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⑴ 改憲論と護憲論の狭間で…

先ず、憲法の主要条文に入る前に日本国憲法の成立状況とそれ故の独自性についての認識を確認しておきます。

日本国憲法は日本の無条件降伏とその戦争責任論の途上で作成されたものでした。
占領国としての米国と共に諸外国(連合国)が相互監視する中で、大多数の日本国民は再起と共に既に日本国の象徴である天皇制の維持を願っていたはずです。
日本国憲法が米国とマッカーサーによる押し付け憲法であるから…との改憲論者が極めて多い事は理解できますが、最近の研究からも当時の優秀な学者、政治家がその状況の中で辛苦を重ね練りに練って作られたものであった(いわば世界が認識し、了解を得る必要を満たしたものであった)事は重要な事実です。

そしてその歴史的背景の中では「いわゆる憲法論」としての歪さや多少の国語的齟齬がある事も十分に踏まえた上でも世界的にも例のない憲法となっています。世界平和を望み、それへの貢献を前提にした敗戦国日本ならではの独自憲法であり、一般的憲法とは異質のものと考えるべきであろうと思料するものです。

そしてこの憲法は既に条文を70年以上変更されず、日本国民の総意としての実績を有しています。
一定の言葉の齟齬や矛盾などを指摘しての改憲論者も沢山おいでになりますが、この憲法全体が有する意義や実績を傷めしむものではないのです。残念ながら現実の世界は未だにこの憲法の希求する状況ではありませんが、それ故に今も人類の望むべき方向を示しているものだと思います。

今日、日本国憲法の改定を求める世論の高まりは、実に日本国憲法の危機と成ってしまっています。しかしその改憲論はいずれも、極めて部分的解釈や世界状況の変化に伴うものであり、一方でその変更による危険度の考察やこれまで積み上げられた憲法遵守の実績を踏まえたものとは言えません。当然ながらこの憲法の上に積み上げられた日本国民の膨大な立法努力を含め積み上げられた資産に比べ、実に矮小で瑣末な上げ足取りのような改憲論が跋扈し、護憲を云う事が憚れるかの如く事情は情けない限りです。

この70年の間での日本国憲法と法律、条約は実に膨大であり、そこにこそ日本国の英知の結集があり、その上の現在日本の平和と繁栄と歴史を刻んできたのです。
歴史修正主義者やナショナリストだけでなく、現実的常識派までもが一部改憲を唱え始めました。
そして何よりも今日的権力者側が大きな思惑を持ってこの憲法の改正を声高に叫び、その勢いに乗せられてこの際現状に合わせた改憲の時期であろうと言い出してもいます。
それではこの憲法のどこの項目が具体的、現実的に日本に「悪影響」をもたらしたのでしょう。また今後においてどこが問題となり得て変更すべき項目であると具体的事由で説明できるのでしょうか。

憲法全体の構成と70年間の日本を踏まえ、この憲法を全体として指示、擁護してきたからこそ今の平和な日本があるのであり、変更のリスクと改定ロードの重さ(憲法改定は全ての法律の整合性を見直す作業が伴います)を立ち止まって冷静に考えてみるべきではないでしょうか。何よりも先に、この憲法の上での明らかな違憲条項をこそ探し出しそこの修正を優先させる事が立憲民主主義の入り口であり近道でもあろうと思うのです。

あらゆるリスクは憲法解釈の捻じ曲げ解釈や違憲立法によって生じてしまっているにも関わらず、解釈改憲による既成事実を積み上げ、それに憲法を合わせるような改定は本末転倒でしかありません。
先ずは解釈改憲などせずに現行憲法に則って政治が行われ、明らかに違憲であるものを洗い出し、その背景とその事(違憲立法)で得られた成果と損失を天秤にかければ、日本の今後の進むべき道(現行憲法の重要性)が導き出されると思います。

憲法改定はその作業の後に論議されるべきであり、それこそが立憲民主主義の常道です。違憲な法や条約、慣例などをあぶり出す作業が先に必要であると考え、論を進めていこうと思います。

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