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Posts from — 1月 2010

中小企業コンサルとボランテイア活動

中小企業経営者の月末は忙しい。(土、日が重なると2日少ない!)

(今落ち着く時、明日の朝はいつまでも眠れる土曜のAM2時、ブログ中毒は書きたいことのみ溜まる一方なれど・・・・。長いブログは嫌われると知りつつ??)

忙しい理由は、、、勿論資金繰り? 

 中小企業の月末の忙しさは、間違うと命取りともなりかねないから、サラリーマンの月末とは違う悲壮感が上乗せされる。このように書くと当社の資金繰りを心配してくれる人も多いが、問題は、この悩みを持つ多くの企業家の相談業務が重なるから余計に大変なのだ。

大した状態では、無くとも相談者には命がけの駆け込み需要なのだから、已む無く優先事項である。中小企業コンサルの看板を上げていなくても、相談は必ず月に2-3件は飛び込んでくるのが、今の厳しい中小企業の現状を良く現している。

(中小企業コンサルは、ボランテイアと割り切るしかない。理由は、コンサルフィーなど取れる余裕のある(中長期的にも)企業などありえないことを実感するからである。だまし取りで、どうせ潰れるのだからと割り切れれば別、叉その輩が多いのも事実・・・)

どうも金融引き締めと同時に起っている商工ローン窓口すらなくなった事の影響もあるようだ。

このような実態を「金融行政の虚実」として書くと、これまたわが社の資金繰りを心配してか、善意のお叱りを頂く。「実務者としてはあまりにも過激である」のかもしれない。

しかし、亀井さんが(狙いは別としても)せっかく作った法律と行政指導の実態がアンマッチであれば、それを指摘しなければ、ボランテイア・コンサルの意味が否定されるに等しい。自社における信用不安をブログで公表する馬鹿など無いのだから、ご心配はご無用と強がりつつ、現実経済の実態を告げたいと思う。

今回の相談は、月末近くなって、約定返済ができなくなって、モラトリアム法適用申請に銀行をたずねたら、「兎に角まず、これまでの元利を支払ってください。その後、リスケに付き、ゆっくり相談しましょう。5日だけお待ちしますから・・・」と指導?されたというのだ。あわてて「元利分をまず用意しなければ、自己破産することになる」という経営者殿のご理解であった。

聞けば、ビジネスモデルは成功寸前であり、銀行が「一月待ちますよ」といえば、モラトリアムへ行く必要すらない程度のものである。勿論銀行への払いができないくらいだから、その他も止まっているだろうと聞けば、家賃が2ヶ月程度という。借り入れ学は、保証協会付きで1000万、勿論自己資金も1000万なけなしの金を突っ込んでいるから後が無いのは事実だが、

私は、たった100万程度の追加融資さえできれば、この企業は間違いなく開花するだろうと読んだ。

「大丈夫、銀行も家賃滞納も自己破産には追い込めません。黙って頭を下げて、後二ケ月待ってもらいましょう。」とアドバイスするのみである。(月曜日に同行する??)

これが一般的中小企業家の金融への常識的知識であり、モラトリアム法を理解するはずも無く、金融支援法上の権利を主張などできるものではない。

銀行が少し突っ込んで相談に乗ってあげれば解決するのに、必死の企業家は、自殺まで考える事にもなるのだ。たった100万の金で命を落とすか、だまされて地獄の相談室へと赴くか・・・。

私は「金融行政の虚実」ではなく「実」を信じたい!

その実態を正確に伝えさえすれば、行政(官)も政治(家)も動く時代が来ている、と今はまだ信じている。

一中小企業家が、政、官、財と忙しい中、足元も省みず走り回る事にありがたい警告を頂く事も多いが、已む無く「趣味のボランテイア活動が止められなくて」と答える以外にはない。必ず、明日はわが身でもあると思い、続ける事を止める訳にはいかないし、そのことを数少ない読者にも是非理解していただきたいブログにて訴える。

「現役経営者がやるべきでない」との批判派に抗して、一人でも多くの理解者を得る為に・・・・。一日も早い現役リタイアーを目指しつつ!

1月 31, 2010   No Comments

ブロガー各位の活躍振り

今日は、PAブロガー3氏のイベントに堪能する一日となりました。

新宿御苑に北入り口がある事は知らなかった。その先にある佐藤美術館で開催されている「山本冬彦コレクション展」を拝見してきた。本ブログの執筆者の一人、もはや云わずと知れたアートソムリエ「山本冬彦」の本格的個展は、初の企画であるが、その為の美術館が「佐藤美術館」であったことにまず納得させられた。(財団法人佐藤国際文化育英財団に感謝!)

これまでにも彼のコレクションは沢山拝見しているし、実は内緒で何点かを彼から分けていただいたりもしている。広い会場に並べられえた「160点」に及ぶ彼のコレクションの輝き大きな価値に改めて圧倒される想いであった。

彼とは前職における同期(同僚)として30年に渡る付き合いであるが、この間、彼が溜め込んだサラリーマンとしての知的資産に比べて、ほぼ同額の我が収入はどこへ消えて言ったのやら・・・・。恥ずかしい限りである。

頂いたすばらしい作品点リスト「サラリーマンの軌跡」の最後の謝辞庭が名前までおのせ頂き、恐縮するばかりである。是非、本ブログ読者各位も会期中にご一覧をお勧めする。(プレミア・ムエイジも協力事業体の一角に名を連ねております。チケットは、編集部にお問い合わせいただければ、手配いたします。)

その足で、聖跡桜ヶ丘の福祉会館へ、今度は異色のブロガーの一人「クーペの部屋」を執筆する「クーペ」氏と「高岡健二」氏の二人ライブ」に出かけた。お二人は二十歳前後の頃からの歌手志望仲間で40年のお付き合いとか・・・。

高岡健二氏は歌手から俳優、そして今は「プロゴルファー」としてシニアプロの初優勝を目指す異色のマルチタレントである。彼は確か同じ兵庫県出身の高校球児であったことで覚えている。(デビューしたての頃、テレビの芸能人野球大会か何かでの彼の活躍を見て、とても素人じゃないはずと彼のプレーぶりで見破って調べてみた事があった。)

彼は、55歳にして初めて「ゴルフ」と云うスポーツと出会い、シニアプロを目指して、わずか3年でプロテストに合格したそうだ。勿論、プロ野球を目指すほどの運動神経の持ち主ではあっても、野球人の筋力となまじの自信はゴルフには最悪である事は誰よりも良く知っている。彼のその3年間の努力は、並大抵では越えられないものだ。

(40年、唯一の趣味を誇る我がアベレージスコアが昨年も90を切れなかったのだから・・・・。このゴルフ代と同等の金額を「冬彦氏」は絵画に費やした。高岡氏も含めてみんな還暦越えの仲間であるから、なんとも劣等感に苛まれる)

高岡健二は勿論プロ歌手でもある。そのプロ歌手のバックバンドを務めた「ドラマー」こそ、わがプレミアムエイジの編集長「キューピー神童」さんでした。おじさんバンドの上達ぶりもこの2-3年半端ではない。間違いなく平均年齢は60越えである!

「クーペ&SIFO」の活躍ぶりにつられるようにおじさんバンドも「60過ぎのプロバンド」として、磨きがかかってきている。

このパワーは、現役をビジネスの外に置き、趣味をビジネスとして現役参戦する以外にはない。そして後輩たちからその活躍について、不平不満がでる事も無い一生の職業とできる秘訣だろう。

我がブロガー諸氏のメジャーデビューを心から喜びつつ、大きく嫉妬する一日でもあった??

(編集長、「山本冬彦WEB美術館」のネタ取りをしてきました。きっと早い者勝ちです。ご検討のほど・・・)

1月 24, 2010   No Comments

石川好氏と村山富市氏と中国

長く続く、名門の勉強会がある。

左右の区別無く、政官財の人材でボランテイアで講演してくれる講師を繋いでいく独特の手法で回を重ねている。元総理の村山富市氏もその一人だが、今日はなんとただの聴衆としておいでになった。昨日が、日中友好35年の議連総会という事で、その名誉顧問として、来京されていた。そういえば、現在の会長である加藤紘一氏もこの会のスピーカーの一人で、たしか村山さんに繋がったはずだ。

今日のスピーカーは作家の石川 好さん。

大の中国通でその種の著書も多い。(読んだ事は無い・・・)しかし村山談話が原点として始まった中国本格交流と認識する中、元総理を聴衆の一人として「中国の今」をテーマに講演するには、よほどの自信が無いとできるものではなかったろう。

勿論、石川「中国論」は面白かったのだが、お二人の過去の接点(の裏話)が面白かった。石川氏は今月の日経で連載中の細川政権時代に「さきかげ」のブレーンであった。「魁」は「先駆」であったものを石川氏のアイデアで急遽発表のその日に文字変更をしたものだと教えていただいた。

氏が村山さんとお会いしたのは、村山さんの総理最後の日が最初で最後であったらしい。(そして、今日、村山さんは石川氏の中国論を1時間半、じっと聴衆として聞いておられたのだから面白い。)さきがけ幹部のお疲れ様会で石川さんが村山総理への最後のご挨拶者であったという偶然の因縁があり、今日の出会いもハプニングでしかない。

実は、講演の前後にお二人としばらく現状政治論を交わせる機会を得た。石川氏とは2度目、勿論村山さんとは初対面・にも拘らずあつかましくも・・・。

私は、「村山談話」こそ日本外交の原点があると信じ、何よりも田舎のおっさん的人柄とともに、本物もその通りかどうかを巳0ハー的に確認したかった。石川氏とはある中国イベントで北京にてお会いしているが、挨拶は今回が初めて。

石川氏から戴いた名刺を拝見してまず驚いた。

「酒田美術館」館長の肩書きがある。

「新田嘉一さんのあの美術館ですか?平田牧場の新田さんの・・・」

「よくご存知ですね。実は新田さんに頼まれて、プロヂューサーを受けているんです。」

「実は、ご縁があって、新田さんがお持ちの中国の国宝級の絵画を拝見に伺った事があるんです。とある事情から本物かどうか、確かめたくて・・・」

「それは、中国政府筋でしょう!海外流出した美術品の買い戻しプロジェクトは今も動いていますよ・・・」

「そういえば、新田さんの眼力は、あの「三元豚」の開発で得た豚の顔を選ぶ気持ちで、競馬馬を買い、美術品もその眼力だけで集めたものといっていましたが・・・。」

「そうしてため込んだ美術品を酒田市に寄付してできた美術館の館長を頼まれて、やってます。すごい人です新田さんは・・・・」

「あの新田さんを作ったのは、実は生活クラブという生協なんですよ!」

「いや、新田さんは兎に角すごい人ですよ」

こんな会話をしながら、石川さんをご自宅までお送りさせていただいた。

実は、もっと面白かったのは、現実(今日現在)の政治事情分析だが、生々しくて今はとても書けないないきわどいもの・・・・。明日「小沢一郎」の検察調書がどう動くか・・。

村山さんのお元気な姿に思わず「社民党」の衰退ぶりに活を入れて下さいよ!と頼んだら、苦笑いして逃げられました。期待通りの気さくな良き爺ぶりで、思想など別にして、想ったとおりのお人柄に触れることができ、うれしいひと時となりました。

辛口の石川さんも帰り道に社会党は好きじゃなかったけど当時の村山さんの人柄が、今の日中をかろうじて支えていることだけは、歴史的事実ですよ。とこの日の講演の結論をこっそり教えていただいた。(一人、得した気分でした・・・)

1月 23, 2010   1 Comment

「終わりの始まり」は「始まりの始まり」に繋がる?

ローマ帝国の「終わりの始まり」は塩野七生の「ローマ人の物語」の主要テーマ?。

高村比呂希氏に小説「団塊世代が行く・ラストラン」の終わり方をお聞きし、「終わりの終わり」の存在を気付かされた「ある想い」にいたった。歴史には常に「終わりの始まり」があり、「始まりの始まり」までに大きな興味を引かれる物語となるのであろう・・と。

果たして、昨年来の日本の状況は、「終わりの始まり」か、そして今年はすでに「始まりの始まり」となりえるか?平成の竜馬の登場が全く見えない今、残念ながら「始まりの始まり」どころか、「終わりの始まり」すら始まっていない政治的状況に見える。

歴史上に「終わりの始まり」では無く、「終わりの終わり」が来る時があるとすれば、その一つが、「地球環境問題」の放置であり、もう一つが「核戦争」の勃発であろうと想い、なんとしても阻止すべき人間の知恵と勇気に期待するしかない。

「終わりの終わり」が永遠に来ない事を現代の日本(人)に期待せざるを得ない・・・・。

「ラストラン」という長い小説にも、必ず終わりが来るし、人には必ず「終わりの終わり」がいつか訪れることを改めて気付かされる。

次世代へ引き継ぐ為の「終わりの始まり」と、引き継げない事による「終わりの始まり」が人生には存在する。これまでに多くのすばらしい人々の「終わりの終わり」に立会い、その都度その「死」を悔やみつつも、「終わりの終わり」の際の立派さに感心させられてもきた。

企業にも「終わりの終わり」があってはならないし、そのための「終わりの始まり」は経営者にとって、必須課題であろう。その為の「終わりの始まり」を常に準備しておく事が、必要でもあるのだ。

経営者にとっては、「人」であっても常に「終わりの始まり」を自覚し、「終わりの終わり」を想定しておかなければ、それをを勝手に選択することはできないのだろう。

企業家にとっての「ラスト・ラン」こそ「終わりの始まり」を自覚し、走りきる勇気が別に必要であると・・・。

「終わりの始まり」の言葉の意味は、歴史の中でこそ、その意味があり、必ず次ぎの始まりが存在する。

「ローマ人の物語」では、今、現代も「終わりの始まり」の途上であり、おろかな人間(地球)の終わりの終わりを暗示する読み物にも思えてしまうところがある。(「現代人の物語」と読めるリアリテーが存在しているから不思議である。)

哲学的迷走の「独り言」は理解不能かもしれませんね・・・・。

1月 18, 2010   No Comments

POKO氏の意見に答えて

おくればせながら、POKOさんの疑問に答えておこう。(ブログはとっくに消えているので、あえて本文にて・・・。POKOさん、無理やりの反論ありがとう!)

まずは、「平成の竜馬」論、小沢流2大政党時代に向かうには、もう一度政界再編が必要だろうと前置きし、その際には、憲法問題を前提に2つの意見に集約すべきであるとした論であった。

現行憲法は明確に非武装中立をその前提としており、現実に存在する日米安保と自衛隊の存在は、明らかに違憲状態であることは誰もが認めざるを得ない。

この問題を現実レベルで仕分けし、護憲派と日米同盟派の2大政党による政界再編を考えるならば、護憲派は防衛力を認める永世中立国を改めて明確にした憲法改正後の護憲派となるであろうとの立場において推論するものである。

この場合、きっとPOKOさんも、小生も新護憲派で一致するのでは、と思う。しかし現在の危険な世論は米追随型帝国主義的陣営が多数となり、政権交代後も、日米同盟機軸となっている。安保不平等条約を否定できないポチ的日本においての経済発展を願う利権派世論に繋がっているのが現実ではなかろうか。

独立国として、完全等距離外交を選択できる憲法が固定化できるのであれば、非武装中立、護憲派の大半は新護憲派に移行すrもののであり、護憲思想は本来独立国家としての基本であるべきと考えるのだが・・。(国民としての基本的のコンプライアンス)

要は日米安保の違憲性と不平等性を容認するか否かで世論を2分して論争せずして、真の独立国家とはならないということであり、まずこの点こそ正しい2大政党再編への第一視点と考えるのだが・・・。

金融行政の虚実については、論点が違う。

銀行が行政方針に基づき、経営されているかどうかを問うものであり、銀行の姿勢が過去と比べてよくなったかどうかではない。元々雨が降ったら傘を貸さない状態は変わらない)リーマンショック以降、その余波をもろに受けるのは中小、零細企業である事は間違いない。今、行政は莫大な資金投入でそれを救いたいと法制化し、強力に指導していると公表しているところである。

しかしその一方で、銀行は前回も今回も公的資金と国債の利食い(さやかせぎ)で自らは生き残るばかりか、返す刀で貸し渋り体制を自らの効率化(リストラ)で、本来の銀行としての最低限のサービスまで切り捨てていないかを問うものである。

りそな銀行は、今も最大の公的資金注入行である。国債利ザや稼ぎを米国金融との取引で大きく獲得しているはずだ。その利益を梃子としつつ、リーテール・サービスバンクと効率化を一機に薦めている管理銀行である。

これらは、公的資金を使う銀行生き残り経済論とあまりにも乖離しすぎている点を指摘するものである。同行会長は、「中小企業の資金需要は、以前ほど旺盛ではない」として、自行の中小企業融資の減少について言分けし、自行の健全化が順調であると主張する。JRの再建とは訳が違う事が理解できて居ない。

銀行全体の中小企業融資残も12月以降減少しているはずだ。この実態が、予想通り、モラトリアム法の見返りとなっており、資金調達さえできれば生き残れる小零細企業を殺してしまいつつあるのだ。昨年末から年度末にかけて、の中小企業倒産は大増大するだろう。(リーマンショックの影響は、大企業の再生目途が立つ頃洗われる。年度末には、零細企業テント村が立つかもしれないが、切捨て見落とされるのかもしれない。)

行政の無駄使いになるだけの中小企業支援関連法案をわずかでも、有効なものにする為には、銀行がモラトリアム施行と引き換えに、中主企業には厳しい貸し渋りによる防衛体制に入った事実を警告したいと思う。

POKOさんのような優良中小企業では、理解できないほどの数多くのく苦悩する製造業等の零細企業の現実は、資金ストップ即倒産であり、その結果、従業員たちには二度と働く場は無くなる現実世界は理解できないかもしれない。(その余波として、貴君も言う、一人の採用情報にも、求人者が殺到している現実が起っているのでしょう!

モラトリアム行使では、残念ながら中小企業は生き残れない!

血液を流せる状態(融資への道)を優先させるべきなのだ。

その為の窓口をこの時期に効率化の為と公言して、閉める銀行など普通の金融マンであれば、考えられない暴挙というべきである。

行政指導を平気で無視できるものかどうかを世に(金融大臣)にも問いたいと思う所以である。民主党や国民新党が、本当に弱者やリテールの側を向いているのか、単なる選挙対策のスローガンを並べているのかがはっきりと見えてくるだろう。(おそらく後者であり、この意見は無視(敗戦)されるだろうと予測しつつも???)

1月 15, 2010   No Comments

金融行政の虚実(2)

ある有力後援者から、本部ブログに(心よりの)ご心配戴く声が届いた。

タイトルが悪かったからかもしれない。「会社の信用不安への誤解を与えかねませんよ!」

有りがたく承りながらも、一般的にはその不安は当然でもあり、だからこそ声にならないとすれば、個人的損得は別にして(別段「損」にはなるほど困って居ないからこそと開き直りながら)、その後の経過を書き込んでおく。

残念にも、ご心配戴く声はその他にもいただいたが、読者を含めて当然の怒りであり、弱い中小企業の為にも徹底的に実情確認を・・・との声は聞こえてこない。

しかし、金融行政の中小企業政策の意に反して、貸し渋り影響に見舞われる弱小企業が数多く存在することを信じて、自分なりの結末までを納得いくまで続けて見る。その根拠として、ブログを公開し、できる限り正直に心情を吐露する身として、叉、ほとんど丸裸の状態を世にさらしている自らにとって、それが我が儘であろうとも使命でもあろうと考える。

大人げないといわれれば、ブログを書くこと自体を否定する事にもなる・・・・(長い言分けは、勿論一企業家が大銀行相手に喧嘩になるはずも無い「プレッシャー」への裏返しかも?)

りそな銀行は、金融支援法とともに「200名体制」のサービサー会社によるサービスを展開していると公式に認めた。小職の問題提起については、すでに本社へ上申した上で、本方針は変わらないとの意向のようである。

私は、金融支援法の施行は「貸し渋り」に繋がるから反対であると以前このブログにて、反対意見を書いたし、この不景気に救われない中小企業が今も数多く存在すると警鐘を鳴らし続けてきた。

少なくともわが社は今、金融支援法の適用を受ける予定もないし、勿論極めて正常な状態の中小企業であると自認している。りそな銀行にはその旨、わざわざ説明に伺ってもいる。且つその状態を銀行側が、どう分類するかをクレームにするつもりも毛頭無いのだ。

しかし、りそな銀行は、自らの査定のみで、一度のヒヤリングすらせず、貸し出し不可企業として、攻めの対応に特化するとの勝手きわまりない理由で、返済不能または返済対応窓口への事務移管を突然告げて来たのである。これは信に正常な債務者を、金融支援法対象企業と勝手格付けし、貸し出し相談窓口を閉鎖することを公言するものであり、金融機関としてあるまじき蛮行である。

おそらく当社以外にも沢山の企業が(200名体制との事)貸し出し希望や政府保証貸し出しを期待しているにも拘らず、「返済遅延申し出をお待ちしていますよ」と宣言され、意向を受諾した事の証左でもあろう。

「プロが沢山いますから、大丈夫です。口座も担保も移しません。でも子会社のサービサー(りそな債権管理専門会社ー同社の定款)ですから、返済相談のプロですが・・」

私は、ある企業再生の過程において「りそなサービサー」と交渉した経験がある。当然担保が強制的にそちらへ売却されている(銀行としては不良債権を確定できる)ことから、不良債務者にとっては債権放棄または、減額の交渉も可能な部署でもある。すなわち債権(担保)が移されるならまだサービサーは当事者であり、交渉相手でもある。担保権者でもない「サービサー」と何を相談しろというのか?

それはただ一点、返済猶予であり、金融支援法適用の是非の相談窓口でしかない。百歩譲って,金融支援法相談に出向いた企業向けに「サービサー」への業務移管を打診することまではOKかもしれない。

私はこの種の銀行には物すら言えない(弱い)中小企業が、すでに沢山サービサーへの強制的業務移管を実行されていると考えている。(他行では、政府保障融資を受けられ助かるかもしれない企業・・・。だからこそ公的資金が注入されているのだし、一生懸命貸し出し業務を優先する行政指導に忠実な銀行もある事実を知っている。

この銀行方針方針に逆らう為には、相当の自信と銀行業務無しでもやっていけると居直れる企業でなければならない。(当社もそうだとあえて宣言しておく事とする)

勿論わが社は移管拒否であり、「顧客選択であるからどうぞご自由です。」と快諾を戴いてしまった。

さて皆さん!、りそな銀行の中小企業融資方針は、貸し出しについては、金融庁指導方針に従い、柔軟にご相談をお受けしますと堂々と書いてあるにも拘らず、実質そのニーズ相談窓口をリストラで撤退させ、一方で金融支援法に基づく返済相談窓口は、休日を含めてサービサーにて対応しますとなっているのだ。(サービサーはサービス強化の本社窓口などでは決して無い)

残念ながら融資相談窓口は、本社を含めて存在しなかった。(まずは、そちらへ確認の予定も窓口無く、公式見解は、現状窓口の部長さんに確認した。)

「方針変更の予定はありません。りそな銀行方針に基づき、責任を持って対応しております。」が公式回答となった。

幸いにも金融庁には、電話及びウェッブによる中小企業向け金融庁検査方針と24時間相談受付窓口が開かれている。私には、りそな銀行が金融庁方針に基づく貸し渋り防止指導や金融支援法に基づく、正しい銀行業務が行われているとはとても思えない。「その場合にはいつでもお申し出ください」と当局は親切且つその意欲も十分に見える。

他行は決してそうでないだろうと信じつつ、政府、金融庁による企業支援資金(保障)が、無駄に消費されない事を祈り、有効活用されているかどうかを確認し、多くの頑張る中小企業への真の支援行政となっているかどうかを確認しておきたいと思う。

金融行政と亀井金融担当大臣に「実」があり、りそな銀行と細谷会長に「虚」があると考えるのが世間一般の常識であると信じ、明日以降、対応して行きたい。

(勿論実業の合間での直接対応の為、連日報告(対応)するほどの余裕はありませんが、ブログにて事実のみを記入の上、一部届いている(はずの)当局対応にも期待するところです。まさかりそなサイドの側に立っている事は無いでしょうね?昔は十分護送船団でしたが・・・)

やっと勝ち得た自由人が、再び実業の世界に迷い込み、子供のような「純真さ」とビジネスの世界での「厳しさ」の狭間で悩む様子・・・・。せめて最大の読者群でもあるわが社の社員諸氏へは、生の姿がブログで伝わる事が「吉」であることを祈るのみ!

全ての読者の皆様の痛烈な叱咤、激励を再びお願いしつつ・・・・。

1月 13, 2010   1 Comment

期待される「竜馬像」は?

民主党のスローガン(マニュフェストにまさるもの)は「国民が主役の民主党」であった。

その政策の目玉は官僚政治を打破し、地域主権への移行であり、小沢さんは外交を国連中心主義におくと明言してきた。これらを総合すると「小沢竜馬」の2大政党制の一翼ははっきりしてくるのだが・・・(彼の役割は、2大政党までの過程で寿命?)

誰も、憲法と安保の関係を語らない。

日米同盟は(現行)憲法違反であることは明白であり、沖縄基地問題も、経済危機もアメリカ主義を否定しない限り、矛盾するものだ。すなわち憲法改正以外には、クリアーできない矛盾を、国民が2大政党制による選択権で行使する政界の再再編を主張する「竜馬」の登場が待たれるとする所以である。

その昔、日本国憲法は「永世中立国」を目指すものと刷り込まれて、何気なく支持してきた人は多い。筆者もその一人であり、この一点において憲法の矛盾を解決する事になんらためらいは無い。目指す外交は「スイス」であり。「スエーデン」である。(経済も福祉もよくは知らないが良好なようだ・・・)

すなわち独自の国防を認め、国連主義を貫くとともに「永世中立」宣言を再度、新憲法に名文化する。すなわち憲法改正とその方針を明確にすること。武装中立戦略で全世界と平和条約を締結する政策ならば、「左右」を問わず、アメリカ主義や日米同盟の危うさと決別できる名案であろう。

もう一つが、国民主権(市民主権)の道州制導入による地域主権への人、もの、金の移行による経済活性化政策である。特に官僚制解体と地域への人材移行を強制し,官僚たちの能力を最大限活用することである。

国としては小さな政府の選択であり、外交(安保)を等距離に保ち、唯一国連でのヘゲモニー強化には、大きな資金負担も必要であろう。日本的大統領制への移行で、象徴天皇制も明確になり、その歴史と文化の保持も永久化できる。

世界と同様に日本の歴史も、間違いなく帝国主義(覇権)の歴史であった。これらの方針を明確にする勢力を束ねる一党と現状日米機軸の国家(覇権)主義を取る一党による2大政党性の実現を期待し、地域や市民の側から政界再編に命を賭ける若いカリスマ政治家の登場を期待して止まない。

今回の政界再編は、そのチャンスではあるものの、無血、現状平和主義では、日本の将来は必ず、もときた道(戦争への道)に活路をみいださざるを得なくなる不安が残るのだが・・・・・。(大不況とデフレ(デノミ)覚悟で、国債償還も覚悟し、沢山の血は流れる)

橋本知事、そのまんま知事、猪瀬副知事、皆さんが、憲法論、安保論をこのような点で明確に主張して大同団結する事はできないでしょうか。私は爆笑問題の「太田光」にすら期待したいと考えているのです。

1月 11, 2010   1 Comment

平成の「竜馬探し」の旅

「小沢」論、「菅」論、「鳩山」論が賑わっているので、急遽参戦したい!

「坂本竜馬」は、薩長連合を成し遂げ、32歳にして自らの目指した明治維新の実態を見ず暗殺されている。

その竜馬に最も近い位置にいると期待した「菅直人」がなんと財務大臣に就任してしまった・・・・。

残念ながら年齢的には勿論、キャリアの上でも、彼の政治力はこれが限界なのだろう。万一にでも2010度予算を覆してしまうほどの快挙をやるほどの「若さ」があれば、別だが・・・。彼はかつても厚生大臣を受け、政界での勲章とした。今度の政変では、国家戦略担当大臣として、その任に彼のいう「平成革命」に一命をかけて欲しかった。

彼は「団塊党」を目指そうとも語っていた。市民派政治家「市川房枝」の秘書が政治の原点であり、最も市民に近い政治家として期待したが、財務大臣は今日の経済解決がその役割であり、政治的には身動きの取れない中枢ポストだ。何よりも「死を賭して」散る竜馬ではなくなった事を意味する。

「小沢一郎」ははどうか・・・・。

プロ政治家として圧倒的ファン層を持つ。気さくで日本的思いやりも強い(そうだ)。大嫌いな政治家と思いつつ、あら捜しのつもりで密かに小沢研究を続けてきた。幸か不幸か「今日の問題」を別として、最もぶれない政治家であり、常に体を張り、政治家改革に邁進してきた。薩長連合の為には「日米安保破棄」まで飲む覚悟があると近い筋から確認したことがある。おそらく「多少の悪さ」を秘書に被せて、見てみぬ振りも必要と割り切りながら、彼の言う「平成無血革命」に邁進している第一人者なのであろう。(なぜか、今回、無駄死にしてしまう予感が漂うのだが、当らないで欲しいものだ)

問題は「無血革命」などの理想は存在せず、血を流す事を恐れて「死に場所」を失ってしまっている事を彼も気付かない。もう一つ下級武士としての愛嬌をパフォーマンスできないシャイな性格が、邪魔をしている・・・・。十分に老人でもある。しかしやはり彼が、今なお平成の竜馬に最も近い政治家であるといわざるを得ないのは残念・・・・。

「仙谷由人」は今我が陣営に最も近いところにいる政治家であり、革命本部の役割を引き受けることとなった。しかし彼は、小沢から遠く、叉小沢をだまし討ちにできるほどの戦略家でもない。但し、阿波徳島の出であり、風貌、人格は土佐の竜馬に最も近い。彼の優秀な若手秘書を知っているが、その時代まで待つ事になるのかもしれない。

案外期待できるのは、再度の政変による岡田克也外務大臣かもしれない。

エリート臭さと堅物さは竜馬と真反対であるが、必要な人材は「平成の竜馬」である。もし外務大臣として、日米安保を不平等条約として「安保50年」を期に大改正でも成し遂げれば・・・・。若手といってもはや46歳、最大の問題は、彼の座右の銘が「大器晩成」とか・・・・。とても「死を賭す」革命家の格言ではないのが残念!

突然話がリアルになる・・・・。

薩長連合を地域主権の筵旗として立てようと「猪瀬直樹」が熱く語る小席に招かれた事がある。その席に橋本大阪府知事から長電話が入ったりもして政治らしさを多少とも味わった。同席のシニア市民ロビースト「Y氏」(本部ログにも影の声として登場)は、自社連合の裏方であり、「生活者のための民主党」を提唱したその人である。

小生も臆せず、生意気な助言した!

「石原を裏切り、千葉県知事を仲間に入れない政治的判断が必要」と・・・。前者には同意しなかったが(否定もせず!)後者は当然とおっしゃった。そのまんま東が動き、横浜市長が突然の辞任をした。但し時代は、民主大勝の前であり、東京オリンピックの落選とともに、その話は振り出しに戻った様だ。猪瀬氏も某国立大全共闘委員長のはずだが・・・、その政治信念は個別政策(道路公団)以外には見えない。

若手政治家「大塚耕平」は元日銀マン、古川元久は元大蔵官僚、売り出し中の副大臣二人にも人脈的には近く、大きく期待はするものの、つい昨日までの仲間のような頼みごとのパイプでしか見えず、次代の竜馬候補でしかない?

そういえば、メール事件で「非業の死」を遂げた故「永田寿康氏」も元大蔵技官の若手政治家であった。彼は偶然我が「独立記念パーテー」に参加してくれていたが、生来の楽天家であったようで、間違った正義感で命を落とす結果となった・・・・。もし、あの「メール事件」に真実の裏側があったら、彼も副大臣格で今回の政変によって入閣していたのかもしれない。竜馬の暗殺と比べて、いかにも残念な最後であっただろうし、「一瞬先は闇」の政界を象徴する忘れ去られた事件ではある。

平和な現代にも、何人もの政治家が命を落としている。

無血革命等歴史には存在しない。もし革命が事実となるときには、現在の弱者である無数の中小企業「法人」の血が流れる結果を伴うことだけは間違いない。

しかし、その後に生まれる地域市民社会と、共存する元気な中小企業群が新たな日本を形作る事になるなら、致しかたないとも思う・・・・。

1月 10, 2010   2 Comments

尖った人生、いつまで・・・・

現役時代に「刀の切先が透けて見えすぎる」と、先輩(当時の社長)から良く注意を受けた。

人生、「反省すれども後悔せず!」「有言実行!」「粗にして野だが、卑では無い」など仮置きした様々な我が格言は、全て後付けの言分けであったのかもしれない。(「弱さ」をカモフラージュする為の生きる知恵?)

これらの格言の「逆」ができないところが確かにあった。

「不言実行」は必ず不実行につながるずぼらな正確は「強い感受性」を飲み殺せない弱点の修正ができないまま、今日まで来た生き様となっている。

(勿論「我が儘」につながるものであり、いつも反省するのだが、後悔をタブーとすることからやがて癖となったのだろう。)

還暦を過ぎて、悠々自適も可能な歳でなぜこんなに「尖った人生」を続けるのか・・・。(、よく人から皮肉られる?)

団塊世代の代表的生き様を素直に飾らず書くことが、何かに役立つとはとても思えないのだが、反省の連続でもあり、疲れるばかり・・・・。(独りよがりにもほどがある!)

それにしても、世の中、よくもこう「石」がぶつかってくるものだ。(思わず「痛い」と反応してしまうおせっかいな正義感。)

無言でやり過ごせないから、常に尖っていなくてはならない。

いや、飛んできているのではなく、自ら「拾い」に出ているのだ。(・・・で無ければ、この歳で「課題」が山済みになるはずも無い1。)

希望した現役越えから現役に回帰せざるを得なくなり、シニアの余裕を欲張るから、経験分、沢山の石ころが眼に入ってくるのか?。(それにしてもなぜ自分だけ?)

感受性?、正義感?、単なるお節介好き?・・・。(未だにひとり立ちすらできないわが身にとって・・・。)

他のブロガー諸氏の余裕と理性と秀逸性への嫉妬に悩みつつ、チャレンジするわが身の惨めさ追求の力はどこから生まれてくる?

「不言実行」がベストであっても、それができない性格なら、生きる力を「有言実行」に見出し、苦悩を喜びとして、引退などを「夢」としない事だ・・・。

今年は、唯一の趣味?ゴルフの初打ちさえ未だ・・・。(これではいけない!サラリーマン卒業の年は10回も海外へ行けた。何かが狂ってきた。)

「若返る」はずなど無いのだから!(「63歳」は完全定年せざるを得ない年齢だったっけ・・・・)

戦い続ける人生と、恒久平和を願う人生、(「有言不実行」を決め込める努力を心がけたい。「不言不実行」よりは健康的!)

ブログに追いかけられる夢だけは辞退したいものだが・・・。

「独り言」すら有言にする「ブログ中毒」を恨むのみ!

1月 8, 2010   No Comments

金融行政の虚実(1)

年末から年始にかけて、の書きなぐりを可能な限り、実経済状況に即して、検証していきたい。

政権交代は、「日本の中核は中小企業であり、その活性化こそが、日本再生と前政権の格差是正のキーワード」として、様々な中小企業向け金融行政を形作っている。果たしてその実効性は有効なものとなっているかどうか・・・・。

我が企業グループの存在感は現在のところ紛れも無く、中小企業の「職場維持」であり、その為のコンサルテーションにある。当然仲間の中小企業家諸氏からの相談業務にも応じれば、再生支援も本業と心得ている。

経営者達の最大の関心事は、「無条件」中小企業支援融資と「既融資リスケ法」の実効性であり、それらについての問い合わせも多く耳にする。

中小企業家の最大の弱点は、財務であり、法律であり、銀行交渉である。現場中心の経営者にとって、これらは決算時対応のみの税理士任せであり、プロや顧問などを置く余裕などほとんど企業において無いに等しい。

年末に提示したりそな銀行(R)の対応に思わず反応したのは、これが金融行政の実態か、はたまた銀行サイドの個別の保身かをこの機会にはっきりさせ、もし金融行政がポーズで無い実行主義であれば、確実に行政指導による是正が可能のはずだと期待するものであった。

最近のブログ論調が、本音を正直に書きすぎるきらいもあり、単なる「クレーマー」のいちゃもんと思われる節も無くは無いので、改めて当社の(健全なる)現状と金融行政方針や法の権利について検証し、一般的中小企業へは届かない中小企業支援の虚実やつまりどころがあるならそれを摘発し、本物の支援策として一社でも多くの事業者の生き残りに資すればと考えるものである。

全ての中小企業金融行政の「構え」は「12月4日」施行の「支援法」から出来上がっている。金融庁内に「何でも相談コーナー」が設置され、「方針違反を発見したら通報いただければ、金融検査を実施します。」とあり、検査指針まで情報提供されている。

今回のモルモット?となる「りそな銀行」にも、本社において相談コーナーを設置するとともに、その支援方針が堂々と掲載されている。「(行政方針に基づき)中小企業融資には、極めて柔軟に対応死語相談に応じる」旨、社長(委員長)声明を公開している。

しかし、各大手銀行を含めてその実態はどうであろうか?

りそな銀行だけでなく、多かれ少なかれ同様の本音と建前の使い分けがなされているはずだと想像し、事実確認をしていきたいと思う。個人的に理解、納得できるまで実況中継し、想定が事実無根または大いなる誤解であるのか、行政や政権は本気であるのか等を明らかにしてみたい。

我が想定は、「モラトリアム法」の功罪を予測したところから始まり、その罪のみが出ている実態を立証できるかどうかである。ちなみに当社の現状は、モラトリアム利用までに至るほどでは無いが、旺盛な資金需要が存在する。あえてその内情についても(恥ずかしながらも)報告しながら、読者及び中小企業家諸氏のリアルなご判断にも供したい。

①「モラトリアム法」は中小企業群に疑心暗鬼を呼び、膨大な問い合わせや後ろ向き事務を発生させるだろう。

②経営内容が厳しい銀行ほど貸し渋り、貸しはがしが巧妙且つ大胆になる可能性がでてくるだろう。

③金融コンサルなるプロ集団が暗躍し、無駄な資金(税金)流出が起るだろう。

これらが、予測される不安であったし、すでにりそな銀行では、リテールバンクを標榜しながら、中小企業への融資は超ネガテイブ方針を(体験済み)終始一貫、貫いていたと想定できた。(当社を含めて、りそな方式による分類で、不良資産企業組は永遠に脱出不可であったはずだ・・・・。)

年末、の電話は一度しか会わない(半年前に引継ぎと称しながらも、こちらから伺い、ご挨拶させていただいた)担当者からであった。

「りそな銀行は、ご存知の通り、リストラを継続中で、攻めに集中する為、守り(不良分類企業)の事務処理は子会社の「サービサー」に移管することになりました。返済のみの企業を担当する行員はいなくなります。」

勿論、これは、彼個人の発想であるはずも無く、支店独自判断でもない。明らかに「子会社サービサー」に新たな業務追加され、銀行としての大方針転換が起ったはずだ。担当者の発言は多少軽はずみであったかもしれないが、むしろ正直な直球であっただろう。(「サービサー」などという職種は一般的には理解されない事業であり、だまされる中小企業も多いだろう・・・)

彼との出会いは、資金繰りに苦戦する中、旺盛な資金需要の中で同行からの資金調達をあきらめ、6000万の自己資金調達を終えた報告に伺った時が、初対面であった。(彼はこの時が担当変更の挨拶をかねていた。)

この時、当社は、りそな銀行の融資姿勢を勝手に見切るとともに、大銀行もほぼ同様なものであろうと銀行の銀行たる使命が終わったことを理解させられた思いがしたのだった。

企業の窓口を「サービサー」という不良資産管理を本業とするセクションに業務移管をする銀行が、果たして公的資金まで使って、生き残りのためだけのリストラを断行して、一般サービス産業化する暴挙を許していいものかどうか。今こそリテールバンクとして、逆に生き残りを賭けて相談する中小企業窓口を強化する時期ではなかろうか。

遠回りだが、致しかた無い。りそな銀行の顧客相談コーナーに書かれている方針が、金融指導に合わせた看板倒れとなっている理由を窓口経由その責任者(社長)にお聞きしてみることからスタートする事としよう。

その前に当社の実態が、一般的中小企業として、どの分類に入るものか(りそな銀行では、貸し出し不可企業であると明確に分類されていると担当者は明言してくれた)を公開するとともに、結果としての不法な貸しはがし返済の実績を実践してしまう事で、利益誘導にならないようその方針も明示しておきたい。

金融担当大臣のところまで辿り着くのは、至難の技であるが(本当は目の前に「バイパス」が通っているのだが)一歩づつ、順序立てて昇って行く過程こそが、参考となるだろう。

厳しい中小企業経営者の現実の姿を代弁し、りそな銀行の明確な(これこそが)コンプライアンス違反とその責任の所在を明確に立証するまで安易な妥協も尻尾切りで終わらせるような事もさせない。

ただ中小企業といえども、体を張る社長職の強さを伝えられればうれしい。叉、元組織人としての常識もわきまえつつ、個人的には、自らの選んだ道への信念へのチャレンジ(自己満足と独り言)でしかないかも知れない。

(当社社員から、そんな暇などないはずとの叱責も覚悟しながら・・・・)     (続く)

1月 6, 2010   No Comments