Random header image... Refresh for more!

我が半生の「反省記」

img_0043

⑴ 引き際の美学…(原点?)
テレビの事件記者に憧れ「新聞記者」を目指した頃、何故か大学時代は放送研究会(総部放送局)・報道部に入った。時はベトナム戦争と70年安保改定に向けてほぼ全ての大学が紛争(闘争)付けの時代であった。
(上の写真他は、50年ぶりに見つけた我が原点とも言うべき大それたノーガキを垂れた一文)

3年次に局長という重責を仰せつかったのだが、その重責を背負いきれず夏休みの総部全体合宿において、突然の辞任(退部)する事になった。
様々な憶測が飛んだのだが、一切本音を語らないままのくやし涙に咽ぶ退部であった。
同時に全執行部にも辞任を強制し、その後を一般部員の総意に任せるという無責任極まりない方針を選んだ。合宿の冒頭であった事から議論する時間は十二分にあった…

テーマは「時勢と大義名分(学生放送というマスメデイア研究)に負けて廃部とするか?戦う放送総部としてこのまま存続を目指すかの2者択一」…
民主主義的手法ではなぜか後者となるのだが、全部員の創意とは程遠い結果となる。大半の部員の本音はサロンとしての放送サークルが良いに決まっているのだが、事態はそれを決して容認しない事は理解の他であったと思う。

(70年安保を目前にして全学の世論は全学ストライキと入試阻止という事で集約されていた。大半のノンポリ学生を放置したままに、学内世論ではストとバリケード闘争の全学共闘会議が組織され、そこにこそ学生の本分が有り、そこにこそ真理がある…)
戦う新聞総部は部室を閉じ闘争委員会に変身していた。「日和る」放送総部がありうるという選択はとてもできなかった)

幸か不幸か執行部という組織づくりに成功し、強いリーダーシップを発揮できる組織でもあったのが良くなかった。
放送、マスメデイア、マスコミ、真理の探究…どれ一つとっても進むべきは「戦い」でしかないのが実情で、部内世論も「理」に抗することなどできない。。。
その一方では圧倒的に「サロンサークル」であり、ある面での就職への登竜門でもあるはずの放送局「アナウンス部」も現実的存在である。彼らは部活動以外に日夜「塾通い」までして厳しいプロアナウンサーの世界を目指して努力してきている。今後の部の活動次第では就職活動にさえ差し支える。

当時の「局長」という立場は、もちろん全学執行委員会、闘争委員会を構成し、全学部、全総部の会計を集約する役割を有する主体でもあった。(生き残りへの成り行きとはいえ…)

一般部員は勿論幹部部員ですらそんな情勢など知る由も無い。なにしろ執行部を含めて大半が典型的ノンポリであり、むしろ体育会的右翼集団といった方が正しい情勢判断が出来た。
(無理やりのオルグでこれ以上引っ張っていく自信もポリシーも持ち合わせていなかった)

しかし「理屈」で負ける訳にはいかないし、又戦う(べき)放送部を放棄する事は個人の良心としても許しがたい。影響力のある全ての部員の退部によって組織を「死に体」にして維持出来たきないか???

我儘にすぎる退部劇は突然の全体会議で決行した。問答無用で行くしかない。
悔しくも目論見は成功した。
組織は残り、その後もそれ以前にも増して沢山のアナウンサーやマスコミ人を作り、今や総部放送局は63期生となっている(そうだ)。
(幸いにもその後ご理解を頂き、名誉回復されて当時の退部部員もOBとして登録いただいている)
そんな中で発見した当時の一文に苦しい言い訳を付け加えてみた。我儘なる「一つの引き際」も判断としては成功の美学であったのかもしれないと…
その後も半世紀の成功体感として大きな影響力を持っていく事になっていく…

「わがまま」の結果は、孤独な自己満足の美学なり…

0 comments

コメンはありません。

下記のフォームへの入力が必要となります。

コメント欄