題であった。
本当に難事業となった。

サラリーマンのプロとして55歳までを全うする覚悟は結果として奏功したのだろう。
その年には、見事にサラリーマンを卒業し「役員」というシナリオの中には無かった世界に突入していた。反省の連続であったが、後悔は無かった。。。。

時はバブルへ…その勢いに乗れば仕事も展開次第で面白い。寝る間も惜しんで仕事となったのは、一に「時代」であったのかも知れない。。。

2016 年 12 月 27 日   No Comments

我が半生の「反省記」

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⑴ 引き際の美学…(原点?)
テレビの事件記者に憧れ「新聞記者」を目指した頃、何故か大学時代は放送研究会(総部放送局)・報道部に入った。時はベトナム戦争と70年安保改定に向けてほぼ全ての大学が紛争(闘争)付けの時代であった。
(上の写真他は、50年ぶりに見つけた我が原点とも言うべき大それたノーガキを垂れた一文)

3年次に局長という重責を仰せつかったのだが、その重責を背負いきれず夏休みの総部全体合宿において、突然の辞任(退部)する事になった。
様々な憶測が飛んだのだが、一切本音を語らないままのくやし涙に咽ぶ退部であった。
同時に全執行部にも辞任を強制し、その後を一般部員の総意に任せるという無責任極まりない方針を選んだ。合宿の冒頭であった事から議論する時間は十二分にあった…

テーマは「時勢と大義名分(学生放送というマスメデイア研究)に負けて廃部とするか?戦う放送総部としてこのまま存続を目指すかの2者択一」…
民主主義的手法ではなぜか後者となるのだが、全部員の創意とは程遠い結果となる。大半の部員の本音はサロンとしての放送サークルが良いに決まっているのだが、事態はそれを決して容認しない事は理解の他であったと思う。

(70年安保を目前にして全学の世論は全学ストライキと入試阻止という事で集約されていた。大半のノンポリ学生を放置したままに、学内世論ではストとバリケード闘争の全学共闘会議が組織され、そこにこそ学生の本分が有り、そこにこそ真理がある…)
戦う新聞総部は部室を閉じ闘争委員会に変身していた。「日和る」放送総部がありうるという選択はとてもできなかった)

幸か不幸か執行部という組織づくりに成功し、強いリーダーシップを発揮できる組織でもあったのが良くなかった。
放送、マスメデイア、マスコミ、真理の探究…どれ一つとっても進むべきは「戦い」でしかないのが実情で、部内世論も「理」に抗することなどできない。。。
その一方では圧倒的に「サロンサークル」であり、ある面での就職への登竜門でもあるはずの放送局「アナウンス部」も現実的存在である。彼らは部活動以外に日夜「塾通い」までして厳しいプロアナウンサーの世界を目指して努力してきている。今後の部の活動次第では就職活動にさえ差し支える。

当時の「局長」という立場は、もちろん全学執行委員会、闘争委員会を構成し、全学部、全総部の会計を集約する役割を有する主体でもあった。(生き残りへの成り行きとはいえ…)

一般部員は勿論幹部部員ですらそんな情勢など知る由も無い。なにしろ執行部を含めて大半が典型的ノンポリであり、むしろ体育会的右翼集団といった方が正しい情勢判断が出来た。
(無理やりのオルグでこれ以上引っ張っていく自信もポリシーも持ち合わせていなかった)

しかし「理屈」で負ける訳にはいかないし、又戦う(べき)放送部を放棄する事は個人の良心としても許しがたい。影響力のある全ての部員の退部によって組織を「死に体」にして維持出来たきないか???

我儘にすぎる退部劇は突然の全体会議で決行した。問答無用で行くしかない。
悔しくも目論見は成功した。
組織は残り、その後もそれ以前にも増して沢山のアナウンサーやマスコミ人を作り、今や総部放送局は63期生となっている(そうだ)。
(幸いにもその後ご理解を頂き、名誉回復されて当時の退部部員もOBとして登録いただいている)
そんな中で発見した当時の一文に苦しい言い訳を付け加えてみた。我儘なる「一つの引き際」も判断としては成功の美学であったのかもしれないと…
その後も半世紀の成功体感として大きな影響力を持っていく事になっていく…

「わがまま」の結果は、孤独な自己満足の美学なり…

2016 年 12 月 15 日   No Comments

「バブル」…(終)…第3次大戦の敗戦処理…

こんな時代…たくさんの事象と人とにすれ違っていったものだ。

バブルの初期に現れる「イ・アイ・イ」の高橋治則氏…亡くなる前の1年ほど、彼と親しく話す機会があった。
「フレミヤさん、金と言うものは1億あったら10億に…10億あったら100億にとなっていくものなんですよ」
彼は、一時的に1兆円帝国を築いたバブル時代の寵児であったが、最後は業務上横領の容疑で逮捕、長い裁判の過程にあった。
その結審が間も無くという時亡くなったのだが、彼は無実を信じ、健康を信じて長い裁判の中で成長した息子さんを紹介頂いたりしたのは、私を堅気と見てくれていたのだろうか?既に現役を退いて暫くした頃だった。
(一般的には確実な有罪にも関わらず健康と無罪を信じる姿は悲しいものだった…)

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一兆円のバブルは、信金を食い物にし、三洋証券、長銀までも死に体に導いた。。。

バブルの原因は紛れもなく1985年のプラザ合意の結果であり、その際のじゃぶじゃぶ金利で人為的に作られたものであったし、その間違った政策の犯人探しはたいした意味をもたない。
問題はその破綻が明確になった事とその後始末の仕方であった。(むしろ一定のバブルはその時代の要請でもあったのだから、今のマイナス金利よりはたちはわるくもないのかも…)

しかし、敗戦の総括としては間違いなくバブルの総額はひた隠しにされた。そしてそれはあり得ない事だが未だに明確にはされないまま、失われた20年はおろか25年を経過している事だ。

小説「バブル」に戻って、その指摘を振り返ってみて簡単に締めくくりに代えていきたい。
(小説としての売れ行き好調との事、果たして読者層はねらいどうりであるのかどうか…)
小説としてはバブル時代を「敗戦」と総括し、その後も事実のみを振り返りはするが、何ゆえか物足りなさを禁じ得ない

「日本に溜まったキャピタルゲインとして1400兆円と指摘し、銀行に残る債務超過額を140兆円と指摘している」
さも、あっさりと…しかしこの意味こそが大事な一点であるし。同意と評価に値するとしたい。。。

敗戦の傷後としてその後も決して示されなかった莫大なバブル…
金融資産であり、実態のない紙屑がどれ程の質と量のものであったか。経済戦争における完膚無きまでに摑まされた債務超過額は日本の敗北を示すに十分に足るものであった。しかしそれは「大本営」としてはひた隠しにしつつ、善後策を考えたのだった。
金融立国としての敗北とその責任…

考えてみれば、先に示した高橋氏個人の債務超過額1兆円で一つの銀行が死んだという事実からしても日本の「すべて」の銀行は死に体であり、すべての産業が債務超過(倒産)状態と言える考えもつかない「バブル」(実態のない泡)の処理、、、

20年かけてもそのツケ回しは続くのは当然で有った。しかし誰も敗戦の当事者責任は取らず、生き残ることをその道筋で作った事は明らかに間違いであり、経済原則に背くものであった。金融、財務の官僚たちは生き残りをかけて善後策を先送りする事で逃げ回った。

その後をみてみれば、いつの間にか銀行、生損保はそれぞれ大きく3つに集約されてしまっている。どこも潰れるという道を歩まず経営責任は問われず、、、
(そんな中で生き残った自分も恥ずかしながらもそこに存在はしている!)

グローバリズムへの対応できる金融機関を次世代のものとして再建するという大義名分を優先したという事で…

その後のアジア危機において韓国は、敗戦と国家存亡をはっきり掲げその責任を国民一人一人が共有して早期に危機を脱出した。企業の債務超過については責任を明確にした上で債務放棄とした…韓国の処理では失われた10年も20年もなかった…

今、国としての借金は1000兆円を超えて未だにとどまるところを知らない。きぎょうの1400兆円の債務超過額は消え、含み資産の取り込みに躍起であるのは当然と成っている。富が滴り落ちてくることなどあり得ない。勝ち組側はとことん勝つのが経済原則であるから…

金融資本主義を進める以上は「バブル」は発生し、そしていつかは爆発する…
「安倍」「トランプ」にはカジノも戦争も同意語であり、勝つための道具でしかないのだ。そんな国へ日本も進むならそれも一つの選択肢であり、戦争へ行く兵士は負け組の庶民である事だけは歴史の示すところである。

長い読書感想文も「終わり」になりました。
バブルの頃の実体験は(後にも先にも)血肉として感じる人は少ないのかも???

2016 年 12 月 12 日   No Comments

バブル…(3)…これが普通だった???

思えばバブル初期に33歳の勢いで、後のバブルの象徴とも言える赤坂、青山、六本木を管轄する港支社長を拝命したのだから、それこそがバブルに違いなかった…

支店の所在は港区芝、、、「東京の田舎麻布に地下鉄を…」と看板が上がってた。麻布10番の商店街はその昔地下鉄誘致反対で結束し、六本木へ駅をもっていかせた…という。

そんな麻布十番の田舎の角地(今はトヨタデイーラー?)が坪あたり「1億円」を付けたと聞いたのは着任して間も無くのことであった。
…購入者は麻布自動車(麻布土地建物)…
空口座とはいえ取引窓口だけはあったから、まずは手始めに事実確認のご挨拶に伺ったっけ
。。。

当時(バブル初期)で三井信託の麻布建物への貸付残高は1000億を超えていた…
その足で財務部へ走って、「麻布に金貸したいが、、、」と生意気にも意味不明の交渉に行ったものだ。
麻布の担当部長は面倒だから「無担保だったらいくらでも借りてあげるよ」と無茶を言う。損保資金に無担保は無いと認識しつつも財務に聞いてみたところ案の定「担保があれば5億ぐらいなら…」(貸しても良いよ…)のスタンスだった。
中をとって三井信託の後担保をつけてもらって3億無理矢理に借りて頂いた。
(担保の意味がない事程度は理解できていた)
バブル時代の幕開けの訳のわからない話では有るが、「少なくとも1000億を貸しこんでいる銀行があるなら麻布土地建物が潰れることなどあり得ない…」はその頃の常識とも考えられた。
(10年後麻布自動車は倒産、、、当社(もと)は果たしていくら被害を被ったのやら…未確認)

保険会社の応接室で15億円もの不動産の取引に立ち会ったっけ?
古い取引先であった印刷会社が倒産し、その土地を新鋭の不動産会社に斡旋したら3日もせずに決まってしまって…
応接にはお互いの取引銀行さん、司法書士とともに現金などで立錐の余地なし…
仲介業者無しだったけど単純計算してみたら、往復6%で約1億円?の仲介(経済的)価値が、、、
サラリーマン辞めて不動産屋に変わろうなんて思わなかったけど…むしろ保険会社(社員)としてのコンプライアンス的問題はなかったのかな?

調子に乗って支店の自社所有不動産を探してたら、偶然良い物件が見つかった。確か当時の社長が確認に来てOKした後に会長が来て没になったっけ?
あれも(たかが10億???)買っていれば30億程度にはなったのか?いや3億程度に下がっていたか
怖いもの無しの新米店長にして、その他様々な日常も、万一に備えて割愛しておこう?

36歳で新宿支店長も考えれば異常事態…
歴代支店長を10年若返らせての抜擢をするほどの実績はありません…からこれまたバブルそのものだったんです。
その新宿支店、元の淀橋浄水場後で実は渋谷区になります…
時あたかも東京都庁がバブルの象徴として近くに移転して来ます。不確かですが坪あたり「100万」程度で手に入れた土地。。。
その頃すでに「1億」と言われていたのです。(なんと100倍?)
そこに高層のテナントビルをぶったてて不動産事業の大拡大をやろうと言うの保険会社の魂胆はは当然の発想でした。
賃貸は坪あたり4万円で、一括テナント保証だとか??(このビルだけでそれまでの年間経常利益が稼ぎ出せる計算だから、少しはびっくりもする。
その(高価な)ビルにはとても新宿支店は入れません…とか?
さすがに時の支店長さんはぶっ切れます。
風切る勢いで15階ワンフロアーを分捕りましたが、「みなし家賃」は確か1万円/坪にしてもらったのでは?

本職の保険販売では、積立ものが主力商品となるのもしょうがないところです。当時業界で一世風靡をしたのが「福利厚生プラン」という訳のわからないネーミングの積立ファミリ傷害保険…
S銀行と当社若手企画マンが考えたというプランの社内説明会に出席したのです。
福利厚生と節税対策にバブル融資を加えて一石三鳥という眉唾もののでした。
偶然にもその第1号案件が我が新宿支店の管轄顧客に舞い降りて来ます。
銀行推薦ですからほぼ決定のはずですが、敵(銀行)もさるもの、実行保険料額の5倍の通知預金の要請が…
もちろん蹴ったら、N火災さんへ飛んで行きました。(確か3億程度の保険料だったから通知預金にしろ15億?)

よしそれならと、悪知恵をはたらかせて色々な銀行さんに同様プランを持ち込んだら…
なかなか理解を得られない中でD銀行の支店長代理が食いついて来ました。
なんとで「D不動産」に30億…これが嘘の様な話ですが実は決まっtえしまうのです。
D不動産は我がお隣の支店のメインの取引先、D銀行への企画の持ち込みは新宿支店。。。
おそらく損保史上最高額の保険料契約だったでしょう。
成績は悔しくも新宿支店には入らず、D不動産の別働隊経由で不動産支店へ(余裕をこいて喜んで…)行っちゃいました。

同様の手口で積立火災保険をK銀行経由で…
10億円でK社の研修所の積立総合保険を奪取しました。保険料領収書をカバーノートと言いましたが、そのノートには億円までの単位は書けません。慌てて本社へ問い合わせても意味が通じなくて往生しました。契約が終わった次の日に慌ててK銀行の別働代理店の大社長がお礼に支店に飛んで来たっけ…だって手数料は確か4000万円???

埼玉本部ではバブル末期の嵐のような現場でした。とてもその現場を書くには未だ時間が早過ぎるかも…有る代理店から栃木の親切ゴルフ場の会員権を会社で買ってくれないかとの問い合わせにも二つ返事で「了解でーす」…高々2000万円?担当役員もOKして本社に稟申すると即座に「NG」が出ておどろいたものです。バブルが末期であったのでしょう??

個人的精神的バブルは切り難く、それなら自分個人でと息巻くしか収拾の方法もなく勇んで先方へ出向いたら、、、個人では意味がないのでせめて5件程度はまとめてくれないとと宣う。
なんと2日で7本の契約を個人人脈でまとめ上げました。(考えれば締めて1億円の販売力?)
あんたが買うと言うのなら…と行ってくれたバブル友人達?おまけにローンは急ぐこともあってF信販で8%…(高利!!)

その2000万円の会員権…紙切れとなって未だに唯一手元にある資産です(涙)。そして後の6人は全てパンクしている事も恐ろしい時代でした。

まだまだあるこんな時代を駆け抜けていたのですから、やはり振り向く事も出来ずひたすら走るしかなかったのでした。

こんな「日常」信じられますかね?
(今からおもえば寝ることすら忘れてのバブルだったんです…)
ただ悪の道にも金欲にも染まらずに駆け抜けられたことに感謝するしかなかったと言い訳するのみです。

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2016 年 12 月 3 日   No Comments

バブル…(2)…何故20年過ぎても清算すら出来ない?

今時のバブル回顧に意味があるとすればそれはその後の対応と責任の有無を明確にするものでなければならない。

永野氏の「バブル」への掘り下げには強く賛同するものではあるのだが、果たしてその後20年の歴史的誤謬への指摘が弱いのが気になる。
むしろ、この一点に興味があるし、意義を感じる。
バブル総体はどれほどのものであったのか?、それを償却するための最善の策と時間軸はどうであったのか?

日本経済がバブルへの道に迷い込んで既に30年…
この間の政官財のトップ達の責任の取り方は等しく先送りの一手でしかなかった!!!

その後のアジア危機や今般の利益誘導問題への韓国の対応と比べるとなんとも悠長過ぎて恐ろしくなる。
特に過ちをしないはずの日本の頭脳集団のトップ(財務省)の2度にわたる過ちは前代未聞の事でもあり、かつ解決策が見出せないまま今日を迎えているに過ぎない。
軍備と軍事に頼るしかないとすれば民主主義はそれを選択する事になるのだ。
(そして確実にその方向へ舵取りが始まっている。
それでも万一が起こるとしても10年以上は経過するであろうから(孫かひ孫の時代であろうから)良しとする?
願わくばそれでも勝ち組に残ってくれている事を期待するしかない…)

「バブル」の著書の中で表れされている膨らんだ異常なる泡の質量とその後の国の借金額…(現代金融工学の泡)は国民に等しく付け回して、政官財から切り離された。
しかしバブルはそのままである事を意味してはいないか?
2度目の敗戦があったにも関わらず。

誰一人戦犯は現れず、「生き残る事でその責任を果たします」とした20年であった。
責任を取らずにひたすらリストラと合併での生き残り策に終始した。
結果として銀行は3つになり、生保も損保も3つになった。これでグローバル世界での戦いは可能になった。別段日本国民の債務なんぞは関係ない文字通り世界の中で生き残る体制構築ができたのだ。

少なくとも亡くなった数だけの銀行、生損保は潰れていなければおかしい。不良債権をひた隠しにし、20年という時間の経過で付け回しを終えた金融界、、、

そしてその真っ只中でひたすら戦い続けた団塊世代の「強者どもの夢の跡」
責任はあるのか。あったのか。あったとすれば何故解決策と出来なかったか?

老い先の短くなった今、、
今更の2作はレガシーというやつでしかないのか。それとも当時の責任者への矜持が働いた事でペン先が鈍り、中途半端な著作となってしまったか?

バブル真っ只中で、「坪辺り」1億を超える大東京のど真ん中を使って数奇に送ったサラリーマン人生を振り返るにつけ、それらの体験を不思議なすれ違いと偶然に驚かされる。

「よくもまあご無事であったものよ…」

2016 年 11 月 29 日   No Comments