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Posts from — 5月 2008

ショートコメント

江田五月参議院議長のショートコメントが毎日のようにメルマガで届く。

短いので、中身は無くても(まことに失礼)全て読んでしまう。忙しくても本人が書き続けていることは間違いない。

5月も早や終了、来月は短くまとめて数多くをブログのテーマにしよう!
もっとも難しいチャレンジだが、読まれなければ伝えたくても伝わらないのだから・・・。

気軽に、素直に、はっきりと!

今一度「外へ、前へ、早く」を実践中。
しんどいが、これが一番必要な日本企業のスローガンと実感する。当社社是は前職社の「パクリ」である。自らのテーマとして早や10年が過ぎた。

一日も早く、スローライフに切り替えたい!!!

5月 31, 2008   No Comments

零細企業再生(3)「たかが社長、されど社長」

 どうも「社長」と呼ばれる事に抵抗がある」

当社には社長が沢山いるので、社長と呼んでもらっていない。
零細企業の「要・再生」には社長のパターンが見られるようだ。自らの企業を零細と理解せづ、唯、マネージメントや団体役員(ボランテイア)に徹する人・・・・。

日本には社長さんが山ほどいる。特にゴルフ場ではあちらもこちらも社長さん?

私は社長の肩書きを生かせる最大の場面は営業の世界であろうと考えている。どんな零細企業でも社長の率先営業と感じるこの肩書きはどの役職より威力を発揮するはずだ。

そして、それを実践する社長も多い。こんな会社は再生コンサルなどのお世話になる事はありえない。この原則はどんなに大手企業の社長であっても通じるはずだ。

社長という営業マンが入れば、5人分くらいの営業費カットが可能だし、大企業であれば又それだけ営業力は強大なはずなのである。

だから私は社長と呼ばれないようにしているが、当社の多くの社長さん方にはそのように訓示している!
「たかが社長、されど社長」である。
世の社長さん方、マネージや企画や方針は専務以下の専業業務!
社長の最優先業務は営業なり!!!どうでしょう???

5月 29, 2008   No Comments

PAお零細企業再生(2)

調子に乗って(珍しく反応があったので)続編を・・・。

素人による事業再生の「種明かし」をしてみたい。(誰でも出来ることがばれるけど・・・)
基本的に事業再生に入るという事は、とっくにその企業は債務超過状態という事であり、再生不能にも拘らず、追加投資が続けられている状態である。

お決まりのパターン。まずは、社長の給与削減、次に社長個人資産の追加投入、大体において長年蓄えた個人資産も底を付いている状況にある。そしてその全責任は零細企業である場合には社長にあるのだから、どこまで突っ込んでもそれはそれで、已む無しと言わざるをえない。

要はバランスシート上再生不能を認めず、追加投資で一発逆転を狙う社長さんが多い。残念ながらその社長ではすでに100%再生不能なのだ。

そうなる理由の一番は、本業以外への投資、二つ目は後継者(2代目)などの力量不足、3つ目は公私混同の交際費の乱用などか・・・・。
いずれも「社長」の責任でしかない。

勿論、収支バランスが最低一年以上に渡って赤色である。
零細企業にとってもっとも比率が高いのが,人件費(もちろん社長の給与が最大のはず)・・・。

これらの理由から明らかにやるべきことは社長が名実共に責任を取ることが再生の絶対条件になる。
これによって、社長の残り資産を守れる事もあれば、全資産を失い自己破産もありうるが、これだけは致しかた無い。これ以上は他人に迷惑が広がるだけなのだから・・・。

社長のつらいのはそれだけでなく、責任者としてしばらくは(または永遠に)一社員として再建の為に働いてもらう事が必要だ。この条件が揃えば再生へのシナリオが見えてくる。

社長のコストが即削減できる。
あとはその他の人が職場の状況に応じて給与の減額の按分を許容できるか、はたまた職場を捨てるかとなる。
実態を全て明確に説明すれば体外の職員はがんばってしまう。(本当は何人かが退職すればいいのだが、事実を知ったら、現実はそうもならない。世間は厳しいことを実感する)

人件費割合の大きさは零細企業の最大の特徴(含む社長の交際費!)

大体がこのの時点で再生計画が書けるものだ。(種明かしの全て)
要は、当たり前のリストラ策でしかない。あとは誰が経営者を兼務すべきかの選択だ。わが社がボランテイアで当面繋ぐこともあれば、部長が社長に一機に昇進するべきかもしれない。ケースバイケースだが、これでも大幅な経費削減となる。
あとはぎりぎりの債務返済の「り・スケジュール」を組み、調整を完了し、(最小限の資金投入で)一年の収支見込みを創る。

ここまでは出来るが・・・。
問題は債務超過企業の抜本解決ができたわけではない。問題解決は一人当たりの生産性が収支とマッチするまで、効率化を上げれたとき、再生が可能になる。不足する生産性があれば、新たな合併等収支を合わせられるまで生産性を上げる努力しか方法はない。
(3社ー4社が併合された結果が前述の当社傘下の企業数の変遷に表れる。

当然、数多くの再生企業を見つけ、前述の条件を整備し、出来るだけ少ない投資で効率化する自転車操業が零細企業再生ビジネスである。

いわば、再生事業が零細企業であるだけに、何時自らの命も尽きるかもしれないといましめてはいるが・・・。
そして社長の給与のリストラはすでに始まっているかもしれないのだ。要はこのビジネスは「止めない限り」利益の取れない究極のボランテイ事業なのだろう。

これならプレミアムエイジなら誰でも出来るビジネススキムでしかない。ボランテイア精神さと多少のリスクテークさえもてればOKだ!
(零細企業の社長業専念なら5社や10社はPAなら十分可能だ。50万稼げれば、500万の付加価値を生むと今は自己満足するしかない。)

5月 27, 2008   No Comments

プレミアムエイジの零細企業再生ビジネス

これまで、再スタート後の事業については、ブログでほとんど触れた事がない。

あれから、早くも3年半。3度目の決算の季節となった。
自己顕示欲が強いと反省しつつも、あるがままの自分を書く様心がけてきたのだが、プレミアムエイジの一チャレンジを振り返ってみることが、自己主張であると白状する事でお許し願いたい。

この3年半で関与した零細企業数は実に延べ20社になる。
内訳は飲食業3社、印刷業4社、保険代理事業5社、IT関連2社、NPO法人2社、その他3社、そしてその統率会社・・・・・の計20社。

今取り組みを始めた「初の新設会社」と統率会社を除けば全て、再生事業とその受け皿事業であり、期間、能力、資力からして、この事業の現代的需要の高さが解る。
(弱肉強食の格差社会の証左ともいえようか?)

現存する企業は飲食2社、印刷2社、保険系2社、IT系2社、その他2社、NPO2社と統率会社の計13社。7社が吸収または精算されたということになるが、実質上倒産社は出ていない。(職場確保が、ぎりぎりでしかないのが実態だが・・・)

この間すでに自立、切り出しし企業が3社とNPO法人は正直手に負えていないが倒産もないので自立(放置)状態となっている。
従って現在、傘下企業は7社という事になる(らしい?)

振り返れば、よくも多種多様な企業と出会い、出会い頭の思いつきのみで参画してきたものだ。
まして、自分の「過去履歴」は「保険屋」プラス「しばらくのニート経験」しかなかったのだから驚く(あきれる)ばかりだ。勿論論理的説明などつくはずもない。

脈絡のない出会い頭同志の責任者を集めて、無理やりこじ付けの為のキーワードは「昨日でなくなっているはずの職場をみんなで守りきれ!我々の外に待つものはハローワークすら存在せず、青テントの世界でしかない。職場さえあれば明日が来る可能性があるのだから・・」

そうはいっても、これだけの会社の決算だけでも大変だ。
ここに一人の天才が登場する。
起業と同時に一人のパートナーを説得した。彼はその頃、タクシーの運転手。唯バブル時代まで、ある企業グループ10社程度の財務を一手に引き受けていた。彼は私が指導(初打ちのみ)した「ゴルフが唯一の楽しみ」とすでにシニア生活に入っていた。年齢はまだ56歳(当時)

こちらは商学部出は名ばかりの経理音痴、説得は「生涯ゴルフ代のみ保証」で即決した。

整理、民再、決算、法務全てお任せによる、経理費(人件費)のリストラ効果は実に大であった。何のことはない。彼の天才的技術がこのグループ企業のノウハウの全てでもあるのだ。

とはいえ、出会いの情報が大事だった。彼との付き合いも飛び込み営業から30年以上の付き合い、全ての人が出会うはずの情報とその加工能力でしかなかった。

幹部スタッフにキャリア組はいない(と思う)。ほとんど責任者(社長)に現場は任せているがその履歴書は見たことも無いのにも驚く。信じて任せると彼らはその得意分野で特徴を発揮してくれるに違いない。マネージメントはこれだけでしかない。

何の経験もなかったのだ。そして後述するが、たいした度胸も無い。
いや経験が全てであったのかもしれない。プレミアムエイジの様々な経験こそ貴重な付加価値であるはずだ。
そして我が仲間である全プレミアムエイジに存在するものと断言する。

「付加価値あり」を意識するだけで、その能力は無限大に広がる可能性を秘めている。

「プレミアムエイジ」を主催し、未完成とはいえ、途中報告することも義務だろう。失敗も目の前にあり、その恐怖感も正直大きい。
「完成後」に書きたかったが、ことのついでに自己分析を綴ることになるかも知れない・・・・。

5月 25, 2008   No Comments

「日常・・・」

記念すべき還暦の年齢とも、あと数日でさよなら!

最近、多少不眠症気味である。忘れ物が多くなった反面、頭だけは忙しく駆け巡るのは現役への未練か?
やるべきことやりたい事が多い反面、体が着いていってていないことはゴルフの飛距離でてきめんに理解する。5番アイアンがうてなくなる恐怖感・・・・。

運動不足を自覚し、20年ぶりとなる電車通勤にチャレンジしている。満員電車の乗り方が解らない。もしや痴漢にでも間違われたらいい訳など通じるはずもないと、手を万歳しておく自分がおかしくもある。あの頃はとなりに美人がいても、平気で堂々として入れたのに不思議な気持ちで帰途に着く毎日は何時まで続けられるやら・・・・・。

海外旅行に行きたいのに、中々行けないであせる。
長時間のエコノミーが億劫で、ビジネスで倍額負担の余力はまだない。このまま余裕ができず、終わるのだろうか?
学生時代から夢見た1ヶ月以上の一人旅も実現できずにいる。

時間不足を痛感するが、十分な時間確保が自立への担保と実感したのは最初の1年で、体力勝負に限界がある以上、その日が何時ごろ到来するのか不安にもなる。

こんな日常で還暦の一年が終わろうとしている・・・・・。

5月 22, 2008   No Comments

ローマ人の物語(5)

確か、23巻までを(4)で書いて、2ヶ月が立とうとしている。

「塩野七生」の一生を賭けた大作には舌を巻くしかないが、この間の「5賢帝の時代」はさほど面白くは無くなった。忙しさもあり読書として相当スライスせざるをえなかった理由もあるが、正直飽きが来てしまったのだろう。

賢帝たちの歴史は「彼女」も言うように面白さは減少し、ドラマ化しにくいものだったろう。きっと彼女も飽きを覚えながらも、より忠実に調査、研究し可能な限り描いたのだろう。

どこまで行ってもローマ人の歴史の根幹は「カエサル」と「アウグストウス」に戻っていってしまう。この偉大な二人の古代人の英知が紀元を越えて、400年間に渡るローマ帝国を形作っていることは疑う余地も無い。そしてパクスローマ(平和なローマ)の趣旨が強固に貫徹されていく事になった。

そしてこの政治体制は、紛れも無く、世界的規模で現代を形作る素地でもあると確信できるからすごい。

特に27-28巻で「全ての道はローマに通ず」を書いた作者の意志は、現代の「日本の道路行政」に示唆を与えているようにも感じて、不思議である。
道路と橋と水道は行政の中心であり公的事業として最優先されるものであり、平和なローマを作る上での礎となったことを歴史的に立証したかったのだろうか?。そしてその思想を形づくった2人の巨人が浮かび上がる結果となる。

この2巻についての記述は「塩野七生」の執念であり、彼女のこの物語に賭ける女性としてのチャレンジ精神が如実に表れている。物語からは遠く離れた「2巻」が解説書として、挿入される事によって物語は終局のクライマックスを予感させる。

29-30巻は、半年前、先に読んだ部分になる。それだけにもう一度読むことに妙な興味を感じつつ、次回でこの感想文も完結したい!

5月 19, 2008   No Comments

官僚制度崩壊と日本の行方

厚労省、国交省など最近の官僚の堕落ぶりは、大半の善良国民の批判の的であり、マスコミによるバッシングもこれだけは文句なしに一致するところだ。

間違いなく日本の官僚制度は崩壊の方向に向かっている。
1500年以上続き、良しにつけ、悪しきにつけ、日本を牽引してきた日本独特の官僚組織は、当然この世論を受けて、崩壊していくだろう。
戦後民主主義政治という怪物に翻弄され、利用され、その独自性を失い、天下りを唯一の彼らの将来に貶められていったのは、戦後60年の民主主義の結論であった。

ごく近い「知人」にキャリアといわれる一人の若手官僚(課長代理)がいる。
当然、国家的奉仕に憧れ、入省し、今も官僚改革に実名で走り回っている。あきらめずに、少なくなった官僚志望者を探して、私立大学めぐりのリクルート活動とボランテイア活動をしている。
質量共に志望者が落ちているのは、最近の官僚バッシングからして当然であろう。

彼は、某経済紙に実名覚悟(名前は出なかった?)で自らの給与明細のコピーを公開した。
「高くも無く、安いとも思わない」とのコメントを付して・・・・。

同期入省で改革派の親友が、政治家に転進するらしい。
そして彼もいつか、その方向性を模索するのかもしれない。自主改革が難しい上に、散々利用してきた政治家からの、使い捨て泡沫候補への切り崩しが盛んなようだ。

一方、同窓の元キャリアの一人はすでに、外資に転出し、その給与は「0」一つ違う高給取りだという。そのことも現役官僚はみんな承知の事実のようだ。なぜ外資やITだけはそれだけの処遇をするのであろうか?(いや外資やITだけではなく大手民間においても生涯給与では変わらないのかもしれない)

天下りの無くなった官僚制度に魅力が無くなったのか・・・。
そうではない。その職責の重要性を誰も(国民誰一人)理解せず、政治家の利権まみれの体質が、官僚の全ての存在であるかのごとく、泥まみれにしてしまったからではないか。

いずれにせよ日本独特のいわゆる官僚制度は内部崩壊していくだろう。
間違いなく今日の日本を作ってきたこの制度が劣化し、民主的政治家の指導と政策のみでこれからの日本は進んでいく事になる。
果たして日本の民主主義はそこまで発達してきたであろうか。

良し悪しは別にして、かつて日本の歴史にはなかった新しい時代の到来が近いことだけは間違いないようだ。

5月 19, 2008   No Comments

ミャンマー,中国四川省での自然の猛威

 やはり書いておくしかない。(何も出来ない中で・・・・)

阪神淡路大震災の祈念日が薄もやのごとく過ぎ去った頃、二つの国を襲った大惨事が発生した。
テレビはミャンマーを忘れたかのごとく四川省へと移っていく。どちらの天災も、おそらく瞬時にして10万人以上の尊い人命を奪ってしまう事に違いないだろう。

阪神大震災発生時、久々の休暇を楽しみ、グアムゴルフツアーから羽田へ向かう飛行機の中にいた。
自宅についた頃、すでに神戸にも大阪にも電話すら繋がらず、多くの親戚、知人の安否は全くつかめなかった。何も出来ないまま翌日、勤務の地名古屋から水と食料をつんで神戸に向けて車を走らせていた。15時間かかって着いたふるさと神戸では運び込んだ水や食料はすでに役立たなかった。(十分に供給されていたのだ)

ボランテイアの活動は整然と進められており、その被害のすごさにただ呆然とするのみであった。

天災に飲み込まれる時、被災者になるか、救援側に廻れるかは紙一重の運命でしかないだろう。

「その時」が東京を襲う日は近いかもしれない。
幸いにも被災者でなかった場合、個々人の役割は何であろうか?
自衛隊や消防隊、警察は即座に動いてくれるに違いない。その他の全ての一般人(全国民)にも役割分担が整然と手配される方法はないだろうか?

全ての成人に裁判員になる可能性(義務)が課されたように、法律的に最善の全国民による救援体制が構築されるべきではないかと思う。沢山のボランテイアが闇雲に押し寄せる事は、返って現地を混乱させるだろう。

名古屋から大混雑の道路を闇雲に走ったことは救援を遅らせる渋滞に加担しただけであったかもしれない。(結果野次馬でしかなかったのだから・・・・。)

ミャンマーや中国においては国連対応による地球規模の取り決めによる支援以外に、現地の被災市民を助ける手立てはないかもしれない。
のど元過ぎる前に、大惨事の際の教訓により、最善策を世界規模で立案するべきであり、きっとそういった時にこそ、世界的団結の国連決議も可能になるだろう。

天災は、確実にリアルな環境問題であり、原点でもある気がする。
これだけ大規模な災害ですら、世界規模では何一つできず、それはいつの日か、目の前に現れる地獄絵のはずだ。
唯、運を天に任すか、神頼みとするかしか、知恵はないのだろうか?

一人でも多くの被災者の救済を祈るのみ!(でいいのだろうか・・・・・。)

5月 17, 2008   No Comments

ネットショッピング

しばらく、ブログをさぼってしまった。
この間、妙な罪悪感が伴って、それが快感でもあった。
その昔、授業をサボって図書館で好きな本を読んでいる時の「あの罪悪感」に似たものである。

多少忙しかった。
昨日は、一泊で所用で福岡へ出張、その航空券をネットで購入してもらった。飛行機ははじめて乗る、スカイマーク航空!??
「大丈夫かいな??」機内がいやににあっさりしている。テレビ画面がない。機内サービスも来ない。
無事羽田まで帰って着て、思った事は、「安全でさえあればこれで十分じゃん!」

値段はホテル一泊分(そこそこのシテイホテル)プラスアルファー程度安かった(らしい)。
羽田の駐車項料金が2500円。こちらは飛び込みの公営駐車場、きっとネットで買えば、半値以下であったのかも。

ネットの威力は、保険業界にも波及している。ネット専門大手生保が今月誕生するらしい。
若手キャリア組み3人で立ち上げたようだ。これまでには考えられない出来事だ。
すでにネット完結型保険が急拡大していることを気付かない「否ネット派経営者群」・・・・。

事務省力化は付加率低減、コンプライアンス問題を超えるキーワードだろうが、、、、。

そしてこの問題にチャレンジする「古手ノンキャリア」を目指そうと思う????。

5月 16, 2008   No Comments

蛸壺NPO

団塊世代の本格リタイアに伴い、NPO法人の動きが活発となっている。

テーマは高齢化時代下における医療、介護などに加えて環境問題とアクテイブシニアのボランテイア活動の場として大賛成で応援したいのだが・・・・・?

非営利団体の現状を見るとき、その弱点があからさまに見えてしまう。組織としての責任不在と事業計画のずさんさが非営利の名の下にまかり通ってしまうのだ。

おそらくNPO法人の多くは企業再生のプロという視点で言えば、債務超過で再生不能という事になってしまう。その理由は事業計画における支出は確実に現実になるが、収入計画にリアリテイがないという当然の帰結の場合が多い。

収入根拠は寄付や会費や計画がうまくいった時の「ればたら収入」ばかりで予算組みされてしまう。収入計画の狂いや大幅支出超過にも責任の所在を明確にしない。誰も悪気は無く、ボランテイアの結果でしかないのだから・・・・と。

そして蛸壺に戻り、じっとしていれば、いずれ新たなスポンサーが現れるかもしれない。
但し確実に被害者は存在する。企業スポンサーであったり、個人篤志家かも知れない。
又責任者である会長や理事長は冠であり、責任の取らせようもない篤志家の典型の場合が多い。

特に資金的行き詰まりが多くなるのは、企業側の状況変化による。蛸壺から出て新たなNPOへのスポンサーに手を挙げると、あちらこちらの蛸壺から手が出てくるのだから、企業側もたまったものではないと気付きだしたのだ。

同じような趣旨のNPOが次から次へ出現して、やがて責任を取れず蛸壺に戻っていく。登場人物の顔さえよく似たものとなってくる。

何とか統合再編できないか、再生の道はそれしかないのだから・・・・。
せっかくの冠や必要な趣旨が勿体無い。そして何よりも民間から出て、やっと地域デビューを考えた団塊シニアに愛想をつかされてしまうだろう。
育った世界が違うとはいえ、NPOサイドがその常識を変えなければ、活動出来ないのだ。

非営利イコール無責任ではありえないし、責任の取りようも無く蛸壺入りも結果的には最悪のだましのテクニックになるというのは民間企業の理屈であろうか????。

それでも、あきらめずに応援する姿にあきれながらも、自戒をこめて・・・・。

5月 9, 2008   No Comments