≪高村比呂希 著≫
少額短期保険会社は、年間売上げ50億円以下に抑えられる小さな保険会社だ。考えてみれば、既存の生損保会社と比べると、象と蟻ほどに違う小さな零細保険会社だ。
これはここ数年やって来た、中小零細企業の再生事業と同じではないか。その世界では業種の如何を問わず立ち向かって来た筈ではないか。
更に言えば、六本木「ひさご」での金融庁キャリアの阿久津紀夫との会食で、無認可共済撤廃・少額短期保険会社の設立に関する情報に接した時、いずれは自分がそれを立ち上げることになるかも知れない、という予感めいたものを感じたのではなかったか。
橘はこうして気持ちの整理を付け、自分の心のどこかにある、完全燃焼出来なかった保険の世界へのリベンジの気持ちに、遂に、気付いたのである。
橘にとっては保険事業への回帰に他ならないが、この会社を一人前にすることを、自分の人生の最終章、ラストランとすることに定めたのだ。
その後、紆余曲折を経て、橘が社長を務める「共感ネットワーク少額短期保険会社」がスタートした。
2008年4月には準備会社を作り、夏前から3ヶ月間の当局との折衝の後、認可が降り、2008年11月、無事営業開始に漕ぎ着けたのであった。
この会社の出資会社(株主)は、「有機野菜を守る会」のほか、3生協等となっている。従って当面のマーケットは「守る会」と「生協」の会員ということになる。資本金7千万円でのスタートだった。
保険商品は医療保険であるが、特約に生命保険と損害保険を組み合わせた日本初の保険商品である。保険料は、既存生損保・外資系、どこと比べても最も廉価な保険である。それは、マーケットが生協ルートに限定されているため、会員顧客層が良質であるからに他ならない。
社員は10名でスタートした。うち60歳以上の社員3名、60歳目前の人4名、それと40歳代3名という構成だ。
前者7名はいずれも橘と同じ出身会社で夫々の道のベテラン揃いだ。
これはコストを思い切って抑えるという必要に沿ったということもあるが、寧ろ橘の持論である、団塊世代の現役卒業組みは、培ったノウハウを何かで活かすべきとの方針から、平均年齢の極めて高い会社が出来たのである。
橘は、少額短期保険会社の限度額である、売上高50億円を2年で達成して少額短期保険会社から脱し、生保と損保両方の保険を扱える日本で初めての正規の保険会社になることを旗印とした。
社長を引き受けるに当って橘は、それまで手掛けて来た再生事業の片手間に出来る仕事ではないと、これまで手掛けた全ての事業から手を引いた。個人出資は続けるが、経営者のポストを生え抜きの信頼の置ける者に譲り、また、一部の会社については完全売却して整理した。
但し、「日本SIS」については、金子社長の断っての願いで、会長職に止まった。「日本SIS」は既に東証二部上場を果たし、優良企業として、株式の初値は出資額の時価総額は10倍以上となり、その後も、市場の評価は高く、順調に株価を上げていた。今や、システム関係の雑誌などだけでなく、経済紙は勿論、テレビ番組などにも、ベンチャー成功企業として、取上げられることが多くなった。必然的に、会長・社長のマスコミへの露出度も高くなっていたが、今後のマスコミへの登場は一切金子に任せることにして、田代はこの新設の保険会社の経営に集中することにした。
橘61歳。兎にも角にも橘の最後の大勝負、ラストランの幕が切って落とされた。
* * *
しかし、その頃、世界経済も日本経済も惨憺たる状況に悪化していた。
橘の「共感ネットワーク少額短期保険会社」が設立される前年の夏には、米国のサブプライム・ローンのバブル崩壊から世界が不況になり、2ヵ月前には、米国の「リーマン・ブラザーズ」が倒産して、世界経済は不況から一気に「恐慌」へギアチェンジしたかの様相を呈した。
日本で毎年毎年空前の利益を挙げていたあの「AIG」が、サブプライム・ローンの保証業務を幅広く行なっていたため、それらの焦げ付きによる膨大な支払いが「AIG」を襲い、倒産不可避の状況となった。
だが、「リーマン・ブラザーズ」を倒産させて世界恐慌の引き金を引いた米国政府としては、「AIG」までも倒産させたら、それこそ世界中を予測不能のパニックに陥れるとして、公的資金の投入で問題の発生を局所化・極小化する努力をしている。しかし、専門家達は、
「その投入額では焼け石に水で、多分、その30倍程度の投入をしないと、世界パニックは避けられない」
と警告する。
日本は、15年に亘る長い長いデフレ経済から漸く脱出し、やっと明るい兆しが見えたかなと思ったら、またも奈落に突き落とされたようなもの。
おまけに、麻生内閣のぶれにぶれた経済政策が後手に回るから、サブプライム・ローン問題を起こした米国よりももっと酷い経済状態と社会不安に陥ったのである。
橘の船は、そんな最悪の経済状況の中を、出航したのだった。あたかも、荒れ狂う海に小船で乗り出すが如くに。
そして、明くる年の2月、アメリカでは全国民の圧倒的支持を受けてオバマ大統領が誕生し、同じ年の9月、日本では旋風どころか未曾有の地すべり的な衆院選結果により、自民党が下野して、民主党鳩山総裁が誕生した。







