≪高村比呂希 著≫ 
 
 
 
 
 最後に、橘はこのPJJ「プロジェクトJ」を改名して「プロジェクト・ファイブ」(通称PJ5)にしたいと提案して、承認された。以前から橘は自分のニックネーム「JT」の入ったプロジェクト名が気に入らなかったから、これでスッキリしたのだった。

 

 早速その日からPJ5は「日本再生」に向けた議論に入った。

「世界的に見ても3年で4人も5人も首相が変わるなんてあり得ない」

「そうだよね。そんなコロコロ変わる当番制みたいな首相では、外国の代表も誰と話せば良いのか分からないよね。日本の信用に係わる」

「これまでに何回も自民党総裁選をテレビで見せられたけど、それがどんなに盛り上がっても、見てる側には全く関係ないんだよね、その選挙は」

「国民が投票出来る訳じゃないのに、候補者も何であれ程テレビで視聴者に訴えようとするかねぇ?」

「自民党は長い間、話し合いで総裁を選ぶというやり方をして来て、それを密室で決めたとか批判されたから選挙で決めるという風に変えたんだけど、テレビで候補者が幾ら、自分が総理大臣になったら、とか政見を披露されても、こっちに投票権がないんだから意味ないよね」

「ここ何代か、行き詰ると政権を投げ出す総理大臣が続いたけど、そんな無責任がまかり通るのは、本人の資質もさることながら、何か政治の仕組みが悪いんかな?」

「確かにね。そういう無責任な人が選ばれてしまうのは制度に問題があるかもね」

 良い悪いは別として、何年か前の小泉首相は強烈なリーダーシップを発揮して、いろんなことを変えて行ったことは、全員が認めるところだ。

 世の中が安定している時は、首相のリーダーシップなんてさほど必要がないが、時代の変革期や激動期、大不況期には強いリーダーが求められる。ここ何代かの首相交代の間は正にそういう時代だった。

 にも拘らず、何もしない政府、何もリードしない首相だったことが日本の不幸だった。

 橘が涙する事態は、一国のリーダーがもっと大胆に、もっと迅速に政策を打ってくれたら避けることの出来た悲劇だ。

 そういう意味でも、彼等歴代の首相達は、一家心中したり失踪したりした人達に対して、一遍の責任を感じているのだろうか? 感じてなどいまい。

 橘譲二は言った。

「この無責任政治を終わらせるには、アメリカのように、一国の大統領を国民が直接選べるようにしないといけないのではないか?

 国民から選ばれた大統領だから、他の政治家や官僚よりも大きな権力を与えられ、国の舵取りをすることが出来る。

「国民から直接選ばれた大統領だから、彼のロイヤリティーは、党ではなく、国民に対してのものになる。国民に対して大きな責任意識を持つ。

 「そして何より、1年間という長丁場の選挙戦を勝ち抜いた者しか大統領になれない仕組みは、間違ってもいい加減な人間が選ばれることはないのではないか?」

 箱崎綾がアメリカの政治体制・政治事情を話し、こう付け加えた。

「橘さんの仰ることは90%当たっていると思いますが、問題点もあります。例えば、現職の大統領に万一のことが起きたら副大統領が大統領に就きます。その人もダメな時は下院議長というように非常事体制が決っています。ケネディー大統領が暗殺された時、ジョンソン副大統領が急遽大統領になりましたね。ニクソン大統領辞任のときはフォード副大統領が大統領に就任しました

 この場合、その大統領は国民から選ばれた訳ではないので、国民との約束は何もしていません。約束を果たすという責任がないと言えるので、その点では問題かなと。特に、大統領が就任直後に執務不能に陥ったりしたら、4年近くも、国民に選ばれない人が大統領を続けることになってしまいます」

 金子順が発言した。

「そういう点はあるにせよ、逆に言えば、死亡するとか執務不能にならない限り4年間は大統領を代えない、仮に代わっても前任者の任期一杯は大統領として遣って貰うというシステムですよね。日本のように嫌になったら投げ出すなんてこと、そもそも許されない仕組みというのが良い」

 兵頭一樹が、民度が高ければ、選ばれる政治家も厳選されて行くという持論を述べる。

「やはり、アメリカ大統領戦の最も良いところは、国民の直接選挙だという点だと思うね。これはね、橘さんが言うように、選ばれた側の国民に対する責任感や資質・能力が高いということに加えて、選ぶ方の責任もまた大きい

 だから、一般国民の政治に対する関心も高くなるし、国民一人ひとりが良く考えるようになることも見逃せない点だと思うよ。民度が上がれば、選ばれる人間もそれに相応しい人になると思う」

 安田克彦が問題提起をした。

「そもそも、日本の首相選びはどうして間接選挙になったのか知っていますか?」

「明治維新後、先進諸外国に学んで議院内閣制になったんでしょう?」

 誰かが答えた。

「確かにそうだが、基本的にイギリスやドイツは今も第一党の党首が首相を務めています。日本も同じですよね。でも、かの国では、毎年首相が交代するような事態になっていません。何故でしょう?」

 箱崎綾が答える。

「ドイツの場合は簡単に議会を解散出来ないような仕組みになっているからじゃないですか? 連邦議会で、内閣不信任案を採択する時は、同時に新首相の選出をするという『建設的不信任制度』を採用しているので、議会で内閣不信任を受けてしまうと、同時に解散権も失ってしまう」

「逆に、首相の信任決議が否決された場合のみ、連邦議会を解散出来るという制度なんですね。このため、内閣が議会を解散して総選挙に持ち込むには、与党議員にわざと内閣信任決議案を否決させるという奇妙な手を使うしかないんですね」

「箱崎さん、良くご存知ですね。昔、ドイツはやたらと内閣不信任案が通って倒閣運動に晒され、安定政権が出来ないことがあって、その反省から、内閣不信任案がそう簡単に議会を通らないようになったんですね」

「でも、そういう歴史的経緯もありますが、本当は、党首となる人の能力や資質がずば抜けているからではないですかねぇ。イギリスを例に取れば、日本と違って、『地盤、看板、カバン』はなくても、誰でも立候補出来る仕組みになっています」

「それに、選挙に立候補するために仕事を辞める必要はないし、落選してもその日から同じ仕事に復帰出来る。選挙資金も寄付(税額控除)が認められており、立候補するための壁が日本に比べて遥かに低いので、幅広く優秀な人材が政治家を目指すようです」

「党首になるというのは、そういう優秀な党員の中を勝ち上がってナンバーワンの座に着き、第一党の党首が首班指名を受けるのだから、凄い人間です。簡単に政権を放り投げるようなメンタリティーではない筈ですよ」