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Posts from — 8月 2017

終戦記念日?日本ファースト??

いつの間にこんな風になったんだろう?

「日本ファースト」という政党が跋扈する時代が来るそうな…
「人造り革命担当」大臣が出来たそうだ…
「終戦記念日」という敗戦を受け入れた日を「記念日」とし、様々なセレモニーが開催される…

NHKでは終戦記念日特集として「731部隊の真実」他が組まれている。
日本国憲法が制定されて70年…(同時に我が歳も「古希」となってしまい無力を嘆くしか能が無い)…

紛れもなくあの大戦で受け入れたはずの日本国憲法が陳腐化したのであろう。。。
永久の不戦を誓い、一億総懺悔する事で得たはずの憲法を放棄してももう世界は認めてくれるのであろう。
(国際法としての「戦争権」を有する国でなければ日本の戦後は終わらないのだという…)

ドイツではすべての責任をヒトラーに被せて終戦を勝ち得たのに比して、日本では総意に基づく戦争として恒久の平和を希求したものでは無かったか?(決して「天皇」とはせずに…)

「731部隊」の秘匿も、当時の優秀なる技師の所為ではなく国民の総意のなせる技であったのか?

全ては「日本ファースト」という訳の分からぬ言語で国民を巻き込みながら、総意として民主的手続きを踏み、「人造り」を国家の意思によって正当化して行く時代が目前に来ている???(翻訳すると日本第一主義という言語が作られ不思議でも無く支持されて行く時代)

「日本人」という血には確かにそのような遺伝子が存在するし、我が心の中にも間違い無く脈々と流れている事は否定できない。

故に、故に、、、
(日本独自の)憲法の名において不戦の誓いを永遠と謳う事が国という骨格を規定する必要があった(ある)???

一億玉砕というような信念が出来てしまう民族であり、それゆえに世界からも強制され、あの侵略戦争の反省と共に不変とした平和憲法が変わろうとしている。
それを容認する事が民主主義であるなら、そんなものなら民主主義という金科玉条でさえ不要な論理となる。(先の戦争も明治憲法も民意の過半は支持、容認してきた歴史的事実もある)

戦争に赴く覚悟を持って、現行憲法を死守する決意こそ「戦争を知らない子供たち」の使命とするべきでは…
(あらゆる改憲論に「独りたりとも我行かん」の護憲特攻精神が必要かもしれない…)

(追加)

「北」がグアム周辺への核実験を行う準備をしていると宣言した。
(実験の範囲内であり、国際法上では違法では無い。核保有すら止められる法はない。現実的にはグアム周辺へは撃てないし、それが抑止効果である事も認める)

一方で米国の脅威を抑止できるものは無く、その余波で日本は戦争に巻き込まれる恐怖は常に存在する。戦争権を認める以上、核保有を認めない理由など存在しないし、もちろん日本はその潜在的能力を有する。

たった72年前までの日本の犯した戦争の歴史をしっかり検証しなければ…(北を鬼の如くいうならば、日本の犯した侵略や731部隊の違法行為…そして米国のB29日本焼土作戦や広島長崎への核投下)
たった72年前の歴史的事実であり、戦争権という国際法のなせる技である。すべての国は防衛軍という名の武力を保持し、民主的結論を導き出しその行使を名分化して行くのだ。

イラクの悲劇は今も続き、ISというテロ組織まで作ってしまった(日本もその戦争を容認した)。北に住む国民には何の責任も無いし、70年前の日本とも酷似している状況とも言える。もし唯一の抑止力が核であると思うなら、全てを投じて体制維持を狙わざるを得ないし、少なくともその戦力で他国を侵略する事など出来ないという意味では、他国ほどの脅威足り得ないとも言える。
北は少なくとも被侵略国の歴史を有し、その歴史的事実の中で政治的選択をしているのであろう。
状況や事実を知らないまま、北を最悪國とする前に日本国の戦前と戦後を学び、北の平和的解放に知恵をしぼるべきではないだろうか?
それこそが真に日本の平和と発展に寄与するものであり、戦争による体制崩壊こそが日本や韓国の国民を少なからず巻き込まれる脅威を心配もする。

「ペンは剣よりも強し」…
日本国憲法こそが最大の防衛軍であったのは70年を経た歴史的事実である。防衛軍という武力は核を容認し、無垢な国民を死に巻き込むことまでを覚悟した上で憲法改定を考えるしかないというのが、矛盾なき日本国憲法論である。。。。

8月 15, 2017   No Comments

憲法論議(2神童さんへの回答に代えて…)

神童さん
(長くなりますがお許しください。
ダブりますが、想いを殴り書きした上で、その下に個別返信としました)

せっかくの論議ですから場を変えて続けられれば…と思っていますがどうでしょう。その理由は既に護憲派と言われる言論は残念ながら過半を大きく割り込み今や少数派となっています。即ち、近いうちに日本国憲法は改定されると思いますし、それが民主主義である事も否定しません。
しかし本当にその方向はたった70年前の5日来た道に繋がって行かない保証はあるのか?かつての日本の戦争は一部軍部の暴走であったのか?大半の日本国民が選んだ民主的判断であったのではなかったか?
現行憲法は日本人を初めとして無数の人類の犠牲の上に成立し、今日まで承認、支持されつつ、日本の歴史も踏まえ、その折の日本人の英知も結集して成立したものであり、その後も時代に応じて育まれて来たものだと思っています。
従って、日本国憲法はいわゆる国際法的憲法論の外に位置するまさに独自の存在として世界に冠たるものと理解しています。しかし、単純に言われる押し付け憲法という論理で語られるとすれば、全く違うものと理解しなければなりません。もちろん世界の理解とその代表者である米国の影響がにじみ出る中での妥協と工夫が必要であった事は言うまでもありませんが…
日本が世界の理想としての非武装中立を宣言し、かつ世界平和を希求する事を盛り込んだものとされ、かつ世界の承認が必要でもあったのです。
憲法の前文及び第1章がその意味を象徴しています。特に天皇を中心とした日本の長い歴史と人民も納得し、天皇を戦犯から除外する国民の願いを「象徴天皇」と置くことでこの憲法が成り立っていますし、それこそが日本の文化伝統を維持し、その後の日本の繁栄に導いたものだと言えないでしょうか?
憲法とは、そこに所属する人民の人権をあらゆる権力から守る事で成立するものと考えます。日本国では、唯一その基本的人権を阻害される天皇の存在があります。昨今の天皇、及び皇太子が最もこの憲法遵守を願われている事で救われる思いがしております。基本的人権すら認められていないにもかかわらず、象徴という立場での実践されるお姿と共にその意向さえ無視するような勢力があります。

大半の改憲論は再軍備の必要性ですが、その後ろにあるかつての帝国主義と強国日本への強い思いの存在への歯止めはできるのでしょうか?憲法と自衛隊の矛盾を作り出しているものは明確な違憲を無視した条約とそれを補完する法律に有ります。何が現行憲法であい入れない法律や条約であるかを先に論議しなければ…
この憲法は非武装中立という理想系を現実を超えて選択成立し、自衛隊までの範疇で工夫してきたものです。大半の法律画素の範疇で工夫と解釈を遂げてきたものです。日米同盟と集団的自衛権はもちろん一体で有りそれは中立的立場を無視するものとなり、やがて仮想敵が発生してきたのです。米国絶対忠誠なくんば、日本は立ち行かない。米軍駐留は治外法権でとても日本国領土ではない。

全ての戦争リスクは中立でない外交の中で発生しています。言い換えるとすれば戦争は世界から消えない現実を直視してみれば、そこへ巻き込まれる可能性は中立性が保てないところで発生する可能性がよりリスクを高めているのではないでしょうか?少なくとも世界は攻められる可能性のない国を攻める事は出来ないという常識だけは達成されていると思います。

自衛隊と自衛隊法を見てみてももはや自衛の為の武力以上の設備、体制を保有しています。当然ながら自衛のための核保有も認めざるを得ないと考えても不思議では有りません。軍備という範疇では当然ながら核保有も肯定しない根拠はないのです。自衛隊を自衛隊として法でくくる事で合法化する事は現行憲法でも可能ですし、矛盾しないものには出来るでしょう。

軍隊という国際法上の位置付けを考えた場合はどうでしょう。まず国際法上では基本的人権を保証する事は出来ません。私は武器を持って国の為であれ、人を殺す事は拒否します。軍隊とは憲法での国民の遵守義務で有り、武器を持つ事を拒否できない義務規定が必ず出現します。即ち殺されても殺さない権力が壊れてしまうのです。意思に反して天皇の為と偽って死んで行った沢山の若者が居ます。

(この考え方は私の学生時代にできたものです。警察の暴力に右翼の暴力にゲバ棒を持て…は当然の帰結でした。私はヘルメットはかぶっても武器は拒否しました。機動隊の突入を前にして、籠城を覚悟し、捕まることも覚悟しましたが、幸か不幸かセクトに属さなかったこともあって、籠城はプロ活動家から拒否されました。そのまま一般学生を学外に出す役割に成り下がったのです。数百人の一般学生の先頭で泣きながら学校を退去しました。その道には体育会系の学生が、武器を手に手に行く手を防いでいました。しかし一旦度胸を決めた我々の信念でその包囲網は簡単突破できました。無言で隊列を進めただけでしたが…堕落した自分と助けられた自分がその後を作っていったとも言えます…)

軍隊という概念は人を殺す権利と義務が必ず伴います。自分が、息子が、孫が武器を持つ覚悟ができなくて軍備を語る事は出来ない(他人ならやむ無し?)とする事は無責任ではないでしょうか?

日本の歴史上でも70年の間、少なくとも戦争をせず、国の名において人を殺さず、殺されもしなかった日本国憲法の存在と改定(軍備保持)による戦争への可能性を天秤にかけてみたらどうなのでしょう。私は少なくともこれまでの憲法の実績を取ります。戦争への可能性が皆無になるとはもちろん思いませんが、よりその可能性が低いものが、戦争を放棄し、軍備を保持しない事だと信じています。そして他国にもそれを求める事を宣言し続ける事も重要な日本国憲法の信念として存在するべきです。
友人に元自衛官がいます。彼は何度も緊急発進を経験したそうです。そして、彼は戦争のできない国の自衛隊員であるからこそ自衛隊員でいれた…と語ってくれました。今の自衛隊員は、戦争放棄の憲法の元で自衛隊員を選択しているとも言えます。決して志願兵ではないのです。そしてその存在と貢献度も十分に世界で認められているのが、現状で有り日本の知恵であると思っています。

憲法論議がいまほど重要な時はないと思いつつ、多くの良識派はやむ無し的改憲論で憲法が改定される事が本当に心配です。既に戦地に出ることが無かった世代の我々が今更軍備は必要だ…というのにも無責任では無いかと思うのですが…

神童さんの疑問の全てのお答えになっているかどうか、できればもう少しこの憲法論を深めたく、あえてチャレンジさせていただきました。
なお、私の憲法論はずっと積み上げてきた結果であり、特に象徴天皇の意味と意義に対する理解が出来たのは最近の事です。
また日本が米国の核の傘と軍事同盟の中でしか軍備足り得ない事からの脱出こそが本来の自立した憲法論議ができる必須条件ではないかと思うばかりです。。。

現行の平和主義憲法は酷い敗戦の反省から「戦争の放棄、戦力と交戦権の不保持」を謳い上げましたが、朝鮮戦争の発生以来、自衛のために戦う権利はあると解釈を変え、自衛隊という軍隊が作られ今日に至っている。

…自衛隊はまだ軍隊とは言えません。
初めて憲法を教わる小学生には、何とも矛盾した日本の姿を目の当たりにする瞬間だが、これが60年以上も続いている。

…小学生の矛盾は憲法違反の法律の存在を隠蔽するところにあると思います。
私は改憲積極派でもないけれど、矛盾を矛盾のまま放置するのは好ましくないと思っているので、矛盾解消のための改憲は已む無しと言ったところ。
…積極改憲派でないとは?矛盾解消の順序が違うのでは?

矛盾をどうするのかという点で護憲派という人に質問したいのは、自衛隊を解散して文字通り軍隊を無くすのですか? 日米安保条約は破棄するのですか? ということです(矛盾のまま放置はダメですが、こうすれば憲法に矛盾しませんからある意味是)。
…お答えは同じですが、日米同盟が諸悪の根源であり、日本を属国化し、自衛隊をも米軍補助に貶めているのでは?

しかし、そうすると、尖閣は簡単に中国に奪取されるでしょうし、北朝鮮も日本にミサイルを撃ち込むのに何の躊躇も要らないので危険度は飛躍的に高まるように思います。それは心配し過ぎなのでしょうか?
…日米同盟有りきの危険度では?現状自衛隊で尖閣が守れますか?
…中国も北も自衛隊や日米同盟が無ければ簡単に攻め込んでくる根拠は?
…有り得ないでしょうし、有り得るとするなら既に行使しているでしょう?再軍備への刷り込みが効きすぎでは?

エイジさん、「少なくとも自衛権の放棄は現行憲法には書かれませんでした」ということは、専守防衛のための交戦権(他国が日本に攻め入って来た時は戦う権利)は認める立場と思って良いですね? それなら話は早いと思います。私の言っていることは、専守防衛も、従って自衛隊も、憲法違反とする主張が今もあるので(私も9条を字句通りに読めば、一切の軍備と交戦権は認めない=自衛隊と自衛のための抗戦行為は憲法違反と読めますので)、それはしっかり憲法に明記すべしと思っていることを率直に申し上げました。但し、憲法改正は戦争可能性を引き上げるリスクもあるので、ドイツの基本法と同じく、「他国への侵略戦争は認めない」ことも明記する必要があると考えます。
尖閣について言えば、中国の膨張主義からは、南シナ海も東シナ海も自国のものと思っており、決して諦めることはないでしょう。ただ、現在は、日本の後ろにアメリカがいるので、上陸作戦までは踏み込めず、公船を近づけさせるなどの示威行為を繰り返しています。もし、日米安保条約がなければ(ここではその条約の良し悪しは論じない)、中国はかなり前に、南沙諸島同様に尖閣を奪取しようとしたでしょう。その時、初めて自衛隊の出動となって、最悪戦闘も有り得たのではないでしょうか? 
…この論議は多少複雑ですが、自衛隊を憲法の許される範囲内に拘束する事が優先であり、軍事同盟とその上での過剰装備と自衛隊法に違憲状態がある事が問題です。憲法下の自衛隊は軍隊ではないはずです。その為の縛りとしての自衛隊法がむしろ必要です。その逸脱は日米同盟にあり、今般の安保法制の改定にあります。国際法に照らす軍隊と自衛隊の違いは明確であり、軍隊を認める憲法改定こそが狙いであり、集団的自衛権と軍事同盟への発展に進まざるを得ない。その為に防衛やむ無しで防衛戦争に巻き込まれるのです。
…何故仮想敵を作るのですか?北や中国は何故敵国なのですか?

平和憲法の下
今の平和憲法さえ死守すれば、日本は平和を守れるという考え方が分からないのです。平和は日本一国だけが憲法で唱えていても他の国がそうでなければ直ぐに危険な局面になります。自衛のための戦争と言っても戦争は戦争。それこそエイジさんの言う人権も生存権も戦争では平気で危機に晒されます。国際社会は性善説では立ち行きません。
…この考え方が先に戦争でもはってんしていったのであり、なんの歯止めもできなかった。軍隊や権力はそういうものであり、それを抑制するものこそ憲法であると学んだはずです。
…国際社会が性善説では成り立たない。昔も今も…しかし少なくとも平和憲法は日本の平和を70年守った実績があります。それは軍隊がなかった事…戦争はしませんできません…と宣言しているからでしょう。でなければ(軍隊があれば、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦線に兵士は参加せざるをえなかったのでは…すべてが可能性の大小でしか語れません。
…危険な局面とは 、戦後で言えば全て米国の仕掛ける戦争の故であり、米国経済優先上で米国は戦争経済無くしては成立しない国であることの理解が必要だと思います。
…当然現状で軍で持って日本防衛を考えるなら核の保有は必須です。そして戦争は人類滅亡の核戦争を覚悟しなければ…
…広島、長崎の教訓こそが日本の知る戦争の悲惨さであり、核を保有する決意と軍隊を保有する決意は一体ではないですか?
…世界核禁止条約にさえ参加できない日本とはどういう国なのでしょう。

昭和22年5月に施行された現行憲法は、マッカーサー監督の下、幣原内閣の手で作成されました。彼らは、あの敗戦の教訓から不戦の誓いを9条に表しましたが、GHQも、大苦戦したあの日本軍は絶対に作らせたくなかったことで両者が一致しました。世にも珍しい「戦争放棄・戦力不保持・交戦権否定」の平和憲法でした。だから元々は自衛隊も自衛の戦いも認めていなかったというのが正しいと思います。
しかし、昭和25年6月に朝鮮戦争が勃発すると、マッカーサーは戦力補充のために、日本政府に兵の組織化を指示し、警察予備隊が出来、後に自衛隊となります。
この過程で憲法解釈が大きく変えられた最初の出来事だったと思います。大多数の子供達に「憲法で軍隊を持ってはいけないと書かれているのに、何故自衛隊があるの?」という素直な疑問の声が上がる所以です。憲法は子供たちにも分かり易くなければいけません。
今の憲法を一か所でも改正したら、それが蟻の一穴となって、様々な危ない条文が入って来る、との心配は分かりますが、しかし、この大きな矛盾をこのまま放置して良いことにはなりません。
…この件には何度も説明してきたつもりですが、自衛隊こそが日本国が考えた英知であり、憲法と共に隣国の戦争に参加しないですみました。問題はしっかりと法で自衛隊を拘束説明できるものにすれば、いとも簡単に憲法を語り、誇れるでしょうし、その上での我々も子供の頃に学んできたのでは…
…説明できなくなったのは明らかに60年安保以降では?

私は、他国を侵略し最後は戦争に敗れた同じ立場のドイツの憲法(基本法)を仮に日本で採用したとしたら、日本ではどこが拙いのか聞きたいのです。
ドイツの基本法では、「侵略戦争の禁止、国防戦実施条件」が書かれていますし(NATOに加盟しているので当然ながら集団自衛権も認められています)、時代に合わせて、これまで58回程の基本法改正がされて来たと言います。
…ドイツ憲法は明治憲法でも骨格でしたよね。憲法を補完し、その範囲での義務を描くものが法律であると理解しております。そしてドイツはヒットラーという極悪人を総括し、かつ法改定で補完して今日に至っています。
…私は日本国憲法はあくまでも日本国民の歴史、伝統、文化を継承する独自の存在として進化しているものであると信じています。その最大のテーマが象徴天皇であり、ヒットラーではない所が憲法理解に必要であるとかいしています。
…第1章が基本的人権ではなく 象徴天皇である事で 日本国憲法であり、その存在と象徴性を守り引き継ぐ事こそが日本国憲法の所以であり、成立基盤だと思っています。
…神童さんは唯一憲法の埒外におられる天皇の存在をどう考えますか?ここが日本国憲法成立とその後の憲法の成長性であると思っているのです。でなければ世界から天皇はヒトラーと同じと位置付けられ、逆に日本は一億総玉砕に向かったのでは…
…現天皇が最大の護憲派として、努力されている姿こそが日本の姿であり日本国憲法だと思います
…ただし、この論がいつしか少数派となり、 無責任な安倍加憲で蟻の一穴をあけることになってしまう(加担する)事を認めざるをえない無念さへの抵抗です。

それ故にまさに代表的良識派の神童さんから是非、引き続き厳しいご批判を頂ければ幸いです。

8月 3, 2017   No Comments