≪高村比呂希 著≫ 
 
 
 
 
 そこで、それまで各業界紙に載せていた記事を意見広告として大新聞に載せるに当り、大手損害保険会社に35年勤め、役員退任後は、中小零細企業の再生事業を手掛けて来たことを強調した。
 
 そして、憲法9条については、右でも左でもなく、世界で有数の軍隊を持ちながら、永久に軍備も戦争も放棄したとする平和憲法を持ち続ける偽善や矛盾が、若い世代にこの国の国家感を著しく難解にしているので、これ以上の放置は許されない。 
 
 先の戦争からの反省に基く現行憲法第9条の趣旨は、2度と侵略戦争はしないということであるから、領界内の防衛に関しての武力行使は限定的に認める。けれども、他国への侵攻は一切認めない(武装中立)、という明確な規程に変える現実的改正を提案していることを明らかにした。

 

 橘は、この考えは左右両派から反対論が噴出することは承知の上だった。つまり、右派が憲法改正を狙うのは、他の国と同じように軍隊を持ち、必要とあらば海外派兵も出来るようにして、他国から舐められない強い軍隊を持つ強い国にするためだし、左派は、9条改正を阻止するため、他の条文の改正であっても憲法改正には一切反対と叫ぶのも、2度と軍国主義の道に戻らないためだとわきまえている。

 橘は思う。中国初めアジア各国に侵出して行ったあの戦争を、列強からの植民地支配からの開放という義の戦いであったという風に美化してみたり、アジア諸国に対して極悪非道の限りを尽くした日本は、いつまた同じことを繰り返すかもしれないから、憲法で戦争を行えないように縛っておかないと安心できないと、殊更日本人DNAの野蛮性を前提にする、双方の主張や精神性の幼稚さを思わざるを得ないと。

 橘は、あの戦争を、良いとか悪いとかではなく、徳川300年の間に世界に大きく遅れを取った日本が、明治維新以降、欧米に追い付け追い越せと全速力で走った結果、世界と軋轢を生じた歴史的必然と受け止めるべきであると考えている。その最終結果が敗戦であった。

 だが日本は戦後、武力に頼らず、遂にGDP世界2位の経済大国になった。換言すれば、日本は明治以降目指した「富国」を「強兵」なしに達成したということだ。

 従って、一流国となった日本は、最早、武力を持って他国を侵略する必要はないし、あの敗戦で多くのことを学んだ日本人は、昔のような後進性から来るモノトーンの先鋭的・狂信的国家には戻り得ない。世界にとって危険な人種では既になく、大人の判断が出来る国と見て良い。だから、国民の選択で、自分が示したような憲法改正は可能だし、今こそ、その扉を開け、日本再生の道を歩み始めるべきだと改めて思う。

 

 また最大の主張点でもある「大統領直接選挙制」(任期4年)に紙面を多く割き、強烈に訴えることにした。毎年クルクル変わる我が国の首相、当番制のような首相が務める無責任政治体制を変え、国民から直接選ばれ、国民の大多数の支持を背景とした強いリーダー・シップをもってこの国を救わない限り、日本の崩落は止められない。

 以上の補筆修正した記事を一斉に大新聞に意見広告として出した。同時にもっと主張を簡潔にした15秒テレビ広告も各局から流し始めた。

 

 インターネット同様、反響は急速に広がって行った。背景には、遂に年間3万人と言われていた自殺者が、前年遂に倍の6万人を超えたり、倒産件数が過去最高だったり、失業率が10%を超え、大卒新卒者の採用も3割を切り、株価が6千円を割り込んだことなどがあった。これらのことが人々の心を暗くし、いったい日本はどこまで落ちるのかという不安が人々の心を占有した。

 反響の広がりは、この惨憺たる現実を正面から受け止め、且つ、庶民の不安な気持ちを代弁し、将来像を指し示してくれる候補者が如何に少ないかの証明でもある。票の行方ばかりを気にして、思い切った提言が出来ない政治家。今は、平時ではない。この混乱の極みのような状況では、改善では崩落を止められない。この国をもう1度作り直さなければいけない時なのだ。
 
 だから憲法改正に踏み込まずして、この国の再構築はあり得ない。「国家再構築による日本再生」、これが他の立候補予定者達と橘譲二との主張の大きな違いだ。庶民も既に、これ迄の延長線上に明るい未来があるとは思えなくなっている。橘は、その庶民の抱く強い懸念から寸分違わず、その不安に応えた最初の参院選立候補者だったから、新聞・テレビでのキャンペーンは予想以上の反響を呼んだのであった。

 

 公示日、橘は東京選挙区から正式立候補した。その前日まで、橘が巻き起こした一種のブームが新聞・テレビのニュースで「橘ウェーブ」との名称で扱われるまでになった。だがそれも公示日以降はマスメディアも厳正中立の立場を貫いた。そのマスメディアで活躍する箱崎綾は、決して橘陣営の人間であることを悟られないよう、5月以降は表立った行動は一切抑えていた。

 橘は、連日他の候補と同様に選挙カーでの選挙運動は行うが、大きな組織票がある訳でもなく、最後の最後まで票は読めなかった。だが、橘が起こしたブームは、PJ5の提言を多くの人に聞いて貰いたいという橘の願いは既に十分過ぎるくらいに目的を達成していた。だから、橘は、結果がどう転んでも、自分としては大満足出来る選挙戦だったと思っていた。

 

 投票日。朝から有権者の出足は快調で、午後6時現在で前回の10%高い投票率。8時締切でもやはり対前回10%増の投票率だった。それだけ、日本の現状への不満と不安が高かったということかも知れない。いずれにせよ浮動票頼りの橘陣営にとっては、得票率の高まりは歓迎すべきことであった。