≪高村比呂希 著≫
 
 
 
  (この小説に登場する人物・組織は全て架空であり、実在する人物・組織とは一切関係ありません。 編集部)
 
 
 
 橘譲二は東都損保に入社して、研修後は営業係として城北支店に配属となった。以来、橘は退社するまで約35年間を主に営業分野に従事することになる。

 東都損保のメイン・チャネルは保険代理店だ。従って、新米営業係としては、支店に所属する代理店に出向き、彼等に顔と名前を覚えて貰い、コミュニケーションを蜜にすることから仕事を覚えて行かなければならない。

 最初は先輩の営業係が引き回してくれたが、2回目からは、自分1人で出向かなければならない。ぎこちない訪問が、徐々に様になって行った頃、つまり、代理店からすれば、お客さん扱いの時期を過ぎた頃、代理店の橘に対する態度は実に様々であることが良く分かって来た。

 契約高の低い代理店は丁寧に応対してくれるが、契約高が高い代理店ほど、橘に対してはあからさまに偉そうに振舞う。それは多分、東都の社員を食わせてやってるのは俺だ、1件も保険契約を集めていない新人のお前はそのところをよくよく弁えろ、といった気分なのだろう。

 支店の先輩達を見ていても、大きな代理店に対しては下にも置かない気の使いようなのが分かる。「お客様第一」という標語も店内に張り出されているが、「支店にとってのお客様とは、代理店さんのことである」と明言する先輩も多い。

 入社早々橘が感じたのは、正にこの点がおかしいということだった。東都損保にとって、お客様は保険の契約者しかいない筈。他業界では代理店の役割は会社の営業マンの仕事だ。営業マンが会社の中で、あれ程鷹揚に振舞うことが許される世界なんてあり得ないのではないか、と思ったのだ。

 この疑問は、やがて橘を革新的人物という評価を定着させて行く上で極めて重要な問題認識となる。

 橘の営業マン人生は「代理店が東都損保のお客様」という社内の常識を否定し、「契約者こそ東都損保の唯一のお客様」という考え方と仕事のやり方を確立させる闘いだったと言っても過言でない。そのことを象徴するエピソードが3つある。

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 先ずは最初の配属先城北支店時代。当時損保会社は契約高のシェア競争をしていた。そのために、各社とも増収のための施策を次々に繰り出していた時期だ。

 代理店をメイン・チャネルとする東都損保は、代理店の数を増やすことが最大の増収施策だった。優秀代理店を効率良く、且つ、数多く作るにはそれまでのやり方を変えて、代理店研修生制度というものをスタートさせた。

 金がなく、学歴もない人でも、在庫を持たず、貸し倒れリスクもない保険代理店事業を、3年間保障付きで、社員としてやれるのだ。橘は、新しい仕事を探している若い人が一生の生業にするには持って来いの良い制度だと確信した。

 そして、自分が見出した代理店候補者達と一緒に汗を流し、彼等を戦力化することに全力を挙げようと考えた。既に大きな規模になっているが成長力では高原状態の横柄な既存代理店ではなく、新しい戦力構築で勝負しようと思ったのは橘ならではなかったか。

 橘は営業担当者として全国で一番多い代理店研修生を採用した。若い研修生達は、自分の一生が掛かっているだけに真剣な態度で研修を受け、保険募集活動に当たり、徐々に成果を生み始め、遂には城北支店全体の増収に貢献するに至った。

 その頃、会社は土曜半ドンから土曜日は休みに変わった。だが、成果を上げつつあるとは言え、研修生達は3年間の内に(研修損保障期間)食べて行けるだけの契約募集を達成しなければ行けない。みんな必死だ。彼等は土曜日を休んでいられる身分ではないのだ。橘は、自分がこの世界に誘い込んだ責任もあり、土曜日も出社日と決め、彼等の相談に乗り、一緒に顧客への提案内容を固めたりもした。

 彼等が支店の一大戦力となって行くに連れ、既存代理店達も刺激を受け、支店全体が活性化して行った。この代理店研修生制度を打ち出した本社の所管部門も、この城北支店の取り組みを大変好ましい事例として、全社に紹介するなど広報したこともあって、当時、橘は平社員ながら「時の人」となったのだった。

 既存代理店頼りでは、支店全体の成長力にならないことを見抜き、新興勢力を作り彼等と一緒に顧客に向かって汗を流した橘を一躍有名にした最初の業績だった。

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