≪高村比呂希 著≫
 
 
 
 
 結局、早乙女恭子は10月になって青柳慶子の事務所を訪れた。アポイントメントの時間に訪問したのだが、青柳は留守だった。支援者に呼ばれたり、何やかやで急な用事が入ることはごく普通にあるらしい。

 秘書役の男性が、代わりに応対してくれているが、何となく忙しい中訪ねて来た余計な訪問者と思われているような気がして、落ち着かなかった。

 彼は、ちょくちょく掛かってくる電話に出ながらの応対だった。やはり、ここでボランティアとして働かせて貰うのは、やめようかと考えていたところに青柳慶子が帰って来た。

「貴女が早乙女さん? 折角来て頂いたのに出掛けててすいませんでしたね。貴女のことは滝田先生から詳しく聞いていますよ」

 年の頃ははっきりとは分からないながら、30代半ばと言ったところだろうか。

「宜しくお願い致します。滝田先生に青柳先生を訪ねて選挙を実体験してみたらどうかと言って頂いたのでお訪ねしました」

 青柳はコーヒーを2つのカップに注ぎ、応接テーブルに置いた。それを恭子に勧めながらソファーに腰掛けた。恭子もそれに従った。

「全共闘の闘士だったんだってね?」

「はい。実は私・・・」

「いいの、いいの。全部先生から聞いてるから。実は大学院の時に60年安保闘争が始まってね、私もね、全学連の闘士だったのよ」

「え? そうなんですか!」

 青柳慶子の大人っぽい色気と、そして、堂々とした振る舞いと、全学連とがなかなか結び付かなかったが、恭子はその一言でどれだけ励まされたか知れない。

 早乙女恭子は今、自分が属していた組織、全共闘がなくなってしまい、自分は根無し草のようだと感じていたのだが、ここに10数年も前に同じことを感じた筈の女性がいる。その女性は現在、弁護士で衆議院議員。勇気が湧いて来る思いがした。

 早乙女恭子は早々と決心し願い出た。

「ボランティアで、先生の選挙のお手伝いをさせてくれませんか?」

「交通費と日当くらいだったら何とかしてあげられると思うけど、何せ貧乏事務所だから、その点は含んどいてね。早乙女さんは4年生なんでしょ。就職はもう決ってるの?」

「いえ、全共闘のメンバーを雇ってくれる所なんてありませんから」

「それはそうね。私の時もそうだったわ。気にしない気にしない、人生なんて何とかなるものよ~」

 青柳慶子の性格は体裁を気にしない明け透けの性格、だから、新人ながら国会での政府失態に対してあれだけ舌鋒鋭く追及出来るのだろうと恭子は思った。自分に似たものを彼女に感じた。その日から、青柳事務所のスタッフとして働き出した。

 恭子が担当した仕事は、実に多種に亘った。彼女と党首の写った写真入りのチラシの原案作りと印刷会社への発注・校正、支持者への電話連絡、事務所での電話受け、地元のイベント調査と青柳の出席スケジュールの調整、選挙カーのレンタルなどだ。

 選挙戦に突入すると恭子自らが選挙カーに乗り込み、うぐいす嬢を買って出た。彼女の声が良く通るのと明るい印象が支援者達に大変好評だった。

 道行く人達に白手袋で手を振っていると、つい最近まで無関係な遠い世界と思っていたところに、今、自分が身を置いている不思議さを感じながら、日々、青柳慶子に感化されていく過程を楽しんでいた。

 だが、選挙は水もの。選挙終盤の票の読みでは、健闘はしているものの、当選ラインには届かないという調査会社の報告が上がって来た。

 事務所は以前にも況して緊張感が走った。今回は全国的に野党陣営、特に革新党は苦戦しているとの新聞報道もある。その原因は、過激化する全共闘による末期的大学紛争に対する批判が、学生運動と相通ずるものがある左派勢力に向かい、革新党は大きく得票を落とすだろうとの予想だ。

 様々な名簿を元に、戸別電話入れで投票を頼んだり、様々な会社の労組を訪ねてお願いに上がったり、打つ手を全て打った。分刻みの街頭演説。中央から党首級の人物が応援演説に加わる。

 青柳慶子の声も、応援演説の声も擦れている。さすがの早乙女恭子のよく通ると言われた声も擦れたため、他の女性に選手交代をして貰うなどして、最後の最後まで激しい戦いを強いられた。

 選挙戦は終った。即日開票が行われ、テレビでは特別番組が流されている。次々に「当選」や「当選確実」が報道され、当選者のインタビューがリアルタイムで流れる。

 戦前の予想通り、全国的に左派政党は大苦戦し、自民党が大きく議席を伸ばす勢いだ。大阪2区は2名の定員で、既に、自民党現職のトップ当選は決っていて、2つ目の議席をもう1人の自民党の候補者と青柳慶子が争っている。

 夜11時を過ぎても、決着が着かない。開票率40%でも拮抗しているからだ。テレビでは解説者が、「大阪2区は元々革新勢力の強い地盤だが、自民党現職がトップ当選というのも珍しい上に、万一、2つ目の議席も自民となれば、これは歴史的な出来事と言えます」などと言っている。

 選挙事務所にはスタッフや後援者が大勢集っているが、みんな祈るような気持ちなのか、私語が少ない。青柳慶子は当落がハッキリしたら事務所にやって来ることになっているのだが、この分ではまだまだ先になりそうだ。やきもきする気持ちは耐えられないほどではないかと、早乙女は青柳の気持ちを思いやった。

 夜11時40分、民放が「青柳慶子当選確実」を放送した。選挙事務所は大歓声に沸いた。だが誰ともなく、「まだ分からん。NHKが出すまでは分からんぞ!」との声。

 再び静かになったが、その5分後、遂にNHKが「当選確実」を出した。選挙事務所に青柳が登場し、満面の笑みで万歳三唱、挨拶、テレビ・インタビューとなって行き、会場全体がお祭りのような状況となった。

 早乙女恭子は、生まれて初めて味わう勝利の喜びに浸って行った。そして、これが自分の新しい戦い方かも知れないと思った。即ち、早乙女慶子が初めて政治活動を今後の己の生き方かも知れないと捉えた最初の場面だった。

 丁度、革新党は平和憲法を守り、自衛隊の存在を認めず、アメリカのベトナム戦争には反対を表明、国内に於いては国民の生活向上を掲げていた。それは自分の主義主張と完全に一致している。青柳先生を今後師と仰ごう。恭子の意思は固まった。

 以降、早乙女恭子は正規の秘書の部下のような、秘書見習いとして、勝手に行動を始めたのだった。
 
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