≪高村比呂希 著≫ 
 
 
 
 
 その頃、橘は東京で高校時代の同期の同窓会に主席している。当時、彼の通った高校は共学になって間もない頃で、元は神戸市有数の女子高だった。元々少ない男子の中で神戸から東京にまで出て来ている者はもっと少ないから、10数名のこじんまりした同窓会だった。

 その中にマンドリン・クラブで一緒だった当時指揮者の唐沢剛がいた。彼は神戸大から大阪の家電メーカーに就職し、海外勤務などを経験した後、1年前、東京支社の営業課長として単身赴任して来たのだと言う。橘が唐沢と会うのは高校卒業以来だった。

 懐かしい昔話で盛り上がった後、唐沢は、早乙女恭子の消息に触れた。

「早乙女、頑張っとるよなぁ」

 当時、橘と早乙女の仲の良さは、クラスのみんなに知られていたから、唐沢も当然自分より橘の方が早乙女の現在の消息に詳しい筈だとする言い方だった。

「えっ! 早乙女は今何してんの?」

「何? お前、ホンマになんも知らんのかいな?」

「うん。正直言えばな、大学2年の時に彼女と別れてもうて、それ以来何も知らないんよ」

「へえ。そうやったんか? だけど、高校3年間に大学2年間か? 5年も付き合った元カノやろ? ちょっと冷たいんとちゃう? まっ、いいや。彼女な・・・」

 唐沢の話では、早乙女恭子は大学卒業後、何年掛りか大分苦労して弁護士になり、数年前には、兵庫県の県会議員に当選したと聞かされた。所属政党は日本革新党だと言う。

「そうか。恭子が弁護士か。県議会の議員さんか!」

 早乙女恭子は、卒業後、全共闘のメンバーだったことが災いして、なかなかまともな職には就けなかったと風の便りで聞いていたから、このことを知って橘の心も軽やかになる思いだった。

 その日の同窓会終了後、橘は唐沢に誘われ、四谷のとある生演奏が聞ける店に連れて行かれた。中に入ると、奥のステージと思わしき場所に、ドラムセット、アップライトのピアノ、ウッドベースなどが置かれており、手前は7~8人掛けのカウンターと、ボックス席が2つあった。

 従って、15~16人も入れば一杯になるかと思われる小さなライブ・バーだ。だが、小さいながらもオーク材で統一したインテリアは結構高級感を醸し出している洒落た店だ。既に7~8人の客がいた。

 唐沢の説明では、この店のママがオーナーで、彼女は自分達と同じ、兵庫県立夢ヶ丘高校の3年先輩なのだと言う。しかもマンドリンクラブの先輩だそうだ。

「いつも唐沢さんが会社の同僚やお友達を連れて来てくれるので大助かりなんですよ。でも母校のマンドリンクラブの方を連れて来て下さったのは初めてです」

と、橘に告げながら名刺をくれた。橘も名刺を渡した。ママの名刺には「音楽とお酒とくつろぎの店 Bフラット 秋川レイ」とある。

 ママを交えて3人でウィスキーの水割りで乾杯したあと、ママと橘が話している時、唐沢は馴染みの客なのだろうか、近くの人と何かしゃべっていた。暫くしたら2人が席を立ち、1人がドラム、1人がベースの位置に着いた。

「ママ、じゃ何曲かやるね」

と言って唐沢がピアノの椅子に座った。

「えっ! 唐沢、お前が演奏するの?」

 橘は驚いた。マンドリンやギターでなく、ピアノを唐沢が弾くというのは予想外だったし、店の客の前で演奏する腕前だった、というのが一番の驚きだった。

「え~、僕の高校時代の友人がこの店に初めて来てくれたので、彼に1曲プレゼントしたいと思います。曲は『素敵なあなた』、バイ・ミア・ビスト・ドゥ・シェ―ン」

と、唐沢がマイク越しにしゃべって直ぐ演奏を始めた。ジャズだ。ピアノ・トリオ。唐沢がピアノをやるなんて、ジャズをやるなんて、全く知らなかった。上手い。ドラムもベースも堂に入ってる。プロだろうか? 

 ジャズを3曲ほど演奏して戻って来た唐沢に聞いたら、他の2人は、一応プロだそうだ。一応と言うのは、音楽だけで食って行くのは無理なので他の仕事を持ちながら、いろいろな店で演奏をしているということだ。

 唐沢は大学時代、神戸大のジャズ研究会に所属してジャズ・ピアノに本格的にチャレンジしたんだと告白した。なるほど。