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酒と煙草の与太話

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タバコを卒業して6ヶ月が経過した…
勿論そんなに簡単な日々ではなかったし、今もその過程上にいる。この辺りで過程についての嘆き節を一席。。。

予想通り体重で7キロの増量が、果たして健康的であるのかどうか?
昔、実は一度だけきっちり6ヶ月禁煙をした事があるが、その時初めて健康診断で糖尿境界型という指摘を受けた。それまでは一切要注意はなかった。その時も体重は7キロ増であった。元より6ヶ月の限定的禁煙であったことから、ぴったり6ヶ月で解禁とし、体重も徐々に戻った。
要は我が身の卑しさからくる口寂しさが体重の増減に影響し、食べ過ぎをコントロールする為のニコチン導入という個人的役割が有ったのだと納得し、喫煙健康法と考えた。
(勿論、糖尿境界症は消え、不思議なことに肺はその後も綺麗であると言われてもいた?)

されば今回は何故、卒煙を決意したのか?
実は、心筋梗塞によるドクターストップがあったわけではなく、喫煙で命を縮める事が怖くなった訳でもない。
世論に吹く嫌煙権という厳しい逆風にさらされて、ついに行き場を失ったのだ。一生懸命働いて作った憩いの場からも、煙草は既に追放されて久しい。が…理不尽では無いかと「内心」ずっと思ってきた。

最近の受動喫煙運動は煙草愛好家にとっては精神的恐怖心を強制する。常にタバコを吸える場所を探し、おどおどする自分が存在する。完全にマイノリテイとしての辛さも感じる時代になってきたのだ。
おそらく既に嗜好品として認められている喫煙者は2割を切ったのではなかろうか?悔しいかな、時の流れであり、老人が威張って喫煙権を主張するべきも無いのだ。
ということで機会を伺っていたのだった。

実はずっと思っていたことがある。
それは残念ながらもう一つの嗜好品である酒(アルコール)を全く受け付けない体質についてである。そんな体質は恐らく全体の1割にも満たないこれまた絶対少数者なのである。飲酒解禁になる20歳以降、よく考えればアルコールにも当然ながら沢山の功罪があるのだが、余り論議されることはない。

酒を嗜まない側から言えば明らかに自らの体に良くないのはアルコールであろうと推測するのだ。嗜好品である事からの飲み過ぎは様々な病気の要素となり得るし、最悪は死に至る事も多い。恐らく全体比でおいてもタバコの比ではないだろう。そして、タバコはニコチン中毒ではあるが多くの人が、そこからは脱出が出来ている。しかし、大半のアルコール愛好家でアルコール中毒からの脱出が叶った人(強制れた場合も)を見たことがない。

一方で酒による害が嫌という程に見てきた。酔っ払う側とそれを解放する側は学生時代から始まった。飲まない人間にとってはアルコールの悪臭は堪らないのだがきっとお気づきではないだろう。飲酒運転でどれほどの人が無くなり、そしてそれを取り締まる事のコストはいかほどのものか?

「なんの酒なしの人生か」と普通に言われるのだが、何故か「なんのタバコなしの人生か」などは決して通らない。
アルコール拒否症の側をマイノリティの主張とすれば言い分など山ほどある。
そしていつしか喫煙者もマイノリティとなってしまったんだが、そこには主張する権利は全く存在しない。。。

果たして、飲酒ができずタバコを嗜む両方を合わせれば、立派なマイノリティとして言い分を聞いてもらえる世の中であってほしいと思うのだが…

タバコからの脱出はやはりきびしい道であり、それはアルコールを禁止する事の苦しさを思い浮かべてもらえればきっとわかるのかも知れない。
(そして…何よりもしょうすうはからの転向に心苦しさを感じるのだ!!!)

1 comment

1 エイジ { 05.19.17 at 11:34 pm }

言い忘れました。煙草の煙で人が死ぬならアルコールが入ったら電車では息をしないで下さい。至る所での反吐は迷惑この上ないのでとりしまりましょう。飲まないのではなく飲めない人もいるのです。あと飲まずの割り勘が無ければ家が建ったかもわかりません。

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