廣島は「平和憲法」の私的原点
45年前の夏、大人への脱皮を目指して「ひろしま」を訪問した。
受験戦争に幸運にも勝ち残りながら、大学の自由さに絶望しかけた頃に訪れた夏休みの暑くて長い一日・・・
原爆記念公園は、あの日も今日を上回るほどの灼熱地獄であった。
独り原爆ドームにたたずみ、「ひろしま」で「戦争」の悲惨さを実感する。
大量の「戦争を知らない子供たち」の中にあって、「受験戦争」をほんとの戦争より辛い経験と錯覚する時代は、それが平和ボケの時代の始まりであった???
目標を失いつつある自己の埋没と、戦争の大義で散っていった多くの若者達を羨む自己との滑稽なる対比が確かに存在した。
やるべきことが確かにあった。
あの日の「ひろしま」が教えてくれた「大人への脱皮」は、幻想的平和主義?
「ひろしま」の犠牲で得た平和憲法(9条)の価値に気付きながら、何もせぬまま過ごして来た日々・・・。
「戦争を知らない子供たち」は知らないまま、一生を終える事ができる!
だが、「戦争を全く知らない」子供や孫達の世代まで、「ひろしま」とその「ドーム」で得た平和「憲法」が守れる保障は消えつつある。
「戦争を知らない子供達」に課せられた最後の宿題は「ひろしま」をいつまでも風化させない努力かもしれない。
その日から65年目の暑い夏」がやってくる・・・。


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