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Posts from — 7月 2011

Unchain my heart

Unchain my heart

神道さんが、ジョーコッカーの「アンチェインマイハート」のCDを貸してくれた。
帰り道の車で早速拝聴・・・

思わず、「いいね!」と独り言をいいながら想い出したレイチャールズのオリジナルバージョン。
実は俺には「セツミ フリー」がこの曲の正式名だった・・・。

「Set me free」との「嘆き」の歌詞が題名に変わってしまったのは、高校時代の大親友の片想いの相手の名前が「セツミ」さんだったからだ。

40年以上も前のレイチャールズのレコードを擦り切れるほど聴かされて、合わせて彼が叫ぶ「セツミ フリー」は、真に迫って切なかったものだ。

もちろん我が友の心を伝える「キューピット」の役割を買ってでたり、ラブレターを代筆したり・・・・・・。

その恋はついに適わなかった。
彼女の答えはいつも「違うの!」
必死のおれは「なんで?」
彼女は「・・・」

適わぬ友の恋は、「アンチェイン マイ ハート」そのものであったが、俺には「SETUMI FREE」という友の嘆きのカバーが昨日の事の様に耳に残っている・・・

俺には既に彼女がいた!

「・・・」の意味は解っていたが、もちろん彼にはそれは言えなかった。
・・・が、セツミに「俺には彼女がいる」とも言わなかったのは、、、
セツミは、もちろん「かわいい女子大生」だった!

人生・・・・・・(青春、すれ違い、ドラマ)

彼は、既に早すぎる人生を走り終え、ー彼女はどこかで元気だと聞く。

40年前のなんともやるせないレイの嘆きが、コッカーのカバーでは「UNCHAIN MY HEART」として名曲になっていた。

神童バージョンにもきっと「ドラマ」があるのだろうか?
数ある楽曲からこの曲を選ぶ理由がきっとあるはず・・・

7月 19, 2011   6 Comments

地震、津波、原発…そして保険・・・

自虐的呪縛を強く意識しながら、、、

未曾有の大震災における「国家的!損害」は未だに計り知れない(巨大な怪物)。

保険業界に長く席を置くものとして、その無力さを痛感するところでもある。
そもそも、地震や津波等の自然災害は損害保険約款上は免責条項として原則的に支払い要件から除外されている。
世界的にも損保会社では、一社での集中的巨大リスクへの対応キャパが限定的な為、自然災害には別途総枠を設定して引き受け、その為の再保険網を世界規模で構築してはいるのだが・・・

結果として、今回の大震災に対応出来た損害保険の支払いは、福島原発事故を除いても全体の損害額の一割にも見たないであろうし、その結果未曾有の事故であっても損保業界における業容(決算)にも、結果として大きな影響は及ぼさない。

福島の原発事故はもちろん自然災害ではないが、万一の場合には計り知れない損害額の発生する事は十分に想定されており、日本でも原子力災害については別括りにして保険業法に追加規定されている。業界全社で「原子力保険プール」と云う独占企業体が、日本損害保険協会の外部団体として構成され、その団体が「法に基づき」一括的に損害保険対応をしているのだが???

その昔、原発推進の政策を踏まえて、1960年に法制化され、当時の損保協会加盟20社が全社加盟、当然独禁法適用除外団体として、「日本原子力保険プール」として今日まで一括して各電力会社から原子力保険を引き受けてきたのだから、備えは万全であるはずであろう。

ところが、この仕組みは大きな問題点を残したままで、今日までこの法律で日本の原子力政策の象徴してのみ利用の上放置され、今回の大事故をむかえたてしまったのだ。しかし全くと言っていいほどこの議論はなされていない。

東京電力は純粋に民間巨大企業であり、勿論企業の保有するあらゆる訴訟リスクや所有資産リスクには、本来自ら保険付保等によってコスト化、ヘッジする義務があるし、事実それが保険事業者の主要業務となっている。

通常でいえば、その損失カバーは保険会社にコストとして転化され、故に東電が、損害賠償リスクで倒産する事などないはずである。ましてや、損保カバーは法で決められており、適正な保険料は強制的に支払われているのだから、今回の事故における東電の損害賠償義務は保険でその大部分が補填されなければならない。別法まで作り、その為だけの保険会社まで設立されているのだから・・・

ところがここに大きな落し穴が存在する事は、この保険スキムができた当初から認知もされていたのだ。それは・・・

① 原発事故における想定リスクが、あまりにも巨大であり、日本の損保全社での体力では,高々1200億円しか引き受け出来ない事・・・

② ならば世界への再保険手当てで総枠を広げればいいはずだが、日本は地震国であり、地震が原因の原発事故は世界のどこにも引き受け保険事業者がいない事・・・

③ いや、国内社でさえ地震による事故は免責とする条項なしでは引き受けられないという結論が出てしまい、法的には地震事故が原因となる場合には、国がその再保険を引き受け、賠償義務を負うとして成立したスキムである事・・・

要は、大きな事故リスクが存在し、それが地震による可能性が高すぎて保険的には成立しない事をその法律成立時に保険会社が立証していたのだ。

原発推進において最も難しい万一の問題は、事故時の保険手当てが出来ない事がはっきりした上での推進策の構築であった。そのために保険事業者全社を集めて、わずか1200億円の保険プールを作り、結果としては全て国家が賠償する事で、民間企業のリスクヘッジを国民に背負わせてお茶を濁したのである。

すなわち万一の事故は十分に想定されていたからこそ、世界の保険会社が引き受けない日本の原発リスクは明確に存在し、それが現実の事故となり、東電も、民間の保険会社も傷つかなくて済む仕組み・・・

これが日本原子力プールという日本の原発推進を支える保険機構として、リスクヘッジ(ではなく政策ヘッジ)をしていたという茶番劇が露呈したのだが???
(日本原子力プールという組織は原発推進上、必要な無用の長物として成立した)

今や、1200億円等、保険会社一社で担保する事例が噴出している時代である。ニューヨークテロの大損害は、日本の3社がその半分の保険リスクを被ったのだから・・・(当時我が出身会社も悠々ではなかったが、無事乗り切った一社だ)

今回の原発事故の損害は10兆を悠に超えるだろうか?
世界の保険機構は既にこの程度の事故想定額は引き受けられる?(但し、地震免責なら・・・)
問題はあまりにも想定リスクが現実的であり、保険確率上の万一のリスクに当たらないから引き受けられないのであり、特に日本保険プールを世界に再保険付保で示した時、地震国日本の事故の可能性の高さについては、世界から拒否され、その可能性は十分に立証されていたし、その証拠すら残っている!!

飛躍して考えてみる。
原発の発電コスト試算上の問題点を保険的に検討する事は可能である。三つの仮説をおいてみよう。
今回の福島原発事故の東電の損害賠償総額を10兆円とし、1事故あたり、10兆円の保険が、世界再保険機構を使って引き受けられるとする。
(いずれも現実的ではないが、地震による事故のみ「免責」とすれば可能かもしれない。地震免責では全く意味ないが・・・)

保険料というのは、支払い予定額1000円に対して掛け金がいくらになるかを統計学的数理計算されて算出される。
ちなみに、一般の個人の日常生活に関わる賠償責任保険では、1000円あたり10銭程度となる。
(「1千万の賠償責任額で年間千円の掛け金」という計算で、現在当社(ミニ保険会社)もその程度で元請販売している)
これを参考にする訳にはいかないのを承知の上で、様々試行錯誤すれば東電がもし、全原発に保険で10兆円のリスクヘッジをすれば、年間一兆円を下らない原発電力にコスト負担が上乗せされる程度になるだろうか?
(この試算は、実は確実に仮定値として計算されているはずであり、それでも引き受け保険会社は存在しないほどリスク想定が高いという証しでもある)

電力料金には当然保険料を内包出来る(法的に既定あり)ので、キロ当たりの保険料金が算出されるとおそらく10円以上の割高になるかもしれない。ちなみに水力、火力のコスト試算上には勿論保険料は含まれており、原子力においても保険プールに支払われる保険料は、計算されているはずだが、実態値からすれば、10%以下に抑えられていることになる。

かくして、今般の東電の福島原発事故の損害賠償は全て、国民に付回しとなり国家の損失となる事が法整備されて推進されている事がわかる。民間企業を国家が支え、かつその正しい資料が政府にさえ、今なお隠蔽する電力事業者の体質。

民間であれば、絶対に即死であり、今回の事故でも保険カバーが出来ないで潰れるしかない事業者と比較して、なぜ許されたまま放置されるのだろうか?

原子力村の利権は、すでに金融機関、マスコミを合わせて政、官、財を取り込み、国民を取り込んでしまっている。
その先兵としての日本の原発の事故の可能性は、世界の金を集めても引き受け
手がいないほど高いという事を示しているのだ。

7月 13, 2011   No Comments

Aioi倶楽部と渡邊美樹

何気なく机を整理していたら、一枚の懐かしい写真が出てきた。
Sプラス3Jと渡邊美樹ワタミ会長の5人が並んだある記念写真!

SプラスJJJとは、「あいおい損保」合併時の表看板と裏方のマル秘チームであった???
勿論、特に談合したわけではない。当時のS社長の阿吽の指示があったと夫々が勝手解釈していた3Jとは「3K」が正しい不良サラリーマンの悪名である。
それを名付けたのは、3Kに使えた元部下でシャレの聞くU君(今や常務さん)

合併時に相手会社にまで知られたその「悪名」 は、勿論「きつい、汚い、厳しい」から名付けられたはずだが、だれもそうは言えない。
そう呼ばれるようになって以来、その自覚があった私は当然なんとか「脱出 」を試みたのだが、ついに合併時までその悪名3Kは消えないままとなっていた。

無事(でもなかったが)、合併を終え新会社のスタートで、本社の伏魔殿からただ一人やっと脱出できて「3K」も解散出来ればよかったのだが、次の役割が待っていた。S社長の後任者選びだ。そしてその証拠写真としてなぜかこの写真が残っていたのかもしれない???

新会社の統一スローガンは「顧客にもっとも身近かな保険会社」・・・
そしてこの写真は、その象徴として神奈川で立ち上げた「あいおい倶楽部」と言う顧客感謝セレモニーの記念講演時のスナップである。
全国初の勝手設立「あいおい倶楽部」立ち上げ責任者としてゲスト講演者に二人の講師を考えた。
厚かましくも一人はその合併会社の「S社長」を選んだのは異例中の異例が常識だとわかってはいたが、あえてゲストとしてお願いした。
Sさんには、当社社長としてではなく、一財界人として自由気儘にお話ししてもらうこととし、従って儀礼的な挨拶は禁止と断り・・・
「会の最高責任者としての挨拶は地域責任者の自分がやります。話すテーマはその時点で私が決めますのでよろしく」・・・

普通これで了解する社長などいないだろう。この人はそれを了解してくれるし、それが最もお客様に受けるだろうと狙ったのだ。会場に到着して「お話しいただくテーマは自由、持ち時間は時間は40分です」大胆だが、勿論狙いは大成功、「あいおい倶楽部」の仕掛け人ご本人がその想いのたけをしゃべってもらえば一番いい話になるはずだ。しゃべったご本人が最も満足するほどの名演説だった!

渡邊美樹氏への講演依頼は、大変だった。
横浜で大成功したメジャーな実業家で、地元でも滅多に会えない人物、
高杉良の小説「青年実業家」で私も個人的にも会いたかった経営者!
やっぱり本物は違う、S社長をも唸らせる巧みな話術に観客はスタンデイングオベーションで見送ってくれた。

その後の控え室の一枚がこの写真である。
それにしてもなんで 「3K」がこのセレモニーに揃ってしまっているんだろう?

かくしてあいおい倶楽部は、スタートし今も「AD倶楽部」として全国に存在はするらしい。
当初の狙いが、「最も顧客に身近かな保険会社」の象徴としての存在であったとすれば、果たしてその大義はどうなっているのだろうか?

3Kの悪名は、次期社長に1Kが決まった時点で終焉を迎えなければならない。

それは、紛れもなく悪名であり、この悪名から逃げ出したくてたまらない1K
が冷静にそこに居た。
「このトライアングルから逃げ出さないとやがて悪名が地を出して、地獄をみるかもしれないぞ・・・」
こんな恐怖感があったかどうか?
いや、たしかに私には聞こえていた!
だが、振り返れば、3Kに悪名通りの振る舞いがあったのだとの理解は、果たして独りよがりの早合点だったのだろうか?

伝説的に、未だに聞こえる3K時代がやっと終わろうとしている?
(写真添付しないのは、出来ないだけ、みな若いね!)

この写真の真の意味はだれにも理解出来ないが、なぜ今頃て来たのだろう???
一枚の写真で、典型的な独り言をぼやく年頃になったのだ。

10年前のSKKKに一人芝居を演出しながら、苦笑いしている・・・

7月 7, 2011   No Comments