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Posts from — 4月 2009

ミーハー的読書「次郎」と「康次郎」

次郎は「白州次郎」「康次郎」は堤康次郎である。

NHKのドラマを見落としたおかげで「占領を背負った男・白州次郎」を読むはめになった。名前くらいは知っていた。神戸一中卒の三田出身は我がおふくろの里に近い田舎の出と言う事だ。かの「吉田茂」のかばん持ち暗い知識ながら、なぜか気になる人物ではあった。

一方「堤康二郎」はあの西武王国の創立者!、これは我がオヤジと同じく、近江の出である。
二人とも偶然にも両親の世代と出身地でも重なった。

猪瀬副知事の事務所で「ツタヤには猪瀬さんの本は一冊も無かったよ」と嘯いたら4冊も買う羽目になった。帰って早速読み始めた彼の唯一のヒット作「ミカドの肖像」が堤康二郎の「ミカド」達の住む土地泥棒から始まって、「プリンスホテル」というブランドまで奪ってしまったと言う話(知らなかった)・・・・。
2冊とも「聞く」と「読む」とでは大違いの傑作ではあった。

オヤジについては、40過ぎに生まれてしまった4男坊にとっては爺臭さしか、印象に残らないものだ。
なぜか明治生まれの大学出で、戦争も知らない没落オヤジを尊敬などできなかったと言ったら長兄にえらくたしなめられたものだ。
そういえば兄貴は母親からさえ、なぜか「坊や」と呼ばれていたっけ?

戦時中でも天下の「郵船」社員は兵役免除だったとか?ホントかいな??
「白州次郎」も戦争と敗戦を見越して、東京の片田舎で農民になって終戦を待っていたとは、ホンマかいな???

堤康二郎は東京大空襲の際にも地下にもぐって、土地買いのために電話にかじりついていたらしい。

たった60年程度前の「ノンフィクション」小説なんだから全てがリアルであるはずだ。
戦前からの小金持ちの苦労と栄光の物語ではあるが、一方でオヤジやお袋たちの苦労も偲ばれるし、当時のものの考え方も多少は理解できてきて、引き込まれずには居られない。

白州次郎は「マッカーサーにたてついた男」としてドラマに成って行くのだが、GHQのあてがいぶちの「日本国憲法」については、むしろ「プリンシパル」があるとして、なぜか肯定している。
勿論「恒久平和」と「象徴天皇」に「プリンシパル」ありと言い、一方で、戦後の日本にはプリンシパルが無くなったと嘆くのである。
(ちなみに彼ら自力で作ろうとした憲法もGHQ憲法に近かったが、なぜか潰されてしまう)

こんな考え方に、なぜかオヤジの匂いを感じるのは、明治人の持つ独特のジェントルマンタイプから来るのであろう。(親父にも、かすかにそんな匂いを感じ、現実の敗戦日本との誤差に強い違和感を感じていたのではなかったか?)

むしろ、プリンス達の「城」を不動産ネタとして大成功を収めていく、堤康二郎が日本の典型的オヤジであったろう。二人の生き様は同じ戦後の日本を生きる両極端に位置する人物像である!

但し、二人ともが戦前からの「エリート」勝ち組ではある。
敗戦の辛苦をなめて生き抜いた多くのオヤジ達や戦場にはかなく散っていった名も無き戦士達の数は計り知れないのだ。

猪瀬氏が言った。
「総理の靖国参拝くらいに目くじらをたてる意味など無い。」
「2度、靖国の鳥居はくぐったが、それでも中には入れなかった」自分・・・・。
同世代の彼も「全共闘」に強いシンパシーを感じていたはずなのに・・・・
(いや、彼こそ確信犯として、大衆を先導していたのでは?)

その猪瀬氏の地方分権革命路線に現代の「竜馬」を予感したりもするのだが、彼は大久保利通を選択するのでは無かろうか?

「プリンシパル」は「原理・原則」であり、日本国憲法のプリンシパルを底辺に置きながら、日本人による憲法制定の必要性を感じる。
やはり、ここを越えなくして日本の完全自立は来ないのだろう。

学校の歴史で学ぶ事の無かった「近代日本史」に、今更ながら強い興味を引くのは、やはり「歳」の性だろうか・・・・。

4月 29, 2009   No Comments

「猪瀬副知事」との会食

 先週の土曜日だった。夜の十時過ぎ自宅では引き出しに仕舞ってあって、気づかない筈の携帯電話の振動音に珍しく応答した。

番号通知ではだれからかわからない。
飛び込んできた声は「猪瀬ですが・・・」 
「???」
「神童君の友人の猪瀬です!」「エッ・・・・」
思わず直立不動になった自分がいることが腹立たしい。
「来週の夜いつでもいいから、あえないかなー。週明けにでも、この電話にスケジュールつけば電話してよ・・・」と言う事で理由不明のまま電話を切っていた。

と言うわけで、昨日の会食となったのだった。
西麻布の閑静な住宅街にある彼の個人事務所を訪問した。
神童さんと彼が会いたいとリクエストされた「Yさん」との3人連れである。
さすが、売れっ子作家(と言うよりも売れっ子政治家)の事務所はまるで私設の図書館!

しばらく事務所を拝見した後、近くの「こじゃれた」料亭で3時間の会食となった。

彼のメジャー作「ミカドの肖像」は向かいのツタヤには置いていなかった。、唯一あった「こころの王国」を読んだのは、2週間前に彼と会える機会ができた際、一夜漬けのにわか勉強であったが、正直彼のその文才にはまって仕舞っていた。

政治家「猪瀬」は知らないし、テレビで見る限り好きなタイプではなかった。
間違いなく今日の会食は「政治家」猪瀬直樹であるはずだが、彼の事務所を拝見して、やっぱり「作家」猪瀬であるべきでは・・・と余計に感じてもいた。

彼は、直前まで政府主催の「地方分権委員会」にでていたはずである。
彼の私設図書館には読みきれないほどの本の間に、道路公団民営化の為の膨大な資料と、早くも地方分権に向けた資料が山積みになっていた。

話題は、「道路公団民営化の苦労話」から「オリンピック招致問題」「築地市場移転問題」など多岐にわたったが、やはり「地方分権を本気でやりたい」と言う彼の熱意が最大の主張であったようだ。

「環境立国」と「地方分権」・・・・彼の政治的最大テーマとの論には大賛成であり、全く異論なし。

それにしても、果たして彼は忙しい中、なぜ会食をリクエストしたのだろうか????。

会食途中、橋下大阪府知事から長い電話がはいっていた。
地方分権に向けた薩長同盟のように感じなくも無い。
果たして猪瀬氏は「坂本竜馬」となるつもりなのであろうか??。

ふと、自分が竜馬になったような大きな錯覚にも陥るような不思議な会食となった。

政治は常にこのように夜の料亭で作られていくのだろう。

この会食も語られない歴史の一こまであれば、面白いのだが・・・登場人物からしてそれほどのものでもないはずだ!!!。(なぜか??、訳の解らぬブログと成りました。)

4月 26, 2009   No Comments

ラストラン(2)矛盾

退職からの5年間を書くつもりだった。

シナリオは十分に出来ていたが、中々筆が進まない。
事実のみを書こうとすると、なぜか自己矛盾が発生してしまう。
面白くない。
面白くてもその背景が書けなければ意味が無い。
そこにはやはり読み手が存在し、意識してしまう。

思えば「矛盾」との戦いが人生であり、苦悩でもある。
自己矛盾へのチャレンジに耐え切れず「死」を選んだ英雄達も多いが、それを楽しむか無視して生きる人生も存在する。

矛盾を拒否しては、生きることができなくなる。

学生時代のテーマは「社会矛盾の是正」こそ生きる道と理屈を建てながらも、就職を選んだ自己矛盾。
絶えられず選んだ田舎繊維工場での労働者も経済的将来性に耐えられず、選んだプロサラリーマンの道。
エリート(プロ)を拒否しながらも、企業矛盾にチャレンジし、自己保身のためにのみ戦い続けた長い日々。
「家族」の育成は成ったのかもしれない。

なぜ投げ出したのか?
「男のロマン」、「意地」と「成り行き」、「失敗の責任」
サラリーマンは決して「気楽な家業」ではなかったが、安住の地である事も間違いないはず。

今日、将来有望な若手サラリーマンに「退職相談」を受けた。
無責任のそしりをうちに意識しつつ、本年では退職を暗に薦めたかった。

やりたい事、観たいもの、知識欲が今頃になってふつふつと湧いてくる。

何のために? 
自分のために?
子供達のためにでは大嘘になる。

矛盾の是正は人間の永遠のテーマであり、生きる原動力なのだろうか?

「男のロマン」とは何か?
いまだに解らないが、どこかに男(人間)の「意地」はある。

答えは見出せないまま「ラストラン」へのスタートだけは切ったようだ。
ゴールは全く見えてこない。
そこ(到達点)こそが「死」であれば幸せなのだが・・・。

4月 22, 2009   No Comments

青春「7時間」対話バトル

今週はさすがに疲れた。

偶然でも無いのだが、業務外の時間を使って、世代ギャップを埋めるため連夜に渡って3人の後輩達との会話で延べ12時間が費やされた計算になる。
当然寝不足は、老骨には答えるのだが、十分気だけはまだ若いと自己満足している。

その最大の時間を費やしたのは、本ブログにもしばしば登場してくれる「POKO」君。
彼は丁度一回りほど若いはずだ。

場所は前回と同じファミレス!(この時の会話は古いブログに・・・) 
二人とも酒が飲めない。
注文はコーヒーにサラダ2品、5時間後にケーキ2品・・・・。
時間は夕方6時から夜中の1時半まで!
実に7時間半が経過していた。

振り返れば、「狂っている」(適切表現に有らず)としか思えないが、ほんとに気が付けばその時間だった事に驚く!

7割もこちらがしゃべっていただろうか?
彼が、聞き上手だったのか?
もし説教じみた話で終始していたとしたら相手はどんなに迷惑な事か?
この時間に意味があったとはいえ無いまでも、最低限苦痛ではなかった事を期待したい。

彼の事が大好きである。
しかし対話の基本は政治的に大きく左右に分かれるから楽しくもあるらしい。

「何でそう考えるようになったのか」に興味が走った。
遂に理由は解らなかったが、どこかの時間軸か、環境によってこうも常識論にさえ開きがでるものか・・・。

一致点は全くでない。
しかし思考回路や心情はそっくりであると思うのだ。
ほぼ同じ時代を12年の誤差で生きてきたことによるものか?
はたまた、常に偶然でしかない生活環境の違いか?

その他の二人とは2時間づつ・・・(もう一回り半ほど下の若者。
3人とも事業家という共通点は有った。

しかし、いずれも価値観の原点は、間違いなく違ってきていることに気付く残念な結果?。

次男坊が、かつて皮肉的に云った「オヤジ、バックレルのは若者の文化の一面だから、それを理解できないと付き合えないよ!」・・・がずっと気になっている。

青春は決して帰っては来ない。寝不足は確実に体調を崩すのだから・・・・。

「ポコさん」お付き合いありがとう。
前日も一時半だったのに、よほどうれしかったのでしょうね。

新聞は、大人になると「朝日」も「読売」も「日経」も「産経」すら同じです。
単なる迎合的商業新聞で生き残りを賭けて自己保身の為戦っています。
経営はみんな苦しいのですから。
故に「産経」にのみ正義を見出すより、全てを否定した方が楽でしょう。
「赤旗」も「生協新聞」もみんな・・・・。それが資本主義社会の宿命です???。

4月 16, 2009   No Comments

ラスト・ランへ(1)

いつの間にか4月、新年度入り!

サクラが美しく見え出してはや5年が経過したのだ・・・・・?
「光陰矢の如し」!  」駆け抜けていく。

辞任を決意(辞表を提出)したのが、5年前の3月末。
9月末に無事退職して、起業したのは暮の12月だった。
初年度は、海外へ6回もいけた。
去年は遂に果たせない忙しさに戻っている。現役時代より忙しくなっている。
いや、完全に現役復帰以上のストレスも重なりつつある。

何とか、この5年の貴重な体験も踏まえて、ラストランに向けて準備をして行こうと思う。

マラソンを走るかのごとく、長くゆっくりとしたペースで「生きていける」様に・・・・。

生涯現役で有り続け、かつ続く後輩達にも迷惑をかけないよう、最大限意識しながら!

その為に、この間の5年間も「団塊世代が行く・続編」として綴っていきたいと思っている。
「ラスト・ラン」と宣言しながら・・・・。

4月 6, 2009   No Comments