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Posts from — 12月 2010

お前は何様だ(終)一寸の蟲

気がつくと年末、(やっとの想いで得意のファミレスへ逃避して)
様々、無理やりにでも締めくくり、希望の明日を迎える準備が必要だ!

厳しく自己を問うシリーズも、あと4話を残し、終章としてしまおう。
現在に繋がる実録となるべきこれらは、やはりペン先が鈍り、今はまだ、脚色が入りそうでそれは本位ではない、といいわけしつつ・・・。
(6年の前半戦だけで、18話という事でもまさに怒涛の6年が暮れようとする年末の総括にはなりそう?そういえば、「総括」が好きな自分が確かに存在する)

サラリーマンを続けていれば、今年がその強制終了の歳でもあった。

6年前、その道を捨てる時、時の社長に「6年で2億円を捨てる馬鹿がいるか」と究極の説得(又は恫喝)を受け、「今更、見た事もない大金を示されても、計算能力を超えており、後戻りできるものでもない」と軽くいなして、今日その時を迎える総括にもなるだろう。

お前は何様だと問いかけながら、6年が経過し、確かに自らの歩みの中で、放棄した?2億円程度は稼ぎ出したかもしれない現実にまず、驚愕する。
そして、何故か手許には、一銭も残ってはいない事実には、ただ恐怖するのみ!
この歳になって、その全て(いやそれ以上?)を全掛けしている自分がそこにいる現実に我ながら「お前は何様だ」との自問自答を禁じ得ない。

総括のキーワードは、何かを考えてみる???

自己実現? 単なる利己主義?、男のロマン?、単なる場当たり冒険主義?
6年間なんら成長を感じず、その分加齢も感じない心情は、単なる餓鬼の年輪に過ぎないようにも思うが、結論は、明日以降に持ち越しとなりそうだ。

「コンプライアンス」全盛時代に、「クソ喰らえ!」と全否定しながらも、塀の上は歩いても中には落ちない様、細心の注意を払って歩く小心者にとって、常に頭の片隅に存在する「道義的責任」の4文字が、総括のキーワードの一つかもしれない。

義理人情、信義、義務などコンプライアンスの前提となる言葉が、日本から消え失せつつある。(日本独自のヤクザ文化と切り捨てられるだろうが)

見せかけの繁栄に埋没し、コンプライアンスの名の下、自己保身のみでリスクや責任からは、ひたすら逃避を決め込む時代、これが賢く生きる一億総サラリーマン時代!

必ず、日本は沈没する。

「お前は何様だ!」と問われれば、「一寸の蟲です。」と今は答えておこう!

「五分の魂が存在する一寸の蟲」による「貧者の一刀」が、日本再生の武器となった過去を信じて・・・(5分は無理でも、武士にすら一分はあったのだから)

来年こそ「プレミアムエイジ」の皆様にとって,いい年でありますよう!

12月 31, 2010   No Comments

今日の日経11面

PA読者からメールが届いた。

「本日の日経11pをおよみください」と怪しい内容のみ、今日は猪瀬東京都副知事の運転手の予定があり、珍しく早起きして、日経はいつもよりしっかり読んでいたつもりだが、心当たりのある記事は見当たらなかった。

無事お勤めを終えて、帰宅後改めて11面を見直した。

「人こと」という囲みのコラムに「中高年はプレミアムエイジ」とある。ファミリーマートの上田社長の投稿で、同社の重点ターゲットをおく顧客として表現されている。上田氏は63才の団塊世代。

コンビニ大手5社の唯一の生き残り社長らしい。

かれは「中高年は自分を中高年と思っていない。お金がないわけではないが、ライフスタイルは、カジュアル,そして自分だけの嗜好を持つ為価値を持つ」とし、自らを含めてこの世代を「プレミアムエイジ」と命名し、自店での客単価に置いての優位性と同世代のニーズ取り込みに自信をみせる。

ちなみに、コンビニでの55歳以上の購入比率は、10%程度とか、この層の拡大が、これからのコンビニのキーワードだから、自分しかできないという理屈の立て方は,いかにも・・・。

ならば、団塊世代は当面、どの業界でも同様の理由から、社長を降りないという事になる?

我が「プレミアムエイジ」の意図は、早く現役引退してその付加価値を世に還元したいとの願望でもあるのだが、果たして上田氏の我田引水的要素を否定できないだけに、相対する考え方として、氏の「プレミアムエイジ」論を容認したい!

12月 19, 2010   No Comments

お前は何様だ(16)結末とリスタート

今年の正月に、L社K社長から、久々に電話をもらった。

「しばらく病気をして、療養していましたが、元気になって頑張ってます。お陰様で、会社の方も順調に整理が進んでいるので、安心してください」

勿論、氏の病状は聞いていたが、内緒の話と強く言われていた。
「癌の手術は成功し,回復するでしょう」「元気に出社しましたが、その間の事情は外部に一切流していませんのでご承知ください」となっていたので、
「そうだったんですか?知りませんでした。うまく引き継げれば、一度ゆっくり食事でも、おごってくださいよ!」と答えておいた。

氏は、回復後も主に業界役員として出勤を続けていた。本業の引き継ぎは、この間逆にうまくスイッチされていった。

食事の約束は、守られないまま、6ヶ月程度が過ぎていたある日、新オーナーのK君から電話がかかった。夜中の電話に不安が走りはしたが、やはり突然のK社長の訃報の連絡であった。

しまった!どこまでの認知度を彼は内外で得ているのだろうか?

彼は「葬儀は密葬になりそうです。今家族の方と打ち合わせだけ済ましてきたところです。」
「ご家族は、経緯を知ってくれていたの?あーそれは良かった。業界はどう?」と立て続けに聞く以外に、何も思いが浮かばない。正直お悔やみの気持ちより、頭をよぎる絶対秘密の再生計画だったことへの不安が、一気に噴出るばかりであった。

翌日、当社I常務に種々の整理、確認に走ってもらう。
既に彼は当社にもどってもらい、次のビジネスに邁進して貰っていたのだ。個人資産の整理を含めて、すべて彼が取り仕切り、ほぼ手配が済んでいたはずだが、大丈夫だろうか?

「会社も個人もすべて大丈夫です。お嬢様から、何かあったら、全てIさんに相談しろ、と最後に父から言われたようです」

ほっとする。このマル秘作戦は、事情が事情であるだけに、大揉めになる可能性があった。社長への食事のおねだりも実は、その点にあったのだ。I氏は、Kさんの大邸の担保権まで整理し、お嬢さんの名義に買い替えの手続きまで、面倒をみていた。

k社長は、全てを失ったが、会社とご自宅をそれぞれの後継者に引き継ぎ、永遠の旅立ちで最後を締めくくった事になる。見事な責任の取り方であったといえるかもしれない。

葬儀は、業界とご家族の合同葬となった。L社の代表として、K君も初の社長業務として、喪主側で参列していた。全国の業界、関係者の花輪が並び、ご焼香に長蛇の列ができる荘厳かつ盛大な葬儀であった。

I常務と2人で、静かに一般焼香を終え、互いに顔を見合わせる。
「この葬儀は、Iさんが本当の葬儀委員長だよ」とつぶやき、不謹慎な握手を交わして、K社長をみおくった。

この間には、勿論数々の再生ドラマが隠されている。しかし、業界の厳しさは、事業を引き継ぐK君の双肩にかかり、継続中でもある。
業界の大物を失い、その後継までもお願いせざるを得ないが、彼はその再建のリスタートを成功として完了してくれるにちがいない。

この再生事業が完全に成功した時、この世にも稀なる奇跡の再生劇が、登場人物のコンビネーションと大胆な決断があってできたものと威張れるものとなるだろう。

k社長が、ご自身の葬儀を最もびっくりし、かつ最後までそれを望んでおられたのではないかと考えてしまうが、もちろんお聞きする事はできない。

12月 18, 2010   No Comments

11賢人のメルマガ「東京節」

「ラーメチャンタラ、ギッチョンチョンデ、パーイノパーイノパイ
パーリコト、バーナナデ,フライ,フライー,フライー」

という呪文のような言葉を諸賢の中でお一人かお二人くらいはご存知の方が,もしかしておられるかもしれません・・・

一回り半程度先輩方のメルマガの冒頭です。
ちょっとだけ変更して転記したのは,なぜかメロデーまで、思い出したこの記憶力を云いたかったのです・・。
いや、馬鹿な証拠?メロデーまで知っているのは何故か???

なんと1918年の第一次世界大戦後の12月に唄われた戦争祝賀会での「東京節」という曲だとの事、1947年に始まった我が人生から既に63年、
このカタカナを見て、メロデーが浮ぶマカ不思議???

大先輩のながーいメルマガは、19ページまでぎっしり続いて行きます・。

その最後は、
来年のことを思いわずらうな。
来年のことは来年のこと。
今年一年の労苦は一年で十分 (マタイによる福音書6ー34のパロデイ)
で終わります!
(いや、その最後に英語?の本文がありました。誤字を恐れて省略)

もっと紹介したいのですが、なにぶん長くて20話程度になってしまいます。
そうそう、長兄に贈られた石原慎太郎氏「文春コピー」への同意論への反論ブログをお読みいただいて、同感とのアナログブロガーよりの電話伝言を郵便でいただいたことへのお礼を忘れては、いつもパクリばかりで叱られます。
(この難しい言い回しの文調は、先輩ブログを真似ました!)

我が世代でも読みきれないながーいメルマガ、息子世代では、最初のカタカナで見捨てられるでしょうか???

日本独自の文化や洒落の世界は、確実に「終わり」でしょう。今のはやり歌が、50年後の世代や、まして100年後の世代の記憶にあるなんて奇跡が起こってもないでしょうから・・・。

ところでわが世代の如何ほどの人が冒頭の歌を覚えているのでしょうか???

12月 14, 2010   3 Comments

お前は何様だ(16)パートナー

難しい案件だが、信頼する二人のパートナーが、L社の近い県内にいる。

二人は、 年齢的には一回り程度後輩だが、脱サラ事業家の先輩であり、二人とも既に一家を構えて久しい。我が社のスポンサー兼アドバイザーでもあり、おまけに三社とも車関連での事業展開である事に違いはない。二人は、K社長の事も知っているはずだから話は早いかも知れない。

リスクは勿論皆無とは言えないが、それを最小限におさえて、シナジーが取れる組み合わせが出来ないものか?

その夜、早速同社の現状及び継承のリスク判断を3人で行うが、あまりにも突然の話であり、しかも事業再生事業なんて、これまでの事業判断の経験など二人には皆無な話である。
無理な相談であるにもかかわらず、真剣に相談に応じてくれたのは、既にわが再生事業に多少のキャリアが出来ている事への信頼性も後押ししてくれたのだろうか?。

一人は、既に県内をまたにかけた事業家「K」君、もう一人も地域に根をおろして安定した経営実績を積み上げている「S」君だ。上手く行けば、三人の共同事業になってくれれば、面白い展開も期待出来ると勝手な想像もしながら・・・

偶然とはこんなものか、なんと「K」君が、最大の債権者である「I商事」を良く知っているというのだ。この事業再生のポイントは、I商事との話し合いに尽きる。既に同社でも、事態の概ねの把握は出来てるだろうが、大手企業でもあり、出来れば地域の問題として、静かに、スムーズな撤退を希望しているのでは無いかと推測できるので、話し合いが可能なはずと考えたのは、サラリーマン幹部の深層心理を想像したにすぎなかった。

i商事の責任者は、K君の手腕を知っているだろう!
ならば、I商事はK君を会社を再生事業の中心企業とおく事で、共に事業の再建に協力を得られるにちがいない。

L社の拠点とK君の会社の事業基盤も近似しており、シナジー効果は、必ず得られるだろうと三人の衆議は、その日の内に一つの仮説に立った方向性で一致した。しかし、共同事業とするだけの余裕は、s君にも自分にも無い事もあり、もし条件がそろえば、K君が、再生事業のスポンサーを単独で引き受ける事となった。重大な決断である。事業規模は倍増するし、業界動向にも大きく影響を与える。
債務超過状態は10億を超えるのだから、間違えば本業の命取りにもなりかねない大規模な再生計画であった。
車業界は、決して好況な状況とは言えないから、経営不信に陥った訳であり、シナジー効果によるリスク分析を十分に行う事を前提とした仮決定として、前に進める事になった。

翌日以降、大車輪の調査、分析が始まった。財務経理は決定前だが、当社I常務が翌日から早速張り付いた。支払いや仕入れの最小化、在庫削減は当然だが、日常と変わらない営業活動は、維持しなければならない。担当税理士を呼び、粉飾の有無を確かめる。不動産評価と所有株式など詳細に確認する。所有不動産や債務の関係は複雑だ。借地権、所有権、賃借権、、、。I商事の債権債務と商品の関係が独特であるが、やはりこの点が再生のポイントであり、同社の生命維持装置となっていた。

まずは、I商事への支援要請とスポンサー企業参画の打診まで、一気に行い、予定通りの回答を得る所まで進まなくては、計画実行という事にはならない。
同時にメイン銀行へのリスケの可能性も必須事項だ。これらの見通しが立つまで、勿論K君の出番とする訳には行かないが、その身元や決心明らかにせずして、話を出来るものでもないが、全てを代理して大物コンサルタントとして、振る舞う事で、細い糸が太くなって行き、再生に向けた確信に変わって行く。

綱渡りではあるが、そのシナリオを描き、緊急資金の必要性と金額、その保全策などを徹底分析し、K君に提示した。

彼の単独スポンサーで引き受ける事で、彼は決断をした。その経営判断に敬服
しながらも、この再生事業の難しさの故、万一にもリスク排除と撤退の判断時期を強く視野にいれた再生の事業計画が、スタートした。
社長を温存した上での計画は、初めてである。もし上手く行ったら、その段階で、全ての権限と資産を失う事に厳しく同意を求めて、理解と協力をK社長に強く念押しすることが、最後の仕事であった。

K君の登場は、ここからであった。
L社のK社長とのオーナーチェンジの確約とそのまま社長として業界役職を続け
る約定、事前根回しをしておいたI商事との面談、当面の資金繰りについての打ち合わせ、再生のプロ財務マン、我が社のI常務は、無期限の出向で人質にならざるを得ない。

いま考えると、無謀極まるズサンな再生計画であったと思う。感と実践経験と度胸によるプロジェクトがスタートしてしまった。

L社のK社長、スポンサーのk社長、財務経理担当の我が社I常務、この三人の「あうん」を信じ、この事業再生は、彼らの職人技で進んで行く。

一方で我が本業としての再生事業は、次の展開が始まっており、苦戦を強いられる違うドラマに向かう。
このプロジェクトはその後の進展について、無責任極まりないが、その詳細と本当の苦労は知らない。

あれから、三年が経過している、、、、。続く

12月 12, 2010   No Comments

お前は何様だろう(15)中古車販売大手

「お前は何様だ」とは、自分がもう一人の自分に問いかけてきた言葉であり、時には、人様に厳しく問いかける場合にも反省を込めて、暗に問うてもいる自分がある。この歳になっても・・・。

先を急いで、今年中にシリーズを終えなければ・・・。先は長い!

今回のテーマは、現在進行形のものでもあり、その関与が薄いこともあって,詳しくは書けないが、成功事例の自信作の一つと言えるかもしれない。
それは、10億を超える債務超過状態のL中古車販売の再生事業である。

その会社の社長は昔の取引先として、顔見知りの人でもあったが、偶然飛び込んできた情報から、ドラマは始まった。
当時から、将来業界を背負う社長となるだろうと考えていたその社長の会社が、危ないというので半信半疑で、15年ぶりにその会社を訪問した。

そんな様子は微塵もない。高級中古車がひしめき合って並んでいるし、社長の面影も、昔と変わらない温和な表情ではないか?
情報がガセであればいいのにと思いながら、k社長から実情を聞いて見た。実情は、既に手遅れではと思うほど、債務超過であるにもかかわらず、、社員でさえ、その実情を知らないのには,ある事情があった。K社長には、業界の要職を兼務するもう一つの顔があり、決して弱音を出せる立場ではない苦しみが、その顔の裏側には隠れていた。

既に家庭崩壊状況で、専業主婦であった社長夫人は、現状を聞かされて、そのショックで実家へ帰ってしまっている程だったから、表面の顔の裏の苦しみは、想像を絶するものであったはずだ。(何故か、死という言葉さえ浮かんだ。)
一刻の猶予も許されないが、いかんせん資金的にも能力的にも、一人で対応出来るほどの規模ではない。今日の資金繰りからして、猶予出来る事態でもない。最も難しい問題は、この状況を公に出来ない理由が、最大のネックでもあることは、信用リスクと業界役職の関係からであり、再生事業のキーワードでもあった。

一つ間違うとその事業は、即死状態となる。唯一の救いは、債権者に難しい業者がいないことであった。そしてその最大の債権者が、在庫商品を一旦抱えるかたちで金融業務を行う大手商社系関係者Iであった事だ。
何とかなるかもしれない・・・は直感でしかなかったが、とにかく財務と実印を預かる事の同意を求めたら、応諾してくれたのは、多少過去の肩書きに対する信頼性があったのかも知れないし、最早万策尽きて、諦めていたからだろうか?

勿論成功の可能性の保証はない事も了解の上、支払いの優先順位で、当面の資金繰りの立て直しが可能かどうか検討して見る。支払い額が大きい事と社長の面子優先の支払いからして、仕入れ優先の支出が先行していた事で、一定の時間稼ぎが出来る事が予測できた。

万一の場合の最大の債権者出あり犠牲者は、仕入先のI商社という事になる。この企業との話し合いができれば、銀行は、その後の話としてリスケが組めるかも知れない。仕入れさえ抑えられれば、当面の入金もある。全ての在庫ヲタ売り尽くせれば、債務の3割は圧縮出来る計算も成り立ちはする。

明日から、当社I常務を張り付けて、支払いのプライオリテイを絞り込んでもらうこととし、その足でパートナー、スポンサー探しに向かった。幸いにもその地は、仲間も顔見知りの同業者も多いかつての赴任地だった。

財務書類の全てを車に積んで、翌日からの財務書類担当を決定してもらい、その旨社員に通達してもらう事とした。幹部社員には事実を伝えてもらうことは、やむなしだが、出先営業所には、しばらく真相は伏せる事とした。

詳細の分析は、後回し。
この事業を継続して、相乗効果を生む可能性のあるパートナーを求めて、車を走らせた。最大の債権者には話(猶予)をつけられる予感もあった。業界にオープンにならない事という条件が最難関であるが、幸いにも現業部門では、社長の役割は既にないので、これまで通り業界対応に邁進しておいてもらえばいい。

善は急げ、いや悪こそ急げ!である。大胆にも、業界大手の再生事業を一瞬の
阿吽で引き受けたしまったが、社長の覚悟が、出来上がっていたので、互いに後は野となれ山となれである・・・・(続く)

12月 10, 2010   No Comments

お前は何様だ(14)文春の慎太郎都知事

再生事業の記述も、事例が最近に近づくと筆先が鈍り脱線気味だが、「お前」を置き換えて長兄から届いた文春に特集された石原都知事による「日本堕落論」同感論に答えて回答しておきたい。

慎太郎氏は長兄と年代的にも境遇的にもよく似ているところがある。その血を引く私にとっても、大いに同感するところがあるはずだが、根本的な違いがあり、「お前は何様だ」と問わざるを得ない。

「日本が極めて 危ない状況」にあるとの慎太郎氏の論文の8割の主張には、残念ながら同意せざるを得ない共通項が沢山ある。米国追随型日本堕落論も全く同意!
しかし、氏が日本の再軍備と核武装を明確に主張する政治家としての姿勢については、一貫した主張であり、それを言い切る所も政治家の立場としては立派と言えるものであるが、その歴史認識において、彼の主張には、大きな矛盾が発生する事を指摘して置きたい。

明治以降の日本の成長は、軍備増強により、先の大戦までと、その後の平和憲法による軍備放棄に大別して考えるべきである。列強に伍して軍備拡張と韓国、中国への侵略、その結果としての広島、長崎、沖縄、北方4島の放棄は、、明確な歴史的戦争遂行への事実として存在する。

一方、軍備を放棄する現行憲法以降、日本は侵略せず(出来ず),侵略された事も無い事実・・・。
その時間的経過は、丁度半分づつの短いものではあるが、海外侵略的軍備を全く持たない明治以前の日本は、維新となる黒ぶね就航においても、侵略を受けずに外交戦略で切り抜ける事ができた。
これまた事実である。 その後の貧しい国民の血税による軍備拡張が、結果として日本は戦争への道を選択せざるを得なくなったのではなかろうか?

その後の軍部台頭によって、軍備拡張と日英同盟、日露不可侵条約など、何の役割にもならず、全て戦争への道を邁進する為の小道具となって行ったのではなかったか。

慎太郎氏のいう、独自憲法制定や日米同盟が、いかに日本の堕落への道になっているかの主張は、全て是認したい。
しかし、軍備拡張と核武装で果たして、日本の防衛など完璧とする事などあり得ない事も認めなければならないし、当然その軍備はいつしか戦争へのへの道具となる可能性を否定出来ない事を明確にしなければならない。現状の日本堕落論とは、全く別の論でなければならない。

慎太郎氏のいう防衛軍は、勝利を前提にした侵略的武装であり、当然核武装を含むものである。もちろん日本がアメリカの核の傘にいるなどという幻想は持つべきではないし、それはむしろ大きな核のリスクの中に存在する事の意味の方が大きいはずなのだ。

石原氏の再軍備と戦争の放棄という現行憲法擁護の立場の相違は、日本が核戦争への道に向かわない為に、どうリスク選択するかの違いなのである。
そしてその一点においては、最大限の戦争防衛軍を認めつつ、戦争を放棄する理想憲法を掲げて、日本に核戦争をしかけられない理由として、明確にしておく外交戦略こそ大事であるとかんがえるのである。
日本が唯一の被爆国であり、その事において再び日本が核の無残さに侵される可能性は最も低い事は、世界が認めるものであろう。もちろん核武装をしない日本のままであればという前提付きではあるが、、、。

戦争からの完全なる隔離など残念ながら存在しない世界である事も歴史が証明している。しかし、近代史においては、戦争への放棄を謳うスイスやスエーデンにおいては、いまだ戦争の歴史から逃れている事実が、正しい歴史認識であろう。

要は、歴史認識の上で、より確実に戦争へのリスクを避けるとすれば、そのリスクの少ないものを選ぶ事が、戦争に対する価値認識として存在するべきであり、間違ったナショナリズムを発展させ、間違った為政者の中で、戦争は起こる可能性が常に存在するのである。そして誰もが,より強力な武器を手にしたら使いたくなるものである。

ナショナリズム意識の極めて強い自分にとっても、強い武器を有した時,その使用を当然行使したくなるだろう自戒を込めて、立派なる石原論文に和えて反論し、「お前は何様のつもりで、自ら既に戦えなくなり、かつ我が子の兵役年齢さえ過ぎさった今、その事を主張するか」と問うものである!

北の脅威も,中国の脅威も十分に認めた上で、なおかつその脅威は、最大軍備を持つものの上にあり、近代の歴史はそれを証明しているから、日米同盟の危うさとの隣り合わせで考える必要がある。冷静なる可能性の判断が重要だ。
リスク選択において、戦争への可能性を考えるなら、戦争の放棄宣言は完全で
は なくとも、選択すべき戦略であることも歴史認識の中で主張したいのだ。

12月 6, 2010   No Comments