≪高村比呂希 著≫
その頃、橘譲二と安田克彦、箱崎綾の3人は、御茶ノ水の日本革新党の党本部を訪ねていた。広い応接室で、奥の長椅子に橘と安田、テーブルの端の椅子に箱崎がメモ帳片手に座っている。部屋の手前には党首の早乙女恭子、その隣に副委員長の江藤太郎の2人が座っている。
党首の早乙女が、今し方交換したばかりの橘の名詞を見ながら、にこやかに質問した。
「橘さんは、大手損保会社の常務さんだと、以前高校の友人から聞いていたけれども、そちらはもう退職されたのですか? お名刺の会社名とは違うようですけど?」
「はい。退職してかれこれ6年になります。今は、『共感ネット』という小さな保険会社の会長をやっています。尤も会長というのは形ばかりでしてね。寧ろPJ5という、私的政策研究会を仲間とやっていて、私の時間は専らそちらの方に取られております」
「そうですか、なるほど。それから、貴女はテレビで活躍されている方ですね。よく拝見していますよ」
「恐れ入ります」
と箱崎綾。
「橘さんは学生時代、新聞部に所属しておられたから、きっとマスコミ関係のお仕事に進まれたんだろうと思っていましたから、保険会社と聞いて以外だったんですよ」
「早乙女さんこそ、弁護士から政治家に転身されたことを知って、嬉しいやら驚くやら。いや、失礼。今や伝統ある革新党の党首でいらっしゃることは、僕等同級生達の誇りですよ」
「橘さんにそう言って頂くと嬉しいですね。あら、皆さんすみません。橘さんとは高校が同じなものですから、つい個人的な話になってしまいまして。
さて、今日は、橘さんから私共に大事な提案があるとお聞きしていまして、とても楽しみにしていましたの」
橘は、箱崎綾に目配せして、用意して来たペーパーを2種類全員に配らせた。1部は「我が国と世界を救う日本再生提言7ヵ条」というやや長いタイトルの20ページから成る提言集、もう1部は2ページから成るその要約版だ。橘は要約版を早乙女党首と江藤副委員長に説明した。
「・・・以上が私達の提案したい中身です」
早乙女恭子は少し険しい表情をして聞いていたが、何も言わない。橘は続けた。
「私は、損保会社退職後、中小零細企業の再生事業というのを始めて10数社手掛けました。成功失敗いろいろでしたが、残念ながら一昨年のリーマン・ブラザーズ倒産後日本を襲った恐慌で、再生に成功した会社の倒産が相次ぎ、経営者一家の失踪・離散、或いは、一家心中を見て来まして、それこそ、胸掻き毟る思いでした。何せ、一緒に汗した仲間ですから。
しかし、事態がそのくらいで収まり好転してくれれば、私の近くで起きた個人的な悲劇で済むかも知れませんが、残念ながら事態はその時よりも、もっともっと、それも急激に悪化していると言わざるを得ません」
「・・・」
「このような時、日本は部分修正や軌道修正などでは立ち直れるレベルではないのではないか。抜本的に日本を生まれ変わらせることが、今、求められていると思います。これは今の政権与党や戦後ずっと政権を握って来た自民党に期待出来ることではない。何故なら、彼等自身が作って来た日本ですから、これを自ら一旦潰し、作り直すのは無理でしょう。私は、それが出来るのは唯一、日本革新党だけだ、そう思って伺いました」
橘はここで一息ついて相手の出方を待った。最初に口を開いたのは江藤副委員長だった。
「橘さん、この提言書はうちの外にはどこに持ち込むお考えですか?」
意表を突く質問だった。
「他の政党に持ち込むつもりは一切ありません」
「そうですか。であれば、このご提言を我が党が簡単にお受け出来ないことを分かった上でお越しになったと?」
「それは憲法改正に踏み込んでいることを指しておられるのだと思いますが、本当の意味で日本再構築を行うのなら、憲法も例外ではない。いや、寧ろ、憲法を変えないと日本は再生しないと思っています」
「それは何故ですか?」
橘は大反発を覚悟で言わなきゃいけないと思った。
「憲法9条を死守するのが、革新党さんの党是なのは百も承知です。しかし、革新党が、9条を守って日本が衰退して行くのを傍観するのなら、我々実社会に生きている者からすれば、凡そ理解の外です」
こう言われて江藤副委員長は少しムッとしたが、早乙女党首の同級生ということを意識してか、乾いたトーンで更に質問した。
「日本を再生したいという橘さんの思いは分かりますが、再生することと憲法を改正することとの関係がいま一つ分かりませんが」
「大統領制も地方分権も社会保障も、抜本的にこの国の仕組みを変えるには憲法改正を避けて通れません。
それに江藤さん、日本の社会がどうにもならなくなっているのに、政治家達が立ち上がらないのは無責任極まりないと思いますよ。政治家のせいにしているだけの国民も結局は無責任。官も財も自分達のことしか考えていない。要はこの国は今、世界で一番の無責任国家に成り下がっている。現在の語るに落ちた日本の惨状は、無責任国家のなれの果てと考えます。
私達の主張は、誰がリーダーか分からないような今の政治体制を終えて、一国のリーダーは国民に責任を持つ、リーダーを直接選ぶことで国民は政治に責任を持つ、当然、国防その他をどうするか人任せをやめて一人ひとりが考える、企業も社会的責任を果たすことが義務付けられる、地方のことは地方が自由裁量権を得て責任を持って決める、という社会に変えようということです。
こういう社会に変えるには今の憲法を変えない限り、不可能なのです」







