≪高村比呂希 著≫
 
 
 
 
 「プロジェクトJ」(PJJ)のスタートから4年後の2009年の初秋、1人の若い才女が加わった。

⑤    箱崎綾(同33歳)。

元米国経済紙記者、現在経済評論家として活躍中。

 

 彼女は、慶応大学経済学部を卒業し、将来は国際金融に関わりたいとの夢を胸に、父親の友人でもある都心の個人会計事務所に見習いで入った。

 その一年後、訳あってアメリカへ留学。ハーバード・ビジネススクールへ。卒業後、金融コンサルティング会社勤務を経て、ニューヨークの有名経済雑誌社「ウォール・ストリート・ジャーナル」の記者に転身した。

  彼女の独特な取材方法と緻密な分析力で記す「ウォール・ストリート・ジャーナル、月刊金融レポート」は、いつもアッと言わせるほど、業界のプロたちにも評判で、圧倒的な読者フアン層を持っていた。

 彼女の持つ人知れない武器は、天才的なインターネット操作の活用にある。

 企業情報を検索するために、彼女の秘密のコンピューター画面では、取材企業の核心部分に如何ようにでも侵入できる。

 まるで大波を鮮やかに乗りこなすプロのサーファーのように。ほとんどの「ファイアー・ウオール」なら乗り越えられるし、潜り抜けられる。忍び込めないシステムはないと言っていい。

 更に、初めの段階から自らのパソコンからターゲットにアクセスするのではなく、必ず誰も知らないある組織のサイトを経由して侵入するよう心掛けた。ものの3分もすれば相手のパスワードを突き止め、さらに別の「レッド・ウオール」を構築する。自分の存在は100%知られることがない自信もあった。

 しかも、ハッキングにより取り出したインサイダー情報は、金融界の不正暴露の情報として検討素材にはしても、非合法的なビジネスには決して利用しない。

 ご都合主義的な正義と言えなくもないが、特に疑問は抱いていない。念には念を入れて、不法に入り込んだ痕跡を一気に破壊するトリガーリードも必ず残す。

 

 しかし、そこに「落とし穴」があった。

 2007年7月。

 窓辺のコンポからは、バーバラ・ストライサンドの「ウィズ・ア・ソング・イン・マイ・ハート」の軽やかな歌が流れている。

 ここは、ニューヨーク、ハドソン川の畔。箱崎綾が暮らす個人マンションの一室。

 NBCの最も親しい友人経済記者のインタビューに応えている綾の声には、自信が満ち溢れていた。

「私が23時間不眠で記したこのレポートが、明後日の『ウォール・ストリート・ジャーナル』に掲載されれば、世界の金融界を一気に震撼させるでしょう。私には迷いはありません。遂にこの時が来たのです」

「過去1年に亘り、法スレスレの、ハッカーまがいの調査までしてきたこの事件は、いまや間違いのない真実となったのです。勿論、裏付けも取りました」

「金融閣僚と一部金融界上層部の画策によるITバブルや住宅バブルの発生。それによりもたらされる金融ビジネスの活性化と巨大な利益」

「まるでマフィアかと思わせるマネーロンダリング。政府官僚の裏工作および金融閣僚への汚職。かくも国際金融の実態は凄まじい様相に変貌していたのか?」

「振り返れば、現在の金融至上主義には分刻みで事が起こり、今、アメリカは、否、世界は崩壊に向かっています」

「まるで映画のようです。もっとも映画と違って、身の危険を感じつつ、徹底的に調査し、事実のみを記述して行く私には、脚本がありませんが・・・。」

「だから想像を交えないで、事実のみを記しました。明後日の発売を楽しみにしてください」

 突如として起こった「ウォール・ストリート・ジャーナル」の前日発売中止事件。

 この鮮烈なスクープ記事とA・Hakozakiに対する独占インタビューは、全米のマスコミ界のみか世界の金融界をアッと言わせるほどのインパクトがある筈であった。

 金融工学のカラクリを暴き、1年後の世界金融恐慌を、当時既に予測していた記事は、しかし、アメリカ財務省と金融界の影のフィクサー達や、何よりも「ウォール・ストリート・ジャーナル」社のトップの判断により、この記事の「抹殺」が画され、記事掲載雑誌の発売までもが前夜になり急遽中止された。

 当然、若き編集長と箱崎綾はこの業界から消された。

 あのNBCインタビューは、暴かれたくない側がグルで行った最終確認だったろう。

 彼女の書いた記事内容と共に、どこまで知られたかを彼女自身に語らせる必要があったのだ。

 しかし、発売中止、放送中止にも拘らず、一部の若手経済記者達には、その記事のコピーは出回った。

 

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