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我が半生(紀)「号外」謹賀新年…

我が半生(紀)の反省(記) 号外

昨年末の50年振りの同窓会…について少しだけ記したが、実は結構その結果としてのインパクトは大きかった。

この反省記もその一環ではあるのだが、実は我が反省記の(大人への)原点である高校生活に大きな「勘違い」があるかもしれない事を発見したのだった。

その内容を公開するわけにはいかないのだが、今更ながらその勘違いを反省してももちろん50年も経ており取り返しはつかないし、せめて後悔につながらない現実をして「幸い」としておこうとは思っているのだが、、、

その勘違いは、常に自分が主役であったり、悲喜劇の主人公として人生を解釈する処に発生してしまうように思いついた。(良くない癖だよなぁ…しかしおそらく誰にもこういう勘違いをしたままの人は多いのでは、、、自尊心が強い人!)

さて、この「勘違い」は本当のところはどうなんだろう???(勘違いではないのかもしれないし…)
今更事実などどうでも良いか?いや、もし確認出来るならば確認しておくべきなのか?

「後悔しない人生」(我れ、反省すれど後悔せず)を標榜する我が身にとっては大問題でもある。。。

果たして確認は可能か?(実は可能ではあるが、それは出来ない?)

50年前のミステリー、あり得ない「錯覚」が我が人生を大きく左右してしまった可能性があるのだけど…

ミステリーはミステリーのままで良かったのか?
それとも「解決せよ」との糸口が50年振りの同窓会であったのか??

正月早々、全く意味不明な「独り言」で申し訳ない(いつもの事です?との声も)

2017 年 1 月 6 日   1 Comment

「田中角栄と安倍晋三」を読んで

作家の略歴を知らずしての読書はあまり経験がない。
後輩のI君のFBでの紹介が気になって本屋で偶然発見…

まずもって角栄さんと安倍晋三では格が違いすぎる。。。が、、、罪の大きさで競うならこれまた後の歴史が示してくれるであろう。。。(角さんの効、阿部さんの罪?)

しかし、これを昭和の政治家と平成の政治家として比べるとするならば、如何に平成政治が劣化しつつあるかという事だけは良く分かる。
「昭和史でわかる「劣化日本」の正体)」とする副題がメインの狙いの本である事が…
(最近の角栄ブームへの悪ノリの感無きにしも非ず…)

その内容については99%の同意と賛意を確認しながらも、ある面白い観点に気付かされたのでまず記しておきたい。
それは団塊世代の「罪と罰」を考えている今の自分に当てはめて考える時代考証にもヒントとなる。
これまでは自分(達)を昭和の代表選手と考え、その(昭和への)郷愁に強く感じ、反応もするというものが圧倒的であった。平成の時代にかわって以降は息子達以下の世代であり、まさに他人事の時代のように思って考えるたところがあるのだった。

しかし実際には我々のメインとすべき世代こそが「平成」有るのでは…
平成1-2-3の卒業生が入社する頃、団塊世代はやっと幹部社員として彼らの指導をする時代となっていた。良きにつけ悪しきにつけバブル入社と言われたこの世代を嘆いたものだった。しかし今、彼等こそが社会の中軸となって活躍しているとすれば、彼らの社会人としての影響(指導責任)は団塊世代に負うところが多いと言わざるを得ない。

同様に昭和という時代への団塊世代の責任はその範疇としては政治的にも経済的にも極めて小さな物でしかない。圧倒的に戦前戦中派世代が作ったのが「昭和」なのだ。

現代(平成)を政治的に劣化していると見ればその要因も団塊世代に追うものが多いことになる。一方昭和の時代の象徴は「戦争」(敗戦)であり、その後の「平和憲法」(戦争放棄)で有るがそのどちらにも団塊世代が直接関与する所はあり得ないのだ。
(有るとすればその憲法を是とし、維持、継承させる事に邁進していたことかもしれない)

今その成否が問われようとしている。
それが政治的劣化で有るかどうかは別にしても、平成という時代に対する責任は団塊世代に委ねられ、かつ今を迎えているのだからその責任は極めて重い事になる。
戦争できる国にしてくおくのか、戦争放棄を絶対的テーゼとする憲法を守り抜くのか、が問われていることだけは間違いない。
首相「安倍晋三」は何としても憲法を変える事を一義にしている。祖父の時代の妄想としてやはり先の戦争から引き継がれたものとなっているに違いない。即ち戦争できる普通の国という概念であり、その決意たるやその為なら何でもありという方針だ。

本題に戻ろう…
「昭和と平成」を天皇の在位で考える中で、それを田中角栄と安倍晋三に置き換えようとする著者の視点は極めて面白い…
…が果たして角栄さんをして「昭和」、安倍さんをして「平成」という風には当てはまるものかどうか??
むしろ角栄さんこそがこの平成の骨格を作った政治家であり、昭和という時代への政治的影響は少なかったのではなかろうか?
(安倍さんのやろうとしていることも「平成」以降の選択肢に違いない。故に今生天皇のご意向さえ無視できるのだろう)

政治とは自分たちの子や孫の時代をどうするのか、10年後、30年後を考えて行うもので有ると思う。
故に自らがその判断の責任を負えない 事を前提として考える事が肝要である。安倍さんは戦争できる国づくりを目指すが、自らは決して戦争に参加する事はないのだ。しかし本当に自らの子や孫が武器を持って殺し、殺されるような現実がありうる事を想定しているのであろうか?それともそんな場合にも勝ち組は戦争に参画しなくとも良いとでも考えているのだろうか?

確実に先の戦争での責任者は存在する。
その結果がたとえ勝利であったとしてもそこに犠牲者としての個人が生まれる限り…

この本が指摘する通り日本は劣化しつつある。(それは民主主義の劣化である)
しかし、それが昭和史の選択であるとする主張にはすこし違和感がある。平成を司るものとしてその責任は我が世代によって選択されたものとなる事はだけは間違いないし、故に避けたいものだ。

作品の個々の内容はより平易に描かれているので理解しやすいし、着眼点もきわめて面白いし、ほぼ賛同するものである。
その他の著作を存じ上げないが探してみたく思っている。。。

2016 年 12 月 31 日   No Comments

我が半生(紀)の反省記

image(写真と本文は無関係)

(慌ただしく年末です。中途半端なブログに成ってしまいます。(文字通りの師走、事件やら事故やらで大変な1年でした。新年も元気であれば、我が半世紀?も続きますが、以下中途半端なまんまにて)

(2) 引き際の言い訳…

就職は本意ではなかったが、取り敢えず何処か取ってくれるところがあるものかどうか、、、と受験してみた。

(マジックインキの)内田洋行が募集している…多分2流の商社だろう程度で受けてみたら(マジックインキの商標を持っている一流会社とはつゆ知らず…)、結構受験者数は多くて3次試験くらいまでは残っているみたい。そうなると何とか合格してみたいと欲も出てくるものだ。

合格となったものの、結果的にはその年の暮れ(あっという間に)退職してしまっていた。

遠い昔の出来事だが、正直朝の早くから起こされて満員電車で通勤するか一生に我慢できるはずもなく…という退職理由の勝手な印象だけが残っている。
その年の年末に夜汽車に乗って、何も考えずにとんずらしてしまったのだから子供であった。特段の判断も熟考もあった訳ではなく、背広のままで信州白樺湖へ向かって一人正月を過ごし、帰って辞表を出したのであろう。其のあたりの記憶は全く無い。
(信州は学生時代の合宿地、宿の息子にスキーとやらを教えてもらって遊んでやった?ガキは確か幼稚園児…子守代とか言って超割引料金だったかも?)

もちろんその後しばらくは、そのまま「プー太郎」でも後悔などする暇も無く、親友と悪ノリしての会社設立(登記するという作業も知らぬまま…)
得体の知れない「物売り」のその日暮らしが始まった。
毎日彼(親友の営業力)におんぶに抱っこされてnカバン持ち、飛込み営業など我がプライドが許さなない??
「俺が良い仕事を考える役だから…」と嘯くも、そんな良いアイデアを持ち合わせているはずもなく、間も無く2年ほどして再就職…
(何を間違ったか結婚話しが進行し、プー太郎ではまずかろう。工場での工員(労働者をやってみたくて片田舎のタオル工場での見習い下宿で工員勤めは始まった)

流石のに給料は安い…のに結婚話だけは進行し、その流れはいつしか二人目の息子が誕生につながっていく…
(お前も働け…という時代ではなく専業主婦なら教育どころか食わしてさえ行けない現実がやっと見えてくる)

世の中の仕組みと人生の責任を初めて感じたのは30歳もまじかな27歳の終わりの頃だった。
喰えないから辞めると決めて辞表を出したが、次の仕事が決まっているわけでもない。とにかく金が目当ての再就職には、なりたくなかった「サラリーマン」の道しかなかった。

本当に今考えれば拾う神が居てくれた…という以外には無い。
給与がほぼ倍増の保険会社の募集がある。恐らくはあの何度も「いやいや」した営業職であろうが、それこそ覚悟するしか無い。
この時固く誓った事がある。「我、反省すれど後悔せず…」
好き勝手に歩んで来た人生は、30歳までを勝負と決めていたのだからあきれてしまう。ほぼ大半を終えたようにも感じ、それなりの余生という意識もすでにあった。

「君は家族をも捨てられるか?」
これは学生時代に流れ(学生運動)の中で「籠城」するか、しないかを問われた時の先輩のアドバイスであった。「捨てられないだろう!」と決めつけられ(お陰様で)籠城、逮捕(死)は免れた。「引き際であり、逃げであり、後悔でもあった」

サラリーマンに徹するという事の意味は理解してプロ(サラリーマン)としての道をひたすら歩む事に後悔しない事…これが課題であった。
本当に難事業となった。

サラリーマンのプロとして55歳までを全うする覚悟は結果として奏功したのだろう。
その年には、見事にサラリーマンを卒業し「役員」というシナリオの中には無かった世界に突入していた。反省の連続であったが、後悔は無かった。。。。

時はバブルへ…その勢いに乗れば仕事も展開次第で面白い。寝る間も惜しんで仕事となったのは、一に「時代」であったのかも知れない。。。

2016 年 12 月 27 日   No Comments

我が半生の「反省記」

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⑴ 引き際の美学…(原点?)
テレビの事件記者に憧れ「新聞記者」を目指した頃、何故か大学時代は放送研究会(総部放送局)・報道部に入った。時はベトナム戦争と70年安保改定に向けてほぼ全ての大学が紛争(闘争)付けの時代であった。
(上の写真他は、50年ぶりに見つけた我が原点とも言うべき大それたノーガキを垂れた一文)

3年次に局長という重責を仰せつかったのだが、その重責を背負いきれず夏休みの総部全体合宿において、突然の辞任(退部)する事になった。
様々な憶測が飛んだのだが、一切本音を語らないままのくやし涙に咽ぶ退部であった。
同時に全執行部にも辞任を強制し、その後を一般部員の総意に任せるという無責任極まりない方針を選んだ。合宿の冒頭であった事から議論する時間は十二分にあった…

テーマは「時勢と大義名分(学生放送というマスメデイア研究)に負けて廃部とするか?戦う放送総部としてこのまま存続を目指すかの2者択一」…
民主主義的手法ではなぜか後者となるのだが、全部員の創意とは程遠い結果となる。大半の部員の本音はサロンとしての放送サークルが良いに決まっているのだが、事態はそれを決して容認しない事は理解の他であったと思う。

(70年安保を目前にして全学の世論は全学ストライキと入試阻止という事で集約されていた。大半のノンポリ学生を放置したままに、学内世論ではストとバリケード闘争の全学共闘会議が組織され、そこにこそ学生の本分が有り、そこにこそ真理がある…)
戦う新聞総部は部室を閉じ闘争委員会に変身していた。「日和る」放送総部がありうるという選択はとてもできなかった)

幸か不幸か執行部という組織づくりに成功し、強いリーダーシップを発揮できる組織でもあったのが良くなかった。
放送、マスメデイア、マスコミ、真理の探究…どれ一つとっても進むべきは「戦い」でしかないのが実情で、部内世論も「理」に抗することなどできない。。。
その一方では圧倒的に「サロンサークル」であり、ある面での就職への登竜門でもあるはずの放送局「アナウンス部」も現実的存在である。彼らは部活動以外に日夜「塾通い」までして厳しいプロアナウンサーの世界を目指して努力してきている。今後の部の活動次第では就職活動にさえ差し支える。

当時の「局長」という立場は、もちろん全学執行委員会、闘争委員会を構成し、全学部、全総部の会計を集約する役割を有する主体でもあった。(生き残りへの成り行きとはいえ…)

一般部員は勿論幹部部員ですらそんな情勢など知る由も無い。なにしろ執行部を含めて大半が典型的ノンポリであり、むしろ体育会的右翼集団といった方が正しい情勢判断が出来た。
(無理やりのオルグでこれ以上引っ張っていく自信もポリシーも持ち合わせていなかった)

しかし「理屈」で負ける訳にはいかないし、又戦う(べき)放送部を放棄する事は個人の良心としても許しがたい。影響力のある全ての部員の退部によって組織を「死に体」にして維持出来たきないか???

我儘にすぎる退部劇は突然の全体会議で決行した。問答無用で行くしかない。
悔しくも目論見は成功した。
組織は残り、その後もそれ以前にも増して沢山のアナウンサーやマスコミ人を作り、今や総部放送局は63期生となっている(そうだ)。
(幸いにもその後ご理解を頂き、名誉回復されて当時の退部部員もOBとして登録いただいている)
そんな中で発見した当時の一文に苦しい言い訳を付け加えてみた。我儘なる「一つの引き際」も判断としては成功の美学であったのかもしれないと…
その後も半世紀の成功体感として大きな影響力を持っていく事になっていく…

「わがまま」の結果は、孤独な自己満足の美学なり…

2016 年 12 月 15 日   No Comments

「バブル」…(終)…第3次大戦の敗戦処理…

こんな時代…たくさんの事象と人とにすれ違っていったものだ。

バブルの初期に現れる「イ・アイ・イ」の高橋治則氏…亡くなる前の1年ほど、彼と親しく話す機会があった。
「フレミヤさん、金と言うものは1億あったら10億に…10億あったら100億にとなっていくものなんですよ」
彼は、一時的に1兆円帝国を築いたバブル時代の寵児であったが、最後は業務上横領の容疑で逮捕、長い裁判の過程にあった。
その結審が間も無くという時亡くなったのだが、彼は無実を信じ、健康を信じて長い裁判の中で成長した息子さんを紹介頂いたりしたのは、私を堅気と見てくれていたのだろうか?既に現役を退いて暫くした頃だった。
(一般的には確実な有罪にも関わらず健康と無罪を信じる姿は悲しいものだった…)

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一兆円のバブルは、信金を食い物にし、三洋証券、長銀までも死に体に導いた。。。

バブルの原因は紛れもなく1985年のプラザ合意の結果であり、その際のじゃぶじゃぶ金利で人為的に作られたものであったし、その間違った政策の犯人探しはたいした意味をもたない。
問題はその破綻が明確になった事とその後始末の仕方であった。(むしろ一定のバブルはその時代の要請でもあったのだから、今のマイナス金利よりはたちはわるくもないのかも…)

しかし、敗戦の総括としては間違いなくバブルの総額はひた隠しにされた。そしてそれはあり得ない事だが未だに明確にはされないまま、失われた20年はおろか25年を経過している事だ。

小説「バブル」に戻って、その指摘を振り返ってみて簡単に締めくくりに代えていきたい。
(小説としての売れ行き好調との事、果たして読者層はねらいどうりであるのかどうか…)
小説としてはバブル時代を「敗戦」と総括し、その後も事実のみを振り返りはするが、何ゆえか物足りなさを禁じ得ない

「日本に溜まったキャピタルゲインとして1400兆円と指摘し、銀行に残る債務超過額を140兆円と指摘している」
さも、あっさりと…しかしこの意味こそが大事な一点であるし。同意と評価に値するとしたい。。。

敗戦の傷後としてその後も決して示されなかった莫大なバブル…
金融資産であり、実態のない紙屑がどれ程の質と量のものであったか。経済戦争における完膚無きまでに摑まされた債務超過額は日本の敗北を示すに十分に足るものであった。しかしそれは「大本営」としてはひた隠しにしつつ、善後策を考えたのだった。
金融立国としての敗北とその責任…

考えてみれば、先に示した高橋氏個人の債務超過額1兆円で一つの銀行が死んだという事実からしても日本の「すべて」の銀行は死に体であり、すべての産業が債務超過(倒産)状態と言える考えもつかない「バブル」(実態のない泡)の処理、、、

20年かけてもそのツケ回しは続くのは当然で有った。しかし誰も敗戦の当事者責任は取らず、生き残ることをその道筋で作った事は明らかに間違いであり、経済原則に背くものであった。金融、財務の官僚たちは生き残りをかけて善後策を先送りする事で逃げ回った。

その後をみてみれば、いつの間にか銀行、生損保はそれぞれ大きく3つに集約されてしまっている。どこも潰れるという道を歩まず経営責任は問われず、、、
(そんな中で生き残った自分も恥ずかしながらもそこに存在はしている!)

グローバリズムへの対応できる金融機関を次世代のものとして再建するという大義名分を優先したという事で…

その後のアジア危機において韓国は、敗戦と国家存亡をはっきり掲げその責任を国民一人一人が共有して早期に危機を脱出した。企業の債務超過については責任を明確にした上で債務放棄とした…韓国の処理では失われた10年も20年もなかった…

今、国としての借金は1000兆円を超えて未だにとどまるところを知らない。きぎょうの1400兆円の債務超過額は消え、含み資産の取り込みに躍起であるのは当然と成っている。富が滴り落ちてくることなどあり得ない。勝ち組側はとことん勝つのが経済原則であるから…

金融資本主義を進める以上は「バブル」は発生し、そしていつかは爆発する…
「安倍」「トランプ」にはカジノも戦争も同意語であり、勝つための道具でしかないのだ。そんな国へ日本も進むならそれも一つの選択肢であり、戦争へ行く兵士は負け組の庶民である事だけは歴史の示すところである。

長い読書感想文も「終わり」になりました。
バブルの頃の実体験は(後にも先にも)血肉として感じる人は少ないのかも???

2016 年 12 月 12 日   No Comments

バブル…(3)…これが普通だった???

思えばバブル初期に33歳の勢いで、後のバブルの象徴とも言える赤坂、青山、六本木を管轄する港支社長を拝命したのだから、それこそがバブルに違いなかった…

支店の所在は港区芝、、、「東京の田舎麻布に地下鉄を…」と看板が上がってた。麻布10番の商店街はその昔地下鉄誘致反対で結束し、六本木へ駅をもっていかせた…という。

そんな麻布十番の田舎の角地(今はトヨタデイーラー?)が坪あたり「1億円」を付けたと聞いたのは着任して間も無くのことであった。
…購入者は麻布自動車(麻布土地建物)…
空口座とはいえ取引窓口だけはあったから、まずは手始めに事実確認のご挨拶に伺ったっけ
。。。

当時(バブル初期)で三井信託の麻布建物への貸付残高は1000億を超えていた…
その足で財務部へ走って、「麻布に金貸したいが、、、」と生意気にも意味不明の交渉に行ったものだ。
麻布の担当部長は面倒だから「無担保だったらいくらでも借りてあげるよ」と無茶を言う。損保資金に無担保は無いと認識しつつも財務に聞いてみたところ案の定「担保があれば5億ぐらいなら…」(貸しても良いよ…)のスタンスだった。
中をとって三井信託の後担保をつけてもらって3億無理矢理に借りて頂いた。
(担保の意味がない事程度は理解できていた)
バブル時代の幕開けの訳のわからない話では有るが、「少なくとも1000億を貸しこんでいる銀行があるなら麻布土地建物が潰れることなどあり得ない…」はその頃の常識とも考えられた。
(10年後麻布自動車は倒産、、、当社(もと)は果たしていくら被害を被ったのやら…未確認)

保険会社の応接室で15億円もの不動産の取引に立ち会ったっけ?
古い取引先であった印刷会社が倒産し、その土地を新鋭の不動産会社に斡旋したら3日もせずに決まってしまって…
応接にはお互いの取引銀行さん、司法書士とともに現金などで立錐の余地なし…
仲介業者無しだったけど単純計算してみたら、往復6%で約1億円?の仲介(経済的)価値が、、、
サラリーマン辞めて不動産屋に変わろうなんて思わなかったけど…むしろ保険会社(社員)としてのコンプライアンス的問題はなかったのかな?

調子に乗って支店の自社所有不動産を探してたら、偶然良い物件が見つかった。確か当時の社長が確認に来てOKした後に会長が来て没になったっけ?
あれも(たかが10億???)買っていれば30億程度にはなったのか?いや3億程度に下がっていたか
怖いもの無しの新米店長にして、その他様々な日常も、万一に備えて割愛しておこう?

36歳で新宿支店長も考えれば異常事態…
歴代支店長を10年若返らせての抜擢をするほどの実績はありません…からこれまたバブルそのものだったんです。
その新宿支店、元の淀橋浄水場後で実は渋谷区になります…
時あたかも東京都庁がバブルの象徴として近くに移転して来ます。不確かですが坪あたり「100万」程度で手に入れた土地。。。
その頃すでに「1億」と言われていたのです。(なんと100倍?)
そこに高層のテナントビルをぶったてて不動産事業の大拡大をやろうと言うの保険会社の魂胆はは当然の発想でした。
賃貸は坪あたり4万円で、一括テナント保証だとか??(このビルだけでそれまでの年間経常利益が稼ぎ出せる計算だから、少しはびっくりもする。
その(高価な)ビルにはとても新宿支店は入れません…とか?
さすがに時の支店長さんはぶっ切れます。
風切る勢いで15階ワンフロアーを分捕りましたが、「みなし家賃」は確か1万円/坪にしてもらったのでは?

本職の保険販売では、積立ものが主力商品となるのもしょうがないところです。当時業界で一世風靡をしたのが「福利厚生プラン」という訳のわからないネーミングの積立ファミリ傷害保険…
S銀行と当社若手企画マンが考えたというプランの社内説明会に出席したのです。
福利厚生と節税対策にバブル融資を加えて一石三鳥という眉唾もののでした。
偶然にもその第1号案件が我が新宿支店の管轄顧客に舞い降りて来ます。
銀行推薦ですからほぼ決定のはずですが、敵(銀行)もさるもの、実行保険料額の5倍の通知預金の要請が…
もちろん蹴ったら、N火災さんへ飛んで行きました。(確か3億程度の保険料だったから通知預金にしろ15億?)

よしそれならと、悪知恵をはたらかせて色々な銀行さんに同様プランを持ち込んだら…
なかなか理解を得られない中でD銀行の支店長代理が食いついて来ました。
なんとで「D不動産」に30億…これが嘘の様な話ですが実は決まっtえしまうのです。
D不動産は我がお隣の支店のメインの取引先、D銀行への企画の持ち込みは新宿支店。。。
おそらく損保史上最高額の保険料契約だったでしょう。
成績は悔しくも新宿支店には入らず、D不動産の別働隊経由で不動産支店へ(余裕をこいて喜んで…)行っちゃいました。

同様の手口で積立火災保険をK銀行経由で…
10億円でK社の研修所の積立総合保険を奪取しました。保険料領収書をカバーノートと言いましたが、そのノートには億円までの単位は書けません。慌てて本社へ問い合わせても意味が通じなくて往生しました。契約が終わった次の日に慌ててK銀行の別働代理店の大社長がお礼に支店に飛んで来たっけ…だって手数料は確か4000万円???

埼玉本部ではバブル末期の嵐のような現場でした。とてもその現場を書くには未だ時間が早過ぎるかも…有る代理店から栃木の親切ゴルフ場の会員権を会社で買ってくれないかとの問い合わせにも二つ返事で「了解でーす」…高々2000万円?担当役員もOKして本社に稟申すると即座に「NG」が出ておどろいたものです。バブルが末期であったのでしょう??

個人的精神的バブルは切り難く、それなら自分個人でと息巻くしか収拾の方法もなく勇んで先方へ出向いたら、、、個人では意味がないのでせめて5件程度はまとめてくれないとと宣う。
なんと2日で7本の契約を個人人脈でまとめ上げました。(考えれば締めて1億円の販売力?)
あんたが買うと言うのなら…と行ってくれたバブル友人達?おまけにローンは急ぐこともあってF信販で8%…(高利!!)

その2000万円の会員権…紙切れとなって未だに唯一手元にある資産です(涙)。そして後の6人は全てパンクしている事も恐ろしい時代でした。

まだまだあるこんな時代を駆け抜けていたのですから、やはり振り向く事も出来ずひたすら走るしかなかったのでした。

こんな「日常」信じられますかね?
(今からおもえば寝ることすら忘れてのバブルだったんです…)
ただ悪の道にも金欲にも染まらずに駆け抜けられたことに感謝するしかなかったと言い訳するのみです。

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2016 年 12 月 3 日   No Comments

バブル…(2)…何故20年過ぎても清算すら出来ない?

今時のバブル回顧に意味があるとすればそれはその後の対応と責任の有無を明確にするものでなければならない。

永野氏の「バブル」への掘り下げには強く賛同するものではあるのだが、果たしてその後20年の歴史的誤謬への指摘が弱いのが気になる。
むしろ、この一点に興味があるし、意義を感じる。
バブル総体はどれほどのものであったのか?、それを償却するための最善の策と時間軸はどうであったのか?

日本経済がバブルへの道に迷い込んで既に30年…
この間の政官財のトップ達の責任の取り方は等しく先送りの一手でしかなかった!!!

その後のアジア危機や今般の利益誘導問題への韓国の対応と比べるとなんとも悠長過ぎて恐ろしくなる。
特に過ちをしないはずの日本の頭脳集団のトップ(財務省)の2度にわたる過ちは前代未聞の事でもあり、かつ解決策が見出せないまま今日を迎えているに過ぎない。
軍備と軍事に頼るしかないとすれば民主主義はそれを選択する事になるのだ。
(そして確実にその方向へ舵取りが始まっている。
それでも万一が起こるとしても10年以上は経過するであろうから(孫かひ孫の時代であろうから)良しとする?
願わくばそれでも勝ち組に残ってくれている事を期待するしかない…)

「バブル」の著書の中で表れされている膨らんだ異常なる泡の質量とその後の国の借金額…(現代金融工学の泡)は国民に等しく付け回して、政官財から切り離された。
しかしバブルはそのままである事を意味してはいないか?
2度目の敗戦があったにも関わらず。

誰一人戦犯は現れず、「生き残る事でその責任を果たします」とした20年であった。
責任を取らずにひたすらリストラと合併での生き残り策に終始した。
結果として銀行は3つになり、生保も損保も3つになった。これでグローバル世界での戦いは可能になった。別段日本国民の債務なんぞは関係ない文字通り世界の中で生き残る体制構築ができたのだ。

少なくとも亡くなった数だけの銀行、生損保は潰れていなければおかしい。不良債権をひた隠しにし、20年という時間の経過で付け回しを終えた金融界、、、

そしてその真っ只中でひたすら戦い続けた団塊世代の「強者どもの夢の跡」
責任はあるのか。あったのか。あったとすれば何故解決策と出来なかったか?

老い先の短くなった今、、
今更の2作はレガシーというやつでしかないのか。それとも当時の責任者への矜持が働いた事でペン先が鈍り、中途半端な著作となってしまったか?

バブル真っ只中で、「坪辺り」1億を超える大東京のど真ん中を使って数奇に送ったサラリーマン人生を振り返るにつけ、それらの体験を不思議なすれ違いと偶然に驚かされる。

「よくもまあご無事であったものよ…」

2016 年 11 月 29 日   No Comments

今更ながらのバブル時代の2冊に想う…

保存した写真

今頃なんで?思いながらも、やはりどこかに引っかかりを見つける如く気になってしまう。
それはバブル時代の事ではなく、バブル崩壊から始まる「失われた20年」と今日への繋がりを感じるからである。

バブル(永野健二)には…あれはまさに「第二の敗戦」だった…との帯、、、
住友銀行秘史(國重惇史)には…幹部たちの激しい人事構想を実名で明かす…との帯、、、
前者は京大出(1949年生れ)のジャーナリスト、後者は東大出(1945年生れ)のバンカー

こちとら、その真ん中の1947年生れの三流大卒の三流金融機関出身…動機は違えど何やらこの時代になって強く感じる何かがある???

バブル時代とは1980年から1989年までの10年間を言う??
レーガノミックスからプラザ合意へ
…戦争無しでの資本主義の行きづまりを軍備を背景にしたグローバリズムと言う「まやかし」保守主義で結託した米欧と為すすべを失った日本官僚国家のミスリード時代…

時は田中列島改造ブームを終えて傑出した政治家…中曽根・竹下・宮沢と引き継がれる。財政・金融は土地・不動産に泳がされ、血迷い、「大蔵」騒動と化すかつてないカオスの時代だった。

二人の作者を含めて小生もこんな経済情勢の中で、若き血を躍らせていた1企業戦士であった事だけは間違いない。もちろん主体的にではありえず、傍観者でいながらも先頭を走る機関車でもあったかもしれない。
この時期、小生は港支社長から新宿支店長を経てバブル終焉前に埼玉第一部長という職責を全うしていた事になる??(バブル昇進と昇級の意味を実力と勘違いしていた頃になる?)

どうバブルであったのか?(まともに考えれば馬鹿らしくなる???)
「バブル」から拾ってみると…
・「東京23区の地価が、アメリカ全土の時価総額を上回る」
・「大手都市銀行の一行あたりの平均時価総額が世界最強と言われるシテイバンクの時価総額の5倍を超える」
・「小金井カントリー倶楽部の一口あたりの会員権が3億円を超える」
事実確認はしていないが、いずれもその通りの認識が日本のエスブリッシュメントにとっても常識であり、バブルとも不思議とも言われていなかった事は間違いない。

(そんな頃、小生は2週間の米国経済視察研修に行くありがたい機会を得た(まさにバブルのビジネスクラス帰りにはフロリダでのデズニーワールド…)
「ロックフェラーセンタービルが日本の所有となり、マッハタンの全てを日の丸が買い取るかの如く狂った勢いがあった頃…」

どの程度がバブルでふくれあがり、その泡が消え失せるとその額はどの程度になるのか?
その責任と影響は誰がどう取り始末できるのか?
先の敗戦同様にとる術など全くない…

たった20年前に実在した日本たる国の現実とその最中にひたすら走り回る企業戦士達、、二人の作家を含めて決して主人公たり得ずに傍観し、いままた俯瞰してみる事に今日的意味があるのかどうか?

あるとすればこの猛烈な金融政策と1000兆を超える国の借金、知らん顔しながら先送りしていく政治と一般大衆(支持率60%)(決して責任はとらない…)

振り返れば、いつも考えられない歴史の現実は笑い話か落語の世界。
先の戦争への道もそうであったし、その後の途方も無い苦労さえ、バブル戦略による経済戦争の末破れたのだ…とすれば…

資本主義の行き着くところは戦争という究極のゲームとそれを司る事になった戦士世代の貧乏くじが当たる可能性を避ける手段を探すしか無いのか?

二つの小説に出てくるバブル紳士達と確かにその周辺で漁夫の利を得ていた沢山のエスタブリッシュメント達の言い訳が小説の主題にもみえる。

バブルの弾けた頃何気なく「勝手試算」した日本の債務超過額は実に14000兆円、大手銀行の債務超過額の合計は140兆円…
全ての銀行は倒産し、全ての経営陣は責任を取るべきであるとしか思いつかなかった。しかし、官僚達(大蔵)とともにその額をひた隠しにし(または0ひとつ落として見せる事によって)、20年を失ったのでは無かったか?

そして「アベノミス」でもう20年の付け回しとするか、戦争による一気解決の道へ進んでいくとすれば、それなりにもう一度総括のぼやきだけはしておくべきなのだ。

(バブルと言われる「あわと消えた」試算額は当時のDKB一視点が被っている実不良債権実額を聴き、その副支店長と勝手試算したものです。
次に我がバブル時代のすれ違い営業を思い出してみておくことも小たりと言えどもその異常性に意味があるかも?)

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2016 年 11 月 28 日   3 Comments

卒(煙)論(文)…ある日のFBから…

とりあえず「卒煙宣言」からにしましょう?
卒業まで50年かかったが遂に免許皆伝にいたらず。。。
今日10月331日は、喫煙から静々と身を引いて一週間が経ちます。

事の発端は10月20日の朝でした。

所用で東京に向けて駅まで歩き出して数分の事でした。突然、胸の動機が収まらないまま、とにかく駅まで歩いてベンチにうずくまってしまいました。

全く経験の無い痛みでした。冷や汗が出て来ます…
一瞬救急車とも思いましたが、駅にも関わらず周りに人影もなく、暫くじっとしていました。
15分も経ったでしょうか?
痛みは嘘のように一気に消え失せたのでした。
恐る恐る電車の乗り、その日の予定を難なくこなして1日を終えました…

翌日(21日)は念のため、軽めの仕事にして、様子見してたらまったく異常なし。。
それでも流石に心配になって次の日(22日)近くの総合病院での内科検診をお願いすることにしました。(おそらく内科的に医者へ向かった経験は初体験?)

初めての病院訪問に、待つ事…2時間…混んでます。。。
血圧、心電図、血液共に異常無し??と思っていたら、コレステロールの値が高い…気になるから隣の病院(循環器系)に行って見ることを担当の先生からお勧め頂き、紹介状も頂きました。
とりあえず内科的には問題なしと言う結論でしたが…

翌々日 の24日には紹介を受けた病院の循環器内科を念の為行ってきました。全く先日と同じ検査を3時間かけてやった末、心電図を含めて異常なところはで‪て来ません。‬

「ただし、狭心症の疑いがある為、カテーテルでの検査をしてみましょう。来週の月曜日(31日)一泊予定で来院下さい」
いやおうなく承諾はしたものの、少し怖くなって帰ってからインターネットで色々調べてみました…
狭心症、心筋梗塞、カテーテル、この病院の有り様は…
まだ全てに半信半疑であり、心臓にカテーテルをさし向けるほどのリスクを果たして決断していいものかどうか?

勿論まだ家族にさえ相談していません。
日頃の不養生や禁煙を責められるに違いない。…
それに確か最初の病院の先生は3DCTによる検査もできるから…といっていたのに???

いよいよ卒煙を自ら決意した10月25日になります。
この日に決めた事。
まず今日の午後病院を変える。(3DCTのある隣町の病院でもう一度検査してもらおう)
煙草は「禁煙」と誰かに命令される前にきっぱり自ら卒業として永遠の別れにしよう。

朝の10時出社とさせてもらっていたので、ゆっくりと店に向けて車を走らせて5分ほどが経過した頃だったでしょうか?

「またしても起こった」あの時と同様の胸の痛みと激しい動悸…
焦らず、車を脇に止めて経過観察してみることが出来ました。

間違いなく15分程度で前回と同様に何事も無いように痛みは治るだろう??

15分が経ち、30分が過ぎても痛みは治らず冷や汗が流れてきます。
一瞬「この冷や汗は本物だ」と頭をよぎりました。
同時に途端に吐き気で車のドアを開いて朝のご飯を吐き出して…

気がつくと車の中でもがき続けて1時間以上が経過していました。
胸の痛みに多少の波を感じます。意識を失いそうになりながら、色々考えなければなりません。
10分程で着くだろう昨日の病院を目指すか???
いや、救急車を呼んで隣町にある名門循環器系病院をお願いする???
「忙しい」のに…なんと「お前の人生は満足だったか??」なんてことまで顔を出したり、覚悟をしたり。。。
事切れる瞬間に選択したのは、初めて回す「ダイアル119」でした。
10月25日 11:27と携帯には緊急電話と描かれた記録が今も残っています。

痛みを覚えてから1時間半が経過していました。
救急車の到着まで10分間、やはり病院は先日診察を受けた「O病院にお願いしよう」
この決断こそが我が命を救ってくれた?結果選択となったと思っています。

救急車の到着以降はもうよく覚えていませんが、とにかくO病院に向かい走ってくれているようです。

到着と同時に手術の準備は出来ていたようです。
(救急車よりの連絡で先日の診断カルテとの付き合わせが出来ていたのでしょう。想像です…)

医者が家族の同意は…と叫んでいます。
さっきまでこんな事になるなんて思いもしていないから、家族へは検査結果をみてからにしよう。結果は別にしてと甘〜く考えていたのです。(自ら卒煙の決意を合わせて伝える事にしていたのでした)
執刀医は手術の開始を宣言しました。(到着から5分は経っていなかったでしょう)

同時に「奥様に電話して繋がったら代わって下さい」との強い指示が飛んで来ました。
意識朦朧としつつもなんとか電話はできたようです。
執刀医はその電話を取り上げるようにして…手術中にもかかわらず長電話になって居ます。

かみさんは何が何だかわからないから、きっとしつこく訪ね続けたでしょう。
何故か部分麻酔で、それから2時間の苦闘が始まりました。
「くるしい。殺せ…」と叫んでいたのかもしれません。
若い主治医は手術を終えて「たった一言…」

「命拾いしましたね。煙草はやめますか?」
「先生。検査の結果前にやめると決めてたんで!」
この後に及んでの強がりが「卒煙」という出だしになった次第です。。

病名は紛れもなく心筋梗塞
(親父はこれで新幹線の名古屋で一人静かに逝ったっけ、仕事の帰り道、確か68歳)

梗塞箇所は2箇所、いずれにも金属強化処置を施して終了との事でした。

唸ったのはたった丸2日ですんだようです。
3日目には書き始めた卒煙論文、まだ今尚半信半疑です(あの痛みが復活する事は無いのだろうか)
原因はもちろんタバコなんかではありません。
一番の原因は誰にでも必ず迎えるは加齢である以上、誰でも有するこの事態…

ご同輩の皆様ならどう対応したでしょう。
私は「偶然でしたが…」救急車を選択した事に尽きるとおもっています。
もちろん敷居が高いので、我慢を重ねた上での決断となりましたが…

「その理由は初診と再診含めて、2度病院をおとづれて待たされる時間の長さ、しかしそれでも胸を抱えて、おそらく2時間ならがまんして待った事でしょう」

そしてがまんの結果が、「残念ですが手遅れでした。。。」と言われてもそれは致し方なしでしょう。日頃の不摂生は自己責任ですから…

一方で日本の誇る「119サービス」の素晴らしさ。
様々な無駄や無理が存在するのでしょうが、現状における救急には知っている医師や病院や余計な知識よりも「119」であると強く主張しておきたいとの想いがつのるばかりです。

70近くになると誰にも発生する可能性を持つ金属疲労としての狭心症・心筋梗塞…

心臓に痛みを感じて15分で自然治癒したら、それは必ず軽重には関わらず心筋梗塞です。。。
措置は早いほどいいのですからその時こそ日本が世界に誇る199サービスの利用を…胸を張ってやるべきでしょう。
悪夢のような痛みから一週間、今無事退院して、あの行きたかった「スタバ」で卒論を書いています。
明日をもしれない時期に入っていることもじゅうぶんに自覚しながら、次の仕事に1日も早く復帰する事をめざして…
(そして待ってくれている仕事と仲間に感謝しつつ…)

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2016 年 10 月 31 日   3 Comments

古稀!?

いつしか古稀を迎える…(来年???)
と、考えながらその由来を調べてみたらなんと数え年で70歳、即ち満年齢で「69歳で古稀」が正しいとか?

杜甫の詩・曲江の一節
「酒債は尋常行く処に有り 人生七十古来稀なり」(酒代のつけは私が普通行く所には、どこにでもある。(しかし)七十年生きる人は古くから稀である)に由来…とある

裏読みすれば…
これだけ生きれば「人生の借り」(散り)はあちこちに散在してしまう…けど、ほぼ消えて無くなっている歳なのだから「70歳」を越えれば全てチャラにしようぜ…と解釈するのだが??

古稀の来年には盛大に自ら復活宣言を…と考えていたらいつしかそのチャンスを失ってしまった(笑笑)^_^^_^

思えば「還暦の歳」以降はそれ以上歳を重ねない為に誕生日は秘匿して「一人静かにやり過ごそう」と考えて実践してきたのだった。(正直めでたくも嬉しくも無いし…おめでとう、ありがとうのお世辞はしんどい(面倒)ばかり???)

一つの括りとして色々整理しながらも、次のステージを考えてもきたのだが、いつしかそれが3度目のラストラン計画になり、生涯現役での突然死をその終着駅に出来れば…などと思いながら…

とにかく「我儘と自己満足」を全うする為には、体が動き、頭が廻る以上は仕事を続けるしか能もない。
その時々の我が人生訓…
「精神一到何事不成」
「人間万事塞翁が馬」
「死してのち已む(信天翁)」
「疎にして野だが卑にあらず」
「有反省 無後悔」

そして、、
「朝に道を聴かば夕べに死すとも可なり」

2016 年 10 月 1 日   No Comments