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現行憲法への一視点(ある勉強会に向けて)

現行憲法を論じるのに最も必要な視点は、設立された背景(侵略戦争と敗戦と犠牲)の上に立って、その後の憲法が果たした役割や積み上げられた歴史、事実認識を踏まえたもので有るべきだと思う。

少なくとも日本はこの70年、この憲法をベースに平和と発展を遂げてきた事だけは何人も否定でき無い。そしてそのファクトはこれから先の50年を考えた場合のこの国の歩む道についての一定の予見が可能なものでもあるからだ。

様々な視点をベースにしつつも、今や何らかの改憲派が過半を超える状況を作る現実の中、その最大の論点が「9条」にあり、その主流が理由はどうあれ再軍備への改正を志向していることも明らかである。
(故に論議は危険でもあり両刃の剣」である点をあえて指摘しておきたい…)

最も懸念するところは日本国憲法が人類の理想を追求し、それをして国是(憲法)としているという日本国憲法の最大価値を見逃してしまうリスクへの視点が抜け落ちてしまわないかと言うところである。改憲論(論議そのものを非とするものではないという前提で)の中には確かに部分的に賛同するべき論も散見されるのであるが、今狙われる改憲論者の主張まは間違いなく「軍」の合法化による強い日本の設立である事は益々の逃すべきではない。
(長期的ステップにおけるその突破口を狙う改憲論に組してしまう巧みな構造が存在している…)

故に安易な憲法改定や加憲といったまやかしも利用して憲法の改定に現実感を作ってしまっているにであり、再軍備改憲論者に利用補完されるものとなってしまう事に強い危惧を指摘しておきたく思う。

さて、現状憲法のいったいどこが変える必要のある条文であろうか?
果たしてこの70年それをしなくて具体的にどのような不都合を生んでしまったのか?また今後の50年にどのような不都合が発生すると予見するのであろうか?
(個人的には全く思い浮かばず、逆にこの憲法が果たした役割ならいくらでもれっきょがかのうであろう)

既に沢山の違憲法が制定されていることは事実であろう。しかし、これこそがもう一度見直し法改定の是非を論じるべき優先事項であるはずである。(憲法解釈の上で許される範囲と許され無いもの…)

憲法とは国の骨格としての国民の権利を記し、国家権力の横暴を牽制する事において成立し、その詳細を法で規定していくべきものである。
絶対的に目線と立ち位置は国民(市民)の側に有るべきが原則である。しかし、改憲論の多くが「国」からの目線を優先する傾向を持つところの危険度(利用する危険を含む)を勘案した論議がなされなければならない。

現行憲法の範疇から明確に外れているものとして「日米安保条約」がある。ここが憲法解釈における整合性を曲げた第一要因であるとの思いが強い。条約でありその面では憲法を超えた国際法条の国家義務を形作ってしまうからである。
(日本の国家リスクを生んでいるのもまさしくこの違憲条約である一方では日本の寄生虫的経済貢献に大きく寄与したものでもあることは認めざるを得無いが…)

「憲法をまず大枠で捉え総体で評価し、かつ日本の文化伝統をも加味したものと考える中で、この憲法を変えようとする勢力とその事によるリスクを天秤にして考えるならば、一歩たりとも変更の要なしの「護憲の論陣」がいかに大事であるかを強く主張したい」

「論ずるのはよし」や「加憲改定」の勢力は権限者の利用に供される可能性が極めて高い。権力の持つ本来的暴力性の上に捻じ曲げられていく可能性については現実を見る中でいくらも存在するし、その過程の中にいるのだ。
顕著な例が平和のみが目的と考えられきた公明党とその支持団体がほぼ「可憲」という言い換えで権力擦り寄り、改憲論に飲み込まれていく様でも明らかである。

その意味では私に言わせれば「改憲論者は全てが現行権力の補完勢力である」との認識に立たざるを得ない。そしてその勢力構造からいえば、既に憲法改定は残念にも俎上に乗ってしまっているのであろう。

今こそ名実ともに「護憲」の旗印による反逆勢力が必要である。「民進党」はこの点において、既に自民補完勢力でしかないし、自民の受け皿政党たり得ないのだ。

平和、護憲、反原発の3点での政治結集で少なくとも受け皿づくりをするべき時である。
共産党がその党是と党名を変えさえすれば、受け皿たりうる唯一の勢力(政党)足りうるのだが、これも難しいとすれば、小沢自由党の提唱する「オリーブの木」構想に期待するしかない。

日本国憲法は当時の世界環境の中で、世界への戦争加害者であると共に、実に多くの犠牲者を生んだ末に検討され、了承を得る為に当時の日本の叡智が結集された上で制定されたものである。世界の人民の承認と共に象徴天皇という日本の歴史をも踏まえた歴史的遺産でもあり、世界に誇る憲法であると確信する。そしてその憲法で守られ発展し、これからもそれらを維持できるものであるという現実感こそが必要であろう。

改憲論を論じる視点において、瑣末な「てにおは」や現実との矛盾点のみにとらわれて論じる事は危険極まりないとの(今や)少数意見を大事にしてもらいたいと思うのである。。。

7 comments

1 シンドバッド { 07.30.17 at 1:36 pm }

現行の平和主義憲法は酷い敗戦の反省から「戦争の放棄、戦力と交戦権の不保持」を謳い上げましたが、朝鮮戦争の発生以来、自衛のために戦う権利はあると解釈を変え、自衛隊という軍隊が作られ今日に至っている。
初めて憲法を教わる小学生には、何とも矛盾した日本の姿を目の当たりにする瞬間だが、これが60年以上も続いている。
私は改憲積極派でもないけれど、矛盾を矛盾のまま放置するのは好ましくないと思っているので、矛盾解消のための改憲は已む無しと言ったところ。
矛盾をどうするのかという点で護憲派という人に質問したいのは、自衛隊を解散して文字通り軍隊を無くすのですか? 日米安保条約は破棄するのですか? ということです(矛盾のまま放置はダメですが、こうすれば憲法に矛盾しませんからある意味是)。
しかし、そうすると、尖閣は簡単に中国に奪取されるでしょうし、北朝鮮も日本にミサイルを撃ち込むのに何の躊躇も要らないので、危険度は飛躍的に高まるように思います。それは心配し過ぎなのでしょうか?

2 エイジ { 07.31.17 at 1:21 pm }

残念ながら全く意を異ににします。長くなりますが憲法違反の条約や法律を先にしっかりと正すべきです。無しくづしでやむ無しが今の日本の危険を生み出していると解するべきです。日米軍事同盟有りきとして明らかに憲法を踏み滲んだところがスタートであり、自衛隊は軍でないを法的にも実質的にも軍にしたのであり、まずは現状を違憲状態にある事を認めなければ…そして既に改憲派が多数を形成してしまっているのでしょう。長い時間をかけて無しくづし的に…
軍隊は人を殺す義務と殺される義務を認めるものであり、人間の尊厳や生存権を壊します。人を殺す権利と殺される義務を自ら覚悟できる人だけが軍隊を認めるべきです。人類の膨大な犠牲の元に日本人の英知でまとめられた憲法が今の日本国籍をを作ってきた。国として人を殺さないでこれた。現実的ではありませんが何故北が日本を挑発し、そのリスクを米国とともに共有するのでしょうか。リスクを生むもの、それは米国の傘であり、当然ながら核の保持です。日本の独立と尊厳を何で守るのかという本質が日本国憲法でしょう。

反対派は。9条を廃し、孫子の時代には武器を持って戦場に赴く事を良しとして考えなければ、自己矛盾を起こすはずです。

3 シンドバッド { 07.31.17 at 10:22 pm }

9条は、どう読んでも戦力は持たず、交戦権も認めていませんね。つまり、憲法が出来た時は、あの戦争の大いなる反省に基づいて、戦うことは一切放棄し平和に徹するとしたものです。つまり、憲法は自衛権すらノーだった筈と思います。ですよね。
しかし、今日の、特に中国の膨張主義に対して、自衛の戦いも認めない憲法では国民や領土を守れないので、現行憲法の本来の姿に戻すことが支持されるとは思わないです。
日本の後ろにいるアメリカの関心が薄いと見たら、中国は尖閣を直ぐにでも奪取しに来るでしょう。南シナ海の島々と同じです。その時、今は自衛隊がいますから、もし、仕掛けられたら戦いになりますね。そうはなって欲しくはありませんよ。でも中国次第でそうなります。そこが戦場となります。現行憲法を改正するしないに拘わらず戦場に自衛隊を送ることになるのです。
なので、エイジさんの、「憲法9条改正に賛成する人は、孫子を戦場に送ることを良しとしているのか」、との問いに違和感を覚えるのです。自衛権や自衛隊を全く認めない立場ですか? もしそうなら論理としては通っていますが、尖閣を奪われる事態に対してはどうするのでしょうか? 
また、「日本の独立と尊厳を何で守るのかという本質が日本国憲法でしょう」と言われますが、本来的に自衛のための交戦権も認めない憲法で日本の独立と尊厳を守れるというのは如何なものでしょう。日本の領土を奪いに来る国など有り得ないという世界なら別ですが。

私は、自衛権・自衛隊は現行憲法でも認められるという立場です。ただ唯一、そのことが9条にもどこにも書かれていないので、戦力を持たないと書いてあるのに、何故自衛隊は存在するのかという大きな疑問を子供達に与えてしまうので、誰にでも分かり易い憲法にすべきだと思っているのです。
反対に、憲法改正で戦前のような状況に戻る心配や、戦争リスクが高まることに対しては、しっかり規制する条項を入れるなど明文化すべきです。地球上のどの国も、同じ敗戦国のドイツやイタリアでさえ、国防の権利は憲法(ドイツは基本法、因みにドイツはNATOに加盟しているので集団的自衛権も有す)に書かれていますが、日本だけは絶対にそのように憲法を改正すべきでないという意見が理解不能なのです。

4 エイジ { 07.31.17 at 11:30 pm }

神童さん、尖閣がすぐに取られる…と言うのはなぜ断定的になるのでしょう。ならば米国の基地は占領状態のままです。日米安保は合憲ですか?新安保法制はどうでしょう?少なくとも自衛権の放棄は現行憲法には書かれませんでした。軍備と言うのは他律的に発展し、当然核保有への道まで進むでしょう。尖閣は今も外交課題であり、攻め取れるなら自衛隊の存在の有無に関わらずそうされるでしょう。それも西側の軍事同盟にいれば尚更です。平和憲法がすべての歯止めになっているのです。自衛隊は戦争放棄の憲法の中で成り立っていますが、戦争をする国できる国となったら、現状の最低戦力の意地さえ難しくなる可能性がありますよ。誰かが銃を持つ覚悟をしなければなりません。そしてその場合には常に矢面に立つのは弱者です。現状の原発処理に於いてもよく分かります。
まずはギリギリにしろ現行憲法によって守られたものとどう考えても違憲なものを整理し、違憲状態の修正が子供達の為にも必要でしょう。自衛権、自衛隊、自衛隊法の中での完全違憲状況を作っているものは何か?朝鮮戦争で自衛隊(警察予備軍)ができました。平和憲法がなければ、あの戦争にも巻き込まれたはずです。現行憲法が今日を作りそのメリットを考るべきであり、むしろ子供達に説明できないような違憲状態をエスカレートする事が大問題なのです。国際法がどうであれ、日本は日本国の歴史の中で作られた憲法を優先されるべきですし、これをしてマッカーサー憲法だから…という作り話こそ論理破綻を起こしていますよね。しかし軍備と軍拡は米国の強い要請と経済優先の考え方から進んで行く。そして神童さんなど不戦家さえ巻き込んで行く事態になっています。未だ未だ有ります。現行憲法こそが日本が守り、率先して行くべき所であり、それが今、作られている国際緊張説をも打ち破れるのです。銃を持つ勇気と法に基づき人を殺す勇気がある決意無くして、戦争を肯定はできません。

5 シンドバッド { 08.01.17 at 2:35 pm }

エイジさん、「少なくとも自衛権の放棄は現行憲法には書かれませんでした」ということは、専守防衛のための交戦権(他国が日本に攻め入って来た時は戦う権利)は認める立場と思って良いですね? それなら話は早いと思います。私の言っていることは、専守防衛も、従って自衛隊も、憲法違反とする主張が今もあるので(私も9条を字句通りに読めば、一切の軍備と交戦権は認めない=自衛隊と自衛のための抗戦行為は憲法違反と読めますので)、それはしっかり憲法に明記すべしと思っていることを率直に申し上げました。但し、憲法改正は戦争可能性を引き上げるリスクもあるので、ドイツの基本法と同じく、「他国への侵略戦争は認めない」ことも明記する必要があると考えます。

尖閣について言えば、中国の膨張主義からは、南シナ海も東シナ海も自国のものと思っており、決して諦めることはないでしょう。ただ、現在は、日本の後ろにアメリカがいるので、上陸作戦までは踏み込めず、公船を近づけさせるなどの示威行為を繰り返しています。もし、日米安保条約がなければ(ここではその条約の良し悪しは論じない)、中国はかなり前に、南沙諸島同様に尖閣を奪取しようとしたでしょう。その時、初めて自衛隊の出動となって、最悪戦闘も有り得たのではないでしょうか? 平和憲法の下でも。

6 エイジ { 08.01.17 at 3:06 pm }

良識派の神童さんとの論議こそ大事だと思います。私の憲法論は70年積み上げ、育ててきた現行憲法を尊重せずして、闇雲に9条を改定しようとする勢力と結果的にそれに加担してしまう安易な改憲論です。安倍政権はその象徴であり、集団的自衛権を認め、9条に加憲する案に変貌(誤魔化し)で、世論誘導しているのみでは無いですか?現行憲法に明らかに違反する条約や法律を点検破棄せず、憲法が法に合致しないという本末転倒と軍隊とは…の本質を見ずして小さな穴を開ける事が如何に危険であるか?権力の横暴を止める事と人間の人権(生存権)を守る事で日本という国を形作るべきです。軍備は核保有無くして成立しません。テロは米国のイラク侵攻から派生しました。日本国憲法の理想論こそが世界平和を希求する人間の向かうべき方向であり、西側に立つ強者の論理のみで中国や北をみるのは論拠に乏しいと思います。戦争で敗れた日本の選択(憲法)と戦後積み上げてきた日本人の英知を肯定してこそ…自衛隊は警察予備軍としての存在でスタートし、限りなくその範疇で活動する事で合法化は可能です。米国の強制をはいじょしつつ、憲法の範囲内での自衛権としてあくまでも自衛隊でなければなりません。戦争状態を武力衝突とする政府が問題であり、稲田さんの尻尾切りにする恐怖を見逃す事こそがリスクになります。経済優先と日本会議による右旋回で、改憲論が過半を取りつつあります。民主主義における過半の危うさが、現実になりつつある。。。戦争のない子供達で居られた事が終焉し、孫子の時代にはまたぞろ列強の勝ち組を目指す日本人の血が騒ぐのでしょう。。。。

7 シンドバッド { 08.01.17 at 10:41 pm }

今の平和憲法さえ死守すれば、日本は平和を守れるという考え方が分からないのです。平和は日本一国だけが憲法で唱えていても他の国がそうでなければ直ぐに危険な局面になります。自衛のための戦争と言っても戦争は戦争。それこそエイジさんの言う人権も生存権も戦争では平気で危機に晒されます。国際社会は性善説では立ち行きません。
昭和22年5月に施行された現行憲法は、マッカーサー監督の下、幣原内閣の手で作成されました。彼らは、あの敗戦の教訓から不戦の誓いを9条に表しましたが、GHQも、大苦戦したあの日本軍は絶対に作らせたくなかったことで両者が一致しました。世にも珍しい「戦争放棄・戦力不保持・交戦権否定」の平和憲法でした。だから元々は自衛隊も自衛の戦いも認めていなかったというのが正しいと思います。
しかし、昭和25年6月に朝鮮戦争が勃発すると、マッカーサーは戦力補充のために、日本政府に兵の組織化を指示し、警察予備隊が出来、後に自衛隊となります。
この過程で憲法解釈が大きく変えられた最初の出来事だったと思います。大多数の子供達に「憲法で軍隊を持ってはいけないと書かれているのに、何故自衛隊があるの?」という素直な疑問の声が上がる所以です。憲法は子供たちにも分かり易くなければいけません。
今の憲法を一か所でも改正したら、それが蟻の一穴となって、様々な危ない条文が入って来る、との心配は分かりますが、しかし、この大きな矛盾をこのまま放置して良いことにはなりません。
私は、他国を侵略し最後は戦争に敗れた同じ立場のドイツの憲法(基本法)を仮に日本で採用したとしたら、日本ではどこが拙いのか聞きたいのです。
ドイツの基本法では、「侵略戦争の禁止、国防戦実施条件」が書かれていますし(NATOに加盟しているので当然ながら集団自衛権も認められています)、時代に合わせて、これまで58回程の基本法改正がされて来たと言います。

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