≪高村比呂希 著≫ 
 
 
 
 
 開票が始まり、午後8時半頃、東京では、早々と2名の大物議員が当選を決めた。そして、出口調査の結果も発表され、橘は、東京の5人の当選者枠の5番目に着けているが、6番目の候補とは僅差だった。出口調査はサンプル調査だから、そんな差は誤差の内と言える。PJ5の面々はこれでは当落が決るのは深夜にずれ込むだろうと予測し、橘には近くのホテルに待機して貰うよう携帯電話で連絡を取り合っていた。

 橘は今回の出馬に当たって家族は一切巻き込まないと宣言していたが、今夜ばかりは橘は妻の雅子と一緒にホテルで待機している。万が一当選してしまった時の備えだ。

 東京は、定員5名の選挙区だが、20名が立候補しており、いろいろな分野で名のある人物が多いので、最大の激戦区となっている。

 3人目の当選確実が出たのは、夜10時、4人目は10時20分頃だった。そこから、5人目の当確はなかなか出されなかった。8時以降の開票速報では、毎回僅差ながら橘が5番目に着けている。だが、午後11時過ぎの速報では、初めて逆転され6位に落ちた。開票率70%。

 橘はホテルの一室でテレビを食い入るようにみているが、この逆転で、「本当に選挙は難しいものだな」と、妻に語っている。妻の方は、「全くの素人が数ヶ月前に出馬を決めて、今、当落線上にいるということ自体が奇跡よ。有名な方達がもっと下なんだから、それを思えば凄いこと」と夫を励ましている。

 それから一進一退が続き、決着が着かないまま、午前1時を過ぎた時、遂に、民放局が橘の「当選確実」を出した。開票率94%。事前の安田克彦との打ち合わせで、NHKが「当確」を出すまでは選挙事務所に現れないことになっていたが、開票率94%でも他局が「当確」を出さないということは、最後の最後まで大接戦ということだろう。100%開票が終わった結果を待っても遅くはない、と橘は思った。

 それから、15分。その15分が、橘には2時間にも感じられる長さだった。NHKがいきなり「橘譲二、当選」と報じた。100%開票の結果だった。NHKは、前代未聞の大接戦だったと盛んに伝えている。

 

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 橘は、早速妻の雅子と迎えの車に乗り、代々木の会社兼選挙事務所に向かった。事務所前で車から降りたら、沢山の報道陣のカメラのフラッシュが焚かれ、眩しいほどだ。

「おめでとうございます。一言感想を」

とか言う、女性レポーターの声が聞こえる。「大接戦でしたねぇ。今の心境は?」

という男性の声も聞こえる。橘は、

「これから皆さんにマイクを通してお話しますから・・・」

と言って中に入って行った。正面に、箱崎綾を除くPJ5のメンバーに囲まれるようにして、息子の和馬がニコニコ顔で拍手しながら自分を迎えてくれている。

「和馬!」

 思わず、橘は声を出してしまった。

「父さん、おめでとう」

 和馬は、何の躊躇も衒いもなく、両手を差し出して来た。がっちり両手で握手した。

「和馬、ありがとう」

 そういうのが精一杯だった。橘は振り返って雅子を見た。雅子も笑顔の中に感極まった面持ちを浮かべていた。雅子が和馬に来るよう連絡したのか? 或いは、和馬が自分の意思でやって来たのか? 橘はふと思ったが、どちらでも良い、ここに和馬が居てくれるということがこれほど嬉しいことであったかと改めて思った。

 兵頭一樹が、壇上に乗ってマイクの前で挨拶するように促したので、挨拶に立った。

「皆様のお蔭をもちまして、遂に選挙に勝つことが出来ました。

 この日本が、正に転げ落ちるように急速に衰退して行くのを、何としても食い止めたい、何とかもう1度輝きに満ちた日本を取り戻したいという一心で、皆様に訴えさせて貰いました。

 名もない1市民がこの参院選に当選するなんて、はなから考えておらず、ただ、私達の提案を皆さんに知って欲しい、そして、政治家や官公庁の皆さんに届け、との思いだけで立候補いたしました。

 それが、このように大勢の方からご支持を賜りまして、当選させて頂きました。一番驚いているのは本人であります。皆様には本当に心から感謝申し上げますと共に、責任を痛感いたしております。

 明日から私のマニフェストの実現に向けて最善を尽くすことをお誓い申し上げて、私の感謝の言葉に代えさせて頂きたいと思います」

 兵頭に、続いて万歳三唱をやるので同じ場所で橘も万歳をやって欲しいと言われたが、橘は万歳だけはやめてくれと兵頭に頼んだ。橘は今回の当選を祝う気分には全くなれなかったからだ。本当に祝えるのは、日本の再起が成った時だ。

 万歳三唱の場面を映そうとスタンバイしていた沢山の報道陣も、それをやらないと知って、早速、インタビューに入った。先程の女性レポーターが代表してインタビューをするようだ。

「橘さん、おめでとうございます。当選直後のご感想を聞かせて下さい」

「ありがとうございます。各政党の思惑だとか、自陣営に有利・不利ではなく、今は、如何に日本の崩落を食い止めるのか、どういう道筋で日本を再生するのか、私達の素直な気持ちを多くの人に聞いて貰って、それが通じたのだとしたら、正直、嬉しいですが、寧ろ、今は責任の重さを痛感しています」

「橘さんは、企業再生を何社も手掛けられたとお聞きしていますが、企業再生のように国家再生も出来るとお考えですか?」

「日本再生は企業再生とは比べるべくもなくスケールの大きな仕事だと思いますので、そんなに簡単なことじゃありません。ですが、何事も再生させるためには、タブーをタブーにしたままでは結果は出ないことは一致してると思います。国の再構築であれば、当然、憲法が国の骨組みですから、それをタブーにしておいたのでは再建は出来ないというのが私達の思いです」

 

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