≪高村比呂希 著≫
2008年の8月のある夜、失意のまま日本に帰国していた箱崎綾は、親しい友人から橘譲二のことを紹介され、友人を交えて、橘と会うことになった。
3人は渋谷のセルリアンホテル最上階のレストランで食事をしながら話をした。
綾は自分でも不思議なくらい、良く喋った。自らの過去の経歴やら、市場を騒然とさせた「ウォール・ストリート・ジャーナル」事件のその後、日本経済の今後予測など、綾1人が話していた印象だ。
きっと、綾は橘に、今は無き父の姿を見たのだろう。そして、久し振りに、頼りになる男性に会えたと思った。
箱崎綾の父は、兜町では知る人ぞ知る昔気質の相場師だった。高級住宅地の渋谷松涛に居を構えるくらいの資産家であったが、ある日、市場がいずれかに大きく振れるのを確信した父は、とてつもない酷い失敗をしてしまう。
それを挽回すべく、応援していたある政治家の助言に従い、最後の望みを賭けた大量投資が再び暗転。巨万の富を失い、その後、妻と娘を残して自殺する。
箱崎綾と会った橘の方は、この日の会話から、綾の優れた感性を察知し、その才能を日本で活かせるように、「日本SIS会長」として自分の記事が掲載された経済誌や、自分が出演した放送局の知人に紹介してやろうと考えていた。
特に彼女が、「ウォール・ストリート・ジャーナル」の記事で述べようとしていた、サブプライム・ローンの問題は、彼女の見通しの通り、昨年(2007年)夏頃から、表面化し、世界不況に入った感がある。
更に、彼女に会った翌9月、「リーマン・ブラザーズ」の倒産で、サブプライム・ローン問題は一気に世界恐慌に発展したのであった。
先月、橘は箱崎綾自身が書いた「ウォール・ストリート・ジャーナル」の記事のコピーを貰っていた。そこにはこう書いてあった。
「・・・その1年後には、この証券を大量に保有する証券会社や、ローンの保証を受け持つ保険会社が最悪の結末を迎えるだろう」
橘は、別のルートからの情報で、約1年前に「AIG」のローン保証の破綻予測を入手していたが、今回の「リーマン・ショック」を正確に言い当てた箱崎綾を凄いと思った。
このこともアピール・ポイントとして、各方面に当ったところ、テレビ東京が経済ニュース番組の中で、彼女を経済評論家として起用したいと言って来た。話はトントン拍子に進み、11月からの番組出演が決った。
それは奇しくも、橘の生涯最後の大勝負と位置付けていた「共感ネット少額短期保険会社」の創業の時と重なった。
橘も、箱崎綾の活躍を励みに自分の事業に闘志を燃やして行ったのだった。
橘は、いずれ彼女を、「プロジェクトJ」に加えようと考えていた。
* * *
橘が興した「共感ネットワーク少額短期保険株式会社」は、開業まで当局と折衝に多大なエネルギーを費やして、その甲斐あって、通常1年~1年半と言われる少額短期保険会社の設立申請から認可までを、3ヶ月という異例のスピードで通過し、最初の保険商品となる医療保険では、既存の保険会社の約半額という料金を認めさせるのに何度も当局の窓口に日参し、遂に粘り勝ちを収めた。順調そうに見えた滑り出しも、どっこいそうは行かず、橘達を大苦戦が待ち構えていた。
最初の半年間は、世の中が100年に1度の金融世界恐慌という最悪の状況の中、契約数は計画を大きく下回り、なかなか軌道に乗らず、途中で1、2度、株主の「守る会」や生協に増資をお願いして食い繋ぐなど、正に綱渡りを強いられた。しかしそれもやっと、生協の会員に「共感ネット」という保険会社が認知されるに従って、保険の内容の良さとどこよりも安い料金が理解され、上向いて行った。開業から10ヶ月後、会社は決して楽ではないが、橘初め10名の社員達はやっと一息吐けたのだった。 ところが、これと並行して、この10ヶ月間、橘は身をもって日本経済の深刻さを感じざるを得なくなった。それは、以前、橘が手掛けた中小零細企業再生事業で、何とか再生が成って、既に自分の手を離れた企業11社中7社が倒産に追い込まれたのである。
橘も新設保険会社を軌道に乗せようと必死で、そちらまでとても手が回らず、仕事で近くまで行った時に寄って様子を伺うくらいしか出来なかった。だが、訪問して現経営者に会える方が稀だった。
印刷会社再生で、機械と従業員を引取って貰った、当時絶好調だったあの会社も例外でなく、倒産していた。玄関には2ヵ月も前の「休業」のお知らせと挨拶文が貼られたままになっていた。中に誰もいる気配がないので、近所の家で聞いてみた。
「あのー、すいません。そちらの印刷会社を訪ねて来たんですが、社長さん達はどうされたんでしょうかねぇ」
「貴方さんも債権者の方ですか?」
「いえいえ、単なる知り合いなんですが」
「ああ、そうですか」
その家の主婦と思われる婦人は、少し安堵した表情になり、声をひそめて語った。
「会社が倒産して、1ヶ月前くらいまではこの当たり大騒ぎでしたよ。取引先やら出資者やらが押し掛けてお金を払えってそりゃぁ大変でしたよ」
「社長はそういう人達に丁寧に対応していたと言うことですか?」
「そうだと思います。この土地が売れたら必ずお返ししますとか、深々と頭を下げていましたよ。でも売れなかったみたいだし、元々銀行の担保に入っていたらしいから、誰にも信じて貰えず、何日も何日も押し問答がありましたね」
「それで今は?」
「分かりません。もう1ヶ月も誰もいませんから」
「夜逃げしたということですか?」
「そうなんじゃないですかねぇ。最近は時々ネクタイ・背広姿の人を見掛けますが銀行の人ですかね。土地建物は銀行に抑えられているみたいですが、こんな経済状況じゃ誰も買い手なんていませんよね」
「小学校のお子さんが2人いましたけど」
「可愛いお姉ちゃんと弟の姉弟でしたけど、今どうしているんでしょうかねぇ」
「いや、ありがとうございました」
橘は、心の底から怒りにも似た悲しみが沸き起こった。引取って貰った5人の職人さんはどうしているんだろうか。失業後、即、青テントか。出来れば生活保護を受けていて欲しい。社長一家も、何とか無事でいて欲しい。最悪の事態がどうしても頭を掠め、そう願わずにはいられなかった。







