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日本国憲法(考)-(5)「北」の核戦略

北朝鮮は何れにせよ崩壊寸前の状況にあり、唯一の生き残りを賭けて核戦略を選択している事は明らかです。

北の崩壊の原因は金体制の維持を「社会主義体制」の維持に置き換え、国民を無視した軍備優先(先軍主義)に有ります。国力を無視した経済政策の失敗でも有りました。何れにせよ中長期的には朝鮮半島の統一で収拾されるでしょうが、大きな犠牲を伴うと共に、問題はその先にも残ります。先ずはその事によって周辺国への犠牲も避けられない状況となりそうです。

北が核放棄を絶対にしない(できない)のは、イラク(フセイン)の崩壊があるからです。イラクは、核(化学兵器)を保有しないにも関わらず、米国の圧倒的軍備で崩壊した現実を示してしまいました。もしイラクが核保有していたらどうであったか…は歴史的には「レバタラ」でしかありませんが、米国の戦略や世界的世論がどうであったかは現状の混乱とは違ったものとなったかもしれません。
即ち、故に北は核を放棄する事はあり得ないし、事実既に核を保有している事も明らかなのです。

米国はワシントンに届くICBMの確実な開発、保有の前に北を叩く事を選択するでしょう。
唯一あり得る米国の他の戦略は現状凍結で承認という結論しかありません。
「北」の周辺国にとっては核の脅威が残っても、米国が同盟国の脅威迄も取り除く為にのみで敢えて戦端を開くかどうか…
北の核に備える為の日本や韓国の核防衛軍備を取る可能性も十分にあります。
米国の優先は何れにせよ自国への脅威の除去と共に経済利益で有り、「北」への戦争戦略もその一点でしかない事も明らかです。
一方、北の核は米国一国に向けられています。韓国や日本への核戦略などは自国の生き残りの為には何の意味も持たない事は「金正恩」にはよく分かっているからです。

核保有国が「北」の核保有を認めない…というのは明らかに矛盾で有り、逆にすべての国に核禁止を言えるのは本来唯一の被爆国である日本のみかもしれません。
何よりも日本は絶対に核保有をする事が出来ません。
先ず米国すらそれを許さないでしょう。米国には「真珠湾」の悪夢が未来永劫消えない歴史として存在します。もちろん韓国、中国、ロシアも絶対に承認しません。「北」の核よりも余程世界が脅威に感じるのが日本の核保有である事は、先の無謀なる戦争を決行した日本の宿命と考えなければならないでしょう。それが現実の世界観で有り、「核の傘」論の正体です。「核保有を目指す」と宣言できないのです。本音は違うのでしょう。いつかは「核武装」を夢見ているはずです。

日本は戦争をできる国に変貌し、軍隊を保有しようとしています。そしていずれは「核」保有をも主張するのでしょう。
北が崩壊し、朝鮮半島が統一された場合はどうでしょう。「北」の核は朝鮮半島(韓国)の核になり得ると言うことを示唆する可能性があり得ます。
さすれば、当然日本には核武装待望論が噴出しますが、残念ながら日本の核保有は前述の通り全世界が認める事はないと断言しておきましょう。

核のない軍備が意味の無い事も一方で「北」が示してくれています。今や軍備と核は一体で有り、日本が核開発(保有)の国力を有している事も十分に認識されています。
再軍備論者は何故日本の核保有にだけは触れないのでしょうか?
再軍備を主張するならば「核」は当然必要不可欠である事はど素人でもわかる理屈であり、論理矛盾を平気で「タブー」としているのが不思議でなりません。(被爆国である事での世論へのまやかしでしかありません)それなのに何故(それ故に?)「核の傘」は必要だと言うのもどうなのでしょう。(恥ずかしい論理矛盾がここにありませんか?)

さて「北の核」問題の結論です。
北は現状凍結で米国との対話に持ち込むか、崩壊承知で「金一家」が一矢報いるかの2者択一になります。
同様に米国は周辺の犠牲を承知で先制攻撃をして「北」を潰すか、現状維持の核保有までは認めるか…と言うのが結論です。
安倍氏は勝手にトランプのあらゆる選択肢に同意、賛意を示してしまいました。それが解散での大義名分に使われた事も明らかです。米国による先制攻撃であっても日本国民の一定の犠牲を承知の上で指示を表明しているのですから国民にとってはだまし討ちに近いのですが、それを承認してしまった事になります。

もう一つの結論は、日本はどんな状況になっても核軍備ができないと言う現実を直視する事です。ならばベストの日本の防衛戦略は「日本国憲法」をしっかりと守り、戦争と再軍備をしない事しか平和な日本はあり得ないと言う事になるべきなのです。

核のない軍備など無い時代に入り、日本が核を持つといえば「世界」(米国でさえ)が日本を潰そうとする現実が、再軍備論者にも核武装を言わない(言えない)事の理由なのです。

「繰り返しますが「核の傘」など今や全く意味をなさないし、「日米安保」で日本戦争に巻き込まれなくて済んだなどと言うのはすべて米国追随主義者の戯言に過ぎません。実証的見地からしても唯一「平和憲法」でこそ日本の戦争への積極関与なくここまで来れた理由なのです。そして今後益々憲法9条は日本国民にとっては必要不可欠な条文になるのですが…
核の傘不要論(自前核保有)を言えば、それだけで「日米安保」は壊れるでしょう。もちろん米軍基地も不要になります。
右陣営と国粋主義者が米国追従政策、安保、安倍容認で一致するのが全く分かりません…
戦争のできる国への変更を言うならば、自ら銃を構え、核のボタンを持ち、いつでも徴兵に応じるという事で初めて正義は成り立つのでしょうが…」

2017 年 11 月 29 日   No Comments

戦友の訃報(涙)

また「戦友」の訃報が届いた(涙)

「H」は大学のクラブで出会い、彼の誠実そのものの生き方と自らのふしだらさを重ね合わせながらもそんな「揶揄い」を笑顔吹き飛ばしてしまう。いわば不器用を地で行くような…
(あの微笑みは今も瞼に残っている)

不思議な縁で就職してみると同じ会社に彼の姿があった。
お互いに営業部門の配属となったが、私は僅か9ヶ月で宮仕えの馬鹿らしさを悟り退職した。彼の不器用さは営業には向かないと余計な心配をしながら…

彼はその会社(内田洋行)で、23年間営業部門を通して55歳で子会社へ移った。
彼は一言も愚痴をこぼさなかったが、結構きついサラリーマン生活であったと勝手に想像する。そんな疲れが出たのではないか?又はほっと一息つけたのかもしれない。
その頃、久しぶりに再会して「元気にやってるよ」と聞かされて以降、彼は同窓の集まりに姿を見せなくなった。その後も元気な年賀状が届きご家族の成長ぶりを奥方が知らせてくれていた。
もう一人の戦友が先立った際に彼には出て欲しかったので、奥方に連絡を取ってみたら、実は一次退職後暫くして「若年性痴呆症にかかって出かけられない状況である事を教えて頂いた。「一生懸命治療に努めているので元気になったら…本人の希望でもあるので」と言われそのまま見舞いにも行かぬままの別れとなってしまった。

10年以上の療養生活を奥方と共に戦ったのだろうと推察する。(実は奥方からはその後も元気なご家族の近況を書き記した年賀状を頂いていた。(病気の件には触れないで…)
彼が頑張り続けたサラリーマン生活に最大の敬意と尊敬を送り、御冥福を祈るのみ…

(以前に記した戦友「T」は、10年以上強度の「うつ症」で苦しみながら先立った。
「T」を癒すためにと考えて始めたブログが「プレミアムエイジ」であり「団塊世代が行く」であったから、このブログは10年以上が経過している事になる。

(2007年問題と騒がれ、プレミアムエイジが日経に書かれたが、問題は起こらなかった。10年早かった実は2017年問題であったのかも…)

その前に実は「N」が自死している。彼の事も書いた。大親友と自負する「7人の友」のうち6人に先立たれた事になる…(不幸すぎないか?)
一切の利害を超えて、定年したらゆっくりと語り、遊び尽くしたいと考える仲間が居なくなる。寂しさを通り越して生き甲斐を失う思いに駆られるばかりである)

団塊世代は「切磋琢磨」で生き抜いてきた世代でも有り、親友という言葉よりも「戦友」と呼びたく思う…。
自らを波乱万丈に追い込む自虐性を意識しつつ、身の程をわきまえつつ、出来る「仕事」を探し、続けるのは我儘なのであろうか???
この世代が歩んだ「価値観」が何者であったのか(一部分にしろ)書き残してもおきたいとも思う今日この頃ではある。。。

2017 年 11 月 26 日   No Comments

(4) 安保、非核3原則、原発

日米安保条約が諸悪の根源である事については本来左右両陣営において一致するべき点で無ければなりません。
日本の完全独立の為の「一丁目一番地」が米国の「核の傘」を認める事ではないはずです。
「日米安保」有りきがいつの間にやら知識人の常識と成ってしまった感があります。
(憲法違反の軍事条約である事が明らかであるにも関わらず、日米同盟が、日本の発展の基軸であるとの見解において…)
しかしそれは「経済優先の日本」が踏んでしまった地雷であり、「非核3原則」という言葉が、(まやかしとして造られた)戯言でしか無い事も立証されてしまいました。
それは米国経済の尖兵となる事でもたらされました。日米同盟を外交の基軸と考えるのが常識という状況は一体どこからくるのでしょうか?

経済的繁栄が全てに優先する「資本主義」時代が長く続き、その結果「新自由主義」という妖怪が大手を振って闊歩し始めてています。その中で失われて行く日本の伝統や文化の価値に気付き、やがて次の時代には必ずそのしっぺ返しが訪れてしまう事ががはっきりと見えてきています。
(米国はアジアでの利権を維持する為にこそ日本における米軍基地が必要なのであって、米軍基地が日本の防衛に欠かせないというのは詭弁に過ぎません。むしろ米軍基地の存在は日本が戦争に巻き込まれる可能性を増大させている事に思いをいたすべきです。

果たして、朝鮮特需が無く日米同盟が無かった日本はどうだったのでしょう。
日本経済の急速な発展はやがて「バブル」となり、経済的に米国の背中を見てしまった(世界第2位の経済大国)日本経済は1985年のプラザ合意以降)完膚無きまでに打ちのめされました。
失われた20年はやがて30年になろうとしています。この間の世界経済は中国やインド、ベトナム、そしてロシアに至るまで緩やかに発展を続け、米国の失敗のツケすら日本が負う状況が現在を形作っています。(米国は経済の行き詰まりの際には、属国への付け回しと「やむ無しの戦争」でこれからも辛うじて生き延びて行くでしょう)

日本経済の急速なる成長は団塊世代の企業戦士化とともに増える労働人口(生産力)の急拡大もその背景にありました。もし、朝鮮戦争特需や日米同盟が無くとも緩やかなる経済成長は日本国民の勤勉性で今日では十分に追いつき追い越していたのでは無いでしょうか?
(バブル絶頂期に米国のマンハッタンを買い占め、ラスベガスの賭博場を独占する日本人の爆買いを研修という名の元に垣間見る貴重な経験が頭をよぎります。虎の尾を踏んだのでは無いか…と半信半疑で1カ月程度の研修で(バブル絶頂期とも気付かないまま)帰国したのは25年も前のことになります)

日米同盟が無かりせば、自衛隊は警察予備軍を強化発展させた本来の(憲法で認める範囲内での)自衛隊の完成が適っていたのかもしれません。無論、現行憲法でも専守防衛を禁止する…とうたっていませんし、国民を守る為の警察予備隊の発展は(やがて自衛隊となり)経済の発展とともに必要不可欠であったと信じます。
特に大災害等における自衛隊の活躍と必要性は立証済みであり、真に国民(国では無い)を守り、治安維持に努める「一定の」武力の保持(戦力では無い)は必要です。しかしそれはどこまでいっても軍隊では無く、他国を威嚇するような武力になる事は立憲民主主義憲法を有する我が国では起こり得ない筈だったのです。

軍隊を有すると言う覚悟をする為には、もちろん先に憲法改正が無ければあり得ないのです。(立憲主義を標榜するならば…)
しかるに米国依存と共に既に明らかに他国を威嚇するだけの武力が日本には存在してしまっており、非核3原則を嘯きながら「核の傘」に寄りかかり、挙句に集団的自衛権という他国への脅威と戦争への加担までをも「自衛力」という名で可能な事態に至っています。

立ち止まってもう一度、考えて見ましょう。
敗戦後の日本国(憲法)は先ず中立国である事を前提に出来上がっており、当然ながら個別国との(軍事)同盟は憲法に背いた存在です。日米安保の成立で憲法は明確にいがめられたまま今日に至っております。
戦力保持をしないから米国の戦力(核の傘含む)を借りるような予期は日本国憲法には有りません。
先ずは憲法を護るとするならば、この日米安保を見直す所へ論議を戻す事から始めるしかないのです。その上で自衛隊の存在とその後の過程で成立した違憲立法の数々を検証し、改定が必要かどうかを考えるのが事の本筋であり、それこそが立憲主義の基本であるはずです。

既成事実を積み上げ、安保や自衛隊を合憲、違憲と論議する事こそナンセンスなのです。
憲法を無視した明らかな違憲立法や条約を解釈改憲とする事自体が間違いです。
現状の安保が果たして合憲かどうか?自衛隊のどこまでが合憲であり、違憲な部分はどこにあるのか?
どんなに解釈の幅を広げても違憲であるものがあるとするならば 、先ずそこを炙り出して、もう一度自衛隊を考えてみる事が大事です。違憲立法を放置したままの既成事実の積み上げでの憲法論議はどこまでいっても立憲民主主義に反するものです。
(今回のわがまま解散ももちろん違憲(憲法7条には総理大臣の専権事項としての解散権など記されていない)ですし、その意味では違憲解散が行われるからそれを止める為という憲法改定を論じる枝野さんの論も可笑しいのですが…既に既成事実の我儘解散は忘れ去られています)

安保問題です。
まず、戦力という面では、今や核装備が必須戦力である事は(北の要求を見ても)世界常識としても明らかです。戦争戦力と核装備は不可分な時代に世界は変わってしまいました。
一方で非核3原則は米国にとっても誠に(経済的に)都合の良い政策です。核防衛の為で有ればどんなに高額であっても日本は受け入れる事になる。
しかし流石の米国も日本の核装備だけは許さない…
矛盾による米国策…
日本が米国の属国である事を裏切る可能性を否定できないからです。核の傘という「亡霊」を置き「核は持ち込まない。但し米軍艦隊、基地を除く」という戦略上の便法はアメリカにとっては最高の軍事方針であり、米国の経済優先の最大戦略と合致するものでもあります。

日本は十分に核兵器を保有する能力を有しています。
にも関わらず「核を持たない軍備」でなければ、米国を含めて世界の世論は(未だに)それだけは認めないでしょう。(軍備又は軍隊であっても韓国、中国、ロシアさえ認めないでしょうが…)
軍備力を保有すると言っただけでも北朝鮮からの攻撃の可能性(リスク)は真に高まります。それはもちろん米国と共に攻め込まれるというトラウマ(イラクのフセイン)が「北」にあるからです。(朝鮮半島を領土化した歴史が日本には有ります)
拉致の理不尽を盾に北を仮想敵にする事のリスクこそが「本当の危険」ではないかと思います。
北の核の現実的ターゲットがあり得るとすればそれはグアムでもハワイでもなく、沖縄米軍基地になるでしょう。そのような選択は実は万一にも起こらないでしょうが、(リスク保有の)理論値のみで言えばそうなります。
(トランプの挑発に日本が間違っても加担しない事が最善のリスク軽減であるにも関わらず、安倍さんはトランプとの密約ができたかの如く急ぎ「国難解散」を強行し、北政策の日本での同意を取り付けたというのではないのかと危惧されます)

今からでも日米安保の破棄と「中立日本」を考える事は可能です。
本当に「核」を持たない決意なら中立が最も安全なる戦略であり、すべての国との平和条約を「日本国憲法」の宣言を盾にして唯一の防衛戦略とする道はあり得るのです。

核を持たないのなら原発も不要です。
日本の知的能力で戦争や原子力への経済投資を他産業に振り向ける事が(絶対比較による)安全性を高められると断言できます。
核保有のできない日本には、原発による核開発の道しかなく、それは米国の経済利益の追求にも必要不可欠で有り、現に原発技術は米国からもたらされたものでした。

日本は多少の経済の衰退があっても経済(金)よりも平和(人)を優先する国であるべきです。
経済については後ほどの章でもう一度触れたいと思いますのでここでは省きますが、核無し軍備と原発戦略は間違いなく米国を利し、あえて言えば日米の軍事産業と大手企業を利するのみで、その為のリスクを声高に叫ぶ政府は米国追随主義の独りよがりでしか無いと見抜くべきなのです。(米国に追随する2番手で良い経済大国戦略)

憲法論議とは少し離れますが原発問題について少し述べておきたいと思います。
今や「軍備やむ無し」の論議が盛んですが、攻めるも守るも今や核抜き軍備が何の意味もない事を北朝鮮が示してくれています。必ず憲法改正論者の主流はその現実に行き着かざるを得ないはずです。日本は世界のどの国も認めるように、もはやいつでも核武装が可能な国に成っています。
(米国他先の戦勝国は日本の核軍備だけは認めないでしょうが…日本という国の位置付けは戦後70年を経てもそんなものです)
その上で日本のできる事としての原発推進の果実を手に入れさせられました。
一方で「核・原発」は、日本株式会社という経済発展には欠かせないものとなっています。
電力、エネルギーは常に戦争の具にされる一番のもので有り、日本の原発推進技術の発端は米国の要請であった事も自明の理です。(経済利益での共通項)
原発推進と非核3原則は時の政権が矛盾を承知でセットでもたらしたものです。電力会社は日本経済の要であり、万一にも東京電力が先の福島事故で潰れるような事になれば(実質破綻なのにも関わらず、東電はビクともしないで威張った経営の最たる企業です。日本経済も一度壊滅せざるを得なかったはずです。東芝が潰れるのとはわけが違うのです。(電力株は日本の主要産業がほぼ有している主力金融商品でも有ります)

一方では原子力は未だに廃棄が不可能で有り、逆にそれ故に日本の原発だけは世界に網羅された損害保険システムでも引き受け手が有りません。
世界中でグローバルに大発展した「損害保険システム」で引き受けられないものは原発くらいでしょう。戦争保険よりリスクが高いものです。リスク算定不能という事です。
日本にはそれにもかかわらず、日本原子力プールという万一の対応をするという名目の組織が有ります。福島の事故でこの機構は全く機能できませんでした。
もちろん東電も、もっと言えば国でも実質の保証は不可能であったわけです。この機構は世界の保険会社に引き受け手がない事からの御守りとして国の要請で損害保険会社で作られた国策事業では有りますが、もちろん福島事故を保険事故として有責とすれば、この機構はおろか日本の保険会社も全て倒産の憂き目にあったでしょう。原発事故は実質免責となる様にしくまれているのですが…(何のための原子力保険機構で有る事か…)
さて原発が安いエネルギーだと言われていますが、無保険である事が立証されました。もしこのリスクを保険料に換算できればどの程度のコストが必要か?
実は当然ながら引き受け保険会社がないという事はリスクは現実に存在し、かつその補償額については無制限であるという事ですから、その保険料は半端なものでは有りません。実はその事によって、全ての国民が強制的に原発事故について保障させられており、それでもまかないきれない事もはっきりしたのです。
(原発安全神話は、その意味で作られたまさに神話であり、それが福島で示されてしまったのです…)
原発コストが安いなどという学者がいかにいい加減なものであるかが分かります。
保険にさえ入れない最も危険なエネルギーが核であり、核兵器の恐ろしさは間違いなく地球を滅ぼす威力を有してしまっています。北朝鮮が今回実験した核が広島に落ちた原爆の20倍程度だと言います。(原発というエネルギーは原爆と共に決して人類が作り、採用してはならないものです。日本での再利用計画も当然ながら破綻し、核処理すら出来ないまま、この地球上に放置されていきます。

(私は広島の原爆資料館を見た日から、戦争と米国の非情さを感じ、戦争の悲惨さに気付きました。当時は米国がベトナムで化学兵器の人体実験を行なっていた時期です。「北爆」という空からの無差別爆撃を繰り返していました。むしろ軍国的少年であった心情が一変し、日本の侵略戦争への道を歴史の中で学び、日本の戦争への必然性と人間の愚かしさにも気付きました。大きな犠牲によって得た日本国憲法の必然性と正当性も知り得たと思っています。同時に歴史を修正し、あの戦争さえ美化していく日本の風潮が垣間見える事を危惧するものです)

万一にも「北」が日本の米軍基地をターゲットとして日本の原発基地近くを攻撃したとすれば、それを守る為の軍備などあり得ないのです。 米国には「日本の真珠湾奇襲」がトラウマにありますから、その前の軍事作戦を取る可能性はあり得る話です。故に核武装や核の傘が有効であるなどという事ほど無謀な論議はあり得ません。
(核防衛という名目で莫大なる核抑止兵器を買わされる事になるでしょう)
圧力や威嚇で「北」を止められるものでもない事も日本の「真珠湾」から米国は学んで欲しいと心から思います。
そのような挑発に日本がその口車に乗る様な威嚇を行い、日米同盟による「新安保法制」の行使というような密約がない事を祈るのみです。

(今回の冒頭解散の裏側に安倍トランプ密約があるのでは…と咄嗟に考えたのですが、まさか幾ら何でも2年先の消費税の使い道を問う事を名目に使うなんて馬鹿げ過ぎて理由になるはずもありませんがそれを押し通して解散した裏側に何が有るのかを考えなければなりません。
そんな茶番的理由による解散であっても自民党の圧勝は予定通りの結果となりました。選挙で民意を得ているという一点で万一の場合の米国追随を強行突破して行くでしょう???)

要は憲法改定、安保、核、原発、軍は切っても切りきれない「岸、安倍」一族の妄想として一連のものだという理解が必要なのです。。。。

2017 年 11 月 21 日   No Comments

(3) 憲法9条と自衛隊

日本国憲法は敗戦国日本が、その後も独立国家として世界の承認を得て自律的宣言として世界に約束する宿命を有していました。
その約束の一つとしての「戦争放棄」と「戦争のない世界」を希求する事は絶対要件でもありました。そしてその役割は今なお変わるものでは無いはずです。事情はどうあれ「侵略戦争」を国の意志として行使した歴史的事実は曲げられませんし、その変更には戦後70年を経た今もなお、世界の了解と賛同が道義的にも必要なものだと思うのです。

戦力の保持は日本の歴史と民族的習性からも戒めるべきものと思うのは、自らに流れるDNAの中にも存在する事を認めざるを得ません。その血脈は右へ行こうが左へ向かおうが、または「人間の性」として存在するのかも知れません。
憲法において戦争権を放棄する事で唯一自制できるものであれば、率先してそれを行うしかないでしょう。(歴史的必然と理不尽とはいえ世界的要請でも有ったのでした)
日本が戦争のできる「普通の国」になれば、おそらくそれは核装備を含めた「最強の国」を目指す事に向かうはずです。日本国(民)が持つ「その英知」は戦後の驚くべき経済発展をみれば明らかです。

憲法9条は明らかに戦争権と共に軍備の保有を放棄する事をうたっています。
その上で国を守る術として、憲法は世界平和を希求し、日本はその為には外交努力のみでそれを達成する事を求めています。
平和外交と政治的中立をセットとして選択し、その意味での「永世中立国」を前提としたものです。しかし残念ながら日本はその発展の過程の中で、まずこの中立性を放棄してしまいました。
米国の占領政策と発展の為の経済優先方針から(止む無く)東西対立の中では西側に立つ事を選択したのです。明らかに1960年の日米安保条約の締結がはっきりした岐路であったと思います。

戦後の国民の政治的叫びが最大になったのもこの年でした。
「憲法違反である軍事同盟は許さない」と国会を取り囲んだ大衆の声は確かに国民の半数を超えていたでしょう。東大の学生であった「樺美智子さん」が国会前で圧死するという悲惨な事態を起こしながらも多くの国民が訴えたのでした。
岸内閣は確信犯として「憲法を無視して」条約締結をした後、退陣するという政治的選択をしたのです。(その孫である安倍首相が同様な執念を見せるのは偶然ではなく、祖父の違憲条約を合憲化する為の固い意志である事は明らかです)

この時、明らかな憲法違反が発生し日本は「中立性」を完全に失い「専守防衛権」の存在を憲法解釈で押し通し、結果として自衛隊の存在を軍備として承認、強化していったのです。その自衛隊は拡大の一途をたどり、日本は世界有数の軍事強国にもなっていますし、既に国際法条の権利として集団的自衛権の承認にまで踏み込んでしまいました。(違憲状態を修正せずして、自衛隊をなし崩し的に解釈改憲を繰り返し明確なる違憲の安保法制の改定にまで踏み込みました)

自衛隊は朝鮮戦争における米国の要請に基づき「警察予備隊」として発祥したものです。(米国が初めて自国の利益の為に最小軍備を承認してしまったのが「警察予備隊」という名称であり、意図としては順次の軍備拡大容認ではあったのですが…)それ故に今も自衛隊で有り、軍隊ではないし、当時は警察予備隊とせざるを得なかったのです。

警察予備隊を前提とした自衛隊を否定するものでは有りません。国内の治安維持及び大災害の救助には欠かせない存在でも有ります。
しかし憲法が戦争を放棄している以上戦争戦力である事は出来ないのです。それが憲法の原点である立憲主義というものであり、その立場で憲法論で言うなら筋としてはやはり憲法の改定以外にはあり得ない状況である事も事実ではあります。

憲法が専守防衛権を放棄しているものとはもちろん読めませんが、戦争を放棄している憲法である以上、その前提はどんな場合にも外交的中立性で戦争を抑止することが求められているのです。

日本は朝鮮戦争において、米国への兵站基地を沖縄(当時米国の占領下)と共に憲法に照らし合わすことなく提供する事になりました。そして警察予備隊は自衛隊に昇格し、日米安保条約の締結へと進んでいきます。同時に日本は戦争景気によって経済的復興を手にしていった事実と対米追随を明確にしてしまいました。

しかし、一連の日本の方針は明らかに軍事方針であり憲法違反です。
当時から日米安保条約は憲法違反であるのも関わらず軍事同盟ではないとの主張で条約は成立してしまったのです。朝鮮戦争における南北対立に加担し、その中立性は壊され日本は完全に西側に組み込まれていきます。今も日本は北朝鮮が仮想敵となり、ロシア、中国とも(軍事的)敵対的立場となっています。(仮想敵を置く事も明らかに憲法違反です)

北の脅威を国難と主張し、軍備拡張の具にしていますが、果たして一連の政治的選択が憲法違反でないと言えるでしょうか?
リスクは間違いなく高まっています。北が日本を攻める(侵略する)とは今もって思いませんが、リスクは米軍基地がある以上高くなっている事は認めざるを得ません。

朝鮮戦争は日本に莫大な経済的利益をもたらしました。
米国追随が日本経済の発展に大きく寄与した事も事実です。日本は発展を重ね、いつしか米国についでの経済大国になりました。(その恩恵を大きく受けた一人でも有ります)
しかし国民が経済、金が全ての価値尺度になる事を希望していたとはとても思えません。日本の歴史、文化でもなかった貨幣的価値観が生まれ、いつしか日本は米国の属国としてあらゆる要求に「NO」と言えなくなってしまっています。

何処でどう間違ったのでしょうか?
自衛隊を完全なる違憲状態にしたものは何だったのでしょうか?自衛隊の現状と今般の安保法制は明らかに違憲状態です。しかし、一方で憲法の許す範囲は何処まであり得るのでしょうか?
日本は立憲民主国であるという考え方は未だに民意を十分に得ていると思います。立憲民主とは唯一憲法に立脚してその方の中で主役は民(市民、生活者)であると思うのですがが…?

憲法を大前提にした法律を作るのが政治であり、政治家の絶対的使命だと思います。
一方で、日本が米国追随を明確にしたのは日米安保条約です。全ての国との平和条約の締結を憲法は希求しています。
明らかな憲法違反は、ここから始まりました。残念ながら現実の経済優先主義では日米同盟が大前提とする解釈がまかりとおていますが、既成事実の毒饅頭を食べてしまった「60年安保」が憲法違反への実質的スタートとなりました。そして日本の中に米国が誕生し、日米地位協定は日本国の裁判権さえない土地を作ってしまたのです。

そして自衛隊です。
自衛隊は自衛隊である以上は憲法違反であるとは思いません。順序が逆なのです。自衛隊の現状から違憲状態のものを先ずは改定する見直しの論議が先にあるべきです。
憲法の枠内での自衛隊に対して憲法違反になるような「自衛隊法」は制定されていないか?違憲装備は存在していないか?むしろ法解釈的絶対違憲状況を確認し、修正する事を優先するべきが立憲主義の基本ではないでしょうか。

(その点では日米同盟を基軸と考える枝野氏にも若干の危うさを感じるところです。今回の安保法制や共謀罪法を含めて改憲の外堀を埋めるための既成事実化は敵の術中に陥る気がしてしまいます。「北」の脅威を煽っての解散も、来るべき米国の軍事行使への加担承認を目論んだ安倍グループの戦略であったのでは、、、。「小池希望の党」さえ予定通りの改憲勢力作り戦略の一環であったと考えられないか…)

自衛隊の既成事実を踏まえて、明らかに超えてしまっている装備やその装備の裏側を告発していく政治的活動を求めるべきだと思います。その上であるべき自衛隊をしっかり法律で縛れば、自衛隊違憲論など出てこないように法整備する事は可能です。
(北朝鮮の状況は80年前の日本の状況とあまりにも似通い危険極まりない状況である事にも思いはいたすべきでしょう。是非とも拉致問題と共に日本が平和的解決の為に仲介できれば良いのですが…)
日米安保条約の違憲性をこの間の変遷から紐解き、安保の解消と日本国の独立、政治的中立性の保持も目指す事こそが立憲民主主義の原点であり、再論議がひつようです。

日本の防衛はどうするのか?と問われます。
憲法では日本の防衛はあくまで非武装中立の外交で敵を作らない事であり、事実日米安保が無ければ敵が現れるリスクは格段に下がります。
防衛をいうのは常に敵国を作り煽ることから始まり、やがてその戦力が侵略へと走ってしまうのが歴史です。
果たして事実中立国であるとしたなら「侵略」など今の世の中で実際に起こり得る(許される)はずもありません。
北朝鮮、中国、ロシア、韓国…を上げるのでしょう?これらの国が日本侵略を本当にする可能性などあり得ません。
日本がその経済力で「侵略」を企てない限り、そして世界世論が既にそれを許すような事はないのです。

残念ながら今の世界では、戦争の前提は核戦争となっています。抑止は地球規模(地球消滅)になってしまいます。(その意味では核が悲しいかな抑止力になっていることも認めざるを得ませんが…)
逆に戦力の保持イコール「核なし」ではあり得ないのが世界の情勢であり、核保有国が核拡散防止条約は必要だが全面核禁止条約には調印しない以上、その既得権と抑止力は核保有国の責務とせざるを得ない状況があります。

(唯一の被爆国である日本が全面核禁止条約に調印できないような状況で、核の傘を認める体たらくは目を覆いたくなる情け無い事態が現実になっています。
ならばせめて核保有を含めた軍備力と非核3原則の廃止を宣言する勇気はないのでしょうか?
軍備イコール核保有国が必須の世の中であること…しかし、日本には絶対に核保有を認めないというのが世界的判断が実存しています。
その中でこそ活きるのが平和憲法であり、今こそ日本国憲法の元での非武装中立國宣言への回帰が政治的最大課題であると確信します。

現実の尖閣問題と中国の脅威を言われます。
尖閣が日本の領土であるという主張には勿論同意しますが、果たして日本の領土を今以て占有する米国の地位協定を何故放置するのでしょう。領土的にも経済価値的にも尖閣の比では無い。米軍基地が、核の傘が日本を守ってくれているという馬鹿な話が有りますが、それは真逆に戦争への加担と戦争リスクを呼び込むものでしか有り得ない事が何故わからないのか本当に不思議です。(尖閣にしても竹島にしても少なくとも先方国にも領土とする言い分はありますが、米軍の基地は明らかに日本の領土であるにも関わらず、裁判権すらない占領地となっているのです。そして「核の持ち込みは無い」という詭弁を政府はわかりきった嘘をつかざるを得ない現実が存在しています。

「絶対に」戦争が起こらないとはもちろん言えません。
しかしもっともリスクの少ない、戦争に巻き込まれない選択を考えなければなりません。攻められるリスクよりも攻められない努力こそがよほど利口な選択です。リスク管理上の比較で言えばごく当たり前の数理的選択となります。その選択こそが現状においてすら「非武装中立憲法」というのが我が結論になります。
(それでも攻められたら…武器を手にして護る覚悟での「死」よりも攻められて殺される「憲法」を選択する覚悟の方が…戦争リスクを考えるならば合理的選択です)

今や巨大化してしまった軍事産業が日本には(米国にも)有ります。
いつの間にか武器輸出が解禁されてしまいました。全てが経済の要請です。そして国内軍事産業は日本の軍隊設置を切望しているはずです。(米国の武器商人が武器所有禁止をさせないが如く)
戦争は常に自国の経済利益を優先して始まるのが歴史が証明する所でも有ります。経済優先の国、即ち企業利益を優先する。それが米国の戦争への歴史であり、米国民の選択でもあるのです。そんな国との軍事同盟と基地提供が如何に馬鹿らしい判断であるのか???
国にも企業にも血の通いなど期待すべきではなく、どこまでも拡大と利益追求を辞めないものです。憲法の「主権在民」の行使以外にはこの怪物を抑止する術はないのです。故に憲法は基本的人権を謳うのです。(主権在民は戦争をしない、武器を持たない権利であり、徴兵を拒否する権利…すなわち「生存権」です。

もう一つ、軍隊は必ず徴兵がセットになります(世界的常識ですが…)。
現状の自衛隊は日本国憲法の戦争放棄の上に成立し、自衛隊員は戦地へ赴く義務は本質的にない中で成立しています。しかしひとたび軍隊となれば、「銃を持って人を殺す義務」を追います。もちろん殺される可能性も承認せざるを得ません。軍隊には必ずその必要人員をそろえなければ成立しません。即ち、徴兵と人権の一部剥奪と国際法上の軍法会議は必須アイテムになる事が理解されていないで論議されていないでしょうか?
(その抜け道にあるのが常に戦死は経済弱者にしわ寄せが行くというのも歴史が語っている真実です。格差社会の広がりで少数の勝ち組に比して圧倒的負け組が現実の姿になりつつあります。戦争への参画で生活費を稼がざるを得ないという悲惨な状況すら現実的に見えてくるように思います)

この項の終わりにそれでも日本を侵略してくる場合を想定しろ…
…理想論で日本を守れるか…との問いに答えておく必要があります。
「人を殺すのだけは嫌だ。それでも殺すというのであれば、殺される側を選ぶ」と開き直るしか有りません。
「憲法がそういうのであれば…そしてそれが殺されない最大の戦略(選択)であるから」
無防備である事の強さを私なりに多少は経験上知っています。無抵抗で死ぬリスクは戦って死ぬ(戦わず死ぬを含む)リスクより実は低いのです。
誰も銃を構える怖さを自らのものとして捉えない無責任…
「40」を超える兵役に耐えられなくなった人が「軍備力が必要だ…」などというべきではないのです。
戦争が無くってよかった世代が、将来の子供達に銃を強制する事などするべきではない。「お国のためなら」…は無責任な他人事にしかならないでしょう…

2017 年 11 月 14 日   No Comments

(2) 憲法前文と象徴天皇

日本国を考える上で天皇の存在を無視する事は出来ません。

古代よりの日本の歴史と文化を学ぶ中で常に天皇は雲上人として(または元首として)、庶民を含め大半がその存在を認め支持し(「現人神」と認識し)、日本国を形成して来た事実は曲げられません。
ある時は君臨し、ある時は雲上に鎮座まし、ある時は時の政権に利用されて来られたのです。紛れもなく、日本国の歴史と文化は天皇と共に形作られ、今日まで継承されて来たものが数多くあります。
まさに天皇は有史上における古代より常に日本国の象徴であり、全国民(庶民を含む)がいつの時代においても(どんな場合にも)圧倒的支持を得た(ある意味民主的な)存在であり続けて今日までそれは継承されています。

現行憲法が日本滅亡の危機にあった先の大戦(敗戦)の際においても、なおその圧倒的支持は変わらず、天皇の護持無くしては一億火の玉になっても戦いを続けていた可能性も否定できませんでした。
そしてその結果として世界の戦争相手国からは、戦争の最高責任者としての処置を求めて来た事も歴史的事実でした。しかし天皇は機関的にその立場に象徴的に立たれていた事(戦争責任)も明らかであり、戦争裁判の審判を仰がざるを得なかった情勢でした。

天皇は自らその機関的責任も認められ、戦争の終了を希求されました。
天皇の存在と世界世論の狭間でとにかく戦争を終了させる手立てとして、天皇自らも終戦と共に考えられた結果として生まれたものが日本国憲法の前文です。
それ故に憲法前文が日本国独自で独特の理念として天皇の御言葉に代えて表され、その御印を持って表したものが憲法前文です。
あくまでも「前文」で有り日本国憲法の外に位置するものと考え、理念であり、またこの国の骨格を形作る為の大事な「前文」です。故にこの前文は条文において憲法としての拘束を受けるものではなく、また憲法発布前の元首天皇が御璽として自らの立場と憲法の内容を進んで承認されたものだと理解するべきです。そしてこの前文こそが日本国憲法そのものでもあり、短い文章の中にその「全文」が込められているとも言える大事な文章でもあります。

そのような背景と共に第1章に象徴天皇の制定をおいた理由があります。天皇は自らこの憲法の枠外に置かれ、憲法で有するべき国民の権利(基本的人権)をも放棄される事としたのでしょう。天皇の象徴制を立憲主義の中で理解し、新たな憲法を進んで承認された事で敗戦後の混乱と一億玉砕の危険を回避できたのであり、戦後の一定の混乱はあっても大きな犠牲も出さずに敗戦の処理が進み出した事はその後の歴史が証明しています。

占領国であった米国の知恵もそこに当然ながら残しつつ、諸外国も了承する(必要のある)日本国憲法が成立したのではないでしょうか。
(そこには、時の日本の英知も十分に結集され、歴史認識を踏まえた終戦宣言と日本の進むべき道を国内外に指し示すものでなければならなかったのです)
こういった日本独自の文化伝統が合間って、国際法的憲法をも超越する(べき)憲法が成立(一般的憲法論をも超越したところにある)したと考えるべきでしょう。

繰り返しになりますが、憲法前文と第1章にある天皇の項は天皇の存在(戦争責任からの免責)を世界に認められ、かつ日本国民を納得させる為には絶対的必要性を持ったものです。
それ故に前文の不可思議さも日本国憲法の必需品として(歴史の継承物としても)一字一句変えるべきものでは無いのです。

日本国憲法は言うまでもなく、その骨格として戦争放棄の平和主義、主権在民と共に日本国民の基本的人権を等しく認めるものとなっていますが、同時に日本の歴史と文化を維持、継承する意思を世界に承認してもらうものでもありました。
一方で天皇だけはこの憲法の埒外におかれ、しかも唯一(一般的)人権を剥奪されてしまいます。
故にこの憲法に異議を唱える資格と権利を有するのが天皇であるとも言えるのですが、昭和天皇はその埒外にある事を理解、承認され、象徴としての地位をお受けになられる事によって前文の成立と必要性が有りました。前文こそが日本国憲法の象徴でもある所以だと思います。
今生天皇も現行憲法を最も愛され、昨今の動きを憂慮されておられるご様子をいわゆる改憲派は一体なんと考えるのでしょうか?
(その事すら忖度されないで)「戦争のできる国」への道を憂慮され、また何をおいても率先して現行憲法を遵守されようとする天皇のお姿をみても「護憲を主張したい」と思うのです。

昭和天皇に戦争責任はあったのか?
残念ながらそれには「YES」と答えざるを得ません。
しかしそれはイコール「日本国の消滅」であり、日本という国の形を壊し、日本国の歴史と文化をも消滅させる事でも有った…と強く思うところに至りました。「70年をかけて」…

「現行憲法と象徴天皇制が日本国の継続とその後の発展を創る原動力にもなりました。そして憲法の施行と共に私は産まれました。戦後の混乱と苦労は有りましたが平和な日本はこの憲法無くして有り得なかったと強く思います。
そして今尚、いやこれからの日本にこそ、この憲法無くして日本の平和と素晴らしい歴史と文化の発展はないと確信するものです」

2017 年 11 月 9 日   No Comments

⑴ 改憲論と護憲論の狭間で…

先ず、憲法の主要条文に入る前に日本国憲法の成立状況とそれ故の独自性についての認識を確認しておきます。

日本国憲法は日本の無条件降伏とその戦争責任論の途上で作成されたものでした。
占領国としての米国と共に諸外国(連合国)が相互監視する中で、大多数の日本国民は再起と共に既に日本国の象徴である天皇制の維持を願っていたはずです。
日本国憲法が米国とマッカーサーによる押し付け憲法であるから…との改憲論者が極めて多い事は理解できますが、最近の研究からも当時の優秀な学者、政治家がその状況の中で辛苦を重ね練りに練って作られたものであった(いわば世界が認識し、了解を得る必要を満たしたものであった)事は重要な事実です。

そしてその歴史的背景の中では「いわゆる憲法論」としての歪さや多少の国語的齟齬がある事も十分に踏まえた上でも世界的にも例のない憲法となっています。世界平和を望み、それへの貢献を前提にした敗戦国日本ならではの独自憲法であり、一般的憲法とは異質のものと考えるべきであろうと思料するものです。

そしてこの憲法は既に条文を70年以上変更されず、日本国民の総意としての実績を有しています。
一定の言葉の齟齬や矛盾などを指摘しての改憲論者も沢山おいでになりますが、この憲法全体が有する意義や実績を傷めしむものではないのです。残念ながら現実の世界は未だにこの憲法の希求する状況ではありませんが、それ故に今も人類の望むべき方向を示しているものだと思います。

今日、日本国憲法の改定を求める世論の高まりは、実に日本国憲法の危機と成ってしまっています。しかしその改憲論はいずれも、極めて部分的解釈や世界状況の変化に伴うものであり、一方でその変更による危険度の考察やこれまで積み上げられた憲法遵守の実績を踏まえたものとは言えません。当然ながらこの憲法の上に積み上げられた日本国民の膨大な立法努力を含め積み上げられた資産に比べ、実に矮小で瑣末な上げ足取りのような改憲論が跋扈し、護憲を云う事が憚れるかの如く事情は情けない限りです。

この70年の間での日本国憲法と法律、条約は実に膨大であり、そこにこそ日本国の英知の結集があり、その上の現在日本の平和と繁栄と歴史を刻んできたのです。
歴史修正主義者やナショナリストだけでなく、現実的常識派までもが一部改憲を唱え始めました。
そして何よりも今日的権力者側が大きな思惑を持ってこの憲法の改正を声高に叫び、その勢いに乗せられてこの際現状に合わせた改憲の時期であろうと言い出してもいます。
それではこの憲法のどこの項目が具体的、現実的に日本に「悪影響」をもたらしたのでしょう。また今後においてどこが問題となり得て変更すべき項目であると具体的事由で説明できるのでしょうか。

憲法全体の構成と70年間の日本を踏まえ、この憲法を全体として指示、擁護してきたからこそ今の平和な日本があるのであり、変更のリスクと改定ロードの重さ(憲法改定は全ての法律の整合性を見直す作業が伴います)を立ち止まって冷静に考えてみるべきではないでしょうか。何よりも先に、この憲法の上での明らかな違憲条項をこそ探し出しそこの修正を優先させる事が立憲民主主義の入り口であり近道でもあろうと思うのです。

あらゆるリスクは憲法解釈の捻じ曲げ解釈や違憲立法によって生じてしまっているにも関わらず、解釈改憲による既成事実を積み上げ、それに憲法を合わせるような改定は本末転倒でしかありません。
先ずは解釈改憲などせずに現行憲法に則って政治が行われ、明らかに違憲であるものを洗い出し、その背景とその事(違憲立法)で得られた成果と損失を天秤にかければ、日本の今後の進むべき道(現行憲法の重要性)が導き出されると思います。

憲法改定はその作業の後に論議されるべきであり、それこそが立憲民主主義の常道です。違憲な法や条約、慣例などをあぶり出す作業が先に必要であると考え、論を進めていこうと思います。

2017 年 10 月 28 日   No Comments

日本国憲法(考) 「非武装中立こそが今の日本の必須課題」

完結するかどうかわかりませんが、乱暴なメモとして、自らの心情を書きなぐっておきたい…と思い出しました。
日本国憲法はその第1章に象徴天皇を規定し平和主義、主権在民、基本的人権を国の骨格として示したものです。特に平和主義の宣言は「非武装中立」が大前提であるにも関わらず、もはやその理念は有名無実となり主張する事さえ憚れる風潮が出来てしまいました。70年生きてきて、日本の歴史を振り返り、この日本国憲法の施行と共に歩んできた我が身にとって、今考える憲法の存在とその意義に立ち返り、立憲民主主義を唯一の政治的選択として発展を遂げてきたのだ…と強く思うのです。立憲主義が風前のともしびとなる中、少数とは言え立憲民主党が誕生した事はわずかな希望にもなりました。

歴史と現実を踏まえた上でなお、今しばらくはこの憲法を保持するべきとの強い信念とその根拠を書き残しておきたく先ずはメモしておこうと考えました。思いつきの長文になるか、途中で筆を折るかはわかりませんが、先ずは序章のみ先にアップしてしまいます。

日本国憲法(考)
「非武装中立こそが今の日本の必須課題」

(序)

少数とはいえ、(ほぼ)護憲政党が誕生しました。一方で圧倒的改憲勢力の誕生が明確となり、日本国憲法の改定も焦眉の急という情勢である事を認めざるを得ません。
日本社会党が政権の魔力と労組の官僚主義の果てに消えて以降、庶民の声も日米同盟やむ無し、米国の核の傘の下が合理的であるという価値判断に至ってしまったようです。
自民党の宿願であった憲法改定は現政権の巧みな術中にはまり、一見民主的な改憲論が体勢を占めたようです。

しかし、この時期に偶然出来上がった立憲民主党は、明らかに(ほぼ)護憲政党であり、少数にしろ現行憲法の精神を理解し、今後とも日本に必要不可欠な憲法であると考えて結集ができたのだと思うのです。
日本国憲法が、あくまでも非武装中立國である事がその中心にある考え方である事は論を待ちません。そしてその中での自衛隊の存在を問題視し、日米同盟をその補完勢力として是認せざるを得ないと考えてしまったのです。(日本国の発展にはやむを得ない選択であるとして「非武装中立」では国は成り立たないとしたのでした。)

いつしか「非武装中立」は死語となり、声高に叫ぶ事も憚れるほどの状況です。果たして日本国憲法の役割はなぜ、いつ、終了してしまったのでしょう。又は制定そのものに間違いがあったのでしょうか?

私は日本国憲法の制定とともに生まれ、育って70年が経過しました。
そして今も今後とも少なくともあと30年はその内容を「一字一句」変えるべきではないと考えています。日本国憲法こそが、日本の歴史と文化を代表し、今日の日本を育んで来たと信じて疑いません。

日本国憲法を国際法やいわゆる学者的憲法論とは別のものとして世界に宣言する国法(国宝)として考えてもいます。(分かりにくいでしょうが、憲法を国際法的に細かい「てにおは」やそのお行儀に関わる必要など無いものと認識しています)
とはいえその理由を個人的ではあっても、これらの意味を論理的に主張し、書き残しておきたく考え以下にまとめてみる事としました。

(ある意味では究極の保守陣営にあり、現状を否定し改憲を企む勢力こそがリベラルであるのかも知れません。米国の軍備の傘にいる状況を是とする新右翼を革命派、そして自衛隊を軍にしようとする革命軍の勝利には抗いたく、それこそリベラルではなく、ラジカルなる新保守主義とも考えるのです。

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2017 年 10 月 25 日   No Comments

立憲民主党(2-3)

何故、今回は立憲民主党か?
マスメデイアは盛んに3局選択を謳うが、実は明らかに2局の選択選挙でしか無い…希望の党は当初よりの自民補完勢力であり、実は展開によっては公明党よりもずっと与党近くにいるのだから…
もし立憲民主という偶然にも出来上がった事は不幸中の幸いとなった。明らかに憲法の改悪を狙う勢力での、2局に見せかけた体制翼賛体制の構築が出来る所だった。そして民主主義の名の下に現実は大勢改憲論がまかり通るところであった。
恐らくこの2局は3:7程度まで押し戻せるかもしれない。しかし、ほぼ改憲は決定的になるところを押し戻す事は出来ないだろう。但しもう1局に無党派無関心層が確実に選挙に参戦しない勢力がいるので、結果3局に分かれるということも言える。
そこで、何故立憲民主党という名の党が必要であったか…国民、市民、生活者が主役であり、憲法の寄って立つ権利に護られる事を名実ともに党名にする事で結集する少数野党連合が残れば、まだ希望は持てるのだと思う。政治は次の世代の有り様を決めるべきものである。そして次の世代こそ日本国憲法が必要不可欠な世代であるはずだ…

何故、今回は立憲民主党か?
マスメデイアは盛んに3局選択を謳うが、実は明らかに2局の選択選挙でしか無い…希望の党は当初よりの自民補完勢力であり、実は展開によっては公明党よりもずっと与党近くにいるのだから…
もし立憲民主という偶然にも出来上がった事は不幸中の幸いとなった。明らかに憲法の改悪を狙う勢力での、2局に見せかけた体制翼賛体制の構築が出来る所だった。そして民主主義の名の下に現実は大勢改憲論がまかり通るところであった。
恐らくこの2局は3:7程度まで押し戻せるかもしれない。しかし、ほぼ改憲は決定的になるところを押し戻す事は出来ないだろう。但しもう1局に無党派無関心層が確実に選挙に参戦しない勢力がいるので、結果3局に分かれるということも言える。
そこで、何故立憲民主党という名の党が必要であったか…国民、市民、生活者が主役であり、憲法の寄って立つ権利に護られる事を名実ともに党名にする事で結集する少数野党連合が残れば、まだ希望は持てるのだと思う。政治は次の世代の有り様を決めるべきものである。そして次の世代こそ日本国憲法が必要不可欠な世代であるはずだ…何故、今回は立憲民主党か?
マスメデイアは盛んに3局選択を謳うが、実は明らかに2局の選択選挙でしか無い…希望の党は当初よりの自民補完勢力であり、実は展開によっては公明党よりもずっと与党近くにいるのだから…
もし立憲民主という偶然にも出来上がった事は不幸中の幸いとなった。明らかに憲法の改悪を狙う勢力での、2局に見せかけた体制翼賛体制の構築が出来る所だった。そして民主主義の名の下に現実は大勢改憲論がまかり通るところであった。
恐らくこの2局は3:7程度まで押し戻せるかもしれない。しかし、ほぼ改憲は決定的になるところを押し戻す事は出来ないだろう。但しもう1局に無党派無関心層が確実に選挙に参戦しない勢力がいるので、結果3局に分かれるということも言える。
そこで、何故立憲民主党という名の党が必要であったか…国民、市民、生活者が主役であり、憲法の寄って立つ権利に護られる事を名実ともに党名にする事で結集する少数野党連合が残れば、まだ希望は持てるのだと思う。政治は次の世代の有り様を決めるべきものである。そして次の世代こそ日本国憲法が必要不可欠な世代であるはずだ…

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2017 年 10 月 10 日   No Comments

非武装中立で何故いけない!

ブログからの転載ですが…
(本当は、しっかり論理立てして書いておこうと思いつつ、気力喪失しています。日本国憲法と非武装中立は不可分であり、戦後の日本の発展はこの憲法を頂いてこそののもであったし、今後もその真理は変わらないと確信するところなのですが…)

北朝鮮を盾にして遂に(シナリオ通りに)ここまできてしまった。

戦争のできる国に変えようとする勢力(党首)が圧倒的多数を占める戦略の中に巻き込まれる恐怖。。。

圧倒的多数の戦争には出られない国民がそれを選択してしまう。北朝鮮の現状は日本の戦争への道へ向かう途上と何ら変わらないし、僅か75年前の日本の選択…そして圧倒的多数の国民がそれを支持していた歴史がある。

「非武装中立の日本国憲法の保持以外には日本が戦争を避ける道は無い」
もし、それでも攻めて来る敵が有るとするならば、それは地球の消滅を意味するだけのものでしか無いのに…

10年後には解るだろう。「日本国憲法」の価値と意味が…
「非武装中立」が死語となってしまった今、日本は再び列強の道に進む以外には無くなった?

非核(含む原発)と護憲を望む「国民」にとって投票すべき政党も人も見当たらないとすれば、無抵抗の棄権選択の選挙と位置付けるしかない………

2017 年 9 月 26 日   No Comments

金子未完の俳句道21(エッセイ)

行く川の流れは      金子未完

鴨長明の『方丈記』は、日本三大随筆のひとつであり、「行く川の流れは絶えずして」から始まります。また、万葉集に詠まれた大和の国は。

命幸く久しくよけむ 石走る
垂水の水をむすびて飲みつ
(万葉集巻七 一一四二 作者未詳)

清流に恵まれ健やかな心身を育む理想の国でした。今回千葉県の船橋市の公民館で実施された夏季講座「水の学校」で、水資源の再構築の必要性を改めてて学びました。
「地球は青かった」これは一九六一年世界初の有人宇宙飛行を成功させたガガリン少佐(旧ソ連)の衝撃的なコメントです。以来「水の惑星」の映像は、TV等で頻繁にお目にかかるようになりました。映像では豊かな水の97.5%は、すぐに生活に使用できない塩水です。
そのうち、淡水はわずか2.5%にすぎません。
しかも、この淡水の70%が氷河・氷山です。
残りの30%のほとんどは土中の水分または、帯水層の地下水です。利用できる淡水は約0.4%です。
水の惑星の水分中わずか0.01%に過ぎない。

噴水が煌めく金の都ドバイ

ドバイの噴水は、TV等の映像でご覧になった方は多いと思います。色とりどりの美しいイルミネーションの中に浮き立つ噴水。それから青い木々も芝生。これは、産油国の大都会だけの特異な風景です。
地球の大半の地域は渇水状態で、今も砂漠化が進んでいます。97.5%も地球には海水が有ると言っても、塩分抜きを淡水化するには大型海水淡水化プラントが必要です。この多段フラッシュ法のプラントは、コストが高く活用しているのは、お金持ちの産油国だけです。発展途上のアフリカやインド。ましてや1000兆円以上の借金のある国家日本ではとてもかなわぬお話しです。日本各地にダムやため池を早急に造成しなければいけません。
松尾芭蕉は
名月や 池をめぐりて 夜もすがら

と詠っていますが、江戸時代は、赤坂見附から虎ノ門に至る「外堀通り」は、かつては、「溜池」とよぶ、外堀兼用 の上水源でした。今でも溜池山王と呼ばれる営団地下鉄の駅があり、其の当時の名称が残っています。江戸八百八町の大半は、埋立地です。簡単に手に入るのは、海水であり一茶の句にある様に

月かげや夜も水売る日本橋

下町の町人は飲料水を買っていました。水売りと言う商売もあり、当時から江戸は上水道が不可欠でした。この「溜池」の大きさは、長さ1.4km、幅45m~190mの細長い池でひょうたん池 とも呼ばれていました。慶長十一年(一六〇六年)家康の時代に現在の特許庁前交差点附近に堰を造って水を貯めました。堰を越えて滝として流れ落ちる水は、地下鉄の虎ノ門の駅のエスカレーターの所が池底で、アメリカ大使館の方から流れ落ち、滝の音が大きく、「赤坂のドンドン」と呼ばれて、上野の不忍池と並んで江戸名所になり、その眺望は四季を 通じて美しかったようです。その後、神田上水、玉川上水等上水道の開発が進みました。また家康は、利根川など大河川の治水工事を進めました。利根川の流れを変えて、隅田川を作りました。「すみだがわ」の命名は「澄んだ川」の意からと言い正岡子規は澄んだ水を

白魚や椀の中にも角田川

と詠っています。
安全な水道水を飲める国はカナダ、アメリカ、ブラジル、スイス、ニュージランド他。世界中でわずか十一カ国しかないのです。万葉の時代から大型の治水工事で多大の労力を費やした日本。おいしいお米。安全な野菜や果物等の農作物。安心して飲める水。その水源地となる代表的な川は、北から
石狩川、北上川、最上川、利根川、江戸川、荒川、神田川、隅田川、多摩川、信濃川、大井川、天竜川、木曽川、長良川、犀川、熊野川、淀川、旭川、吉井川、吉野川、仁淀川、四万十川、九頭竜川、筑後川、球磨川などが有ります。その中で、東海地方の代表的な木曽川を詠んだのが高濱虚子。

木曽川の今こそ光れ渡り鳥

日本は地形が急峻で河川の流路延長が短く、降雨は梅雨期や台風期に集中するため、水資源賦存量のうちかなりの部分が水資源として利用されないまま海に流出します。その上近年健全な水資源を生みだす森林が荒れている事が災害を生みだしています。健全な森林は、水の保水率を高めるが、荒れた人工林は、水を保持せず、大雨の時は、土石流を生みだし、がけ崩れや地滑りの原因になる。
日本では、毎年8月1日を「水の日」として水の大切さに水の恐さを啓蒙していますが、ご存知ですか。

・都市型水害の多発
・洪水・渇水被害増大
・河川の堤防他治水設備、上下水道施設の老朽化
・天通常時の河川流量の減少
・渇水の頻発
・地下水位低下、湧水枯渇、地盤沈下他問題は尽きません。

水争いて国乱る二十一世紀

日本の水資源は、フランス、イタリアやイラクなどと
同程度。地域別にみると
北海道はアメリカ並みで一番裕福。
東北・北陸・四国はギリシャやポルトガル。
東海・中国・九州はメキシコ。
沖縄はイラン、近畿は韓国。
関東は、905m3/人・年で、エジプトとほぼ同程度。

馬肥ゆる安全なんて信ずるの

日本は、海外から食料という形で間接的に多量の水資源を輸入しています。日本の飲料水は水道が完備しておりますが、農産物はほとんど輸入しているからです。
主要な食料輸入国であるアメリカでも水問題が発生している。特に中国の内陸部の農地の水不足は深刻になっています。地下から有害物質まで吸収している可能性はかなり高い。

四海・海の日本。低コストの海水淡水化に取り組み問題を解決するしかありません。

水澄みてこそ山河麗し大和の国

また世界遺産に登録された富士は「水の山」と呼ばれており、その湧水は格別です。平成の名水百選等名水と呼ばれる湧き水が多々あります。今や名水も各地の名産品となり、通販の売れ筋商品です。
今こそ日本の国は、水資源の再構築に立ちあがるべきです。

2017 年 9 月 12 日   1 Comment