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Archives for 2 月, 2010

著者からのお願い        高村比呂希
    私にとって、これが初めての小説執筆でしたので、こなれない文章のため、読みにくい箇所が多々あったことと存じます。にも拘らず、最後までお読み頂いた皆様には心から感謝申し上げます。皆様からの励ましもあって、どうにか最後まで辿り着くことが出来たというのが実感です。    しかしながら、本人としては、この原稿に全く満足しておりませんで、今後なお、文章をよりコンパクトにして駄文を排し、エピソードや専門的過ぎる説明箇所を思い切って割愛するなどして、小説の長さをこの半分程度にし、よりテンポと切れ味のある完成版に書き直す所存であります。    つきましては、皆様の忌憚のないご意見やご指摘を賜れば有り難く存じます。 この小説の第1回から最終回までのバックナンバーは、「プレミアムエイジ」表紙画面の右側2番目の「団塊世代が行く(ラストラン)」でご覧頂けますので、どうか宜しくお願い申し上げます。 皆様のご指摘は必ず完成版に活かして行こうと思っております。    最後に。 ゴルフのパープレイを意識した訳ではありませんが、72回にも及ぶ長編小説を連載させて頂いた「プレミアムエイジ」に深く感謝致します。誠にありがとうございました。                                    2010年2月17日        高村比呂希 ...more»
最終回  エピローグ  ― 若者たちの謀議 ―
≪高村比呂希 著≫           2010年の参院選。民主党は、大方の予測に反して単独過半数を獲得出来なかった。かろうじて連立与党としての数値確保の面目を維持したものの、前年の衆院選で地殻変動を起こした与党民主党が狙う参院安定多数に対する民意の揺り戻しは、今後の政局運営に国民の不安を抱かせた。  それから3年後の2013年。新政権が目論んだ景気対策は、期待を大きく裏切り、経済指標はどれを取っても過去40年で最悪の状況に陥って行った。GDPはマイナス2%、株価は6千円を割り込み5千円台。失業率は10%を大きく超え13%に迫るのも時間の問題となり、自殺者も3年前までは毎年3万人だったのが今や5万人超という異常な状況である。  年金問題、雇用対策、行政改革、小子化対策など、マニフェストで掲げた諸問題解決も、長くて暗いトンネルからは抜け出すことは出来なかった。国民の生活苦は増す一方で、絶望感さえ漂い出していた。  2013年5月。アメリカとの安保条約を巡る意見対立と対中国政策で紛糾した政局は、ついに連立与党の解消に向かい、時の総理は、衆議院の解散を宣言し、7月の衆参同時選挙に突入することが決った。  その前年の12月。虎ノ門にあるマンションの一室で、所謂、団塊Jrたち4人の若者が集まり、常日頃話し合ってきた「日本の未来 提言プラン」は、喧々諤々の議論の末、ある最終結論に達していた。  彼らは、この物語の主人公橘譲二が亡くなって間もなく、その遺志を継ぐような形で、毎月1回集まり度重なるディスカッションを続けて来ていたのだ。  お互いの生まれ育った環境や立場や職種が違うのに、ここに集まったのは、橘譲二が先の参院選で訴えた「日本再生提言7ヵ条」に共鳴し、今の日本にはその実現こそが何よりも急ぐべきであり、それを自分達の手で何としてもやり遂げなければならないという共通の使命感からである。    夫々のメンバーは、自ら有志を集めた、夫々の日本再生の政策検討グループを率いている若きリーダー達でもある。  まず、その中の1人。この4人会の主宰者で、この物語の主人公の息子橘和馬。彼自身は日本を憂う現役若手官僚チーム「プロジェクトK」の代表を務める (現役経産省官僚、2012年12月現在37歳)。  2人目は、本編後半に登場した「プロジェクト5」の唯一の女性メンバー箱崎綾(経済アナリスト、同36歳)。  3人目は、「行革」を旗印とするミニ政党から、党首(元行革担当大臣)の意向を受けて次の参議院選挙に初めて出馬する渡部元気(党首の異母兄弟、同34歳)。  最後の1人は、前回の選挙を大敗させた張本人ともいわれる元総理大臣の二世議員(衆院)、大泉誠(自ら10年以内に総理を目指すと宣言、同32歳)。    さて、若い4人の議論は、橘譲二たち「プロジェクト5」が訴えた「日本再生提言7ヵ条」を評価し直すことから始め、その後の日本経済の崩落に対する緊急対策と安定成長のための中長期政策に多くの時間を割いた。  更に、「プロジェクト5」が結論を出せず、「提言7ヵ条」から落ちた日米安保条約(日米同盟)についての提言を加え、更に教育改革を追加して、全10ヵ条とした。  そして、この提言を「日本復活マニフェスト」と銘打ち、2013年正月明けから世に問い、来るべき選挙に4人とも打って出ることを申し合わせたのだった。   「日本復活マニフェスト」   ① 経済政策 ② 大統領制 ③ 日米安保 ④ 憲法九条 ⑤ 地方分権 ⑥ 環境立国 ⑦ 農業再生 ⑧ 社会保障 ⑨ 教育改革 ⑩ 平和貢献                            団塊世代が行く ― ラストラン ― (完)   ------------------------------------ 【読者の皆様へ】   この小説に登場する人物・組織は全て架空であり、実在する人物・組織とは一切関係ありません。   また、この小説を書くに当って、下記の書物・情報等を参考に致しました。   ・阪大大学院教授 米原謙氏          伊藤孝夫『瀧川幸辰』を読んで         (『図書新聞』第2670号) ・城山三郎著        『官僚たちの夏』 ・古宮エイジ著        『団塊世代が行く』  ・インターネット ウィキペディア         京都議定書         全共闘運動         経済産業省 他                                             高村比呂希 ...more»
第71回  第三部 / 第五章  出馬 ⑨
≪高村比呂希 著≫           箱崎綾はテレビ東京の局内の出演者控え室でテレビを見ていた。綾がここにいるのは、今回の選挙結果を受けて、日本経済が今後どう変わるかと言った場面でコメントするためだ。8時以降、既に2回、短い時間の出演をこなしている。  箱崎綾の目に、クローズアップされた橘の顔が飛び込んで来た。現場の女性アナが、「たった今、東京選挙区で当選を決めました、橘譲二選挙事務所前です。深夜にも拘らず、当選に沸く事務所にて、橘譲二氏のインタビューを試みたいと思います」と言って、インタビューが始まったのだった。 「橘さん、やったね。テレビに映る橘さん、とってもいい表情よ」  箱崎綾は1人、部屋でガッツポーズをした。                     *   *   *   「橘さんは、大統領直接選挙制を提唱されていますが、いまの、議員内閣制ではどうしてダメなんでしょうか?」 「一国のリーダーを決めるのに、議員だけで決めて、国民に投票権がないことの弊害が日本には顕著に出てしまっていると思います。平時はそれでも構わないんですが、今のような崩壊に向かうような局面では、国民の支持を得た責任感の強いリーダーが必要です。  この5年間に5人の人が首相を代わる代わる勤めている。逆に言えば、まるで当番のように1年しか務めない首相に、この国を救うだけのパワーがあるのかということです。これはもう、この国の舵取りが首相なのか、与党の親分衆なのか、はたまた官僚なのか分明でない無責任体制そのものです。  日本も米国型の大統領制を導入して、大統領を直接選ぶ国民も、また選ばれた大統領も大きな責任を持って政治を進める形にしないといけません。そして、国民の支持をバックにした大統領は力を与えられますから、強いリーダーシップを発揮出来ます。そうやって、断固たる措置を講じ、政策を強力に推し進め易い仕組みや仕掛けが、今こそ必要だと思います」 「最後に、橘さんを選んだ選挙民に向かって、何か一言メッセージをお願いします」  それまで、インタビュアーの方に向いて答えていた橘は、ここでカメラの方に向かって話し出した。 「国民の皆さんが、直接、国の最高責任者を選べないこの国の指導者と本当に心中出来ますか? 私は必ず大統領直接選挙制を実現します。そして、最初の大統領に私がなります」と高々と宣言した。  テレビは橘の顔を大写しにして全国に実況中継している。    と、その時、橘の顔が突然苦しげに歪んだ。次の瞬間テレビの画面には、床に倒れている彼の姿が映った。橘の妻雅子と息子の和馬が駆け寄る。「あなた!」「父さん!」。橘が何か言おうとしているがとてもテレビ音声では聞こえない。「救急車! 救急車!」。    テレビはそこで現場の画像からスタジオに切り替わった。キャスターが「どうも橘選挙事務所では緊急事態が発生した模様です。また、詳しいことが分かり次第お伝えしたいと思います」と断わって、再び次の当選者の事務所の画像に変わった。  箱崎綾は居ても立ってもいられず、番組のスタッフに「急用が出来た」旨を伝え、タクシーで橘選挙事務所に急行した。事務所に到着した時、兵頭が残っていて、橘は既に慶応大付属病院に搬送されたと伝えられた。他のメンバーや家族も一緒だと言う。箱崎綾は兵頭と一緒に病院に向かおうと思ったが、兵頭はマスコミ対応やら、じゃんじゃん掛かってくる電話応対など、まだ暫く掛かると言うので、箱崎綾は再び、タクシーで慶応病院に向かった。 「橘さん、死なないで! 貴方のビジョンが国会で審議されるのは、これからよ!」  綾は必死に祈った。                     *   *   *    早乙女恭子は、当日は革新党本部に詰めていて自陣営の候補者の当落を見守っていたから、橘の当選は知っていたものの、橘が倒れたことは知らず、翌日の新聞記事で知った。革新党の当選者が大幅増となる事前予想に反し微増に止まり、翌日は、橘が病に倒れ病院への搬送されたことを知るに及んで、早乙女恭子は自分の不明を心で詫びた。 「日本崩落の真っ只中にあって、それを救えるのは、早乙女、お前とお前の党じゃないのか。革新党は、今こそ日本を救うためにあらゆる算段を考える義務がある。国民のお前達に対する期待が何故分からない!」  橘の声が聞こえたような気がした。橘が自分をそう諌めているような気がした。経済がこれほど酷い状況なのに、伝統的野党の我が党に支持が集まらなかったのは、「我が党は救世主たりえず」という国民の声なのかも知れない。 「橘さん、死なないで! そして、橘さん、どうか私を許して!」                     *   *   *    10日後、橘譲二死去の報が新聞に載った。死因はくも膜下出血だった。享年62歳。63歳の誕生日前日の死去だった。大胆な政策による日本再構築を提唱して大きな反響を呼び、先の参院選に初当選したが直後に倒れ、昨夜、入院先の病院で家族と「日本再生会議」のメンバー達に看取られて静かに息を引き取ったと伝えている。記事の最後に息子和馬の談話が載っている。   「大勢の皆様からの支持により父は参院選に当選させて頂き、日本を救うため自分のビジョン実現に向けて、さぁ、これから突っ走るぞという、正にその時に倒れてしまって、さぞや無念だったろうと思います。  父は、遂に1度も意識が戻りませんでした。ですから、本人に届いたかどうか分かりませんが、病床の父に、『父さんの描いた日本再生ビジョンは、僕が必ず引き継ぎます。大統領制は必ず実現します』と伝えました・・・。皆様には本当にお世話になりました」 ...more»
第70回  第三部 / 第五章  出馬 ⑧
≪高村比呂希 著≫           開票が始まり、午後8時半頃、東京では、早々と2名の大物議員が当選を決めた。そして、出口調査の結果も発表され、橘は、東京の5人の当選者枠の5番目に着けているが、6番目の候補とは僅差だった。出口調査はサンプル調査だから、そんな差は誤差の内と言える。PJ5の面々はこれでは当落が決るのは深夜にずれ込むだろうと予測し、橘には近くのホテルに待機して貰うよう携帯電話で連絡を取り合っていた。  橘は今回の出馬に当たって家族は一切巻き込まないと宣言していたが、今夜ばかりは橘は妻の雅子と一緒にホテルで待機している。万が一当選してしまった時の備えだ。  東京は、定員5名の選挙区だが、20名が立候補しており、いろいろな分野で名のある人物が多いので、最大の激戦区となっている。  3人目の当選確実が出たのは、夜10時、4人目は10時20分頃だった。そこから、5人目の当確はなかなか出されなかった。8時以降の開票速報では、毎回僅差ながら橘が5番目に着けている。だが、午後11時過ぎの速報では、初めて逆転され6位に落ちた。開票率70%。  橘はホテルの一室でテレビを食い入るようにみているが、この逆転で、「本当に選挙は難しいものだな」と、妻に語っている。妻の方は、「全くの素人が数ヶ月前に出馬を決めて、今、当落線上にいるということ自体が奇跡よ。有名な方達がもっと下なんだから、それを思えば凄いこと」と夫を励ましている。  それから一進一退が続き、決着が着かないまま、午前1時を過ぎた時、遂に、民放局が橘の「当選確実」を出した。開票率94%。事前の安田克彦との打ち合わせで、NHKが「当確」を出すまでは選挙事務所に現れないことになっていたが、開票率94%でも他局が「当確」を出さないということは、最後の最後まで大接戦ということだろう。100%開票が終わった結果を待っても遅くはない、と橘は思った。  それから、15分。その15分が、橘には2時間にも感じられる長さだった。NHKがいきなり「橘譲二、当選」と報じた。100%開票の結果だった。NHKは、前代未聞の大接戦だったと盛んに伝えている。                     *   *   *    橘は、早速妻の雅子と迎えの車に乗り、代々木の会社兼選挙事務所に向かった。事務所前で車から降りたら、沢山の報道陣のカメラのフラッシュが焚かれ、眩しいほどだ。 「おめでとうございます。一言感想を」 とか言う、女性レポーターの声が聞こえる。「大接戦でしたねぇ。今の心境は?」 という男性の声も聞こえる。橘は、 「これから皆さんにマイクを通してお話しますから・・・」 と言って中に入って行った。正面に、箱崎綾を除くPJ5のメンバーに囲まれるようにして、息子の和馬がニコニコ顔で拍手しながら自分を迎えてくれている。 「和馬!」  思わず、橘は声を出してしまった。 「父さん、おめでとう」  和馬は、何の躊躇も衒いもなく、両手を差し出して来た。がっちり両手で握手した。 「和馬、ありがとう」  そういうのが精一杯だった。橘は振り返って雅子を見た。雅子も笑顔の中に感極まった面持ちを浮かべていた。雅子が和馬に来るよう連絡したのか? 或いは、和馬が自分の意思でやって来たのか? 橘はふと思ったが、どちらでも良い、ここに和馬が居てくれるということがこれほど嬉しいことであったかと改めて思った。  兵頭一樹が、壇上に乗ってマイクの前で挨拶するように促したので、挨拶に立った。 「皆様のお蔭をもちまして、遂に選挙に勝つことが出来ました。  この日本が、正に転げ落ちるように急速に衰退して行くのを、何としても食い止めたい、何とかもう1度輝きに満ちた日本を取り戻したいという一心で、皆様に訴えさせて貰いました。  名もない1市民がこの参院選に当選するなんて、はなから考えておらず、ただ、私達の提案を皆さんに知って欲しい、そして、政治家や官公庁の皆さんに届け、との思いだけで立候補いたしました。  それが、このように大勢の方からご支持を賜りまして、当選させて頂きました。一番驚いているのは本人であります。皆様には本当に心から感謝申し上げますと共に、責任を痛感いたしております。  明日から私のマニフェストの実現に向けて最善を尽くすことをお誓い申し上げて、私の感謝の言葉に代えさせて頂きたいと思います」  兵頭に、続いて万歳三唱をやるので同じ場所で橘も万歳をやって欲しいと言われたが、橘は万歳だけはやめてくれと兵頭に頼んだ。橘は今回の当選を祝う気分には全くなれなかったからだ。本当に祝えるのは、日本の再起が成った時だ。  万歳三唱の場面を映そうとスタンバイしていた沢山の報道陣も、それをやらないと知って、早速、インタビューに入った。先程の女性レポーターが代表してインタビューをするようだ。 「橘さん、おめでとうございます。当選直後のご感想を聞かせて下さい」 「ありがとうございます。各政党の思惑だとか、自陣営に有利・不利ではなく、今は、如何に日本の崩落を食い止めるのか、どういう道筋で日本を再生するのか、私達の素直な気持ちを多くの人に聞いて貰って、それが通じたのだとしたら、正直、嬉しいですが、寧ろ、今は責任の重さを痛感しています」 「橘さんは、企業再生を何社も手掛けられたとお聞きしていますが、企業再生のように国家再生も出来るとお考えですか?」 「日本再生は企業再生とは比べるべくもなくスケールの大きな仕事だと思いますので、そんなに簡単なことじゃありません。ですが、何事も再生させるためには、タブーをタブーにしたままでは結果は出ないことは一致してると思います。国の再構築であれば、当然、憲法が国の骨組みですから、それをタブーにしておいたのでは再建は出来ないというのが私達の思いです」                     *   *   * ...more»
第69回  第三部 / 第五章  出馬 ⑦
≪高村比呂希 著≫           そこで、それまで各業界紙に載せていた記事を意見広告として大新聞に載せるに当り、大手損害保険会社に35年勤め、役員退任後は、中小零細企業の再生事業を手掛けて来たことを強調した。    そして、憲法9条については、右でも左でもなく、世界で有数の軍隊を持ちながら、永久に軍備も戦争も放棄したとする平和憲法を持ち続ける偽善や矛盾が、若い世代にこの国の国家感を著しく難解にしているので、これ以上の放置は許されない。     先の戦争からの反省に基く現行憲法第9条の趣旨は、2度と侵略戦争はしないということであるから、領界内の防衛に関しての武力行使は限定的に認める。けれども、他国への侵攻は一切認めない(武装中立)、という明確な規程に変える現実的改正を提案していることを明らかにした。    橘は、この考えは左右両派から反対論が噴出することは承知の上だった。つまり、右派が憲法改正を狙うのは、他の国と同じように軍隊を持ち、必要とあらば海外派兵も出来るようにして、他国から舐められない強い軍隊を持つ強い国にするためだし、左派は、9条改正を阻止するため、他の条文の改正であっても憲法改正には一切反対と叫ぶのも、2度と軍国主義の道に戻らないためだとわきまえている。  橘は思う。中国初めアジア各国に侵出して行ったあの戦争を、列強からの植民地支配からの開放という義の戦いであったという風に美化してみたり、アジア諸国に対して極悪非道の限りを尽くした日本は、いつまた同じことを繰り返すかもしれないから、憲法で戦争を行えないように縛っておかないと安心できないと、殊更日本人DNAの野蛮性を前提にする、双方の主張や精神性の幼稚さを思わざるを得ないと。  橘は、あの戦争を、良いとか悪いとかではなく、徳川300年の間に世界に大きく遅れを取った日本が、明治維新以降、欧米に追い付け追い越せと全速力で走った結果、世界と軋轢を生じた歴史的必然と受け止めるべきであると考えている。その最終結果が敗戦であった。  だが日本は戦後、武力に頼らず、遂にGDP世界2位の経済大国になった。換言すれば、日本は明治以降目指した「富国」を「強兵」なしに達成したということだ。  従って、一流国となった日本は、最早、武力を持って他国を侵略する必要はないし、あの敗戦で多くのことを学んだ日本人は、昔のような後進性から来るモノトーンの先鋭的・狂信的国家には戻り得ない。世界にとって危険な人種では既になく、大人の判断が出来る国と見て良い。だから、国民の選択で、自分が示したような憲法改正は可能だし、今こそ、その扉を開け、日本再生の道を歩み始めるべきだと改めて思う。    また最大の主張点でもある「大統領直接選挙制」(任期4年)に紙面を多く割き、強烈に訴えることにした。毎年クルクル変わる我が国の首相、当番制のような首相が務める無責任政治体制を変え、国民から直接選ばれ、国民の大多数の支持を背景とした強いリーダー・シップをもってこの国を救わない限り、日本の崩落は止められない。  以上の補筆修正した記事を一斉に大新聞に意見広告として出した。同時にもっと主張を簡潔にした15秒テレビ広告も各局から流し始めた。    インターネット同様、反響は急速に広がって行った。背景には、遂に年間3万人と言われていた自殺者が、前年遂に倍の6万人を超えたり、倒産件数が過去最高だったり、失業率が10%を超え、大卒新卒者の採用も3割を切り、株価が6千円を割り込んだことなどがあった。これらのことが人々の心を暗くし、いったい日本はどこまで落ちるのかという不安が人々の心を占有した。  反響の広がりは、この惨憺たる現実を正面から受け止め、且つ、庶民の不安な気持ちを代弁し、将来像を指し示してくれる候補者が如何に少ないかの証明でもある。票の行方ばかりを気にして、思い切った提言が出来ない政治家。今は、平時ではない。この混乱の極みのような状況では、改善では崩落を止められない。この国をもう1度作り直さなければいけない時なのだ。    だから憲法改正に踏み込まずして、この国の再構築はあり得ない。「国家再構築による日本再生」、これが他の立候補予定者達と橘譲二との主張の大きな違いだ。庶民も既に、これ迄の延長線上に明るい未来があるとは思えなくなっている。橘は、その庶民の抱く強い懸念から寸分違わず、その不安に応えた最初の参院選立候補者だったから、新聞・テレビでのキャンペーンは予想以上の反響を呼んだのであった。    公示日、橘は東京選挙区から正式立候補した。その前日まで、橘が巻き起こした一種のブームが新聞・テレビのニュースで「橘ウェーブ」との名称で扱われるまでになった。だがそれも公示日以降はマスメディアも厳正中立の立場を貫いた。そのマスメディアで活躍する箱崎綾は、決して橘陣営の人間であることを悟られないよう、5月以降は表立った行動は一切抑えていた。  橘は、連日他の候補と同様に選挙カーでの選挙運動は行うが、大きな組織票がある訳でもなく、最後の最後まで票は読めなかった。だが、橘が起こしたブームは、PJ5の提言を多くの人に聞いて貰いたいという橘の願いは既に十分過ぎるくらいに目的を達成していた。だから、橘は、結果がどう転んでも、自分としては大満足出来る選挙戦だったと思っていた。    投票日。朝から有権者の出足は快調で、午後6時現在で前回の10%高い投票率。8時締切でもやはり対前回10%増の投票率だった。それだけ、日本の現状への不満と不安が高かったということかも知れない。いずれにせよ浮動票頼りの橘陣営にとっては、得票率の高まりは歓迎すべきことであった。 ...more»
第68回  第三部 / 第五章  出馬 ⑥
≪高村比呂希 著≫         民主党政権になってから、矢継ぎ早に新法案が国会を通ったが、その中に、インターネットによる選挙運動の解禁法案があった。この法案は、何かと批判が多かった二世議員などと違い、「地盤・看板・カバン」を持たない人間が立候補し難い日本の選挙事情を改める目的で、昨秋成立したものだが、その法案は、インターネットでの選挙資金の寄付集めも認めていた。  橘譲二は、インターネットに通じる箱崎綾に、この分野を一任した。箱崎は、これよりも前から、有名サイトの主宰者と会って、インターネット戦略についてのインタビューを収録して、自分のテレビ番組の中で紹介する新たな企画をスタートさせていた。  但し、顔を晒したくないという手合いが多かったのは、箱崎も予想外ではあったのだが、それでも、このコーナーは若手ビジネスマンや学生に人気が出て、個別視聴率ではいつも平均以上の数字を記録していた。その中の何人かは、スタジオに招いて、生出演をお願いした。こうして知己を得た人々に協力を依頼して、箱崎綾のブログにリンクを張って貰うと共に、その宣伝をサイトの中で行って貰うなどした。  当初は、箱崎綾の日常を綴る極く普通の日記だったり、その日の特筆すべき経済の動きなどを紹介するブログだったが、5月に入ると俄然、参院選に向けての箱崎綾の意見が多くなって行った。元々がアクセスの多い有名サイトのトップ20だったし、美貌の経済ジャーナリストとして、テレビ番組を通じて、急速に支持者を広げていたから、箱崎綾のブログには、全国から1日に5万近いアクセスがある。多い時はそれが10万を超えることもあるほどだ。  ある日、箱崎綾は自分のブログの中で「参院選候補、私のいち押し」という記事を書いた。これはシリーズにしたものだ。様々な政策ごとに、「この候補者の主張のこういう点に私は期待している」と書いて行くもので、3名の立候補予定者にかなりの時間と紙面を割いた。  そして、4人目、橘譲二を登場させた。「この無名候補に注目」という記事を書いたのだ。PJ5の主張を簡潔に紹介し、自らは好意的な感想を述べる程度に留めた。箱崎綾はテレビ番組同様、どこまでも中立の立場で扱うが、しかし、橘綾がここは良いとか気に入っているということは、堂々と自分の意見を述べるのも米国仕込みの箱崎流だった。そして何故か、橘譲二の特集は3回の特集記事となった。その後も、いろいろな候補者予定者をブログに登場させたが、全て1回ものだった。  暫くして、読者から、「橘譲二の人物像や経歴を教えてくれませんか?」などの質問が数多くコメント欄に書き込まれるようになった。実際に不特定多数の人からの書き込みもあったろうが、箱崎綾が自分で書き込んだものではなかったという証拠もない。現に箱崎の要請で、PJ5メンバーもかなり書き込みをしたようである。  「大反響! 橘譲二のマニフェスト」というタイトルの箱崎綾のブログがアップロードされたのは4月中旬であった。箱崎は「前回取り上げた時の反響が大きかったので、再度彼を取り上げることにした」と述べている。その中で橘譲二の経歴や人となりを紹介し、彼の主張点を簡潔に紹介した。勿論、読者の期待は、そのマニフェストを箱崎綾がどう見ているかである。箱崎は中立的立場で、且つ、是と非の双方の見方で論評し、最後に、「けれども、この日本の大崩落を食い止めるには、橘譲二の言う通り、『ドラスティックな抜本改革を果敢に進める以外ない』という言葉に私は強い説得力を感じます」と締め括った。  そして、橘譲二のサイトのURLを記入し、リンクを張っておくことも忘れなかった。  箱崎綾は、「橘譲二のマニフェスト」というサイトも、実は、早乙女恭子との会談が決裂し橘が出馬を宣言した日から立ち上げたのだった。  そして、橘譲二のサイトへのアクセスが1日5千件を超え、1万件に近付いた時、箱崎綾は勝負に出た。橘になり代わって、訴えの文章を掲載した。   「多くの方からこのサイトにアクセス頂き、沢山の応援メッセージを頂戴しています。そこで、私のような一般市民でも、日本再生を国会の場で訴えることが出来るということを、人生を賭けて、何としても示したいと思います。公示日に向けてあらゆる準備を行なって、正式に立候補し選挙戦を戦って行きます。しかしながら、如何せん個人のレベルの資金には限りがあり、それでは到底太刀打ち出来ません。  そこで、私たちのマニフェストにご賛同下さる皆様には、是非とも、お1人様2千円のご寄付意を賜りたく、この場をお借りして訴えさせて頂くものです。その使い道、目的等はこのブログの中で、逐一報告させて頂き、大切に使わせて貰うこと、並びに、透明な会計報告に心掛けることをお約束させて頂きます。  日本を、『恐慌から崩落』への道から引き戻すため、是非とも、私共を応援頂き、ご寄付のご協力を切にお願い申し上げます」    「日本崩落を食い止め、日本を再生させるための具体政策」が大統領直接選挙制であり、9条改正であり、環境大国を目指すことなど、若者に分かり易い提言であったことが功を奏したのか、6月10日頃までには、橘達の「日本再生会議」の元に、インターネット寄付金募集に応じて6千万円もの大金が集った。また、市民団体や、中小企業経営者懇談会、その他からの寄付が約3千万円ほど集まり、9千万円の資金の大半を使って大キャンペーンを打つことにした。  これまでの反響や反応から学んだことは、無名の新人が急に脚光を浴びた時、人々は、その人が胡散臭い団体に所属する人ではないか、或いは、右翼系なのか、それとも左翼系か、といった区別をしようとすることだった。そこがハッキリしないと、幾ら良い意見を言っても躊躇するということを学んでいた。  インターネットでは、既に名の通った箱崎綾の客観的コメントが、読者に安心感を与えていたから、橘譲二は受け入れられ寄付も予想外の額が集まったのだが、インターネット層以外の人々の支持を得るには、自分の出身や経歴を明確にすると共に、特に憲法9条に対する見解を述べ、人物の不透明感を払拭する必要を感じていた。 ...more»
第67回  第三部 / 第五章  出馬 ⑤
≪高村比呂希 著≫           経済産業省内の隣の課の後輩、松本輝彦が、「日本自動車新報」という自動車産業、並びに整備業・中古車販売業などに向けた業界紙を持って、橘和馬の席にやって来た。 「橘さん、これもしかして、橘さんのお父さんじゃないですか?」 「え! あっ、そうだよ。何なんだこれは」 「日本を救うための7ヵ条提案みたいですねぇ」 「どうして、僕の親父だと分かった?」 「前に、言っていたじゃないですか。親父は損保会社の常務だったが、勝手に辞めてどうも中小企業の再建の仕事をしてるみたいだって。苗字は同じだしプロフィールも聞いていたのと同じだったからですよ」 「ちょっと読ませてくれ」 「どうぞ」  それは、タブロイド版の新聞の一面を使った意見広告だった。インタビュー形式の記事で最後に7ヵ条の要約が載っている。  橘和馬は最初から読んで行った。インタビューは、7ヵ条を有志で纏め、こうして発表することにしたいきさつから述べられていた。  その趣旨は、日本の今の惨憺たる状況を何とか食い止めたいという、実務を通して体感した切迫感だと言う。政治家も、高級官僚も、日本がこういう酷い状況になっても誰もビジョンを示してくれない。誰も真剣に日本を救う方法を指し示してくれない。国民もそれをとうに諦めている。  この世界に稀なる無責任体制を変えることからやらないと日本は再生出来ないところまで来ている、と述べている。その最大の提案は、国民の直接選挙により一国のリーダーを選ぶ大統領制だと述べている。  和馬は、そこまで読んで、心臓の高鳴りを覚えた。その理由は2つ。  1つは、自分が今感じているのが、正に大統領制を敷かなければ、真の改革が進まないということだが、親父も全く同じことを考ええていたことに対する驚きだ。官僚制度を初め、日本の改革を自分がやってやる、という入省当時の青雲の心は、現実の厚い壁と実務の忙しさの前に脆くも崩れ去った。和馬は、本当に改革を成し遂げるには、強いリーダー、即ち、国民から高い支持を得て選ばれた大統領のような存在が必要だとつくづく感じていたのだ。  そして2つ目は、どこにも触れていないが、親父は次の参院選に立候補するつもりだと感じ取ったからだった。  あれ程親父と考え方が正反対で、それが親父との確執となってしまったのに、14の歳月を経てみたら完全一致している。別々の道を進んで最後は同じゴールに辿り着いたということか。  和馬は、残りの記事を全部読み、「7ヵ条」にも目を通した。個別の政策では異なる部分も有るが、総じて賛同出来る内容だった。プロフィールは親父の写真付きで、その上には大きな文字で、「日本再生会議代表 橘譲二」と書かれていた。 「親父! これに残りの人生を賭けようと言うのか? やるじゃないか」  心の中でそう呟いた。橘が新聞を食い入るように読んでいるので、途中で松本は自席に戻って行ったのだが、和馬はそれにも気付かない程の驚きだった。  この記事を読んで以降、和馬の心は揺れに揺れた。もう没交渉のままにしておく理由がない。親父が戦いを始めるなら、息子の自分は精神的にも支援しなければいけないのではないか。だが、母親に電話で聞いたところでは、親父は家族を巻き込みたくないと言っているとのことだ。母親に言わせれば、和馬が親父に会うべき機会は母が見計らうから、その時来て欲しいとのことだった。  数日後、奈良橋次官の息子、幸司から電話を貰った。彼は総合商社に行っているから、様々な業界紙に目を通しているらしい。新聞のタイトルは聞き取れなかったが、どうやら、先日の「日本自動車新報」と全く同じ記事が別の業界紙にも載った模様である。                     *   *   *    党本部の者が、街でこんなビラを貰ったと言って、1枚のチラシが党首の早乙女恭子の手元に届いた。ビラを持ってきてくれたのは、先日、橘達との会談に向けて、何度か電話連絡しあった女性党員だった。  そこには、橘のインタビュー形式の記事と「我が国と世界を守る日本再生七ヵ条」の要約が載っていた。だが、その内容は橘から直接説明も受けたし、分厚い詳細論文も彼等が置いて行ったので把握している。だから、早乙女恭子はビラに視線を当てながらも、記事の内容を読むでもなく、あの会談を振り返っていたのだった。  思い切った提言だった。既存政党は票が気になって、あれだけの憲法改正の主張は出来ない。だが、橘が言っていた。日本の転落を止めるにはあの位の思い切った改革をしないともうどうにもならないと。そうだろうとは思う。でも、そんなことを党首たる自分が緊急提案しようものなら、党内は蜂の巣を突っついたようになるのは明らかだ。とても3ヶ月後に迫った次の参院選までに、意見統一するのは無理だ。と言うより、党が分裂の危機を迎える。  それにしても、私が、あれほど橘に冷たく当たったのは、何故だろう? 会うまではあんなに待ち焦がれていたのに。心とは全く反対の態度をとってしまった。橘は私が本当に厭な女になったと思っただろう。そう思うといたたまれない。  あの日、勝手に私が彼の前から消えた時、橘は必死に私を探し回ったのは知っている。説明もなく消えた私に怒りを覚えたろう。私はあの時、橘を心の底から愛していた。愛していたから、反米運動に飛び込もうとしていた私は、彼を巻き込んではいけない、彼の人生を狂わせてはならない、そう思って身を引いた。  本当にそうだろうか? 本当に愛していたなら、私は反米運動より橘を取った筈ではないか? こんな自問自答を私は今まで何回して来たことか。そして今日もまた、その回数が1回増えた。  私が独身を貫いたのは、何も反米運動や政治と結婚したからではない。その後彼の面影を消してくれる男性に巡り会わなかっただけのことだ。ということは今も尚、私は橘を愛しているということだろうか。きっとそうに違いない。いや、そんな他人事みたいな言い方は正しくない。もし、40年前の自分を橘が許してくれるのなら、私は・・・。  だからこそ、妻子ある橘とはもう2度と会わないという決意を示すために、そして、完全に橘への思いを断つために、必要以上に厳しく冷たい態度を取ってしまったのだと、自分自身を納得させた。                     *   *   * ...more»
第66回  第三部 / 第五章  出馬 ④
≪高村比呂希 著≫           3日後、PJ5は重大な決議をしようとしていた。橘はメンバーに語り始めた。 「既存政党に我々の意見を反映させて貰おうと思ったのが大間違いだったことに気付かされた。我々の日本再生論は、憲法とか制度とか、現在の仕組み全ての見直し・再構築が趣旨だから、それは現在の既存政党の見直しも例外じゃなかった。  一旦は既存政党をも否定しなければいけないのに、それを頼ろうとしたのは、自己矛盾だった。我々の思いを取上げられるようにするには、我々自身が社会に訴えて行くしかないと思う。これが、この3日間、私が考えに考え尽した結論だ。みんなの意見を聞きたい」  橘のこの問いに最初に口火を切ったのは例によって金子順だった。 「橘さんの言われることは、政治の世界に打って出ようということですよね。それなら大賛成です。やはり、喩え既存政党に我々の提言が受け入れられたとしても、それが彼等に都合よくデフォルメされてしまっては、日本再生はなりませんからね。我々自身が人々に直接伝えるのが一番だと思います」 「アメリカでの経済記者としての私の武器はインターネットでした。是非とも、インターネットを使った発信を工夫して、輪を広げて行けたらと思います」 と箱崎綾が発言すると、兵頭がそれに被せるように言った。 「インターネットも大事だけど、団塊世代以上の年齢層には従来手法も大事だな。新聞雑誌への意見広告とかチラシとかのことだけどね。老後の不安に対して、我々の提言を採用すれば、こうなりますよ、とね。老後の不安が若い人達の少子化の一つの理由でもあるからね」  現役時代の兵頭の仕事は正にコンピューター・システムなのに、アナログ情報の価値を説くのだから面白い。そして続けた。 「世間に、我々の考えたことを知ってさえ貰えればPJ5の目的の半分が達成出来たようなものです。先程の橘さんのお話は、橘さんが今度の参院選に出馬するという風に理解しました。  あらゆるメディアを使って我々の提言を伝えながら、橘さん自身が街頭で語り、賛同者を増やして行く。元はこんな小さな集団だけど、参院選当日までには大きなうねりになるよう人事を尽くしたい」  最後に安田が言った。 「橘さん、やりましょう。私も出来るだけ各市民団体やNPO組織などに働きか掛けて、橘さんの講演会開催や応援の依頼に動いてみたい。橘さんの出馬、大賛成ですよ」 「皆さん賛成して頂いてありがとうございます。ですが、本当に皆さんに選挙参謀をやって貰うとなれば、時間的に何かと皆さんのお仕事に支障が出ると思います。無理のない範囲でお願いしますと言いたいところですが、そうも行かない。本当に皆さん宜しいのでしょうか?」  口々に、何とか遣り繰りして、やって行く、ここまで来て引き下がれないなど、橘と行動を共にする声が全員から上がった。 「皆さんには本当に感謝します。自分1人でも立とうと決意しましたが、それではPJ5全員で戦って行きましょう。  では、早速、私達の最大の問題から入りますが、それは何と言っても選挙資金のことです。選挙に出るためには、これが私達の決定的なハンディキャップです。  しかしながら、昨年の新政権発足後、インターネットでの選挙資金集めや政見発表が解禁になっていますので、これを大々的に活用したい。箱崎さん、この方面の作戦をお願い出来ますか?」 「勿論OKです」 「安田さん、市民連合の皆さんの応援は何としても仰ぎたい。責任者と会えるように手配して頂けますか?」 「同じことを考えていました。真の生活者・市民のための政治、このために、市民連合は人・物・金の支援ということを行っているから、是非、会って貰えるようにします」 「兵頭さんには申し訳ないけど、立候補して活動していくための当局への手続き全般、並びに、全体スケジュールその他、今後の活動上必要となる事項全てを調査の上、決めていって貰いたいのですが、いいですか?」 「この中では100%時間が割けるのは私だけだと思うので、任せて下さい」 「最後に、金子君にはあらゆる名簿類を収集し、電話入れの準備をして欲しい」 「了解しました」   「さて、私の出馬について、皆さん、快く賛同して頂きましたが、我々には組織もない、スポンサーもいない、知名度もない。この三重苦を承知で、選挙の素人5人で戦うことを決めたのです。しかも、本業を持ちながら戦うというのは並大抵のことでは立ち行かない。  それを承知の上で敢えて言いますが、客観的に見て、こんな条件下で選挙に当選するなんてことは、100%あり得ないのは子供でも分かることです。  大変言い難いことですが、私の本音の本音は、選挙戦を通して私達の『日本再生7ヵ条』を国民に知って貰うことが目的であり、当選することが目的ではないということです。立候補するかしないか随分迷いましたが、そう思ったら、スーッと力が抜けて出馬の決意が出来たのです。  日本が本気で変わるための起動操作を行う。それが目的の立候補です、自分自身の覚悟を込めて、これが私の正真正銘の『ラストラン』だと表明しておきたいと思います。  箱崎さんや兵頭さんの言うように、ありとあらゆる手を使って、私達の提言をこれでもかと言う位に、人々の目に触れるようにして行きたいのです」  メンバー達は、橘の出馬の目的が、当選することではなくて、我々が精魂込めて作り上げた提言7ヵ条を、何としても人々に知って貰うこと、それが最大の目的だという橘の気持ちの吐露により、誰もが抱いていた最大の疑問も解けて、みんなの表情も明るく和やかになった。  参院選まであと3ヶ月に迫っていた。                     *   *   * ...more»
第65回  第三部 / 第五章  出馬 ③
≪高村比呂希 著≫          それまで2人の遣り取りを黙って聞いていた早乙女恭子が遂に口を開いた。 「橘さん。我が党はあなた方のような考え方はしていません。憲法論を持ち出す話ではそもそもありません。端的に言えば、日本国民が悪いから今の惨状があるなんて、全く、それこそ全く考えていません。  悪いのは自民党や今の政権与党と、官・財が結び付き、自分たちの利益のみを追求した癒着トライアングル構造です。国民の生活を省みず、一部の人間達の利益のために日本をダメにしたというのが真相です。  我が党はこのことを白日の下に晒し、国民が立ち上がって糾弾しようと、全国国民総決起集会の開催を訴えています。繰り返しますが、悪いのは国民ではなく、保守系政党と官僚・財界など一部の人間達が日本を2流国に陥れたのです」 「お言葉ですが早乙女さん。私共も国民が悪いなんて言っていません。国民が責任の持ちようのない制度が拙いと言ってるのです。総裁選は過去何回もテレビ放送などで盛り上げますが、それを見ている私達には投票権がないんですよ。一国の首相も国民が直接決められないんでは政治に国民が責任を持てる訳ないじゃないですか」 「見解の相違、それもかなり大きな相違が有りそうです。それに橘さんだから丁寧に聞いておりましたが、9条初め憲法を根っこから変えようと言われる。そんな提案を本気で、平和憲法死守を党是としている我が革新党に持ち込むという、その神経が分かりません。益して、参院選を控えたこの時期にですよ。正直言って橘さんの見識を疑います」 「早乙女さん。私は日本再生をやれるのは革新党しかないと踏んでやって来ました。名前の通り本当に日本を革新する気なら、我が党だとか、党の立場だとかそんなこと言ってる場合じゃない。党がどうのなんて、我々一般人には何の興味もない。早乙女! 君なら出来ると思ったから来たのだ」 「お門違いです。私も我が党は平和憲法は絶対に守りますから。ですから、もうお引取り下さい」 「恭子! お前、本当に日本を救おうという気があるのか!」 「恭子なんて呼び捨てにしないで下さい。選挙民にも党員にも選ばれた公人の立場なんですから。幾ら同級生でも節度が有って然るべきでしょう?」 「分かった。もうお前には何も言うことはない。失礼する」                     *   *   *    橘・安田・箱崎の3人はほぼ無言のまま、代々木の事務所に戻った。事務室に入っても重い空気は変わらない。箱崎綾が気を遣ってお茶を入れたが、誰も手を着けないほどだ。  橘は、はらわたが煮えくり返るような気分だった。40何年か振りに会ったというのに、端から我々の意見に聞く耳を持たない早乙女恭子。あいつは一体何者なんだ。革新党は一体何10年同じことを言ってるんだ。日本の沈没を目の前にしても、全く緊張感のない政党。自分達こそが日本を救えるという矜持も無いしその気も無い。野党根性が染み付いてしまってる。あいつら、気楽な野党でいたいだけだ。  そんな所に、我々の血肉たる提言書を持って行った自分は、本当にアホ以外の何者でもない。どういうやり方があるか分からないが。もう既存政党を頼るのは一切願い下げだ。橘の胸の内は、早乙女と日本革新党に対する怒りと、新たな覚悟とで一杯になっていた。    暫くして、本日の首尾を聞こうと他のメンバーも集まって来て、5人が揃った。臨時のPJ5となった。後から駆けつけた兵頭一樹にしろ金子順にしろ、一瞬の内に空気を感じ取り、今日の会談が旨く行かなかったことは理解した。ただ、どんな内容だったのかだけは聞いておきたい。 「お2人には、申し訳なかったが、今日の会談は物別れ、と言うより、喧嘩になってしまって完全に決裂したと考えて下さい。その経緯を私が伝えられるだけのエネルギーが、とても残っていないので、安田さん、代わりに説明してくれませんか?」 「分かった」 と言って、会談の一部始終を語った。それから安田の感想となった。 「橘さんとは高校の同級生ということで早乙女さんは最後まで貫いていたけど、こちらは元恋人同士というのを知っているから、もっとソフト・ランディングを想定していたが、完全な決裂で2度目の折衝はもうあり得ない終わり方だった。  それにしても、革新党の党是至上主義というか、教条主義という人もいるが、私が30年前革新党に所属していた時と何も変わっていないね。日本の救世主となる場面なのに、その気がない。柔軟思考が出来ない。現実をいろんな角度から見られない。  日本再生をあの党に掛けると言った私の思惑は完全に外れたことを皆さんに謝りたい」  橘は、今日はひとまず解散して、3日後ここに集まって今後どうするかを決めたい、と宣言した。                     *   *   *    どちらともなく、その晩、橘譲二と箱崎綾とが、セルリアンホテルの一室を共にしたのは以心伝心というものだろうか。これが2回目の逢瀬となる。  今日の一切を忘れようとでもいうが如くの激しい行為の後、シャワーを浴びた2人は部屋に運ばせておいたワインを飲みながら、語り合った。 「橘さんの元恋人を間近に見られるというので、今日は朝から何か興奮気味だったのよ」 「そう。それで女として君の感想は?」 「野党の党首になるだけのオーラを感じましたね。それに単なるやり手政治家とか、芯のしっかりした女性というだけではなく、どこか女を感じさせるのね。これは私に先入観があったからかも知れないけど」 「最後は俺も腹が立って言い返したが、彼女、あれ程ぼろくそに言うとは、正直思ってなかった。甘かったな。俺の言うことに早乙女は耳を傾ける筈という自惚れがあった」 「でも、早乙女さん、あれが本心だったのかしらねぇ?」 「なんだよ、それ」 「もしかしたら、本当は橘さんの提案を受け入れて検討してみたいと思ったんじゃないかしら。隣に、理論的支柱の江藤さんがいたのでああ言わざるを得なかったような印象でしたよ。少なくても私にはそう見えました」 「それはないな。ただ、40年振りに会ったんだから、もう少し遠慮があっていいとは思うよ。あの喧嘩腰は理解に苦しむ」 「橘さん、聴いてもいいですか?」 「なんだい?」 「今でも早乙女さんのこと好きですか?」 「よせやい。もう大昔のことさ。その質問、今でも、じゃなく、当時は、というならYESだけどね」 「私も女だから分かるけど、早乙女さんの方は、今でも橘さんのこと忘れられないんじゃないかしら」 「どうして女はそんな風に考えるかねぇ」 「あの方、ずっと独身を貫いてるんですよねぇ。きっと今でも心の何処かに橘さんがいるんですよ」 「何だか、君は提言書の行方の心配よりも、早乙女恭子が気になってしょうがないみたいだな」 「だって・・・。最初、早乙女さんが応接室に入って来られた時、橘さんを見るその目に、愛おしさみたいな感情が宿ってるのが、私にはハッキリと分かりましたから」  綾は、40年の重みには絶対に敵わないと思った。自分と橘とはまだ1週間でしかないのだから。 「それも政治家の愛想の内だろうよ」 「お2人、会わないままの方が良かったのかなぁ、会った方が良かったのかなぁ」 「まっ、どの道、もう2度と会わないのだから、全て忘れようぜ」  橘はそう言って、綾のバスローブの紐を解いた。綾も橘のそれを脱がせ、橘の胸に飛び込んで行った。                     *   *   * ...more»
第64回  第三部 / 第五章  出馬 ②
≪高村比呂希 著≫           その頃、橘譲二と安田克彦、箱崎綾の3人は、御茶ノ水の日本革新党の党本部を訪ねていた。広い応接室で、奥の長椅子に橘と安田、テーブルの端の椅子に箱崎がメモ帳片手に座っている。部屋の手前には党首の早乙女恭子、その隣に副委員長の江藤太郎の2人が座っている。  党首の早乙女が、今し方交換したばかりの橘の名詞を見ながら、にこやかに質問した。 「橘さんは、大手損保会社の常務さんだと、以前高校の友人から聞いていたけれども、そちらはもう退職されたのですか? お名刺の会社名とは違うようですけど?」 「はい。退職してかれこれ6年になります。今は、『共感ネット』という小さな保険会社の会長をやっています。尤も会長というのは形ばかりでしてね。寧ろPJ5という、私的政策研究会を仲間とやっていて、私の時間は専らそちらの方に取られております」 「そうですか、なるほど。それから、貴女はテレビで活躍されている方ですね。よく拝見していますよ」 「恐れ入ります」 と箱崎綾。 「橘さんは学生時代、新聞部に所属しておられたから、きっとマスコミ関係のお仕事に進まれたんだろうと思っていましたから、保険会社と聞いて以外だったんですよ」 「早乙女さんこそ、弁護士から政治家に転身されたことを知って、嬉しいやら驚くやら。いや、失礼。今や伝統ある革新党の党首でいらっしゃることは、僕等同級生達の誇りですよ」 「橘さんにそう言って頂くと嬉しいですね。あら、皆さんすみません。橘さんとは高校が同じなものですから、つい個人的な話になってしまいまして。  さて、今日は、橘さんから私共に大事な提案があるとお聞きしていまして、とても楽しみにしていましたの」    橘は、箱崎綾に目配せして、用意して来たペーパーを2種類全員に配らせた。1部は「我が国と世界を救う日本再生提言7ヵ条」というやや長いタイトルの20ページから成る提言集、もう1部は2ページから成るその要約版だ。橘は要約版を早乙女党首と江藤副委員長に説明した。 「・・・以上が私達の提案したい中身です」  早乙女恭子は少し険しい表情をして聞いていたが、何も言わない。橘は続けた。 「私は、損保会社退職後、中小零細企業の再生事業というのを始めて10数社手掛けました。成功失敗いろいろでしたが、残念ながら一昨年のリーマン・ブラザーズ倒産後日本を襲った恐慌で、再生に成功した会社の倒産が相次ぎ、経営者一家の失踪・離散、或いは、一家心中を見て来まして、それこそ、胸掻き毟る思いでした。何せ、一緒に汗した仲間ですから。  しかし、事態がそのくらいで収まり好転してくれれば、私の近くで起きた個人的な悲劇で済むかも知れませんが、残念ながら事態はその時よりも、もっともっと、それも急激に悪化していると言わざるを得ません」 「・・・」 「このような時、日本は部分修正や軌道修正などでは立ち直れるレベルではないのではないか。抜本的に日本を生まれ変わらせることが、今、求められていると思います。これは今の政権与党や戦後ずっと政権を握って来た自民党に期待出来ることではない。何故なら、彼等自身が作って来た日本ですから、これを自ら一旦潰し、作り直すのは無理でしょう。私は、それが出来るのは唯一、日本革新党だけだ、そう思って伺いました」  橘はここで一息ついて相手の出方を待った。最初に口を開いたのは江藤副委員長だった。 「橘さん、この提言書はうちの外にはどこに持ち込むお考えですか?」  意表を突く質問だった。 「他の政党に持ち込むつもりは一切ありません」 「そうですか。であれば、このご提言を我が党が簡単にお受け出来ないことを分かった上でお越しになったと?」 「それは憲法改正に踏み込んでいることを指しておられるのだと思いますが、本当の意味で日本再構築を行うのなら、憲法も例外ではない。いや、寧ろ、憲法を変えないと日本は再生しないと思っています」 「それは何故ですか?」  橘は大反発を覚悟で言わなきゃいけないと思った。 「憲法9条を死守するのが、革新党さんの党是なのは百も承知です。しかし、革新党が、9条を守って日本が衰退して行くのを傍観するのなら、我々実社会に生きている者からすれば、凡そ理解の外です」  こう言われて江藤副委員長は少しムッとしたが、早乙女党首の同級生ということを意識してか、乾いたトーンで更に質問した。 「日本を再生したいという橘さんの思いは分かりますが、再生することと憲法を改正することとの関係がいま一つ分かりませんが」 「大統領制も地方分権も社会保障も、抜本的にこの国の仕組みを変えるには憲法改正を避けて通れません。   それに江藤さん、日本の社会がどうにもならなくなっているのに、政治家達が立ち上がらないのは無責任極まりないと思いますよ。政治家のせいにしているだけの国民も結局は無責任。官も財も自分達のことしか考えていない。要はこの国は今、世界で一番の無責任国家に成り下がっている。現在の語るに落ちた日本の惨状は、無責任国家のなれの果てと考えます。  私達の主張は、誰がリーダーか分からないような今の政治体制を終えて、一国のリーダーは国民に責任を持つ、リーダーを直接選ぶことで国民は政治に責任を持つ、当然、国防その他をどうするか人任せをやめて一人ひとりが考える、企業も社会的責任を果たすことが義務付けられる、地方のことは地方が自由裁量権を得て責任を持って決める、という社会に変えようということです。  こういう社会に変えるには今の憲法を変えない限り、不可能なのです」 ...more»
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