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Posts from — 8月 2009

キャンペーン秘話(2)

(成功事例とおぼしき体験談など書こうと思うとたちまちブログにむかうのが憂鬱になる。
とても自信がもてるものとの客観的判断がつかないから・・・・。)

28歳の新入社員は営業係として、練馬支店に配属されて1年ほどが経過していた。
営業職を逃げ回って、工員になったはずが、なぜか舞い戻って叉営業職・・・。

しかし給料は確かに倍増していた。
何よりも営業といっても間接営業の世界!
逃げ回りつつも体験したのは、直接営業の世界であった。営業といってもその世界と比べれば天国の日々であった。

「プロの営業マンなら空気でも売れる」がわが師匠の教えであり、それを実践する姿を目の当たりにしながら後ろをついて廻った日々がある。

これが、業界を甘く見た原点であり、営業の落伍者を生意気な営業担当者として自らを育ててしまったのだろうか。(振り返れば気付くことも多いものだ)

そんな業界内キャンペーンでは、販売代理店をキャンペーンでいかに煽るかが重要な仕事となる。
そこで仲間の営業担当者に相談した。
「キャンペーンでは、我々も直接販売をしようよ!」
当時この提案は決して当然ではない。餌をぶら下げて販売店をいかに走らせるか・・・・。(当時のよき時代の感想としておこう???。)

「個々のの販売店の目標(入賞)を我々がクリアーして、その目標値を確実にこなしてくれる我それぞれが最も信頼できる担当販売店にプレゼントして、率先垂範の姿を見せようよ!」
「我々も、汗をかき、競う姿をキャンペーングラフに示したら、きっと販売店は力以上のパワーを発揮してくれるよ」

若い担当者3人には、うまく説得して乗せることに成功した。
係長がOKするかどうか?
係長も当然担当者の一人、4人が20件づく集めれば80件、確実に販売店が請け負ってくれたら+80件以上・・・・。

4店の販売店で160件が可能となる計算が成り立つ。
当時その支店における販売店数は約140店、一店1件稼動で140件は読めるはず。全国制覇のための予想件数を300件と読んだ上での机上の皮算用だった。

チームを4つに分け、グラフは営業担当者のみを公開するとした不思議なキャンペーンとなった。どのチームにもエースで4番が存在するが、それは勿論マル秘扱いとした。
係長は抵抗した。
「邪道である」との一言だった。

「80件は3人で頑張ります。3人で先行してひ営業部門を駆け回りますから・・・・。」
先手必勝である。会社上げてのキャンペーン協力しないはずはない。
しぶしぶ、係長のOKが出た。

途端に3人で手分けして、いや3人で協力して本社を走り回った。上から順番に・・・・
社長、商品担当役員・・さすがに未だ誰も来ていない。(支店長にも内緒で飛び込んだのだ)
勿論、各自親戚、知人からもかき集めた(はずだ)

かくして、300件の目標はキャンペーン締め切り3日前に見事にクリアーしてしまった。

問題が発生した。締め切りができなくなったのだ。
チームの優勝はどこか?
個人優勝は誰か???

オーバーヒートした販売店は、チーム優勝と個人優勝を目指し、3店が締め切り時間を過ぎても下りる気配がない。夜中の12時が過ぎた時点で已む無く下りてもらうべく2店を説得する事で、無事キャンペーンが終了した時、自然に「嬉し涙」が止まらなかったのは、未だ若かったからだろうか??

優勝チームと優勝販売店はどこであったか?波動でもいい!

目標数字は倍増し、勿論圧倒的全国制覇を成し遂げたのだった。
                              (続くかも・・・・)

8月 20, 2009   No Comments

キャンペーン秘(悲)話(1)

 新たに立ち上げた保険会社(医療保険専門)で社内キャンペーをスタートさせた。
(日本で一番割安であり、かつ他社が追随できない画期的商品であろうと自負している。)

全職時代は、常時何らかのキャンペーが走る営業スタイルに少なからず、抵抗を抱いていたので、このキャンペーンについても自問自答する日々もあった。

キャンペーンは、売れないものを無理やり売るイメージが付きまとう。
企画(本社)側はそうではなくても、受け手側には、そう見えてしまう事が多い。
特に営業職にとっては、当然常時キャンペーン(戦場)であって、キャンペーンはそのプライドを損なう存在とも捉えられるから・・・。

常在するキャンペーン型職場にあっては、当然「流し打つ」ものと「確実に圧勝」するものと選択するほかない。絞り込めば、絞り込むだけ集中し、戦略が生まれる野は当然である。
いわば、営業現場における企画、立案、成果を競える醍醐味の味わえるものともいえなくはない。(なぜか、(理由は後で)こんなことすら理解できていない営業現場も多い)

 35年も前の話である。新人営業マンにとって、またとないチャンスが到来した。積み立て型の傷害保険が各社一斉発売となった時期である。
まず、その商品を自分なりに徹底研究して、納得する事からはじめた。

右肩上がりの経済環境の中、5年間の積み立て型保険では、最低限でも保険という利息は確保できる。すなわち付き合わせても(付き合っても)損はない商品である・・・・。

自分なりのシナリオを描いてみた。
このキャンペーンで数ある支店のナンバーワンを確実にする件数見込みとその勝算をはじいてみた。そして支店の仲間(といっても、ほとんどが上司)に相談した。当時の支店長は偉かったから全員でその企画を上申し、OKをもらうステップが必要であった。
キーワードは、「地味な支店と支店長を男にする!」

当然、仲間のうちベテラン係長が反対した。
平和な時代の係長はリスクをとらない営業スタイルが当たり前、でもリスクなど発生しないのだ。多少の個人的オーバーワークを除けば・・・

企画は難航の上、無事通過し、全国でも一般的キャンペーンが始まった。
様々な企画で、当然全国も動き出す。
全国の中でも、真に競えるよきライバルを見つける必要があった。
社宅を同じくする日ごろからお世話になりっぱなしのある支社長に、あえて挑戦状を投げた。

「うちは全国一を目指します。互いに競いませんか?」
もちろん受けて立つ行動力と統率力を持つその先輩も密かに全国一を狙っていたに違い無いと踏んだのだ。

結果は、その二つの支店、支社が圧勝した。
支店の部、支社の部で栄誉ある?社長表彰を受けたのは、その3ヶ月後であった。
(質、量ともに我が支店の圧勝(日本一)であったとは、内心の自己満足でもあったのだが)

新人営業マンのデビュー戦であった。
そして支店としてのチームプレーで完勝できた事も喜びを倍増させた。

振り返れば、サラリーマンとしての出発点(原点)でもあリ、その後の長い営業時代を支えてくれた「キャンペーン」であったと振り返りながら気付くのである。

「勝利の秘策」とは何であったかは、次回に・・・・。

8月 14, 2009   No Comments

コンプライアンス論(2)

 昨日の日経夕刊トップで、「上場会社の年間監査コストの平均が3億を超えた」と大々的に報道されていた。
一方で国内監査法人がずいぶんとコンプラ違反でつぶされていく実態もある。

中々一般には理解しがたい現実であるが、アメリカ式会計の導入以降、資本の横暴を規制する為のコンプライアンス理論は誰一人否定できないまま、今日に至っているわけだ。
(アメリカでは、会計基準のルール変更で企業防衛が始まりつつあるのだから困ったものだ)

あらゆるものが、米国ご都合主義の産物である。
マンハッタンを日本が買い占めた際の後遺症は、今だ「戦後は終わらない」状況といえる。真珠湾攻撃の際の日本の驕りと似た当時の経済のミスリードに端を発している。

コンプライアンス対応はコンピューターに集約されていく。
すなわちIBMの力なくして、コンプラ解決は不可能となりつつあるのだ。我が故郷の損保業界においても、おそらく国産コンピューターでの保険システム企業が無くなることとなるだろう。
残念ながら、それが効率化と世界規模の金融マーケットへチャレンジする業界再編の答えと考えざるを得ない。

10円を競って、営業を続けてきた(青春時代の)わが身にとって、合併時に知り得たシステムコストの膨大さは、コンピューターは怪物と化し、(事務処理マシーンなどではなく)それを維持する為の必死の「竹やり営業」でしかなかったことに気付き、むなしさを覚えたものだ。
(大福帳と人手で事務処理など可能なはずだ?と本気で考えたものだが・・・・)

今、保険の原点に戻り、商品開発にチャレンジして気付くことは、やはり行政指導とコンプライアンス対応に尽きるのだ。
半値で売れる商品を完成させてみたものの、次々と事後発生するコンプライアンスの縛りは、行政との法律解釈論であり、コンプライアンス上の戦いとなる。

優秀な官僚(ノンキャリ)が一生懸命に対応してくれる。
だが、彼らのコンプライアンスは法律書を片手にしながらも、霞ヶ関であり、もう一方での人情であったりするから困リものである。
已む無くこちらも人情と努力で今日も明日も当局へ出向かざるを得ない・・・・。

天才キャリアたちが、安月給でこの国を創ったことは承知している。
天才スポーツマンたちが巨万の富を稼ぐ事には何の抵抗もない。
問題は、キャリアとノンキャリアの相互扶助体制がこの国を創ってしまったことではないだろうか?
(天才キャリアのみが、巨万の富を得ても大した額にはならないのだが・・・)

天才キャリアたちは、そんな事実が見えなくなっているのだろう。
プライドだけはは今だ捨てず、世間知らずをものともせず、この構造の中で守られる多くの利権が無駄を呼んでいる実態にきづくべきなのだが・・・・。

コンプライアンスの美名の下、奪われる国力も間違いなく米国からの付回しである事に、天才たちが気付くことを祈りたい。

そして新政権の下、今一度この国を作り直すのも天才キャリアたちの力以外には無いのだから、あきらめずに自己反省の上に立って、(職場放棄等せずに)真実を見つめてほしいものだ。

8月 13, 2009   No Comments

コンプライアンス論

 昔一度、同様のテーマで書いたことがある気もするが、まーいいか!

コンプライアンスが、急に叫ばれだして10年以上になる。
前職における役員研修で急に飛び出してきた講師がなぜかあの「木村剛」氏だったっけ。

その後の日本におけるコンプライアンス・コストは膨大で、間違いなく日本の経済成長に影を落としているのだが、それに気付く人は少ない。

最近、新事業で行政当局と折衝・調整する事が多くなった。
そこで気付くことが、「折衝か指導か」の相違であったりする。勿論折衝の立場でおもむくのだが、必ず指導される側に廻ってしまうことに気付くのだ。

場所は必ず当局であり、時間指定を受けるのは公共の場であるから仕方がないが、折衝は、法の解釈についての相違であったり、往々にして法解釈上こちらに理がある場合も多い。
(当然細かい部分を事前に確認した上で赴くのであるから、アールラウンド対応の彼らと比べてそうなる事も多いのだ。)

ところが、指導する立場と慣習において強行にその意見を推し進めてくる。
明らかに法に書かれていないことを指導する事は、立場の上で違法である。
行政官が、その立場で法に書かれていないことをこれまでの慣習において、指導する権利はなく、行政手続法にも触れる。

やむなく公式見解として、記録に残すと主張すれば、彼らは拒否する。一方で彼らはこちらの発言の全てを記録しているのである。

コンプライアンス・マニュアルが最も必要な職場が、役所であるべきと考える。

きっと日常的に行われている法的根拠のない指導は、法に基づいてのみ指導できる法のプロが犯すコンプライアンス上の問題であり、日常的に行われ、誰もそれを指摘していない実態があるのだろう。

守れるはずのない法を放置している事も彼らにとっては、コンプラ違反となる。
(これも日常茶飯に存在しているはず・・・)
行政官におけるコンプライアンス・マニュアルは、より厳しい内容になる。
おそらく、マニュアル存在はするのであろうが、そのマニュアルも内容はコンプラ違反の可能性が高いものであろうと想像しているのだが・・・。

8月 7, 2009   No Comments