プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 12 月 2009

「後藤田正純を育てる会」

自民党「後藤田正純を大きく育てる会」にお付き合い?してきました。

不況の中でも、「パーケン」は2万円、ざっと1000名(会場は400規模?)で大混雑・・・。

後藤田さんは、あの剃刀「後藤田」の甥っ子さんで、女優「水野真紀」の旦那、出身は徳島、自民党財政部会長で、数少ない若手のホープである。(全て当日知識)、

まず、300名程度と読んで出席したが、これは大間違い。不景気など、どこ吹く風、

これなら販売チケットは2000枚?×2万円でパーテイ原価は???

ならば軍資金は・・・などなど

時節柄、民主系パーテイも多いが、自民党健在をまざまざと見せつけられた感あり。

「呉越同舟」の金融系業界人もそろい踏みでは、当面民主との2重出費で大変だろうと余計な心配!!!

幹事長、政調会長、国体委員長と順番にご挨拶では、自民党は変わっていないし、変わらないものだと痛感。

どなたも「オウンゴール」での負けを反省するまではいいが、「普天間の不決断で日米同盟はどうの、献金問題がどうの、小沢独裁ではどうの」と聞いて、早やくも野党ボケの自民党では、彼らの言う政権再奪取は、当面「無理」をつくづく感じてしまう。

今、自民党の訴えるべき主張は、まず憲法改正であり、日米安保の解消、自衛、自立の立党精神で結集させるべきが筋であろう

。「アメリカは日本から出て行け!」を本音で言えずして、普天間問題を玉虫決着する過去の手法は、政権政党であったから許されるものだった。

但し、その時、後藤田「鳩派」や本来「元総理」の加藤さん(出席ご挨拶)等が自民党に残るのか、民主等主流派に鞍替えするのか・・・・。

まだまだ日本型政治は混迷を深める。

12 月 8, 2009   No Comments

古き「社是」の意味

日本企業文化の一つとして、社是や社訓があった。

おそらく消えつつある文化ではなかろうか。(入社時研修の朝礼で毎朝、社是を読む文化がいやでたまらなかった??)

何時しか「率先して」、朝礼でそれを唱和する自分がいた。(むしろ毎朝唱和を広めた側だったかもしれない)

自主独立の精神のもとに、堅実経営を旨として、

左記の信条を持って、社業を推進する!

1、自己を律するには、厳正、責任、

1、人と接するには、誠実、親切、

1、仕事に望んでは、創意、積極

昨日、久しぶりに、この社是を唱和する機会があった。(果たして合っているかどうか?)

みんなが、この会社の「社訓」に同調し、一丸となって業界に異端を放っていた。

業界13位の会社が、一時期間違って「4位」まで躍進した。(一つの曲がり角だった?)

「売り上げ至上主義」と「営業が全て」と勘違いが始まった???

かつての母港「大東京火災」という会社だ。(すばらしい文化に社員も酔いしれていた)

入社の頃・・・。

関西人の自分にとって、まずは社名が気に入らない!!!。

「緑に赤の椿」の看板には、美意識のかけらも無い???。

何時しか、社名を(TOKIO MARINEとの対比において)誇りとし、看板政策の見本と理解して、何本もの「旗建て」に率先、邁進した。

改めて今、この「社訓」のすごさを噛みしめるのである。

自主独立の精神と堅実経営が、壊れたのは、何時の頃か?

「再保険売り上げ」の急拡大で、業界4位になった頃?

真っ先に、自己を律し(厳正責任)、次に、人との接し方を説き(誠実親切)、最後に仕事に望む姿勢を諭す(創意積極)・・・・この並び方こそ見事!

「創意、積極」はその後もずっと続いた会社であった(と思う。)

大株主が「野村」から「トヨタ」に変わろうとも、自主独立の精神は貫かれた(と思う。)

やがて、業界にも金融自由化とバブル景気が、大波として襲う。

自主独立と堅実経営の社是が堅持されていれば、再合併は無かったか?

「小」足りといえども、「山椒」の利いた金融機関は今も多少なりとも存在する。

(社是を引き継ぐ意味での「外へ。前へ、早く」であって欲しかった。)

改めて、企業文化の衰退を日本経済の中で「社是、社訓」の意味として考えてみたい!

12 月 7, 2009   4 Comments

早めの忘年会・ゲスト「佐高信」氏

忙中閑を狙って呼びかけたら、「嬉しい連中」が30人集まってくれた。

(飲めない腹いせもあって)忘年会に託けて、初の講演をお願いしたのが、「佐高信」さんだった。

ボランテイアで駆けつけてくれた「氏」にまず、御礼申し上げたい。

偉大な講師を前に、佐高さんから「喋り過ぎ」をとがめられたのは、多分参加者の総意でもあっただろうと反省しているが、この我が儘は治らない・・・。

 

勿論、話は面白かった。打ち合わせは無かったにも拘らず、お聞きしたかった話題はほとんどおしゃべり頂いたので、大満足でした。

おまけに「氏」からみんなに頂いた本「罪深き、新自由主義」は昨日、現役時代元気を頂いたと書いた「高杉良」さんとの対談集・・・・。

目次だけながめてみたところだが、質問したかった全てがこの中にも書かれているようだ!

我が、天敵でもある「田原総一郎」については、生「佐高」の声で滅多切りにしてもらいたかったのだが、残念!!(大応援の声を届けたかったことも・・・)

変わりに斬られた「木村剛」・・・。前職時代、役員研修のコンプラ対策講師である。

彼にだまされた財界人は多い??。彼こそが、新自由主義と竹中平蔵のバックボーンである事だけは間違いない。それを全て「無理解」のまま、「良し」とした小泉改革が今日の日本を作った(張本人達である)ことは間違いない。

「MHK」発言で、佐高氏は木村剛から訴えられていると聞く・・・・。

Mは村上、Hは堀江、Kが木村であるならば、M、Hの罪と比べれば、Kは万死に値するとの声援を贈りたいと思う良識派が(左右の区別無く)多数である事を祈る!

高杉良の最近の著書を批判して、叱られた。

勿論「最近の著書に限定」であり、小説「日本興業銀行」以降、数々の名作は、どれほど我が、ミドル(サラリーマン)時代の範とさせていただいたことか・・・・。

(高杉さんには、くれぐれもよろしく!今も大ファンですとお伝えください)

ついでに故「城山三郎」氏もほぼ読破、「粗にして、野だが、卑では無い」を、我が座右の銘としてパクらせてもらっています。

城山、高杉、佐高、と続いて心酔した結果が、我がサラリーマン時代の美学となり、「中退」となってしまいました!

ついでに、雑談で出た「日航」問題は、山崎豊子の書く主人公「XX?」には、うまくは書いてはいるけど全く納得できておりません。

「ノンキャり組」への組合活動やその他のために加えられる馬鹿経営者の「パージ」は、あんな甘いものでは無く、現実の方が数倍厳しいのにと観るからです。エリート「日航」元キャリア社員の悲劇でしかなく、悲劇の現実は日航では無理、作られたフィクション(オスタカトリック)を感じてしまいます。

合併劇には、題材として興味が無いとか、是非高杉さんにお伝えください。

「日本の金融合併に成功したものは無い」と言い切る「輩が近くにいると・・・。いやこれなら、むしろ佐高さんのテーマになるのかも・・・・。合併しても常に救済を受ける大銀行は、日航のよう非難を受けないで済む理由は、ナヘンにありや???

反権力に「体を張って」挑戦し続ける「佐高さん」を心から応援し、思想、信条だけでなく、左右無く「人を見る」佐高さんに大安心(個人的には大満足)した一日でした。

12 月 6, 2009   No Comments

学生時代の「読書三昧」の頃

明日の「佐高信」氏の後援会を楽しみにしながら、贈られてきた氏の「週間金曜日」という雑誌を眺めていて、飛び込んできた。「鈴木邦夫」氏の投稿記事・・・・。

鈴木邦夫は右翼の論客で新右翼団体「一水会」の創設者である。

「高橋和己」と「三島由紀夫」なら「高橋に共鳴し、刺激を強く受けた」と書いている。三島は当時未だ軟弱右翼であり、その筋からは、お坊ちゃん右翼作家としての位置づけしかなかった(らしい)。

一方、高橋和己は新左翼系活動家のバイブル小説として、確固たる位置づけがあった、と鈴木は述懐している。佐高の週刊誌の記事であるから面白い。

「高橋和己」に、嵌まりきった学生時代を思い出す。

出会いは、京大全共闘運動に助教授の立場ながら共感し、その職を投げ打った潔さであったと思う。

「わが心は石にあらず」から「邪宗門」、「憂鬱なるなる党派」「日本の悪霊」と行動哲学書となっていく・・・。(同時に体は日和っていく!)

「神田川」の歌詞と共に、暗い学生時代を思い出す。

もがき、考えながら今日の自分を形作ってきたのだろう。高橋和己は間違いなくこの世代の学生達に大きな影響を及ぼした作家だった。彼は1971年、癌で39歳の若さで亡くなっている。確か三島由紀夫「割腹自殺」の少し後であった・・・。

もし二人が、今日まで生きていたら、彼らは行動派作家としてどんな作品を書き、団塊世代にどんな影響を及ぼしたであろうか。

マルクスの「共産党宣言」に理解の限界を覚え、吉本隆明に振られ、何とかしがみつけた「高橋和己」の影響を受けた仲間は左右に分かれつつ、結構多かったのではなかろうか。

思えば、太宰、芥川、で暗く「引きこもりがち」な文学の世界から、大江健三郎、高橋和己と進み、大人となって行く為の価値観形成ができていく世代であったように思う。

「テレビ」と「社会人」が現実世界を呼びさまし、いつしか、文学の世界がフィクションとして消え去っていく。

司馬遼太郎にはまり、高杉良で元気をもらい、浅田次郎で落ち着きを取り戻す。

手当たり次第に濫読の時代を経て、同世代の村上春樹の「1Q84」が全く理解できない今・・・。

記憶は、映像と現実の中にのみあり、「活字」は全て灰として消え去ったか、沈殿して残りはしているのか??、はたまた血液として生きているのか・・・・。

今活字は確実に死につつある。

少なくとも、ブログやメールは「活字」のジャンルには入らない。「会話」のジャンルであるかもしれないが!

叉、長文になっている・・・。

短くまとめて、早めに読書の時間に切り替えようと思っていたのに・・・。(今晩読むのは、リクルートの江副さんの述懐話!)

これでは若者達は決してついてこないのだ!

12 月 5, 2009   4 Comments

あるブロガーのぼやき

プレミアムエイジは、編集長が変わって、明らかに読者が増えている!

ボリュームが増え、一日書かないとたちまち、表紙の目次から消え去る運命となる。競って、書かないと忘れ去られるような恐怖感に襲われる!!!

格調が高くなって、質量共に重たくなった(近寄りがたくなった)とも聞こえてくる。

素人ブロガー「エイジ」も、多少そう感じつつ、拙い「高校生作文」に自覚と反省を込めつつもチャレンジを続けるのだが、立ち読みばかりが増え、反応が少ないことは、新編集長の苦心を思うと(ブロガーにとっても)寂しいものだ。

勿論ブログは、立ち読みが原則であり、わがブログは「独り言」の「自己満足」と断りつつ、反応を微妙に期待してるのだから、編集長としては、なおのこと???

「金」はかからないが、たまには「書き込み」という対価を払ってみては??、とぼやく事とした。

シニア読者に書き込みは難しいとは承知の上で・・・。

特に大作の「連載小説」は、このブログの為だけに書きつづけてくれているのです!

ブロガーにはパソコンの初心者もいる。

昨日のエイジのアシスタントとの会話

「内緒だけど・・・「マイドキュメント」と「デスクトップ」の違いがやっと発見できたよ」

彼女「・・・・、エッ?」

編集長は「コンピュータ暦40年」のバリバリ?

実は、パソコンはエイジと「50歩、100歩」の仲

そんなエイジがメルマガにチャレンジして思うこと、「良いにつけ、お世辞にしろ反応が来るのはうれしいよ・・・」

「だって、返信と打てば書き込むだけで送れるもん!」と編集長

このレベルでチャレンジするブロガー諸氏に、たまには「愛の手を・・・・」

そして編集長より早く、写真添付ができるように頑張るぞー

12 月 2, 2009   No Comments