生保のからくり(4)保険と共済
生命保険(死亡保障)では、男女の区別が料率上明確にされる。年齢についても基本(契約時の年齢が)一歳刻みで保険料が違ってくる。
いつのデータかはしらねど保険数理(統計)上、リスクが違う事でそれを保険料に反映する事が義務付けられている。
一方、古い歴史を持つ共済といわれる世界では、その決め事が無いので、自由にリスク区分を設定できるので、男女格差は助け合いのバッファーに入る事が多い。年齢区分にしろ若い人が、お年寄りの負担を(結果として)軽減する料率が組まれている。
つまり共済では、十分に共助の考え方が成立しており、それでも長い歴史の中で安定した事業環境を整えているのが不思議である。
昨今信用不安を引き起こした業界は、保険業界(における金融不安をその原因としているもの)であった。いわば、保険数理(損差)を無視しても事業(経営)リスクを引き起こす事はないが、利差益を無視すれば、保険事業を危うくする事があるということを立証してしまった事になる。
この事は、常に損害差益のデータに大きな余裕をおく事から発生すると解釈できる。人の生命力は年々大きく伸びている。どの時点での統計データで保険数理が計算され、どれだけのバファーを置くかによって、料率の巾は男女の死差などを超越する可能性が高いといえるのだ。
現に共済分野においては、保険数理やアクチャリーの領域を超えてその安定性が立証されている。
ところが、この共済分野にも大きな規制が入ってきた。いわゆる無認可(自由競争)共済の放置は、「コンプライアンス上」よろしくないという理屈である。
まず、共済の放置は保険業界におけるイコールフィッテイングに反すると声を上げたのは、商品、市場を共有する外資系医療保険分野であった。世界のAIUは、金融バブルの根源といわれているが、日本におけるマーケット拡大を目指して、共済分野への拡販を目指して強い圧力(ロビー活動)をかけてきた。
(当然、日本における医療保険分野は、その損差益から十分な利益を上げていたが、金融分野での大失敗で、圧力に一方で破綻する皮肉な結果を起こしている。)
かくて保険法は大幅に改定され、無認可の共済は廃止、または少額短期保険事業への「移管」となったわけである。
実はこの移管業務には、保険業法との関係において様々な法的矛盾が発生する。共済業界には、勿論純率や付加率の考え方など存在しない。全掛け金と全支払いがバランスするかどうかの一点で成立し、存在してきたのであり、自由競争の中で自然淘汰はあったにしろ、経営責任と消費者責任の範疇に商法におけるコンプライアンスが、問題なければ維持できてきた世界といえる。このような商品を一括して移管する受け皿として少額短期保険業法は成立した。(少額短期保険においては、共済の受け皿として、保険法を準用しながらも、独自の保険料率体系を生み出す事となった。)
私はこれ(少短)を保険とはみなしていない。あえて言うならば共済保険であり、いわば適用除外とされた認可共済の分野と位置づけ、商品認可を得るべきであると法的解釈をした。
当局もこちらも、互いにおおきな戸惑いを隠せない中、この少額短期保険業法の持つ意味と解釈において、コンプライアンスを抜本的にみなおすこととなった。
共済を基本的に移管する受け皿とする保険であるからこそ、そこには一定の助け合いの精神を残す事が出来る。(共助の精神を残す保険事業!)
医療保険における男女格差など当然ながらそのバファーの範囲であるべきだ。
家財保険における建物構造や所在地など十分にバファーの範囲である。
要は経営責任の範疇で、助け合いの精神を活かした少額な保険金額ではあれ、助け合い保険を作れる道が開かれたと考えた。(この考え方を活かせば、様々な業界や顧客に貢献できることも工夫できるはず!)
この保険では、生損兼営も可能になる。(日本発の兼営保険会社!)
純率や付加率も経営実務ベースで、計算すればいい。付加率(経費削減)も独自に工夫して、徹底したコスト削減と事務システムのアウトソーシングも可能である。
かくて出来上がった営業保険料は、一般的には半減出来たかもしれない。
岩瀬氏の「ライフネット生命」による保険料効率化(価格破壊)論を破壊できる可能性を秘めていると自負するものである。
長く保険業界に生き、業界が大転換を向かえる時代背景の中、この業界にまだまだ存在する矛盾解決の為、しばらくはオルタナテイブな保険会社と共済をその機軸において自由気ままに実践していきたいと思っているのだが・・・(終わり)



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