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(4) 安保、非核3原則、原発

日米安保条約が諸悪の根源である事については本来左右両陣営において一致するべき点で無ければなりません。
日本の完全独立の為の「一丁目一番地」が米国の「核の傘」を認める事ではないはずです。
「日米安保」有りきがいつの間にやら知識人の常識と成ってしまった感があります。
(憲法違反の軍事条約である事が明らかであるにも関わらず、日米同盟が、日本の発展の基軸であるとの見解において…)
しかしそれは「経済優先の日本」が踏んでしまった地雷であり、「非核3原則」という言葉が、(まやかしとして造られた)戯言でしか無い事も立証されてしまいました。
それは米国経済の尖兵となる事でもたらされました。日米同盟を外交の基軸と考えるのが常識という状況は一体どこからくるのでしょうか?

経済的繁栄が全てに優先する「資本主義」時代が長く続き、その結果「新自由主義」という妖怪が大手を振って闊歩し始めてています。その中で失われて行く日本の伝統や文化の価値に気付き、やがて次の時代には必ずそのしっぺ返しが訪れてしまう事ががはっきりと見えてきています。
(米国はアジアでの利権を維持する為にこそ日本における米軍基地が必要なのであって、米軍基地が日本の防衛に欠かせないというのは詭弁に過ぎません。むしろ米軍基地の存在は日本が戦争に巻き込まれる可能性を増大させている事に思いをいたすべきです。

果たして、朝鮮特需が無く日米同盟が無かった日本はどうだったのでしょう。
日本経済の急速な発展はやがて「バブル」となり、経済的に米国の背中を見てしまった(世界第2位の経済大国)日本経済は1985年のプラザ合意以降)完膚無きまでに打ちのめされました。
失われた20年はやがて30年になろうとしています。この間の世界経済は中国やインド、ベトナム、そしてロシアに至るまで緩やかに発展を続け、米国の失敗のツケすら日本が負う状況が現在を形作っています。(米国は経済の行き詰まりの際には、属国への付け回しと「やむ無しの戦争」でこれからも辛うじて生き延びて行くでしょう)

日本経済の急速なる成長は団塊世代の企業戦士化とともに増える労働人口(生産力)の急拡大もその背景にありました。もし、朝鮮戦争特需や日米同盟が無くとも緩やかなる経済成長は日本国民の勤勉性で今日では十分に追いつき追い越していたのでは無いでしょうか?
(バブル絶頂期に米国のマンハッタンを買い占め、ラスベガスの賭博場を独占する日本人の爆買いを研修という名の元に垣間見る貴重な経験が頭をよぎります。虎の尾を踏んだのでは無いか…と半信半疑で1カ月程度の研修で(バブル絶頂期とも気付かないまま)帰国したのは25年も前のことになります)

日米同盟が無かりせば、自衛隊は警察予備軍を強化発展させた本来の(憲法で認める範囲内での)自衛隊の完成が適っていたのかもしれません。無論、現行憲法でも専守防衛を禁止する…とうたっていませんし、国民を守る為の警察予備隊の発展は(やがて自衛隊となり)経済の発展とともに必要不可欠であったと信じます。
特に大災害等における自衛隊の活躍と必要性は立証済みであり、真に国民(国では無い)を守り、治安維持に努める「一定の」武力の保持(戦力では無い)は必要です。しかしそれはどこまでいっても軍隊では無く、他国を威嚇するような武力になる事は立憲民主主義憲法を有する我が国では起こり得ない筈だったのです。

軍隊を有すると言う覚悟をする為には、もちろん先に憲法改正が無ければあり得ないのです。(立憲主義を標榜するならば…)
しかるに米国依存と共に既に明らかに他国を威嚇するだけの武力が日本には存在してしまっており、非核3原則を嘯きながら「核の傘」に寄りかかり、挙句に集団的自衛権という他国への脅威と戦争への加担までをも「自衛力」という名で可能な事態に至っています。

立ち止まってもう一度、考えて見ましょう。
敗戦後の日本国(憲法)は先ず中立国である事を前提に出来上がっており、当然ながら個別国との(軍事)同盟は憲法に背いた存在です。日米安保の成立で憲法は明確にいがめられたまま今日に至っております。
戦力保持をしないから米国の戦力(核の傘含む)を借りるような予期は日本国憲法には有りません。
先ずは憲法を護るとするならば、この日米安保を見直す所へ論議を戻す事から始めるしかないのです。その上で自衛隊の存在とその後の過程で成立した違憲立法の数々を検証し、改定が必要かどうかを考えるのが事の本筋であり、それこそが立憲主義の基本であるはずです。

既成事実を積み上げ、安保や自衛隊を合憲、違憲と論議する事こそナンセンスなのです。
憲法を無視した明らかな違憲立法や条約を解釈改憲とする事自体が間違いです。
現状の安保が果たして合憲かどうか?自衛隊のどこまでが合憲であり、違憲な部分はどこにあるのか?
どんなに解釈の幅を広げても違憲であるものがあるとするならば 、先ずそこを炙り出して、もう一度自衛隊を考えてみる事が大事です。違憲立法を放置したままの既成事実の積み上げでの憲法論議はどこまでいっても立憲民主主義に反するものです。
(今回のわがまま解散ももちろん違憲(憲法7条には総理大臣の専権事項としての解散権など記されていない)ですし、その意味では違憲解散が行われるからそれを止める為という憲法改定を論じる枝野さんの論も可笑しいのですが…既に既成事実の我儘解散は忘れ去られています)

安保問題です。
まず、戦力という面では、今や核装備が必須戦力である事は(北の要求を見ても)世界常識としても明らかです。戦争戦力と核装備は不可分な時代に世界は変わってしまいました。
一方で非核3原則は米国にとっても誠に(経済的に)都合の良い政策です。核防衛の為で有ればどんなに高額であっても日本は受け入れる事になる。
しかし流石の米国も日本の核装備だけは許さない…
矛盾による米国策…
日本が米国の属国である事を裏切る可能性を否定できないからです。核の傘という「亡霊」を置き「核は持ち込まない。但し米軍艦隊、基地を除く」という戦略上の便法はアメリカにとっては最高の軍事方針であり、米国の経済優先の最大戦略と合致するものでもあります。

日本は十分に核兵器を保有する能力を有しています。
にも関わらず「核を持たない軍備」でなければ、米国を含めて世界の世論は(未だに)それだけは認めないでしょう。(軍備又は軍隊であっても韓国、中国、ロシアさえ認めないでしょうが…)
軍備力を保有すると言っただけでも北朝鮮からの攻撃の可能性(リスク)は真に高まります。それはもちろん米国と共に攻め込まれるというトラウマ(イラクのフセイン)が「北」にあるからです。(朝鮮半島を領土化した歴史が日本には有ります)
拉致の理不尽を盾に北を仮想敵にする事のリスクこそが「本当の危険」ではないかと思います。
北の核の現実的ターゲットがあり得るとすればそれはグアムでもハワイでもなく、沖縄米軍基地になるでしょう。そのような選択は実は万一にも起こらないでしょうが、(リスク保有の)理論値のみで言えばそうなります。
(トランプの挑発に日本が間違っても加担しない事が最善のリスク軽減であるにも関わらず、安倍さんはトランプとの密約ができたかの如く急ぎ「国難解散」を強行し、北政策の日本での同意を取り付けたというのではないのかと危惧されます)

今からでも日米安保の破棄と「中立日本」を考える事は可能です。
本当に「核」を持たない決意なら中立が最も安全なる戦略であり、すべての国との平和条約を「日本国憲法」の宣言を盾にして唯一の防衛戦略とする道はあり得るのです。

核を持たないのなら原発も不要です。
日本の知的能力で戦争や原子力への経済投資を他産業に振り向ける事が(絶対比較による)安全性を高められると断言できます。
核保有のできない日本には、原発による核開発の道しかなく、それは米国の経済利益の追求にも必要不可欠で有り、現に原発技術は米国からもたらされたものでした。

日本は多少の経済の衰退があっても経済(金)よりも平和(人)を優先する国であるべきです。
経済については後ほどの章でもう一度触れたいと思いますのでここでは省きますが、核無し軍備と原発戦略は間違いなく米国を利し、あえて言えば日米の軍事産業と大手企業を利するのみで、その為のリスクを声高に叫ぶ政府は米国追随主義の独りよがりでしか無いと見抜くべきなのです。(米国に追随する2番手で良い経済大国戦略)

憲法論議とは少し離れますが原発問題について少し述べておきたいと思います。
今や「軍備やむ無し」の論議が盛んですが、攻めるも守るも今や核抜き軍備が何の意味もない事を北朝鮮が示してくれています。必ず憲法改正論者の主流はその現実に行き着かざるを得ないはずです。日本は世界のどの国も認めるように、もはやいつでも核武装が可能な国に成っています。
(米国他先の戦勝国は日本の核軍備だけは認めないでしょうが…日本という国の位置付けは戦後70年を経てもそんなものです)
その上で日本のできる事としての原発推進の果実を手に入れさせられました。
一方で「核・原発」は、日本株式会社という経済発展には欠かせないものとなっています。
電力、エネルギーは常に戦争の具にされる一番のもので有り、日本の原発推進技術の発端は米国の要請であった事も自明の理です。(経済利益での共通項)
原発推進と非核3原則は時の政権が矛盾を承知でセットでもたらしたものです。電力会社は日本経済の要であり、万一にも東京電力が先の福島事故で潰れるような事になれば(実質破綻なのにも関わらず、東電はビクともしないで威張った経営の最たる企業です。日本経済も一度壊滅せざるを得なかったはずです。東芝が潰れるのとはわけが違うのです。(電力株は日本の主要産業がほぼ有している主力金融商品でも有ります)

一方では原子力は未だに廃棄が不可能で有り、逆にそれ故に日本の原発だけは世界に網羅された損害保険システムでも引き受け手が有りません。
世界中でグローバルに大発展した「損害保険システム」で引き受けられないものは原発くらいでしょう。戦争保険よりリスクが高いものです。リスク算定不能という事です。
日本にはそれにもかかわらず、日本原子力プールという万一の対応をするという名目の組織が有ります。福島の事故でこの機構は全く機能できませんでした。
もちろん東電も、もっと言えば国でも実質の保証は不可能であったわけです。この機構は世界の保険会社に引き受け手がない事からの御守りとして国の要請で損害保険会社で作られた国策事業では有りますが、もちろん福島事故を保険事故として有責とすれば、この機構はおろか日本の保険会社も全て倒産の憂き目にあったでしょう。原発事故は実質免責となる様にしくまれているのですが…(何のための原子力保険機構で有る事か…)
さて原発が安いエネルギーだと言われていますが、無保険である事が立証されました。もしこのリスクを保険料に換算できればどの程度のコストが必要か?
実は当然ながら引き受け保険会社がないという事はリスクは現実に存在し、かつその補償額については無制限であるという事ですから、その保険料は半端なものでは有りません。実はその事によって、全ての国民が強制的に原発事故について保障させられており、それでもまかないきれない事もはっきりしたのです。
(原発安全神話は、その意味で作られたまさに神話であり、それが福島で示されてしまったのです…)
原発コストが安いなどという学者がいかにいい加減なものであるかが分かります。
保険にさえ入れない最も危険なエネルギーが核であり、核兵器の恐ろしさは間違いなく地球を滅ぼす威力を有してしまっています。北朝鮮が今回実験した核が広島に落ちた原爆の20倍程度だと言います。(原発というエネルギーは原爆と共に決して人類が作り、採用してはならないものです。日本での再利用計画も当然ながら破綻し、核処理すら出来ないまま、この地球上に放置されていきます。

(私は広島の原爆資料館を見た日から、戦争と米国の非情さを感じ、戦争の悲惨さに気付きました。当時は米国がベトナムで化学兵器の人体実験を行なっていた時期です。「北爆」という空からの無差別爆撃を繰り返していました。むしろ軍国的少年であった心情が一変し、日本の侵略戦争への道を歴史の中で学び、日本の戦争への必然性と人間の愚かしさにも気付きました。大きな犠牲によって得た日本国憲法の必然性と正当性も知り得たと思っています。同時に歴史を修正し、あの戦争さえ美化していく日本の風潮が垣間見える事を危惧するものです)

万一にも「北」が日本の米軍基地をターゲットとして日本の原発基地近くを攻撃したとすれば、それを守る為の軍備などあり得ないのです。 米国には「日本の真珠湾奇襲」がトラウマにありますから、その前の軍事作戦を取る可能性はあり得る話です。故に核武装や核の傘が有効であるなどという事ほど無謀な論議はあり得ません。
(核防衛という名目で莫大なる核抑止兵器を買わされる事になるでしょう)
圧力や威嚇で「北」を止められるものでもない事も日本の「真珠湾」から米国は学んで欲しいと心から思います。
そのような挑発に日本がその口車に乗る様な威嚇を行い、日米同盟による「新安保法制」の行使というような密約がない事を祈るのみです。

(今回の冒頭解散の裏側に安倍トランプ密約があるのでは…と咄嗟に考えたのですが、まさか幾ら何でも2年先の消費税の使い道を問う事を名目に使うなんて馬鹿げ過ぎて理由になるはずもありませんがそれを押し通して解散した裏側に何が有るのかを考えなければなりません。
そんな茶番的理由による解散であっても自民党の圧勝は予定通りの結果となりました。選挙で民意を得ているという一点で万一の場合の米国追随を強行突破して行くでしょう???)

要は憲法改定、安保、核、原発、軍は切っても切りきれない「岸、安倍」一族の妄想として一連のものだという理解が必要なのです。。。。

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