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Posts from — 5月 2017

前川前事務次官の勇気を無にしない為に…

やはり書いておきたいと強く思った。。。(マスメデイアがだらしなさすぎるから)

一連の報道で既にしっかり事実関係は解ったはずだ。
問題はこのような官僚がなぜ辞任し、そして個人リスクを押して記者会見までせざるを得なかったか?
何よりも報道各社の姿勢、そしてこの事に対する内閣の見解などに対して、不可解を超えて怒りを禁じ得ない。
次官の辞任は、彼が天下り発覚時の次官である以上責任を取らざるを得ない。しかし実はその全貌はもちろん彼の次官就任以前からの歴史的事実であり、もしかすれば彼が次官でなかったとすれば明らかにならなかったやもしれないとも考えられる。

それを官房長官は感想を述べる。
少なくとも彼は職責に連綿も恋々もしていないにも関わらず、官房長官は(連綿も恋々もよくわからないで入れ知恵のみで)非難する情けなさはどうだろう?
おまけに権力が事実確認を怠り、状況を感情と都合でマスコミ(読売にのみ)にリークする形の発表を行うという事だ。(まじ判断さえ出来ない官房長官が情けない!)

そして最も恐ろしい事がこの事案に対するマスメデイアの対応である。出会い系パブへ行く事の何処が問題か?
そんな通常の常識を判断できないでメデイア各社もは未だにそのことを垂れ流しに報道している。(すなわちこの報道が読売のスクープという事になるのか?)
個人のプライバシーを大本営が一部馬鹿新聞に垂れ込み、それを全否定すらできないその他のマスメデイアの状況…

前川氏の記者会見後、マスメデイアの論調は概ね前川氏には好意的に推移しだしたのではあるが、それにしても権力への忖度がありはしないか?一連の政府の発言や一部マスコミへの投げ込みに対してさえ、多少なりとも腰は引けたままの大手メデイアの体たらくでは、前川さんが守れない。未だに半信半疑にされてはいまいか?(インチキ下ネタで)
前川さんの仕事ぶりや辞め方、その後の生活ぶりをしっかり取材さえすれば一刻も早く先ずは彼の貶められた名誉回復とその会見の趣旨にこそ徹底した報道が必要であるべきだ。

この間、安保法制から共謀罪に至る安倍政権の大暴走と森友、加計問題は同一線上の問題である。全てはマスメデイアの機能が動いているかどうか(恫喝が効いているかどうか)に尽きる事もみぬかれているのだ。
民主主義という名のもとで大衆の一定の操作を行いつつ、支持をうかがう道具としてマスメデイアが機能させられてしまっているとすれば、、、、

メデイアへの期待が出来ないとすれば…このままあきらめて引き下がるのか、あきらめず一歩でも前に進むべくSNSに明日のメデイア機能を期待するしかないがどうであろう。
前川氏は止む無く名誉回復と事実関係の立証に「記者会見」という危険な賭けに出て、「事実は脚色できない」事を立証した。
日本にはまだ沢山の優秀な官僚が、国民の側に立ち公僕として頑張っているものと信じ、前川氏に続く文部官僚によるもう一刺しを期待して止まない。

一歩でも進む為には発言せざるを得ないとの正義感に頼るしかないが…

5月 28, 2017   1 Comment

酒と煙草の与太話

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タバコを卒業して6ヶ月が経過した…
勿論そんなに簡単な日々ではなかったし、今もその過程上にいる。この辺りで過程についての嘆き節を一席。。。

予想通り体重で7キロの増量が、果たして健康的であるのかどうか?
昔、実は一度だけきっちり6ヶ月禁煙をした事があるが、その時初めて健康診断で糖尿境界型という指摘を受けた。それまでは一切要注意はなかった。その時も体重は7キロ増であった。元より6ヶ月の限定的禁煙であったことから、ぴったり6ヶ月で解禁とし、体重も徐々に戻った。
要は我が身の卑しさからくる口寂しさが体重の増減に影響し、食べ過ぎをコントロールする為のニコチン導入という個人的役割が有ったのだと納得し、喫煙健康法と考えた。
(勿論、糖尿境界症は消え、不思議なことに肺はその後も綺麗であると言われてもいた?)

されば今回は何故、卒煙を決意したのか?
実は、心筋梗塞によるドクターストップがあったわけではなく、喫煙で命を縮める事が怖くなった訳でもない。
世論に吹く嫌煙権という厳しい逆風にさらされて、ついに行き場を失ったのだ。一生懸命働いて作った憩いの場からも、煙草は既に追放されて久しい。が…理不尽では無いかと「内心」ずっと思ってきた。

最近の受動喫煙運動は煙草愛好家にとっては精神的恐怖心を強制する。常にタバコを吸える場所を探し、おどおどする自分が存在する。完全にマイノリテイとしての辛さも感じる時代になってきたのだ。
おそらく既に嗜好品として認められている喫煙者は2割を切ったのではなかろうか?悔しいかな、時の流れであり、老人が威張って喫煙権を主張するべきも無いのだ。
ということで機会を伺っていたのだった。

実はずっと思っていたことがある。
それは残念ながらもう一つの嗜好品である酒(アルコール)を全く受け付けない体質についてである。そんな体質は恐らく全体の1割にも満たないこれまた絶対少数者なのである。飲酒解禁になる20歳以降、よく考えればアルコールにも当然ながら沢山の功罪があるのだが、余り論議されることはない。

酒を嗜まない側から言えば明らかに自らの体に良くないのはアルコールであろうと推測するのだ。嗜好品である事からの飲み過ぎは様々な病気の要素となり得るし、最悪は死に至る事も多い。恐らく全体比でおいてもタバコの比ではないだろう。そして、タバコはニコチン中毒ではあるが多くの人が、そこからは脱出が出来ている。しかし、大半のアルコール愛好家でアルコール中毒からの脱出が叶った人(強制れた場合も)を見たことがない。

一方で酒による害が嫌という程に見てきた。酔っ払う側とそれを解放する側は学生時代から始まった。飲まない人間にとってはアルコールの悪臭は堪らないのだがきっとお気づきではないだろう。飲酒運転でどれほどの人が無くなり、そしてそれを取り締まる事のコストはいかほどのものか?

「なんの酒なしの人生か」と普通に言われるのだが、何故か「なんのタバコなしの人生か」などは決して通らない。
アルコール拒否症の側をマイノリティの主張とすれば言い分など山ほどある。
そしていつしか喫煙者もマイノリティとなってしまったんだが、そこには主張する権利は全く存在しない。。。

果たして、飲酒ができずタバコを嗜む両方を合わせれば、立派なマイノリティとして言い分を聞いてもらえる世の中であってほしいと思うのだが…

タバコからの脱出はやはりきびしい道であり、それはアルコールを禁止する事の苦しさを思い浮かべてもらえればきっとわかるのかも知れない。
(そして…何よりもしょうすうはからの転向に心苦しさを感じるのだ!!!)

5月 18, 2017   1 Comment

古希を迎えて想う事(4)「機は熟したと言わしめて…」

残念ではあるが、まさに「憲法改訂」の機は熟したのかも知れない。

ここ4〜5年の世論の動きは異常に感じるものの真実の姿なのであろう。全ての政治がこの(憲法改訂)一点に向けて動き出し、国民の過半がそれを追認して行く勢いを持っているのだ。

一連の法律成立もまた周辺を埋め尽くし、ついに共謀罪法までが大した反対運動も起こらず強行突破される。
憲法で言えば「武力による他国への威嚇」は文字通りの憲法違反であるのだが、それも論議にすらならない。
右翼グループへの忖度で出来上がりかけた小学校までがバレかけると、「関与せず、関与があれば議員を辞める」と開き直り、通過させてしまうごとくの世の中なのだ。

「北の脅威」と危機を煽り、その原因が何処にあるかの分析すらせず(インチキがバレるからできないのだが)、ひたすら戦争可能な国を目指す事に恐ろしさを感じない今日この頃。。。

本当に、本当に憲法を変えて戦争出来る国になっていいのか!
本当に戦地に行く勇気は国民に有るのか?
(自衛隊員だってわからない。平和憲法の上に乗っかった自衛隊なのだから…)

時の総理が宣うところの「機は熟し、念願が叶う」事態になっている事を国民(過半以上が)は理解しているとして諦めるしか無いのか?。

5月 2, 2017   No Comments