≪高村比呂希 著≫ 
 
 
 

 民主党政権になってから、矢継ぎ早に新法案が国会を通ったが、その中に、インターネットによる選挙運動の解禁法案があった。この法案は、何かと批判が多かった二世議員などと違い、「地盤・看板・カバン」を持たない人間が立候補し難い日本の選挙事情を改める目的で、昨秋成立したものだが、その法案は、インターネットでの選挙資金の寄付集めも認めていた。

 橘譲二は、インターネットに通じる箱崎綾に、この分野を一任した。箱崎は、これよりも前から、有名サイトの主宰者と会って、インターネット戦略についてのインタビューを収録して、自分のテレビ番組の中で紹介する新たな企画をスタートさせていた。

 但し、顔を晒したくないという手合いが多かったのは、箱崎も予想外ではあったのだが、それでも、このコーナーは若手ビジネスマンや学生に人気が出て、個別視聴率ではいつも平均以上の数字を記録していた。その中の何人かは、スタジオに招いて、生出演をお願いした。こうして知己を得た人々に協力を依頼して、箱崎綾のブログにリンクを張って貰うと共に、その宣伝をサイトの中で行って貰うなどした。

 当初は、箱崎綾の日常を綴る極く普通の日記だったり、その日の特筆すべき経済の動きなどを紹介するブログだったが、5月に入ると俄然、参院選に向けての箱崎綾の意見が多くなって行った。元々がアクセスの多い有名サイトのトップ20だったし、美貌の経済ジャーナリストとして、テレビ番組を通じて、急速に支持者を広げていたから、箱崎綾のブログには、全国から1日に5万近いアクセスがある。多い時はそれが10万を超えることもあるほどだ。

 ある日、箱崎綾は自分のブログの中で「参院選候補、私のいち押し」という記事を書いた。これはシリーズにしたものだ。様々な政策ごとに、「この候補者の主張のこういう点に私は期待している」と書いて行くもので、3名の立候補予定者にかなりの時間と紙面を割いた。

 そして、4人目、橘譲二を登場させた。「この無名候補に注目」という記事を書いたのだ。PJ5の主張を簡潔に紹介し、自らは好意的な感想を述べる程度に留めた。箱崎綾はテレビ番組同様、どこまでも中立の立場で扱うが、しかし、橘綾がここは良いとか気に入っているということは、堂々と自分の意見を述べるのも米国仕込みの箱崎流だった。そして何故か、橘譲二の特集は3回の特集記事となった。その後も、いろいろな候補者予定者をブログに登場させたが、全て1回ものだった。

 暫くして、読者から、「橘譲二の人物像や経歴を教えてくれませんか?」などの質問が数多くコメント欄に書き込まれるようになった。実際に不特定多数の人からの書き込みもあったろうが、箱崎綾が自分で書き込んだものではなかったという証拠もない。現に箱崎の要請で、PJ5メンバーもかなり書き込みをしたようである。

 「大反響! 橘譲二のマニフェスト」というタイトルの箱崎綾のブログがアップロードされたのは4月中旬であった。箱崎は「前回取り上げた時の反響が大きかったので、再度彼を取り上げることにした」と述べている。その中で橘譲二の経歴や人となりを紹介し、彼の主張点を簡潔に紹介した。勿論、読者の期待は、そのマニフェストを箱崎綾がどう見ているかである。箱崎は中立的立場で、且つ、是と非の双方の見方で論評し、最後に、「けれども、この日本の大崩落を食い止めるには、橘譲二の言う通り、『ドラスティックな抜本改革を果敢に進める以外ない』という言葉に私は強い説得力を感じます」と締め括った。

 そして、橘譲二のサイトのURLを記入し、リンクを張っておくことも忘れなかった。

 箱崎綾は、「橘譲二のマニフェスト」というサイトも、実は、早乙女恭子との会談が決裂し橘が出馬を宣言した日から立ち上げたのだった。

 そして、橘譲二のサイトへのアクセスが1日5千件を超え、1万件に近付いた時、箱崎綾は勝負に出た。橘になり代わって、訴えの文章を掲載した。

 

「多くの方からこのサイトにアクセス頂き、沢山の応援メッセージを頂戴しています。そこで、私のような一般市民でも、日本再生を国会の場で訴えることが出来るということを、人生を賭けて、何としても示したいと思います。公示日に向けてあらゆる準備を行なって、正式に立候補し選挙戦を戦って行きます。しかしながら、如何せん個人のレベルの資金には限りがあり、それでは到底太刀打ち出来ません。
 そこで、私たちのマニフェストにご賛同下さる皆様には、是非とも、お1人様2千円のご寄付意を賜りたく、この場をお借りして訴えさせて頂くものです。その使い道、目的等はこのブログの中で、逐一報告させて頂き、大切に使わせて貰うこと、並びに、透明な会計報告に心掛けることをお約束させて頂きます。
 日本を、『恐慌から崩落』への道から引き戻すため、是非とも、私共を応援頂き、ご寄付のご協力を切にお願い申し上げます」

 

 「日本崩落を食い止め、日本を再生させるための具体政策」が大統領直接選挙制であり、9条改正であり、環境大国を目指すことなど、若者に分かり易い提言であったことが功を奏したのか、6月10日頃までには、橘達の「日本再生会議」の元に、インターネット寄付金募集に応じて6千万円もの大金が集った。また、市民団体や、中小企業経営者懇談会、その他からの寄付が約3千万円ほど集まり、9千万円の資金の大半を使って大キャンペーンを打つことにした。

 これまでの反響や反応から学んだことは、無名の新人が急に脚光を浴びた時、人々は、その人が胡散臭い団体に所属する人ではないか、或いは、右翼系なのか、それとも左翼系か、といった区別をしようとすることだった。そこがハッキリしないと、幾ら良い意見を言っても躊躇するということを学んでいた。

 インターネットでは、既に名の通った箱崎綾の客観的コメントが、読者に安心感を与えていたから、橘譲二は受け入れられ寄付も予想外の額が集まったのだが、インターネット層以外の人々の支持を得るには、自分の出身や経歴を明確にすると共に、特に憲法9条に対する見解を述べ、人物の不透明感を払拭する必要を感じていた。