2008年7月には、日本で人気のミュージシャン、「TOKU」、「小沼ようすけ」と共に日本全国ツアーを敢行。2009年12月「Close Your Eyes」をリリース。スイングジャーナル選定【ゴールドディスク】に選ばれる。1998年からの日本でのライブ活動も10年を超え、今まで500回も越える公演や全国ツアーを行い、ワールドワイドに彼女が求めてきたもの。それは「人間のそのままの自由」だという。( ウンサン・オフィシャルサイト より)
スイングジャーナル誌、ゴールド・ディスクを獲得した4作目になるという「Close Your Eyes」。オリジナル2曲を含んで、スタンダードからロックまで彼女の多面的な魅力を味わうことができる。ハスキーにしてスイート、オーガニックにしてブルージー、ガッツにしてメロウ・・・。バックでサポートする日本人ミュージシャンも最高のできばえ。「マイケル・フランクス」のカバー「ヴィヴァルディーズ・ソング」のボサノバ・テイストも秀逸。
デビュー・アルバムは、「ステッピング・アウト/Stepping Out」。サード・アルバム、「オール・フォー・ユー~ナット・キング・コール・トリオに捧ぐ/All for You: A Dedication to the Nat King Cole Trio」(1996年)は、グラミー賞にノミネートされ、また70週間もの間、ビルボード誌のジャズ・チャートに上がっていた。「ホエン・アイ・ルック・イン・ユア・アイズ/When I Look In Your Eyes」(1999年)では「ジョニー・マンデル」によるオーケストラ・アレンジのバックもあり、再度グラミー賞にノミネートされ、クラールはその年の最優秀ジャズミュージシャンとして表彰された。2001年9月にクラールはワールドツアーを開始し、フランス・パリのパリ・オリンピア劇場でのライブは彼女の初めてのライブ・アルバムとしてリリースされた。これにより彼女は二つ目のグラミー賞(最優秀ジャズボーカル)を受賞したのだ。
その代表的なアルバムから「ザ・ルック・オブ・ラヴ/The Look Of Love」。スローなボッサのけだるさが、オジサンにはたまらない。
さて、さて、セルメン以後、長い間、フェイク・ボッサを聴いていなかったオジサンの私の耳を奪ったのが、「ベレーザ/Beleza」であった。ささやくような、くすぐるようなロリータ・ボイス、その容姿とあいまって、オジサンの心をつかんだのは、「Beleza」の歌姫、「ガブリエル・アンダース」。ボサノヴァ、ジャズ、ポップス、サルサ、レゲエ、ファンクなど多くのジャンルをミックス・ブレンドし、彼女独自のボサノヴァ・カラーに染め上げてしまうのが特長である。「フェイク・ボサノヴァ」の正統ともいえる系譜?に属するユニット「ベレーザ」。1997年にインディー・レーベルからリリースされ、大ヒット・アルバムとなったが、長らく廃盤だった「ジョビン・トリビュート・アルバム」は、ジョビン誕生80周年の去年、待望の再リリースがされた。タイトルはジョビンへのトリビュートだが、ジョビン以外の作品、「シンディー・ローパー」の「Time After Time」や、「This Masquerade」、「Besame Mucho」など有名曲を収録、これぞフェイク・ボッサのヒット・アルバム。
お隣の韓国からは、「WINTERPLAY/Songs Of Colored Love」。「クール・ビューティ、ヘウォンの透き通る歌声が、心地よい風を運んでくる・・・。この「WINTERPLAY/ウインタープレイ」、実は韓国JAZZチャート第一位にランキングされた韓国発の人気ジャージー・ポップ・ユニットで、これは日本デビュー・アルバムである。透明感に溢れる美声を持つ歌姫、「ヘウォン」とプロデュース/ソング・ライティングも手掛けるトランぺッター、「ジュハン・リー」による韓国人デュオ・グループ。ミディアム・テンポのボサノバのリズムにのって流れてくる「ソングス・オブ・カラード・ラヴ」は、日本のJAZZデュオ、「Ego-Wrappin’ (エゴ・ラッピン)」の「色彩のブルース」のカバー。
最後に、南米へ戻り、最近お気に入りのアルゼンチン女性歌手のフェイク・ボッサ・アルバムをあげておきましょう。アルゼンチンの大草原パンパを吹きわたってきた爽やかな風のような、「リヒア・ピロ/Ligia Piro」。1971年生まれで、もうデビュー後10年の中堅といってもいいブエノス・アイレス出身の美形女性ジャズ&ボサノヴァ・シンガーである。アルバムは「ソー・イン・ラブ~ジャズ・アンド・スタンダーズ」で、原タイトルは「Trece Canciones De Amor(13曲のラブソング)」。タイトルどおり、「コール・ポーター」、「アーヴィング・バーリン」、「ビル・エバンス」などのスタンダードから、「ビートルズ」、「レオン・ラッセル」、「エリック・クラプトン」のナンバーまで幅広いジャンルのラブ・ソングをシンプルなギターとのデュオによる甘くさわやかに歌う。
その後も第2集、「分岐点/EQUINOX」(1967)では、JAZZスタンダードの「ナイト・アンド・デイ/NIGHT AND DAY」を、初めてオーケストラの入った第3集、「ルック・アラウンド/LOOK AROUND」(1968)では、バカラックの「恋のおもかげ/THE LOOK OF LOVE」など3曲、1969年の第4集、「フール・オン・ザ・ヒル/Fool On The Hill」では、タイトル曲に加え、「スカボロー・フェア/SCARBOROUGH FAIR」など3曲が収録されている。 ビートルズの「フール・オン・ザ・ヒル」や「デイ・トリッパー」といった曲をボサノヴァ風にアレンジしたカバーなど、欧米の音楽市場にとって親しみやすいボサノヴァをつくり、世界中での支持につながった。このことからも「セルジオ・メンデス」が、「フェイク・ボッサ」の元祖と考えていいと思う。ブラジル生まれというところが面白いが、故国の音楽ボサノバを知り尽くしていたからこそかもしれない。
その後、40年以上に長きにわたり、ブラジル音楽のトップに君臨する「セルジオ・メンデス」ですが、69歳の現在も活動は衰えない様で、2008年のボサ・ノヴァ誕生50周年には、ニュー・アルバム「モーニング・イン・リオ」をリリースしている。リード・トラックは、かって「マシュ・ケ・ナーダ」と並んで大ヒットした「ルック・オブ・ラヴ」。世界中から色々なミュージシャンが参加しているが、日本からは「DREAMS COME TRUE」が参加。彼らが参加した「ルガール・コムン」は、ポルトガル語コーラスとのかけあいで、「吉田美和」の日本語ヴォーカルがとても印象的。
多くの大ヒット曲を持つ世界的なアイドルだったためだけでなく、その音楽性が極めて優れていたため、フェイク・ボッサの初期からビートルズの曲の採用が多いようです。その傾向は今でも変わらず、多くのビートルズ・フェイク・ボッサ・アルバムが作られています。そのなかの私のお気に入りの一つを紹介しましょう。ムタンチスのリード・ヴォーカルであり、ブラジル・ロック界のカリスマ、「リタ・リー/Rita Lee」の「ボッサン・ビートルズ/Bossa’n Beatles」。「A Hard Day’s Night」、「Michelle」、「I Want To Hold Your Hand」などおなじみのビートルズ曲が軽快なBOSSAのノリで歌われる。何故か数曲がポルトガル語なのもご愛嬌。
一方、「ナラ・レオン」とは、犬猿の仲であったらしいが、ブラジルに残り、軍事独裁政権を批判したもう一人のボサノバ・ミューズがいた。「エリス・レジーナ/Elis Regina (1945年3月17日 – 1982年1月19日)」である。1960年代から1970年代にかけて、ブラジルで最も人気のある国民的女性シンガーであった。彼女のヴォーカルは、心躍らせる歌声と、優れた抑揚を持ち合わせており、特にアップテンポなナンバーに卓越していた。1974年には、「アントニオ・カルロス・ジョビン」とのコラボレーション作品であるアルバム「エリス・アンド・トム/Elis & Tom」を発表。このアルバムを、最も優れたボサノヴァ・アルバムの一つといわれている。そしてこのアルバムに収録されたジョビン作の「三月の水(”Águas de Março”)」を最も優れたボサノヴァ・トラックの一つであると考える人も多い。
そして、これぞ、「ボサノバ唄い」という歌手がいます。「吉田慶子」。ふとしたことからボサノバと出会い、その魅力にとりつかれ、2000年には単身ブラジルへ渡り、1stアルバム「愛しいひと bem querer」を制作したという。2作目は、「コモ・ア・プランタ~ひそやかなボサノヴァ」。このアルバムには、「ジョビン」、「モライス」、「カルロス・リラ」、「エデゥ・ロボ」などボサノバ黎明期の巨匠の曲、クラシック・ボサノバが収録されているが、「サウダージ」をこれほど心象風景として、表現できている日本人「ボサノバ唄い」も他にいない。そして、「長谷川きよし」がギターで参加し、ポルトガル語で歌う「別れのサンバ」のカバーも収録されている。帯にいわく「ささやき声で始まって、ただ終わる美しいひととき」。
そうそう、その前に、1960年代の初頭に、ブラジルから米国にもたらされたボサノバは、JAZZだけでなく、POPSの世界にも同時に大きな影響を与えたことにも触れておきましょう。この時期、1963年にリリースされた「イーディ・ゴーメ/Eydie Gorme」の「恋はボサノヴァ/Blame it on The Bossa Nova(ボサノバのせいよ)」は全米チャート最高7位を記録した大ヒットとなり、日本でもヒット曲となりました。あのプレスリーすら「ボサノヴァ・ベイビー」とか言う曲を歌っていたと思う。このころ、ダンスでも、「ゴーゴー」、や「ツィスト」と並んで、パートナーがいなくても踊れるボサノバが流行ったように思う。それともう一つ、「恋はボサノヴァ」と並んで彼女が歌った曲で大ヒットしたボサノバの曲があります。「ザ・ギフト(リカード・ボサノバ)/The Gift (Recado Bossa Nova)」です。この曲はジャズメンやジャズ・シンガーが大好きな曲のようで、本当に多くのカバーがあります。わたしのi-Podを覗いてみると、「ハリー・アレン」、「ハンク・モブレー」、「ハロルド・メイバーン」、「マンハッタン・ジャズ・クインテット」、「鈴木重子」、「グレース・マーヤ」などずらっと出てきます。この2曲が収録されているヒット名盤は「Blame It on the Bossa Nova(恋はボサノヴァ)」。
Blame It on the Bossa Nova ; Eydie Gorme / Gl Music Co.
ヨーロッパ・ジャズ・ピアノの人気トリオ「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ/Europian Jazz Trio (EJT)」。そのEJTが、「アントニオ・カルロス・ジョビン」の曲を中心に、「ルイス・ボンファ」や「ポール・マッカートニー」の曲まで収録したボッサ・アルバム「黄昏のサウダージ」。相変わらずの心休まるピアノに全身を委ねる・・・。
「ヴァルター・シュトラート/Walter Strerath」 、ドイツのボッサ・ピアノ・トリオ。これは珍しい澤野レーベルからのジャズ・ボッサ・アルバム「Fly To Brazil」。60年代中ごろ、その全盛期を迎えジャズ・ボッサがどうやって’75年のドイツまで伝承されていったか不思議であるが、やはり澤野、期待を裏切らないピアノ・トリオ。
さて、二つ目の流れは、ブラジルのボサノバ・ミュージシャンやブラジルを訪れたJAZZミュージシャンらとともにアメリカに渡り、JAZZミュージシャン達に大きな影響を与え、さらにもっと洗練され、進化して行ったJAZZボッサの流れである。1961年に訪れたブラジルでボサノバの魅力を体験したJAZZフルートの「ハービー・マン/Herbie Mann」は、彼流にJAZZと融合させて「ジャズ・ボッサ」の源流とも言うべき「カミン・ホーム・ベイビー/Comin’ Home Baby」を1962年に大ヒットさせた。
1950年代後半、リオ・デ・ジャネイロのコパカバーナやイパネマといった海岸地区に住む中産階級の学生やミュージシャンたちが、従来のブラジル音楽に飽き足らず、JAZZのコードに影響を受け、生み出したのがボサノバである。特に1958年に「アントニオ・カルロス・ジョビン/Antinio Carlos Jobim」と「ヴィニシウス・ジ・モラエス/Vinicius de Moraes」が作曲し、「エリゼッチ・カルドーゾ/Elizete Cardoso」が歌った、「Chega de Saudade(シェガ・ジ・サウダージ、邦題:想いあふれて)」がボサノバ第1号とされ、2008年は「ボサノバ誕生50周年」を記念して、色々なイベントが催され、CDなども多くリリースされた事も記憶に新しいところです。
ボサノバ創始者の一人「ホベルト・メネスカル」は、「今はもう、ブラジルではボサノバを聴く人は、めっきり少なくなってしまった」と嘆いていたが、「ボサノバは過去の音楽ではない、進化し続けている」と気を吐くのが、ジョビン亡き後のボサノバ界のトップに立ち、ボサノバをここまで広めてきた巨匠「オスカー・カストロ・ネヴィス/Oscar Castro-Neves」。「アイアート・モレイラ」、「レイラ・ピニェイロ」などの実力派ミュージシャンが「東京ブルーノート」に集め、熱いライブを展開したアルバム「Live At Blue Note Tokyo」。ブラジルの空気や街のにおいが熱気とともに伝わってくるコンテンポラリーなボサノバ。
ボサノヴァ・セレブレーション・オールスターズ ライブ at ブルーノート東京!;オスカー・カストロ・ネヴィス / スリーディーシステム
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