≪高村比呂希 著≫
さぁ、文化祭も終わり、3年生はいよいよ受験モードに突入する時期を迎える。だが生来の勉強嫌いの橘はなかなかその気になれない。10月のある日、早乙女恭子はそんな橘を心配した。
「受験、どの大学にするの?」
「まだ何にも考えてないんだ。受験しなくても入れてくれる所どっかないかな?」
「スポーツ推薦というのがあるけど、橘君、野球やめちゃったしねぇ。でもまだ4~5ヶ月あるから、今から頑張れば間に合うわよ」
「受験勉強なんて、やりたくね~なぁ」
「橘君にもあの大学がいいとか、憧れみたいなとこ、全然無い?」
「そりゃあるよ。親父と兄貴が共に関学(関西学院大)を出てるから、俺も入れるならそこに入りたいんだけどな・・・」
「ふ~ん。じゃあ、次の日曜日その大学見に行かない?」、
「え? 君が一緒に行ってくれるの?」
「うん。自分の目で見れば本当に行きたくなって受験勉強頑張れるかもよ。それに・・・、たまにはね、2人で電車のデートもしてみたいじゃん?」
「分かった。じゃそうしよう。ところで君の志望校は決ってんの?」
「一応はね」
「どこ?」
「言って落っこちちゃうと恥ずかしいから言いたくないけど」
「どこ? どこ?」
「橘君だから言っちゃおうかな。大阪大学の法学部か大阪外大」
「へぇ、凄いな。早乙女は勉強出来るからな」
「誰にも言わないで」
「言わない、言わない」
大学なんてあまり興味を持ったことが無く、親父と兄が同じ大学だったから、橘も漠然と関西学院が良いと思っていただけだったが、2人で訪れたその大学の緑と時計台の佇まいは、橘の想像以上に素晴らしい独特の雰囲気があり、彼を魅了して止まなかった。
何としてもここに入りたい。橘が大学に行きたいと本気で思ったのはこの時が生まれて初めてだった。ここを2人で訪れようと提案してくれた彼女に感謝した。
そして、こんな別世界を恭子と2人で散歩出来る幸せを噛み締めていた。行き交う男子学生が自分達2人を注目する視線も気にならなかった。否、正しくはその視線は恭子に集中するのだが、寧ろそれが誇らしかった。
この3年間で、少女から少しずつ大人びた女性へと変わりつつある恭子は、大学生になったらどれだけその美しさと輝きが増すのだろうか? そんな想像をついついしてしまう橘であった。
この時の特別な雰囲気がそうさせたのかどうか、帰り道のとある公園を散歩しながら、早乙女恭子は自分の生い立ちについて、訥々と語り出した。
「実はね、うちの本当の故郷と言うかルーツみたい所は神戸じゃないの。広島なの」
「へぇ。広島生まれか!」
「ううん。生まれは神戸だけどね。両親が2人とも広島市の出身なの。ただ、それは小さい時から聞かされていたから知ってたんだけど」
「・・・」
「3年前の高校受験の手続きの時、分かったことなんだけど、両親は私の生まれる2年前までずっと広島にいたの。だから今も本籍は広島市」
「そう」
「母に聞いたら、仕事の関係で神戸に引っ越したみたい。その後私が生まれたって訳。私ね、小さかった頃、近所の友達にはお爺さんとかお婆さんがいて、沢山の従兄弟もいて、お正月なんか賑やかで、とても羨ましかったの」
「早乙女にはご両親と弟さんがいるじゃないか?」
「そうなの。私にはそれ以外の親戚がいないのよ」
「えっ?」
「私もね、何故なの? ってしつこいくらいに母や父に聞いたんだけど、お前が高校に入ったら教えるって言われてて、高校1年の時遂に父が教えてくれたの・・・。
親戚は原爆でみんな死んじゃったんだって。 唯一父の弟が戦地に行っていて原爆は免れたんだけど、終戦後戦死の報が来て・・・。遠い遠い親戚はいるのかも知れないけど、父方も母方もみんな死んじゃったんだって」
2人は初めて神戸から電車で西宮に来たのだから、もっと浮き浮きして歩いていても不思議はないのに、彼女はこの告白で気が晴れるどころか、益々気持ちが沈んで行くらしく、うつむき加減に歩いている。橘譲二は何か言わなければと思いながら、どう慰めてよいか分からない。
吐いた言葉は、
「原爆かぁ。酷いもんだね。中学の時、学校で広島に行って平和記念館を見たけど、ぞっとしたのを覚えてる」
だった。
「橘君には内緒で、去年私もそこに行って来たの。展示されていた写真、死体もあれば、全身火傷を負ってベッドで寝かされている人もいる。爪がただれている手だとか、もう見てられなかった。全部私の親戚の人に思えちゃって・・・」
「1人で行ったんだね?」
「うん、ゴメンね。私ね、思ったの。そういう写真を見ながら、もしかしたらあれは父や母だったのかもって。そうだったら私は生まれて来ていない筈だし、こうして橘君とも会えなかったなって。両親が神戸に越したのは原爆の半年前だったんだもの。」
橘は何故か急に彼女が愛おしくなった。彼女に巡り会えた奇跡を感じた。運命を感じたのかも知れない。
橘は立ち止まり、彼女の正面から自分の両手を彼女の両肩に乗せ、瞳を見つめた。
恭子も彼の意図が分かったのか、そっと目を閉じた。高鳴る鼓動に息苦しさを覚えながらも、橘は勇気を奮い立たせるように彼女の唇に口づけしたのだった。
恭子はそのまま橘の懐深く抱かれて行った。橘にとってこれが初めての口付けだった。2人は暫くそのままの姿勢でいたが、やがて恭子の嗚咽が洩れた。
橘は「この娘(こ)は必ず俺が守る」本気でそう誓った。高校3年の秋だった。
* * *
この関西学院大訪問以降、橘譲二は人が変わったように受験勉強に打ち込み、念願どおり関西学院大学商学部に合格、入学した。
橘は神戸の家から通えば通えるが、一旦親元を離れ西宮市内に下宿することを選んだ。早乙女恭子も阪大法学部に見事受かり、希望通り進学した。そして、心配する両親を説き伏せて大阪市内の大学の女子寮に入った。
2人の距離は少し離れたが高校時代と違って時間は有り余るくらいに出来たから何の問題もなかった。大学1年の内は毎週必ず会って、大阪や、たまに京都まで足を伸ばしたりして、様々な場所でデートを楽しんだものだ。
橘がサークルとして選んだのは「関西学院大新聞」総部だった。関西でも伝統あるクラブだ。親父も兄も、かってはそこに所属していた。先輩たちには大手新聞社の社長以下錚々たるジャーナリストがいる。
彼は希望して、いわゆる「報道部」を担当することになった。時あたかも「授業料値上げ反対」の運動が、急速に全学を包むように広がって行った時期だ。「報道部」は、そういう運動の主催者を掴まえて話を聞いたり、大学側の窓口に取材したりするのだ。
それを記事にすることが役割だから、学内に限られるものの、行動は一般紙のそれと異なるところがない。勿論、運動部のいろいろなリーグ戦での戦いや、絵画部やオーケストラの展示会・演奏会などにも顔を出して、記事にする。
しかし、すぐに紙面の半分は当時の全国各地での学園紛争や世論の安保反対記事で占められるようになる。
終章につながるこの物語の原点はこの大学時代の「報道部」の活動にあることを記しておこう。
恭子の方は女子寮に自治会があり、その会計係をやらされていると言うが、当時の国立大学の寮の自治会は、学生運動の拠点だったりするのだが、さすがに女子寮はそういうことはないと恭子は言う。
ところが、いつものデートのある日、恭子が橘に、
「アメリカは一体アジアをどう思ってるのだろう?」ときつい調子で橘に疑問を投げ掛けたことがあった。
「どういう意味?」
橘は聞き返した。
「ベトナムであんな激しい無差別攻撃を平気で行うアメリカの神経が分からないの」
早乙女恭子の言う無差別攻撃とは、アメリカ軍による北ベトナム絨毯爆撃(北爆)のことだ。ジョンソン大統領の米国は、ベトナムがソ連の陣営に組み込まれてしまえば、周辺アジアはドミノ倒しのように次々とソ連化してしまうという「ドミノ理論」で危機を煽り、ベトナムを死守する名目で戦渦を拡大する米国に対して、国際的非難の高まりが見られた時期である。
「君の親戚が原爆で一瞬のうちに消えてしまったのだから、君のアンチ・アメリカは良く理解出来るよ」
「そんなことじゃないの。日本に平気で原爆を落とせたり、北ベトナムを平気で絨毯爆撃出来るアメリカは、アジア人を同じ人間とは思ってないんじゃじゃないかしら」
「確かに。人種差別の要素もあるかもねぇ」
「日本も戦前にはとても酷いことしたけど、今この瞬間、これほど酷いことしてるのは世界中でアメリカだけでしょ。なのに何故、日本政府はアメリカに何も言えないの? 何故、国民は見て見ぬふりするの?」
ベトナムの模様は毎日のようにニュースで報じられていたが、この日本でベトナム戦争反対の街頭デモが起きたという話は聞いたことがないと橘は思った。大学新聞の記者としては「授業料値上げ反対」というレベルの運動を取材している程度で、日本の政治や世界政治への問題意識での新聞作りは「まだこれからかな」と早乙女恭子の指摘に頷かざるを得なかった。
2人は大学2年になった。お互い以前ほど時間が取れなくなり、デートの頻度は減って行った。
あちこちの大学で紛争が頻発し、学内も騒然とした感じになって行く。学生運動も、それまでの学生自治会内で新しい勢力が台頭し「全学連」は遥か昔に死語になり「全共闘」が勢いを増して行く。学生も盛んに街に出てデモを繰り広げるようになって行った。
この頃になると、学内新聞の論調も客観的立場の取材記事というよりも、打倒米帝国主義、ベトナム戦争反対、日米安保条約破棄の論説が紙面を覆うようになる。
橘の所属する新聞部の編集会議は毎日のように開かれ、3・4年生の先輩部員達が長時間議論を戦わせる世界政治討論会の趣になって行く。学内新聞は、この路線を一気に強め、全学の先頭に立つべきだという急進派と、学内世論の両方を客観的に伝える従来路線で行くべきだという穏健派に分かれて連日論争が繰り返された。
2年生の橘にはまだこの論争に口を挟むだけの考えが纏まっていないこともあり、専ら彼等の遣り取りを聞いている他なかった。だが、橘は恋人の早乙女恭子の影響もあり、心情的には急進派の言うことにより頷ける部分が多いと感じてはいた。
原爆で一瞬の内にこの地上から消されてしまった早乙女恭子の親族の無念や、同じように今、ベトナムで一般人が大勢殺されている事実を思い、橘の心も奥は「反米」となって行ったのである。
そして、橘と同じように、1・2生の新聞部員達の多くも急進派支持に傾いて行き、ある日、穏健派の先輩達は全員が席を蹴るようにして退室して行ったのだった。遂に2派による闘争に決着が着いたのである。
それ以降の大学新聞は、正にアジテーション一色の、学内闘争を指揮する学生自治会の機関紙、乃至、宣伝ビラ・アジビラに化して行った。それに嫌気して辞めて行く橘の同級生や後輩も数多く出たが、橘は、徐々に戦闘集団化して行く新聞部の執行部にある種の危険を感じ取りながら、更に、自分は決して執行部の人達のようには過激になれないことを自覚しながらも、退部しようとはしなかった。
自らの「日本はアメリカと手を結ぶべきでない」という考えに忠実であろうとしていたのかも知れない。
* * *
大学2年生の夏。久し振りに会った早乙女恭子は、橘譲二に一泊二日で海水浴に行くことを提案した。
橘は戸惑った。2人はまだキスをする以上の行為には発展していない。それが2人で泊り込みの小旅行などして良いものかどうか。それを見透かしたように恭子は橘に言った。
「勿論、部屋は別々に取ってね。それに民宿だったら学生も大勢泊まってるから変な目で見られないし」
「あ、あ、そうだよな。よし行こう」
その翌週、橘は丁度アルバイトで入ったお金を全額持って、恭子と共に大阪からバスに飛び乗り、2時間強を掛けて日本海側の野田海水浴場に着いた。観光案内によればこの辺りはリアス式海岸で、入江は変化に富んだ風景が一番の特色だという。海水浴シーズン以外の時は人も疎らな漁村ではないかと思われるが、今は8月初め、あちこち大勢の海水浴客で賑わっている。
予約しておいた民宿は、海に面した道路沿いの売店や小さな旅館などの家屋が立ち並ぶ一帯のはずれにあった。
橘は今日からの2日間は、大学の紛争のことも新聞部のことも全て忘れて、早乙女恭子と一緒に海水浴場にいられることをとことん楽しもうと考えていた。
通された部屋は海が正面に広がる絶景の部屋だ。並びの2部屋が橘達に当てがわれた。民宿のおかみさんが言うには、今日は天気が良いので海に沈んで行く綺麗な日没が見られるそうだ。
今、午後2時だ。2人は早速水着に着替えて海に繰り出した。浜辺の海の家からは大きなボリュームで「サウンド・オブ・サイレンス」が流れている。サイモンとガーファンクルが歌う、映画「卒業」のテーマ曲。橘の大好きな曲だった。
考えてみれば、水着姿で2人でデートするなんてこと今まで一度もなかったし、高校時代の体育の時間でも、夏の水泳教室は男女別々の授業だったから、橘が早乙女恭子の水着姿を見るのはこれが初めて。彼女のビキニに近いツーピースの水着と顕わになった曲線美。眩しい。
橘はこの時、妙に恭子を女として意識した。それはそうだ。橘も恭子も共に20歳の夏を迎えていたのだから。
民宿から借りた浮き輪とマットで、2人は波と戯れた。周囲にも大勢の人々が歓声を上げながら泳いでいるが、橘は彼女と手を繋いで波に揺れながら、2人だけの世界になって行くのを感じる。ベトナム戦争も、日米安保条約も、今は遥か遠くの世界のことのように思えた。このまま2人だけの時間が永遠に続けばいいと本心で思った。
ふと、恭子も同じように思ってるだろうか、と橘はそれを確認したい衝動に駆られたが、焼けるような太陽の下ではそんな会話は相応しくないと思い直した。夕方にでもなったら、自分の今の気持ちを伝え、恭子の気持ちを聞いてみようと。
宿に戻り、シャワーを浴び、1階の食堂で他の宿泊客と一緒の夕食となった。
食堂に行ってみると、家族連れが2組、男女の大学生と思われるグループが2組、橘達と同じような若いカップル3組が既に食事をしていた。どうやら一番最後に橘達がテーブルに着いたようだった。民宿のおかみさんによればこれで満室なのだそうだ。宿のご主人がその日に獲った魚を大きな皿に刺身として出してくれる。煮魚もある。兎に角新鮮で美味しい。
そう言えば、民宿の料理は安くて美味しいのだと誰かが言っていたっけ。本当だ。食事が終わると家族連れやカップルは部屋に引き上げて行くが、大学生のグループはどちらも食堂に残り、飲み会を続けるようだ。言葉や話の内容から、大阪の大学生と名古屋の大学生のグループのようだが、既に両者の交流が始まっている。
橘と恭子は、彼等を残して部屋に戻った。時刻は午後6時40分前後だった。おかみさんが事前に「日没は午後7時ぐらい。浜辺や自分の部屋から見ると良い」と教えてくれていたから、他の人達も早めに食事を終えて戻って行ったのだろう。
2人は橘の部屋から日没を拝むことにした。既に太陽は西の水平線の直ぐ上にあり、その辺りから手前まで、太陽が波に反射して、キラキラした光の帯がこちらに向かって伸びている。
黄金の輝きとは正にこのこと。昼間真上にあった太陽は白色だったが、今はその時より大きく赤い。いよいよ太陽の下弦が水平線と接触する。波の音以外何も聞こえず、海は赤に近い金色。幻想的だ。
橘も恭子もじっと見入っていた。太陽は僅かに残す上弦を海に沈めることを躊躇するかのように、最後に強い輝きを放った瞬間、視界から消えて行った。
橘は我に返って恭子を見た。恭子はそれより前から、ずっと橘を見つめていたようなのだ。
言葉は要らなかった。
2人は立ったままきつく抱きしめ合った。恭子は橘の胸の中で、小さな声で呟いた。
「このまま橘君と2人だけでいたい」
「俺もだよ」
橘が確認するまでもなかった。恭子も同じ気持ちだったのだ。橘は胸が一杯になった。
だが同時に、恭子が急に海水浴に行こうと言い出した時の唐突感が、今また「何故?」という疑問形で頭をもたげようとしていたが、「いや、今この瞬間が大切なんだ。理由なんかいらない」と思い直し、疑問を無理やり頭の片隅に押し込めた。
辺りは夜の帳が降り始めていた。静かだ。海は既に煌めきを止め、黒い海に変わりつつある。空は西の方が僅かに赤く残照に染まっているだけで他は暗くなり始めていた。
橘は無性に彼女の唇を求めた。彼女も素直に応じたのだった。橘は昼間見た恭子の水着姿が脳裏に蘇えり、もう我慢が出来なくなって、恭子を畳に押し倒そうとした。
だが、
「待って」
と恭子が言う。仕方なく橘は両手を離した。
「布団を敷くから橘君は、外を見てて」
言うが早いか押入れの襖を開けて、布団を取り出そうとする。
「いいよ、俺がやるから」
「いやよ。橘君は海を見てて!」
「分かった、分かった」
橘は心臓の鼓動の音が一段と大きくなるのを感じながら窓の外を見ていた。背後では彼女が布団を敷く音がする。ファスナーの音がする。布が擦れ合う音がする。
「もういいよ」
恭子の声。橘は振り向いたが部屋の中は真っ暗だ。それでも恭子が布団に仰向けに寝ているのは分かる。
「恭子!」
彼も隣に横になり彼女を抱きしめた。彼女は身に何も着けていなかった。橘も大慌てで着ていたものを全て脱ぎ捨てた。
* * *







