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Posts from — 6月 2011

東電のウソ

「原発のウソ」を読了、全く同意、納得・・・
しかしその前に東電のウソで固められた企業秘密を全面開示する内部告発本は出ないものか?とずっと期待してる。

東電に比べれば、郵政も道路公団も小物だった。
原子力を制するものが国を制し、日本経済(経団連)を制し、国民を制する。

電力料金の誤謬をつき、敗れ、闇に葬られた人は多い。
故に東電のウソは暴かれないまま・・・
計画停電の無意味さはなぜ暴かれないのか?
消費電力とは、利用料金か、実消費電力か?
利益まで消費電力に入っている電力料金なら・不払いストを起こすべきでは・・・
今政治的には、憲法でも安保でもなく、原発の是非の一点勝負の時!

東電の債務超過への追い込みは、日本経済をどん底へ落とすだろう?
だが、既に日本経済はどん底にある。
未だに続くバブルの崩壊を恐れて、空白の30年を作るなら、今、はっきりとアメリカに敗戦を認め、真の復興に舵取りを変えるしかない。

問題はそのリーダーは誰か???
猪瀬さん!、政治的には道路公団より面白いし、本来的政治的原点では・・・。国家権力の頂点である「東電のウソ」を暴くものこそが、平成の「坂本龍馬」になれるかも???

6月 28, 2011   11 Comments

化学物質過敏症を支援する「NPO法人」

NPO法が改定される。
辻元清美議員達の目立たぬ活動の成果だ!非営利法人との出会いは、現役時代に生協との取引を目論んだ頃からだから、かれこれ30年、かみさんが生協シンパで夜中迄、班長とかで集計作業をやらされてたのを横目に、この労力はコストにしたら大変だろうなんて考えてたころ、ある生協の保険別働隊社長と知り合った。まだ、民間保険を組合員に販売する迄には至らず、いわゆる管財物件機関代理店で社長さんは共栄火災からの天下り?だった。
「火災保険は共済で十分、でも自動車保険は民間でなければ無理でしょう?それから失礼ながら、自動車保険は共栄火災じゃ無理でしょう?・・・理由省略)

この社長は捌けた「人物」で「解りました。やりましょう」これが民間保険会社が、生協組合員に保険販売を始めた草分けであったと確信する。その後、IW君、IM君などが順次ほぼ一年も張り付いた。すべての担当をはずして、買って出向状態を作ってしまうのだからとんでもない!

今や各社が競ってシェア争いするのは、絶対に保険会社にとってリザルトがいいから・・・(理由省略)

かくして、非営利陣営との付き合いが始まった。極めて個人的レベルで!
沢山の非営利法人の甘さを見つめてきた。非営利イコール非効率でも、許される?

NPO活動は、今回の大震災でも最も重要な活躍をするのだが、寄付行為の受け皿にはならない。いや、非課税対象団体にはならなかった。日本における最大の強みであるべき善意が、最大の弱点ともなっていた。

今般の法改定と大震災での活躍は飛躍的にNPO活動を発展させるだろう。だがしかし、既にNPOプロ(ゴロ)もたくさんいる。絶対に正体が見えないから難しい。だって悪意は無いのだから・・・法人だから、経営力がいるが、資金不足になれば、民間企業に持ち込めば何とかなる。派手ではないが、自分も食っていける。うまくやれれば、補助金も取れる。こんなプロもいるのだ。

化学物質過敏症を支援するNPO法人がある。目立たないが、大事な活動だ。息子がアトピーで悩んでいるが、症状はそんな生易しいものではなく、とても通常の場所では、日常生活が出来ないそうだ。(私は放射能汚染など最たるものではないかとしんぱいしているのだが・・・)

伊豆の片田舎にそんな子供を持つ家族の住まいが有る。じつは、これを支援するNPO法人の経営が厳しいとの相談を受けて、現地を見にきて見た。
ごく普通の民家だが、周辺はあらゆる化学物質から隔離されている(との事)

もちろん、まだ全ての因果関係が証明されていない事から、認知度が極めて低いのだが、確実に被害者は増大しているようだ。ボランテイアは、体験者家族が主に主体となって相談に乗り、施設運営もやっているそうだ。

前述したようなずさん経営から、状況が厳しくなったわけでは決して無い。補助金や行政の福祉の単位にならない事から、行き詰まりが出ているのだ。
もちろん、その場所を見てどうなるものでもないし、その足でゴルフ場に来ているのだから、決して偉そうな事など言えない。

しかし、このNPOや非営利組織については、本当に経済的、科学的メスもいれて、いかなければならない大事な分野であろう。次のライフワークとしてぜひ考えたい民間事業者の浅知恵の活かし方を考えている。

6月 22, 2011   No Comments

引き際(GOOD BY 63)

今日、63歳最後の日、明日より今日が大事!
引き際のけじめをつけようか?

57歳で、サラリーマンにけじめをつけて丸7年、63歳は大きな区切りの年だった。自分の意思で自由に考え、自由に発言し、自由に意思決定できる生き方・・を求めて6年の時間を区切りに考えた。全てからの開放が可能になった、と考えて・・・

結果は、残念ながらどんどん求める自由が、再び狭まって行く状況がわかるものだ。判断に迷い、決断に迷い、自らの限界を悟る。
引き際は再び年齢と共にやってきた。走れば、走るほど当然のごとく責任は増加し、比例して時間が不足する事に気づくものだ。

体力、気力、能力が低下し、経験と知恵が空回りするのが自覚できる。
責任の取れない事態を憂慮し、恐怖化していく・・・。

そこで、ここまでの事業を引き継ぐバランスシートを厳しくおいてみる。その上で後継者を選ぶべくかどうか判断しなければならない。あくまでも事業売却の可否判断であり、オーナーと経営者の選択とターゲットの「有無」が重要だ。

その第一ターゲットは息子になる。
三年前からグループに算入済みで、最有力候補者ではあるが、ビジネスの範疇だ。事業売却は、原則全ての債権債務を引き継ぐのだから、そのジャッジがより客観的であり、かつ主観的でもある対象が必要だ。
なぜならあくまでも事業期中における事業売却であること、個人オーナー企業であるから当然全ての個人資産が担保提供されている為、それらも切り離せない譲渡(売買)であるから・・・

オーナー経営者としての比較も厳しく考えてみる必要がある。そこには多くの社員が、生きているのだから当然より厳しく行わなければならない。

経営的素養として選んだキーワードは、
能力、体力、気力、信用力、経験、知恵(知識)、財力の七つ!

残念な(悔しい)事に既に能力、体力、気力では息子に抗えないものがある。
ショックだったのが、信用力の客観的比較においても負けと出た。
経験と知恵はまだまだ・・・と強がってはみたものの、自らの経験や知恵だって大半は35歳までに習得したものだ。
彼も確か35歳は過ぎているのだから、これだってわかったものではないと悟らされるのだが、この二つは多少その後の人生経験と事業内容からして多少はまだ優位にあると考えたい。そう考えなければ次のステップの言い訳までも消えてしまう。
財力は既に勿論互いにイーブンで突っ込んでしまっている。答えは自ずと明らかだった(泣)

果たして、事業のバランスシートをどうみるか。
親子であっても大幅債務超過な事業を売却する事は勿論出来ないぞ!

しかし、事業はそのほとんどが、先行投資途上であり、企業価値は簿外の潜在価値でしかない。ゆえに悔しいかな、事業売却は0円で成立してしまう。
この点を息子はどうみているか知らないが、収支イーブン程度の評価はしているのであろうか?

もし、この買い物が目に見えない付加価値を含めて、「買い」と判断しているとすれば、頼もしいものだ。往々にして、行きがかり上、親の我儘の尻拭い程度に考えているかもしれない。

この売買の判断は、経験上自分であったら、その時どんな立場にあっても「買い」の決断をすると確信しているのだから、多少無理強いはあるかもしれない。決して自信過剰でないキャリアで事業の含みを計算できる知恵を持っていると判断できるからだ。

かくして、今日、この日をあらゆる整理を自らの引き際として環境整備を終えた記念すべき日とおいた。

さて、これからが難しい。この事業には、見えない付加価値が満載なのだが、これに気づいた経営ができるかどうか。
この会社にはボランテイア的我儘顧問が沢山存在することだ。本来なら現役であっても未だ、付加価値を持つコストパフォーマンスを持つ人材が多数存在するのだ。

驚くなかれ、その人件費は5000万程度にも査定できる現役評価価値の使い方である・・・。これに気付かなければ、この事業価値が見えない人である???
かくして、事業売却は成立した。あくまでもビジネスとして・・・

さて、我がラストランは第三章に進んで行く!
無責任な顧問業とコンサルタントビジネス・・・
実業ではないが、決して虚業でもない。なぜなら莫大な保証債務は全く消えていないのだから・・・

本気でつぶやき続けるぞ!
なぜやめたのか、なぜやめるのか?
どうしてこんな日本になったのか?
どうしてあんな会社になってしまったのか?
人材育成ビジネスと経営コンサルタントビジネスを本業として!
次の引き際は、今般の震災時に一瞬覚悟した死の瞬間かもしれない!

6月 16, 2011   2 Comments

引き際(2)生きる事

東京電力福島原発には、、約一万人の職員が働いている。

そのうち1000人が、エリート東電の社員、東芝、日立など協力会社の社員がいて、その傘下に9000人のの現場作業員が、一次〜五次下請けとして働き、それぞれがその生活を支えている。約5万人程度が福島原発の元で生計を立てている事になる。
実はその仕事場も勿論「生きている」わけで、戦後日本が生んだ原子力関連学者がなんと35万人にも及ぶというから驚くべき数字であり、それぞれの職場もその原発事業の中で、法人としてもの言わず静かに生きているということになる。

もの言えぬもの、それは現場作業員であったり、下請け法人であったりする。現場主義とは、その、もの言えぬ世界から物事をみて発言す事と考えるところだが、既に作業員の多くが被爆限度量を超えていると最近になって報道されるのはどういう事であろうか?
十分に事故直後から想定されていたはずであり、「それでも生きる為には、日本の為には働いてくれ」と現場では言っていたのではなかろうか?
現場主義が全く機能しない官僚機構が、日本をダメにしているのだ。

現場作業員にとって、引き際が存在するとはとても思えない。下請け法人は、引き際であってもそれは、稼ぎ場所であり、発言権は存在しない。そしてこの大震災の余波は、3万人に及ぶ人命に最後の引き際を与え、無数の職場を無言の内に引き際を与えず奪い去ってしまったのだ。

人が生きるという事は、人が働く場を維持する事で成り立つものであり、人の命と全く同様の価値として職場の命も存在する。

強者の職場を出て、弱者の職場を維持発展する事の厳しさを痛感し、この震災を「自ら」の問題として捉えてきた。
勿論、直接的影響もあり、弱者の立場でいえば、傷口は小さくともその痛手は生死を左右するものでもあったのだ。
都内の銀行にも、当然中小企業者の悲痛な叫びが溢れてい事も見聞している。

震災地の事業者の関連業者は、この首都圏にも無数にあり、小さな影響でもその日暮らしの資金繰りの厳しさは、震災前からあったのだから当然の叫び声だ。

福島の友人からも悲痛な叫びが聞こえてきた。震災影響で、ハローワークが麻痺し、就職の目処など全くない。雇用保険がきれるので、何でもいいから仕事場を紹介して欲しい。仙台までなら通えるので・・・との電話!

今頑張らなければ、日本の将来はない。
未曾有の混乱が起こっている。菅総理の引き際はそんな大混乱の中にある。間違っても日本のトップの決断の歴史的引き際なのだから、彼以外には判断できるだけものではないし、政局も世論も彼の頭にあるべきでもない。

話は急転するが、こんな中、一人の有能な社員が、会社を去る事になった。
人それぞれに価値観があり、生活がある。
理想があり、現実があり、生きてきたそれぞれのキャリアがある。

日本という国はつくづくキャリア社会であると今更ながら実感している。
ある田舎工場の工員からサラリーマンに転職した時、学卒(名も無き)という学卒のキャリアを使って再就職の職場を得た。一度捨てたキャリアであったが、そのキャリアへの転身は家族を支え、やがて企業戦士が生きがいとなり、上場企業の役員にまで押し上げる原動力ともなっていった。
それは、原発容認であり、この日本の進路の是認であり、私もその責任者の一人である事に間違いはない。(原発に加害者がいるとすればその一人という事になる。)

一念発起して中小企業者を創業して7年、今パート、アルバイトを含めて40名程度が、職場をともにして頑張っている。
家族を含めて100名程度、恵まれた前職のキャリア組とは当然一味も二味も違ういわばノンキャリ我儘集団である。倒産すれば、決して再就職の場はないし、自ら飛び出す事すらできない環境下にあることを理解してもらわなければならないのだから経営者としては中々辛いものがある。

そんな中一人が、「引き際」を悟り退職を決断したのだ。
会社は大きな付加価値を失う一方で効率を手にしたことになる。厳しい現実は同調者の自爆を食い止め、効率化を無視する判断を優先するしかない。互いに決して逃げ場など無いのだから・・・。
これがいずこの中小企業においても、おかれている厳しい現実の姿である。

彼は、最後に言ってくれたのだと思う。「あなたも、引き際ですよ!」と・・
彼は、辞表を「新オーナー」に手渡して去っていったのだ。
間違いなく、一線を引いてもオーナーとして君臨していたのだが、彼は辞表を私には渡さなかった。明らかに厳しい退場勧告を突きつけられたのだ。

これまで、事業再生のプロとして、何人ものオーナーに引導を渡し、「再生の道は新創業しかあり得ないのだから」と言ってきた。

大震災下の今、日本も全てを新創業に委ね、引き際を間違わない事、負の遺産を一手に引き受ければ、その付加価値は計り知れない新たな価値を誘発する。

引き際とは美学でもあり、首の宣告を自覚する悲しい結論でもある。
中小企業経営におけるキャリアは、残る職員のキャリアの程を理解させ、自覚
させることで、強く成長を促す以外にはないと教えてくれたのだろう。日本の経営も同じであるはずだ。

人材育成と新創業のベンチャー支援に徹して、次のステップの為の引き際としたいものだ。「ラストラン」は第三章へと移って行く・・・。

6月 16, 2011   No Comments

古賀茂明氏の「日本中枢の崩壊」

経済産業省大臣官房付きの古賀茂明氏は、テレビでご存知の方も多いでしょう。現役官僚として政、官の問題点をバッサリと切る氏は何者か?

前回引き際の美学を菅さんに贈呈しておいたが、古賀さんは現役のままこの書を福島原発の後書き上げたものである。この引き際の美学も又感動せざるを得ない。

補論に投稿を止められた「東京電力の処理案」を補筆し、経済産業省には内緒にしておいて欲しいとある。4月中頃の提案書である。

序章が、「福島原発の裏で」となっているが、書きためておいた日本崩壊の図式を官僚制度の制度疲労と公務員改革の重要性を唱える過程での大震災によって大きく補行を加えて発刊したのであろう。

果たして、現役官僚がここまで書いていいものかどうか、またそれでも今日も現役官僚でいられる摩訶不思議な組織の実態に、感動と共感を覚え皆様にも読書をお勧めする。

内容は多岐に渡り、一人の日本官僚の持つ知性の広さに舌を巻くばかりである。彼がこのまま、総理になっても今よりはずっとマシな政治が行われるのではないか?その官僚たちが、如何に惰眠を貪り、自己中心的に動き出しているかを浮き彫りにしている。

明治以降、官僚国家日本は世界に誇る国家的シンクタンクとして、その発展を支えてきた。政治が3流であればあるほど、その機能は発揮され、今日の茶番も我々は平気でいられるのだが、残念ながらすでにその制度疲労は取り返しのつかない状況を迎えてしまっており、今般の大震災、津波、原発、政治、官僚の五重苦は、やはり日本沈没を余儀なくされるものと言わざるを得ない。

キーワードは、民主党、国家戦略局、公務員改革法の3つの崩壊で有り、そのチャンスを逃したまま、大震災がやってきたことと氏は指摘している。

古賀さんが如何ほどの人物かはこの書以外には知らない。ただ引き際の美学を現役のまま遂行し、戦う苦悩は静かに席を立つ美学など及びもつかないものであろう。自らが、組織に残り、その腐り切った組織を外部リークしてかつ存在できる組織・・・。

あえて、身内に官僚を抱える我が身にとってさえ、起て今こそ、改革派官僚たちよ!と言いたい。

もし、優秀な官僚であるならば、政治か経済で十分に身は立つ!自らをリストラし、官僚機構を崩壊させ、日本の有用人材として現場の人材不足に貢献せよ!(キャリアが一人減れば、国家は10億のリストラになる!?)

今、政財の人材不足は、官で惰眠を貪る暇は残されていまい。その事を最も気付くキャリアこそ、反旗を翻さなければならない!!
古賀氏の今後の動向に注目したい!!!

6月 13, 2011   No Comments

引き際の美学?

菅総理の引き際の悪さが取りざたされている。

私は、彼は不信任案が提出されると決まった時、引き際を自ら決断したと思っており、ブログにも確実にできるだけ早い辞任を探るだろうと書いた。

アホな鳩山の嘘つき発言に呆れ、真の政治家不在と今も続くマスコミの馬鹿騒ぎに呆れている。どれほど能無しであれ、一国の総理が密室であろうと何処であろうと、一度そうつぶやいたのなら、後は彼がその影響度を図りながらできるだけ早く辞任するに決まっている。
そのタイミングに大騒ぎをする必要など馬鹿げた話だ。一刻も早く投げだしたいに決まっているが、それができない立場を理解出来ないなら、政治家が務まるはずも無いし、引き際など考えた事もない無責任政治家どもと言わざるを得ない。

自ら、真剣に引き際を体験したり、決断した事がない無責任体質が日本を支配している証でもあり、全ての政治家が無責任な茶番劇を演じていると書いた。

私は、7年前の4月1日に前職において、ある決意に基づき辞表を提出した。
退職許可が出たのは、6ヶ月後の9月末になった。結果的には針の筵の惨めな6ヶ月をすごした。辞表提出前に当然その決意を必要なメンバーには話しているのだから、後戻りなどあり得ない。にもかかわらず、漏れ出した情報から、その大半が単なるパフォーマンスと受け止められて辟易の時間を過ごしたものだ。

あんなにいい立場を捨てて辞めるはずがないし、やっぱり辞めないみたいだよ!(運転手がいて、秘書がいて…)
近しい人ほど、そう鷹を括り、そうだからこそ(残念にも)本気で説得を受けて困った訳でもなかった。
たかが半端な役員ですら、円満退社する為に店晒しのまま6ヶ月が必要だったし、それは立場上、正式組織決定を待つしかなかったのだ。

自らの決断で引き際を決めるべきは、全ての政治家の基本的素養であるべきだし、企業の役員たるものは、引き受けると同時にそれを自覚する事など、組織人の一丁目一番地である。勿論そう教えられて引き受けたし、その人の最終許可を得るのに6ヶ月を要したのだった。

脱線ついでに云えば、私は企業の役員たるもの全て自らの引き際は、自らできるだけ早く見つける勇気が必要であると思っている。

理由は、時の説得力を持った話法の中に「このまま役員定年迄居座れば、2億円程度になる」と計算してくれたアドバイスにあった。故に役員定年なる制度ほど企業をダメにするお手盛り自己保身制度が、日本経済をダメにしていると後悔半分でそう思っている。

役員ともなれば、無難に保身さえ心がけていれば首を言われる事など無いに等しい。故に毎年の決算時の前には、自らの引き際を自ら判断せねばならない。

私は今月、無事役員定年の歳を迎える!
つまり、多くの仲間が完全定年を迎える歳、株主総会を静かに待つ選ばれし役員を含めて、一つの区切りの年齢である事に違いない。

さて、菅さん、辞めるなら後任に意中の人材が必ずいるはず!
少なくともその名を明確にして、一日も早い辞任を果たしてもらいたいし、辞めるからできる思いの全てを吐露する勇気を期待する。公人であれば思い通りに行かない迄も、有終の美は引き際にあるとの「男の美学」をせめて果たして欲しいものだ。

そして、我が「ラストラン」も次なるステージへ向う。
小説「ラストラン」では主人公橘譲二は、62歳で見事に自爆している。

社長業を終え、オーナー業が生涯現役と考えていたら、そこにも引き際が存在した。残念ながら、今回は引き際を教えられた感もあるのだが、確実に年齢的(能力的)にオーナーにも限界値があった。

さて、それでも走り続ける為には・・・
神童さんやジャジーさんのような芸才もなければ文才もない。
創業者(ファウンダー)は、事業継続さえあれば名のみは残る生涯現役の都合のいい肩書きだ。
シニアコンサルタントとして、人材育成や指導は案外向いているかもしれない。せいぜいブログやTwitterで、文才を磨き、多少余裕のある柔らかいコメントが書けるようになれば、と静かに(でもないか?)考えている。

菅さん!引き際こそが「男の美学」
私は7年前この言葉で理屈をこねずに辞めました。私も今回は世論の風向きに押されて決断しました。
一日も早く辞任されん事を・・・。できれば、鳩馬鹿の面当てで、政治家もきっぱり捨てて、市民運動家であった事を証明するために「福島へ向う」なら貴方の存在が歴史に残るかもしれません。
今、貴方はやっとなんでもできる力を自分のものにする瞬間なのですから!!

6月 8, 2011   2 Comments

山手線での大ショック!

渋谷から品川までの山手線車中での、一瞬の出来事・・・

いつもなら、当然のごとく出入り口ドアの辺りで立っているのだが、座れればと考えて電車の中ほどへ入って、手摺りを持った途端だった。
前に座るアベックの若者の一人が突然席を立って何か囁いて手招きする。
どうぞといっているらしい。
勿論、慌てて手を振って断ったが、彼も手を振ってその場を離れてしまった。苦笑いをこらえて座らざるを得ない。
逃げ出したかったが、間違いなく若者の善意なのだから観念するしかない。

不覚であったし、ショックであったのはいうまでもない。
そのまま、目をつむり反省してみた。確かに疲れが顔に出ていたのだろう?
いや、もうそんな歳になったんだ・・・。
いや、そんなはずはない。
今でも座る時には、席を譲るべき人が近くに居ないかドキドキするくらいなのだから、そんなはずはない・・・。

二人は中国人風であったから、彼らのモラルでは、多少でも年上と見れば席を譲るよう教えられているのだろう???

このショックは、一日中つきまとい、これからも離れない記憶となりそうだ。きっと物欲しそうな老人に見えた自分がいた瞬間があった事を事実と認めて、反省する事としたが、果たして彼は失礼極まりない行動であったとは、決して思わないだろうし、そうだとすればもう電車には乗らない事にしよう???

6月 5, 2011   4 Comments

岡田総理、石破官房長官!?

菅さんは終わった!問題は次の候補を誰も示さないこと・・・
対案のない批判合戦など全く無意味、原発を止めるのか、推進するのか・・・
消費税を上げるのか、据え置くのか・・・
官僚は要るのか、不要なのか?
国家公務員給与引き下げ、官僚に「人」は居なくなる。彼らの給与がいかに低額か知っているのかどうか?政治が停滞しても、実は外交も経済も廻りはする不思議・・・

次は、岡田、石破は好きではないが止む無し!
消費税は、社会保障との一体改革で10%まで止む無し!
原発は、世論の動向を鑑みて順次停止止む無し!
官僚は、今の政治レベルでは、フル活用止む無し!
なぜマスコミは、これを明確にいえないか?
ついでに東電は、絶対に国家管理にて解体、責任の所在は電力料金と使用量の嘘をあばけば明確になる。原発なしでも電力消費量は賄える!

これが、今必要な対案としたいが、いかが???
呆れた茶番に、政治家に成りたくなる。三日と持たないだろうけど!!!

6月 4, 2011   No Comments

茶番が終わった・・・

茶番が終わった。菅が終わった。民主党も終わった。原発問題は残ったまま・・・

日本最悪のピンチに最悪の政治が、堂々と行われている。民主主義のルールにおける責任者の一人にあげられる屈辱感が残る。原発を推進した民主主義、脱原発に変わる民主主義、誰も責任を取らない民主主義・・・

リスクも責任も取らない民主主義は、空転し、回帰するのみで発展は決して望めない。自民党へ回帰する政治、原発推進をした首謀者が、脱原発への舵取り
に変貌して民主主義は責任を回避する。大地震は天災でも、原発事故は人災にちがいない。被害者が存在する以上、責任者は存在する。

菅さんが責任者であれば、断罪に処すべきで有り、自民党政治が原因であれば、結果責任としては谷垣さんが断罪されるべきだ。原発事故は、地球上に消えないまま、大きな被害を落としたまま消える事はない。地球上に存在する放射能は、人工製造物であって、決して自然物ではないのに、東京の数値は自然値だと言われる不思議?

日本沈没は、政治で有り、経済であり、敗戦でもあるのだから、その復興処理は、今度は間違わないようにしなければ、アメリカ追随を選んだ政治が日本の現状の全てを形作っている。
日米同盟主軸を変えなければ、日本の未来は来ない。敗戦処理の政治選択が、現状の日本を形作り、そして日本の誇りは失われた。

虚しいが、その責任者の一人とされる自分が常にそこにいるのだ。

6月 2, 2011   No Comments