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Posts from — 12月 2008

年末の銀座

祭日の昨日、銀座にある娘の会社迄、電話でアッシー君を頼まれて、車で出かけた。

そういえばその昔、娘が大人に成った頃、「銀座でおしゃれなデートができればいいなー」なんて想像した頃もあったっけ?

たそがれ前の銀座4丁目、遠慮気味に「お茶でもするか?」と尋ねたら「いいよ」と珍しく素直な返事に戸惑いを覚える俺!

びっくりしたのはその後・・・・。
どの喫茶店も人待ちで入れず、この不景気を知ってか知らずヶ、銀座の年末は人、人、人・・

5件目で、銀座のはずれでやっと一軒「ノースモーキング」喫茶に出会えた。
夢に見た「銀座のデート」もタバコなしでは、10分と持たず。別段話すねたも無し!

「たかが銀座、されど銀座」を堪能し、娘に40年前、始めて観た東京、銀座を説明して、なぜかむなしく、自宅へ向かうしか能無し「これが現実!」

1000円ほどもするコーヒー代を物ともせず、あふれる日本人の消費パワーは「まだまだ余力ありや、はたまた日本経済最後のあがきや」・・・・・     考えさせられました。

12月 24, 2008   No Comments

孫たちのクリスマス

不思議な事に、何時のまにか「孫」と言う名の親族が4人もいる。
そして我が家は11人家族・・・・?

クリスマスと称して、この土曜日に10人が集合、(一人娘は仕事?で昨日から帰らず!)

この空間には、世界大不況の波など微塵も存在しない。
プレゼント交換を横目に見ながら苦笑する自分の影とはしゃぎまわる孫たち・・・・。

そのうちにオモチャの取り合いで泣き叫ぶこの世代の将来の子供たちと自分の「この子たちの頃」とが交錯する。

クリスマスは無かった。
正月の「おこずかい」50円が死ぬほどうれしかった。
周辺には近所の貧乏仲間しかいなかった。鼻たれ小僧たちは、その年頃には、みんな駄菓子屋にたむろした。

確か未だ、小学校へ入学前だったはず!
いつも「5円頂戴・・・」と泣き喚いてても無視され、泣き続けた自分を思い出す。

記憶が正しければ、本気で泣きながら、親に「金」をせびり、5円玉を握り締めて駄菓子屋まで走ったのが、5歳ころ・・・。

坂を駆け下り、広い車道を渡って飴玉を買って、しゃぶっていたあの頃の年頃に我が孫たちがさしかかっている。

4人の孫を注意深く引き連れて、「ツタヤ」まで慎重に、かつ緊張しながらプレゼントを買いに出た。

長男が心配そうに後を付いて来ていた。

この子達の将来に戦争は無いのか?
貧乏は無くとも、人情は育つのか?

いっそ大不況の経済崩壊こそ、人の幸せを創る好機とはならないか?

やがて「戦争を知らない子供たち」が消える頃、また戦争が起こるのでは・・・・

アメリカ不況を解決する治療薬が、ベトナム戦争やイラク戦争の「にのまえ」にならない解決策を探し出して欲しい。

「中国との戦争時には、核兵器で守って欲しい」といった日本のかつての首相はノーベル賞をもらっているようだ・・・・・。

幸せな「クリスマス会」がこのように見えもするのは、まだ若い証拠・・・・。
「孫」と言う言葉にすら強い違和感を覚えるのは「PA世代」とは関係ないか???

12月 23, 2008   No Comments

(続)金融危機VS保険(共済)

金融恐慌VS保険(ブログ)が難解すぎるとの批判が多い。
(続)編にて,持論をできるだけ噛み砕いて再度説明してみたい。

保険業が金融業に属する意味合いは、顧客の保険料(掛金)を預かり、その資金を運用することによって保険事業者は、利益や配当金を出す事業モデルであることに起因している。
従って、共済制度や新たに設立された少額短期保険事業においては運用が固く制限されており、とても金融業務とは言い難い。
又、保険事業と違い公的保護機構もない事から、少額短期保険事業については、金融庁届出事業ではあっても、経営リスクと消費者リスクの存在が、法的に明確にされているのである。ゆえに小額短期保険事業は、いわば純粋なる民間版共済保険事業とでも位置づけるべきである。
その上で、今一度、保険の成り立ちについて超単純化した上で考えてみよう。

「Aさん」の生命(余命)について、Bさんが一定のルールを作り、胴元として次のような掛金で広く募集する。
「もし1年以内に亡くなった場合は、100万円、5年以内なら、50万円、20年以内なら10万円を支払います。掛け金は1万円です。」
ルールは正確なる統計学上の理論武装がしてあり、胴元は確実に20%の利益を予定していることとする。
「Aさん」は残念ながら、いつかは「死」を迎えることになるが、それは幸い50年後かもしれない。賭ける側は、将来を予測して、(1年以内の死に賭けて)1万円で100万円を得する可能性にかける火ともある訳で、この場合100倍のレバレッジ(テコ)効果が発生することとなる。

この将来予測を統計や、経済動向、政治動向などで分析し、その誤差を集積して市場を形成すると先物市場が出現するし、この理屈を信用してリスク巾を計算できれば、その信用リスクを保証する「掛け」も成立する。
「宝くじ」も「公営競馬」も「生命保険」も同じ理屈で成立しているのだ。

損害保険の一商品として、倒産補償保険というのがある。
国内ではほとんど流通していないが、世界的保険市場では保証保険(ボンド)の一種で多用されているものだ。サブプライムローンも実のところ、この保険(保証)によって成立している。前者は企業の売掛金回収不能を保証するものであり、後者は、個人破産リスクを保証するものである。又前者は売掛先企業の信用度合のみがリスクの尺度であり、後者は住宅の時価額が担保としてリスク軽減の尺度とされる。
これらの保証証券をまとめることで更なるリスク軽減を図り、それを又、細分化して証券化して売り出す。
(ビッグ3やトヨタへの売掛債権は、99%安心と思われていたし、購入した住宅の価値は上がり続けるものと無理やり仮定された。)
これらの証券のリスクを全て引受けて(再保険受託)大儲けを企むところもあれば、高利回りを狙って投資する専門ファンドも続出する。これらの証券のリスク分析を金融工学と証して行い、AAA格とかBB格という風に勝手格付けする事業会社も発生する。やがて、この「格付け会社」は理論的に(公的にも)神話化され、プロといわれる機関投資家も、その格付けのみを信用して、高い格付け証券を無条件に信じて購入し、高い運用益を狙い出したのだ。

証券イコール疑似通貨となり、やがて信用で膨らみきった市場が出来、世界に巨大流通網が出来上がっていった。
形成された市場は経済、政治、気象状況などによって将来予測に変動が起こる。先物予測で小さな掛け金でも、より高配当をねらう事も可能になる。そして出来上がった実態と乖離した信用経済下のCDS発行証券が62億兆ドル????。

AIGという超大手保険会社は、この中核として、金融工学という名で理論武装を施して、保険、保証のプロを自認していた。全ての取引に投資家として参入もすれば、当然、保険者としてリスクテイクも行っていた。
(所有するCDSが、40兆ドル???  きわめて大きな自己資本、8兆ドルの5倍もの保証ということだ)

全ては米国一国主義(金融帝国主義)への過信で葉無かったか?。
残念ながら、多くの世界がその米国「一国主義」に巻き込まれ、その代償をこれから数年かかって、再保険料として払わされることになるだろう。
解決への道程や時間は定かではない。日本では10年かけて解決済みは真っ赤な嘘だった。まだ崩壊の過程の中にいた。

この状況でも勝ち組に富が再配分されて行きつつある。弱者への配分を少しでも多くする為にどう動くのかが、庶民にとっての今の政治的課題であることだけは確かなのだが・・・

12月 17, 2008   No Comments

3兄弟の墓参り

週末に、兄2人と大津まで墓参りに行ってきた。

神戸出身と履歴には書くが、実は本籍は大津のまま。
但し先祖の墓以外に知人すらいない。
昔は「近江商人の血を引く・・・」と言われるのが嫌で、何と無く本籍も隠していたが、なぜか、我が家ではいまだに家族全員本籍を大津に置いたままで今日まで来た。

長兄ですら、本籍地がどこにあるのかも知らないのには理由があった。
無くなった親父は明治生まれではあるが、大學出の一人っ子だった。
長兄は昭和6年生まれ。オヤジの歳から計算するとその年(昭和6年)の4月に卒業している勘定だ。
と言う事は学生結婚???
はたまた出来ちゃった婚???

当時の事だ。当然親(祖父母)はその結婚を許さず、母親は親父の実家へ行く事は無かったのだろう。
長兄は神戸で生まれたと言う。親父は日本郵船に就職し、社宅が神戸(住吉)にあったのだそうだ。

と言う事で、死んだ親父以外は、誰も実家の所在を知らなかった。
そのあたりの事情は兄すら聞いていないタブーな話題だったのか・・・・。

不思議なことに、オヤジの納骨の際、偶然にも菩提寺が発見された。
墓苑で「古宮さんですか?」と声をかけてくれたのがその菩提寺の住職だった。

寺には、今も古宮家の永代供養札が十枚ほど架かっている。その住職夫婦もなくなってしまったようだ。

さて、3年ぶりの墓参りで二つのことを報告してきた。
ひとつは、「晴れて初代として別の墓を造ります」
もう一つは「6代目(我が兄)が入るのを見届けて、必ず墓石を新しくします。」

実は3年前、やはり兄弟で墓参りして、墓石の新調を決めたのだが、その時には未だ現実感無く、何と無くその墓にみんな入るのかな・・・程度の認識でお流れのまま!

墓参りを無事終えて、大津プリンスで派する事もなし。兄弟げんかで時間を潰して、翌日は紅葉見物に「きよみずさん」へ
勿論紅葉など無かったが、今年の漢字「変」が前日に飾られたとかで大賑わいでした。

帰りのタクシーの運ちゃん曰く「男3人の京都見物など、あまリ見たことありません。どこか変でっせ!」
そういえば2日間で喫茶店8回も変??(最大の支払いがお茶代というのも変?)

今年が「変」なら来年は「大変」と俺!
次兄曰く「変の二乗で年賀状を作ろうかな?」
長兄曰く「みんなであの墓に入ろうや」
3人とも「変」の写メールを唯一の土産に、無事、新幹線まで辿り着きました。

12月 16, 2008   No Comments

OB会ゴルフコンペ

昨日、前職の「OB会ゴルフコンペ」に初参加してきた。

平日とはいえ、大宮国際には「元気なシニアゴルファーで一杯」でまずびっくり!

懐かしい、先輩諸氏のお元気な顔ぶれに敬意を評しつつ、実は後輩同僚の二人の見事な献身ぶりに感動した。

シニアコンペなのにカートが無い。(正直後半のハーフは息切れ気味!)

さすが、前の二組はグランドシニア(75歳以上?)用としてカート付き。

その組に若手(と言っても60チョイ前)の仲間「K君」と「Y君」が先導役としてつく。
キャデイさんはいても、気付かぬ配慮が必要だ。
3組目で遠目で見ていると、とてもゴルフどころでは無いのでは・・・・。

上がってきて、「お疲れ様、仕事よりきついね!」と声をかけたら、「おまけにカート代は割り勘ですからね。一度も乗れませんでしたけど・・・」とか??笑顔で答えてくれた。

「三つ子のサラリーマン根性100まで??」なんてとてもいえないが、「自分にはとてもまねできないなー」と妙に感心して、後輩シニアに大拍手!!!

さて、我がはスコアは・・・・・。

今年1年上達を期して臨んだ集大成の最終戦なるも。ドライバー、アイアンとも全く当らずに、内心、「チョウショック!」

スコアは「95」で、そんなに悪くも無いのに、予定の成果は皆無に近かった。
「それでも「95」だから、ごまかせるようになった、なんてまだまだ思えないよー」。

「よし、来年こそは」と一歩先んじて、ゴルフは新年(来年)に期して、年末から正月返上して猛特訓を誓いました!!!!。

12月 12, 2008   No Comments

金融恐慌VS保険VS共済(終)

これらのツケは既に世界に廻ってしまった。

米国的資本主義の終焉にむけてソフトランディングする為に、世界のマネーで再保険カバーされることとなる。故にこの不況は3年で収まるべくもない。(又も米国民は、一歩リードして「オバマ政権」を誕生させたのに、日本の現状はどうか・・・・)

日本の保険業法が大きく変わりつつある。
その最大の節目は保険の定義であり日本に定着してきた共済分野が保険というジャンルで統一される事になっている。
金融庁は無保険の共済を締め出すという大儀の元に小額短期保険業という届出制による「ミニ保険会社」の設立を可能とした。
その一方において、まさにAIG等による外圧によって、制度共済(コープ共済、全労災他)についても、「イコールフィッティング」と「コンプライアンス」を楯に、その枠(保険業法等)の中に取り込んでいく方向性が明確だ。

保険と共済は何がどう違うのであろうか。

これまでのジャンル区分でいえば、厚生省所管の「簡保」「公的年金」、金融庁所管の「生保」「損保」各種団体所管の「制度共済」及びどこの所管しない「私的共済」(無認可共済)となる。
団体構成等によって、特定マーケットに対する販売が認められていた「制度共済」に比べて広く不特定のマーケットに対して販売される「生保」「損保」については詳細に渡る法規制があり、金融庁によるきびしい検査体制が敷かれている。

 残念な事にこの保険業界においてコンプライアンス強化が叫ばれて久しいが、最近あいついで大きな不祥事が発生した事実の一方で、共済分野においては表面的にそれらの事実は起こってないという皮肉な現実をどう考えればいいのであろうか?

これらの背景を受けて、かつ新たな保険業法や生協法等の改訂を踏まえて、今、小額短期保険事業にチャレンジする事となった。
わずか50億円/年の売上しか認められない保険会社ではあるが、所管はもちろん金融庁となっている。

1年間に渡って金融庁とのハードネゴの末10月末をもって無事届出が認可された。

この新会社のねらいはなにか?

結論空言えば、保険は共済と「相互扶助」に基づき同根であり、あくまでも「共済」の精神を法的整備を加える事で残しておくべきであるとの考え方がある。

すなわち、金融庁所管の「共済」イコール「少額短期保険」と位置づけ、徹底したコンプライアンス体制下で共済商品を純粋な(金融商品ではない)保険事業分野とし、従来型保険業法(又は保険事業)と一線を画していく考え方で本事業を考えていきたい。

少額短期保険事業はその性格上(少額かつ短期)、運用利益は求められないし、金融商品化することもありえない。

故に、共済保険として相互扶助精神のみで自立した商品化が可能となる。従来の共済の自由度は無いが、料率(掛け金)を透明化徹底した割安化も可能である。
マーケット特性や顧客特性に応じて、どこまで「助け合いの精神」で料率低限が可能か、又事業費削減についても根本的見直しが図れるはずである。

ちなみに新会社の運営は現在10名のスタッフで全てをこなしているが、その月当たり人件費は300万強である。
(スタッフの70%は55歳以上、それぞれ十分に元気でモチベーションも高く、勿論キャリアも十分300万/月は保険会社トップ1名の人件費程度)

出来上がった商品と料率は画期的なものと自負している。これは共済としての相互扶助という長い歴史とノウハウによって出来上がっている。一切の無駄の排除を最大目標に、かつ安全率を十分加味したものでもある。

保険事業はそもそも金融事業商品と共済型商品に区別されるべきものである。

従来の保険事業が金融分野であることから所管は金融庁となるが、共済型保険(少額短期保険保険事業)は、厚労省所管が正しいとも言える。
公的保険の運営破綻が起こる中、そもそも保険としての事業厚労省他の「保険ノウハウ不足」は目を覆うばかりである。
今一度基本に戻り、それら不祥事の根源を考える意味でも保険共済事業の基本理念を問う時である。

縦割り行政の矛盾と政治の不作為が、今日の金融危機や金融、保険分野の不祥事をもたらしてることとして、あえて強く提言するとともに、これら根本的解決に保険・共済事業が深くかかわる問題についても指摘するものである。

12月 8, 2008   No Comments

「遼君」の追っかけ

最近ブログが難しすぎると「お小言」を戴いた。

「忙中閑あり」で神童さん絶賛の「遼くん」が読売カントリーで活躍する姿を追っかけ観戦に行ってきた。

9時半に会場に着いたら、早、大変な入場者!
中には本当の追っかけ、「そろいのTシャツ」姿のオバサンたちも・・・・。

「遼くん」だけを追っかけたが、当然入場者の半数が彼について廻るから大変!
それでも何とか、近くで彼のショット、パットを観察。

ドライバーの弾道は高くて、初速が速くて、目が追いついていかない。
落ちどころは飛びすぎてとても見えない。

アプローチ、パットはさすが一流のプロ・・・

残念ながら、パットが入らず優勝は逃したが、来年からしばらくは賞金王間違いなしと見た。

童顔の美少年である事は間違いないが、プレー中の真剣な眼差しは、すでに「勝負師」の風貌であり、テレビの顔とは随分違う。

帰宅して、ゆっくりとテレビ観戦の戦略には間に合った。
やはりゴルフ観戦はテレビで・・・。

ゴルフ場はプレーに行くものと悟った。
そういえば、プレー中にも拘らず、携帯が3度ほどなったのが気にかかったが、「遼くん」人気ではやむなしか??

同伴プロたちが、どう理解するかがポイントだが、彼の実力はすでに超一流であり、「遼くん」が当面のゴルフ界を引っ張っていく事だけは間違いないだろう!!!

12月 7, 2008   No Comments

金融恐慌VS保険VS共済(2)

保金融工学=デリバティブ=金融派生商品=レバレッジ=テコの原理=保険理論

保険理論のベースは「相互扶助とリスク分散」を統計的に「保険数理学」上に組み立てる事と理解している。
もっとも単純化して生命保険的に説明するならば、「人の死亡」というリスクを広く他人同士において相互に補完し合う為に、統計的に一般的平均余命を算出し、年令や性別でそのリスクを分散、レバレッジをきかせて(1万円/年の死亡保証リスクを10円の掛金として/100倍のレバレッジ)商品化(料率化)する仕組と言う事になる。

この考え方自体は生保・損保とも変わらないはずだが、「相互扶助の精神」(保険・共済)をはずしてしまうと「競馬」や「宝くじ」の理屈となんら変わらなくなってしまう。
すなわち競馬や宝くじを金融商品と化粧しなおして売り出すのと同様の仕組みがデリバテイブの原点でもある。

 料率が(統計学的に固定されて)公的に決定されてしまう事によって、「胴元」は必ず儲かる仕組みにもできるということだ。

このような考え方を金融商品として位置づけ、無理やり理論化を試みたがものが、アメリカ金融工学と云われ、「デリバティブ」と横文字化され、その上おまけに細分化して再保険証書(ボンド)と化していったにすぎない。

サブプライムローンも、これらの流通過程においてローンを証券化、再保険化して金融商
品として世界に流通させた意味において「デリバテイブ商品」の象徴(代表)でしかなく、既に米国発「金融サリン」はその他大勢で欧州、中国、日本へと米国市場原理主義神話と同時に、散布済みであったのだ。

米国市場発のCDS(クレジット デフォルト スワップ)商品は62兆ドル(6200兆円)に及ぶと既に公表されている。(実に天文学的金額なのだ!)

 AIGはかつての「ロイズ」に変わって、世界に冠たる保険会社であった。
故にこれら金融商品の買い手でも、売り手でもあり、もちろん保険会社(胴元)でも有り得たのだ。(CDSで大儲けができるはずであった?) 
そのAIGが倒産すれば、もちろんそれは単に一社の損害に留まらず、たちまち米国を越えて世界の企業及び機関投資家たちに絶大な被害を及ぼす事になる。
テコの原理が100倍~1000倍に膨らんでいく大洪水は目に見えているのである。

同様の(超)小型?事件が2001年、日本の損害保険業界で起こっていた事を想い出す。

 「9.11テロ」は世界を恐怖に陥れる大事件であった。一方その事件の陰で日産,大成という中堅損害険会社が静かに消えていった。
小生の元所属した「あいおい損保」も前述のごとく1000億円程度の支払が発生した。同社にとっては未曾有の大事件であったのはいうまでも無い。
その理由はしごく簡単であって、日本ではこの3社が、胴元として最終再保険受託リスクを持っていただけであリ、本業における損失と言える。

問題は、保険理論が資産運用という視点と混同して組み合わされ、、再保険引受額が膨大すぎたのである。
再保険システムが、完全派生していく前の段階において、胴元として流通を完結させる事で、利益拡大に向けて、デリバテイブが現実化し、実被害を填補することとなったのだ。

日本におけるその支払額については、全て無事実行されたはずである。
もちろん事故になり、支払不能となれば、その被害額は顧客(賭け側)に還元されてしまう。

2社はその支払いと共に消えて行き、あいおい損保はかろうじて、その支払余力を保持していたことで、今も元気な会社として、がんばっているにすぎない。

今回の米国金融破綻におけるAIGの保険填補額及び実投資額は、いかに巨大会社であっても、その領域をはるかに超えていたはずだ。

米国の選択はリーマンを破綻させ、世界を震撼させるとともに、AIGを公的資金でささえる戦略をとらざるを得なかったのだ。

AIG傘下の「アリコジャパン」に2兆円の値がついている。(きっと純資産ベースでは、その2倍程度もの価値があるかもしれない)それらを売ったところで、支払不能(破綻)は目に見えていたのであって、米国自身にとっても、公的資金の追加は今後とも計り知れない。続く!

12月 6, 2008   No Comments

世界恐慌VS保険VS共済(1)

米国発世界恐慌に関しては、ほぼ一致した危機感の共有があるものの、今ひとつ日本には、現実感に乏しいのはなぜだろう。

それは、個人にその恐怖が及ぶ前に、法人がその結果を被る順序からくるのだろう。

年末資金手当てはすでに十分だなどとのんきなコメント出す自民党と今頃歩き回って、対応済み中小企業のご機嫌伺いをしている「アーソウ」首相、それを日本のトップとして容認するマスコミの「ノー天気トリオ」が理由に違いない。

今、必死で金策に廻っている零細企業社長は寒空の中、すでに理解している。その仲間は想像を絶するほど多いはず。その配下にある無数の従業員やその家族は、そのことにまだきずいていない。

年末までに彼らに「金」は決して届かない。
そして春を待つことができず、本当に寒い正月を迎える家族が続出してしまう。
一緒に年度末まで生き抜く知恵を搾り出してもらいたいものだ。
残念ながら、年度末には第2陣の多くの犠牲者も出るだろう・・・・。

上場企業勤務ではない(年金生活者でも無い)全ての勤労家族は今、そんな対象となっている事に気付くべき・・・・どうする事も出来ないが・・・・。

そんな金融大恐慌の根源が日本型(サブプライム)バブルに捨象されてしまってははいまいか??(当時日本でも十分にサブプライムが存在していた!)

アメリカ金融工学の破綻とも言われているが、とても工学といえるような代物ではなかったと最近になって声高に唱える学者もいる。

私は、30年ほどに渡って保険業界にお世話になった。
業界には珍しい中途入社組みであった。入社仕立ての頃、この世界はどこかが違うと匂いは感じつつも、相互扶助の崇高かつ合理的考え方に洗脳され、どっぷりとその世界で生活(家族)を維持してきた。
我が儘退職と言われて丁度4年が経過したところだ。

今またその業界で「新たな保険会社の創業」に老骨鞭打つ現状に、なぜか情けなく思っていることを正直に告白しつつ、論を進めたい。

世界の「リーマン」が見捨てられ、それよりも数倍痛んでいるはずの「AIG」が救済されたのはなぜか?
偶然にも、今回の金融危機の情報を多少早耳で察知できたのは新会社準備の為、なぜか「アリコ・ジャパン」(AIGグループ)をにらんでいた事から始まった。

米国金融工学の正体は、古びた保険理論の焼き直しでは無いか?
すでに、保険の原点と言える「ロイズ」は実質破綻しているのに・・・・。

(そういえば、現役時代 「9,11」で元?当社は1000以上億の損害を被ったっけ!
なぜかサブプライムでまた同程度の傷を負う??。
その傷の大きさに気付いているのか、いささか不安になり、あわてて、本社の門をくぐったっけ!
それからなぜか再三通う事になってしまったのも何かの因縁?・・・・、誰にも理解できないだろう不思議な因果??)                                                                ・・・・つづく

12月 2, 2008   No Comments