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Posts from — 11月 2011

3S総研 (5) 保険VS共済のオルタナテイブ考察

保険法によって、法的に言えば共済は保険のジャンルに組み入れられたわけですが、果たしてそのことが金融業としての監督法である「保険業法」に概ね準拠してしまう事でいいのでしょうか。

出来るだけ象徴的に、その相違点について以下(オルタナテイブ)の視点で整理してみましょう。

① 金融事業VS相互扶助事業
保険事業は、主にその預かり資産の利差益で成り立つものであり、リスクの大小によって最大限の公平性を担保せざるを得ない契約業務です。
一方共済事業は、主に協同組合等の組合員の合意による相互扶助の観点で成り立つべきものであり、助け合いの中にその公平性が必ずしも担保できない事も承知で契約するものと言えるでしょう。

保険も共済も相互扶助の精神がよく言われるところですが、リスクによる公平性を絶対視する保険事業において、この精神は相反する(オルタナテイブとして)存在するものが共済事業と考えられます。

② 保険計理人VS共済計理人
保険事業にも共済事業にも、一般的にはアクチャリーという資格者(数学者)が、その保険料(掛け金)の妥当性を検証する事が、義務付けられています。リスク分析と大数の法則によって、高度な計算がなされる数理の世界です。アクチュアリー資格の上では、保険計理人も共済計理人も同一資格でありながら法的名称が違うのは、その分母たるものが、不特定多数の大数の法則か、はたまた特定多数によるものかで違いがあるものと解釈できます。

共済事業は、ある特定の団体の組織の組合員(会員)を主たる契約者とする訳ですから、その組織の属性によって、リスク要因が大きく不特定の数理と異なることがあり得るはずです。
一方保険事業においては、これまであくまでも不特定な顧客、マーケットを対象にして、かつ最大限、リスク要因を細分化する方法で公平化を図り、保険料率を算出してきたもので、そのデータは「料率算出機構」という公的団体でもデータを一般化している実態があります。
直近の保険業法改定において、「不特定」の言葉が消えてしまったようですが、基本的には、保険計理人は「不特定」、共済経理人は「特定」の中で、定められたルール(算式)によってその相違点を説明するしかないでしょうか。

③ 保険料VS掛け金
保険料と掛け金の言葉の違いはどう理解すればいいでしょうか?歴史的にみれば、掛け金という言い方は、明治以前から存在していたもので、頼母子講や無尽講などは、日本古来の相互扶助の知恵としてあったものでしょうが、保険料という言語は、保険業法と共に明治以降に外来した言葉でしょう。因みに英語では「プレミアム」というそうで、保険料を「P」というのが、保険業界用語となっています。

保険料料は、純率(支払い率)と付加率(経費率)で構成されてます。(共済では純掛金、付加掛金というようですが、純率、付加率で説明します)
純率は当然ながら、前述した契約者の属性によって大きくことなります。大数の法則では、分母(マーケット)が大きくなればなるほど正確性は増すので、不特定がが最大公約数となりますが、逆に特定のマーケットであれば、リスク要因も特定される事で分母が少なくなってもそのマーケットにおいては性格なリスク数値を算出できる事にもなります。

故に、一般論では純率は、保険と共済では大きく違いが出る可能性を秘めていることになります。また、リスクの所在の公平さの取り方によっても純率は違ってきます。解りやすい例としていえば、男女による平均余命の違いや、年齢差による違いです。生命保険による違い料率差が、歴然として存在しています。

公平な純率を算出する為には、一日の年齢差であっても誤差は存在するのであり、どこかで割り切って、リスク算定の分母とせざるを得ないでしょう。一般的には、男女の区別と一年刻みの年齢差で生命保険の純率算出はなされているようですが、これは、あくまでも割切りの四捨五入方式をどうするかによって、その公平性を保つ範囲を決める以外にはありません。例えば、年齢差を10歳きざみに割切れば、男女差は誤差の範囲で割切れます。ただし、女性の純率によるリスクが、男性のリスク純率を負担する事になりますが、、、

現状の生命保険料率では、この格差は公平性を欠くという観点から認められてはいないようです。男女の相互扶助は公平性の上には成り立たないのです。前述の如く公平性は、相互扶助を阻害することになります。
ところが、共済においては特定の団体の構成員が予め、認め合った決まりごとの中で、相互に助け合う事がその主な趣旨ですから、その割切りをどこでするかは、組織の決定に委ねられるはずです。

せめて、男女差は相互扶助で認めましょう。より若い人が、老人の万一の場合を助けるような料率にしましょう。とすればそれなりに純率は計算が可能です。この違いが、最も象徴的な純率と純掛金の違いになり、保険と共済の違いになります。

付加率についても勿論保険と共済は大きく違います。言い難いのですが、付加率の最大値は人件費でしょうか?
まして、非営利団体の共済であれば、その差は歴然として違いになってしまいます。

即ち、純率、付加率両面において保険料と共済掛金の違いは現れて当然であり、故に相互扶助の精神で、共済の料率構成が可能となるのです。これは、オルタナテイブではなく、数理の設問の建て方の問題と言えるでしょうか?

11月 30, 2011   No Comments

3S総研 (4) 保険法・保険業法・協同組合法の相関

多少専門的で面白くもありませんが、金融資本主義経済の現状を見る上でも参考になるかもしれませんので・・・
早くも、脱線しすぎの声あり・・・反応有りで構わず続行!

脱線ついでに「保険法」の新設で保険業、共済事業が如何に変遷しつつあるかについて大枠で観てみましょう。

保険法がそれまでの民法、商法から分離され、独立した契約法として成立して3年が経過しています。

それまでは保険業は、保険業法、各種認可共済事業はそれぞれの所管協同組合法による「監督法」によって、規制又は保護されて、長い経済的歴史を積み重ねてきました。

又、この他に無認可の任意共済も無数に存在していたのですが、この保険法の新設によって、各省庁の所管監督法も含めてそれぞれ大きな影響を受け、改定が行われました。

無認可の共済に至っては、全ていずれかの監督法の存在する保険業、又は制度共済といわれる共済事業に移行するか、廃業を余儀なくされたわけです。
(これによって、無認可共済は名目上消滅したことになります。万とあった共済が消えた?)

保険業法においては、新たに少額短期保険業が認められ、主に無認可の共済事業から70社程度が移行し、既に開業しています。

制度共済とは、農協共済(農水省)、生協共済(厚労省)、中小企業協同組合共済(経産省)などの所管庁の監督法の中での共済事業項目のジャンルでそれぞれ事業認可を受けていたものです。

保険法の成立は、消費者保護の「名目」による保険契約の法的一元化がなされたわけですが、その影に米国金融事業会社の政治的圧力が大きく影響している事は、見逃せない事実です。
(アメリカ的グローバルスタンダードの一端は、今般のTPP交渉の中に潜む保険、共済項目の存在において、見逃せない事実のはずです)

保険法では、まず「共済は保険である」と一気に(さらりと)規定してしまいました。
これにより、これまでの各種制度(認可)共済も、その影響をもろに被ることになります。

お膝元である保険業法の改定で、無認可の共済の受け皿としての少額短期保険業が成立しましたし、各協同組合法にあった共済事業項目もそれによって大幅改定を余儀なくされてしまいました。

全てが、保険業法に準拠する形での改定となるのは、「共済は保険である」との概念規定によるものであり、従来からの厳しい監督法としての保険業法をクリアーする改定はさけられません。一見見落としがちな他人事のような法律改定ですが、それぞれが大変な大改訂になって、その影響は甚大なはずです。

もう一つ、保険法の制定に伴って、保険業法の改定で見逃せないものがあります。
それは、これまで保険業では常に不特定多数の顧客への販売が前提と規定されていましたが、保険法の関係から、「不特定」の言葉が消えている事実です。
(共済とは、原則特定の組織団体の中で成立するものであり、この関連性を見逃せません)

制度共済といわれる協同組合の中での組合員向けの(特定者への)保険業法準拠が難しくなるからであり、これは逆に保険事業者が、ある特定の団体のみに向けて保険商品を開発や販売が狙い撃ちの料率でできる事になります。
これまでの制度共済陣営からみれば、一大事件でもあります。
(これは、共済と保険の料率的狭間を埋めてしまう可能性を意味します)

制度共済陣営からみれば、共済が保険であるとの定義の持つ意味の重要性は、計り知れない影響を及ぼすことは必定であり、既に制度共済事業は、本体協同組合事業との経済的ファイアーウォールで完全分離されてしまいました。極めて重要なポイントが、完了しています。
(農協においてのみ一部除かれているのも不思議ではありますが・・・)

これでは、共済事業が保険事業化することと同義的であり、何故、各協同組合陣営が、この保険法制定と協同組合法改定に同意となったものか、陣営のその政治的判断に至る経過にも判断に苦しむ以外にありません。

何よりも共済は、その成立基盤や掛け金の根拠実績、内容等どれをとっても、保険業法にいうところの保険ではないはずです。

保険事業とは言うまでもなく、金融事業分野に属するものであり、その為のあらゆる保護と規制の対象となり、その膨大な監督法が出来上がっているのであり、そのためのコンプライアンス対応の負担が膨大なものとなり、そのコスト負担も当然大きくのしかかっています。

そして現実には、法律改定とその移行期間は終了しています。

各陣営とも、やるべきことは山積しており、特に非営利事業体としてコンプライアンス重視の観点からしても、解決課題を改めて早急に見直しておくべきでしょうし、何よりも共済事業が保険であるとの法的縛りを再認識した上で、その根拠の違いについても、明確に認識、理論立てしておくことは最低限の喫緊課題といえるものでしょう。

共済業界は、非営利法人という性格上、保険業界を熟知し、研究しているとは決して言い難く、また保険業界も共済事業については、その存在を軽視しがちであったのではないでしょうか。

かたや非営利法人、かたや金融ガリバー経済法人という取り合わせの中で、米国金融圧力とヨーロッパ型非営利協同組合のアンマッチをどのように解きほぐしていくべきかを実践的に研究し、具体的提案をして行ければ、事業的研究テーマになるのではないでしょうか。この両分野を熟知する実務家の存在がいないとの前提でのテーマ設定ではありますが・・・

これらの主張にほぼ同意し、共同研究してくれる生協があります。
Y理論の実践生協、S生協・・・・「生活クラブ生協」です。

生協のコンプライアンス問題、ハンバーグ事件が新聞に載った日の朝、私はY氏と秋田の農業法人による無農薬農法を見学に行っていました。勿論生活クラブ生協では、その後の中国ギョウザ事件を含めて、全く無関係!
Yさんは、その朝の新聞を見て、全く驚きもせず、生協全体の動きに対して、ただ憂いておいでだったのを思い出します。

次に、保険と共済の根本的な相違点について、具体的に(オルタナテイブに)私見を展開して見ます。具体的事業内容は、その後になりそうです。

その前に、号外として、2年前に生活クラブ生協の勉強会に提出した拙文を参考に掲載しておきます。保険法の設立、米国金融資本主義の狙い、米国のTPP戦略的の裏側が見えるかもしれません。

11月 23, 2011   No Comments

3S総研 (4) 保険法制定と保険業法、協同組合法の関係性は?

多少専門的で面白くもありませんが、金融資本主義経済の現状を見る上でも参考になるかもしれませんので・・・脱線しすぎの声あり・・・

脱線ついでに「保険法」の新設と保険業、共済事業が如何に変遷しつつあるかについて大枠で観てみましょう。

保険法がそれまでの民法、商法から分離され、独立して契約法として成立して3年が経過しています。

それまでは保険業は、保険業法、各種認可共済事業はそれぞれの所管協同組合法による「監督法」によって、規制又は保護されて、長い経済的歴史を積み重ねてきました。

又、この他に無認可の任意共済も無数に存在していたのですが、この保険法の新設によって、各省庁の所管監督法も含めてそれぞれ大きな影響を受け、改定が行われました。

無認可の共済に至っては、全ていずれかの監督法の存在する保険業、又は制度共済といわれる共済事業に移行するか、廃業を余儀なくされたわけです。(これによって、無認可共済は消滅したことになります)

保険業法においては、新たに少額短期保険業が認められ、主に無認可の共済事業から70社程度が移行し、既に開業しています。
制度共済とは、農協共済(農水省)、生協共済(厚労省)、中小企業協同組合共済(経産省)などの所管庁の監督法の中での共済事業項目のジャンルでそれぞれ事業認可を受けていたものです。

保険法の成立は、消費者保護の「名目」による保険契約の法的一元化がなされたわけですが、その影に米国金融事業会社の政治的圧力が大きく影響している事は、見逃せない事実です。アメリカ的グローバルスタンダードの一端は、今般のTPP交渉の中に潜む保険、共済項目において、見逃せない事実として存在する事からも明らかでしょう。

保険法では、まず「共済は保険である」と一気に(さらりと)規定してしまいました。
これにより、これまでの各種共済はその影響をもろに被ることになります。

勿論お膝元である保険業法の改定で、無認可の共済の受け皿としての少額短期保険業が成立しましたし、各協同組合法にあった共済事業項目もそれによって大幅改定を余儀なくされてしまいました。

全てが、保険業法に準拠する形での改定となるのは、「共済は保険である」との概念規定によるものであり、従来からの厳しい監督法としての保険業法をクリアーする改定と準拠の項目は、一見見落としがちな法律改定ですが、それぞれが大変な大改訂になっているはずです。

もう一つ保険法の制定に伴って、保険業法の改定で見逃せないものがあります。
それは、これまで保険業では常に不特定多数の顧客への販売が前提と規定されていましたが、保険法の関係から、「不特定」の言葉が消えている事実です。

何故なら、制度共済といわれる協同組合の中での組合員向けの(特定者への)保険業法準拠が難しくなるからであり、これは逆に保険事業者が、ある特定の団体のみに向けて保険商品を開発や販売が狙い撃ちの料率でできる事になります。
これまでの制度共済陣営からみれば、一大事件でもあるはずです。
(これは、共済と保険の料率的狭間を埋めてしまう可能性を意味します)

制度共済陣営からみれば、共済が保険であるとの定義持つ意味の重要性は、計り知れない影響を及ぼすことは必定であり、既に制度共済事業は、本体協同組合事業との経済的ファイアーウォールで完全分離されてしまいました。(農協においては、一部除かれているのも不思議ではありますが・・・)

これでは、共済事業が保険事業化することと同義的であり、何故、各協同組合陣営が、この保険法制定と協同組合法改定に同意となったものか、陣営のその政治的判断に至る経過にも判断に苦しむ以外にありません。

何よりも共済は、その成立基盤や掛け金の根拠実績、内容等どれをとっても、保険業法にいうところの保険ではないはずです。

保険事業とは言うまでもなく、金融事業分野に属するものであり、その為のあらゆる保護と規制の対象となり、その膨大な監督法が出来上がっているのであり、そのためのコンプライアンス対応の負担が膨大なものとなり、そのコスト負担も当然のしかかってくるでしょう。

現実には、法律改定とその移行期間は終了しています。
その上で、やるべきことは山積しており、非営利事業体としてコンプライアンス重視の観点からしても、解決課題を改めて見直しておくべきでしょうし、何よりも共済事業が保険であるとの法的縛りを再認識した上で、その根拠の違いについても、明確に認識、理論立てしておくことは最低限の喫緊課題といえるものでしょう。

共済業界は、非営利法人という性格上、保険業界を熟知し、研究しているとは決して言い難く、また保険業界も共済事業については、その存在を軽視しがちであったのではないでしょうか。

かたや非営利法人、かたや金融ガリバー経済法人という取り合わせの中で、米国金融圧力とヨーロッパ型非営利協同組合のアンマッチをどのように解きほぐしていくべきかを実践的に研究し、具体的提案をして行ければ、事業的研究テーマになるのではないでしょうか。この両分野を熟知する実務家の存在がいないとの前提でのテーマ設定ではありますが・・・

次に、保険と共済の根本的な相違点について、具体的に(オルタナテイブに)私見を展開して見ます。具体的事業内容は、その後になりそうです。

11月 22, 2011   No Comments

3S総研 (4) ワーカーズ・コレクテイブとは?

「ワーカーズ・コレクテイブ」はこの物語?の主人公とも言える存在になります。

実は限られた世界にしろ、実在する新たな労働形態に対する造語として、既に社会的地位を得ているものであり、多くの関係書物も出ている概念ですが、一般的には耳慣れない言葉かもしれません。

にわか勉強による独自の解釈での解説はおこがましい限りですが、多少詳しく説明してみようと思います。(ちょっと難しいかも・・・)

主にヨーロッパの産業発展の歴史で、「ワーカーズ・コレクテイブ」は資本による雇用関係からのオルタナテイブ概念として生まれたもので、EUでは「労働者協同組合」としてその法人格が認められているようです。

日本でもその法的根拠が未整備なままの一つの働き方として実在し、今後の超高齢化時代の日本にとっては、早期に法整備のうえ、発展させるべき領域であろうと思料するところです。
(各種協同組合法や労働法の中にその概念定義はないようです)

最近でこそ、社会企業(起業)家という概念規定が育ちつつありますが、それは生協陣営におけるその実践の中で確実に育まれ、「ワーカーズ・コレクテイブ」団体として全国で、既に大きな社会貢献を成し遂げています。

但し、「この実在」とここで述べる独自の解釈による「ワーカーズ・コレクテイブ」には相当のズレが発生するかもしれませんが、構わず論を進めて見ます。

資本と労働の関係において、常に発生する妥当な労働分配率の割合は、これまでも一般的な雇用型労働組合組織の主要テーマでした。
働き方については、雇用による形以外にも個人事業主や職人、一人親方は沢山いるわけですから、それをしてオルタナテイブな働き方というのではないはずです。

最近では、主に福祉分野において多くのボランテイア活動が、NPO法人などで「アンペイドワーク」として定着し、大震災等においても活躍しております。
一方、福祉分野においても、労働者派遣法という法律で、極めて不安定な労働分配率の元で働く人が大量に出ている現実は、その不安定さのゆえに社会問題にもなっています。

では、福祉分野で働く派遣社員の労働分配率の現状はどんなものでしょうか?

圧倒的に不足する介護分野での厳しい労働環境において、パート、派遣等で働く人達の労働分配率を介護保険の点数で比べれば、その間のギャップは分かりやすいかもしれません。

この分野でのボランテイア活動は、アンペイドワークで支えられている現実も散見されるのですが、これは嬉しい限りであっても、残念ながらその絶対量を賄うことはできません。

このボランテイア(アンペイドワーク)をペイドワークに置き換えてみれば、就労によって支払われる福祉コストの総体とパートや派遣社員の貰う給与の差として労働分配率が計算できるでしょうか。

仮にその労働分配率が50%でるとすれば、残りの50%が雇用主に残る計算になります。もちろんそこに経営利益と管理経費があるので、それが適性分配率かどうかは定かでありません。

この考え方で非営利組織の福祉事業者が、福祉に関わる労働力を直接調達すれば、少なくともそこに利益の発生は無い訳ですから、コスト削減が可能であり、ここにボランテイアの意義も出てくることになり、非営利の福祉事業への還元再投資が可能にもなっているのです。
(厳しい労働環境にあっても、非営利による低コスト事業を可能にしている要因でもあります)

この考え方を発展させ、ボランテイア就労を(一部)有償として双務契約することで、その労働力を調達すればどうでしょう。
労働分配率分を有償ボランテイアという概念で支払うことにすれば、一般の利益分が、ボランテイアコストとして生み出され、その分多少ともコスト削減され、それを福祉への還元も可能となります。

非営利協同のS生協で、このようにして考え出された新しい働き方がこの仕組みなのです。

ボランテイア分を本来の労働コストと利益、管理コストなどに分解し、福祉労働分とボランテイア分に分ける事ではっきりと有償ボランティアによる「参加型福祉」という概念が出来上がり、その労働力の確保を多少なりとも容易にできるのです。

出来れば、そのボランテイアコスト分を自らに福祉が必要になった時のポイントとして、溜め込んでおければそのボランテイア労働分を将来自らや身内にも還元できれば、それは一石二鳥の働き方になります。

即ち、だれにも雇用されず、その付加価値(利益分)を(福祉等に)ボランテイア供給することで、自らの労働が誰にも収奪されることのない働き方、これがワーカーズ・コレクテイブというオルタナテイブ概念による新たな働き方として成立するという考え方です。

実際に介護業務を現実の「ワーカーズ・コレクテイブ」コストと、派遣社員コストで比較すれば、おそらくそのコスト差は、前述の労働分配率「50%」をはるかに下回り、労働分配率は逆に上がるはずです。

「介護保険」のポイントに置き換えてみれば、そこには十分な余裕コストが生まれ、介護保険の持ち点数の効果も倍増するでしょう。

その分をボランテイアとするか、福祉に対する再投資に使うか、共同管理コストとしてプールするかなどは、もちろんワーカーズ自らの判断であり、そこに生まれる協同組合やNPO法人を構成すれば、そこに「参加型福祉」という「公的福祉」に対する(補完する)オルタナティブな概念が出来上がるのです。

S生協の創設者であるYさんは、「従来の福祉には、公的という名の「施し」福祉概念が存在し、これからの福祉は参加型福祉でその労働力不足を解消していかなければ、成り立たない」と考えたのです。

参加型福祉、参加型労働はすべて公に対する民の「不服従」によるオルタナテイブな概念として成立し、時代を先取りして現実に機能しています。

Yさんの言うところの「不服従」が創造する「発明」には驚かずにいられません。

生協という非営利協働組織を市民(生活者)の意思と参加による共同購入によって、安全、安心な食物を調達することから発展させ、今、超高齢化時代の福祉を市民参加型で支える仕組みとして定着させ、今も実践されているのです。

このような考え方を今こそより進化させなければ、やはり日本の社会福祉は成り立たないことだけははっきりしています。

ワーカーズ・コレクテイブで働く仲間は、既に全国で1万人をゆうに超えているようですが、まだまだ圧倒的に質量共に不足している現実があります。

残念ながら、その働き方に政府労災保険の適用はありません。

そこでやむなく、この問題についても、ワーカーズの皆さんで手作り(参加型)した労災共済を運営し、見事に軌道に乗せていたのですが、今般の保険法の改正で無認可の共済は違法とされてしまいました。

実は、これがYさんとの出会いであり、私が生協と共済を本当に勉強するきっかけとなったものでした。

共済は共済であり、保険はあくまでも保険でしかありません。

ワーカーズ共済はミニ労災保険であり、ミニ所得補償保険であったことから、何とか少額短期保険への移行が可能であろうと、今、当局と保険事業の認可調整の真っ最中の状況です。

小さな共済ですが、立派に、安定的に、継続的に運営が可能でした。世の中に必要な組織の必要な共済ではあるのですが、正直なところ少額短期保険の設立コストの捻出にこぎつけるには、この規模では難しい・・・

いや、有償ボランティアとして、自らを福祉事業への「ワーカーズ・コレクテイブ」と置けば、それが可能かもしれない。
設立にかかわる一番高い人件費とノウハウが有償ボランテイアでまかなえば・・・

これらの概念が、我が「生活総合システム研究所」の設立動機であり、全てがオルタナテブの実践でチャレンジし、克服するべき課題となっています。

共済と保険はそのアイデンテイテイが全く違う。従って保険(共済)の料率根拠も全く違う。その事務システムも全く違うし、付加率(経費率)も違う!

研究者は全て「ワーカーズ・コレクテイブ」として参画し、その解決方法は参加型オルタナテイブを原則とした開発姿勢を保有、そして実務と事業の成功をもって、この概念とノウハウ、ソフトを次代へ継承させる。

そのためのワーカーズの多くをリタイア世代に大きく負ってもらう仕組みを考えています。

問題は一つ、体力、気力、資金力がどこまで続くものか・・・時間との勝負です。
3年をその継承時期のメルクマールにしておきましょう。

さて、いよいよ具体的事業課題の説明に入れそうですが、全体をご理解頂くためには、まだまだ紆余曲折がありそうです。
次にこれまでに纏めた保険と共済の大きな相違点についても「オルタナテイブ」に大胆に提言しておきましょう。

11月 20, 2011   No Comments

3S総研(2) 理念としてのオルタナティブとは?

今はあまり使われなくなりましたが、「オルタナテイブ」とは、「もう一つの」とか「対案」と訳すのが一般的でしょうか。

我が青春時代には結構、哲学的流行り言葉であったと思いますが、その時のニュアンスは「公権力に対する不服従」という意味で捉え、対峙する提案と行動がセットされて始めて成立すると解釈されていたと思います。

この理念に再び出会ったのは、S生協の発展の歴史を学ぶ中でした。妙に懐かしく、心地よく捉え直せたのは40年の経験値が影響したのでしょうか。言葉の解釈も変わるものです。

幼少期の記憶で、自らの行動の原点としてその後大きく影響しただろうものを考えた時、ラジオからテレビ文化に属し切った自分の存在があります。

月光仮面であり、力道山の虚像と実像が、その後の成長に大きく影響していたことを今更ながら単純な自分を恥じ入るのみです。
「弱気を助け、強気を挫く正義の味方!・・・」

やがて、関西人としての「タイガース」はまだ見ぬ東京ジャイアンツへの対比であり、政治の意味も全くわからない中でテレビから流れる選挙速報を胸ときめかし、ため息まじりに(自民党に対する社会党の負けぶりに)一喜一憂している自分がありましたっけ・・・

テレビの「事件記者」に将来の夢を抱きながら、やがて大人の入り口に立つ頃、権力に対する反権力意識を興味本位で参加した「ベトナム戦争」反対デモの隊列での官憲の蹴り上げる足の痛みを体感し、自らの「オルタナテイブ」が形成されていったのだと思っています。
(そこには、哲学も思想も何の裏付けも無い幼すぎる正義感の判官びいきしか存在しない・・・)

「対案を常に考え、それを実行、実践しなければ正義はない」・・・
サラリーマンになった後も、常にこんな可愛げの無い発想の起源は、当時の歴史的文明のテレビっ子の中にしか見出す根拠が見当たりません。

サラリーマンを投げ出し、自らの過去を振り返りその原点に及ぼす人、書物、先達さえ発見しえないとすれば、月光仮面と力道山に「血湧き肉躍る」潜在意識の刷り込みがその後の価値意識の背景となっていたと結論する以外にないでしょうか?

退職後まもなく、生協のYさんに出会い、氏の行動理念の中にある「オルタナテイブ」の現実的実践論の凄さに正直驚きと感動を覚えたのです。おん歳65歳と60歳の未熟で青臭い出会いに感動した事は驚き以外の何物でもありません。(今更この歳で・・・)

自ら創業した生協の理事長を50台の若さでさっさと後任に譲り、かつその後も個人として、オルタナテイブを実践し続けるY氏のバイタリテイと、実践し、継続、継承される事業の数々・・・
(そのオルタナテイブの実践は、あるゆる権力への不服従、国家に対しては(国民ではなく)市民、公的福祉を施しの福祉と置き参加型福祉、就労型労働をワーカーズ・コレクテイブ・・・・保険法に対する共済法の制定も、いつの日か必ず実現するべき課題であり、その理論武装と実践へのステップに向けて一ワーカーズの立場でチャレンジしてみます。

「保険法の改定」という目にも止まらないほどの出来事での理屈を超えた感性としての意気投合???

大きな体制の中で、「ああ言えば、こう言う」、どの上司にも常に対案でぶつかり、実践で、渋々了承を取る最も可愛く無い(さらりーまん)部下を貫いた自負心への反省が芽生える頃でした。

実践で成功は評価せざるを得ないはずです。毎日が苦しい真剣勝負の連続での苦労は、幼い頃の「オルタナテブ思想」が、権力への不服従という刷り込みとなって、サラリーマンの組織内とは言え、生き抜く原動力となっていたのでしょう。

順調すぎる昇進は、役員になった後も、あえてこの武器は有効に行使していました。一般的企業での役員会などは、その大半は社長の独壇場であり、議案は練りに練った上で社長の決済済みのものであることはいずこも似たりよったりでしょう。

「社長!お言葉ですが・・・。おっしゃる通りです?」は、サラリーマン役員の笑い話のような悲しい真実ですが、時の社長は、マジに対案を求めてきていた変り種だと読んでいました?
それでも中々発言などできるものではありません。能力と準備量がちがいすぎるのですから・・・
末席役員が、「ちょっとよろしいですか?」は最悪のダメ役員でしょう!
会議は長引きます。いつも後悔するのですが、気がつけば、手を上げている馬鹿な自分がそこにいたのでした。鼻つまみ者を感じつつ、それでも繰り返し、食い下がる自分のさがの原因がテレビの影響であり、それがオルタナテイブであったのだと総括するのは、寂しい限りですが???

組織人としては、やっぱり失格であると悟るしかありません。私は「これで」会社をやめました???

それでも対案で残した実績は誰にも負けない自負心もありますし、中途入社から、役員までの階段を登る事ができた原動力も、常に「オルタナテイブ」であったのだと今になって気付くのです。

「もう一つの考え方がある」は、社会や企業の発展に欠かせない「哲学」かもしれません。そして現代の社会で最も必要であるにもかかわらず、不足している抵抗の精神かもしれません。ずいぶん脱線してしまいました。

Yさんとの出会いは、新設される「保険法」における「共済は保険である」との定義に対する「不服従」という感性のみによる合意であったと思います。
すでにそれは生協陣営における合意としても形成され、それによる生協法の範疇における共済事業にも保険業法の準拠がしっかりと挿入されて改定となっていたのですが・・・
(保険業法におけるコンプライアンスを生協陣営はどれほど理解しての合意であろうか、共済事業の相互扶助精神と保険事業のイコールフッテイングが、いかにアイデンテテイの上で相反するものであるか???)

オルタナテブの感性は、そこから保険法、保険業法、生協法をつぶさに研究するという作業に入らざるを得ません。保険屋であった私には、共済の世界は所詮無認可、無法の世界という程度の知識しせありませんでしたから・・・

おそらく大半の保険業界人においても、制度共済というおそるべきコンペテイターの真の中身を知る人はいないないでしょう。(あえて言えば外資系を除いて)
Yさんもたくさんの共済を自らも創設しながら、「生協人で、真の保険、共済を語れる人はいないだろう」と正直かつ大胆に吐露してくれました。

保険法の成立経緯は別としても、共済が保険であるはずはありません。少し勉強すれば、そのアイデンテイテーの違いは明らかです。(別途レポート予定)

私は、「生協の原点は共済事業でしょう。間違いなく共済は保険の中に埋没させられますよ」と強弁し、YさんとS生協はこの改定に不服従の立場を明確に示していたのですが、どう現実とマッチさせながらそのオルタナテイブを発揮して行くのかが、課題となります。

「保険法が、一般法として保険業法の上位にあり、それに準拠しつつも例外規定としてごまかしつつ、生協法の共済事業が位置付けられるなら、現状の制度共済は近々間違いなく消滅せざるを得ないだろう」との直感は危機感として醸成されていきます。

ならば、どうするべきか?対案が必要です。オルタナテブの行使しかありません。

「それは、共済法の設立以外にはないでしょう。実は、欧米では保険法と並んで、れっきとした共済法が存在するのが一般的なようですね。にわか勉強ですが・・」

大変な課題ができてしまいました。政策の立案と政治的行動、研究課題も山積みにみえてきました。しかし、誰かがチャレンジし、その可能性を追求しなければなりません。

Yさんの実績は、S生協の創設、ワーカーズ・コレクテイブという労働形態の構築、参加型福祉の定着、政治的ローカルパーテイNETの創設他、全て現実の姿として社会に既成化され、実現している実績を有しています。

ならば、包括的解決の組織を実践的起業でチャレンジしてみましょう。

Y理論の「ワーカーズ・コレクテイブ」を社会企業営利法人の「一人起業」で、理念として再定義しながらチャレンジしてみましょう。
老骨に鞭打って・・・(Yさんより、5つも若いのだから・・・)

Y理論をより進化、実践させ、それを有機的に結合させるK理論の味付けとして加味して、次に事業目的(定款)と連動させながら報告して行きます。
そしてその後は、進行過程の実況中継で、この厄介な難文を皆様と共に解きあかせるようにできればいいのですが・・・

11月 13, 2011   2 Comments

長兄の80歳に寄せて!

昨日の遅くに、兄からの電話・・・

「昨日で元気に80歳になったよ。お前も体に気をつけて、75までは現役を続けられるから大丈夫・・・」

長兄とは、16歳離れており、兄というよりいつも親代わりで心配させてきた。今年の我が誕生日には、横浜でゴチになった。

その兄からの逆電話に、「おめでとう」とも言えず電話を切ってしまったのは、「喜寿の祝いはしない方がいいよ,80歳は盛大にやろう」言ってたのに・・・この為体はなんたることか!!!

未だにゴルフを飛距離に求める兄へ、言いそびれたが心から「おめでとう!!!!!!」とこの場を借りて。。。

「プレミアムエイジ」の熱心なる読者でもあり、書かなければ心配し、書けば書いたで心配する親父へ、、、

「心配は最大のボケ防止」と強弁しつつ、「この世代の知性と教養とバイタリテイには、絶対に追いつきません。いつも難しい仲間の皆様の紙ブログを送って頂いてありがとう」もついでに御礼申し上げておこう。

今日は、忙中閑ありでベラさんに誘われて、教会のコンサート・・・
70歳の現役演奏家のサックス「ダニーボーイ」に不覚の涙?
もちろん現役牧師さんの講話は、「キリストの復活」、マスターズ水泳の記録保持者のお顔は、まだ50代???

力をもらった至福のひと時の帰り道、ドトールにて不謹慎にも一服しながらでした。

兄貴へ、必ず盛大に誕生会はやるので、期待せずに気長にお待ちください?
80の兄に体の心配をされる不肖の弟より、愛を込めて!
(我が家の葬式は、キリスト教で行こうか・・・不謹慎でした(笑)

11月 13, 2011   No Comments

拝啓、神道さま、POKOさま!

拝啓 !
あえて親愛なるお二人に、ブログにてご挨拶申し上げます!

神道さんの過分なる応援メッセージに感謝申し上げつつ、現実の姿を身近で暖かく見守って頂くなかでの現実に忖度された感想を頂いたものと思っています。

何時もながらのの達筆と洞察力は、現実的美談に見え過ぎて?

残念ながら、走り続ける姿は決してご指摘のような高邁なものではなく、むしろ「止む無く」・・・が正しいかもしれません。現在の中小企業の大半は、どんなに頑張っても常に「金」に追われ、再生の成功など程遠い実態に戻ってしまい、自らの力の限界を見る想いでした。

そんな中で何とか、切り詰めて社員の働く場をつないで行くのが精一杯というところでしょうか?

経営者受難の時代がもう少し続くでしょう。

これは資金の動きがどんなに政治的に供給しようが、勝ち組へ傾斜するしかない今の仕組みにその原因があり、金融が淘汰の原則でしか動かない構造問題であり、又金融も同様に淘汰の時代である以上避けられないのかもしれません。

即ち、金に追われ、この歳でも止まりたくても、止まれないという情けない自転車操業の事態となっているのみです。

但し、当初より最悪の覚悟をして飛び込んだ道ですから、苦しくても後悔の念は幸いにも怒りません。むしろファイトが湧く健康状況に感謝しようとの負け惜しみに似た感情と言った所が正直な心境です。

偶然に偶然が重なり、保険業界に逃げ込むにつけ、この業界の問題点の多さや大きさにも気付かされ、かつ長年抱きつつ、思いつきもしなかった沢山の疑問点の解決策の入り口が見えたように感じて、その実践に最後のチャレンジし精神を発揮して逃げ道を正当化していると見る向きもあります。

ただ、神道さんが最後におまとめ頂いた、「団塊世代よ、その付加価値を資本にして起業せよ!」は、当初より、このブログ「プレミアムエイジ」の設立精神でしたっけ?

今般の法人設立は一円の資本金で、多くの応援団のご好意を頼りにしつつも、体のみが資本の起業であることは事実です。

別途書き出したシリーズの中で詳しくご紹介しますが、一人起業の「ワーカーズ・コレクテイブ」という素晴らしい働き方と支援組織がある事をしりました。

今、そこで働く人達の手作りの「労災共済」を保険会社化する難行に取り組んでおりますが、これこそが、団塊世代の起業のヒントになるものかもしれません

無趣味で仕事しかできない人、いや文化、芸術、音楽に多くの才能を封印してこられた方、そんな皆さんが、それを(有償)ボランテイアに使えば、それが起業であり、その事が団塊世代を食い逃げ世代にさせない唯一の方法であり、そしてそれしかこの国を潰さない方法なのかもしれないぞとマジに思っています。

ノンフィクションの取材を今後ともよろしく、ありがとうございます。

拝啓、ポコさま

昨日は、延々6時間もおつきあい頂き、ありがとうございました。

おわびとお願いに伺いながら、いつしかいつもの熱い論議になり、結果的には何となく後味の悪い中途半端な時間切れとなってしまいました。

お詫びやお礼やお願いが、いつの間にやら、勝手な甘えの中での主張や洗脳になっているのかもしれないと夜中の車の中で、反省しながら帰りました。

問題は、常に左右対立ではなく、世代対立であり、何処までも交わらないものがあるのかもしれないと思ったりして、正直、多少悔しくもありました。

ポコさんが最後に問題提起した、団塊世代固有の罪・・・
今の日本を形作った世代の責任と勝ち逃げ世代との指摘は、貴君のこのブログへのきびしくかつ温かいメッセージ(警鐘)であろうと受け止めています。

文化と教養を全面に出す世代的エゴは、勝組の象徴であるとも捉えられるかもしれませんし、現実としての一つの勝ち組の余裕であるともいえるのでしょうか?

しかし、貴君も本ブログの熱烈な読者である故に、ご理解は十分にあるとは思っていますが、その世代だからこそ書ける想いや苦しみや後輩たちへのメッセージと言えるものも十分に感じられるのではないでしょうか。

又なによりもこの世代の多様な人間模様が垣間見れるのではないでしょうか?誰にいうともなき静かな独り言として・・・

あえて貴君の小さな心の隅のあるものを拡大解釈させていただき、その指摘にも同意しながら、この先の日本への提言をも考えて独り言にしているのだと得意の勝手な自己満足の集団でもよいとも思っていますが・・・

団塊世代は、空前の競争世代として育ちました。まさに勝ち負けが、生存価値でもあったのだろうと振り返って思います。

貴君の知る団塊世代には、あえて勝組の人たちが目に付くのかもしれません。(ただしその人たちが、真の勝ち組であるかどうかは別として)

競争時代であったことでいえば、やはり数多くの同世代の負け組も作り出してきたこともまた事実でしょうし、結果としてその事が最終的勝組になるのかもしれません。所詮象徴的言い方であるマスコミ造語には、人生における勝ち負けに意味などありませんが、、、。

貴君の持つ少年のままの如き純真なる気持ちに自らを重ね、先輩後輩を超えた戦友に似た感情が、大きなすれ違いや勘違いにあったのかもしれないと多少感傷的な気持ちもわき、あえてメールとせずメッセージとさせていただきました。

要は、その持つ傲慢さが、常に了解とならず、「あうん」でもなかったのでは、と反省してみております。

6時間を一瞬にしてくれる仲間のいることに感謝し、その理由が果たして同根の中にあるのか、世代的交わりのない軌道にいるのか、次の機会にはホテルを予約して24時間を準備してとことんやりたいもんですね!酒もなく、煙草もなく・・・

同世代にあるk、k、kが貴君のうちに同根してて、内在してるのではないことだけを祈りつつ、かつ不安になってしまいました。

たった一件のお願いが素直にいえなかった・・・

11月 11, 2011   2 Comments

3S研ー⑴ これまでの実績(ノウハウの検証)

注・・・やっぱり長い、小難しいとの有り難いご意見感謝!懲りずにまだまだ続きます。きっと最後には、現在が解るはずと信じて・・・途中で、解説も入れますので、一人の理解者が出れば本望です!!

生活総合システム研究所として引き継ぐ「無料ソフトウェア」は、以下のようなものです。

残念ながら、現役損保マン時代のノウハウは皆無と言わざるを得ません。
しかしやはり入社の頃から持っていた漠然とした不安感が、この時期になって一気に発芽しつつあると考えれば、辻褄があうかもしれません。(10年と持たない予測が、あれから40年の今)

あの頃、企業戦士としてひたすら走り続けた動機は、「一気に倍増した自らの処遇(給与)に仕事の質で追いつけ、追い越せ」の馬鹿げたスローガンだったと思います。そして遂にその目標への達成感のないまま、辞表を提出したのでした。

全てが結果であり、後付の理屈ですが、サラリーマン時代の履歴書を「裏表」全て語るのはもう少し先の事でしょう。(書けるものは既に書き残して公開してしまいましたが、、、)

ということで、新たな会社に継承できるものといえば、この7年間で得た貴重な出逢い(人脈)と実績(勉強?)の賜物とも言えますが、果たしてそれがどの程度今後の開発、研究テーマに役立つものかは、判断のつきかねるものでもあります。

序章において、無認可共済や制度共済との出会いについては書き綴りました。この間の纏めたレポートなども後述の上、理論付けに登場させたいと思っています。

とりあえずの実績として示せる事実は、これまでに二つの少額短期保険事業を全くの素手から立ち上げ、今また、当初のコンサルティングを行った無認可状況の共済の少額短期保険事業の登録までこぎつけた事でしかありません。
(3つの保険会社の素手による創設は、ギネスものかも??)

この3つの保険会社は、それぞれが、過去に前例を見ない特徴を備えたものであると自負しております。

これまでの常識による単純なジャンル分けでいえば、医療保険、火災保険、傷害保険の3分野に峻別された保険会社になりますが、
医療保険では、料率の男女差を廃し、年齢差においても極力その幅を拡大した商品であること・・・
火災保険においては、物件の所在地や建物構造による料率格差を廃し、一本料率とし、販売方式にBP店という自販機方式を採用して、コンプライアンス問題の抜本解決を図ったこと・・・
最後の傷害保険については、まだ認可を得ておりませんので、詳述できませんが、少額短期保険における所得ー保証労災保険と言えるものになります・・・。

実はこれらは、全てその保険料の計算根拠を無認可時代の共済と制度共済における「実績ベース」をその計算根拠とした事で認可に漕ぎ着けたという事が、今後の展開をポジテイブに観ている理由のひとつでも有ります。

そして、この料率根拠こそが、最も実態の保険ロス(純率)に近く、又経費率(付加率)においても最大公約数であるからでした。(出来上がる保険料は、大幅に違ってきます)

すなわち新しい少額短期保険の料率計算根拠においては、実績値を使用できるという法律的裏付けを実践している事が、それを可能にし、既成事実化してくれたことに他なりません。

これらの実績と共に、この数年来、少額短期保険を鏡にしながら、ある「 生協共済連」と共感しながら、制度共済の現状と今後の展開方向について研究を続けてまいりました。

生協陣営においては、現在生協法及び保険業法の改定にともない、コープ共済事業の一本化を図っておりますが、全国の生協連の中で、3つの事業連合がオルタナテイブを掲げ、独自共済事業連を立上げ、既に厚労省よりその認可を得ております。

それらは、現在のところコープ共済との共同受託による元受共済を運営しておりますが、夫々、独自の共済(商品)の認可を得るに至っておりません。

もちろん各生協では、その地域性や設立基盤の違いから、それぞれの独自性を有して発展してきたものであり、今般の生協法の改定に際して、共済についても独自の特徴を保有することが可能となったはずです。

しかし、生協共済の発展は生協の発展と共に共済が付随的に発展してきたものであり、その法的根拠についても後付け的要素が多分にあると推量出来るでしょう。
法的縛りがあまりにも違っている事実があったわけです。

序章でも述べましたが、生協法による共済事業分野の改定は、全てが保険業法準拠の中に包含され、隠れてしまっております。
(保険業法に関連するすべての施行規則の解説書に比べて、共済を含むすべての生協法の解説書は前者の五分の一程度でしょうか?)

故に、独自の共済の開発、認可のシナリオが全く見えておりませんし、そのノウハウ、コストを含めて計算出来るだけのソフトが見当たらない事に気付くのです。個々の共済事業連の規模に比べれば、コープ共済の事業規模は既に民間保険会社の規模に比しても遜色ない程のものでしょう。

然し、個別認可を得た3共済事業連についてはその規模にして見劣りする事はやむなしかもしれません。(それでも、出資金の最低額は10億円、少額短期保険の1000万との比較においては、民間保険会社規模といえます。)

この事実について、我が思うままに共同研究の場において提言を重ねてまいりました。
その結果として、当社は公式に一つの共済事業連様からアドバイザリー契約をいただくことになりました。

極めて短い経験ではあるものの、当社の持つノウハウをひとつの貴重なソフトウェアとして、認知をいただいたものと思っております。

そして小職がこの数年で、学んだものが全てこの生協連に包含されておりあり、かつ共済事業の原点が、この生協連において保険事業とは全く異質な形で存在することを教えていただけたと思っております。

そのキーワードは、同生協独自の「オルタナテイブ」であり、小職が現役時代よりエンジンとしてチャレンジする精神が、やはりオルタナテイブであった事に想いたるものでもあったのでしょう。

今の日本にとっても最も大事な精神もあり、それこそが、当社のこれからのエンジンであるべきと考えて、事業を進めて行くことになります。

現役を終えて、偶然出会った元実業家Y氏が語り、考え、実践してこられたものを
引き継ぎ、継承し、補完出来ればという思いもあり、氏の実績や書物についてもおりに触れ、紹介し解説できればと考えています。

そしてまだ見ぬ理想へのチャレンジもこの研究所のテーマとし、何よりもその後継者の育成こそが、この研究所の組織としての課題であろうと考えております。

幸いにもこれまでの小職の実業分野(総合保険事業ベンチャー)については、安心して?後継者に任せる環境が整いました。しかし、この分野においてもまだまだアドバイスが必要である事も事実であり、課題は山積みでもあり、研究所としてのコアビジネスであると認識しております。

時間に限りがある中で、最大限のノウハウ継承を「組織的」に行うと共に、経済的自立と現場実践主義を貫くためにこの組織を株式会社方式とし、かつこれまで培った政、官、財の人脈にも強力に、協力をお願いし、その総体をこれまでのノウハウとする予定であります。

果たして、これらが無料のソフトウェアと言えるかどうかは、今後の研究課題でありますが、大風呂敷の研究課題と現役時代に積み残した宿題をテーマとして次にに羅列しておきます。

11月 8, 2011   No Comments

生活総合システム研究所とは?(序章)

長ったらしい序章になりましたが、今後の展開も踏まえて是非おつきあいのほど・・・ただし、我田引水の感無きにしも非ず、当面の読み飛ばしの選択もありえます???

これまでの社会生活の集大成を目的として、生活総合システム研究所なる法人を起業しました。

サラリーマンとしての保険会社勤務35年を経て、その後の時代の流れに翻弄されながらも零細企業の再生コンサルを手がけて、早や7年が経過しようとしています。当初考えた体力、気力の賞味期限はとっくにきれているはずですがやり残している業務は募るばかりで、改めて生まれて始めての体力作りへのチャレンジが三日坊主の割には不思議に続いています。

退職と時を同じくして、保険法なる法律が施行され、保険業界はその対応に大わらわの状況であり、第二次大合併が始まりました。大企業である各保険会社では大勢の優秀なプロ集団が、その法律改定に基づく研究とビジネスモデルの変更に投入され、最後の生き残り戦略を巡らす事態が生じました。

この法律は、消費者保護をより強化する為にこれまでの保険業法の上位におかれる一般法として独立した新法として施行されたものですが、それ故に業界外においても様々な影響が派生的に生まれる事になりました。

一方、金融事業全般においてもバブル崩壊と共に大きな転換期の最中にあり、特に台頭する外資系保険会社の圧力なども合間って、一段と自由化圧力が高まり、護送船団行政の最終局面としての保身的合併劇の第一章を経て、最終章への嵐が巻き起こっています。

これらの大きな動きについて上辺では理解しつつも、業界内では全く見えない事が、偶然にも外から眺める事によって見えてしまうものが沢山あるものです。当時こんな状況下での自らのリタイアについては、「敵前逃亡」と揶揄されることへの反発もあったりして、出来るだけ眼をつぶることを心がけてきたのですが、一方で第一次合併時にやり残した業務への後悔や、個人だから出来る最後の仕事があるかもしれないと考える自分に気付いたのでした。

業界の外へ出てみて、改めて「保険法」の制定が、保険業界外に及ぼす影響度の大きさに出会う必然は、零細企業再生を標榜する中で自ずと発生していたのかもしれません。

それは、それまで無数に存在する無認可と言われる弱小共済事業の終焉宣言であるとも捉えられ、また金融庁所管外の各種の公的認可共済事業にも同様の激震が走る事態でもありえるもののはずでした。

その一つに、生協法の改定という全く目立たない事象がありました。
生協陣営における大きなコアビジネスとして存在する共済事業における法律改定の影響は、あまり知られるものではありませんが、当然ながらその根幹を揺るがすものとなっています。

「制度共済」と言われる優良リテールマーケットを静かに包含する生協陣営の事業分野では、「共済は保険である」との法的カテゴリーの整理を甘く見ていたのかも知れません。いやむしろそのカテゴリー変更を「是」としていたのでしょう。

それまでの保険キャリアからして、改めて共済事業の裾野の広さに驚くと共に、この事業分野における社会的、経済的役割の大きさに気付くのは、偶然にも、ある生協に内在する制度共済に属さない形で(無認可で)発展してきた小さな共済事業へのボランテイアコンサルが発端でした。

生協法の改定とその中に潜む共済事業分野への影響、これに対応する生協陣営の検討状況のヒヤリングと対応方針など多岐に渡って、勉強のし直しが始まったのは、実業を持ちながらも時間を自由に使える趣味的領域として気軽に捉えたからであったと思います。

分厚い法律書を読み込む自分の姿は、「実践こそ事業家であり、コンサル業務の唯一の糧である」と自負する者にとっては、異常な事態となってしまいました。
その中で得た問題意識は大きく捉えて次の二つに集約されます。

① 「無認可の共済は全て少額短期事業に移行せよ。さもなくな廃業せよ。今後無認可の共済は処罰の対象とする」
② 「制度共済(その他公的共済)は保険法の元に当面保険業法に準拠して、制度改定と体制整備を行う事」

いずれにせよ、あの膨大かつ親切極まりない「保険業法」が無認可共済や制度共済なるものに適用されるなら、全ての共済事業の経営は成立するはずもない。増してや保険業法とは、金融業としての分野法であり、果たして共済は保険であり、金融業としての縛りでひとくくりにできるものかどうか?

素朴な疑問の中で、自然の流れとして、実践的アプローチと問題解決手段を考えて行く行動パターンが出来上がってしまっておりました。

新たに出来上がった「少額短期保険に関する法律」と「保険業法の改定」、無認可共済や制度共済の実態と「生協法」なるものの研究・・・

明治以来の歴史的産物である保険業法の分厚さに比して、生協法の相対的薄さとその中にある共済事業規定に内包されるだろうものの重たさの矛盾をどの様に解決出来るものか?

そんな中で気付きと解決不能の矛盾点・・・
これらの問題意識の解決に演繹法的手法でチャレンジすることが「生活総合システム研究所」なる法人起業の原点があります。

① 「共済は保険である」以上、 金融事業分野に編入され、その預かり資産である保険料の運用が必要だが、少額短期保険事業も制度共済事業も資金運用は禁止されている事に矛盾は無いか?
② そもそも共済を保険法のジャンルに括る事に問題はないか、むしろ共済法の独立法の制定措置こそが、正しい方向ではないか?
③ 保険業法上のコンプライアンス違反は体験済みであるが、共済陣営においてコンプライアンス問題は過去どの程度発生しているのか?
④ 一定の限度の中にせよ、共済事業の範疇に金融事業を取り込むことはできないものか?
⑤ 膨大な保険業法を遵守する為の事務システムコストを共済や少額短期保険業の中で吸収することなど可能か?

これらの問題意識を解決するべく「生活総合システム研究所」を一つのコンサル事業のジャンルで実践的に捉え、かつ共済事業の自立化で可能となる理想の保険商品の開発、認可、運営のビジネス的支援が出来るのではないか、
またその内ノリにおいて必要不可欠な実業も想定されることから、その受け皿も必要であろうとあえて法人設立を決意したのでした。

これらの問題意識は、目立たないものではあっても現在の日本経済やその骨格をなす金融事業分野における一つの提言にもなりうるかもしれないと考え、様々な角度から得意の独り言として、これまでの経過と今後の展開についてレポートして行くつもりです。

現在進行形のビジネスでもあり、多少書けない部分もあるかもしれませんが、個人的意見として、あるがままの現状の想いをぶつけ、一つの研究発表の場として流用する我儘をお許しください。

また読者の皆様からの厳しいご批判、ご質問を寄せ頂ければ活用させて頂きたく、ご理解の程お願いいたします。

11月 6, 2011   No Comments

Premium Ageとは、・・・

Premiumとは付加価値と訳したが、もう一つ保険料という意味があったっけ!

付加価値保険の契約者はなぜ付加価値が発生するのか?この医療保険が日本一安いから・・・・

この保険の純率(支払率)は、70%を想定して保険料が構成されている。即ち、付加率(総経費)は30%!?

一般的な保険での純率は60%以下(付加率が40%以上)
問題指摘⑴ 宝くじ、競馬の返戻率は?

なぜ、こんな料率が可能か??
⑴付加価値世代を対象としているから!
問題指摘⑵ 実体を精査して、実数を計算したら何故かこうなる?
⑵ 徹底して経費削減努力をするから!
問題指摘⑶ 人件費、販売費の2重構造?

どなたかこの方程式を解説してください。
これが手作りの新医療保険として認可を得た限界点の自信作の所以です。

明日から、自信を持ってこの保険を押売りするつもり!
良いものを押売りすることこそ、営業の原点と理解して長い営業生活を送って来ました。

保険とは、最も合理的な金融商品と信じて・・・
(今テレビでアリコの宣伝!! あんなに儲かる保険は無い。なのにAIGは潰れた不思議).
提供は 新医療保険「Premium Age」担当はエイジでした。

11月 2, 2011   No Comments