●京都の日本画壇の活性化のためJR西日本が日本画の新人賞を創設した。
京都を中心として活躍する25~45歳の日本画家を対象とする。
選考委員が30名の新進作家を選び、大賞1点、優秀賞1、2点を選ぶ。賞は秋に決定。出品作はJR京都駅ビル内の美術館に展示するというもの。
選考委員は私のメインコレクション作家である小嶋悠司のほか
竹内浩一、大野俊明、林潤一、村田茂樹の5人で、いずれも私よりちょっと年上だが、私がコレクションを始めたころ世に出始めた当時の新進日本画家であり、懐かしい思いである。
●京都の日本画壇の活性化のためJR西日本が日本画の新人賞を創設した。
京都を中心として活躍する25~45歳の日本画家を対象とする。
選考委員が30名の新進作家を選び、大賞1点、優秀賞1、2点を選ぶ。賞は秋に決定。出品作はJR京都駅ビル内の美術館に展示するというもの。
選考委員は私のメインコレクション作家である小嶋悠司のほか
竹内浩一、大野俊明、林潤一、村田茂樹の5人で、いずれも私よりちょっと年上だが、私がコレクションを始めたころ世に出始めた当時の新進日本画家であり、懐かしい思いである。
●銀座の現代美術ギャラリー、exhibit Live & Moris は:
若手アーティストの表現の実験スペースとしての exhibit Live、
先端をゆく現代アート作品を企画する Moris Gallery
で構成され、アートを通じた社会貢献と、より生活に根ざすアートの普及を考える場として運営されていますが、先週から「via art 2007」出品の美大生たちのグループ展が1週間単位で実施されています。
今週は私が注目した作家の一人の上野早智子さんの展示が始まっています。彼女のファイルを見ると人物や風景などの具象的な作品が、少しずつ形を崩し、最近はほぼ抽象的な作品になっています。いずれも力強いタッチと鮮やかな色彩が特徴です。
来週は同じく注目の荒川靖彦さんが登場します。
※ギャラリーの詳細は以下で
http://artlive.cool.ne.jp/
●上記は今日の読売新聞の社会面トップの記事タイトルである。今話題の新銀行東京を視察した石原知事が「殺風景だから、ワンダーサイトの絵を飾ったらどうか・・・。」と言うことで、絵画を購入したというものだ。
銀行などにアートを飾ることは大いにやって欲しいが、購入先のトーキョーワンダーサイトは石原氏の四男が関与した所と言うことで過去にも何度か問題になっている組織だ。
若手作家支援ということで理念は良いが、四男で画家である息子やその関係者で文化振興事業を私物化しているという避難があったにもかかわらず、新銀行東京でもまったく同じことをやってしまった。
以前この日記でワンダーシートでの展覧会が初日前日に完売したことを書いたが、これはアート通販のタグボートのサイトに優先的に前日から購入解禁したものである。これに関しても都の関連事業が一アート業者と提携するのはいかがなものか、ましてや先に売る権利を与えるのはおかしいという批判は業界ではささやかれていたものだ。
以前の事件を踏まえ、都の監査でtwsへの補助金の支出方法が不透明とされて、06年に都歴史文化財団に移管されたとのことだが、運営はまったく従前通りで改善されていなかったようだ。
【第44回】東北芸工大卒業・修了制作展:雪の山形訪問記】
今回は過日訪問した山形の東北芸工大の卒展に行ってきた体験記を書きます。
まず、出発は朝9時の山形新幹線だったが、福島までは晴天で、福島駅を出てしばらくすると雪景色。米沢駅あたりではすごい積雪。電車の真横に数十センチの雪の壁ができているような線路を電車が行く。東京ではすぐストップすると思うがまったく平気の感じ。電車の窓越しに撮った写真には窓に雪がくっついている。
※詳細は以下で
http://otokonokakurega.net/blog/entertainment/69/entry1342.html
○「アートフェア東京」のプレイベントの辛美沙さんと南條史生さんの対談の内容を、知人がまとめてくれたものをご参考までに添付しておきます。バブルの一端が分かると思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「アジアのアート、日本のアート」
●中国
・これから2000の美術館が建設されることになっている。
・中国人は「アートは商品」という感覚が強い。
・政府が現代アートを解禁したのが2000年。それから草間地のようにギャラリーがたくさんでているが、土地が30年の貸与地で、その後権利がどのようになるのかはまだわからない。アメリカ西部のような、早い者勝ちの既得権状況。
・ギャラリーは500平方メートルでは小さい。1000平方メートルが標準で、10000平方メートルレベルも。電車一両をまるごと使った作品なども展示できる。
・ちなみに森美術館は2000平方メートル。
●インド
・ギャラリーの大きさが破格。ギャラリーの大きさが作品の大きさに影響を与えている。中国の次のマーケットとして値段が急騰している。
・ムンバイのグランドハイアットホテルはインド現代アートがたくさん。
・マハラジャの今の生活をとった写真がおもしろかった、個人的に。。。
●中近東
(ドバイ)
・世界のクレーンの1/3が集まるといわれているほど建築ラッシュ。
・アートフェアも盛況。
(アブダビ)
・グッゲンハイム、ルーブル、マリタイムがくる。美術館のフランチャイズ化が進んでいる(ただし、ルーブルは30年のブランド貸しで、フランチャイズ化ではないと主張している。)
・20%が本国人、80%がお雇い外国人。税金はタダで住居は国が無料でくれる。美術館にだれも人がこなくても全然問題ナシの超お金持ち国。
中近東はイスラム圏なので、表現に制限がある。
抽象的な表現が得意。文字と数字なども得意。現代アート向きなのかも。ポートレートやヌードは駄目。アーティストがみな同じ格好をしているので見分けがつかない。
●日本
ギャラリーが小さい。小さい作品がおおい。ちまちましている。
今は、オークションなどでも半分以上が台湾・中国のお客。
中国やインドにくらべてお買い得感があるので、買いかも、というバブルの余波は受けている。
●アートと価格
世界で一番高いのは、ポロック150億。デクーニングが140億。蔡國強は?
それに対して日本は1億円プレーヤーが村上、杉本、草間、奈良と4人しかいない。
昔はジェスパージョーンズやウォーホールなどが高いとされてきたのに、現代アートが上位を占めている。
いまは中国が高騰している。中国で1億円プレーヤーの人は、ここ三年くらいで4~5億になっている。
”money creates taste”という側面もあるので、中国が認められていてるのだろう。
中国には36人のインベスターがいるといわれているが、日本にはいない。
中国バブル→中国人アートが人気、となるが、日本のバブルのときは印象派を買いあさっていて、日本人のアートが売れるということはなかった。バブル期に日本は1兆円のマーケットがあったが、今は1000億。
南条さん:アートは「読み終えない本」のようで、価値はすでに変動する。マルチカルチャリズムの時代に、ひとつの価値基準では判断できなくなっている。
辛さん:生きている人の作品を買わないと、マーケットは育たない。日本でも着実に、絵を買う人は増えている気がする。
●アートと国
南條さんによると、インドに行ったとき、インドの作品にインドらしさが感じられず、その国らしさ、みたいなのがなくなって、すべての文化が同じ素材としてフラットに存在している印象を持った。
●美大・音大・博士の過酷なワーキングプアの現状に触れてきたが、一見華やかに見えるアニメ界もワーキングプアの構造であることが今日の読売新聞の記事で分かった。
ある女性アニメーターによると、もらえる原画の単価は1カット4000円。給与は出来高払い。会社の机に1日15時間かじりついて、月給は7万円。時給にして150円。
もちろん、会社によってはもっと出るところはあるが、こんな極貧生活からスタートするのがアニメーターの世界らしい。それでも最近は東南アジアに下請けに出されるので、競争上文句も言いにくいとのこと。
このようなアニメ界の構造について、最近アニメ監督らが団体を作って「そもそも産業構造がおかしい」と批判の狼煙を上げた。スポンサーが出すお金のうち、8割がテレビ局と広告代理店に回ったケースもあるなど、ここでも大企業による下請け搾取の現実が見えてくる。
●「東京文化座」という雑誌をご存じない方が多いと思いますが、以下のような内容です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【名称】「東京文花座」
【創刊】2005年2月
【発行日】隔月刊 (奇数月 30日発刊)
【発行部数】5万部
【配布地域】東京・神奈川・埼玉・千葉県
【判型】 A4 36ページ
●「衆人愛敬をもって、一座建立の寿福とせり」(世阿弥)誰もが気付いているはずです。私たちの国の伝統文化が、このままではいけないかも知れないということを。
東京文花座は、伝統文化の継承に取り組むプロジェクトです。文化をよりよく愉しみ、小さな使命をもつ文花人のための一座の建立を目指しています。
そのために、文花座は、これから予測される文化の危機に対して、まず問題の構造と優先順位を考えます。そして問題と解決方法を一人ひとりのみんなで共有し、小さな文花運動を始めていきたいと志しています。
「東京文花座」は、現在、隔月刊にて5万部を発刊しております。首都圏の約4000人の芸事の師匠からお弟子さんに配布されています。また、歌舞伎座をはじめ、国立劇場、能楽堂等、美術館等に設置されています。
【2008年文花座が取り組むべきテーマ】
1.子どもや親への伝統教育の問題について
2.旦那衆・パトロン・目利きの不在の問題について
3.日本人としての心・情・美意識について
【今まで取材にご協力頂いた方々】
千宗室、千玄室、勅使河原茜、観世清和、梅若六郎、吉田蓑助、中村勘三郎、市川團十郎、中村吉右衛門、中村雀右衛門、市川亀治郎、花柳壽輔、井上八千代、瀬戸内寂聴、馬場あき子、水原紫苑、武田双雲、天明屋尚、柳家花緑、野村萬斎、茂山千作、山本東次郎、小堀宗実、千宗屋、三川泉、鶴澤寛治、山下裕二、山勢松韻、柿沼康二、辻義一、ドナルド・キーン、亀井広忠、敬称略
「
●作家の東園さんの紹介で「東京文化座」という雑誌から以下のような取材依頼が来た。現役のビジネスパーソンにアート普及をしている中で、多くの人がミニパトロンや小さな旦那衆になってもらいたい・・・という主旨に共感するので、古典芸術関係の雑誌だがお受けすることにした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【企画内容】
「私たちは、どうしたら小さな旦那衆(パトロン)になれるのか?」(第1回)
文化のパトロンである、旦那衆もタニマチも、貴族や数寄者もいないこの時代、私たち一人ひとりは、文化に対して責任を持たなければならなくなりました。
文化に関する「お金」の問題を現代的に解決するには、一人の小さなお金を集めるしかないのではないでしょうか。「旦那衆ファンド」のような仕組みを構想するべきであると考えています。
そして、パトロンとは、単なる金銭的援助者ではなかったはずです。彼らは、才能を発見する者であり、目利きであり、精神的メンターであり、社会に新たな価値を提示しようとする者でもあったはずです。
日本文化のパトロンの歴史を紐どきながら、その社会的な役割と精神性について考察したいと思います。そして、わたしたち日本文化愛好者が、どうしたら小さな旦那衆になりうるのか?と、旦那衆の現代的なあり方を模索し、提示していきたいと考えております。
【質問内容】
1.「アートソムリエ」の活動について
2.美術におけるパトロンの役割とは?
3.小さな旦那衆の可能性について
【掲載方法】
◇掲載号:東京文花座 18号 特集「小さな旦那衆入門講座」(仮称)
巻頭提言 松岡正剛氏
●6日から9日まで北陸出張と京都での討論会に参加してきましたので、長くブランクになりました。
【アートのあるお店【麻布「ピノチカ」・大手町「大手町カフェ」・上野広小路「めぐり」・赤坂「トキ」 】
普通の人には画廊はなかなか敷居が高くて入りにくいので、普通の人が出入りする所にアートを出前したら・・・と言い続けているが、お店のオーナーが作家に発表の場を提供しているところがいくつかある。今回はそんなお店を紹介する。
※詳細は以下で
http://otokonokakurega.net/blog/entertainment/69/entry1314.html
●明日から仕事で富山・金沢へ行ってきますが、その後9日に立命館大学の下記の討論会に参加のため京都に寄ってきますので10日まで日記は書けないかと思います。
「博士問題」については以前にも紹介しましたが、「博士」を「美大生」に置き換えるとそのまま当てはまるように思いますが、いかがでしょうか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「博士の生き方討論会」
「立命館大学GCOE生存学創成拠点」では、「博士の生き方」をみなさんと考えるための討論会を開催します。
・平成三年から始まった大学院重点化計画以降、毎年1万6千人程の博士課程修了者が輩出されていますが、その先の道のりは非常に厳しい棘の道となっているのが現状です(立命館大学では毎年約60名程度の博士課程修了者【博士号取得者】がいます)。
・博士課程修了者の多くは、これまでの大学院の社会的位置づけや教育体制などから、アカデミックポストを目指すことを当然のこととして意識の形成が行われています。しかし、重点化以降の博士院生数の増加はかつて例を見ないほどの急激な上昇曲線を描き、大学教員市場の需給バランスは既に完全に崩壊しているのが現状です。
・こうした背景のなかで、これまで、絶対数としては決して少なくない博士修了者が生み出され、その内の約半数近くが非正規雇用という立場に置かれ、その後の人生を送ることを余儀なくされています。しかし、全体としては、既に1万2千人を超えるフリーター博士が生み出されているにもかかわらず、彼らが全国に散らばってしまっていることで、個々の研究室や大学単位ではそれほど多くの無職博士が生み出されていることに、現場の自覚が追いついていないような状況です。また、多くは、こうした背景のなかで抜本的な改善策が議論されることもなく、この問題は放置され、生きる希望を失って社会との接点を無くしていく博士を生み出しています。また、消えていった博士たちのことは忘れ去られていくため、さらに問題が先送りされる構造が維持されているような状況となっています。
・高等教育に渦巻く負の連鎖は、多くの若い研究者に活躍の場を与える機会を放棄しているようにも思えます。実際に、博士号を新規に取得した人たちが、アカデミアに残ることができる割合は既に一割と切ったともいわれています。准教授以上の専任ポストの九割は、四〇代以上の世代で占められているという資料もあります。これは、アカデミアの次を担う世代が全く育てられていないということを示しているのではないでしょうか。
・ 混乱の極みのなかで迷走するアカデミアのなかで、われわれ若手研究者はどのように身を処すべきなのでしょうか。しぶとく生き抜き、学問と社会のために貢献する道を切り開いていくために、私たちは他に頼ることなく自ら一人一人がパイオニアとなる覚悟を持つことを放棄することはもはやできません。
・本討論会を通じて、若手研究者の生き方を模索するとともに、同じ境遇にある人々との連携を通じ、個々がしぶとく生き抜くための道しるべを見つけ出すことを目的として、立命館大学GCOE生存学創成拠点はそのサポートをする機会を今回提供いたします。
© 2009 アートのソムリエ・山本冬彦. All Rights Reserved.
This blog is powered by the Wordpress platform and to just Go Beach Rental.