≪高村比呂希 著≫ 
 
 
 
 
 橘は、自分の考えを語り始めた。

「何故日本の政権はこれほど無責任なのか。私の考えを聞いて貰いたい」

「私は、日本の最高責任者は一体誰なのか、判然とさせて来なかったちょっと珍しい国ではないかと思っているんです。今でも、それは首相なのか、与党のボスたちなのか。政策を決めているのは、内閣なのか、与党なのか、官僚なのか。一体誰が責任者なのか訳分からない」

「これは、明治以来の日本独特のやり方なんだと思いますが、一国の強力なリーダーの登場は殆ど無かった。明治以降の天皇ですら、国政に直接タッチ出来なかった」

「歴史を遡れば、もしかしたら織田信長以降、名実共に日本の最高責任者、乃至、最高指導者と言える人は存在しなかったのかも知れない」

「権威や武力を利用して、大衆の中に上意下達の精神構造を作り上げることが大事で、それさえ作ってしまえば、1人の傑出したリーダーは必要としない政治体制だったと言えるかも知れません。指導層は、いわゆる集団主義とか、コンセンサス主義と言われる日本的指導体制が主流を成したし、バブル以前までは確実に、一般国民に「お上意識」のDNAが色濃く刷り込まれていました。これは一般大衆が『お上』を畏れ、『お上』に過ちは無い(無謬性)と思い込まされていたことでもあります」

「従って指導層は、何かで間違って責任を取るということはあり得ないことになり、いつしか国に対して責任を取る、責任を持つという意識が無くなって行ったのではないかと思います」

「それが証拠に、あのバブルを招きバブルが崩壊して日本経済が致命的打撃を受けたことに対して、政府の誰が、官僚の誰が、日銀の誰が責任を取ったでしょう?」

「プラザ合意で日本の大蔵大臣と日銀総裁が米国の要求通り、ドル安円高誘導容認・内需拡大のための超低金利政策実施を日本だけが飲まされて、急激なバブル経済に突入して行ったのに、です。責任を取らされたのはあくどい商売をした不動産屋か大穴を開けた銀行員だけです」

「もう1つ例を挙げれば、70年前、あの太平洋戦争を始め、日本国民や近隣諸国の膨大な数の人の命を犠牲にし、日本を敗戦に導き、国民を塗炭の苦しみに直面させた最高責任者は一体誰だったのでしょうか」

「ドイツのヒットラー、イタリアのムッソリーニのような、明確なリーダーの顔が見えない日本の体制。結果が悪かった時、責任を免れるには大変便利な体制です。東条英機だという人もいるかも知れませんが、戦争中の一時期首相だったということで、日本を戦争に突入させた最高責任者と言うのは当たらないと思います。戦争に突入した時の首相だった広田弘毅かというと、軍部に抗し切れなかったという責任はあるにせよ、広田が自分の描いたシナリオで戦争の道を突き進んだのでもない。天皇でも首相でもない誰かの意向で戦争に入って行った、なんてとんでもないことです。民主主義云々の前に、この国の意思決定のシステムは一体どうなっていたのか。『無責任体制』と言うしかないでしょう?」

「もっと、ブレークダウンして言えば、旗色が悪くなって来た時、『神風特攻隊』とか『人間魚雷』による人間爆弾攻撃を決めたのは、一体誰だったのでしょうか? 」

「敵ではなく味方を殺すという狂気の作戦を実行に移した、その責任者は一体誰だったのでしょうか? 」

「その責任者を特定することも困難な決め方だったと聞いたら、死んで行った特攻隊員も浮かばれませんよ」

「今言えることは、今日のような経済恐慌と、社会不安とが渦巻くこの日本を救うには、これまでのような『政権の無責任体制』では、絶対にダメだと思います」

 

 全員が橘の話に聞き入って、次の言葉を待った。

「さっき、兵頭さんが言われたように、私も、アメリカ大統領戦の最も良いところは、選挙人投票という形は取っていますが、国民の直接選挙だという点だと思います」

「議院内閣制と違って、一国のリーダーを国民が選ぶのだから、選ばれた側は、当然選んだ国民に対して約束を守る責任意識が高まるし、選ぶ側の国民も、無関心ではいられなくなる。選ぶ側の責任も同時に問う点で優れていると思います」

「日本の総理大臣は、国民に対してよりも、自分を総理に選んでくれた党に対しての責任意識の方が優先するのと好対照でしょう」

「ですが、直接選挙の持つ危険性もあります。あのヒットラーがドイツの最高指揮官に選ばれたのは直接選挙によるものでした。国民が直接選んで、とんでもない人物に大きな権力を与えてしまった典型例だと思います。直接選挙制には常にこういうリスクがあります。

 それに対して米国は、予備選挙を含めて1年間、1年間もですよ、マスコミ・テレビ・大衆の前で自分のポリシーや考え方、政策などを述べたり、他の候補と何度となくディベートを行うのですから、そういう中で危険人物や見掛け倒しの人間は自然と淘汰されて行く仕組みも持っている。これだけの仕組みがあって、初めて、リーダーシップを発揮し易い権限・権力が大統領に与えられるのだから、資質や人格に於いて優れた者が選ばれる可能性も高いし、政治の無責任が入り込む余地は極めて少ないと思います」

 橘は机に置かれたコーヒーの残りを一気に飲み干すと、結論に入った。

「私は、皆さんと一緒に、日本再生シナリオを作り上げたい。そして、それを前向きに受け止めてくれる政党に渡したい」

「私は、中小零細企業の再生事業こそ、35年の会社生活で得た知識・ノウハウ・人脈等を活かし駆使すれば、日本経済の底辺の活性化に貢献出来る仕事だと考えて、頑張ったつもりだった。その事業にこそ、多くのリタイア組み団塊世代の活躍の場を作れると考えた」

「しかし、経済環境が急激に悪化したら、中小企業はひとたまりも無いことを嫌というほど体験してしまった」

「世界経済や日本経済が悪化すれば、それは真っ先に中小企業零細企業を弾き飛ばしてしまうということだった。そういう酷い状況が倍の期間になると、倒産件数は4倍になるというのが私の発見した法則です」

「政府は、迅速に思い切った手を打ち続けないと状況は更に悪化する。このことはバブル崩壊後の『失われた10年』が雄弁に物語っています」

「しかるに、今回の世界恐慌でも、政治の動きは極めて鈍い。鈍過ぎる。危機感が足りない。国民を守っていない。私の法則では、不況期間を半分に出来れば、倒産件数は4分の1で済むのです。それだけ自殺者や失踪者を生まないで済むのです」

「是非、皆さんの協力を得て、提言を纏め、世に問うてみたい。どうか皆さん、宜しくお願い致します」

 橘がみんなに深々と頭を下げた。金子順が即座に応じた。

「橘さん、待ってました、ですよ。『日本再生無くして企業再生なし』、気に入りました。やりましょうよ、ねえ、皆さん!」

 全員が決意を新たに賛同したのだった。