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HAIKU道 21「金子未完」へのお誘い

我が大学の友「金子 未完 」大先生に俳句を教えてもらうことになりました。
同時に有名な句会で修行する事も決められました。
元よりその方面での素養も教養も有りませんが、何か暇つぶしにと軽く考えたのが間違いのもとになりました。

金子(先生)の性格はよく知ってはいたものの、一つの適当な俳句?を投稿したら、10倍になって指導が帰ってきたのです。
当然焦りましたが、同時に「個人授業では余りに勿体無い」と考えてブログによる通信教育を公開してみたらどうかと考えて、相談したら彼からOKとの返事が来ました。

このど素人が格好がつくようになるとは思えないのですが、モルモットとして恥をかきながら、どなたかがそんなブログを見てはまったりすれば面白いと思って実行に移して見ます。
早速ですが以下が金子未完からの返信全文です。(送ったメールはその中に出てくる思いつきの駄文のみ)
スタートからの一部始終を少しだけ編集しながらその都度アップして行くつもりですので、お付き合いください。
(同時に東京での句会への次回に参加も受付致しますが…)

俳句拝見しました。
すっぽり被ってなんて今の時期の感じがいいですね。

「夏布団すっぽり被って朝寝坊」

昨日から夏布団にかえましたが、少し朝は肌寒くも2度寝の朝寝坊をしました。
とのコメントありました。
俳句は写実から、素直な自分の眼から考えることが大切です。
二度寝すると河田さんがメモしていますが、朝寝坊は春眠暁を覚えず
のイメージが強い。避けた方が良いかも。2度寝がいいかも。
夏布団すっぽり被って二度寝する
夏布団すっぽり被って朝寝する

少し朝は肌寒くを活かすなら
夏布団今朝は寒くて二度寝する
夏布団今朝は冷え込みまた被る
明け方冷え浅き眠りの夏布団

6月14日HAIKU当日梅雨冷なら時期的にベストかも。
少しレポートっぽい。日記ポイ。事後報告、ホウレンソウぽいかも。
夏布団と言えば熱帯夜の時期のイメージが強い。
今日は寒くて、又は朝は冷え込むだと
今ごろの季節感が出る。

夏布団寒くてスッポリ被る漢
漢=大の男の意味
6畳間かワンルームマンション一人寝の
河田さんを漫画化し絵にするならl
大男がすっぽり被る夏布団
大男は河田さんのイメージ。巨漢、マンモス、恐竜、トド、メタボ、トラキチ、革命家
巨漢がすっぽり被る夏布団
惨敗のトラキチが被る夏布団
マンモスがすっぽり被れぬ夏布団
メタボがすっぽり隠れぬ夏掛け
恐竜がすっぽり被れぬ夏布団
トドが被って二度寝する夏布団
トドが被って朝寝する夏布団
夏布団すっぽり被り資本論
夏布団すっぽり被り元闘士
テロリストが身を隠す夏掛け
河田さんのイメージが出て滑稽
面白い人物を出演さして滑稽にする
田淵くんすっぽり被る夏布団
ジャイアント馬場すっぽり被る夏布団
ドカベンがすっぽり被る夏布団
寝坊助がすっぽり被る夏布団
夫婦なら夏掛けを取り合う夫婦
夏掛けを我にと揉める夫婦
と言うふうに膨らまし再考してください。
俳句は推敲し、吟味することが大切です。
「推敲」という意味は、「文章を書いた後、字句を良くするために何回も読んで練り直すこと」。詩歌、俳句の常用語。
毎日最低一テーマ推敲すれば今朝は四日ですから10個句が出来ます。
最低金子まで2日に一句なら、最低。5個句作できます。毎日挑めば
俳句脳が活性化しますので、2日に最低1テーマ。忘れずに作句にチャレンジしてください。
俳句は、軽い気持ちで楽しむものです。
もう1度推敲してこの夏布団、夏掛けで1句仕上げてください。
文中の作品でデビューしてもOKです。この作品は私の著作権でなくて、あくまで河田さんの文章からのイメージ句です。後は、河田さん次第です。
で次の季語は。お待ちしています。

2017 年 6 月 6 日   No Comments

早期退職の勧め

55歳超えの後輩サラリーマン諸君!!

人生思う以上の長旅に変わっています!!
55歳がピークアウトする時期だと思っていますか?理不尽で止む無く配転や次の職場へ移るのももちろん一つの選択肢ではありますが…そろそろ自分の意思やジャッジで方向性を考えてみるのも一考してみるべきかもしれません。
(定年延長によってせっかくの自由を失ってしまったり、まだ十分にやりたいことができるのに諦めてしまう事になっていませんか?)

何となく、自由を求めて私が57歳でリタイアしたのはせめて還暦までの3年程度は自由な現役(元気)として何かにチャレンジしたいと考えたからでした。
「それなりにサラリーマンとしても自由な人生を送っていたじゃないか」と叱られそうですが、我儘な性格はたとえ役員であったとしても(もっと言えば万一社長になったとしても)自由という範疇からは程遠いものがサラリーマン(社長)というものではないかと思えたこともありました。

子育てを終え、残った借金と年金を計算し、僅かばかりの退職金を天秤にかけて「自由」と「我儘」を通す道を選択し、あれからはや13年が経過しようとしています。(もちろん後悔などは微塵もありません…)
サラリーマンとして滅私奉公の時代の30年と比べれば、時の流れの早さに驚くのに反比例するかのごとく自由時間というものの貴重さやその長さを感じるのです。今更ながらあらゆる可能性にも繋がるものであったという思いに至るのです。
還暦までの元気な間の3年はその後の延長戦を含めれば考えれば(13年にもなりましたが)、それは現役時代の30年を遥かに凌駕するほどの充実感があり、その意味での反省も沢山残ってしまいます。そんなに(元気でいる)時間に余裕があるとは思ってもみなかったのです。

一般的に定年を65歳としても、(自由な)時間軸で考えればその後の時間は2倍以上存在するとも言われます。(もちろん心身ともに元気でいる時間で…)体力面はほんの少しづつ衰えは感じますが、一方で(困り者なのは)精神力や知力の衰えはその感じる所がない事が非常に少なく、微々たるものなのです?

そこで余計な今回の提案になりました。(50を超え、そろそろ次の人生を考える頃になった後輩たちへの余計なアドバイスと承知しつつ…)
よく頑張ったこれまでを活かしながら、まだまだ長いこれからの人生に少しの金と時間と経験を活かすことはできないでしょうか?
企業では満期を迎えた年齢も、実は世の中では最も貢献出来る時期が55歳以降であろうと真剣に思うのです!!!

もしあなたに300万程度の自由なお金ができたなら、そしてあなたに都合によっては自分の意思で再就職をすると考えたら…むしろ、早期退職してもそんな機会をつかむ事も考えられるのでは…と思うのです。

実は世の中には300万の資金で買える会社はいくらでも存在します。大半の中小企業は「後300万あれば…」というところで一旦行き詰まるものとも考えられます。
もし、いわゆる投資を中小企業に向けてみれば…もちろんその企業のオーナーとなり、その企業への再就職も自由ですし、社長になることが最適ならばそうすることも可能でしょう。

ただし、もうそれなりの歳なんですからあくまでも労働はボランテイアまたは有償ボランテイアが原則と考えてスタートしたらどうでしょう。(もし、儲かれば別途キャピタルゲインも頂けますが…)

中小企業はとは大体において経営者のどんぶり勘定でその事業体は危うくなっていくところがあります。そこを是正すればまずは再生が可能です。経験上では事業体の行き詰まりの99パーセントの確率でそこに原因があります。
社長は給料をとっていないように見えて、使い過ぎの見栄が使用経費を含めたコスト高を作ってしまっているのです。
これ(社長)をもし完全ボランテイアでこなせたら…時によってはあなたが配送(ボランテイア)運転手として仕事に従事すれば…その青息吐息の事業は確実に再生できるでしょう。

もちろん事業(経営に)には向き不向きもあれば、その事業の発展の可能性の大小もあるでしょう。
しかし、どんな場合であっても少なくとも現状のサラリーマンよりは面白くかつ充実した仕事となり、何よりも長く仕事を続けられる事は請け合いです。そして自らの意思で(定年の強制もなく)円満リタイアも可能です。(結果、決して大成功して退職のタイミングを間違うことのなきよう(笑)…)

先ずは投資(出資)です。
極めてリスクは高いのかもしれませんし、高々300ー500万だと考えるべきなのかもしれません。(私は銀行への貯蓄よりはよっぽどリスクは少ないと信じますが…)
金融関連にいながらも投資と融資や貯蓄の本来的意味がわからない人もいますので念の為注意が必要です。中小企業への投資はその大半でキャピタルゲインは求められませんし、融資ではないことより、金を返してくださいとは言えないものです。
ただし、その投資は投資先の経営に関与し、社長にもなりうるものです。(少なくとも少額投資でも発行株の過半以上を購入することになります)

問題はそんな都合のいい会社があるのかどうか?実は300ー500で助かる企業は本当に多くあり、そしてその額を事業継続優先に為に求める事も多いのが中小企業の実態です。様々な事業があるはずですから、少しでも興味のある仕事ややりたい仕事がある事業を選択できるといいのですが…
(仮に事業側から考えれば、一年で300万の現金と300万の労働力が入れば600万/年の資金繰りができるのですから…)

13年間の零細企業コンサルをボランテイアしてきた事の実感です!!
そしてそのボランテイアとしての心情は零細企業の職場の確保という一点がテーマでした。零細企業の労働者には次の仕事なんてありえない。今の仕事を給料が半分になっても続けることが正義である。こんな観点でした。
そして何よりもこの分野には資金が回らないし、人材が居ないのでした。

一からの起業ももちろん面白いでしょうが、沢山の中小企業のオーナーとしてもう一度自らも一使用人として頑張る覚悟さえあれば、300万程度のリスクはリスク足りないし、その後の長すぎる人生を充実させるに違いないと確信し我が提言とします。

(もしその気があればご一報いただければ具体策を含めて相談に乗りますよ。安心して下さい。高いコンサルフィーをボランテイアにおきかえて…笑笑)

2017 年 6 月 5 日   No Comments

前川前事務次官の勇気を無にしない為に…

やはり書いておきたいと強く思った。。。(マスメデイアがだらしなさすぎるから)

一連の報道で既にしっかり事実関係は解ったはずだ。
問題はこのような官僚がなぜ辞任し、そして個人リスクを押して記者会見までせざるを得なかったか?
何よりも報道各社の姿勢、そしてこの事に対する内閣の見解などに対して、不可解を超えて怒りを禁じ得ない。
次官の辞任は、彼が天下り発覚時の次官である以上責任を取らざるを得ない。しかし実はその全貌はもちろん彼の次官就任以前からの歴史的事実であり、もしかすれば彼が次官でなかったとすれば明らかにならなかったやもしれないとも考えられる。

それを官房長官は感想を述べる。
少なくとも彼は職責に連綿も恋々もしていないにも関わらず、官房長官は(連綿も恋々もよくわからないで入れ知恵のみで)非難する情けなさはどうだろう?
おまけに権力が事実確認を怠り、状況を感情と都合でマスコミ(読売にのみ)にリークする形の発表を行うという事だ。(まじ判断さえ出来ない官房長官が情けない!)

そして最も恐ろしい事がこの事案に対するマスメデイアの対応である。出会い系パブへ行く事の何処が問題か?
そんな通常の常識を判断できないでメデイア各社もは未だにそのことを垂れ流しに報道している。(すなわちこの報道が読売のスクープという事になるのか?)
個人のプライバシーを大本営が一部馬鹿新聞に垂れ込み、それを全否定すらできないその他のマスメデイアの状況…

前川氏の記者会見後、マスメデイアの論調は概ね前川氏には好意的に推移しだしたのではあるが、それにしても権力への忖度がありはしないか?一連の政府の発言や一部マスコミへの投げ込みに対してさえ、多少なりとも腰は引けたままの大手メデイアの体たらくでは、前川さんが守れない。未だに半信半疑にされてはいまいか?(インチキ下ネタで)
前川さんの仕事ぶりや辞め方、その後の生活ぶりをしっかり取材さえすれば一刻も早く先ずは彼の貶められた名誉回復とその会見の趣旨にこそ徹底した報道が必要であるべきだ。

この間、安保法制から共謀罪に至る安倍政権の大暴走と森友、加計問題は同一線上の問題である。全てはマスメデイアの機能が動いているかどうか(恫喝が効いているかどうか)に尽きる事もみぬかれているのだ。
民主主義という名のもとで大衆の一定の操作を行いつつ、支持をうかがう道具としてマスメデイアが機能させられてしまっているとすれば、、、、

メデイアへの期待が出来ないとすれば…このままあきらめて引き下がるのか、あきらめず一歩でも前に進むべくSNSに明日のメデイア機能を期待するしかないがどうであろう。
前川氏は止む無く名誉回復と事実関係の立証に「記者会見」という危険な賭けに出て、「事実は脚色できない」事を立証した。
日本にはまだ沢山の優秀な官僚が、国民の側に立ち公僕として頑張っているものと信じ、前川氏に続く文部官僚によるもう一刺しを期待して止まない。

一歩でも進む為には発言せざるを得ないとの正義感に頼るしかないが…

2017 年 5 月 28 日   1 Comment

酒と煙草の与太話

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タバコを卒業して6ヶ月が経過した…
勿論そんなに簡単な日々ではなかったし、今もその過程上にいる。この辺りで過程についての嘆き節を一席。。。

予想通り体重で7キロの増量が、果たして健康的であるのかどうか?
昔、実は一度だけきっちり6ヶ月禁煙をした事があるが、その時初めて健康診断で糖尿境界型という指摘を受けた。それまでは一切要注意はなかった。その時も体重は7キロ増であった。元より6ヶ月の限定的禁煙であったことから、ぴったり6ヶ月で解禁とし、体重も徐々に戻った。
要は我が身の卑しさからくる口寂しさが体重の増減に影響し、食べ過ぎをコントロールする為のニコチン導入という個人的役割が有ったのだと納得し、喫煙健康法と考えた。
(勿論、糖尿境界症は消え、不思議なことに肺はその後も綺麗であると言われてもいた?)

されば今回は何故、卒煙を決意したのか?
実は、心筋梗塞によるドクターストップがあったわけではなく、喫煙で命を縮める事が怖くなった訳でもない。
世論に吹く嫌煙権という厳しい逆風にさらされて、ついに行き場を失ったのだ。一生懸命働いて作った憩いの場からも、煙草は既に追放されて久しい。が…理不尽では無いかと「内心」ずっと思ってきた。

最近の受動喫煙運動は煙草愛好家にとっては精神的恐怖心を強制する。常にタバコを吸える場所を探し、おどおどする自分が存在する。完全にマイノリテイとしての辛さも感じる時代になってきたのだ。
おそらく既に嗜好品として認められている喫煙者は2割を切ったのではなかろうか?悔しいかな、時の流れであり、老人が威張って喫煙権を主張するべきも無いのだ。
ということで機会を伺っていたのだった。

実はずっと思っていたことがある。
それは残念ながらもう一つの嗜好品である酒(アルコール)を全く受け付けない体質についてである。そんな体質は恐らく全体の1割にも満たないこれまた絶対少数者なのである。飲酒解禁になる20歳以降、よく考えればアルコールにも当然ながら沢山の功罪があるのだが、余り論議されることはない。

酒を嗜まない側から言えば明らかに自らの体に良くないのはアルコールであろうと推測するのだ。嗜好品である事からの飲み過ぎは様々な病気の要素となり得るし、最悪は死に至る事も多い。恐らく全体比でおいてもタバコの比ではないだろう。そして、タバコはニコチン中毒ではあるが多くの人が、そこからは脱出が出来ている。しかし、大半のアルコール愛好家でアルコール中毒からの脱出が叶った人(強制れた場合も)を見たことがない。

一方で酒による害が嫌という程に見てきた。酔っ払う側とそれを解放する側は学生時代から始まった。飲まない人間にとってはアルコールの悪臭は堪らないのだがきっとお気づきではないだろう。飲酒運転でどれほどの人が無くなり、そしてそれを取り締まる事のコストはいかほどのものか?

「なんの酒なしの人生か」と普通に言われるのだが、何故か「なんのタバコなしの人生か」などは決して通らない。
アルコール拒否症の側をマイノリティの主張とすれば言い分など山ほどある。
そしていつしか喫煙者もマイノリティとなってしまったんだが、そこには主張する権利は全く存在しない。。。

果たして、飲酒ができずタバコを嗜む両方を合わせれば、立派なマイノリティとして言い分を聞いてもらえる世の中であってほしいと思うのだが…

タバコからの脱出はやはりきびしい道であり、それはアルコールを禁止する事の苦しさを思い浮かべてもらえればきっとわかるのかも知れない。
(そして…何よりもしょうすうはからの転向に心苦しさを感じるのだ!!!)

2017 年 5 月 18 日   1 Comment

古希を迎えて想う事(4)「機は熟したと言わしめて…」

残念ではあるが、まさに「憲法改訂」の機は熟したのかも知れない。

ここ4〜5年の世論の動きは異常に感じるものの真実の姿なのであろう。全ての政治がこの(憲法改訂)一点に向けて動き出し、国民の過半がそれを追認して行く勢いを持っているのだ。

一連の法律成立もまた周辺を埋め尽くし、ついに共謀罪法までが大した反対運動も起こらず強行突破される。
憲法で言えば「武力による他国への威嚇」は文字通りの憲法違反であるのだが、それも論議にすらならない。
右翼グループへの忖度で出来上がりかけた小学校までがバレかけると、「関与せず、関与があれば議員を辞める」と開き直り、通過させてしまうごとくの世の中なのだ。

「北の脅威」と危機を煽り、その原因が何処にあるかの分析すらせず(インチキがバレるからできないのだが)、ひたすら戦争可能な国を目指す事に恐ろしさを感じない今日この頃。。。

本当に、本当に憲法を変えて戦争出来る国になっていいのか!
本当に戦地に行く勇気は国民に有るのか?
(自衛隊員だってわからない。平和憲法の上に乗っかった自衛隊なのだから…)

時の総理が宣うところの「機は熟し、念願が叶う」事態になっている事を国民(過半以上が)は理解しているとして諦めるしか無いのか?。

2017 年 5 月 2 日   No Comments

古希を迎えて想う事(3「日本国憲法」を「党是」とした「オリーブの木」を…)

日本共産党が党是を変えさえすればいい。民主、社民は解体すればいい。「オリーブの木」より、立憲民主党の方がいい。
平和憲法で70年…平和と発展を共有した歴史こそ守るべき唯一最大の政治課題である。

現行憲法70年…と共に歩んできた世代としては憲法論に一つの結論が必要では無いか?
この間の日本の70年の歴史は人類史上または地球規模に於いてすらかつて見ない「平和と繁栄」の中に存在する歴史的史実である。そしてその礎はまさに「日本国憲法」にあったと結論づけるのだ。
(そんな憲法がその成立過程を重なる理由として改定されようとしている。人類史上で最上級であり、その実績においてさえそれが歴史的に立証されているのだから…)

日本史において、明治以降の「近・現代」が軽んじられて(放置されて)50年以上が経過する。明治維新から太平洋戦争と敗戦、その後の平和憲法制定と象徴天皇の関係性などが真理(史実)として語れなかったのは敗戦の悲しい歴史を引きづる事によって論理的整理がなされないまま今日まで来てしまったに違いない。

古事記、日本書紀から始まる我が国の歴史は、神話としての古代史を理論化した上で、史実として天皇の存在と日本の伝統文化を形作ってきた。その過程の中で現代における象徴としての重要性までが明らかにされるべきであろう。
(ここから100年も先になった頃の「日本史」をのぞいて見れれば、その存在と価値の重要性が証明されていると確信する)

日本国憲法は天皇の存在と日本の伝統と文化および象徴に至る過程で始まり、その故に日本国固有の価値と実存を有する事を示している。
明治維新と文明開化を経てさえ、その歴史(史実として)の本質はなんら変わらなかった。

日本史の中においては大半の農民、市民の生活や歴史は全く語られて来なかったし、その主な記述すら史実として残っていないが、それをして「日本史」と言い切っていいものかどうか?という問題も残ったままである。
歴史は支配者によって作られ、書かれ、語られて行く宿命にあるかもしれない。故に伝統、文化を含めて天皇と武士をその中心において歴史が語られて来たのはやむ無しとはいえ、それが日本の本当の文化、伝統を形作って来たとも思えない。しかし、敗戦と現行憲法がそういった独特の日本文化の中で構成されてきたものであり、米国の偽造と強制で出来上がったとするのはおおまちがいである。

「桜の散り際」に美を感じ、「花は櫻木、人は武士」とする我が価値観はいかにして形作られてしまったのであろう。
一方で「古事記、日本書紀」をして日本国天皇の存在を形作り、今日の象徴天皇への独自の崇拝の念は、誰しも禁じ得ないのが日本人のアイデンティティーでもあるのだ…
西洋における「聖書」とキリストの関係にも似て、むしろ宗教的崇拝であっても何ら不思議では無いし、日本史実の中における「古事記・日本書紀」と天皇を学問的に捉える事は出来るのでは?
(かつて「キリスト教概論」をなんの疑いもなく学問として学んだ事を思い出す。果たしてここから100年も経過すれば、明治以降平成に至る近代史は江戸期とのつながりの中で日本史実としてはどう記述されているのであろう)

敗戦と日本国憲法、天皇の存在とその承認、継承、象徴天皇としての絶対的存在と学問的位置付けなど、現状「平和憲法」の一丁目一番地がタブー視され、語られないままの憲法論は定着しないし、むしろそこに民主主義の分裂を呼んでしまう。

「9条」を代表にして語られる日本国憲法を「第一条」からしっかりとその必然性で理論武装する事は出来ないものか?
今生天皇や天皇家が、象徴天皇としての不断のご努力を見る度に現行憲法を愛しその忠実な守り手としての天皇家を想うのが素直な日本人でもある。

(現状憲法において唯一その基本的人権を有さない天皇が最も日本国憲法を愛し、護り、努力を重ねて居られる事実に鑑みる必要を強く感じるものである。この意識を有するまでに実に70年の年月を要した…)

その上であえて「日本国憲法」を唯一無二の恒久平和と人類の調和、発展を希求する存在としてその一字一句を「党是」とし、基本方針とする政党またはその範囲での結集を期待する。

唯一の護憲政党である日本社会党が消え、残るは現状承認としての日本共産党しか存在しない政治情勢の中では9条だけで憲法を語る事すら改憲論者として利用されつつあるのが昨今の政治状況と考えなければならない。

一連の政治的右傾化は、実に巧妙に仕組まれ育まれてきたものだ。
とにかく改憲できれる勢力作りとその力を利用する確信的「似非旧士族的勢力」の拮抗状況が現状であるならば、間違いなく「日本国憲法は米国押しつけ憲法である」という馬鹿げた論理が成立してしまいかねない。そして「30年」もすれば、再び派遣を狙った聖戦を建前として行う国になってしまうだろう。
「100年」は維持しできたとしても、平和は徴兵制の必然と共に「大日本帝国憲法」に復古して壊れてしまう。

金と経済至上主義で割り切れば、そして弱肉強食止む無しで割り切れば、それが当然の帰結なのだから…

2017 年 4 月 13 日   No Comments

古希を迎えて想うこと(シリーズ・2)

久々に先日長兄と「長話し」をした。
兄は喜寿を前にして少し弱気が出てきた。(確か…かの慎太郎先生と同窓程度?)
「次兄が(80にして)多少記憶がやばいようだが…」というような話から始まった。
(そういえば、我が家は親父は元郵船だから石原兄弟ンチと似てたはずだが、何故か親父は早くに脱サラして商売を始めてし、兄弟みんなそれなりに苦労してきたっけ?、いや兄達はその昔は「おぼっちゃま時代もあったはず…)

絶対的存在の兄貴達から、「お前だけは大成功すると思っってたけど…」といわれたりしたが、兄達のいうところの大成功とは??
中途入社サラリーマンにしては想定外の出世をしていたから最後までサラリーマン人生を全うすると思っていたらしい。何よりも出世と金儲けが人生の目標みたいに考える兄達の価値観は一体何なんだろう?戦前、戦中派の頑張りの目標であったのだろうか?
(いや戦後派、団塊世代にも結構いるよね。そんな価値観…)

長兄も良く知る「K君が、一番出世だったね。やっぱり彼は大したもんだ…」に我が(良)心はプッツンして「最悪の寂しい人生ではなかったかな??未だにポスト(と金)にしがみついてるのはみっともなさすぎるよ…」と絡んだけど、聞く耳は全く無く、只々「我が人生」をして「勿体無かった」(大失敗だったろう)と評論する。

馬鹿ぬかせ、60過ぎての断捨離は「用済みのポスト」や「名誉」に「余計な金」…

「子育てさえ無事済ませれば「三途の川」には不要なものは全て現世で始末していくのよ…見栄や世間体は「あの世」でイジメを受ける素にもなりかねない…」

「つよがりでないから実践しているまでだよ。(多少の矜持がなくもないが…) 、、、
「ヒトモノカネ」の全てを一旦捨ててみたらどうなんだ?
利害の友じゃ自己満足にもならんだろうし…」

兄曰く「その割には新たな起業は何故か」と??
今更「金目当て」でもなし、見事に「有り金」は使い切りました。
年寄りの起業はだから面白いし、社会事業になる。。。勘違いして今更大儲けを夢見る馬鹿もいないだろう?
「その割には「IPO」を狙うとか言ってたな!」
その昔20代で考えた「男のロマン」と言っただろ…60過ぎても好きにやるロマン…
「人生反省すれど後悔せず」が我が座右の銘だって…

そういえば、ここんとこちっちゃな「サラリーマン社長」ばっかりで、日本はロクなもんでなくなった。。。
昔のオーナー社長は人物だったし、だからこそ日本も作り得たんだなあ^_^^_^^_^

2017 年 4 月 5 日   2 Comments

古希を迎えて想う事(シリーズ・1)

70歳にもなると流石に大半の仲間がリタイアとなり、余生を考え無理矢理にもその実践(特にする事なし)に入られるようだ…
(果たして、納得しかつ先は見えての判断なのかどうか?疑わしい??)

57歳になった時(還暦を目前に考えて)「お前はこのままの人生でほんとに納得できるのか」と考えて「わがまま退職」をしてしまい、驚くなかれ13年が経過している。
ついに古希という事らしい。
しかし一体あの頃と比べて(体力・能力・精神年齢)何が変わったというのか??

ほんの少し体力は落ちたが、まだ軽作業なら十分にこなせる。
たまたま大病をしたが 一月もすれば、なんて事なく完治してしまった(ように思う)。
(タバコはやめたが、それは単に世間がうるさ過ぎるからにすぎないし、それこそ知らない世界(ニコチンのない体)を体験したいからでしかないから復活もありうる)

だが…
一方で間違いなく年齢(その時)を考えるようになったのは、は既に親父が死んだ歳を超えたからかもしれない。(親父は68にもなっていたのに、仕事帰りの新幹線の中で亡くなっている)
やっぱり明日はわからないから色々その日も考えながら準備をする意識だけはしっかり持ちつつも、できるだけ、出来ることは「現役」で続けて行こうと思っている。

現役とは何か?
「社会との関わりを能動的に持つこと」としておけば、まだ2-3年は現役を続けられるかもしれないし…

57でリタイアした時には、「自分のような自己中の人間は組織や後輩には、そろそろ迷惑極まりないはずだ」とも考えた。今もその価値判断(基準)は大事にしながらも、「出来ること」を考えて行きたい。(健康のためにも)

…と考えたら、想う事、思うこと、考える事、考えたこと、経験した事、これから経験すること、政治、経済、人生…を「呟く」だけなら邪魔にならないけど参考にはなるかもしれない。
(実は、時間も出来たので思いつく事言いたい事が山ほどあって…消化不良になるのは健康に良く無い???)

現役続行宣言として今年も「新年度」をしっかり感じながら、今年度(以降)の方針として決めたぞ。。。。。

2017 年 4 月 3 日   No Comments

しつこくも、神童様へ

少し脈絡はずれるかもしれませんが、続けますのでお付き合いのほど…
忖度論を云々するつもりでは有りませんが、ご指摘の通りまずは忖度は受ける側の問題であることは押さえておきたいと思います。

さて、安倍ご夫婦は紛れもなく総理大臣夫婦であり、昭恵夫人には5人もの付き人公務員がついているのが事実であります。
彼女は日々普通の主婦を装いながら(ご本人の主張)も、周りの忖度を肌で感じないはずはないでしょう。故にあちらこちらで講演もし、名誉校長も受けているのです。(普通の主婦ではあり得ない活動であり、その事の忖度は計算済みのこれまた事実です)

総理夫人としての忖度を利用しようとする勢力、忖度を許容するご自分、忖度して動く官僚や一般人が大半である事は十分に承知しているはずです。
普通の主婦であり、一般人であるというならそれこそ普通の主婦は怒るでしょうし、私も恥ずかしながらある種の忖度を持って彼女のFBを覗き、沖縄訪問も見てきました。
(忖度はどんな立場でも当然であり、それは総理夫人としての立場を考慮するものです)

一方でこの問題は安倍総理の「森友問題への一切の関与無し、あれば総理を即刻辞任する」との過剰反応を受けたものであったと思っています。

そしてその物証が出ないのでは?と思っていたところに、官房長官からして立証できる資料を出してしまったという事で関与の立証が成立してしまったのです。

(私は経験上からも官僚が対話、交渉資料をはいきすることなどないという確信を持っております。故に書類を処分したという公式見解が出た時点で、この問題に政治家の関与があった事も確信しておりますが…また、優秀で真面目な官僚がこの事で傷む事になら無いことを心より望みます)

この問題に注目するところはもう一つ、勿論、籠池側の「問題」に着目しております。
このような動きが政治的忖度によって実現されつつある政治状況への恐怖です。

(現状政権の大半が日本会議関与議員で固められ、勿論籠池さんと安倍氏の信頼関係もそこから派生したものである事、そして大阪では明らかに維新の会が忖度のなかにいるという現実です。私はこの問題で誰かが亡くなるなんて事が無いように祈りつつ、そのような怖さを感じております。神童さんの言われる「法的立証」をベースにするとその証拠は消されてしまう可能性があります)

大きな右側の改憲だけでは収まらない動きが社会運動として動いている現実が存在する一方で、見逃されている左側の社会運動の稚拙さ(無さ)に強い危惧を抱いているのは事実ですが…)

戦後70年、曲がりなりにも平和的発展を遂げてきたのは紛れもなく「平和憲法」のおかげであったと思います。憲法を9条だけをベースに論議する事すら改憲への加担につながるほど危険な状況が現状であると思います。
(一歩も譲らない憲法擁護論…少なくともこれだけの実績を有する憲法を一字一句変えないでもう70年は維持するべきだと考えます)

その為には、この瑣末な政治状況であっても利用し、発言していくくらいの役割は果たすべきでは無いか…というのが我が本音なんですが…
(できれば、もう一・二度あえて反論頂きお付き合いいただければ…)

2017 年 3 月 27 日   No Comments

返信(忖度…)

神童さん、お付き合いありがとう御座います。
神童さんらしい大人の感想ですね??

「この問題」をもう少し大きな流れで捉えています。
即ち現政権の危うさとそれにおもねく、または知らぬ間に流される、またはそれを利用しようとする勢力の存在についてです。
安倍政権の信念は改憲にあり、その危険極まりない方向性はすでに様々に実行されつつあります。

(この事件の裏で進む「テロ等特措法」もしかり…私は安倍首相そのものもトカゲでしかなく、その尻尾ではないかと考えたりしています。その裏でうごめく大物たち、即ち日本会議や十分な戦略で動き続けているインテリ右翼の存在です。もちろん一つの社会運動としての活動としての許容範囲として認めますが…)

そして森友事件…このような小学校が知らぬ間にできつつある事(大阪府知事の忖度で進んだのでしょうか?)、幼稚園は既に稼働しているのです。
間違いなく豊中の市会議員の摘発が無ければ小学校がは出来上がっていたでしょう。いわゆる土地の値引きへの忖度(単なる売買であり価格設定などの問題)ではないつもりです。

安倍総理の考え方とは別にある権力への「忖度」が異常なまでに発達し、政治として機動力を持ってしまっている事です。
大阪松井知事が本音で「政治には忖度があり、いいものも悪いものもある。安倍総理は忖度を認めるべきだ」と宣ってています。もちろん行政には「忖度」が有ってはいけません。難しい事ですが、行政の公平性は法にのみ忠実が大原則です。(大阪府知事の浅はかな判断でも政治は動かされています)

安倍さんは「ご夫婦でこの問題(土地の取引)に関わっている事が事実として証明出来た場合は総理大臣はおろか議員を辞めると公言してしまいました。自信があったのでしょう。(おそらく全ての把握はできないまま…又はなんとでも消し去れると慢心していたのかも…)

一方で「忖度」にしろ明確に昭恵夫人付きの谷さんはその関わりについてFAXとして認めてしまいました。私人又は個人では「正式職名」を使うことも、「当方」とはいう言葉もましてや「予算の動き」までも知ることも伝えることも出来ません。。。
(これが彼女の両親に基づく確信犯としての覚悟吐露であってくれればいいのですが…何れにせよ、一番許し難いのはその官僚の忠実な職務遂行までも尻尾切りしてしまおうとする政府の対応ですが…慌てすぎた官房長官が付け焼き刃で大袈裟に発表する事でよくわかる証拠性)

色々と述べてきましたが、私は一連の動きを一つの小さな社会運動と捉えています。
即ち安倍政権の危うさと退陣こそが今大事な政治的局面である事、そしてそのチャンスがこの問題の中に本質と共に存在すると考えています。

神童さんのような最も常識的インテリゲンチャーが、いつしか大きな政治の流れに飲み込まれていきあのような馬鹿な戦争に一億こぞって参加していったのでは…と強く思うのです。

そして、必死でそれに抵抗される現行憲法の元での天皇ご一家のご努力に答えるべき一市民たりたく思っているのですが…

「furemiyaさん、何か言わないといけないみたいなので、私見を少し。
連日の報道や、国会の証人喚問。何か違和感があり、まともに見ていません。違和感は、恰も角栄の時のロッキード事件や竹下の時のリクルート事件のような大騒ぎだけど、どうも首相を巡る贈収あい事件ではなさそう。で、忖度が問題らしい。だけど忖度は普通のこと。社長の意向、株主の意向、取引先の意向、いろいろ忖度があって世の中動いている。問題は、忖度が許容範囲を超えて国の資産を9割引き(8億円値引き)した奴。
籠池から100万円が首相夫人にわたり、財務省への働き掛けになったという事件なら、国会の大騒ぎの意味が分かるが。金は逆の流れ。それも証拠がない。分からない。今時点のファクトだけで、安倍首相は辞任すべきだとする「咎」が分からない。
一強の安倍を叩く千載一遇のチャンス、とばかり、野党が攻勢に出ていますが、政権から現場への隠れた指示(大幅値引き)でも暴かない限り、無理筋のような気がします。
この問題、近畿財務局と学校認可の大阪府の問題であって、国会が他の重要案件を放ってまで、大騒ぎする問題ではないのと思いますが。」

2017 年 3 月 26 日   1 Comment