プレミアムエイジ ジョインブログ
Random header image... Refresh for more!

唐突ながら「ベトナム戦争」

ポコさんが「定時制高校」に談話室で答えてくれている。続編を期待したい。

今を創る経緯に、それまでの時代背景や事件、影響された小説など沢山あるだろう。

我が学生時代のスタートの頃、ベトナム戦争という理不尽な戦争での、米国の北爆が新聞をにぎわしていた。

真っ赤に染まった新聞部を避けて、放送局報道部をサークル活動として選んだのは、テレビの事件記者の影響であった。

新入部員の最初の取材が、ベトナム戦争反対の「学生デモ」であった。取材で纏めた録音構成ラジオ番組のテーマは「はるかアメリカに叫ぶ」とした。

「野球少年」で育った純真無垢な新入学生にとって、「アメリカはベトナムから出て行け」と叫ぶデモの意味が全く解らなかったのは無理ない主張であったと思う。その番組を当時の真っ赤な新聞部が、大きく取り上げた。

「放送部は、マスコミの意味すら理解できないサロン(クラブ)であり、存在の意味は無い・・・・・・・。」

この新聞の論調が、悔しいが、全く理解できない。先輩から制作番組への論評も無かった。しかし,部に大きく迷惑をかけたのかもしれない。新聞部は、常にデモ隊の先頭に参加しているらしい。

その頃「ベトナムに平和を市民連合」が盛んにデモへの動員を呼びかけていたので、見学気分で参加してみた。

主催する小田実氏の著書「何でも見てやろう」に触発されて、家出してアメリカ放浪に出かけて見ようかと真剣に考えたのは高校2年の夏。

一般学生や市民の参加する温厚そのものな平和的なデモ行進・・・・

ましてや、横の女学生と腕を組んだり、手に手をとって、高く上に広げて歩いたり・・・。

しかし、その横には、常に頑強な機動隊が並行して歩いている。端にいた女学生の足を蹴る機動隊の姿を目撃して、当然その女学生(確か美人ではなかったが、まじめを絵に描いたようなおねーちゃん)に交代して端に構える。

「すねかじりの暇つぶし!」と軍靴で足を蹴ってくる。

当然、切れて殴り返そうと隊列を切る。あわてたデモ隊の連中に逆に囲まれて、中に引き込まれる。

「機動隊の挑発に乗らないように」とリーダーがマイクで叫ぶ。隊列を外れると逮捕されるというのだ。(そんな理不尽な、彼の暴力が先だ・・・)

これが、最初のデモ体験だった。

終わって解散となった時、襲われた虚脱感と恐怖感はその後の自己嫌悪に繋がって行く。初めて国家権力と対峙して「ベトナム戦争」と「市民デモ」の意味が繋がった瞬間でもあった。

強大な権力が市民に対峙した時、すでにそこは小さな戦場であった。

「ベトナムに平和を市民連合」の「市民」の意味を教わった。それは「国民」ではなく「市民」であり、民主主義の「民」は「市民」の権利をいうものでなくてはならない。民主的、合法的デモを突然不法なデモに仕立て上げる国家権力が、目の前に現れた瞬間でもあった。(続く)

0 comments

コメンはありません。

下記のフォームへの入力が必要となります。

コメント欄