≪高村比呂希 著≫
(この小説に登場する人物・組織は全て架空であり、実在する人物・組織とは一切関係ありません。 編集部)
その年の衆院総選挙で初めて民主党が第一党となり、それまでの自民党とは違う政治への期待も大きく、様々なジャンルで国民の期待に応える政策が語られ、実行に移されるかに見えた。最初の2ヶ月あまりこそ、外国資本を含めて各方面からの期待もあり、日本経済も回復の兆しを示していたが、年末に向かって再び景気は下降線を描いて行った。
翌2010年は年明けから、株価が大きく下げ、主要企業の決算期の3月は日経平均七千円を割込み、遂に、バブル崩壊後最低の株価となった。更に2ヵ月ほど経つと、2009年の統計が発表され、GDPのマイナス2.5%を初め、失業率も過去最悪、物価上昇率もマイナス幅が大きく、再び酷いデフレ経済に突入したことを示した。
更に、2010年度第1四半期(4~6月期)のそれは、目を覆うばかりとなって行った。例えば失業率10%超えなど、日本は過去に1度も経験していない。四半期の倒産件数も、前年同期比で何と3倍である。株価に至っては5千円台に突入。投資家は底が見えない状況にパニックを起こしている。金が動かないからメガバンクや損保も再び深刻な逆ザヤと不良債権額が急増している。第1四半期の傾向が一年続くとしたらGDPマイナス5%台となるとの新聞報道もされている。世界的に見ても日本経済の数値は、先進国中最悪なのだ。世界は未だに「金融恐慌」の言葉が使われているが、日本だけは「恐慌」の言葉が一般化している。
2010年の春以降、一時少なくなった青テントやダンボール暮らしのホームレスは、東京都内のいたる所で見られるようになり、公園という公園は、今や子供の遊び場ではなくてホームレスの生活空間と化した。
失業者が急増し、倒産企業が相次ぎ、大会社も軒並み赤字、個人消費は勿論冷え込み、企業間取引も最小不可欠なものだけに絞られるから消費税の落ち込みが特に顕著だ。こうなっては税収は想像も付かない減少スピードで進むので政府も見通しが立てられない。国債など売れる訳もなく、政府は、予算の使用を全面的に抑えざるを得なくなり、政策の実施が中止されたり延期されるものが相次いだのだ。
本当は、こういう状況こそ、政府の出番なのだ。政府が陣頭指揮して景気を回復させなければいけない時なのに、現実は税収不足で思い切った緊急景気対策も打てない。民主党政権に変わっても、やはり日本を救うことは出来ないのだろうか?
そんな中、2010年の夏には参議院選挙が予定されている。昨年の夏、あれ程期待が高まり、政権交代を果たした民主党も、日本経済の悪化圧力を食い止めることは出来ず、民主党政権になってから、寧ろ、全ての経済指数は史上最悪に向かっていた。人々の失望感は大きな広がり、日本革新党や日本共産党支持が広がり始めていた。
* * *
橘は、何としても今度の選挙の中で、自分達の提案を取上げて貰い、討論して貰うことをターゲットとして、取り纏めを急ごうと思っている。
PJ5は、昨年秋以来、議論を重ね、年が明けて2月頃、漸く、纏めの段階を迎えている。彼等にとって、今の日本の戦後最悪の経済状況は、彼等の提言の説得力が増す点で、大いなるフォローの風という、何とも皮肉な状況である。だからこそ、このチャンスを逃してはならない。拙速は避けるべきだが、日本が奈落に転げ落ちる前に、自分達の提言を政治に活かして貰うよう、急ぎ纏めなければならない。
幸いにも、「共感ネット少額短期保険株式会社」がピンチの連続だった最初の10ヶ月を越えてから、大不況の中でも何とか成長軌道に乗り、あと1年足らずで、目標の保険契約高50億円を達成出来る見通しが立った。その暁には「共感ネット」は、日本初の生損保兼営の正規の保険会社へ速やかに移行することが橘の夢だった。
そのことが現実的に見通せるようになったのを潮に、橘譲二は社長を3歳年下の大泉将和に譲った。それは、1つには、夢を共有する年下の大泉に、大泉自身の夢として掴み取らせたかったことがあったであろうが、橘の本心は、この「共感ネット少短」事業を人生のラストランと思い定め突っ走って来たが、この大不況が奇しくも、もっと大事なラストランがあることを教えてくれた、ということではなかったか。
「共感ネット少短」は大泉に任せ、本人は会長として、活動の中心をPJ5に置くことにしたのだった。
5人の中では、金子順がシステム・サービス会社の現役社長だし、箱崎綾は経済ジャーナリストとして今の日本の経済恐慌の分析や今後の脱出策などをデータに基いて、テレビ番組や経済紙誌で述べ始めていて、かなり忙しい。それでも彼等はPJ5の会合を、自身の活動の柱の1つと捉えてくれているようだ。
また、兵頭一樹は、昨年末、長年務めた彼の会社の社長を降り、今は顧問として気楽な立場となったので、PJ5が彼の活動の中心となっている。また、安田克彦は、元々市民運動をサポートする活動がメインだから、スケジュールは自分で決められるし、彼にはPJ5の可能性がよく見えているのか、期待が大きいのか、兎に角PJ5を欠席したことがない。
そんな各人の置かれた状況を勘案して、橘は、これまでの議論や、仮の到達点、施策具体化の時の費用試算・時間試算・手続きなどをテーマ毎に橘・安田・兵頭の3人で分担して案を書き、PJ5でレビューしながら固めて行くやり方を採った。勿論レビューでは金子も箱崎も遠慮なく意見を言う決まりだ。







